盟友来訪
キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2024年04月27日 09時33分37秒
●念願が適った日
「当家への臣従を真面目に考えては貰えないだろうか、コーニッシュ殿」
「……大変有り難い申し出ではありますが、自分には帰るべき場所があるのです」
『氷の貴公子』シグルド・レイノーラの完全に本気のトンチキ発言に、黒衣の傭兵が困惑顔で応じる。
お茶菓子を取りに行って戻ったら実兄がこんな事になっていた場合、どんな顔をしたら良いのだろう。
やっっっぱりシグルド兄にばっっっかり負担を掛け過ぎたんだ……っ! 心を痛める一方で。
だからってお客さんに迷惑を掛けては行けない、とも思うエルゼリオ・レイノーラ。冒険者を辞し帰郷済。
最近は王国騎士見習いとして『王都』と『レイノーラ邸』を行き来する日々だったが。
以前から打診していた友人、ガレス・コーニッシュの訪問の予定が付いたと聞いて帰ってみればこれだ。
確かに、『王都』からでは到着が遅れそうだから先に家に入って待っていて欲しいとは書面に記した。
けれどそれもこれもまず間違いなく家に居るだろう長兄、シグルドの良識と誠実さを信じればこそ。
或いは最悪父上と遭遇しても、ガレスの如才なさなら乗り切れるに違いないと言う信頼もあったが。
まさか家の中で唯一まともだったシグルドが壊れてしまった事には、哀しみしかない。
「いや、違うぞエルゼリオ。俺は至ってまともだ。だが見るがいい、この資料の山を」
「……えっと、お疲れ様……?」
「違う。このコーニッシュ卿がこの部屋に入ってより半刻でほぼ処理し切った事務資料だ。
確かに機密に触れる様な複雑な物は省かれているが、と言った所で半刻……信じられん処理速度だ」
手を戦慄かせるシグルドに、ええ、お客様に何させてるの……と、普通にドン引いているエルゼリオだったが。
どうもよくよく詳しく話を聞いてみるに、ガレスの側がつい、流れ作業で手伝ってしまったらしい。
多分幾ら騎士でも常人は“つい”で行軍記録を読み解けないし、兵站の消耗詳細を帳簿に付けられない。
激務かつ労働中毒気味である北方辺境伯領務めの弊害が、こんな所に諸に出ていた。
「いえ、自分の習熟など彼の『氷の貴公子』に比べれば如何ほどの物でも」
「謙遜は止して頂きたいコーニッシュ卿。これは心よりの敬意で以て言うが、貴公のそれは稀有な技能だ」
こんなに熱意をもって人を勧誘するシグルド兄始めて見る……と、一周回って謎の感動を憶えるが。
今回のガレスの訪問は断じてレイノーラ喫緊の課題、事務員増員の為ではない。
友人であり尊敬する騎士でもあるガレスにそんな事を押し付けたら、エルゼリオは自責に苛まれて病む。
これから王国騎士を目指そうと言う、その前途をこんな所でむざむざ閉ざされる訳には行かないのだ。
「シグルド兄、今日はガレスさんには騎士としての心構えを教えて貰う為に遥々来て貰ったんだから。
事務仕事も程々にして欲しいな。父上は例に依って何処に居るのか分からないし……」
「ぐ、そうか客人。そうだったな……っ、遂に見出した事務の大半を預けられる逸材……!
