征竜の遺産
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年02月08日 20時59分01秒
「通路が狭い、一列で行くぞ」
先頭を行くアーシェル・G・クラインが、前方を伺いながら後ろの仲間に声をかけた。
「大丈夫かな、崩れてこないよね……」
「随分古い遺跡だからね。十分に警戒して行こう」
「大丈夫よ、殿は任せてっ!」
狭い通路をアーシェルに続き、クレア・エクレール、セヴラン・クアルト、そしてアンネエルカの順で進む。
ヴェルクリエのほど近くで1年ほど前に発見された遺跡。当初は騒ぎ立てられたが、盗掘跡が見つかるとその熱は一気に冷めた。誰にも見向きしなくなった遺跡はいつの間にか野良のゴブリン達が住まう魔窟へと変貌する。そんな魔窟へ4人が訪れた理由は――。
「それにしても本当にあるのかしら」
「『征竜の遺産』?」
ふと呟いたアンネエルカの声に、クレアが応じる。
「ええ、盗掘されていてもう何も残っていないって聞いていたのだけれど……」
「ボクもそう思ってたんだけど、隠し部屋の可能性があるって言ってたよね?」
「言っていたね。正直な所、僕も半信半疑だけど、あの学者さんは随分と自信満々だったね」
クレアの問いに答えたセヴランの言うように、依頼主はヴェルクリエの学者で、遺跡の研究をしていた。
「しっ! ……何か居る」
と、先頭のアーシェルが立ち止り仲間達に沈黙を要求。4人はじっと息を殺し壁際へと身を寄せた。
「……ゴブリンだ。2匹……見張りか?」
「どうする、無力化してしまうかい?」
「いや、やり過ごそう。下手に波風立てねぇ方がいいだろう」
「殺すかい?」と聞かない所がセヴランらしいなと思いつつ、アーシェルはそう口にする。
「ここに潜みながら、巡回路のタイミングを割り出そう。クレア、探波と捜波頼んだぜ」
「任せて」
パーティーの探知役クレアがぐっと拳を作って見せた。
「まだ一層なのに見張りがいるとなると、全体では結構な数が居そうだね」
「ああ、あまりにゴブリンの数が増えすぎたんで、一般人どころか、最近は冒険者も来てないらしいからな」
「うへぇ……よくそんな依頼受けたね」
「おいおい、俺じゃねぇよ。セヴランだろ?」
「え、僕は受けてないよ? アンネさんが受けたって聞いたけど?」
と、次々と話をリレーし、皆が殿のアンネエルカへ視線を移すと――。
「あ、あれ。アンネ?」
その姿はどこにもなかった。
「そんな……アン――」
「しっ! まだ見張りがいる。大きな声を出すな」
友の名を叫ぼうとしたクレアの口を、アーシェルが咄嗟に押える。
「すまない、私がもう少し後ろを気にかけていれば……」
声に悔しさを滲ませセヴランが呟いた。
「セヴランのせいじゃねぇよ。クレア、まだどこか近くにいるかもしれねぇ、探してくれ」
「う、うん!」
見張りに気付かれぬよう、三人はアンネの行方を捜す。
持てるスキルを駆使し、小事も見逃すまいと神経を集中させた。
「――あっ!」
「何か見つけたのか!」
「二人とも静かに」
声を上げた二人に、セヴランがしっと唇に人差し指を添える。
「ご、ごめん。でも、そこの床、トラップだ」
と、セヴランに頭を下げつつ、クレアは少し後方の床を指さした。
「トラップ……?」
「うん、たぶん落とし穴」
「という事は、アンネさんは僕達が気付かないうちに罠にはまった、という事だね」
「うん、たぶんそう。この罠、凄い巧妙に隠されてる……って、ごめん。罠を見つけるのはボクの役目だったのに」
「起こってしまった事を悔いても仕方がないさ。今は何をしなければいけないかを考えよう」
しゅんと耳を垂れるクレアを励まし、セヴランは照明用紋具を床に置いた。
そして、懐から古びた地図を取り出す。
「罠をもう一度起動させることは?」
「たぶん無理」
「わかった」
クレアの答えにセヴランは地図に×印を刻む。
「強行突破は?」
「ゴブリンどもの数が分からねぇ。一人減った今の状況では無謀だ」
「わかった」
アーシェルの言葉にセヴランは地図に線を引いた。
「この暗闇ではララに先行してもらう事も出来ないから、地下へは正攻法で行くしかないだろうね」
