薔薇姫と綿姫の往復書簡
キャラクターノベル(グループ)制作 依藤ピリカ納品 2024年08月30日 00時54分03秒
帝国崩壊からの動乱、大きな戦いを経て少しずつ、しかし確かに変わったロスガリア大陸。
しかし、リーンエス王国、特に貴族社会はあまり変化のないように見える。
集権派が力を集め、王室の権威が増してそれ以外の派閥の勢いが衰えたとはいえ未だ派閥争いはあるし、礼儀作法や伝統に則った複雑怪奇なプロトコルは今尚健在。貴族ではない庶民、そして只人以外の種族への偏見や差別意識もまだ残っているのだから。
ほぼ荒野になった帝国の復興も大変な道のりであるが、王国は上に築かれたものが大きな分改革には骨が折れるわけで。
これはそんな過渡期にあるリーンエス王国で、とある二人の令嬢が婚姻を結び、幸せな式を挙げて一段落ついた頃の話に交わした文に纏わるお話である。
◆
良縁に恵まれてシュルトハイス子爵夫人となったエリカ・プレトリウスは王都から届いた封書をペーパーナイフで開き、その中身を読みながら想う。
(字迄繊細でお綺麗なのは変わりませんね)
手紙の送り主であるローザリカ・L・ディオール改め、ローザリカ・D・ケレス。ディオール伯爵令嬢から次期ケレス侯爵夫人へとなった彼女は、エリカにとって今も昔も眩しい存在である。
非只人であり、元は貧民街で生きてきて何の因果か子爵家に迎えいれられてから身に着けた知識や行儀作法で本物の子爵令嬢の代わりをやっていた自分とは違う。その美しさと堂々とした振舞い、生粋の貴族らしい姿勢、そして令嬢らしからぬ度量の大きさと繊細さ、人の良さ。
(かつての私には眩し過ぎた女性……)
そんな彼女と今尚文のやり取りを続けているなんて、かつての自分では想像も出来なかった。
便箋からたちのぼり、ふわりと鼻腔を擽るのは芳しく高貴な花の香り。
学生時代も甘やかな花の香りを纏わせているイメージだったが、今の香りはその時よりも幾分か落ちついたもので、大人びた印象だ。
女性らしいたおやかな筆跡を目で追いながら、エリカはその内容にくすりと笑みを零す。
かつての自分なら困惑するしかなかっただろう、その『お願い』に。
◆
親愛なるエリカくんへ
肌を焦がす様な昼と寝苦しい夜が続いているが、体の方は大丈夫かな?
まずは商会への取次をありがとう。
おかげでオーブ商会としてやりたかったことのひとつに取り掛かれそうだ。
シャーフヴルムにも益が出るよう取り組むことをこの場を借りて誓わせて貰うよ。
事前の約束もなしに一泊させて頂いたことにもお礼を。
実はあんな風に他家にお邪魔させて頂くのは初めてでね。
些か緊張していたのだが、あたたかいもてなしをして頂いたお陰で楽しく過ごさせて貰ったよ。
それから祝いの品について。
繊細さやその質、僕と彼を想起させる意匠……どれも君の細やかな心遣いが感じられて胸が熱くなる思いだった。
まことに欣幸の至りだ。
ありがとう。そして僕が感じている幸せと同じくらい、君も幸せであれと心より願う。
そうだ、我儘を重ねてばかりな自覚はあるんだが……もうひとつだけ。
僕を『ロージィ』と愛称で呼んでは貰えないだろうか。
その……、ロゼは彼との特別だからそれとは別にはなるんだが。
他でもない、君との特別も欲しいんだ。
彼が知ったら子どもみたいに拗ねるかもしれないが。
それでも僕は、社交や家に関係のない友誼を君に望むから。
君だけのロージィより
◆
(引かれてなければ良いんだが)
ローザリカ・D・ケレスは己がしたためた文の内容を思い返してそっと溜息をつき、未だ開封する勇気が出ない返書の封蝋を指で撫でた。
純白ではなく、綿花を思わせる生成り色の封筒に淡い鴇色の封蝋。実に彼女らしい色選びだ、とローザリカは思う。
そしてそんな終始控えめで欲のない彼女と比較して、己の押しの強さと欲深さを痛感するのだ。
(彼との特別と、彼女への特別は別だけれど)
貴族たるもの、体は勿論、心もみだりに開いてはいけない。
それは同性であっても同じこと。
特に、次期侯爵夫人という高位貴族の一員となったからにはそういった望みは捨てなければいけなかったはずなのに。
(……それでも彼なら許してくれるんだろうな)
ローザリカの旦那様は妻に甘い。元々甘々だったが、結婚後は仕事に追われてあまり時間を割けていない負い目もあるのだろう。そして妻を信頼しているからこそ、ある程度自由にさせている。
学生時代より夫のことを理解し、自信をつけたローザリカはそう分析している。
