騎士の階梯

キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2025年01月02日 08時07分40秒

●雷刃を追って

「あらあら、珍しいこともあるものねぇ……こんなおばあちゃんがお役に立てるかしら?」

 どんな罪人も、年単位で獄中に繋がれていれば幾らかは心を擦り減らしていく物だ。
 それが既に死刑の確定している人間であれば尚更に。多寡の個人差はあれど変化は免れない。

 例え唯人(ヒューマン)とは時間感覚の隔絶した森人(エルフ)でもこればかりは例外ではない。
 にも拘らず。かつて『残響』と称された森人(エルフ)の魔法使い(キャスター)。

 グレイシャ・O・ベルグリーズは、かつてと何ら変わらぬ泰然とした素振りで眼前に座っていた。
 当然、対魔法対策は徹底して施されており、最悪の場合の殺害許可も出ている。

 “王国騎士ならば”――――その程度の裁量は認められる。
 けれど同時に。例え何を罷り間違おうと彼女がその様な愚行を犯さないだろうことは、対峙する男。

 ――――『王国騎士』エルゼリオ・レイノーラにも想像が付いた。

「要件のみ単刀直入に。『雷刃』の所在を知りませんか」

「まぁ、グランくんの所在が知りたいの?……うぅん、でも私が知っていることは殆ど話してしまってるのよねぇ」

 それが、彼女が未だ獄中であれば延命を赦されている理由でもある。
 彼女の持つ百年を優に超える“裏社会の真実”は、王国にとって大いに益のある情報だった。

 そして彼女は如何なる拷問にも薬品にも口を割らず。あくまで気が向いた時にのみその断片を語って来た。
 もし、彼女の記憶に一片でも齟齬や誤りが有れば、其処で処分が決まっていただろう。

 だがかつて、森の賢人の一柱に数えられたグレイシャの知識は確かだった。
 ある厄介な犯罪組織が彼女の助言で壊滅した時、捕虜としてのその人的価値は大きく跳ね上がった。

 捕縛より五年。彼女は未だ王国の大監獄の住人として静かに日々を重ねながら生き永らえている。
 過去の実例に則るならその口を割らせるのは容易ではない……筈だった。

「……今日は手紙を預かってきているんです」

 エルゼリオが差し出したのは綿紙で折られたありふれた便箋だ。封蝋すらもないただの手紙。
 強いて言えば、ハーブの類だろうか。何か緑の香りがする草が練り込まれていることくらい。

 勿論、面会前に検閲済みではある訳だけれど、それを目の当たりにしたグレイシャは驚きに瞳を瞬かせ。
 改めて嬉しそうに。それは大層嬉しそうに、まるで少女のように微笑んだ。

「まあ、懐かしい香り。ノイノイったら元気にしてるのねぇ」

 便箋の中身である手紙には目すら通さず、彼女はエルゼリオを上から下まで眺めて。
 小さく二度、頷くと。

「そう言うことならお礼はしないといけないかしら……
 ――――帝国領の、南西部をお捜しなさいな」

 『残響』は変わらぬ穏やかな声音でそう告げた。

 ■

 ――――王国北方辺境の果て、城塞都市『ノストガルデン』――――北方辺境伯執政府。

「此度は御力添えありがとうございます。アーチボルト辺境伯」

「いえ、王命とあれば是非も有りません。楽になさって下さい、シグルド殿」

 『氷の貴公子』シグルド・レイノーラがこの地に足を踏み入れたのは初めての事だ。
 そして対している相手は王国における帝都奪還の立役者、"北の英雄"メルヴィン・トマス・アーチボルト。

 彼の『集権派盟主』ウィリアム・バデーニ公爵の戦友であり、『王国派』若手貴族の筆頭格。
 緊張するな、と言う方が無理な話だった。一男爵家であるレイノーラでは家格に開きが有り過ぎる。

