死せる竜は最強を問うか
キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2024年09月15日 08時13分17秒
●『餓竜将』
これは、とある男が記録した。史実には存在しない架空の一幕である。
ルヴィアルド・ライゼンナクト、と言う男が居た。
元黒の公爵家。現侯爵家である『黒鋼竜』に在って。
史上最凶とも呼ばれる授恵者であり、かつては黒鋼騎士団四将の一角を務めた人物でもある。
指揮能力はお世辞にも褒められた物ではないが、彼は強かった。
ただ強い、と言うそれだけで一軍を率いるに相応しいと声を上げる者だ出る程に。
一刃で“地形を変える”とまで言われたその暴威は、対する者にとっては恐怖に他ならず。
そして導かれる者にとって、これ以上戦意の高揚する状況もそうはないものだ。
圧倒的なまでの暴力。その純粋性を保った“力”には、確かに一種のカリスマ性が存在していた。
――――現『黒鋼竜』。かつては『黒の後継』と呼ばれた青年。アルベイル・ライゼンナクトが警戒。
否――――“危険視”する程の。
■
『王国』南方、ライゼンナクト侯爵領――――『湖都』ラヴェルギア中央北、『黒鋼竜』本邸。通称、竜館。
(そう言えば、最近はあの不気味な振動が響いて来ないな……)
『黒鋼竜』直下の護衛士として勤め始めて半年程が経過したある日。
『竜の半身』ナハティガル=ラーはふと、以前は定期的に響いていた謎の振動が止んでいる事に気が付いた。
徐々に徐々に頻度は少なくなっていた筈だが。果たして最後に感じたのは何時の頃だったか。
もう1ヶ月ほどは地面が揺れていない気がする。そもそも何の振動だったのか、と言う話ではあるのだが。
「……若様」
『竜』の筆頭家令長、セバスティアンの声に。執務に励んでいたアルベイルが意識を向ける。
其処には珍しく、常から全覆兜を外す事の無い騎士。
騎士団最強の異名も高い弓騎士。『鋼竜将』オーラン・フォルクラードの姿もあった。
この半年の間、ナハティガルは以前に1度だけオーランと手合わせした事が有るが。
最初からナハティガルの攻撃射程圏内。と言う圧倒的不利な条件に在って、オーランは彼と綺麗に引き分けた。
そう。“綺麗に”――――まるで誘い込まれたかの様に。互いに一撃を放てば致命打。と言う状況に陥れられ。
其処を“偶々”通り掛かったもう一人の護衛士。『天剣』ゲルダ・クラインの仲裁によって事無きを得たが。
正直。あれが全力だったとはまるで思えていない。思えていないことが、即ち実力差なのだろうと思っている。
老練、老獪、それだけでは説明が付かない、卓抜した戦術眼と経験の蓄積。
ナハティガルだからこそ、どうにか引き分けまで喰らい付いたが。生半可な騎士であればお話しにすらなるまい。
にも関わらず。彼の騎士はその職務の凡そ半分を免除され、何かしら特異な任を受けていると聞いていた。
あれだけの強者。それも将兵であり戦上手となれば、課すべき仕事など無限に湧いて出るだろう。
にも拘らず、“彼でなければ務まらない”と見做された特異な任、とは果たしてどんな物だったのか。
「……そうか、愚兄が死んだか」
殆ど縁の無かったナハティガルにとって、衝撃はそれほど無かった。
人は死ぬ。どれほど強くとも死ぬ。如何に力を振るう場を与えられたなら、最強であろうとも。
多くの場合。そういった一点突破型の才人は、それ以外で動きを封じられ始末される。
そんな光景山ほど見て来た。然程、心動かされることも無かった。
「如何に強くとも、死は公平だな」
けれどその言葉は彼の知るアルベイルにしては珍しく。意識せずに漏れたとでも言う様に。
まるで安堵するかのような吐息と共に、ぽつりと毀れ。解けて消えた。
■
死因は、衰弱死であったと言う。実に半年近くの間。殆ど飲まず食わずで暴れ続けたのだと。
