絆の蕾
キャラクターノベル(グループ)制作 崎田航輝納品 2021年02月12日 21時51分13秒
葬儀は最後まで静かだった。
並ぶ人々が深く死者を悼んでいるからだと、端にいたオゴスには感じられた。
そこには亡くなった二人の、子供もいた。
けれど変わらぬ静謐を感じたのは、幼い泣き声が聞こえる中で――その弟妹を連れる長男はじっと静かにしていたからだと思う。
両親の死を受け止めきれなかったのかも知れない。
或いはもう、涙が涸れるほど泣いてしまった後なのだろうか。
帝国崩壊の未来を、未だ世界が知らぬ六月。
葬儀の数日後、オゴスは自宅の窓辺で夜空を見上げていた。
ゴールディにある二階建ての長屋だ。この街らしく、月の光まで薄雲でぼやけている。
「……」
思うのは、あの子供達の母の事だった。
嘗て、死に瀕したオゴスを助けてくれた人。
その頃から月日が経ち、引っ越してきたこの場所の隣が偶然にもその恩人の住まいだった。
受けた恩を返すと決めていた。チャンスはあった。なのにオゴスがそれを果たす前に――彼女は九人の子供を残して亡くなってしまった。
晴れ空に突然雨が降るように、オゴスは報いるべき人を失った。
(俺は……)
拳を握る。
今はその死を静かに悼みたい。
けれど後悔も消えなくて。同時にその思いすら傲慢かも知れなくて。
(俺に何ができたろう)
焦燥とも無力感とも違う、理想との距離感。
小さく首を振り、戻ろうとする。
と――そこで不意に子供のすすり泣く声が聞こえてきた。
弟妹は中々ぐずるのを止めない。
目を赤く腫らして、もう父と母がいない事へのやり場のない感情を持て余す。そうして泣き濡れたその頬を――ギャメルは優しく拭ってあげていた。
「大丈夫。オレがついてるから」
だからさ、と頭を撫でて。
「今日はもう寝ような」
弟妹はいやいやをして、始めは受け入れない。けれどその内に疲れてしまって、眠りについた。
「……」
ギャメルはそっと息をつく。
葬儀から数日。この長屋の部屋で同じような日々が続いていた。
両親を失ってしまったショックは、弟や妹には大きすぎたのだろう。今も現実を拒むように、心の安定を欠いている。
それでもギャメルは長男として、家を切り盛りする立場として。気丈に面倒を見てあげていた。
――けれど。
こうして一人になった時、ギャメルはぎゅっと眉根を寄せる。
それからこらえるように、寝間着姿のままベランダに出て――すすり泣いた。
涙をぽろぽろと零しながら、時々しゃくりあげて。決して自分の泣き声で弟妹を起こさないように。
唯一の、自分をさらけ出す瞬間。
雨が近いのだろうか、六月なのにひどく風が冷たかった。
(あれは……)
窓の外の狭いベランダ。
泣き声に目を向けたオゴスは――仕切りの木枠越しに、抱えた膝に顔をうずめる少年を見つけた。
名は朧気だが面識はある。
恩人の家の一番上の子。
「……」
葬儀の後、どんな思いでいるのか気にはなっていた。
けれどそれを間近にして、オゴスは息を呑む。自分の予想以上に身につまされたのだ。
(――当たり前だ)
親を亡くして辛くない筈がない。悲しくない筈がない。泣かない筈がない。
ただ彼は我慢していたのだ。
葬儀の時も。
下の子達の面倒を見ている時も、きっと。
涸れてなんかない。今もまだ悲しみの中にいるのだ。
だから何かしたくて、けれどオゴスは今一度拳を握り締める。
――俺に何ができる。
恩の一つも返せなかった自分が、今更いい大人のつもりで慰めでもするのか。
その迷いが己に行動をさせない。
だから恩人の息子に声もかけられず――ただ踵を返し、寝床に引っ込んだ。
「さっさと、やっちゃわないとな……」