「『雷刃』は国内の手配を逃れ、今も所在を晦ませています。
 王家の威信に掛けて、国家転覆に助力した罪は必ずや灌がねばなりません」

「そうですね。文で事前に相談頂いた問題点については此方でも幾つか伝手を提供出来るかと……ノイマン」

 そう、メルヴィンの上げた誰何の声に導かれ隣室から現れたのは、小柄な森人(エルフ)だ。
 けれど恐らく同クラスの魔法使い(キャスター)であるだろうその人物は、シグルドには異様な物として映った。

 手にした古木の杖と良い、佇まいと良い、一見した限り相手は相当な腕前の魔法使いだと分かる。
 にも関わらず。今辺境伯が声を掛けるまで彼は、その存在に気付いていなかったのだから。
 
「『雷刃』の所在は、残念ながらこの北方辺境でも掴んでいないんですよ。
 でも、王国の大監獄に囚われている『残響』であれば、或いは何か知っているかもしれません」
 
 さらっと語られた内容にシグルドが目を数度瞬かせる。いや、むしろ何故そんな事をこんな王国の北の果てで。
 どんな情報網を持っていれば掴めるのか。商人達から情報を集めても手掛かり一つ得られなかったと言うのに。

 絶句するシグルドに件の魔法使い――――『隠者』ノイマンが便箋を差し出す。
 
「幸い、『残響』から情報を引き出す方法には心当たりが有ります。
 これを渡して、質問したいことを1つ投げかけて下さい。良いですか、1つだけです」

 どうぞ。と受け取った便箋からは、青々と茂った森の香りがふわりと漂う。
 けれど、シグルドはむしろその眼前の魔法使いからまるで目が離せなくなっていた。

 "王国の敵"と戦い、これを狩り続けて来たレイノーラの血が強い警鐘を鳴らしていた。
 この、男とも女とも取れない魔法使い……だが、“この人物は危険だ”――――と。直感が囁く。

 つー……と、冷や汗が頬を流れる幾許かの空白の時。それを打ち破ったのもまた、辺境伯の拍手(かしわで)だった。

「ノイマン、その様に凝視しては客人に無礼だろう」

「おっと、これは申し訳ありません我が主。久々の外のお客様なのでつい」

 そう言って笑った森人(エルフ)からは、先の奇妙な感触は霧散していたが……
 エルゼリオを王都に派遣した今もシグルドは、その感覚が一時の気の迷いだとは思えないままでいる。

 ■

「帝国の南西に隠れ里……? 聞いた事ねぇなあ。本当にあんのかよ」

「聞いた事がないからこそ、隠れ里なんだろう。問題は、何故隠されているのか、だ」

「……あと、其処にどれだけの戦力が隠されているか……かな」

 『ノストガルデン』を出て7日。国境砦(ヴァイセントラフ)の通行許可が出て3日。
 現地で情報収集を開始したレイノーラ一党は、『雷刃』グランバルドが潜伏する地形に目星を付けていた。

 ただ、問題は2つ。フィルエス大森林との境界に相当する山岳地帯。その近辺に大きな街はない。
 そうでなくとも未だ復興途上の『帝国』だ。小規模でも"武装集団"が補給などすれば食うに困る者が出て来る。

 各国の支援で立て直しつつある国家的背景も考慮すれば、『王国』だけにそのような傍若無人は赦されまい。
 加え、その様な僻地まで行軍しいざ接敵するとなれば、完全に敵に高所を取られた上での交戦を余儀なくされる。

 レイノーラ一党の全戦力を投下したとして。補給もままならず悪路悪所での集団戦。被害は想像に難くない。
 そしてそれを率いるのが彼の『雷刃』――――或いは『不敗神話』のグランバルドとなれば。

 普段であれば、無敵の俺様が居る以上敗北なんざある訳がねえ、と宣って憚らないエルゼリオの実父。
 『戦闘卿』ハスラム・レイノーラをして地図を前に思わず眉を寄せるほどとなれば、余程のことだろう。

「あー、くそ。何でこういう時に限ってオリエの奴が留守番なんだ……っ!」

「それ、オリエ姉が一番言ってた台詞だから……」

 難所踏破と攪乱は盗賊(シーフ)の十八番。本来であればエルゼリオの姉(オリガロッド)の得手とする所だ。
 しかし、今回の遠征では都合が付かず彼女は留守。となれば、正面突破以外に選択肢がない。