線の先は地下へと続く階段のマークへ繋がっている。
「それこそ当初の予定通りだ。プラスでお姫様救出だな」
「最初のキスを貰うのはボクだからね」
三人は互いの顔を見つめると大きく頷く。誰もアンネの無事を疑ってはいなかった。
●
「いたた……」
尻餅をついた時に思い切り下敷きにしてしまったスカートの下に隠れた小さな尻尾を気遣いながら、アンネエルカは立ち上がる。
「ここはどこ……?」
きょろきょろと頭を振って場所を確認しようとするも、辺りは真っ暗。
何とか暗闇に目を慣らし、ゆっくりと見渡すと、どうやら小部屋のようだった。
「一先ず出口を探さないと……」
アンネエルカは暗い部屋の中を探ろうとして、ふと気付いた。
「あ、槍はどこ!」
最早体の一部となって久しい槍がない。
「どこかで落としたんだわ……」
落下の際に失くしたか、それともこの暗い部屋のどこかにあるのか。アンネエルカは言い知れぬ心細さに襲われながら、必死で部屋の中を探った。
●
アーシェル、セヴラン、クレアの三人は、フロアを巡回していたゴブリン二匹を仕留めると、下へと続く階段を慎重に下っていく。古い地図を頼りにいくつかのフロアを渡りアンネエルカの行方を探って行くも、その所在どころか気配一つ感じる事が出来なかった。
三人は次第に募る焦りを押し殺し、遺跡を下へ下へと進んでいった。
●
「物音? いえ、話し声かしら……」
散々部屋を探し回ったが、結局槍は見当たらなかった。代わりに、ある一角に近づくと何やら物音が聞こえる。
「やっぱり声ね、ゴブリンかしら。……なんて言っているのかよく聞こえないわ」
壁が薄いのか、それともどこかに声が通る様な抜け道があるのか。アンネエルカは暗闇の中、じっと目を凝らす。
「あれ、あれは……」
すると見上げた先に、石壁が無い場所があった。
「通気口か何かかしら」
5m程の高さに四角い穴がある。調べようとアンネエルカが壁に手をつき上を見上げた、その時。
――ボト……。
「何の音……?」
背後から妙に心をざわつかせる音がした。
――ボトボトボト。
「え、え、えっ!?」
音はどんどん増え、四方至る所から聞こえる。そして――。
「う゛っ……ひどい臭い」
アンネエルカは思わず顔をしかめ鼻を押さえた。
悪臭を放ち粘性を持つ液体が、部屋をゆっくりと満たしていく。
「このままじゃまずいわ、何とか脱出しないと」
脱出路を探そうと必死で手足を動かすアンネエルカ。
流入する量はどんどん増し、すでにくるぶしまで埋まっていた。
●
最下層まで降りてきた三人は、ある大部屋の前で待機していた。
「……うじゃうじゃいやがるな」
中を覗き込んだアーシェルが呟く。中には30匹ほどのゴブリンがたむろしていた。
「ゴブリンなんかよりアンネだよ。早く探してあげないと」
「ああ、そうだね。アーシェルさん、中にアンネさんの姿は?」
「いや、居ない……」
部屋を覗きながらアーシェルは歯噛みする。
「畜生、ここに居ないとなると一体どこに――」
「しっ! 静かにして……」
焦りが滲むアーシェルの声の向こうから、今何かが聞こえた。クレアは瞳を閉じ、聴覚に神経を集中させる。
「セヴランさん、もう一度地図を見せて!」
セヴランが取り出した地図を奪う様に広げたクレアが、ある一点をじっと見つめた。
「……やっぱり、ここ。ここに地図にない部屋があるよ」
「なに?」
クレアが指差した場所をアーシェルが覗き込んだ。
「隠し部屋だろうか。いや……ちょっと待ってくれよ、ここは――」
と、セヴランは地図を折りたたみだした。
「――やっぱりだ。クレアさんの差したここは、アンネさんの消えた場所の真下だ」
折りたたんだ地図を何度か開閉しながら、セヴランは二人に見せる。
「そこか……そこにアンネが居るんだな」
「確証はない。だけど可能性はある。ただ、あれをどうにかしないといけない」
セヴランが部屋に視線を移す。隠し部屋だと思われる空間は、大部屋の奥の壁の向こうだった。
「迂回できるような道はねぇ、なら押し通るまでだ!」
「待った! いくら何でも多勢に無勢だ。考えなしに突っ込んでも返り討ちに遭うよ」
