おじさんと歩んだアニエピカ 6

ディレイン・オールドケイジディレイン・オールドケイジ更新 2025年02月04日 14時13分58秒

ノートブック「おじさんと歩んだアニエピカ」

雑記過去

●おじさんが冒険者になるまでの話。//アニエピカを遊んできたPLの思い出や所感。そしておじさんの設定まわりの解説など。

おじさんと歩んだアニエピカ 6
●前回のあらすじ
 NPCマクシミリアン・ミルドと出会い、友人になって、窮地に来てくれるまでのお話。
https://alpaca-connect.com/world/world0/note/8310
 
●おじさんの話をしようか
 遅ればせながら、今回はおじさん本人についての話をしようと思います。冒険者になるまでの、つまりアニエピカが始まるまでの話です。

 今回のお話のなかには、公認設定をとったもの、シナリオで正史にしたもの、イラストやノベルで描写されたもの、ノートに書いたもの、今までPLの頭の中にしかなかったもの、が混在しています。その点を踏まえてお読みいただければ幸いです。
 
●おじさんの生い立ちと未来の養父母に拾われるまで
 おじさんは孤児です。物心がついた時にはひとりで生きていました。親の顔なんてもちろん知りません。居着いていた町には他にも孤児がいましたが、考え方が合わず、どのグループにも所属していませんでした。
 いわゆる幼児の間は、町の人たちの温情で生きながらえていました。でもそれも、孤児グループと喧嘩するまでに育ってしまえば厄介者として認識されて、おしまいです。1対1なら勝てる可能性はあっても、多人数で来られたらそうもいかず、おじさんはよさげな残飯の出る店などには近寄れなくなっていきました。店先に並ぶ商品や畑の作物を盗んだこともありましたが、もちろんその後は警戒されて手を出せなくなってしまいます。
 仕方がない、とその辺に生えている草を主に食べることにしました。腹を下すなど失敗を重ねますが、次第に慣れていきました。喧嘩で受けた傷の治りが早くなるなど、役に立つ草があることも知りました。お腹いっぱいにはなれなくても、なんとか生きていくことはできました。
 それがおじさんの油断を誘いました。よく食べていた草と似た毒草を、口にしてしまったのです。
 みるみるうちに全身状態が悪くなるおじさんの上に、折悪く雨が降り注ぎ始めました。命の灯火が消えるまでのカウントダウン。
 止めたのは、将来養父母となる人たちでした。
https://alpaca-connect.com/world/world0/note/1299
SS「はじまりの天井」
 
●養父母がおじさんを見つけるまで
 養父はEXC登録しています。名前はジェイムズ・オールドケイジです。
https://alpaca-connect.com/world/world0/?cId=0000005729

 本名ではありません。

 養父は王国の領地貴族であるクレビオン家の末息子でした。医術を生業とする家系にあってその才能を万全に発揮していましたが、クレビオン家の方針「高額報酬を支払える者のみ診る」に疑問を抱き続けていました。そんな彼を縛り付けるために政略結婚の話が出たことがきっかけとなり、当時から彼の助手をしていた養母とふたりで出奔したのです。
 まあそんな方針を受け入れる患者ですから、その診療内容も推して知るべし。外に出してはいけない情報を持つ者として、実家や後ろ暗い有力貴族から狙われるようになった養父母は、ひとつ所に留まることができなくなりました。名前を変え、旅をしながら行く先々で診療をする、遍歴医となったのです。

 彼らがおじさんを見つけたのは偶然でした。旅先の町で傷の治りがよくなる草の話を聞いて、その草が生えているという場所に向かったのです。うきうきで薬草を採取していた養父母ですが、雨が降ってきたからと切り上げて街へ戻ろうとしたところ、よく似た毒草が混じる一角で倒れている子供を見つけました。吐き戻した跡がある。抱き上げてみればひどい熱。顔色も悪くぐったりしていて反応がない。その子を連れて急ぎ町へと戻りました。
 
●3人での旅のなかで
 自分を助けてくれたふたりから名前をもらったおじさんは、衣食住が保証されるならと、彼らの旅に同行するようになりました。
 ただ、明らかに栄養が足りていないおじさんの体力を考えると、国を跨いでの大移動はおそらくできなかったのではないかと思います。
 クレビオン家当主が養父の実父から長兄へと代替わりした頃から、追っ手が来ることも減っていました。長兄は末弟の才能にコンプレックスを抱いていたので、そんな末弟を探したりしません。なので養父はおじさんの養育を優先することにしたのでしょう。

 養父母は行く先々で具合の悪い人や怪我人を診察し、大きな感謝を受けました。おじさんは何をするわけでもなく、ふたりがすることを見ていました。
 そのうち、おじさんは包帯を作るなど簡単なことから手伝いを始めました。手先が器用なようだし、草を食べ分けていたことなどから地頭も悪くなさそうだと考えた養父母は、おじさんに読み書きを教え始めました。将来どんな仕事をするにしても、読み書きができることははずれなく必要になるだろう、と思いながら。
https://alpaca-connect.com/world/world0/note/3053
SS「大事なもの」

