To us in three years
キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2024年04月11日 10時37分28秒
●Reunion and revisit
歴史が変わる。とすら言われる程の戦いが終わり、国家が大きな転換期を迎えようとも。
人はそれほどは変わらない。かつてより常識とされて来た事は、それほど容易には変わらない。
新歴1227年、初夏。王国南部、『黒鋼竜』侯爵領。
領都『湖都』ラヴェルギア内館本邸内――――二階、応接室。
「リサちゃん、久しぶり……っ!」
「ゲルダちゃん、お招きありがとう……!」
『天剣』、或いは『竜の左翼』ゲルダ・クラインとベイカー商会の王国担当。リサ・ベイカー。
『学園』以来の親友同士がひしりと抱き合う。それは正に駆け出しの芸術家が絵に描く様な再会の構図だった。
感動で打ち震えるシズルが目元に手巾を押し当てるが別に泣いてはいない。
これを茶番で無く自然と出来るのが2人の強さだと言えば、それについては全く異論は無いが。
(……俺は、2人の邪魔になってはいないか)
最近、他人の情緒。と言う物に意識的に興味関心を向ける様になりつつある。
……と言うか、職務の都合上向けざるを得なくなって来た『竜の半身』。或いは『竜の右翼』と称される男。
ナハティガル・ラーは気が気ではない。そも彼は何故お茶会。等と言う貴族の戯れに自分が呼ばれたのか。
其処からして良く理解していないのだから尚更である。明らかに場違いではないだろうか。
「落ち着かないなら黙って茶菓子でも食べてなよ亜人」
その様を、呆れ半分蔑み半分で嘆息交じりに揶揄するのは彼以上に呼ばれた経緯の分からない。
けれど後学の為と考えれば無碍にも出来ない自縄自縛貴族『夜鷹』の継嗣ジーベック・ファルゲン。
これに、接待役である『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクトを加えた6名が此度のお茶会の参加者である。
男3名、女3名。バランスが良いとも言えようが、彼我の立場を考えれば滅茶苦茶だとも言えた。
貴族2人。商人2人。そして騎士が2人。この構成を余人が聞けば先ず、護衛付きの商談だと捉えたに違いない。
「それでは不肖、この行商人シズルめが進行を務めさせて頂きます!」
「いや完全に配役ミスでしょ。誰だよこいつに任せたの」
「どうしてもやりたいと仰られたので、それなら是非に、と……えへへ」
「ゲルダ・クラインまたお前か……っ!!」
「はい外野うるさいですよー。それでは若様開会の御挨拶を……!」
貴族の。それも侯爵家の次期当主に商人の身分でうるさいとか言えるのも、彼女位の物だろう。
リサが頷きながら素早くメモを取る傍らで、そんなやり取りは見なかった様にアルベイルが立ち上がった。
「此度の会はこの3年を労う為、護衛士ゲルダの発案により開催する事が決まった。
貴族としての催しではない。故、堅苦しい事は言わぬ。職務は一旦忘れ楽にせよ。俺も適当な所で執務に戻る」
(((((自分が一番職務を忘れきれていない……っ!)))))
『黒鋼竜』の挨拶に、彼以外の茶会参加者の心は一つになった。
そうして恐らく、この瞬間が一番彼ら彼女らの心が団結出来ていた瞬間に違いなかった。
■
――――敢えて照明を落とした室内を蛍光色の光が切り裂く。
「こちらが、ベイカー商会の新紋具。ヴェルクリエ式点灯指示杖です……!」
「おおっと、ここでリサ様の秘密道具が登場しました!