「ならどうしろって言うんだ!」
「落ち着くんだ。大丈夫、僕に考えがある」
そう言うとセヴランは懐に潜っていた相棒のララを呼んだ。
「ララ?」
懐からひょこり顔を出した栗鼠を撫でながらクレアが問いかける。
「ララに囮になってもらおう」
セヴランは地面に下ろしたララの尻尾に小さな鈴を括り付けた。
「行こうかララ。ゴブリン達に涼やかな鈴の音色を届けに」
そう言うとセヴランは静かに瞳を閉じる。
遠のく意識――繋がる感覚。
セヴランとリンクしたララの身体が、鈴の音を鳴らしながら大部屋へと吸い込まれていった。
●
「単純で助かったな」
最後の一匹を仕留めたアーシェルが、剣についた血を払う。
ゴブリン達はララの発する鈴の音を追い、8割ほども数を減らした。
部屋に残ったのは僅か5匹。エーテルリンクで動けぬセヴランを抜きにしても、十分に対処可能な数だった。
「どこかに隠しドアみたいなのがあるはずなんだ……」
すでに戦闘を終えたクレアが奥の壁を入念に探る。
「何か手伝えることはないか?」
合流したアーシェルも共に壁を探っていった。
「ありがとう、でも大丈――うん? あった、ここだ」
しばらく捜索すると、クレアは石積みの間に僅かな隙間を見つける。
素人であればまず気付かない僅かな隙間に、クレアはゆっくりとナイフを刺しこんだ。
――ゴトリ。
ナイフの先に触れた何かが動く感触が伝わってくる。
「二人ともこれで開くはず、押して!」
クレアの声にアーシェルが壁に肩を当て、セヴランがララとのリンクを切り加勢した。
三人で力の限り石壁を押すと、重い音を立て石壁はゆっくりと動いていった。
「んぐっ!? なにこの臭い」
空いた隙間から漏れ出てくる臭いに思わず鼻をつまんだクレア。
「ひでぇ臭いだ。肥溜めでももうちょっとましな臭いするぞ」
「こんな所にアンネさんが?」
ようやく人一人が通れる隙間が空くと、クレアが真っ先に身を滑り込ませた。
「アンネ!?」
開いた隙間から漏れる光で中の様子がぼんやりと見える。
その中で汚泥に胸まで吞まれるアンネエルカを見つけ、クレアが悲鳴に近い声を上げた。
「ダメだ、気を失っている!」
「ちっ! 何か長い物を!」
ぐったりと仰向けになっているアンネエルカの姿に、セヴランとアーシェルがすかさずロープを取り出す。
三人が覗く場所から、アンネエルカまでは3m程の高さがあった。
「ボクが行く」
「いいのか、お前の鼻にはきついぞ」
「大丈夫、ボクが一番軽いから」
「ならせめてこれを」
セヴランが自らのマントをクレアにかけてやる
「返却は不要だよ」
「ありがとうっ、行ってくるよ!」
クレアは手際よくロープを腰に巻くと、反対側を二人に手渡す。
そして、何の躊躇もなく汚泥の中へと飛び込んだ
●
「アンネ! しっかりして、アンネ!!」
最早、ゴブリンが戻ってくるかなど気にしていられない。
クレアはアンネエルカの肩をゆすり、何度も何度も声をかけた。
「う……うぅ……」
「「「アンネ(さん)!」」」
血の気を失った唇から漏れた声に、三人の声が重なった。
アンネエルカは耳に届く声に、ゆっくりと目を開く。
「みんな……どうしたの、お顔が真っ黒よ?」
覗き込んでくるどの顔も皆、汚泥に汚れ真黒だった。
「急いで退却だ」
「うん、ゴブリンが戻ってくるかもしれないし」
「ああ、賛成だよ。いつまでも華が汚泥に塗れるのは見るに堪えないからね」
衰弱の激しいアンネエルカをアーシェルが抱きかかえ、撤退の準備にかかる。
「……待って」
忙しなく撤退作業に入った仲間に向け、アンネエルカがか細い声を上げた。
「どうした。ああ、槍か。今度もっと上等なのを買ってやる。だから、今は我慢しろ」
口早にアーシェルがまくし立てる。
救出を開始してすでに数十分。いつゴブリン達が戻ってきてもおかしくない。
「違うの……見つけたわ」
「なに? 一体なにを見つけたって言うんだ」
か細い声にアーシェルが耳を近づけた。
「――『征竜の遺産』に、繋がる道よ」
そう言って、アンネエルカはアーシェルの腕の中、今だ増え続ける汚泥の坩堝を指さした――。