二人のゴブリン
キャラクターノベル(グループ)制作 おおくまねこ納品 2025年02月20日 08時20分28秒
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「うーん……こりゃ、今月も赤字だなあ」
緑の小鬼は帳簿の数字と睨めっこしながら、ため息をついた。ここはロスガリア大陸、ゴブリンの自治領、ゴールディ。ギャメルはあの天霧りに消ゆる幽界樹との戦いの後、シルバードから少し離れた場所に小さな店を開いた。
それは薬局と診療所を兼ねた小さな施療院で、客からの評判は頗る良い。しかし、ギャメルの人の良さが災いし、商売として成り立っているかはちょっと微妙な状態だ。
「失礼する」
透き通るような男の声と共に、カランカランと入り口に取り付けられた鈴が軽やかに鳴り、客の訪れを告げる。入ってきた男はゴブリン離れした整った容姿を持つ銀髪の美丈夫だったが、その額にはしっかりとゴブリンらしい二本の角が生えていた。
「いらっしゃい……って、アンタ、もしかしてナハティガルか!?」
ギャメルは帳簿から顔を上げ、男に挨拶しようとしたところで赤い目をパチパチさせた。
「驚いたな。ここはギャメルの店だったのか」
銀髪の小鬼――ナハティガル=ラーは目を丸くする。
「おう。見ての通り薬屋だ。3年半で稼いだ金で建てた。まあせっかくだし、ゆっくり見てってくれよ」
ギャメルが笑いながら言うと、ナハティガルも昔を懐かしむように笑みを浮かべた。
「そうさせてもらおう」
●
「ギャメルは今はこの店で生計を立てているのか?」
「ああ。今は自分の店を地域に定着させるために奮闘中ってとこだな。まだ、あんまり儲かってねえんだけど」
「ふむ……商品の質は決して悪くはなさそうだがな」
ナハティガルは真剣な眼差しでギャメルの背にある商品棚を眺めている。
「ま、この店がこの地域にしっかり馴染めばもうちょっと楽になるんだろうけどな。さすがに顔見知りばっかの村で物を盗むやつはそうそういないだろ」
ギャメルが肩を竦めると、ナハティガルも溜息をついた。
「……確かにな。ところでそれは石鹸だろうか」
「おう、そうだぜ」
「これはギャメルが作ったのか? それとも彼女が?」
「お、勘がいいな。こりゃオレじゃなくて妹のアイデアさ」
「兄ちゃん、お茶出来た!」
その時、店の奥から甲高い声がした。ギャメルの家族だろう。
「お、気が利くな。なあナハティガル。良かったらちょっと茶でも飲んでいけよ」
「ありがたく頂くとしよう」
●
「ほい、月光花のハーブティーと、お茶請けの飴」
「月光花か。懐かしいな。茶にもなるんだな」
ナハティガルが勧められたお茶を飲むと、爽やかな風味がじんわりと口の中に広がった。
「ふむ。こっちの飴も商品なのか?」
「ああ。薬だけじゃどうもかたっ苦しいんで、子供とかも気軽に来れるように置いてるんだ。ハチミツと月光花を混ぜてあるから、喉を傷めた時なんかに回復効果があるんだぜ」
「流石はギャメルだ、目の付け所が良い。病の予防にも貢献していそうだな」
ナハティガルは感心し、頷くと、ギャメルは照れくさそうに鼻を掻いた。
「気軽に出入りできる『薬局兼診療所』は、特に貧しい者達にとって有り難い存在の筈だ。それに、大樹海でしか採れない薬草から作られる薬品類の需要は高そうだな」
「アンタにそういってもらえると嬉しいぜ! ……今だから言うけど、最初にナハティガルをギルドで見かけた時、なんつー格好良い角のロード種なんだ、ってビックリしたんだぜ」
「そうか。この角を褒めてもらえるとは、光栄だな」