さてさてリサ様。此方の商品の特徴と同規格商品との差別点を教えて頂けますでしょうか!」
「はいシズルさん! まずこの指示棒は内臓した屑輝石を触媒に内臓澱を用い。
この切替機構を押す事で点灯。離す事で自然と消灯する仕組みとなっています」
「おお、これは光度も高く黒板も綺麗に照らせそうですね。でも、お高価いんでしょう?」
「いいえ、あくまで庶民でも手が届くお手頃価格を追求しました。今の所この辺の価格帯で――――」
「あ、駄目駄目リサ様。そこはもうお値段ドン、で良いんですよ。はいもう一回!」
「わ、分かりましたシズル教官! ではお値段ドン!」
「何とこれはお買い得ー! 限定30本でのご提供となります。今だけですよー!」
「わあ、凄い凄い1本。いえ2本下さい! リサちゃんすっかり立派になって……っ」
点灯式指示杖を両手に持って親友の成長へ万感の想いを禁じ得ないゲルダに。
突然始まった茶番に全く付いて行けていないジーベックが遠い目で呟いた。
「……僕は、今一体何を見せられているんだ?」
「何も分からん。今俺に分かるのは、この『同盟』土産のかりかりした焼き菓子が矢鱈と甘い事くらいだ」
「疲れてるなら茶会に参加してないで休みなよ亜人」
女子の華々しさと半比例関係でもあるかの様に。男性陣二名が正しい茶会に興じる傍ら。
静謐な眼差しを向けていたアルベイルが手元の綿紙に素早く記した内容を受け、家令長がそれをリサに差し出す。
「ご主人様は、内臓澱が切れた場合に備えての外部取り換え機構の実装をお望みです」
「それは、仕組みが複雑化して大型化を余儀なくされそうですが……」
「取り換え装置を大型化する事で補って、端末を今の大きさで維持出来ませんかね?」
「ああ、なるほどー……分かりました。開発部隊と相談して御返答させて頂きます」
「で、あれば28本購入しよう。先行投資だ」
「はい、お買い上げありがとうございまーす!!」
『黒竜候』は案外順応していた。そしてまさかの大人買いだった。この場合大人気無い買いかもしれない。
それを眺めるジーベックとナハティガルは静かに。そして大きく頷いた。
「やはり、どんな茶番だとしても部下の話は誠実に聞く器がこれからの貴族には必要だよね」
「そうだな。良く考えてみればあの紋具も使いようによっては目潰しに効果的と言う気もして来る」
「その使い方明らかに用法間違えてるよ亜人」
掌がくるくるし過ぎて手首から取れそうな2人の、着地点が見えない会話は続く。
■
宴も酣。お茶会は踊る。されど進まず。
「それでゲルダ様、御二人の関係は何処まで進んでらっしゃるんですかぁー?」
「ど、どこまでって……どこまで、でしょうか」
「……ヴェルクリエ、か?」
「あ。それは最近で一番距離があった遠征先ですね」
「あれ、ゲルダちゃんとナハティガルさんのお二人で? 何の用事で向かわれたんですか?」
「新しい筆記具を研究している芸術家さんにお話を聞きに行ったんですよ。スライムを使った」
「それは何かこう、少しぞわぁ……っとする話ですね」
気付けば『黒竜侯』の姿はない。女三人寄れば姦しい、などとシャルガネでは言うそうだが。
とは言え男が一人減ったならその後の話題の向き先も、自然とある程度の指向性から逃れられない。
「あーはいはいはい、そういうボケは良いんです。はい元の道途に戻しますよー」
「「えー」」
「えーじゃありません。お姉さんには若者の恋話からしか摂れない若い力が必要なんですっ!」
「お姉さん……ねえ」
「あ、今何か聞き捨てならない言葉が聞こえましたよジーベック様! 何が言いたいんですかっ」
「はっ、別に……!」
「別にって顔じゃないでしょうこのー!!」
こういった場合。如何にして自分が被害を逃れるかが最重要焦点であり、抵抗は無意味である。
「そう言えばゲルダちゃんに、お誕生日の贈り物を持って来たんでした……!」
「今さり気なく戦線離脱しようとしたリサ様もお見合いが上手く運んだ様で、御成婚おめでとうございます?」