 数年の間、3人の間柄は「遍歴医の夫婦と彼らに拾われた子供」から変わりませんでした。
 養父母はいつか手放すべき子、送り出すべき子としておじさんを世話していました。おじさんのほうも、まさかずっと世話になるわけにもいかないと考えていました。
 でも、おじさんの名前である「ディレイン」は、養父母が自分たちに子供ができたらとあたためていた名前です。結局子供はできず、助けたばかりの孤児に名前を贈ったのですから、できればうちの子に、とはずっと思っていたのでしょう。その思いは語らずとも自然と所作や言葉の端々に滲み、おじさんにもなんとなく伝わっていました。
 もしかして、いいのかな。
 誰一人として頼れる存在のなかったおじさんが、はじめて見つけた拠り所。
 患者に対する時とは違う顔で自分を心配するふたりのことを、おじさんは「父さん」「母さん」と呼ぶことにしたのです。
 この日は、おじさんの誕生日になりました。
https://alpaca-connect.com/world/world0/note/3935
SS「関係性の呼び方」
 
●ありし日の家
 養父母を父母と呼べるようになってからというもの、おじさんは手伝いに勉強にとさらに積極的になりました。読み書きも問題なくできるようになり、養父の蔵書に手を伸ばすようになっていました。草を食べていたせいか、とりわけ植物に興味があったおじさん。何か植物に関わる仕事をするという選択肢もありました。でも結局選んだのは、養父と同じ、医者でした。大変なのは養父を見ていればわかる。勉強もまだまだ足りない。それでもおじさんにとって、医者の知識と技術が自分の命を救ったことはとても大きかった。そして同じように救われた患者たちの嬉しそうな姿に、自分も誰かを救う側になりたいと考えるようになったのです。
 養父母に打ち明けた日の夜は、養父が大泣きして大変でした。

 しばらくして、養父母は旅をやめました。おじさんの学びのためと、自分たちの衰えが理由です。雰囲気が好ましい集落の近く、森のなかの開けた場所に家を建てて、腰を落ち着けることにしたのです。

 それからの日々はまさしく平和と呼べるものでした。平屋で大きすぎずシンプルな作りの家でしたが、だからこそ家族を近くに感じることができました。
 朝は薬草を育てる畑の世話をし、昼間は集落へ診察に出かける養父母についていったり薬作りを学んだり、夜は自室で昼間の復習や新しい知識の拡充に余念がなく。
 合間に出てくるのは養母が作ってくれるおいしい食事。3人揃って食べることもあれば、弁当にして集落にいる養父のもとへ届けることもありました。
 実は途中で反抗期らしきものもあったのですが、反抗したままでは医者修行がしづらいことに気づき、さほど長くは続きませんでした。ただ名残で、養父母の呼び方が「親父」「おふくろ」に変わりました。
https://alpaca-connect.com/world/world0/characterNote/4152
SS「誰かのためのお茶」
 
●あの日の朝
 おじさんの年齢は、おじさんから拾われるまでの話を聞いた養父母が、栄養失調を踏まえた成長具合などから予測して決めたものです。
 そのおじさんが27歳くらいの頃。
 いつものように目覚めたおじさんでしたが、養父母の姿を見ることは二度とできなくなっていました。
https://alpaca-connect.com/world/world0/note/2649
SS「最後の背中」
 
 自分でSSは書きましたが、おじさんの絶望っぷりは何度あってもいいということで、作っていただいたノベルがこちら。↓↓↓
 

【我物】あの日の置手紙

 
●あの日から冒険者になるまで
 おじさんが自分の身に起きた出来事を受容するまでには、年単位の時間がかかりました。その間ずっと、本人的には今までと変わらない生活をして過ごしました。養父母からの手紙で頼まれていましたし、勉強や研究に没頭することでしか気を紛らわせることができませんでした。少しでも緩むと暗く重たい気持ちが顔をもたげ、特に夜、ひとりで家にいると狂いそうでした。
 実際、狂っていた時期もあったと思います。寝て起きることが怖くて、眠ることを極力避けていました。そうした異変は隠そうとしても次第に外見や挙動に表れ、集落の人たちにも心配されました。気絶するようにしか眠れない日々でした。

 そんなある夜のこと。おじさんの夢に、養父母が出てきたのです。
 影法師のような、はっきりとしない姿。けれど養父母だと確信できて、それなのに手を伸ばしても届かないし、言葉も交わせない。
 目覚めたおじさんは、涙を流していました。
 夢でなら会えるんだと、おじさんは気づきました。

 養父母に会うために眠るようになったおじさん、徐々に頭が働くようになりました。あの日のこと、ふたりからの置き手紙、それからの自分。思い出しながら、考えて、なお、置いていかれた理由がどうしてもわかりませんでした。
 わからない、でも、わかりたい。
 そのための一番の道は養父母と同じ遍歴医の道を辿ることだと思われましたが、旅に出ることは完全にひとりになるということ。この頃のおじさんにはその選択はできませんでした。
 そんな時、集落の店で食事をとっていたおじさんの耳に飛び込んできたのが、冒険者についての話だったのです。
 おじさんが慣れ親しんだ家を出ると決めるまでに、さほど時間はかかりませんでした。
アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0