ギャメルがテンションが上がったのか、早口でそう告げると、ナハティガルも微笑を浮かべた。ナハティガルの額にある二本の角。これはゴブリン離れした容姿を持つナハティガルがゴブリン種であることを示す唯一の外見的特徴だ。
「最初に会った時か……あれは確か……ヴァイセントラフ砦の時だったか?」
「ああ、確かそうだな! あんときゃ、すれ違った程度だったけど。本格的に一緒に依頼をこなしたのは確か……」
「たぶん、緑の親指の奪還の阻止作戦の時だな」
「あー、そうだそうだ! あの時は……」
ひとしきり冒険者時代の昔話で盛り上がった後、ナハティガルが有効な防犯対策を提言したり、ブラックデスの近況についてギャメルの話を聞いたりと、二人は取り留めのない話を続けた。
●
「ナハティガルは今王国で暮らしてるんだよな?」
「ああ。黒鋼竜附護衛士という役職についている」
「おお。なんか凄そうだな。王国ってゴブリンへの風当たり強いイメージだけど、やっぱり大変だよな?」
「大変か、と言われると、そうだな。だが幸い俺は主君に恵まれている。大変なのは仕事の量と質だ。しかしその分、やりがいはあるな」
ナハティガルが主君の顔と、連鎖的に浮かんでしまった執務室に山積みになっている書類の束を思い浮かべ、フッと笑うと、ギャメルも「うまくやってるなら何よりだぜ」と笑った。
「経営状態はどうだ?」
「潰れそうってわけじゃねえんだけど、薬を揃えるのにけっこう金を使っちまったから、なかなか黒字にならないんだよな。とりあえず黒字化を目標にしてる」
「ふむ……大樹海でしか採れない薬草から作られる薬品類の需要は高そうだ。店を黒字化したいなら、店売りだけでなく、外回りの営業活動にも力を入れるといいだろう。
それに、石鹸は疫病蔓延を防ぐ効果が期待できる。量産できれば、ゴールディの特産品として他国に輸出できるかもしれんぞ」
「なるほど! そいつはいいアイデアだな! 暇な日もあるし、考えてみるか……」
ナハティガルは少し、店の資金繰りについてもアドバイスをすると、ギャメルは嬉しそうにぽんと手を叩いた。
「ギャメルはもう、冒険者は引退したのか?」
ナハティガルが問うと、ギャメルは少し考えてから首を縦に振った。
「ああ。積極的な冒険者活動は休止中だな。オレは緊急時の予備戦力として一応はギルドに在籍してるぜ」
「それは助かる。もしもゴールディが傾くような事態があった時は俺も駆けつけるつもりだが、間に合うか分からんからな」
ナハティガルは王国でとある貴族に仕える道を選んだが、自身もゴブリンであることを忘れたことはない。茨の道を進むのも、全ては同胞の未来のための選択だった。
●
「おーい、ギャメルさん、うちのじいさんが道で転んで起きられなくなっちまった! ちょっと診てもらえるかい?」
裏口の方から村人が呼ぶ声が聞こえ、ギャメルは今店が営業中であることを思い出した。
「おっと、急患っぽいな」
「そうか。では俺もそろそろお暇するか。すっかり長居してしまったな」
「いいって。茶に誘ったのはオレだし。……今行くー!」
ギャメルはナハティガルにお土産の石鹸とハーブティーを手渡し、名残惜しそうに見送る。
(話してみると、ナハティガルは堂々としてるのに威張ったところがなくてすげえ良いヤツだった。ロードってことや腕前だけじゃなくて、人柄の面も尊敬するようになったんだ)
ナハティガルは店の前で振り返ると、微笑を浮かべた。
「ギャメル。この店は――いや、アンタはゴブリンの希望の一つだ。同胞として、その成功を祈っている」
「なんだよ、大袈裟だな。けど、アンタにそう言ってもらえるなら、オレもそのつもりで頑張るぜ! ナハティガル、オレもアンタの夢が叶うよう、応援してる! こっちに来る機会があったらまた寄ってくれよな!」
「ああ、必ず」