『黒鋼竜』の地下牢はその立場の高さと黒い噂の多さに比例するように、特別製だ。
外に澱を流し込む術者が居る限りまず単独で破れる代物では無い。
そして優れた授恵者は常人より遥かに飢餓状態でも生きられるとは言え。生命である以上限界は来る。
「捕獲の際に騎士団が半壊した、とはお聞きしましたが……」
「ああ。その殆どは暴風圏を超える事が出来なかったそうだ」
遺体が運び出される様を眺めるナハティガルの言に。普段は温和なゲルダの表情が歴戦の剣士のそれに変わる。
戦士の用いる技巧の極点の1つ。暴風圏は射程に踏み込んだ相手を暴威のみで吹き飛ばす。
攻撃範囲は飛躍的に伸びるが、どちらかと言えば多勢を制する受け身の技だ。本来其処まで馬鹿げた威力は出ない。
つまり黒鋼騎士団の歴戦の勇士達を半壊させたのは、文字通り純粋に鍛え上げた力に依る事になる。
「いわゆる、"超越者"ってことですね」
「そうなるな。暴力の神、などと言い換えれば確かに、信仰する者も出てきそうだが」
ナハティガルにも心当たりがある。社会と切り離された個人が最後に縋るのが"力"だ。
力は他人ほど裏切らない。力は知性より容易に研げる。そして力は安心を与えてくれる。
もし、彼の男が時代に勝利したならば。そんな乱世の神が生じていた可能性すら0ではないが。
「戦いたかったのか?」
「まさか。もう、わたしのこと何だと思ってるんですか」
そのやりとりは、2人ならではのじゃれ合いの内だが。より深掘りしたならば。
“戦いたい”と言う願望は無くとも。或いは“戦う羽目”に陥いった場合について。
考えたことが無かったと言えばそれは間違いなく嘘になる。
個人が抱えるには強大過ぎる力。頂点の暴力。それを如何に往なして誅を下すか。
必要が無ければ力を振るう事を良しとはせずとも。必要なら躊躇はしない。
ゲルダにとってその想像を事前に済ませておくことは、それほどおかしな話ではなかった。
(わたしなら、注意を引きつけて、能力を限界まで抑えて……油断を、驕りを突く)
……彼女の一矢が通ずるかを確かめる機会は、最早永遠に失われてしまったけれど。
●『最強』への挑戦
幸い、一度燃え上がってしまった不完全燃焼の戦意を晴らす先は直ぐ身近で見つかった。
「"……それで、何故私に?"」
くぐもった声が響く。全覆兜で反響する声は年齢を感じさせないが。
それでも、先代の『竜』より長く仕えていると聞く以上は壮年と言って良い年齢の筈だ。
「『餓竜将』ルヴィアルド。『竜』最強の武人に匹敵するとされる件の男の代役となれば。
『竜』最強の騎士。黒鋼騎士筆頭、『鋼竜将』オーラン。アンタ以上の適役は居ないだろう」
「是非にお願いします……!」
拳を握って訴えるゲルダに常に鎧甲冑を外す事のない、素性も容貌も不明の騎士は。
一呼吸整え、軽く首を傾げた体で問い掛ける。
「"そも。その様な例外的事態へ備える必要がある物か……"」
「少なくとも。大陸単位で見れば一国の一地区でしかない『竜』領内ですら2人居る例外だ」
「わたし達にはアルベイル様を護る義務があります。例外だからと、なかった事には出来ません」
其処に在るのは、強者に挑んでみたいと言う狂熱ではない。
勿論その要素が0であるとは言えないまでも。道理の通った理由もまた、確かに存在していた。
沈黙は極々短く。そうして、壮年の筈の騎士はもう一度、小さく嘆息を零す。
「"護衛士相手に二対一、となれば……流石に手加減は難しくなりましょう"」
授恵者として生を受け、戦う者として生き続け。己の力に少なからず自負を抱く者ならば。
こうまで挑発を受けて、何も感じないと言うことは有り得まい。
対するは、『黒鋼騎士団』最優にして『竜』最強の騎士。『鋼竜将』オーラン・フォルクラード。
■
(本来、戦いの基本とは相手の力量を見定める事だ――――とは言うが)
互いに十分な距離を取る。それが、練兵場では難しい。
