【IF】貴女と回す糸車
キャラクターノベル(グループ)制作 マコト納品 2025年01月14日 08時46分05秒
例えば布は、1つ織る段を違えただけで、全く違う文様を描きだす。
これは、あったかもしれないし、なかったかもしれない物語。歴史という大きな文様を描く、糸達の紡ぐ物語。
*
ローザリカ・D・ケレスは疲弊していた。安全が約束されている住み慣れた実家に居てさえも。いや、だからこそか。
『集権派』の汚職摘発から端を発した内乱。大きなうねりの口火を切らされたのは、愛する夫だった。――そして、最後に彼のその背中を押したのは、彼女だ。
夫に嘆願され実家に避難したが、ローザリカは戦おうと決めていた。離れていても、自分にしかできない戦い方がある。ローザリカは自身の、そして実家の力の全てを駆使し、戦っていた。真偽の分からぬ情報を精査し、金の使い所を見極める。実家で身についた商売の基本が、夫を助ける貴重な援護射撃になっていた。
――それでも、ローザリカの焦燥感は薄れることはなかった。
本邸の焼失。夫の安否は確認できたが、家臣には犠牲者も出た。
夫の傍に戻りたかった。しかし、彼は自分と息子達を何よりも大切にしている。その事が痛いほど解っているからこそ、戻れなかった。――自分達の存在が、彼にとって致命傷になってしまうかもしれないから。
夫を守る為、ローザリカは独りで必死に戦っていた。そんな擦り切れるローザリカの精神を支えてくれていたのは、1通の封書だった。
優しい生成り色の封筒。もう何度その手紙を読み返したことか。
「会いたい……」
手紙を額に押し付け、ローザリカは呟いた。いや、本当はそんなことを願ってはいけないのだ。万が一にも自分との関係を疑われては、彼女にも火の粉が飛ぶ。それでも、手紙に書かれた『会いに行く』という言葉に縋ってしまう自分がいた。
幼い頃から夢想していた。利害も上下もない存在を。それに応えてくれた唯一無二の人。彼女が傍にいてくれたら。
「ふふ……何を期待しているのかな、僕は」
『ある手段』で来ると言っていた。その外見とは裏腹に、実は豪胆な彼女なら出来るのかもしれない。彼女をこの動乱に巻き込まない方がいいのは分かっている。でも。
ローザリカの思考は、ノックの音に中断された。
「ローザリカ様。使いのメイドが来ておりますが……お会いになりますか?」
「使い? どこの家からだ?」
ローザリカの問いに、執事は少し口ごもった。
「それが……西部のシュルトハイス家と申しているのですが」
「! 通してくれ」
ローザリカは椅子から立ち上がった。白いキャップを目深に被ったメイドが通される。
薄桃色の髪。メイドらしからぬ気品ある佇まい。神秘的な湖のようなその瞳が見える前に、ローザリカは彼女に歩み寄り抱きしめていた。
「エリィ……!」
*
――表舞台に出ず、陰で授恵者の力を揮うようにしてきたのが活きた。
婿養子に引き入れた夫が爵位を継ぎ、自身も子爵婦人になっても、エリカ・プレトリウスは貴族社会からは一線を引いていた。
シュルトハイス夫妻に拾われ、育てられたエリカ。リーンエス王国では、エルフであり、元孤児である自分の出自は負の要素だ。本来の『エリカ』が持たない弱みはできるだけ隠し、『授恵者』である自身の利点を、恩あるシュルトハイス家の為に活かす。それは、『エリカ』の名を受け、その生を全うしようとする彼女にとっては、至極当然のことであった。
(そんな生き方が功を奏するなんて……分からないものですね)
西部から東部に入り、メイドに成りすまし乗る馬車の中で、エリカはこんな手段を取ってでも会おうと決めた、自分を『エリィ』と呼ぶ人に思いを馳せていた。
転がった紡錘は、ローザリカとの縁を繋いだ。彼女は『運命の糸車』と言ってくれたけれど。でも、あの時紡錘を止めなかったのは、シュルトハイス家のために縁を結びたかったからだけではない。エリカ自身がローザリカに憧れ、敬慕の念を抱いていたのもまた事実だったのだ。
自分を友にと望んでくれたローザリカ。全て持っているはずの彼女が何故、と思っていた。だが、交流を続ける内に、眩しい人生を歩んでいる彼女が何かしらの寂しさを抱えていることが感じ取れた。――それは自分とは違う種類の寂寥感かもしれないが、エリカはその時初めて「寄り添ってあげたい」と思ったのだ。身分も、種族も超えて。
お互いに心を許し、育んできた友情。だからこそ、今回の動乱が起きた時にエリカは真っ先に友を心配した。大きなうねりの中心にあるケレス家。もう嫌だと全てを投げ出し逃げてくれるならいい。しかし彼女はきっと、愛する家族のためにどんな形ででも真正面を向いて戦うはずだ。無理を承知で。
それが分かっていたから、エリカはディオール家に手紙を送った。『会いに行く』と。
厳戒態勢のディオール家に乗り込むなど、普通の貴族であったら不可能かもしれない。しかし、貴族社会から距離を置く自分ならできる。