「仕方ねえ、シグルド。お前が指揮を執れ。俺とエルゼリオで血路を拓く」

「いや、ちょっと待って。父上はともかく、ボクもどっちかって言うと一騎打ち向きなんだけど……」

「俺と、エルゼリオで、血路を、拓く……!」

「諦めろエルゼリオ。お前なら出来る」

「そう言うならシグルド兄が代わってよ……! 魔法使い(キャスター)でしょ……!?」

 肩をぽん、と叩いてくれるシグルドに思わず声を上げるエルゼリオ。
 だが、ついつい家族ならではの気安さで軽口を叩いてしまったものの、実の所彼もまた気付いていた。

 これは、最早。自分にとって逃れられない戦いだということが。

●屍山血河の彼岸にて

「――――この時を待っていたぞ、『雷刃』グランバルド!」

 崖際に射手(シューター)。森の中に盗賊(シーフ)と魔法使い(キャスター)。
 そして本隊に戦士(ウォーリア)と、治療師(ヒーラー)であり指揮官でもある『雷刃』が座する。

 鉄壁の、そして常勝不敗の陣を、エルゼリオとハスラムは返り血塗れになりながら踏破した。
 後背ではレイノーラ一党と、『雷刃』率いる傭兵団の交戦が続いているが、戦況は明らかに後者優位だ。

 シグルドも懸命に采配を振るって善戦しているが、悪路悪所の連続である山岳地帯では地の理が余りに大きい。
 加えて被害を抑える為か、寄せては返す『雷刃』の傭兵団は多対多の戦闘に十分過ぎるほど慣れていた。

 レイノーラ一党もまた歴戦の勇士の集まりではあるが、授恵者の数に明らかな開きがあった。
 徐々に追い詰められて行く戦友達の命脈を繋ぐには――――ここで、指揮官である『雷刃』を討つ他は無い。 
 
「うぬらはそれほど無益な血を、この枯れた大地に吸わせたいと言うのか」

「ま。確かにてめえに恨みはねえが……俺は禍根は念入りに断っておく主義でな」

「……ならば、是非も無し」

 半人半獅子の巨躯。唯人(ヒューマン)にしては相当に大柄なハスラムを更に睥睨する眼差し。
 それほど大柄な半獣人が、自らの胸元程まである大太刀を引き抜くとその威圧感は尋常ではない。

 生命としての規格(スペック)が明らかに違うと言う、絶対強者の気配に。
 常に自らを最強と称するハスラムの表情から、殆ど消える事の無い余裕の笑みが――――消えた。

「エルゼリオ、援護に回れ。こいつは――――俺が殺る」

「でも父上」

「二度言わせんな……! 来るぞ……っ!!」

 踏み込み、そして一閃。単純極まるその仕草が、常人の動体視力を完全に上回るとどうなるか。
 その挙動は閃光そのもの。光が奔った、と感じた瞬間。鍛え上げられた体躯が虚空を跳んでいた。

「チィ……っ!」

 金属音は衝撃よりコンマ遅れて聞こえた。抜剣しかけていた事が幸を奏した。
 跳ねとばされ地面を転がりながら、ハスラムは臨戦態勢で黒塗りの愛剣を抜き放つ。

 それを完全に猫科の猛獣の動きで追尾する『雷刃』は、自らの切り札、“雷刃”を受けられても平然と。
 ハスラムと真っ向相対する姿勢を見せていた。考える事は、目論む事は同じ……と言う事か。

 いずれもあくまで敵将の首狙い。それが、被害を抑える最短の道筋となる。

「踏み込んで来やがったな、獅子頭野郎が……っ!」

 ハスラムの攻撃圏に踏み込む刹那、無数の剣撃がグランバルドを斬り刻む。それは殺界の先の在る技巧だ。
 しかしそれでは『雷刃』は止まらない。跳びかかる様な大上段からの振り下ろし。