夢の3交代体制……っ、余りに、余りにも惜しい……!」
友の背を押し退室する傍ら、目元を抑え空を仰ぐ兄から何か押し殺した悲痛な呻きが聞こえたが。
冒険者稼業を経て少し大人になったエルゼリオは、さっくり聞こえなかった事にした。
■
「にしても、あのシグルド兄があんなにガレスさんの事を気に入るなんて吃驚したよ」
「無理もない事です。あの量の書類処理をほぼ2人で回すなど狂気の沙汰だ。
いや、伯の所でも『隠者』が行方不明になる度に殺気立っていた頃を思い出しますね……」
そこ共感して良いのかなあ、と思いつつも。緊急避難してきた談話室。
エルゼリオもまた漸く腰を落ち着け、親交を深め合う時間を持てたとほっとしていたが。
もし何かのボタンが掛け違っていて、ガレスが北境を領外追放とされたあの時、もし叙爵が為されていたら。
彼と兄が机を並べ執務に向かう姿を見る事も有ったのかも……等と思うと。惜しむ気持ちも分かる気がした。
それはそれで、家を任せるにこれ以上も無く心強かっただろうことが分からない訳でも、無いのだから。
「そ、そう言えばガレスさん。稀人って言葉に心当たりとか有ったりする?」
話題の転換としてはやや強引だったが。エルゼリオが侍女に用意して貰ったお茶菓子を齧りつつ問うと。
ガレスは暫く首を傾げ、稀人……と繰り返す様に言葉を探りゆっくりと頭を横に振る。
「お力になれず申し訳ないのですが、何処で聞いた言葉か。とお聞きしても?」
「前に父上が、レイノーラのは稀人の血が混ざってる……って言ってたんだよね」
「血……稀人……客人……それはもしかすると、"山の民"の事かもしれません」
「……山の民?」
それもやはり、エルゼリオには耳馴染みの無い響きではあったが。それもその筈だ。
北方辺境伯領の西方にのみ僅かに残る土着信仰の名を失った神。またの名を“山の神”。
ガレスはその名を、エルゼリオも良く知る城塞都市に住まう老人。
英雄とも称される超越者、『北境の楔』に師事していた頃に聞いたと言う。そう、曰く――――
「彼の御老人は“山の民”最後の血族である。そして、彼らの殆どは山へと還ったが……極一部。
それでも人の未来を信じた者だけが、"王家に力を貸す為に在野へ下った”のだとか」
「……それって――――つまり」
「もしも事実であるとすれば。レイノーラの一族は神代の英雄の遠い遠い末裔、と言う事になりますね」
授恵者の子孫は授恵者として産まれ易い。これそのものは俗説でしかないが。
思えばレイノーラの授恵者の割合は平均と比して異常だ。もしかして、思う所が無いではない。
そしてあの父上の破天荒具合と奇怪な強さ。あれらもまたそういった、特殊な血の為せる業だとしたら……
(……まさか、ね)
真実は藪の中ではあれども。或いはそんな事もあるのかもしれないと。エルゼリオは紅茶へ視線を落とす。
●念願が叶った筈だった日
「俺様が帰ってきたぞぉ――――!」
ばぁ―――ん、と応接室の扉が押し開かれた時。エルゼリオは飛び跳ねたがガレスは座ったままだった
果たして。その程度の意味不明行動で逐一驚いていては、何処かの白い女騎士の同僚など務まらない訳だが。
後から思えば、エルゼリオは相談が終わったらお礼に王都で食事でも。などと考えていた。
そして例え思うだけで言葉しておらずとも。彼の父はその手の豪華な晩餐の類を見逃すことは無い。
「どうも、お邪魔しておりますハスラム・レイノーラ殿」
「おぉ……? 手前ェの顔、知ってるぜ。アーチボルトの『黒騎士』、ガレス・コーニッシュだな」
「あの父上が相手から名乗る前に名前を覚えてるなんて……じゃなかった。え、2人は知り合いだったの?」
突然の帰宅はいつもの事と流せても、その意外過ぎる指摘にエルゼリオが驚く。
が、ハスラムとガレスは互いに視線を向け合うと。そうではない、とばかりに互いに首を振った。
「いえ、王城に伯の護衛で出向いた時に遠目に見掛けたこと位はありましたが……」
「俺様以外に“黒騎士”だ何だと呼ばれている野郎がどんな奴か、ってのはそりゃ気になるだろ。
これが良く居る名前だけ大仰で実力が伴わねえ奴なら、身の程を教えてやらねえとな」
