とこしえに羽ばたく対の翼
キャラクターノベル(グループ)制作 白葉うづき納品 2025年03月17日 19時05分29秒
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――それは、歴史に残る大規模な戦いが集結して三年ほど後の、春が訪れる頃。
王国南部に位置する『黒鋼竜』侯爵領、その領主が住まう館のバルコニーに、二つ影があった。
「こうして話すのは久しぶりか。仕事終わりだというのに、わざわざ悪いな」
「いえ、嬉しいです。ナハティガル様こそお疲れではないでしょうか。……少しお瘦せになった気がします」
「食事は十分にとっているが……しばらくはそんな暇もなさそうだ。気を付けよう」
「大切な御身体ですからね」
ゲルダ・クライン、ナハティガル=ラーは『黒鋼竜附護衛士』として日々を忙しく過ごしている。互いに『竜の左翼』、『竜の右翼』と称されるほど深く竜に関わり、竜に付き従ってはその身を粉にして働いてきた。戦いが終わった後も、否。そこからが本番だといわんばかりに多忙は極まった。
仕事の他にも、ナハティガルは『王国大憲章』を打ち立てるために情報を集め、各地を飛び回っていると聞く。休む暇も惜しいくらいだろう。
二人の間に仕事場で擦れ違うことや雑談を行う余裕くらいは存在した。けれど改まった話をするには、こうして敢えて時間を取らなければ難しかっただろう。
そう――改まった話なのだ。話があるからこそ、ナハティガルはわざわざゲルダを呼んだ。ある種の予感を胸に、ゲルダはバルコニーから都を眺めるナハティガルの横顔を見つめた。空が夕方から夜に変わる頃合い。沈みかける陽を受けた金の瞳は、ちかちかと煌めいていた。
「ゲルダ」
凛とした声が向けられる。真っ直ぐ射貫くような瞳が、夕焼けを携えてゲルダを見据えていた。
「いつも俺の傍らに居てくれることに、感謝している。――その上で、アンタに言っておかなければならないことがある」
いつからだっただろう。ひた走る己の傍らに、いつもゲルダの姿があることに気付いたのは。いつからだろうか。その姿に頼もしさや心強さを覚え始めたのは。
わからない。今はただ、想いだけが確かにここにある。
同志でもある大切な存在だからこそ、ナハティガルは告げるのだ。己が思い描いている、未来を。
「俺は、アルベイルに最後まで付き合う。尚も己が命ある時は、超越者となって世界を見届けると決めた」
それは、ナハティガルが普通のヒトであることを捨てるという宣言。
悠久の時を以て、世界が――黒鋼竜たちが紡いだ末を見通す決意。
「俺はその道を選ぶ。ゲルダは、どうする。俺と共に来るか? それとも」
そこで初めて、ナハティガルの言葉が途切れた。
選んだことに迷いはない。もし道を違えるなら仕方のないこと。追いすがるつもりはない。
――ないはずなのに、代わりの言葉を紡げなかった。
今現在も、彼女を普通の幸せから遠ざけてはいないかという気持ちがナハティガルの心を刺す。同時に、共に歩みたいという思いも、存在する。
ならばナハティガルに出来るのは、包み隠さない選択肢を示すこと。
「無理強いするつもりはない。決断は――アンタに任せる」
同じ選択をすれば戻れない。どんなに厳しく困難な道でも、突き進まなければならない。
ナハティガルはゲルダを見つめる。陽が沈む前の強い光を携えた、眩い眼差しが射貫いていた。
ゲルダはひとつ、深く呼吸をする。
――ここまでどれだけ背中を追いかけてきただろう。止まることのない歩みに追いつき、隣に並んでどれだけの景色を見てきただろう。
きっかけは、本当にささいなものだったのに。
そこからあなたに恋をして、あなたを知りたいと願って。
生まれも育ち、住む世界も見てきた世界、背負っているものも――何ひとつ同じものなんてなくて。わたしとあなたの間に、大きな壁がそびえていたことを知った。
それでも諦めなかった。壁を乗り越えた先にはあなたがいて、わたしはその隣を選んだ。
これは、わたしが選び、歩いてきた道。
これからもわたしが選び、歩んでいく道に、後悔なんてひとつもない。
「わたしは、あなたと一緒に、わたしたちの選択を――この国の未来を、見届けたい」
それは、ゲルダの心が、ゲルダという存在が真っ直ぐ指し示す、彼女だけの生き方。
これまでのように、思いの丈を乗せて紡ぐ。
「あなたの隣に、わたしはいます。この先も、ずっと」
「長い、長い旅になる。それでもか」
「構いません。心はとうに決まっています」
誰かに求められたからではない。ゲルダはゲルダの意志で選択した。
ナハティガルもまたそれを理解して、一度だけ頷いた。
竜の双翼は、共に羽ばたき続けることを決めた。
どこに辿り着くかは誰にもわからない。ただ、互いが隣に居続けることだけは理解していた。
夜の帳が下りていく。二人の瞳にだけ、消えることのない光が灯っていた。