「! ……何処からそういう情報を仕入れてらっしゃるのか、真面目に質問しても構いませんか」
「うわ、目が本気じゃないですかリサ様。秘密です秘密、女の子には秘密が一杯!」
「女の子……?」
「だっかっら! さっきから何なんですかジーベック様はー! 言いたい事有るなら言えーっ!!」
「……そう言えばゲルダ。これを」
「? ……武器飾り、ですか? え、これもしかして」
「ああ、時間の捻出が難題でな。納得出来る物を造るのにギリギリまで掛かってしまったが……
どうにか完成が間に合った。誕生日おめでとう」
「……あ、ありがとうございます。嬉しい、です」
「……。」
「……あー、そっか。お前誕生日なんだな。じゃあこれやるよ」
「カスミソウの栞? え、ジーベック様何でこんな物持ち歩いて――――」
「偶々だよ偶々! あるだろ偶々衣嚢に入りっ放しになっていたとか、黙って受け取れ!」
「ひそひそ」「ひそひそ」
「何だこの女商人共、言いたい事が有るなら聞いてやるぞ相応の報いを与えてやるからなー……っ!」
■
とは言え。幾ら楽しい時間であっても。その終わりが永遠に来なければ良いと望んでも。
再開が有ればそれと等しいだけ。別れの時は必ずやって来る。
「リサちゃん、また遊びに来てね……!」
「ゲルダちゃんも、エスト・ポーラで待ってますから……っ!」
リサから贈られたお揃いの耳飾りを身に着け、ひしりと抱き合う二人に言葉は要らない。
……のかもしれないが、毎度の事となれば見ている面々は流石に慣れる。
「一体、何処の何からあんなに話題が出て来るんだ……」
「……分からん。或いは男には、永遠に分からんのかもしれん」
喋り続けて四時間。いわゆる“貴族的な”“上流階級の”茶会に慣れた面々は最早限界間近である。
さしものジーベックにも亜人がどうのと嘯く元気すらない。人は限界まで疲弊すれば分かり合える。
分かり合えるのだろうか。それはナハティガルにも良く分からない。
「では、これにて解散と言う事で、私はリサ様を見送りますのでお片づけはお願いしますねー」
「分かりましたっ!」
「勝手に分かるなゲルダ・クライン! 僕は帰るぞ! って言うか何で今回僕まで呼ばれたんだ!?」
「……なんかこう、流れで。でしょうか」
「帰るっ!」
実のところ。彼の今一つ抜けきらない差別意識改善の一助となればと思っての事だったが。
彼なりに思う所はあろうとも。長きに渡って育まれた常識を崩すのは容易ではない。
「では宿まで送ろう」
「要らない、もう子供じゃないんだ。何より亜人、今日の主役を放っといてそれは無いんじゃないか?」
振り返る事すらせず、流した眼差しで見遣るジーベックに。ゲルダとナハティガルが顔を見合わせる。
気を使われた、のだろうか。恐らくは。酷く、分かり難い素振りではあったが。
彼女は小人で、彼は亜人。この『王国』では。
そして『貴族』の常識においては、彼女ら。彼らは“ヒト”ではない。それはずっと当たり前だった。
けれど。それを当たり前だと受け入れてばかりでは何も変わらない。変えられない事を思い知って。
足掻いて、藻掻いて、苦しみ続けた3年間は。まだまだ、全く足りないと思っていた悪戦苦闘の日々は。
それでも。まるで無駄では無かったのかもしれない。人は、少しずつでも。変わっていけるのかも、しれない。
「……今更で、悪いんだが」
「はい?」
不思議そうに見上げたゲルダに。何処か彼方へ視線を向けたナハティガルが頬を掻く。
言おう言おうとは思っていて。この誕生日に当たって、どうにか機会を設けようとも思っていた。
けれど激務に追われどうしても好機を逸していた事。彼は漸く自分達だけが残された意味に気が付いた。
膝を付き、腰を下ろす。そうすると、丁度目線が彼女と合った。
「ゲルダ。俺は、これまでアンタが傍に居てくれた事に心から感謝している」
「はい」
「まだ、道は半ばだ。『竜』の一念が天意に通ずるのか、俺には読めていない。
『黒竜侯』もそうだろう。この先、どれほど苦難が待ち構えているか想像も付かない」
「……はい」