 叩き付けられる速度と重量が地面を爆砕しながらも、受けるハスラムの剣を完全には押し切れない。

 ■

「……強者よ。何故徒に獲物を求める」

「先に王国に牙を剥いたのはてめぇだろうが……っ!」

 唾競り合う2人の実力は伯仲していた。その事実にエルゼリオは戦慄を禁じ得ない。
 あの父上が本気で相対して尚、拮抗する敵。それはそのまま彼の『雷刃』の非凡さの証明である。

 だが、同時に。今なら――――この、自分に完全に背を向け、互いに互いしか見えていない今なら。
 エルゼリオには、グランバルドを討つ事が出来ると確信出来た。避けられない。避けようがない。

 ――――そう、今なら。

(この手が血に塗れようとも、誰かを護った末に得られるのが誇りなんだ……っ)

 そう決意して、星楔(アストフェノス)を抜き放つ。其処に――――崖上から石が飛んで来た。
 拙い投擲だった。咄嗟に剣身で切り払える程に。けれど、その数は一つではなく、二つ三つ四つ。

「やめろっ! おじちゃんをいじめるなっ!」

「皆、グランおじちゃんを守れ!」

「グランおじちゃんは皆を守ってくれてるんだぞ!」

「悪い奴らに負けるなグランおじちゃん……!」

 崖上に並ぶ影は少なくない。10は無くとも程近いか。止めて、止めなさいっ!と大人の声も聞こえる。
 だが、その大半が変声期前の子供の声で。エルゼリオは呆気に取られて眼上を見遣った。

「何してる、エルゼリオ……!」

「……っ、馬鹿な、何故逃げておらぬのだ童共……!」

 交錯した声に、エルゼリオの剣が震える。何が起きているのかは知れない。
 けれど直感するのだ。此処で『雷刃』を討つ事は出来る。けれどその先に――――本当に誇りは有るのかと。

「……父上、『雷刃』グランバルド。交戦を、制止して下さい」

 未練を振り払う様に、そう声に出来た自分を褒めてあげたいと。エルゼリオは今でも思っている。

 ■

 戦災孤児を喰わせる為の資金を集める為に、傭兵稼業に身を窶していた。
 それが美談で通じるのは、誰も傷付けていない場合だけだ。『雷刃』は完全にアウトだった。

 だが、と言って彼が居なければ路頭に迷うだろう者達を皆殺しにしてそれを誇れるか、と言えば否だ。
 あの後。エルゼリオは『雷刃』に交渉の席を設けさせた。グランバルドは、それを拒まなかった。

 その条件を呑まなければ、彼が守ろうとしたものが先ず最初の犠牲になる事は目に見えていたからだ。
 シグルドの介入とエルゼリオの調停で、グランバルドは以後王国とは決して敵対しない証文を交わし。

「あのなぁ……こんな紙ぺら一枚でどう言い訳する気だ。首級が無けりゃ始まんねえだろ」

「父上の言う事も分かるよ。きっと、そっちの方が正しいことも。でも……」

 毎年証文の更新を行う事で監視に代えると言う一時処分を下す事となった。勿論、ハスラムは反発した。
 王家への反逆は問答無用で死罪であり、情状酌量の余地など無い。それが『王国』の“当たり前”だからだ。

 しかし――――

「でも父上。ここは、『帝国』なんです」

 そして、彼が育てていたのも帝国の民だ。それを勝手に処分する権利は誰にも無い。
 恐らく上に掛け合えば、帝国法に則りこれを裁く事は可能だったろうけれど。エルゼリオはそうしなかった。
 
 そうしないことが、彼の戦い方だ――――と、そう信じたからだ。
 ハスラムは大いに嘆息したが。しかし結局、そんなエルゼリオの決断を否定することはしなかった。
 
「……せめてもの証拠として、これを持って行け」

 ばっさりと切った、ハスラムの剣劇で血に濡れた鬣を持って。エルゼリオは王国へと帰還した。
 『雷刃』と相対すに至れど討つ事は叶わず。互いに痛み分けで決着し。彼の者に枷を付ける事に成功した、と。

 これは後に、その優しさを美徳として謳われる騎士。エルゼリオの物語。
 そして――――彼が幾度も躓きながら、『王国騎士』として名を馳せる。その最初の発端(エピソード)である。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0