●
ここ数年にて、『神の職人』がいるという噂が極一部で立った。技術の才は他のどのドワーフよりも抜きんでて、彼の作った武器や防具は戦場において素晴らしい功績を残したらしい。
もうひとつ。エドゥノーグ有する迷宮の奥底に、『神代の鉱石』があるという噂も出た。鉱石に認められた者だけが扱い、身に着けることを許される。作ったものは何代にも渡って残る神にも近しき逸品となり、伝説を巡って幾人もの血が迷宮に飲み込まれたという。
「――その『神代の鉱石』を加工してほしいと?」
辺境都市群、ヴェルクリエ。迷路のような路地を越えた先にその家はあった。年老いたドワーフは鉱石を拡大鏡で覗き込む。
二人が共に道を進むと決めてから、しばらくの時間が経過していた。絶え間ない激務の中の隙間で迷宮を探索し、探し当てたという。
二つの噂を実際に調べたところ、『神の職人』はとても腕の良いドワーフ、『神代の鉱石』はかつて迷宮神が冒険者にもたらした神材とほぼ同様のものであると判明する。それでもその鉱石を携え、二人は彼を尋ねた。
ひとつは、彼が竜の意匠を施せる職人だったこと。もうひとつは、その鉱石が淡い黄金とも呼べる色だったこと。
「よろしければ、これで作っていただきたいものがあるのです」
「オレは引退したんだ。それに――アンタら戦うヤツラだろう? わかるんだよ。悪いがもう武具は作る気はない。帰ってくれ」
「いや、違うんだ」
門前払いの構えを取る職人に、ゲルダとナハティガルは理由と依頼したいものの詳細を話す。初めは渋面だった職人はそれを聞き、皺の刻まれた顔で目を瞬かせた後、大笑いした。
●
再び『黒鋼竜』侯爵領。相も変わらず職務に励む二人に、小さな噂が生まれていた。『揃いの装飾品をしているらしい』という巷説は、二人の仲を揶揄するにもってこいだったのだろう。ただ一度、二人の主がその噂話について問うた後、祝宴の気配もなかったためか、いつの間にか話題は落ち着いていた。
それぞれの知人も件の装飾品――竜の意匠が施された揃いのロケットペンダントについて聞いたことがある。二人の言うところによれば、中に絵姿は入っておらず、代わりに決意の言葉が刻まれているらしい。
開けてみてほしいと乞うと、揃って首が振られた。留め金には溶かした金属で蓋がしてあり開けられないという。
どれだけ時が経とうと、その言葉を忘れることも、変わることもないとわかっているから、と。
今日も陽が昇り、沈んで、時が巡っていく。
二人の持つ色によく似た金色が、いつも二人の胸元で揺れていた。
――それは、歴史に残る大規模な戦いが集結して三年ほど後の、春が訪れる頃。
王国南部に位置する『黒鋼竜』侯爵領、その領主が住まう館のバルコニーに、二つ影があった。
「こうして話すのは久しぶりか。仕事終わりだというのに、わざわざ悪いな」
「いえ、嬉しいです。ナハティガル様こそお疲れではないでしょうか。……少しお瘦せになった気がします」
「食事は十分にとっているが……しばらくはそんな暇もなさそうだ。気を付けよう」
「大切な御身体ですからね」
ゲルダ・クライン、ナハティガル=ラーは『黒鋼竜附護衛士』として日々を忙しく過ごしている。互いに『竜の左翼』、『竜の右翼』と称されるほど深く竜に関わり、竜に付き従ってはその身を粉にして働いてきた。戦いが終わった後も、否。そこからが本番だといわんばかりに多忙は極まった。
仕事の他にも、ナハティガルは『王国大憲章』を打ち立てるために情報を集め、各地を飛び回っていると聞く。休む暇も惜しいくらいだろう。
二人の間に仕事場で擦れ違うことや雑談を行う余裕くらいは存在した。けれど改まった話をするには、こうして敢えて時間を取らなければ難しかっただろう。
そう――改まった話なのだ。話があるからこそ、ナハティガルはわざわざゲルダを呼んだ。ある種の予感を胸に、ゲルダはバルコニーから都を眺めるナハティガルの横顔を見つめた。空が夕方から夜に変わる頃合い。沈みかける陽を受けた金の瞳は、ちかちかと煌めいていた。
「ゲルダ」
凛とした声が向けられる。真っ直ぐ射貫くような瞳が、夕焼けを携えてゲルダを見据えていた。
「いつも俺の傍らに居てくれることに、感謝している。――その上で、アンタに言っておかなければならないことがある」
いつからだっただろう。ひた走る己の傍らに、いつもゲルダの姿があることに気付いたのは。いつからだろうか。その姿に頼もしさや心強さを覚え始めたのは。
わからない。今はただ、想いだけが確かにここにある。
同志でもある大切な存在だからこそ、ナハティガルは告げるのだ。己が思い描いている、未来を。
「俺は、アルベイルに最後まで付き合う。尚も己が命ある時は、超越者となって世界を見届けると決めた」
それは、ナハティガルが普通のヒトであることを捨てるという宣言。