そんなローザリカは学生時代の頃から、所謂貴族の『お友達』ではなく、普通の、家だとか派閥だとか損得等々一切関係ない親友という『特別』に憧れていた。「君にもあの軽薄極まりない男だとか、夜鷹の雛だとかいるだろう!」と八つ当たりをしたこともあるから、彼もそれは知っているし、ローザリカが友誼を結びたい彼女の人となりは学園や冒険者としての依頼で彼自身が直接検分済だ。
「つまり二人の関係は旦那様公認!」
そう自分に言い聞かせるように呟けば、傍で控えていた侍女が「奥様」と制止をかけてきたので慌てて扇子で口元を隠す。ここはケレス邸の私室ではあるが、結婚したばかりのローザリカはまだケレス侯爵家の家臣団を完全掌握しているわけではない。故に隙を見せてはいけないのだ。
気を引き締めてきゅっと形の良い唇を噛みながら恐る恐る返書の封を切る。綺麗にたたまれた便箋を開いて目を走らせてみれば、ローザリカが最初に抱いていた杞憂はすぐに吹き飛び――その顔に大輪の華のような笑みが綻んだ。
◆
こちらこそ、予定外の翌日までお時間を頂き有難うございました。お力になれたなら何よりです。
余談ですが、子爵家に新たな商会との良縁が結ばれるという以上に私の友人が泊まることを母や使用人がとても喜んでいたことも付け加えておきます。
不慣れなおもてなしで至らぬところもあったかと思いますが、不自由なくお過ごし頂けたようなら何よりです。
お恥ずかしい話ではありますが、何分今迄他家のご令嬢をお招きしたこともなく、茶会含め社交は殆どしてこなかったもので……。
でもシャーフヴルムの為にこれからはもうすこし慣れないといけないと思っているのです。ですので、ローザリカ様の御都合のよろしい時にでもまた我が家にお越し下さいましたら僥倖です。
お祝いの品もお気に召した様でよかったです。以前お気にされていらした私の晴れ姿は肖像画にしたので、今度お越し頂いた時にお見せ致しますね。
王都やディオール領にあるような洗練されたお菓子やお茶はご用意できませんが、ナッツやドライフルーツをふんだんに使った滋養たっぷりの焼き菓子や柘榴の果実水など体に優しいものを揃えておきます。
愛称については承知致しました。
変わったとはいえ今の王国社会では難しい場面もありますが、せめて私的な場ではそうお呼びします。
そして、特別を願ってくださるのなら私のことはエリィとでもお呼びください。
……夫も、お父様達も使わぬ呼び名を貴女だけに。
敬愛するロージィ様へ
貴女だけのエリィより
しかし、リーンエス王国、特に貴族社会はあまり変化のないように見える。
集権派が力を集め、王室の権威が増してそれ以外の派閥の勢いが衰えたとはいえ未だ派閥争いはあるし、礼儀作法や伝統に則った複雑怪奇なプロトコルは今尚健在。貴族ではない庶民、そして只人以外の種族への偏見や差別意識もまだ残っているのだから。
ほぼ荒野になった帝国の復興も大変な道のりであるが、王国は上に築かれたものが大きな分改革には骨が折れるわけで。
これはそんな過渡期にあるリーンエス王国で、とある二人の令嬢が婚姻を結び、幸せな式を挙げて一段落ついた頃の話に交わした文に纏わるお話である。
◆
良縁に恵まれてシュルトハイス子爵夫人となったエリカ・プレトリウスは王都から届いた封書をペーパーナイフで開き、その中身を読みながら想う。
(字迄繊細でお綺麗なのは変わりませんね)
手紙の送り主であるローザリカ・L・ディオール改め、ローザリカ・D・ケレス。ディオール伯爵令嬢から次期ケレス侯爵夫人へとなった彼女は、エリカにとって今も昔も眩しい存在である。
非只人であり、元は貧民街で生きてきて何の因果か子爵家に迎えいれられてから身に着けた知識や行儀作法で本物の子爵令嬢の代わりをやっていた自分とは違う。その美しさと堂々とした振舞い、生粋の貴族らしい姿勢、そして令嬢らしからぬ度量の大きさと繊細さ、人の良さ。
(かつての私には眩し過ぎた女性……)
そんな彼女と今尚文のやり取りを続けているなんて、かつての自分では想像も出来なかった。
便箋からたちのぼり、ふわりと鼻腔を擽るのは芳しく高貴な花の香り。
学生時代も甘やかな花の香りを纏わせているイメージだったが、今の香りはその時よりも幾分か落ちついたもので、大人びた印象だ。
女性らしいたおやかな筆跡を目で追いながら、エリカはその内容にくすりと笑みを零す。
かつての自分なら困惑するしかなかっただろう、その『お願い』に。
◆
親愛なるエリカくんへ
肌を焦がす様な昼と寝苦しい夜が続いているが、体の方は大丈夫かな?