――――けれど結果的に、そうではなかった。そうならなかったからこそ両者には面識が無い。
事情が分かれば少なくとも。ハスラムはガレスの戦果をある程度認め、矛を納めたと言う事になるが。
「父上またそんな、まるで良識ある人格者みたいなこと言って……」
「エルゼリオ、お前何か冒険者になってからこの偉大な父上への敬意が薄れてないか?」
「そうですよエルゼリオ殿。レイノーラ卿の戦績は『王国騎士』の誉れ。偉大と呼んで憚り無いものです」
「お? 何だ手前ェ話が分かるじゃねえか。そうだよなあ、やっぱ戦士は戦士を知るんだよなあ」
えぇー……? と思う所が無いではないにせよ。ハスラムの強さは勿論エルゼリオも知る所だ。
それを指してガレスが偉大と評するのも分かる。そして何より、実父を褒められたならやはり嬉しい。
だからそれは、ついぽろっと毀れた失言であったにせよ。エルゼリオには一切悪気はなかった。
過失が無かったとは言えないものの、照れ隠しの一環、くらいの意味合いしかなかったのである。
「父上が凄いことは良く知ってるけどガレスさんの槍捌きも凄いから、そこはお互い意識してるのかなって」
――――空気が凍った。
今まで比較的和気藹々と話しをしていた筈が、ガレスがちらっとハスラムを見ると。
彼は何やら大変面白い冗談を聞いたとでも言うように笑みを浮かべていた。眼、以外は。
エルゼリオは自分が虎の尾を踏んだ事に気付いたが、それがもう手遅れである事も知っていた。
そういう心算じゃ無かったと、今更どれだけ抗弁しても大概無駄である事も重々承知していた。
やってしまった。以外の何物でも、無かった。
■
「いや、待って。違うからね? 父上とガレスさんのどっちが強いか何て別に――――」
「あぁー、そうかそうかそうだな。確かに同じ『黒騎士』同士どっちが上かは白黒付けた方が良いかもなァ」
「……自分は、余りそういった序列の様な物には興味は無いのですが。
それに此度の訪問はあくまで、騎士となったエルゼリオさんの相談を受ける。と言う約束で……」
困惑交じりで応じたガレスに、ハスラムが2人を一瞥しあたかも小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
無論、態とだろう。エルゼリオは直感していた。ああ、また父上の悪い癖が出た――――と。
「はっ、相談? どうせまた女々しい悩みを抱えうじうじしてやがんだろうぜ。
一度忠を誓ったなら戦い、打ち倒し、勝利で以て王家の威光を証明する他はねェってのによ」
「――――お待ち下さいレイノーラ卿。御子息の悩みに対しそれは、些か暴論では有りませんか?」
そして如何せん。実父の偽悪的振る舞いにはとうに慣れているエルゼリオと異なり。
ガレスの側はほぼ初対面と言って良い。騎士として如何に敬意を払うだけの戦果を残していようとも。
人の親として考えた場合ハスラムの振る舞いには色々と問題を感じる所も有ろう。
況や、彼自身父親からは半ば棄てられた身。様々な“理想の父親像”があって然るべきではある。
「いや、大丈夫大丈夫。父上もあんなの言ってみてるだけだから。ガレスさんがそんな気にしなくても」
「ま、母親似でエルゼリオはこういう奴だからよ、色々余計な事を考えこむんだろうが。
実際戦場じゃ下手な考えは周りの足を引っ張るだけだ。素振りの回数でも増やせば良いんじゃねえか?」
何とか場を抑えようとするエルゼリオだが、ただの口論であればまだともかく。
こういった挑発めいた行為でハスラムを1人で抑えるのは幾ら何でも荷が勝ち過ぎる。
せめて此処にシグルド兄が居れば――――と彼方執務室の兄へ願いを託すも。
場の仲裁に優れた長兄は、残念ながらエルゼリオ当人が書類の檻に缶詰めにしたままである。
「……人の悩み事など個々様々。ですが、そうですね。確かに真剣勝負から学べる事もあるかもしれません」
ぽつり、と呟いたガレスの表情は普段と何も変わらない。一瞬ほっとしたエルゼリオだったが――――
「何より、信を置く友を虚仮とされ笑って流したとあっては正しく。騎士の名折れと言えましょう」
(――――……うわぁ……ガレスさん怒ってる……?)
