双翼は、頂きを目指し

キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2025年03月17日 00時57分31秒

■奇貨居くべし

 帝国奪還より十年の月日が流れた。 
 昨今、ライゼンナクト侯爵家の主『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクトと言えば。
 
 『王国』の高位貴族の中でもトップクラスに多忙な領主として知られている。
 彼が始めた施策。“紫水館構想”は十年と言う年月を重ね漸く本格的に動き出した。
 
 かつては存在した貴族派の反発。庶民の敬遠。そして王家よりの暗黙の牽制を経て。
 針の穴に糸を通すが如き調整を、彼と彼の支援者たちはひたすら地道な交渉と対話を以て乗り切った。
 
 『紫水晶(ラズベリル)』侯爵領における紫水館一号館の卒業生が五期を重ね頃になると。
 貴族も。或いは王家も。その人材に一定の価値を見出さない訳にはいかなくなった。
 
 教育機関としては難関の頂点である『パンクリアース学園』入学試験を、正攻法突破する者が現れたからだ。
 庶民枠を設け"開かれた学園"と言う印象戦略を始めた『学園』にとっても、これは大いに想定外だった。
 
 元々『王党派』、『白筆(ロクサーヌ)』の例にもあるように"人材育成"で王家に価値を示す貴族家は一定存在したが。
 複数領を跨ぎ、領主同士が連携して、大々的に執り行ったという例は流石に類を見ない。
 
 その"成果"が『学園』への人材流入ともなれば、『紫水館』はいずれ国政に介入してくる事になる。
 当然のように。この様な事態は一度鎮静化した『貴族派』からの反発を強めた。
 
 『学園』における、出資者である事を笠に着た貴族の既得権益を、明確に傷付けられたのだから当然だろう。
 しかし一方で。王家はこれを黙認した。国内での人材育成の加速は王家にとって"悪"とは言いきれないからだ。
 
 何より少なくとも。帝国を御し、『集権派』と言う地盤を整え、貴族への優位性を維持する王家にとって。
 現時点では未だ――――『紫水館』は脅威足り得なかった。
 
 かくして様々に折り重なった各陣営の利害が、彼の施策をじわじわと後押しした。
 あるいは順風満帆、と言えば聞こえは良いだろう。が、結果として――――『竜』は今も嵐の中に居る。
 
■竜の双翼とその近況

「至気高き『竜』の君に置きましては、久方ぶりと存じます。『紫水晶』御呼びに参じました」

「心にも無く遜るのも大概にせよラズベリル」

「まあ連れない御返答。敬愛する竜侯にその様に仰られるのは心外ですわ」

「分かった分かった。書類は受け取った。六期生の育成も順調な様だな」

「領内で筆記具が安定供給出来る様になりましたから。流石竜侯慧眼で在らせられます」

 時を重ねるに連れ着実にやり難くなるなこの女……と言う眼差しでアルベイルが瞳を細めるに。
 三十を間近に控え尚綺羅星の如く輝く『紫水の至宝』ことクリスタリア・ラズベリルが微笑む。
 
 両名はこの十年余り共同経営・出資者として『紫水館』を支えて来た。
 今日の成功は両名それぞれの非凡な才覚あってこそと言えたが、では両家が蜜月であるかと言えば否。
 
 何せ"成功"については出資率に合わせ等分しているとは言え"蓄積(ノウハウ)"は別の話だ。
 「筆記具の安定供給」は『黒鋼竜』側の明確な功績であるから度々話題に上がる、と言うだけで。
 
 教育計画(カリキュラム)の改訂は各領の『紫水館』で独自変化と発展を遂げており一律ではない。
 監査と言う名目で適宜おかしな過激思想を植え付けていないか。程度の確認は行っているが。
 
 お互い詳らかに手の内を晒せば痛い目を見る相手という認識――――王国社交界の基本原則に変わりはない。
 そういった意味で、両名は戦友であり同盟相手でありながら、未だ好敵手であり続けていると言えた。
 