まずは商会への取次をありがとう。
おかげでオーブ商会としてやりたかったことのひとつに取り掛かれそうだ。
シャーフヴルムにも益が出るよう取り組むことをこの場を借りて誓わせて貰うよ。
事前の約束もなしに一泊させて頂いたことにもお礼を。
実はあんな風に他家にお邪魔させて頂くのは初めてでね。
些か緊張していたのだが、あたたかいもてなしをして頂いたお陰で楽しく過ごさせて貰ったよ。
それから祝いの品について。
繊細さやその質、僕と彼を想起させる意匠……どれも君の細やかな心遣いが感じられて胸が熱くなる思いだった。
まことに欣幸の至りだ。
ありがとう。そして僕が感じている幸せと同じくらい、君も幸せであれと心より願う。
そうだ、我儘を重ねてばかりな自覚はあるんだが……もうひとつだけ。
僕を『ロージィ』と愛称で呼んでは貰えないだろうか。
その……、ロゼは彼との特別だからそれとは別にはなるんだが。
他でもない、君との特別も欲しいんだ。
彼が知ったら子どもみたいに拗ねるかもしれないが。
それでも僕は、社交や家に関係のない友誼を君に望むから。
君だけのロージィより
◆
(引かれてなければ良いんだが)
ローザリカ・D・ケレスは己がしたためた文の内容を思い返してそっと溜息をつき、未だ開封する勇気が出ない返書の封蝋を指で撫でた。
純白ではなく、綿花を思わせる生成り色の封筒に淡い鴇色の封蝋。実に彼女らしい色選びだ、とローザリカは思う。
そしてそんな終始控えめで欲のない彼女と比較して、己の押しの強さと欲深さを痛感するのだ。
(彼との特別と、彼女への特別は別だけれど)
貴族たるもの、体は勿論、心もみだりに開いてはいけない。
それは同性であっても同じこと。
特に、次期侯爵夫人という高位貴族の一員となったからにはそういった望みは捨てなければいけなかったはずなのに。
(……それでも彼なら許してくれるんだろうな)
ローザリカの旦那様は妻に甘い。元々甘々だったが、結婚後は仕事に追われてあまり時間を割けていない負い目もあるのだろう。そして妻を信頼しているからこそ、ある程度自由にさせている。
学生時代より夫のことを理解し、自信をつけたローザリカはそう分析している。
そんなローザリカは学生時代の頃から、所謂貴族の『お友達』ではなく、普通の、家だとか派閥だとか損得等々一切関係ない親友という『特別』に憧れていた。「君にもあの軽薄極まりない男だとか、夜鷹の雛だとかいるだろう!」と八つ当たりをしたこともあるから、彼もそれは知っているし、ローザリカが友誼を結びたい彼女の人となりは学園や冒険者としての依頼で彼自身が直接検分済だ。
「つまり二人の関係は旦那様公認!」
そう自分に言い聞かせるように呟けば、傍で控えていた侍女が「奥様」と制止をかけてきたので慌てて扇子で口元を隠す。ここはケレス邸の私室ではあるが、結婚したばかりのローザリカはまだケレス侯爵家の家臣団を完全掌握しているわけではない。故に隙を見せてはいけないのだ。
気を引き締めてきゅっと形の良い唇を噛みながら恐る恐る返書の封を切る。綺麗にたたまれた便箋を開いて目を走らせてみれば、ローザリカが最初に抱いていた杞憂はすぐに吹き飛び――その顔に大輪の華のような笑みが綻んだ。
◆
こちらこそ、予定外の翌日までお時間を頂き有難うございました。お力になれたなら何よりです。
余談ですが、子爵家に新たな商会との良縁が結ばれるという以上に私の友人が泊まることを母や使用人がとても喜んでいたことも付け加えておきます。
不慣れなおもてなしで至らぬところもあったかと思いますが、不自由なくお過ごし頂けたようなら何よりです。
お恥ずかしい話ではありますが、何分今迄他家のご令嬢をお招きしたこともなく、茶会含め社交は殆どしてこなかったもので……。
でもシャーフヴルムの為にこれからはもうすこし慣れないといけないと思っているのです。ですので、ローザリカ様の御都合のよろしい時にでもまた我が家にお越し下さいましたら僥倖です。
お祝いの品もお気に召した様でよかったです。以前お気にされていらした私の晴れ姿は肖像画にしたので、今度お越し頂いた時にお見せ致しますね。
王都やディオール領にあるような洗練されたお菓子やお茶はご用意できませんが、ナッツやドライフルーツをふんだんに使った滋養たっぷりの焼き菓子や柘榴の果実水など体に優しいものを揃えておきます。
愛称については承知致しました。
変わったとはいえ今の王国社会では難しい場面もありますが、せめて私的な場ではそうお呼びします。
そして、特別を願ってくださるのなら私のことはエリィとでもお呼びください。
……夫も、お父様達も使わぬ呼び名を貴女だけに。
敬愛するロージィ様へ
貴女だけのエリィより