二人は固く握手を交わし、それぞれの道へと戻っていった。
種族のより良き未来の為に。二人の小鬼は己の信じる道を進む。
「うーん……こりゃ、今月も赤字だなあ」
緑の小鬼は帳簿の数字と睨めっこしながら、ため息をついた。ここはロスガリア大陸、ゴブリンの自治領、ゴールディ。ギャメルはあの天霧りに消ゆる幽界樹との戦いの後、シルバードから少し離れた場所に小さな店を開いた。
それは薬局と診療所を兼ねた小さな施療院で、客からの評判は頗る良い。しかし、ギャメルの人の良さが災いし、商売として成り立っているかはちょっと微妙な状態だ。
「失礼する」
透き通るような男の声と共に、カランカランと入り口に取り付けられた鈴が軽やかに鳴り、客の訪れを告げる。入ってきた男はゴブリン離れした整った容姿を持つ銀髪の美丈夫だったが、その額にはしっかりとゴブリンらしい二本の角が生えていた。
「いらっしゃい……って、アンタ、もしかしてナハティガルか!?」
ギャメルは帳簿から顔を上げ、男に挨拶しようとしたところで赤い目をパチパチさせた。
「驚いたな。ここはギャメルの店だったのか」
銀髪の小鬼――ナハティガル=ラーは目を丸くする。
「おう。見ての通り薬屋だ。3年半で稼いだ金で建てた。まあせっかくだし、ゆっくり見てってくれよ」
ギャメルが笑いながら言うと、ナハティガルも昔を懐かしむように笑みを浮かべた。
「そうさせてもらおう」
●
「ギャメルは今はこの店で生計を立てているのか?」
「ああ。今は自分の店を地域に定着させるために奮闘中ってとこだな。まだ、あんまり儲かってねえんだけど」
「ふむ……商品の質は決して悪くはなさそうだがな」
ナハティガルは真剣な眼差しでギャメルの背にある商品棚を眺めている。
「ま、この店がこの地域にしっかり馴染めばもうちょっと楽になるんだろうけどな。さすがに顔見知りばっかの村で物を盗むやつはそうそういないだろ」
ギャメルが肩を竦めると、ナハティガルも溜息をついた。
「……確かにな。ところでそれは石鹸だろうか」
「おう、そうだぜ」
「これはギャメルが作ったのか? それとも彼女が?」
「お、勘がいいな。こりゃオレじゃなくて妹のアイデアさ」
「兄ちゃん、お茶出来た!」
その時、店の奥から甲高い声がした。ギャメルの家族だろう。
「お、気が利くな。なあナハティガル。良かったらちょっと茶でも飲んでいけよ」
「ありがたく頂くとしよう」
●
「ほい、月光花のハーブティーと、お茶請けの飴」
「月光花か。懐かしいな。茶にもなるんだな」
ナハティガルが勧められたお茶を飲むと、爽やかな風味がじんわりと口の中に広がった。
「ふむ。こっちの飴も商品なのか?」
「ああ。薬だけじゃどうもかたっ苦しいんで、子供とかも気軽に来れるように置いてるんだ。ハチミツと月光花を混ぜてあるから、喉を傷めた時なんかに回復効果があるんだぜ」
「流石はギャメルだ、目の付け所が良い。病の予防にも貢献していそうだな」
ナハティガルは感心し、頷くと、ギャメルは照れくさそうに鼻を掻いた。
「気軽に出入りできる『薬局兼診療所』は、特に貧しい者達にとって有り難い存在の筈だ。それに、大樹海でしか採れない薬草から作られる薬品類の需要は高そうだな」
「アンタにそういってもらえると嬉しいぜ! ……今だから言うけど、最初にナハティガルをギルドで見かけた時、なんつー格好良い角のロード種なんだ、ってビックリしたんだぜ」
「そうか。この角を褒めてもらえるとは、光栄だな」
ギャメルがテンションが上がったのか、早口でそう告げると、ナハティガルも微笑を浮かべた。ナハティガルの額にある二本の角。これはゴブリン離れした容姿を持つナハティガルがゴブリン種であることを示す唯一の外見的特徴だ。