「それに、木炭筆(チャコールペン)についてはクライン商会の功績だ。俺は認可を出したに過ぎん」

「後ろ盾である『竜』の先見を疑う方なんて、貴族派でもそう多くはないでしょう」

「それを言うなら、紫水館一期卒業生の、玉石混合には不自然な優秀さの方が俺は未だ気になっている。
 何処のどんな縁からあれだけの人材を揃えた? そろそろ種明かしをしても罰には当たるまい」
 
「光栄ですわ。ですが今代の『紫水』は身内に甘いことになっておりますので、どうかご容赦を」

 嘆息一つ。呆れた様にアルベイルが後を継ぐ。
 
「女狐め」

「お褒めの言葉、有り難く存じます」
 
 ……全く、冒険者達も厄介な女を領主に押し上げてくれたものだ。

 ■

 さて。そんな内々におけるトップ会談の推移など露知らぬ『竜の双翼』が一翼。ナハティガル=ラーはと言えば。
 自分に課せられた過分な責と、そして自ら買って出たゴールディ発の情報収集の精査。
 
 そして"王家"との関係を少しでもまともな状態に持って行こうと言う彼独自の努力の結果。
 膨大な作業と要確認書類(タスク)に埋もれて日々を過ごすと言う、望まぬ現在を強いられていた。

 彼は元々武官採用であり、当人も自分が“荒事を得手とする裏稼業の人間(アウトロー)”だと自認している。
 で、あれば。これは何だと。別に安請け合いをして来た訳ではないが、それをすべきだと感じた事全てを背負い。

 概ね、自らの現主(アルベイル)とほぼ同じ日常を送っている自分に対し一頻り悪態を吐きたくもなる。
 何せ必死に法学の知識を詰め込んだナハティガルは、いよいよ以て彼にしか処理出来ない案件を抱えつつある。

 他の誰にも委託出来ない。急ぎ目を通さないといけないのに基礎知識がない人間には暗号文。
 しかも貴族と王家のやり取りなど過剰修飾と古式形容詞の宝石箱(ゴミ山)だ。

 うんざりしながら解読し、うんざりしながら判を押す。本当にこれで望む未来はやって来るのか……?
 地道の極致、事務仕事の奈落とでも呼ぶ環境にあって、ナハティガルの心の支えと言えば。

 『紫政館』卒業生達の華々しい栄達。その評価の高まりに沿って聞こえて来る市井の平民達の僅かな認識の変化。
 学ぶこと、に対する意欲を持つ人間が、僅かずつでも増えつつあると言う報告書の数字の推移位だった。

 傍から見ると、数字を見て満足気に頷いているヤバい奴。と見えなくもないのが難題ではあるが。
 と、そうこうしている間に昼時。慣れたノックの音が響く。

「あの、ナハティガルさん。少し良いでしょうか」

 最近。ナハティガルが文字と数字と格闘する比率が激増した結果として。
 双翼がもう一翼。ゲルダ・クラインは『竜の守護』を担う比率が偏りつつあった。

 『護衛士』としては正に本分。ではあるのだが、正味の話現在の『竜』を墜とすメリットがある家は少ない。
 何せ王家が中央集権化を進めるに当たって、目下の課題は現状"唯一の公爵家(白薔薇)"の解体だ。

 この先、弱小貴族は力を増し続ける『集権派』に寄り添いでもしなければ自然と消えて行かざるを得ない。
 一方で『集権派』もまたいずれ王家に貴族の権利を返還する事を目的とする以上、いずれは役割を終える。

 この状況下で、態々比較的安泰を維持している貴族と真っ向切って潰し合う旨味が何処にあろう。
 要するに、そんな背景事情もあってかゲルダは、ナハティガルに申し訳なく思うほど定時帰宅の平常業務だった。

 ■

「ゲルダか。こっちにいつもの商人共の陳情を集めておいた」

「あ、分かりました。目を通させて頂きます」

 領主間外交に主と同行する事の多いゲルダは、ナハティガルより貴族の社交界に明るい。
 加えて実家の関係で商業知識にも通じている為、陳情の一時判断は彼女の方が処理が早かった。

