最後の背中
ディレイン・オールドケイジ更新 2024年03月21日 21時28分16秒
SS過去
27、8歳。養父母との最後。 絶望ピン、手紙ノベルへのリンクあり。
一緒に暮らし始めてから何年経ってただろうか。森の中に建てられた質素な家も、だいぶ年季が入っていた。出入り口の扉は開け閉めのたびに蝶番が軋み、いつしかドアベルがわりになっていた。
親父とお袋も同じだった。初対面からして若くはなかったが、あの頃はもう、健康だと表現できる状態でも、終わりの兆しが見え隠れしていた。畑仕事や水汲みのように体力のいる作業が俺の担当になるのも自然の流れだった。
「戻ったよー」
あの日もそう、薬草畑の手入れを終えて戻ったんだった。
「ちょっと虫に食われてるのが出てきてたなあ。そろそろ対策しないと…なに、どうしたの」
いつもなら、俺が家の中に入るより先に蝶番の音で気づいたふたりから声をかけられるのに、その時は違った。紙? 地図? みたいなのを前にして額を突き合わせていた。特に親父が、稀に見る険しい顔をしていた。深い皺をさらに深くするように。
「ん、ああ、おかえり」
「おかえりなさい」
ようやく俺を見たふたりの表情は、その一瞬で取り繕われて、それで俺は、重大な何かを隠されたことを察してしまった。
「…どうしたの」
聞こえていなかっただろうから、もう一度問いかけた。
薬がね、と親父は応えた。
「凶作に見舞われた薬草があって、その薬草から作る薬が足りないらしい。うちはなるべく自前で対応してるけど、よそはそうもいかないだろう?」
「どの草? 余剰があれば提供してもいいんじゃないの」
特に問題のない会話――を装っていて、それをわかっていながら俺も乗っかっている、ということは、おそらく親父も気づいてたと思う。
凶作で薬が足りていないこと自体は嘘じゃないと思えた。その上で、その延長線にあるものを親父は隠していた。
対象の薬草はこれとこれで…
それなら順調に育っててもう少しで収穫できる…
多めに提供しても問題なさそうか…
「よし、ちょっと薬棚を確認してくるかな」
よっこいしょと椅子から立ち上がった親父が奥の部屋へ向かったのを機に、俺も畑仕事で汚れた服を着替えるため別の部屋に向かった。
今となっては確かめることもできないが、その時だったんだろうな。眠り薬を準備したのは。
夕食はいつも通り、お袋が作ってくれた。3人でテーブルを囲んだ。濃いめの味の煮込み料理。仕込みやすかっただろうと思う。
いつもよりも早めに眠気が来た。ふたりの隠し事が気にはなったけど、眠くてどうしようもなくて、明日聞けばいいかって呑気な選択をした。ふたりにおやすみと言って、ふたりからもおやすみと言われて、俺は自室に引っ込んだ。
俺の背中を、ふたりがどんな顔で見送っていたかはわからない。
気絶するように眠りに落ち、夢も見なかった。
気がつけば朝に鳴く鳥の声がしていた。寝坊したかと慌てて起きた。その頃はやけに早起きするようになっていたふたりに朝の仕事をやらせてしまったかと…でも、人の気配を感じられないほど、とにかく静かだった。
一気に胸がざわついた。部屋を出て、ふたりを呼ぶも返事などなかった。見てまわると俺の部屋以外はどこもきれいに整えられていて、台所に俺の朝食だけ用意されていて、昨夜3人で食事したテーブルには手紙が置かれているのを見つけた。
間違いなく親父の字だった。
ある村が流行病に陥っていること。かなり感染力が強く、村全体が危険な状態だということ。
昨夜話していた薬草から作る薬が効くが、凶作による影響があるうえに、診る側の手も足りていない。
だから自分たちが薬を持って行ってくる、と。
「は…?」
危険だとわかっていても、患者が待っているなら行く。親父はそういう医者だ。そんな親父についていくのがお袋だ。
そこまでは理解できた。問題なかった。
じゃあ俺は。なんで俺は。
「置いて、いかれた…?」
薬が足りなくなるかもしれない、その時は連絡する、それまで薬草畑の面倒を頼む。もっともらしい言葉が並んでいたけど、ならなんで、出発前に教えてくれなかったのか。
その頃の俺はまだ、知識も技術も親父に遠く及ばなかった。何より経験が足りてなかった。でも薬を煎じることはできたし、経験を積むためにも連れて行ってくれたらよかった。
なんで。なんで。
やり場のない感情を拳にこめて、テーブルに叩きつけた。
なんで置いていかれた?