淡く笑みを浮かべて応じた黒衣の傭兵は、良く見なければ分からない程静かに戦意を漲らせていた。
笑いながら怒るんだ……シグルド兄と気が合いそうだと思ってたけど、怒り方はオリガ姉タイプかー……
と。そんな現実逃避が脳裏を過ぎってく最中にも。あれよあれよと話は進む。
此処まで分かり易く挑発され、ハスラムが黙っている訳もない。我が意を得たりと獰猛に笑うと。
「はっはっは、そうこねえとな。エルゼリオ、武器庫から好きな獲物を貸してやれ。
それとシグルドを呼んでおくのを忘れんなよ。久々に手応えのある戦いが出来そうだ!」
呵々大笑するハスラムを前に、エルゼリオに出来る事は最早肩を落とす事くらいである。
かくして――――ガレスのレイノーラ邸初訪問は、怒涛の騒動に巻き込まれるまま過ぎ去っていく。
「当家への臣従を真面目に考えては貰えないだろうか、コーニッシュ殿」
「……大変有り難い申し出ではありますが、自分には帰るべき場所があるのです」
『氷の貴公子』シグルド・レイノーラの完全に本気のトンチキ発言に、黒衣の傭兵が困惑顔で応じる。
お茶菓子を取りに行って戻ったら実兄がこんな事になっていた場合、どんな顔をしたら良いのだろう。
やっっっぱりシグルド兄にばっっっかり負担を掛け過ぎたんだ……っ! 心を痛める一方で。
だからってお客さんに迷惑を掛けては行けない、とも思うエルゼリオ・レイノーラ。冒険者を辞し帰郷済。
最近は王国騎士見習いとして『王都』と『レイノーラ邸』を行き来する日々だったが。
以前から打診していた友人、ガレス・コーニッシュの訪問の予定が付いたと聞いて帰ってみればこれだ。
確かに、『王都』からでは到着が遅れそうだから先に家に入って待っていて欲しいとは書面に記した。
けれどそれもこれもまず間違いなく家に居るだろう長兄、シグルドの良識と誠実さを信じればこそ。
或いは最悪父上と遭遇しても、ガレスの如才なさなら乗り切れるに違いないと言う信頼もあったが。
まさか家の中で唯一まともだったシグルドが壊れてしまった事には、哀しみしかない。
「いや、違うぞエルゼリオ。俺は至ってまともだ。だが見るがいい、この資料の山を」
「……えっと、お疲れ様……?」
「違う。このコーニッシュ卿がこの部屋に入ってより半刻でほぼ処理し切った事務資料だ。
確かに機密に触れる様な複雑な物は省かれているが、と言った所で半刻……信じられん処理速度だ」
手を戦慄かせるシグルドに、ええ、お客様に何させてるの……と、普通にドン引いているエルゼリオだったが。
どうもよくよく詳しく話を聞いてみるに、ガレスの側がつい、流れ作業で手伝ってしまったらしい。
多分幾ら騎士でも常人は“つい”で行軍記録を読み解けないし、兵站の消耗詳細を帳簿に付けられない。
激務かつ労働中毒気味である北方辺境伯領務めの弊害が、こんな所に諸に出ていた。
「いえ、自分の習熟など彼の『氷の貴公子』に比べれば如何ほどの物でも」
「謙遜は止して頂きたいコーニッシュ卿。これは心よりの敬意で以て言うが、貴公のそれは稀有な技能だ」
こんなに熱意をもって人を勧誘するシグルド兄始めて見る……と、一周回って謎の感動を憶えるが。
今回のガレスの訪問は断じてレイノーラ喫緊の課題、事務員増員の為ではない。
友人であり尊敬する騎士でもあるガレスにそんな事を押し付けたら、エルゼリオは自責に苛まれて病む。
これから王国騎士を目指そうと言う、その前途をこんな所でむざむざ閉ざされる訳には行かないのだ。
「シグルド兄、今日はガレスさんには騎士としての心構えを教えて貰う為に遥々来て貰ったんだから。
事務仕事も程々にして欲しいな。父上は例に依って何処に居るのか分からないし……」
「ぐ、そうか客人。そうだったな……っ、遂に見出した事務の大半を預けられる逸材……!