 『王国』では広く知られている事実だが。『竜』の財源は主に商人からの租税である。
 領都である『湖都』も去ることながら、『竜』の領内には商業都市が点在している。

 『死の商人』と繋がりの深い『竜』ならではの光景だが、この背景は平穏な時代でも大差ない。
 大商会、とされる商人達は確かに武器を扱うが、その莫大な資産は武器以外の扱いにも及ぶからだ。

 そしてこれまた当然の結露として。多額の税を納める商人達は要求も多い。

「湖都から王都への直通商路が欲しいって陳情、また来たんですが……」

「乱の影響を考えれば不可能だと言う事は分かると思うんだが……」

 クライン商会主導による筆記具の流通網。当初は需要がまるで追いついていなかった博打に近い商品製造。
 だがそれが、“博打に近かった”のは『紫政館』が軌道に乗るまでの話だった。

 現状、筆記具の需要は日増しに高まりを見せつつあり。当然、流行に目敏い商人達はその販路を探っている。
 それには大きく2つの要因が働いていた。1つに『紫政館』卒業生の優秀さが、法衣貴族の目に留まったこと。

 2つに。『紫政館』の成功をモデルケースとした同業種。"領を跨ぐ私塾"が発足の兆しを見せつつあること。
 『竜』はこれを規制しようとはしなかったし。『王』もまた現時点では未だ“様子見”の判断を下した。

 結果。クライン商会は現在受注と製造で大わらわの渦中にあり。それは後に先見の明と謳われようが。
 酷く地に足の着いた話をしてしまえば。時代の当事者たちは大抵それどころではないのだった。

「それで、もう一つの本題の方の調子はどうなんだ?」

「それがですね……」

 難しそうに眉を寄せるゲルダ。その口調には如何にも苦い物が滲んでおり……

■未来の描き方

「駄目だな……今の紋具を使った製法だと、折れる」

「澱(エーテル)を使う以上、あまり精密作業向けの技術ではないですからね……」

 『リトルビッグマン』ギュミル・クラインが目指す理想の筆記具。黒鉛筆。
 この道具の製造は、困難を極めていた。細く指で挟める程度の硬度を持たせるには外皮が必要。
 
 木材で包む事でこれをクリアしたまでは良かった。だが、量産化に当たっての加工紋具。
 つまり黒鉛を細く、指で挟めるサイズまで削る機材の開発が非常に難しいのだ。

 そもそもがこう言った指定(オーダーメイド)の紋具製造開発、となると熟練の技術者の総数が限られる。
 にも拘らず、彼らが試行錯誤の末に出来た試作品を没(ダメ)と烙印を押すのには胃が痛くなる神経を使った。
 
 加えて、黒鉛と言う素材の脆さは健在だ。加工の際の不良品(ロス)。による製造費(コスト)増。
 漸く“理想的サンプル”が出来てから5年。“量産化”の筋道は未だ完全には描けていない。

 妻のアイリスは、あくまで焦っても仕方が無い。と言う姿勢で居るが。
 ギュミルの商人の直感は、この時点で大いに手強い難物の気配を感じ取っていた。

(これは、真面目に生涯を賭す事業になるかもしれないぞ……)

 木炭筆の受注、生産を抱えた状態での新商品開発に当たって。
 ギュミルはいよいよ以て、長く付き合っていく覚悟を決めざるを得ない状況に突き当たっている。

「――――……と、言う訳でして」

「苦労を掛ける……」

 遠い目をしたナハティガルが、明後日の方角を虚ろな目で見つめて敬礼した。
 実の所。彼は更に隠し種を抱えていたのだが、其方は其方で暗礁に乗り上げていた。

 書物の大量生産を目的とした新たな印刷技術(活版印刷)。自分の伝手を使い『同盟』に相談を持ちかけたのだが。
 リブラネスタからもゴールディからも、あまり色好い返事が貰えていない。