「それでも。……どうかこれからも、俺の傍に居てくれるだろうか」
それはとても不器用な言葉で。伝えたい事も分かり難く。思わず笑ってしまいそうにもなるけれど。
彼にとっては精一杯の。普段の彼を知っていればこそ、誠実に自分と向き合った言葉なのだと分かった。
「それは違いますよ、ナハティガルさん」
3年かけて、やっと“様”が取れたのだ。呼び捨てで良いと言われても。未だ大分恥ずかしい。
けれどそれは彼女の頑張りの集大成。やっと進みだした一歩分。
「わたしが、貴方の傍に居たいんです」
22歳になったゲルダは向かい合う銀の鬼へ。そう言って真っ直ぐに背を伸ばす。
この人といつまでも、ずっと一緒に居たいと思ったから。
金色の瞳がとても、とても近くに見えた。
歴史が変わる。とすら言われる程の戦いが終わり、国家が大きな転換期を迎えようとも。
人はそれほどは変わらない。かつてより常識とされて来た事は、それほど容易には変わらない。
新歴1227年、初夏。王国南部、『黒鋼竜』侯爵領。
領都『湖都』ラヴェルギア内館本邸内――――二階、応接室。
「リサちゃん、久しぶり……っ!」
「ゲルダちゃん、お招きありがとう……!」
『天剣』、或いは『竜の左翼』ゲルダ・クラインとベイカー商会の王国担当。リサ・ベイカー。
『学園』以来の親友同士がひしりと抱き合う。それは正に駆け出しの芸術家が絵に描く様な再会の構図だった。
感動で打ち震えるシズルが目元に手巾を押し当てるが別に泣いてはいない。
これを茶番で無く自然と出来るのが2人の強さだと言えば、それについては全く異論は無いが。
(……俺は、2人の邪魔になってはいないか)
最近、他人の情緒。と言う物に意識的に興味関心を向ける様になりつつある。
……と言うか、職務の都合上向けざるを得なくなって来た『竜の半身』。或いは『竜の右翼』と称される男。
ナハティガル・ラーは気が気ではない。そも彼は何故お茶会。等と言う貴族の戯れに自分が呼ばれたのか。
其処からして良く理解していないのだから尚更である。明らかに場違いではないだろうか。
「落ち着かないなら黙って茶菓子でも食べてなよ亜人」
その様を、呆れ半分蔑み半分で嘆息交じりに揶揄するのは彼以上に呼ばれた経緯の分からない。
けれど後学の為と考えれば無碍にも出来ない自縄自縛貴族『夜鷹』の継嗣ジーベック・ファルゲン。
これに、接待役である『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクトを加えた6名が此度のお茶会の参加者である。
男3名、女3名。バランスが良いとも言えようが、彼我の立場を考えれば滅茶苦茶だとも言えた。
貴族2人。商人2人。そして騎士が2人。この構成を余人が聞けば先ず、護衛付きの商談だと捉えたに違いない。
「それでは不肖、この行商人シズルめが進行を務めさせて頂きます!」
「いや完全に配役ミスでしょ。誰だよこいつに任せたの」
「どうしてもやりたいと仰られたので、それなら是非に、と……えへへ」
「ゲルダ・クラインまたお前か……っ!!」
「はい外野うるさいですよー。それでは若様開会の御挨拶を……!」
貴族の。それも侯爵家の次期当主に商人の身分でうるさいとか言えるのも、彼女位の物だろう。
リサが頷きながら素早くメモを取る傍らで、そんなやり取りは見なかった様にアルベイルが立ち上がった。
「此度の会はこの3年を労う為、護衛士ゲルダの発案により開催する事が決まった。
貴族としての催しではない。故、堅苦しい事は言わぬ。職務は一旦忘れ楽にせよ。俺も適当な所で執務に戻る」
(((((自分が一番職務を忘れきれていない……っ!)))))
『黒鋼竜』の挨拶に、彼以外の茶会参加者の心は一つになった。
そうして恐らく、この瞬間が一番彼ら彼女らの心が団結出来ていた瞬間に違いなかった。
■
――――敢えて照明を落とした室内を蛍光色の光が切り裂く。
「こちらが、ベイカー商会の新紋具。ヴェルクリエ式点灯指示杖です……!」
「おおっと、ここでリサ様の秘密道具が登場しました!