今までの生き方のお陰で身軽に動ける。誰にも頼れない、頼らないであろう彼女を支えるのは、自分しかいない。
策を弄してメイド姿で行こうと決めたのは、今後もローザリカを陰から支えるため。自分の顔は内外に覚えられない方がより動きやすい。
こうしてメイドとしてディオール家に入ったエリカ。ローザリカの執務室に通され、顔を上げようとした時に、ふわりと薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。
(ああ、この香り……)
友が、いる。しかしその名を呼ぼうとした時には、抱きしめられていた。
「エリィ……!」
瞬間、色々な思いが湧きあがった。彼女が無事であることの安堵。触れられる嬉しさ。少し痩せたのではないかという心配。ああ、でもとにかく。
――彼女の元に駆けつけられて良かった。
ローザリカを抱きしめ返し、万感の思いでエリカは呼んだ。
「ロージィ……」
*
「大変、でしたね」
客間に通されローザリカから直接話を聞いたエリカは、静かに言い、彼女の手を取った。
「子供達まで無事だなんて……よく頑張りましたね、ロージィ」
エリカは疲れ切っているローザリカの手を、強く握る。そして彼女の目をしっかり見つめて言った。
「貴女の愛する人々は、貴女がこれからの生をかけて大事にするものです。だから私は……今の貴女を大事にする為に来ました」
「エリィ……。やはり巻き込んでしまったな。すまない」
申し訳なさそうに俯くローザリカに、エリカは大きく首を振った。
「我が家は大丈夫です。今こそ、陰で動ける身にどうか甘えてください、ロージィ」
エリカはきっぱりと言う。自分には、貴族としての支え方はできない。だが、逆に言えば無欲の献身はできるのだ。
――彼女は、友でありたいと望んでくれた人だから。
「……ありがとう、エリィ。君には助けられてばかりだ」
涙ぐみながら、ローザリカは微笑んだ。その涙を、エリカは自身のハンカチでそっと拭ってやる。ローザリカは照れたように目を伏せた後、濡れた睫毛を上げた。
「……ふふ、その姿を見ると、君を家に抱えられなかったのを惜しく思うよ」
「あら、今からでも遅くありませんよ、ローザリカ様?」
肩の力を抜いたローザリカと、メイド姿のまま澄ました顔で言うエリカ。
そして彼女達は視線を合わせると、楽しそうに笑い合った。
――運命の糸車。それは優しく、柔らかく、そして確かな友情を紡いでいた。
これは、あったかもしれないし、なかったかもしれない物語。歴史という大きな文様を描く、糸達の紡ぐ物語。
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ローザリカ・D・ケレスは疲弊していた。安全が約束されている住み慣れた実家に居てさえも。いや、だからこそか。
『集権派』の汚職摘発から端を発した内乱。大きなうねりの口火を切らされたのは、愛する夫だった。――そして、最後に彼のその背中を押したのは、彼女だ。
夫に嘆願され実家に避難したが、ローザリカは戦おうと決めていた。離れていても、自分にしかできない戦い方がある。ローザリカは自身の、そして実家の力の全てを駆使し、戦っていた。真偽の分からぬ情報を精査し、金の使い所を見極める。実家で身についた商売の基本が、夫を助ける貴重な援護射撃になっていた。
――それでも、ローザリカの焦燥感は薄れることはなかった。
本邸の焼失。夫の安否は確認できたが、家臣には犠牲者も出た。
夫の傍に戻りたかった。しかし、彼は自分と息子達を何よりも大切にしている。その事が痛いほど解っているからこそ、戻れなかった。――自分達の存在が、彼にとって致命傷になってしまうかもしれないから。
夫を守る為、ローザリカは独りで必死に戦っていた。そんな擦り切れるローザリカの精神を支えてくれていたのは、1通の封書だった。
優しい生成り色の封筒。もう何度その手紙を読み返したことか。
「会いたい……」
手紙を額に押し付け、ローザリカは呟いた。いや、本当はそんなことを願ってはいけないのだ。万が一にも自分との関係を疑われては、彼女にも火の粉が飛ぶ。それでも、手紙に書かれた『会いに行く』という言葉に縋ってしまう自分がいた。
幼い頃から夢想していた。利害も上下もない存在を。それに応えてくれた唯一無二の人。彼女が傍にいてくれたら。
「ふふ……何を期待しているのかな、僕は」
『ある手段』で来ると言っていた。その外見とは裏腹に、実は豪胆な彼女なら出来るのかもしれない。彼女をこの動乱に巻き込まない方がいいのは分かっている。でも。
ローザリカの思考は、ノックの音に中断された。
「ローザリカ様。使いのメイドが来ておりますが……お会いになりますか?」
「使い? どこの家からだ?」
ローザリカの問いに、執事は少し口ごもった。