翌日、ギャメルは溜まった衣類を洗濯していた。
悲しくとも時間は過ぎる。
だから用事は待ってはくれなくて、日々を営んでいかなければならなかった。
生活費には独り立ち用の貯金を崩している。常識に漏れず十歳で家を出る予定だったけれど、延期していて手を付けていなかったのだ。
“一番下の弟の手がかからなくなるまでは”――理由はそんな思い。血縁はなくても、弟だから。見れるだけ面倒は見たかった。
それでも貯えは多くない。
両親の事も思えば、ふとした瞬間に心が塞いで……ギャメルは俯く。
と、そこで外から帰る隣人の姿が見えた。ギャメルは元気が出なくて、会釈するだけになってしまう。
彼は静かに応えながら――部屋の鍵を開ける時に、ポケットから革袋を落とした。
結局、オゴスは少年に声をかける事を諦めた。
大手を振ってそれをする資格が自分にはないと思ったのだ。
(それでも、金は必要なはずだ)
だから部屋に入る際、革袋を見えるように落とした。
中身は金貨。当面の生活は充分になる額だった。こんな事しか出来ないが、彼らにとっては助かる筈だ。
――好きに使うと良い。
餞別の思いと共に、オゴスは素知らぬ顔で部屋に入る。
けれど。
直後、確かに少年――ギャメルは革袋を拾った。だが中を開くとそれを見て。
「ん? これってお金じゃん!」
驚きと共にすぐにドアをノック。
開けたオゴスへと、革袋を差し出していた。
「落としたよ。はい」
「……」
オゴスは図りかねて、渋面を作った。
「中身を見てないのか?」
「見たよ。お金でしょ」
「……なら、どうして届けにきた」
オゴスにはそれが本気で理解できない。
けれどギャメルはそれこそ不可解だと、首を傾げていた。
「どうしてって、盗んだら持ち主が困るだろ」
母さんから教わったんだ、と。
紡がれた声に、オゴスは返事が出来ない。
それは素直な言葉だった。
「……」
皆が生き馬の目を抜いて生きている。時には隠していたって奪われる。姑息な大人は、誰も他人に心からの信頼を預けない。
ここはそんな場所だ。
なのに――
(この子は違う)
この薄い泥のような世界で、美しい雨に芽吹いた緑のように。
あるのは穢れない心。
「――全く」
零れる声には、呆れもあったろうか。
「お前さんの御母上はとんでもない躾をしてくれたもんだ」
困窮していながら金を届けるお人好しがこの街で生きられるわけがない。
(でも……そんな心を子に与えた人だからこそ俺の命を救ったのだろうが)
ギャメルは不安げだ。
「とんでもない? 母さんが、何かしたの……」
「いいえ」
オゴスは膝をつき目線を合わせた。
「失礼しました。御母上を侮辱する意図はありません。俺はあの人に大恩があるのです」
そして真っ直ぐに伝える。
「俺はオゴスと申します。お願いがあります。どうか俺に坊ちゃん達を助けさせてください」
それが己に出来る事。
やるべき事だと、そう思った。
「坊ちゃん? オレはギャメルだよ」
「ええ、ですが坊っちゃんは坊っちゃんです」
「……」
ギャメルは驚きつつも、真意を確かめようとその目を見る。
するとそこには偽りがなくて。この人は多分、助けてくれる。そう思わせるだけの力強さがあった。
でも――同時に請うような色もあって。
言葉の奥で、彼自身が救済を求めているようにも見える。
(……)
ギャメルにはそれが少しだけ心配。それでも今――凝り固まったものが解けていく気持ちだった。
多分、手を差し伸べて貰えて……素直に嬉しかったから。
「分かったよ。そう言ってくれるなら」
返すと、オゴスも微かに表情を和らげて。まずは挨拶にと部屋に来る事になる。