けれどかつて、超大型魔獣と相対した『湖都』郊外であれば話は変わって来る。
ゲルダ、ナハティガルとオーラン。彼我の距離は200mは離れていたろう。互いが親指ほどに見える。
だが、開戦を知らせる閃光塗弾をオーランが空に放り投げ、ゲルダが天槍を構えて足を踏み出した――――
――――その瞬間。光が彼女に直撃する。
「……は!?」
其処は本来、授恵者同士であれ安全圏と呼ばれる距離だった。確かに射手の射程は魔法使いより長い。
けれど、その攻撃圏とされる常識的距離は授恵者ならば当然把握している。
優れた弓を使い、極点の射手が、独自に極めた技巧を用いたとしても。
その攻撃圏を大きく逸脱する様な射撃には、的中精度に相当な負荷が掛かる筈。それが冒険者の常識だ。
そんな馬鹿げた、針の穴を射抜く様な射撃を為した怪物が其処に居た。
『嚆死』――――と言う。一手目に射程圏外から対象を殺す。
ただそれだけを研ぎ澄ませた一射。世界でただ一人、この男だけが使いこなす超絶技巧。
彼は嘗てその攻撃圏に踏み込む事。これ即ち死であるとして『嚆死』のオーランと呼ばれた男である。
――――だが。
「……っ、何か来る、とは思ってました……っ!」
ゲルダは、これを盾で受け止めていた。躱せない、と判断して翳した盾が間に合った。
それでも、ダメージは決して無視出来る程小さくは無いが、幸い回復のストックも有る。
そしてこれが。この開幕即殺が間違いなく。相手の切り札の1つであった事を確信する。
あんな射撃がそうばんばん撃てる訳がない。極度の集中と長く練り上げた澱を必要とする筈だ。
「ナハティガル様! 今が好機です――――!」
その声より前に銀髪鬼は既に駆け出している。狂気の如き射撃精度だ。
回避能力には一家言あるナハティガルですら絶対に避けられると言う確証はない。
10射待てば1……いや、最悪2射当たる。となれば時間が益するのは少なくとも2人の側ではない。
彼は駆けた。ひりつくばかりに張り詰めた、久しく死が垣間見える戦場を。『最強』の壁を越える為に。
これは、とある男が記録した。史実には存在しない架空の一幕である。
ルヴィアルド・ライゼンナクト、と言う男が居た。
元黒の公爵家。現侯爵家である『黒鋼竜』に在って。
史上最凶とも呼ばれる授恵者であり、かつては黒鋼騎士団四将の一角を務めた人物でもある。
指揮能力はお世辞にも褒められた物ではないが、彼は強かった。
ただ強い、と言うそれだけで一軍を率いるに相応しいと声を上げる者だ出る程に。
一刃で“地形を変える”とまで言われたその暴威は、対する者にとっては恐怖に他ならず。
そして導かれる者にとって、これ以上戦意の高揚する状況もそうはないものだ。
圧倒的なまでの暴力。その純粋性を保った“力”には、確かに一種のカリスマ性が存在していた。
――――現『黒鋼竜』。かつては『黒の後継』と呼ばれた青年。アルベイル・ライゼンナクトが警戒。
否――――“危険視”する程の。
■
『王国』南方、ライゼンナクト侯爵領――――『湖都』ラヴェルギア中央北、『黒鋼竜』本邸。通称、竜館。
(そう言えば、最近はあの不気味な振動が響いて来ないな……)
『黒鋼竜』直下の護衛士として勤め始めて半年程が経過したある日。
『竜の半身』ナハティガル=ラーはふと、以前は定期的に響いていた謎の振動が止んでいる事に気が付いた。
徐々に徐々に頻度は少なくなっていた筈だが。果たして最後に感じたのは何時の頃だったか。
もう1ヶ月ほどは地面が揺れていない気がする。そもそも何の振動だったのか、と言う話ではあるのだが。
「……若様」
『竜』の筆頭家令長、セバスティアンの声に。執務に励んでいたアルベイルが意識を向ける。
其処には珍しく、常から全覆兜を外す事の無い騎士。
騎士団最強の異名も高い弓騎士。『鋼竜将』オーラン・フォルクラードの姿もあった。