夢の3交代体制……っ、余りに、余りにも惜しい……!」
友の背を押し退室する傍ら、目元を抑え空を仰ぐ兄から何か押し殺した悲痛な呻きが聞こえたが。
冒険者稼業を経て少し大人になったエルゼリオは、さっくり聞こえなかった事にした。
■
「にしても、あのシグルド兄があんなにガレスさんの事を気に入るなんて吃驚したよ」
「無理もない事です。あの量の書類処理をほぼ2人で回すなど狂気の沙汰だ。
いや、伯の所でも『隠者』が行方不明になる度に殺気立っていた頃を思い出しますね……」
そこ共感して良いのかなあ、と思いつつも。緊急避難してきた談話室。
エルゼリオもまた漸く腰を落ち着け、親交を深め合う時間を持てたとほっとしていたが。
もし何かのボタンが掛け違っていて、ガレスが北境を領外追放とされたあの時、もし叙爵が為されていたら。
彼と兄が机を並べ執務に向かう姿を見る事も有ったのかも……等と思うと。惜しむ気持ちも分かる気がした。
それはそれで、家を任せるにこれ以上も無く心強かっただろうことが分からない訳でも、無いのだから。
「そ、そう言えばガレスさん。稀人って言葉に心当たりとか有ったりする?」
話題の転換としてはやや強引だったが。エルゼリオが侍女に用意して貰ったお茶菓子を齧りつつ問うと。
ガレスは暫く首を傾げ、稀人……と繰り返す様に言葉を探りゆっくりと頭を横に振る。
「お力になれず申し訳ないのですが、何処で聞いた言葉か。とお聞きしても?」
「前に父上が、レイノーラのは稀人の血が混ざってる……って言ってたんだよね」
「血……稀人……客人……それはもしかすると、"山の民"の事かもしれません」
「……山の民?」
それもやはり、エルゼリオには耳馴染みの無い響きではあったが。それもその筈だ。
北方辺境伯領の西方にのみ僅かに残る土着信仰の名を失った神。またの名を“山の神”。
ガレスはその名を、エルゼリオも良く知る城塞都市に住まう老人。
英雄とも称される超越者、『北境の楔』に師事していた頃に聞いたと言う。そう、曰く――――
「彼の御老人は“山の民”最後の血族である。そして、彼らの殆どは山へと還ったが……極一部。
それでも人の未来を信じた者だけが、"王家に力を貸す為に在野へ下った”のだとか」
「……それって――――つまり」
「もしも事実であるとすれば。レイノーラの一族は神代の英雄の遠い遠い末裔、と言う事になりますね」
授恵者の子孫は授恵者として産まれ易い。これそのものは俗説でしかないが。
思えばレイノーラの授恵者の割合は平均と比して異常だ。もしかして、思う所が無いではない。
そしてあの父上の破天荒具合と奇怪な強さ。あれらもまたそういった、特殊な血の為せる業だとしたら……
(……まさか、ね)
真実は藪の中ではあれども。或いはそんな事もあるのかもしれないと。エルゼリオは紅茶へ視線を落とす。
●念願が叶った筈だった日
「俺様が帰ってきたぞぉ――――!」
ばぁ―――ん、と応接室の扉が押し開かれた時。エルゼリオは飛び跳ねたがガレスは座ったままだった
果たして。その程度の意味不明行動で逐一驚いていては、何処かの白い女騎士の同僚など務まらない訳だが。
後から思えば、エルゼリオは相談が終わったらお礼に王都で食事でも。などと考えていた。
そして例え思うだけで言葉しておらずとも。彼の父はその手の豪華な晩餐の類を見逃すことは無い。
「どうも、お邪魔しておりますハスラム・レイノーラ殿」
「おぉ……? 手前ェの顔、知ってるぜ。アーチボルトの『黒騎士』、ガレス・コーニッシュだな」
「あの父上が相手から名乗る前に名前を覚えてるなんて……じゃなかった。え、2人は知り合いだったの?」
突然の帰宅はいつもの事と流せても、その意外過ぎる指摘にエルゼリオが驚く。
が、ハスラムとガレスは互いに視線を向け合うと。そうではない、とばかりに互いに首を振った。
「いえ、王城に伯の護衛で出向いた時に遠目に見掛けたこと位はありましたが……」
「俺様以外に“黒騎士”だ何だと呼ばれている野郎がどんな奴か、ってのはそりゃ気になるだろ。
これが良く居る名前だけ大仰で実力が伴わねえ奴なら、身の程を教えてやらねえとな」
――――けれど結果的に、そうではなかった。そうならなかったからこそ両者には面識が無い。
事情が分かれば少なくとも。ハスラムはガレスの戦果をある程度認め、矛を納めたと言う事になるが。
「父上またそんな、まるで良識ある人格者みたいなこと言って……」
「エルゼリオ、お前何か冒険者になってからこの偉大な父上への敬意が薄れてないか?」