訪れるのは新しい日々。
その未来に何が待つかは、二人にもまだ判らない。
並ぶ人々が深く死者を悼んでいるからだと、端にいたオゴスには感じられた。
そこには亡くなった二人の、子供もいた。
けれど変わらぬ静謐を感じたのは、幼い泣き声が聞こえる中で――その弟妹を連れる長男はじっと静かにしていたからだと思う。
両親の死を受け止めきれなかったのかも知れない。
或いはもう、涙が涸れるほど泣いてしまった後なのだろうか。
帝国崩壊の未来を、未だ世界が知らぬ六月。
葬儀の数日後、オゴスは自宅の窓辺で夜空を見上げていた。
ゴールディにある二階建ての長屋だ。この街らしく、月の光まで薄雲でぼやけている。
「……」
思うのは、あの子供達の母の事だった。
嘗て、死に瀕したオゴスを助けてくれた人。
その頃から月日が経ち、引っ越してきたこの場所の隣が偶然にもその恩人の住まいだった。
受けた恩を返すと決めていた。チャンスはあった。なのにオゴスがそれを果たす前に――彼女は九人の子供を残して亡くなってしまった。
晴れ空に突然雨が降るように、オゴスは報いるべき人を失った。
(俺は……)
拳を握る。
今はその死を静かに悼みたい。
けれど後悔も消えなくて。同時にその思いすら傲慢かも知れなくて。
(俺に何ができたろう)
焦燥とも無力感とも違う、理想との距離感。
小さく首を振り、戻ろうとする。
と――そこで不意に子供のすすり泣く声が聞こえてきた。
弟妹は中々ぐずるのを止めない。
目を赤く腫らして、もう父と母がいない事へのやり場のない感情を持て余す。そうして泣き濡れたその頬を――ギャメルは優しく拭ってあげていた。
「大丈夫。オレがついてるから」
だからさ、と頭を撫でて。
「今日はもう寝ような」
弟妹はいやいやをして、始めは受け入れない。けれどその内に疲れてしまって、眠りについた。
「……」
ギャメルはそっと息をつく。
葬儀から数日。この長屋の部屋で同じような日々が続いていた。
両親を失ってしまったショックは、弟や妹には大きすぎたのだろう。今も現実を拒むように、心の安定を欠いている。
それでもギャメルは長男として、家を切り盛りする立場として。気丈に面倒を見てあげていた。
――けれど。
こうして一人になった時、ギャメルはぎゅっと眉根を寄せる。
それからこらえるように、寝間着姿のままベランダに出て――すすり泣いた。
涙をぽろぽろと零しながら、時々しゃくりあげて。決して自分の泣き声で弟妹を起こさないように。
唯一の、自分をさらけ出す瞬間。
雨が近いのだろうか、六月なのにひどく風が冷たかった。
(あれは……)
窓の外の狭いベランダ。
泣き声に目を向けたオゴスは――仕切りの木枠越しに、抱えた膝に顔をうずめる少年を見つけた。
名は朧気だが面識はある。
恩人の家の一番上の子。
「……」
葬儀の後、どんな思いでいるのか気にはなっていた。
けれどそれを間近にして、オゴスは息を呑む。自分の予想以上に身につまされたのだ。
(――当たり前だ)
親を亡くして辛くない筈がない。悲しくない筈がない。泣かない筈がない。
ただ彼は我慢していたのだ。
葬儀の時も。
下の子達の面倒を見ている時も、きっと。
涸れてなんかない。今もまだ悲しみの中にいるのだ。
だから何かしたくて、けれどオゴスは今一度拳を握り締める。
――俺に何ができる。
恩の一つも返せなかった自分が、今更いい大人のつもりで慰めでもするのか。
その迷いが己に行動をさせない。
だから恩人の息子に声もかけられず――ただ踵を返し、寝床に引っ込んだ。
「さっさと、やっちゃわないとな……」
翌日、ギャメルは溜まった衣類を洗濯していた。