さてさてリサ様。此方の商品の特徴と同規格商品との差別点を教えて頂けますでしょうか!」
「はいシズルさん! まずこの指示棒は内臓した屑輝石を触媒に内臓澱を用い。
この切替機構を押す事で点灯。離す事で自然と消灯する仕組みとなっています」
「おお、これは光度も高く黒板も綺麗に照らせそうですね。でも、お高価いんでしょう?」
「いいえ、あくまで庶民でも手が届くお手頃価格を追求しました。今の所この辺の価格帯で――――」
「あ、駄目駄目リサ様。そこはもうお値段ドン、で良いんですよ。はいもう一回!」
「わ、分かりましたシズル教官! ではお値段ドン!」
「何とこれはお買い得ー! 限定30本でのご提供となります。今だけですよー!」
「わあ、凄い凄い1本。いえ2本下さい! リサちゃんすっかり立派になって……っ」
点灯式指示杖を両手に持って親友の成長へ万感の想いを禁じ得ないゲルダに。
突然始まった茶番に全く付いて行けていないジーベックが遠い目で呟いた。
「……僕は、今一体何を見せられているんだ?」
「何も分からん。今俺に分かるのは、この『同盟』土産のかりかりした焼き菓子が矢鱈と甘い事くらいだ」
「疲れてるなら茶会に参加してないで休みなよ亜人」
女子の華々しさと半比例関係でもあるかの様に。男性陣二名が正しい茶会に興じる傍ら。
静謐な眼差しを向けていたアルベイルが手元の綿紙に素早く記した内容を受け、家令長がそれをリサに差し出す。
「ご主人様は、内臓澱が切れた場合に備えての外部取り換え機構の実装をお望みです」
「それは、仕組みが複雑化して大型化を余儀なくされそうですが……」
「取り換え装置を大型化する事で補って、端末を今の大きさで維持出来ませんかね?」
「ああ、なるほどー……分かりました。開発部隊と相談して御返答させて頂きます」
「で、あれば28本購入しよう。先行投資だ」
「はい、お買い上げありがとうございまーす!!」
『黒竜候』は案外順応していた。そしてまさかの大人買いだった。この場合大人気無い買いかもしれない。
それを眺めるジーベックとナハティガルは静かに。そして大きく頷いた。
「やはり、どんな茶番だとしても部下の話は誠実に聞く器がこれからの貴族には必要だよね」
「そうだな。良く考えてみればあの紋具も使いようによっては目潰しに効果的と言う気もして来る」
「その使い方明らかに用法間違えてるよ亜人」
掌がくるくるし過ぎて手首から取れそうな2人の、着地点が見えない会話は続く。
■
宴も酣。お茶会は踊る。されど進まず。
「それでゲルダ様、御二人の関係は何処まで進んでらっしゃるんですかぁー?」
「ど、どこまでって……どこまで、でしょうか」
「……ヴェルクリエ、か?」
「あ。それは最近で一番距離があった遠征先ですね」
「あれ、ゲルダちゃんとナハティガルさんのお二人で? 何の用事で向かわれたんですか?」
「新しい筆記具を研究している芸術家さんにお話を聞きに行ったんですよ。スライムを使った」
「それは何かこう、少しぞわぁ……っとする話ですね」
気付けば『黒竜侯』の姿はない。女三人寄れば姦しい、などとシャルガネでは言うそうだが。
とは言え男が一人減ったならその後の話題の向き先も、自然とある程度の指向性から逃れられない。
「あーはいはいはい、そういうボケは良いんです。はい元の道途に戻しますよー」
「「えー」」
「えーじゃありません。お姉さんには若者の恋話からしか摂れない若い力が必要なんですっ!」
「お姉さん……ねえ」
「あ、今何か聞き捨てならない言葉が聞こえましたよジーベック様! 何が言いたいんですかっ」
「はっ、別に……!」
「別にって顔じゃないでしょうこのー!!」
こういった場合。如何にして自分が被害を逃れるかが最重要焦点であり、抵抗は無意味である。
「そう言えばゲルダちゃんに、お誕生日の贈り物を持って来たんでした……!」
「今さり気なく戦線離脱しようとしたリサ様もお見合いが上手く運んだ様で、御成婚おめでとうございます?」
「! ……何処からそういう情報を仕入れてらっしゃるのか、真面目に質問しても構いませんか」
「うわ、目が本気じゃないですかリサ様。秘密です秘密、女の子には秘密が一杯!」
「女の子……?」
「だっかっら! さっきから何なんですかジーベック様はー! 言いたい事有るなら言えーっ!!」
「……そう言えばゲルダ。これを」
「? ……武器飾り、ですか? え、これもしかして」