この半年の間、ナハティガルは以前に1度だけオーランと手合わせした事が有るが。
最初からナハティガルの攻撃射程圏内。と言う圧倒的不利な条件に在って、オーランは彼と綺麗に引き分けた。
そう。“綺麗に”――――まるで誘い込まれたかの様に。互いに一撃を放てば致命打。と言う状況に陥れられ。
其処を“偶々”通り掛かったもう一人の護衛士。『天剣』ゲルダ・クラインの仲裁によって事無きを得たが。
正直。あれが全力だったとはまるで思えていない。思えていないことが、即ち実力差なのだろうと思っている。
老練、老獪、それだけでは説明が付かない、卓抜した戦術眼と経験の蓄積。
ナハティガルだからこそ、どうにか引き分けまで喰らい付いたが。生半可な騎士であればお話しにすらなるまい。
にも関わらず。彼の騎士はその職務の凡そ半分を免除され、何かしら特異な任を受けていると聞いていた。
あれだけの強者。それも将兵であり戦上手となれば、課すべき仕事など無限に湧いて出るだろう。
にも拘らず、“彼でなければ務まらない”と見做された特異な任、とは果たしてどんな物だったのか。
「……そうか、愚兄が死んだか」
殆ど縁の無かったナハティガルにとって、衝撃はそれほど無かった。
人は死ぬ。どれほど強くとも死ぬ。如何に力を振るう場を与えられたなら、最強であろうとも。
多くの場合。そういった一点突破型の才人は、それ以外で動きを封じられ始末される。
そんな光景山ほど見て来た。然程、心動かされることも無かった。
「如何に強くとも、死は公平だな」
けれどその言葉は彼の知るアルベイルにしては珍しく。意識せずに漏れたとでも言う様に。
まるで安堵するかのような吐息と共に、ぽつりと毀れ。解けて消えた。
■
死因は、衰弱死であったと言う。実に半年近くの間。殆ど飲まず食わずで暴れ続けたのだと。
『黒鋼竜』の地下牢はその立場の高さと黒い噂の多さに比例するように、特別製だ。
外に澱を流し込む術者が居る限りまず単独で破れる代物では無い。
そして優れた授恵者は常人より遥かに飢餓状態でも生きられるとは言え。生命である以上限界は来る。
「捕獲の際に騎士団が半壊した、とはお聞きしましたが……」
「ああ。その殆どは暴風圏を超える事が出来なかったそうだ」
遺体が運び出される様を眺めるナハティガルの言に。普段は温和なゲルダの表情が歴戦の剣士のそれに変わる。
戦士の用いる技巧の極点の1つ。暴風圏は射程に踏み込んだ相手を暴威のみで吹き飛ばす。
攻撃範囲は飛躍的に伸びるが、どちらかと言えば多勢を制する受け身の技だ。本来其処まで馬鹿げた威力は出ない。
つまり黒鋼騎士団の歴戦の勇士達を半壊させたのは、文字通り純粋に鍛え上げた力に依る事になる。
「いわゆる、"超越者"ってことですね」
「そうなるな。暴力の神、などと言い換えれば確かに、信仰する者も出てきそうだが」
ナハティガルにも心当たりがある。社会と切り離された個人が最後に縋るのが"力"だ。
力は他人ほど裏切らない。力は知性より容易に研げる。そして力は安心を与えてくれる。
もし、彼の男が時代に勝利したならば。そんな乱世の神が生じていた可能性すら0ではないが。
「戦いたかったのか?」
「まさか。もう、わたしのこと何だと思ってるんですか」
そのやりとりは、2人ならではのじゃれ合いの内だが。より深掘りしたならば。
“戦いたい”と言う願望は無くとも。或いは“戦う羽目”に陥いった場合について。
考えたことが無かったと言えばそれは間違いなく嘘になる。
個人が抱えるには強大過ぎる力。頂点の暴力。それを如何に往なして誅を下すか。
必要が無ければ力を振るう事を良しとはせずとも。必要なら躊躇はしない。
ゲルダにとってその想像を事前に済ませておくことは、それほどおかしな話ではなかった。
(わたしなら、注意を引きつけて、能力を限界まで抑えて……油断を、驕りを突く)