悲しくとも時間は過ぎる。
だから用事は待ってはくれなくて、日々を営んでいかなければならなかった。
生活費には独り立ち用の貯金を崩している。常識に漏れず十歳で家を出る予定だったけれど、延期していて手を付けていなかったのだ。
“一番下の弟の手がかからなくなるまでは”――理由はそんな思い。血縁はなくても、弟だから。見れるだけ面倒は見たかった。
それでも貯えは多くない。
両親の事も思えば、ふとした瞬間に心が塞いで……ギャメルは俯く。
と、そこで外から帰る隣人の姿が見えた。ギャメルは元気が出なくて、会釈するだけになってしまう。
彼は静かに応えながら――部屋の鍵を開ける時に、ポケットから革袋を落とした。
結局、オゴスは少年に声をかける事を諦めた。
大手を振ってそれをする資格が自分にはないと思ったのだ。
(それでも、金は必要なはずだ)
だから部屋に入る際、革袋を見えるように落とした。
中身は金貨。当面の生活は充分になる額だった。こんな事しか出来ないが、彼らにとっては助かる筈だ。
――好きに使うと良い。
餞別の思いと共に、オゴスは素知らぬ顔で部屋に入る。
けれど。
直後、確かに少年――ギャメルは革袋を拾った。だが中を開くとそれを見て。
「ん? これってお金じゃん!」
驚きと共にすぐにドアをノック。
開けたオゴスへと、革袋を差し出していた。
「落としたよ。はい」
「……」
オゴスは図りかねて、渋面を作った。
「中身を見てないのか?」
「見たよ。お金でしょ」
「……なら、どうして届けにきた」
オゴスにはそれが本気で理解できない。
けれどギャメルはそれこそ不可解だと、首を傾げていた。
「どうしてって、盗んだら持ち主が困るだろ」
母さんから教わったんだ、と。
紡がれた声に、オゴスは返事が出来ない。
それは素直な言葉だった。
「……」
皆が生き馬の目を抜いて生きている。時には隠していたって奪われる。姑息な大人は、誰も他人に心からの信頼を預けない。
ここはそんな場所だ。
なのに――
(この子は違う)
この薄い泥のような世界で、美しい雨に芽吹いた緑のように。
あるのは穢れない心。
「――全く」
零れる声には、呆れもあったろうか。
「お前さんの御母上はとんでもない躾をしてくれたもんだ」
困窮していながら金を届けるお人好しがこの街で生きられるわけがない。
(でも……そんな心を子に与えた人だからこそ俺の命を救ったのだろうが)
ギャメルは不安げだ。
「とんでもない? 母さんが、何かしたの……」
「いいえ」
オゴスは膝をつき目線を合わせた。
「失礼しました。御母上を侮辱する意図はありません。俺はあの人に大恩があるのです」
そして真っ直ぐに伝える。
「俺はオゴスと申します。お願いがあります。どうか俺に坊ちゃん達を助けさせてください」
それが己に出来る事。
やるべき事だと、そう思った。
「坊ちゃん? オレはギャメルだよ」
「ええ、ですが坊っちゃんは坊っちゃんです」
「……」
ギャメルは驚きつつも、真意を確かめようとその目を見る。
するとそこには偽りがなくて。この人は多分、助けてくれる。そう思わせるだけの力強さがあった。
でも――同時に請うような色もあって。
言葉の奥で、彼自身が救済を求めているようにも見える。
(……)
ギャメルにはそれが少しだけ心配。それでも今――凝り固まったものが解けていく気持ちだった。
多分、手を差し伸べて貰えて……素直に嬉しかったから。
「分かったよ。そう言ってくれるなら」
返すと、オゴスも微かに表情を和らげて。まずは挨拶にと部屋に来る事になる。
訪れるのは新しい日々。
その未来に何が待つかは、二人にもまだ判らない。