晴天日向と戯れる

キャラクターノベル(グループ)制作 鍵島納品 2024年12月03日 16時50分18秒

 雲一つない空からは、眩しいほどの陽光が地に降り注ぐ。
 そっと開いた手のひらを頭上にかざし、顔に落ちる影を作ったら。
 眇めていた緑の瞳が、やっと大きく開けた気がして。
 細く息を吐きだしていると、金色の髪が涼やかな風にふわりと揺れ動いた。
「眩しいのか」
 視界に広がる真っ青な空へ、ナハティガル=ラーが割って入った。
 幾ばくも違う背丈の差を埋めるべくしてか。ゲルダ・クラインの顔を窺い見るために、真っ直ぐと佇んでいた彼の上肢が僅かに傾く。
 はッと気が付く。どうやら意図せず立ち止まっていたらしい。
「はい。……思うより眩しかったです」
 太陽を遮っていた手のひらを緩慢に引くと、ゲルダはもう片方の腕に提げるバスケットを改めて持ち直す。
 小柄で華奢な体が持つには少しばかり大きなそれは、サンドイッチをメインにした食事が入っている。苦手ながらも、この日のためにと頑張って拵えたもの。
 そう。この日のために。
 多忙を極める毎日のなかで、今日は本当に久し振りに取れた休日だ。
 気候も穏やか。天気も良いならと、午後から心地よい湖の畔でピクニックでもと出かけて……今、この瞬間がある。
「日差しを遮られる場所を見つけられたら良いが」
「きゃん!!」
 と。ナハティガルの言葉尻を食う勢いで、遥か前方を駆け回っていた白犬のリナリアがひと鳴き、空に響かせる。
 ぱちりと瞬くゲルダの瞳に、湖の畔に青々と広がる芝生が映る。
 左手側にぽつんと佇む樹木が、ほどよい木漏れ日を緑の絨毯の上へと落としていた。
 あの木に寄り添って座れたならば、きっと心地が良いだろう。
「あそこにするか」
 何よりも、リナリアが気に入っているらしいもので。
 ころころと芝生の上を転がる姿を視界に入れつつ、ナハティガルが何気なく訊ねれば。
 返事を貰うまでもなく、じんわりと明らんでいくゲルダの表情。
 声を聴くよりよほど判りやすい。彼はリナリアに邪魔をされつつも、芝生に厚手のブランケットを敷き広げた。