 その最大の要因が――――“検閲”の問題である。
 
(現状、ギルドや商会などが手作業で造られている書物は、国が検閲出来る範疇の量でしかない。
 だが、これが大量生産可能。となると話はがらっと変わって来る……か)

 国家の機関として検閲局。とでも言うべき機関が存在しない状態で、書物の流通などが起きれば。
 国は瞬く間に荒れるだろう。人の口に戸は立てられず、庶民はともかく商人達の大半は字が読めるのだ。
 
 情報の流通、と言う側面でのリスクが大き過ぎ、その発端となった国は一瞬で大陸的脅威となる。
 それよりは、未だ“より安価な紙の精製”の方が案としては通用しそうな気がしていたが。

 ナハティガルの理想とする社会を築くには、まだまだ通過しなければならない国家の柵が多過ぎた。

 ■

「はい、一通り目を通しました。陳情書はアルベイル様に。筆記具関連はお母様に渡しておきます」

 何故父親ではないのだろう……と思いつつも。こういった事は触れない方が良い。
 日々様々な交渉や折衝と接する中で。ナハティガルもまた人間関係の機微を学びつつあった。

 ――――それを、良い事だと思う一方で。ほんの少しだけ、寂しさを感じなくもない。
 ゲルダには、彼が気遣いが出来る様になったことが“見えて”いた。彼女の洞察力は最早異能の類だ。

 彼の積み重ねが、変化が、貴族社会に慣れていく様が、彼女には詳らかに読み取れた。
 今も、彼の頭の中では現在進行形で進んでいる様々な施策と手続きが渦を巻いているに違いない。

 彼に与えられた職分だ。けれど、隣り合って命を賭す。その記憶が……懐かしくないと言えば、それは。
 
「そうだ。丁度アンタが居るならこれを見て貰えるか」

 だから、その手にぴょこっと謎の指人形(パペット)が湧いて出た時も。
 その余りにもトンチキな行動にも。ゲルダは即時順応してのけた。慣れている、ともいう。

「それは……アルベイル様と、ナハティガル様ですか?」

「アルベルくんとナハティくんだ」

(……不敬……)

 普通にそう思ってしまったゲルダだったが、意気揚々と語る彼を止めるほどでもない。
 
「平民に政の基礎を教える、『紫政館』の教材として提案すべく作成した試作品だ。
 熟練の針子に依頼した。良く出来ていると思わないか」

「とても可愛いですが、また減給3ヶ月くらいますよ」

「是非もない」

 ナハティガルも、大概慣れたものだった。

 ■

「と言うか、何故わたしのは無いのでしょう。
 例えば、護衛士は『学を以って国に貢献し地位を得た』と言う類例(モデルケース)としてだって使えますよね?」

「ゲルダは既に市井に流れている御伽噺があるだろう」

「ナハティガル様は少し、アルベイル様が好き過ぎると思います……」

 半目で呟いたゲルダに、動揺するナハティガル。
 まさか、そんなドゥジン教徒であるまいし……いや、そもそもアルベイルへの感情はこう。

 何と言うか、才能を持つ原石を放っておけない宝石細工師(ハンター)の心境と言うか……
 宿敵の二世を丹精込めて育て上げたい次世代魔王の心情と言うか……

 頭空っぽの方が夢が詰め込めるのかどうかは、まあともかく。

「そう言うのではないのだが」

「一体何を想像なされたんですか」

 つん、と拗ねてみせたゲルダ相手に、ナハティガルが右往左往するのはいつものこと。
 そして、『竜』の途上に艱難辛苦が絶え間なく降り掛かるのも、やはりいつものことだった。

「待て。分かった。次の試作品には必ず」

「次は言及する前にナハティガル様とペアになりたいですね」

 それでも。積み重ねた年月の分だけ。ゲルダも素直に自分の気持ちを伝えられる様になり。
 ナハティガルもまた……ほんの少しだけ。女心に聡くなった。

 かくて、竜の双翼の羽搏きは続く。決してその歩みを止める事はない。
 彼らが世界を変えるその時は……いずれきっと、必ずやって来るのだと信じて。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0