悠久の時を以て、世界が――黒鋼竜たちが紡いだ末を見通す決意。
「俺はその道を選ぶ。ゲルダは、どうする。俺と共に来るか? それとも」
そこで初めて、ナハティガルの言葉が途切れた。
選んだことに迷いはない。もし道を違えるなら仕方のないこと。追いすがるつもりはない。
――ないはずなのに、代わりの言葉を紡げなかった。
今現在も、彼女を普通の幸せから遠ざけてはいないかという気持ちがナハティガルの心を刺す。同時に、共に歩みたいという思いも、存在する。
ならばナハティガルに出来るのは、包み隠さない選択肢を示すこと。
「無理強いするつもりはない。決断は――アンタに任せる」
同じ選択をすれば戻れない。どんなに厳しく困難な道でも、突き進まなければならない。
ナハティガルはゲルダを見つめる。陽が沈む前の強い光を携えた、眩い眼差しが射貫いていた。
ゲルダはひとつ、深く呼吸をする。
――ここまでどれだけ背中を追いかけてきただろう。止まることのない歩みに追いつき、隣に並んでどれだけの景色を見てきただろう。
きっかけは、本当にささいなものだったのに。
そこからあなたに恋をして、あなたを知りたいと願って。
生まれも育ち、住む世界も見てきた世界、背負っているものも――何ひとつ同じものなんてなくて。わたしとあなたの間に、大きな壁がそびえていたことを知った。
それでも諦めなかった。壁を乗り越えた先にはあなたがいて、わたしはその隣を選んだ。
これは、わたしが選び、歩いてきた道。
これからもわたしが選び、歩んでいく道に、後悔なんてひとつもない。
「わたしは、あなたと一緒に、わたしたちの選択を――この国の未来を、見届けたい」
それは、ゲルダの心が、ゲルダという存在が真っ直ぐ指し示す、彼女だけの生き方。
これまでのように、思いの丈を乗せて紡ぐ。
「あなたの隣に、わたしはいます。この先も、ずっと」
「長い、長い旅になる。それでもか」
「構いません。心はとうに決まっています」
誰かに求められたからではない。ゲルダはゲルダの意志で選択した。
ナハティガルもまたそれを理解して、一度だけ頷いた。
竜の双翼は、共に羽ばたき続けることを決めた。
どこに辿り着くかは誰にもわからない。ただ、互いが隣に居続けることだけは理解していた。
夜の帳が下りていく。二人の瞳にだけ、消えることのない光が灯っていた。
●
ここ数年にて、『神の職人』がいるという噂が極一部で立った。技術の才は他のどのドワーフよりも抜きんでて、彼の作った武器や防具は戦場において素晴らしい功績を残したらしい。
もうひとつ。エドゥノーグ有する迷宮の奥底に、『神代の鉱石』があるという噂も出た。鉱石に認められた者だけが扱い、身に着けることを許される。作ったものは何代にも渡って残る神にも近しき逸品となり、伝説を巡って幾人もの血が迷宮に飲み込まれたという。
「――その『神代の鉱石』を加工してほしいと?」
辺境都市群、ヴェルクリエ。迷路のような路地を越えた先にその家はあった。年老いたドワーフは鉱石を拡大鏡で覗き込む。
二人が共に道を進むと決めてから、しばらくの時間が経過していた。絶え間ない激務の中の隙間で迷宮を探索し、探し当てたという。
二つの噂を実際に調べたところ、『神の職人』はとても腕の良いドワーフ、『神代の鉱石』はかつて迷宮神が冒険者にもたらした神材とほぼ同様のものであると判明する。それでもその鉱石を携え、二人は彼を尋ねた。
ひとつは、彼が竜の意匠を施せる職人だったこと。もうひとつは、その鉱石が淡い黄金とも呼べる色だったこと。
「よろしければ、これで作っていただきたいものがあるのです」
「オレは引退したんだ。それに――アンタら戦うヤツラだろう? わかるんだよ。悪いがもう武具は作る気はない。帰ってくれ」
「いや、違うんだ」
門前払いの構えを取る職人に、ゲルダとナハティガルは理由と依頼したいものの詳細を話す。初めは渋面だった職人はそれを聞き、皺の刻まれた顔で目を瞬かせた後、大笑いした。
●
再び『黒鋼竜』侯爵領。相も変わらず職務に励む二人に、小さな噂が生まれていた。『揃いの装飾品をしているらしい』という巷説は、二人の仲を揶揄するにもってこいだったのだろう。ただ一度、二人の主がその噂話について問うた後、祝宴の気配もなかったためか、いつの間にか話題は落ち着いていた。
それぞれの知人も件の装飾品――竜の意匠が施された揃いのロケットペンダントについて聞いたことがある。二人の言うところによれば、中に絵姿は入っておらず、代わりに決意の言葉が刻まれているらしい。
開けてみてほしいと乞うと、揃って首が振られた。留め金には溶かした金属で蓋がしてあり開けられないという。
どれだけ時が経とうと、その言葉を忘れることも、変わることもないとわかっているから、と。
今日も陽が昇り、沈んで、時が巡っていく。
二人の持つ色によく似た金色が、いつも二人の胸元で揺れていた。