「最初に会った時か……あれは確か……ヴァイセントラフ砦の時だったか?」
「ああ、確かそうだな! あんときゃ、すれ違った程度だったけど。本格的に一緒に依頼をこなしたのは確か……」
「たぶん、緑の親指の奪還の阻止作戦の時だな」
「あー、そうだそうだ! あの時は……」
ひとしきり冒険者時代の昔話で盛り上がった後、ナハティガルが有効な防犯対策を提言したり、ブラックデスの近況についてギャメルの話を聞いたりと、二人は取り留めのない話を続けた。
●
「ナハティガルは今王国で暮らしてるんだよな?」
「ああ。黒鋼竜附護衛士という役職についている」
「おお。なんか凄そうだな。王国ってゴブリンへの風当たり強いイメージだけど、やっぱり大変だよな?」
「大変か、と言われると、そうだな。だが幸い俺は主君に恵まれている。大変なのは仕事の量と質だ。しかしその分、やりがいはあるな」
ナハティガルが主君の顔と、連鎖的に浮かんでしまった執務室に山積みになっている書類の束を思い浮かべ、フッと笑うと、ギャメルも「うまくやってるなら何よりだぜ」と笑った。
「経営状態はどうだ?」
「潰れそうってわけじゃねえんだけど、薬を揃えるのにけっこう金を使っちまったから、なかなか黒字にならないんだよな。とりあえず黒字化を目標にしてる」
「ふむ……大樹海でしか採れない薬草から作られる薬品類の需要は高そうだ。店を黒字化したいなら、店売りだけでなく、外回りの営業活動にも力を入れるといいだろう。
それに、石鹸は疫病蔓延を防ぐ効果が期待できる。量産できれば、ゴールディの特産品として他国に輸出できるかもしれんぞ」
「なるほど! そいつはいいアイデアだな! 暇な日もあるし、考えてみるか……」
ナハティガルは少し、店の資金繰りについてもアドバイスをすると、ギャメルは嬉しそうにぽんと手を叩いた。
「ギャメルはもう、冒険者は引退したのか?」
ナハティガルが問うと、ギャメルは少し考えてから首を縦に振った。
「ああ。積極的な冒険者活動は休止中だな。オレは緊急時の予備戦力として一応はギルドに在籍してるぜ」
「それは助かる。もしもゴールディが傾くような事態があった時は俺も駆けつけるつもりだが、間に合うか分からんからな」
ナハティガルは王国でとある貴族に仕える道を選んだが、自身もゴブリンであることを忘れたことはない。茨の道を進むのも、全ては同胞の未来のための選択だった。
●
「おーい、ギャメルさん、うちのじいさんが道で転んで起きられなくなっちまった! ちょっと診てもらえるかい?」
裏口の方から村人が呼ぶ声が聞こえ、ギャメルは今店が営業中であることを思い出した。
「おっと、急患っぽいな」
「そうか。では俺もそろそろお暇するか。すっかり長居してしまったな」
「いいって。茶に誘ったのはオレだし。……今行くー!」
ギャメルはナハティガルにお土産の石鹸とハーブティーを手渡し、名残惜しそうに見送る。
(話してみると、ナハティガルは堂々としてるのに威張ったところがなくてすげえ良いヤツだった。ロードってことや腕前だけじゃなくて、人柄の面も尊敬するようになったんだ)
ナハティガルは店の前で振り返ると、微笑を浮かべた。
「ギャメル。この店は――いや、アンタはゴブリンの希望の一つだ。同胞として、その成功を祈っている」
「なんだよ、大袈裟だな。けど、アンタにそう言ってもらえるなら、オレもそのつもりで頑張るぜ! ナハティガル、オレもアンタの夢が叶うよう、応援してる! こっちに来る機会があったらまた寄ってくれよな!」
「ああ、必ず」
二人は固く握手を交わし、それぞれの道へと戻っていった。
種族のより良き未来の為に。二人の小鬼は己の信じる道を進む。