……彼女の一矢が通ずるかを確かめる機会は、最早永遠に失われてしまったけれど。
●『最強』への挑戦
幸い、一度燃え上がってしまった不完全燃焼の戦意を晴らす先は直ぐ身近で見つかった。
「"……それで、何故私に?"」
くぐもった声が響く。全覆兜で反響する声は年齢を感じさせないが。
それでも、先代の『竜』より長く仕えていると聞く以上は壮年と言って良い年齢の筈だ。
「『餓竜将』ルヴィアルド。『竜』最強の武人に匹敵するとされる件の男の代役となれば。
『竜』最強の騎士。黒鋼騎士筆頭、『鋼竜将』オーラン。アンタ以上の適役は居ないだろう」
「是非にお願いします……!」
拳を握って訴えるゲルダに常に鎧甲冑を外す事のない、素性も容貌も不明の騎士は。
一呼吸整え、軽く首を傾げた体で問い掛ける。
「"そも。その様な例外的事態へ備える必要がある物か……"」
「少なくとも。大陸単位で見れば一国の一地区でしかない『竜』領内ですら2人居る例外だ」
「わたし達にはアルベイル様を護る義務があります。例外だからと、なかった事には出来ません」
其処に在るのは、強者に挑んでみたいと言う狂熱ではない。
勿論その要素が0であるとは言えないまでも。道理の通った理由もまた、確かに存在していた。
沈黙は極々短く。そうして、壮年の筈の騎士はもう一度、小さく嘆息を零す。
「"護衛士相手に二対一、となれば……流石に手加減は難しくなりましょう"」
授恵者として生を受け、戦う者として生き続け。己の力に少なからず自負を抱く者ならば。
こうまで挑発を受けて、何も感じないと言うことは有り得まい。
対するは、『黒鋼騎士団』最優にして『竜』最強の騎士。『鋼竜将』オーラン・フォルクラード。
■
(本来、戦いの基本とは相手の力量を見定める事だ――――とは言うが)
互いに十分な距離を取る。それが、練兵場では難しい。
けれどかつて、超大型魔獣と相対した『湖都』郊外であれば話は変わって来る。
ゲルダ、ナハティガルとオーラン。彼我の距離は200mは離れていたろう。互いが親指ほどに見える。
だが、開戦を知らせる閃光塗弾をオーランが空に放り投げ、ゲルダが天槍を構えて足を踏み出した――――
――――その瞬間。光が彼女に直撃する。
「……は!?」
其処は本来、授恵者同士であれ安全圏と呼ばれる距離だった。確かに射手の射程は魔法使いより長い。
けれど、その攻撃圏とされる常識的距離は授恵者ならば当然把握している。
優れた弓を使い、極点の射手が、独自に極めた技巧を用いたとしても。
その攻撃圏を大きく逸脱する様な射撃には、的中精度に相当な負荷が掛かる筈。それが冒険者の常識だ。
そんな馬鹿げた、針の穴を射抜く様な射撃を為した怪物が其処に居た。
『嚆死』――――と言う。一手目に射程圏外から対象を殺す。
ただそれだけを研ぎ澄ませた一射。世界でただ一人、この男だけが使いこなす超絶技巧。
彼は嘗てその攻撃圏に踏み込む事。これ即ち死であるとして『嚆死』のオーランと呼ばれた男である。
――――だが。
「……っ、何か来る、とは思ってました……っ!」
ゲルダは、これを盾で受け止めていた。躱せない、と判断して翳した盾が間に合った。
それでも、ダメージは決して無視出来る程小さくは無いが、幸い回復のストックも有る。
そしてこれが。この開幕即殺が間違いなく。相手の切り札の1つであった事を確信する。
あんな射撃がそうばんばん撃てる訳がない。極度の集中と長く練り上げた澱を必要とする筈だ。
「ナハティガル様! 今が好機です――――!」
その声より前に銀髪鬼は既に駆け出している。狂気の如き射撃精度だ。
回避能力には一家言あるナハティガルですら絶対に避けられると言う確証はない。
10射待てば1……いや、最悪2射当たる。となれば時間が益するのは少なくとも2人の側ではない。
彼は駆けた。ひりつくばかりに張り詰めた、久しく死が垣間見える戦場を。『最強』の壁を越える為に。