●
 木漏れ日が射し込み、ゲルダのバスケットを照らすように光が注がれる。
 有難く頂戴した彼女の手製のサンドイッチは、塩胡椒の加減が時折ふしぎになったりもしたが、総じて美味しいものであったとナハティガルは感じていた。
 一度か二度ほど自ら食した途端、物思いに耽る素振りを見せたゲルダが些か気掛かりだったが。
 それはさておき。
「……本当に好きだな」
「……そうですねー……」
 食事中の二人をよそに湖の畔を散策していたリナリアが、何処かから木の枝を咥えて戻ってきていた。
 ピクニックへ出かける前は真っ白ふわふわだった体が、今はどうか。
 尻尾の一部は水にぬれてぺったりと。色づいた木の葉を数枚ほど体に引っ付けたお洒落して。
 可愛い顔の周りには芝生の短い草を絡ませている。して、その顔で。
 ナハティガルの座る足元にからんと枝を落とすと、さあ投げてよと言わんばかりに尻尾を振っており。
 徐に枝を拾ってやれば、前足は今にも走り出さんと地を忙しなく踏みしめている。
 ふと丸洗いという重労働が頭を過ぎる。ゲルダの両腕でやっと抱えられる大きさに成長したものだから、苦労を慮るには時間を要さない。
「おいで、リナリア」
「くうん?」
「もう少し綺麗にしてから遊びましょう?」
 尻尾をばたばた振っていたリナリアにゲルダの両手が伸ばされる。
 まぁ、こんなにおてんばさんになって。
 葉っぱやら草やらで飾り付けている白犬の姿にくすくす肩を揺らしてから、彼女はそこかしこについたそれらを取り除いていく。
 汚れることも厭わず、手櫛で以て被毛の流れに沿い砂やら土やらの欠片をぱたぱた撫で叩いて落とし。
 乱れに乱れた毛を手指で整えてやれば、元来の毛艶の良さを思わせる綺麗な白が出てくる。
 彼女の服に払い落とした土がぽろぽろ落ちてしまうものの、気にする素振りもなく、やんちゃな白犬を綺麗にしたら。
 ゲルダは満足そうな面持ちでつぶらな瞳を覗き込み、遊んでおいで、と背を撫でた。
「……さながら」
 我が子にでも接しているような。
 目まぐるしく過ぎゆく日々に、どこか翻弄されていた心がひたすらに凪いでいく。
 これは言葉にし得るには難儀としようか、斯様な思いを抱いた。
 ナハティガルの表情はさして移り変わらないはずだが、必然とその眼差しが穏やかな色を滲ませていく。
 そうしてゲルダの手から離れたリナリアは、再び枝を持つ彼の前で尻尾を振った。
 四肢を地につけ、身を屈め。今か今かと走り出すことを待ちわびる前脚が芝生を掻く。
 熱い視線を受けたナハティガルの手に力が加わる。
「……………」
 一寸だけ。
 思案に暮れた彼は、そ、っと持っていた枝を右へ動かした。
 伴ってリナリアの視線も右へ向く。投げられる瞬間を見逃すまいとして、爛々とその瞳が輝く。
 まぁ、まだ待て。
 軽い咳払いをひとつして、ナハティガルは枝をゆっくりと左へ動かす。やはりか、かの視線も左へと流れ……て。
「?」
 こちらの様子を不可思議そうに見つめるゲルダの瞳と視線がかち合った。
 リナリアとの駆け引きを楽しんでいる……の、か……な?
 にこやかな笑みを携えた彼女の目が、そのように物を言う。形容し難い妙な気恥ずかしさを抱いたのは明白な事実。
 その間にもいい感じに焦らされた白犬が、遊びたい興奮を抑えきれずわふわふ口ごもっているのを横目に確認して。
 さほど距離を伸ばさない程度に。力加減の施されたナハティガルの一投が飛ぶと、約一匹による歓呼の鳴き声が畔に響き渡った。

●
 何度枝を投げていただろう。三十回を超えた辺りで、ゲルダは数えるのを止めていた。
 流石に飽きたら戻ってくるかと思えば、浅瀬で泳いでいた小魚を水鏡めく美しい湖面越しに覗き込んで、顔から突っ込んでいったりもして。
 上半身がずぶ濡れになろうと、水に臆する様子もなくぶるぶると顔を左右に振ったリナリアが、慌てて抱き上げたナハティガルに多量の水滴を浴びせる一幕もあった。
 そうこう過ごして幾ばくか。
 はるか上空にあったはずの太陽が、西の空にゆっくりと落ち始める時刻となってしまった。
 傾きだした陽の気配に空を見上げると、何処からか流れてきた雲が夕焼けの赤色を携え、頭上で揺蕩っていて。
 赤みを帯びた陽光が、転がるリナリアの寝顔を木陰の中で目立たせる。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだな……」
「……この子が起きたら、ですが」
 空っぽになったバスケットに、なだれ込んで寝る白犬の様相に。
 絵面の可笑しさからゲルダの声色が語尾につれて弾む。入りきらない四肢が不格好に出ている。
「……起こすか」
 歯形がたんと残る木の枝を暗に示してナハティガルが問う。
 アレを少し、ぽーんと投げてやれば。からんと地面に落ちる音を拾い上げて、耳がパタパタ動くやもしれん、と。
「ちょっと迷いますね」
 くすくすと喉を震わせたゲルダ。
 彼女は今一度空を見上げ、こちらの様子を見守っていたナハティガルへと、緩慢に首を振る。
 次いで。薄く紫色がかる空へと細い人差し指をそうっと向けた。
「一等星がみっつ……輝く頃にでも」
 当たり前にお互いの隣を歩きながら、星見も兼ねて帰路を辿るのも悪くないだろう。
 明日から再び訪れる、忙しい日常へ戻ってしまう前に。
 空で輝き始めた星の瞬きを、瞳に映す彼女の声に。冷えゆく風に銀色の髪をなびかせた彼が、静かに首肯を示した。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0