「そうですよエルゼリオ殿。レイノーラ卿の戦績は『王国騎士』の誉れ。偉大と呼んで憚り無いものです」
「お? 何だ手前ェ話が分かるじゃねえか。そうだよなあ、やっぱ戦士は戦士を知るんだよなあ」
えぇー……? と思う所が無いではないにせよ。ハスラムの強さは勿論エルゼリオも知る所だ。
それを指してガレスが偉大と評するのも分かる。そして何より、実父を褒められたならやはり嬉しい。
だからそれは、ついぽろっと毀れた失言であったにせよ。エルゼリオには一切悪気はなかった。
過失が無かったとは言えないものの、照れ隠しの一環、くらいの意味合いしかなかったのである。
「父上が凄いことは良く知ってるけどガレスさんの槍捌きも凄いから、そこはお互い意識してるのかなって」
――――空気が凍った。
今まで比較的和気藹々と話しをしていた筈が、ガレスがちらっとハスラムを見ると。
彼は何やら大変面白い冗談を聞いたとでも言うように笑みを浮かべていた。眼、以外は。
エルゼリオは自分が虎の尾を踏んだ事に気付いたが、それがもう手遅れである事も知っていた。
そういう心算じゃ無かったと、今更どれだけ抗弁しても大概無駄である事も重々承知していた。
やってしまった。以外の何物でも、無かった。
■
「いや、待って。違うからね? 父上とガレスさんのどっちが強いか何て別に――――」
「あぁー、そうかそうかそうだな。確かに同じ『黒騎士』同士どっちが上かは白黒付けた方が良いかもなァ」
「……自分は、余りそういった序列の様な物には興味は無いのですが。
それに此度の訪問はあくまで、騎士となったエルゼリオさんの相談を受ける。と言う約束で……」
困惑交じりで応じたガレスに、ハスラムが2人を一瞥しあたかも小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
無論、態とだろう。エルゼリオは直感していた。ああ、また父上の悪い癖が出た――――と。
「はっ、相談? どうせまた女々しい悩みを抱えうじうじしてやがんだろうぜ。
一度忠を誓ったなら戦い、打ち倒し、勝利で以て王家の威光を証明する他はねェってのによ」
「――――お待ち下さいレイノーラ卿。御子息の悩みに対しそれは、些か暴論では有りませんか?」
そして如何せん。実父の偽悪的振る舞いにはとうに慣れているエルゼリオと異なり。
ガレスの側はほぼ初対面と言って良い。騎士として如何に敬意を払うだけの戦果を残していようとも。
人の親として考えた場合ハスラムの振る舞いには色々と問題を感じる所も有ろう。
況や、彼自身父親からは半ば棄てられた身。様々な“理想の父親像”があって然るべきではある。
「いや、大丈夫大丈夫。父上もあんなの言ってみてるだけだから。ガレスさんがそんな気にしなくても」
「ま、母親似でエルゼリオはこういう奴だからよ、色々余計な事を考えこむんだろうが。
実際戦場じゃ下手な考えは周りの足を引っ張るだけだ。素振りの回数でも増やせば良いんじゃねえか?」
何とか場を抑えようとするエルゼリオだが、ただの口論であればまだともかく。
こういった挑発めいた行為でハスラムを1人で抑えるのは幾ら何でも荷が勝ち過ぎる。
せめて此処にシグルド兄が居れば――――と彼方執務室の兄へ願いを託すも。
場の仲裁に優れた長兄は、残念ながらエルゼリオ当人が書類の檻に缶詰めにしたままである。
「……人の悩み事など個々様々。ですが、そうですね。確かに真剣勝負から学べる事もあるかもしれません」
ぽつり、と呟いたガレスの表情は普段と何も変わらない。一瞬ほっとしたエルゼリオだったが――――
「何より、信を置く友を虚仮とされ笑って流したとあっては正しく。騎士の名折れと言えましょう」
(――――……うわぁ……ガレスさん怒ってる……?)
淡く笑みを浮かべて応じた黒衣の傭兵は、良く見なければ分からない程静かに戦意を漲らせていた。
笑いながら怒るんだ……シグルド兄と気が合いそうだと思ってたけど、怒り方はオリガ姉タイプかー……
と。そんな現実逃避が脳裏を過ぎってく最中にも。あれよあれよと話は進む。
此処まで分かり易く挑発され、ハスラムが黙っている訳もない。我が意を得たりと獰猛に笑うと。
「はっはっは、そうこねえとな。エルゼリオ、武器庫から好きな獲物を貸してやれ。
それとシグルドを呼んでおくのを忘れんなよ。久々に手応えのある戦いが出来そうだ!」
呵々大笑するハスラムを前に、エルゼリオに出来る事は最早肩を落とす事くらいである。
かくして――――ガレスのレイノーラ邸初訪問は、怒涛の騒動に巻き込まれるまま過ぎ去っていく。