「それが……西部のシュルトハイス家と申しているのですが」
「! 通してくれ」
ローザリカは椅子から立ち上がった。白いキャップを目深に被ったメイドが通される。
薄桃色の髪。メイドらしからぬ気品ある佇まい。神秘的な湖のようなその瞳が見える前に、ローザリカは彼女に歩み寄り抱きしめていた。
「エリィ……!」
*
――表舞台に出ず、陰で授恵者の力を揮うようにしてきたのが活きた。
婿養子に引き入れた夫が爵位を継ぎ、自身も子爵婦人になっても、エリカ・プレトリウスは貴族社会からは一線を引いていた。
シュルトハイス夫妻に拾われ、育てられたエリカ。リーンエス王国では、エルフであり、元孤児である自分の出自は負の要素だ。本来の『エリカ』が持たない弱みはできるだけ隠し、『授恵者』である自身の利点を、恩あるシュルトハイス家の為に活かす。それは、『エリカ』の名を受け、その生を全うしようとする彼女にとっては、至極当然のことであった。
(そんな生き方が功を奏するなんて……分からないものですね)
西部から東部に入り、メイドに成りすまし乗る馬車の中で、エリカはこんな手段を取ってでも会おうと決めた、自分を『エリィ』と呼ぶ人に思いを馳せていた。
転がった紡錘は、ローザリカとの縁を繋いだ。彼女は『運命の糸車』と言ってくれたけれど。でも、あの時紡錘を止めなかったのは、シュルトハイス家のために縁を結びたかったからだけではない。エリカ自身がローザリカに憧れ、敬慕の念を抱いていたのもまた事実だったのだ。
自分を友にと望んでくれたローザリカ。全て持っているはずの彼女が何故、と思っていた。だが、交流を続ける内に、眩しい人生を歩んでいる彼女が何かしらの寂しさを抱えていることが感じ取れた。――それは自分とは違う種類の寂寥感かもしれないが、エリカはその時初めて「寄り添ってあげたい」と思ったのだ。身分も、種族も超えて。
お互いに心を許し、育んできた友情。だからこそ、今回の動乱が起きた時にエリカは真っ先に友を心配した。大きなうねりの中心にあるケレス家。もう嫌だと全てを投げ出し逃げてくれるならいい。しかし彼女はきっと、愛する家族のためにどんな形ででも真正面を向いて戦うはずだ。無理を承知で。
それが分かっていたから、エリカはディオール家に手紙を送った。『会いに行く』と。
厳戒態勢のディオール家に乗り込むなど、普通の貴族であったら不可能かもしれない。しかし、貴族社会から距離を置く自分ならできる。
今までの生き方のお陰で身軽に動ける。誰にも頼れない、頼らないであろう彼女を支えるのは、自分しかいない。
策を弄してメイド姿で行こうと決めたのは、今後もローザリカを陰から支えるため。自分の顔は内外に覚えられない方がより動きやすい。
こうしてメイドとしてディオール家に入ったエリカ。ローザリカの執務室に通され、顔を上げようとした時に、ふわりと薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。
(ああ、この香り……)
友が、いる。しかしその名を呼ぼうとした時には、抱きしめられていた。
「エリィ……!」
瞬間、色々な思いが湧きあがった。彼女が無事であることの安堵。触れられる嬉しさ。少し痩せたのではないかという心配。ああ、でもとにかく。
――彼女の元に駆けつけられて良かった。
ローザリカを抱きしめ返し、万感の思いでエリカは呼んだ。
「ロージィ……」
*
「大変、でしたね」
客間に通されローザリカから直接話を聞いたエリカは、静かに言い、彼女の手を取った。
「子供達まで無事だなんて……よく頑張りましたね、ロージィ」
エリカは疲れ切っているローザリカの手を、強く握る。そして彼女の目をしっかり見つめて言った。
「貴女の愛する人々は、貴女がこれからの生をかけて大事にするものです。だから私は……今の貴女を大事にする為に来ました」
「エリィ……。やはり巻き込んでしまったな。すまない」
申し訳なさそうに俯くローザリカに、エリカは大きく首を振った。
「我が家は大丈夫です。今こそ、陰で動ける身にどうか甘えてください、ロージィ」
エリカはきっぱりと言う。自分には、貴族としての支え方はできない。だが、逆に言えば無欲の献身はできるのだ。
――彼女は、友でありたいと望んでくれた人だから。
「……ありがとう、エリィ。君には助けられてばかりだ」
涙ぐみながら、ローザリカは微笑んだ。その涙を、エリカは自身のハンカチでそっと拭ってやる。ローザリカは照れたように目を伏せた後、濡れた睫毛を上げた。
「……ふふ、その姿を見ると、君を家に抱えられなかったのを惜しく思うよ」
「あら、今からでも遅くありませんよ、ローザリカ様?」
肩の力を抜いたローザリカと、メイド姿のまま澄ました顔で言うエリカ。
そして彼女達は視線を合わせると、楽しそうに笑い合った。
――運命の糸車。それは優しく、柔らかく、そして確かな友情を紡いでいた。