「ああ、時間の捻出が難題でな。納得出来る物を造るのにギリギリまで掛かってしまったが……
どうにか完成が間に合った。誕生日おめでとう」
「……あ、ありがとうございます。嬉しい、です」
「……。」
「……あー、そっか。お前誕生日なんだな。じゃあこれやるよ」
「カスミソウの栞? え、ジーベック様何でこんな物持ち歩いて――――」
「偶々だよ偶々! あるだろ偶々衣嚢に入りっ放しになっていたとか、黙って受け取れ!」
「ひそひそ」「ひそひそ」
「何だこの女商人共、言いたい事が有るなら聞いてやるぞ相応の報いを与えてやるからなー……っ!」
■
とは言え。幾ら楽しい時間であっても。その終わりが永遠に来なければ良いと望んでも。
再開が有ればそれと等しいだけ。別れの時は必ずやって来る。
「リサちゃん、また遊びに来てね……!」
「ゲルダちゃんも、エスト・ポーラで待ってますから……っ!」
リサから贈られたお揃いの耳飾りを身に着け、ひしりと抱き合う二人に言葉は要らない。
……のかもしれないが、毎度の事となれば見ている面々は流石に慣れる。
「一体、何処の何からあんなに話題が出て来るんだ……」
「……分からん。或いは男には、永遠に分からんのかもしれん」
喋り続けて四時間。いわゆる“貴族的な”“上流階級の”茶会に慣れた面々は最早限界間近である。
さしものジーベックにも亜人がどうのと嘯く元気すらない。人は限界まで疲弊すれば分かり合える。
分かり合えるのだろうか。それはナハティガルにも良く分からない。
「では、これにて解散と言う事で、私はリサ様を見送りますのでお片づけはお願いしますねー」
「分かりましたっ!」
「勝手に分かるなゲルダ・クライン! 僕は帰るぞ! って言うか何で今回僕まで呼ばれたんだ!?」
「……なんかこう、流れで。でしょうか」
「帰るっ!」
実のところ。彼の今一つ抜けきらない差別意識改善の一助となればと思っての事だったが。
彼なりに思う所はあろうとも。長きに渡って育まれた常識を崩すのは容易ではない。
「では宿まで送ろう」
「要らない、もう子供じゃないんだ。何より亜人、今日の主役を放っといてそれは無いんじゃないか?」
振り返る事すらせず、流した眼差しで見遣るジーベックに。ゲルダとナハティガルが顔を見合わせる。
気を使われた、のだろうか。恐らくは。酷く、分かり難い素振りではあったが。
彼女は小人で、彼は亜人。この『王国』では。
そして『貴族』の常識においては、彼女ら。彼らは“ヒト”ではない。それはずっと当たり前だった。
けれど。それを当たり前だと受け入れてばかりでは何も変わらない。変えられない事を思い知って。
足掻いて、藻掻いて、苦しみ続けた3年間は。まだまだ、全く足りないと思っていた悪戦苦闘の日々は。
それでも。まるで無駄では無かったのかもしれない。人は、少しずつでも。変わっていけるのかも、しれない。
「……今更で、悪いんだが」
「はい?」
不思議そうに見上げたゲルダに。何処か彼方へ視線を向けたナハティガルが頬を掻く。
言おう言おうとは思っていて。この誕生日に当たって、どうにか機会を設けようとも思っていた。
けれど激務に追われどうしても好機を逸していた事。彼は漸く自分達だけが残された意味に気が付いた。
膝を付き、腰を下ろす。そうすると、丁度目線が彼女と合った。
「ゲルダ。俺は、これまでアンタが傍に居てくれた事に心から感謝している」
「はい」
「まだ、道は半ばだ。『竜』の一念が天意に通ずるのか、俺には読めていない。
『黒竜侯』もそうだろう。この先、どれほど苦難が待ち構えているか想像も付かない」
「……はい」
「それでも。……どうかこれからも、俺の傍に居てくれるだろうか」
それはとても不器用な言葉で。伝えたい事も分かり難く。思わず笑ってしまいそうにもなるけれど。
彼にとっては精一杯の。普段の彼を知っていればこそ、誠実に自分と向き合った言葉なのだと分かった。
「それは違いますよ、ナハティガルさん」
3年かけて、やっと“様”が取れたのだ。呼び捨てで良いと言われても。未だ大分恥ずかしい。
けれどそれは彼女の頑張りの集大成。やっと進みだした一歩分。
「わたしが、貴方の傍に居たいんです」
22歳になったゲルダは向かい合う銀の鬼へ。そう言って真っ直ぐに背を伸ばす。
この人といつまでも、ずっと一緒に居たいと思ったから。
金色の瞳がとても、とても近くに見えた。