なんで教えてすらもらえなかった?
――俺はそんなにも頼りにならなかったか。
なんで。なんで。なんで。
「畑…そうだ、畑を見に行かないと…」
自問自答を繰り返したのち、頼まれたことをこなすことにした。そうすることでしか保てなかった。
そこからは記憶に自信がない。
親父とお袋も同じだった。初対面からして若くはなかったが、あの頃はもう、健康だと表現できる状態でも、終わりの兆しが見え隠れしていた。畑仕事や水汲みのように体力のいる作業が俺の担当になるのも自然の流れだった。
「戻ったよー」
あの日もそう、薬草畑の手入れを終えて戻ったんだった。
「ちょっと虫に食われてるのが出てきてたなあ。そろそろ対策しないと…なに、どうしたの」
いつもなら、俺が家の中に入るより先に蝶番の音で気づいたふたりから声をかけられるのに、その時は違った。紙? 地図? みたいなのを前にして額を突き合わせていた。特に親父が、稀に見る険しい顔をしていた。深い皺をさらに深くするように。
「ん、ああ、おかえり」
「おかえりなさい」
ようやく俺を見たふたりの表情は、その一瞬で取り繕われて、それで俺は、重大な何かを隠されたことを察してしまった。
「…どうしたの」
聞こえていなかっただろうから、もう一度問いかけた。
薬がね、と親父は応えた。
「凶作に見舞われた薬草があって、その薬草から作る薬が足りないらしい。うちはなるべく自前で対応してるけど、よそはそうもいかないだろう?」
「どの草? 余剰があれば提供してもいいんじゃないの」
特に問題のない会話――を装っていて、それをわかっていながら俺も乗っかっている、ということは、おそらく親父も気づいてたと思う。
凶作で薬が足りていないこと自体は嘘じゃないと思えた。その上で、その延長線にあるものを親父は隠していた。
対象の薬草はこれとこれで…
それなら順調に育っててもう少しで収穫できる…
多めに提供しても問題なさそうか…
「よし、ちょっと薬棚を確認してくるかな」
よっこいしょと椅子から立ち上がった親父が奥の部屋へ向かったのを機に、俺も畑仕事で汚れた服を着替えるため別の部屋に向かった。
今となっては確かめることもできないが、その時だったんだろうな。眠り薬を準備したのは。
夕食はいつも通り、お袋が作ってくれた。3人でテーブルを囲んだ。濃いめの味の煮込み料理。仕込みやすかっただろうと思う。
いつもよりも早めに眠気が来た。ふたりの隠し事が気にはなったけど、眠くてどうしようもなくて、明日聞けばいいかって呑気な選択をした。ふたりにおやすみと言って、ふたりからもおやすみと言われて、俺は自室に引っ込んだ。
俺の背中を、ふたりがどんな顔で見送っていたかはわからない。
気絶するように眠りに落ち、夢も見なかった。
気がつけば朝に鳴く鳥の声がしていた。寝坊したかと慌てて起きた。その頃はやけに早起きするようになっていたふたりに朝の仕事をやらせてしまったかと…でも、人の気配を感じられないほど、とにかく静かだった。
一気に胸がざわついた。部屋を出て、ふたりを呼ぶも返事などなかった。見てまわると俺の部屋以外はどこもきれいに整えられていて、台所に俺の朝食だけ用意されていて、昨夜3人で食事したテーブルには手紙が置かれているのを見つけた。
間違いなく親父の字だった。
ある村が流行病に陥っていること。かなり感染力が強く、村全体が危険な状態だということ。
昨夜話していた薬草から作る薬が効くが、凶作による影響があるうえに、診る側の手も足りていない。
だから自分たちが薬を持って行ってくる、と。
「は…?」
危険だとわかっていても、患者が待っているなら行く。親父はそういう医者だ。そんな親父についていくのがお袋だ。
そこまでは理解できた。問題なかった。
じゃあ俺は。なんで俺は。
「置いて、いかれた…?」
薬が足りなくなるかもしれない、その時は連絡する、それまで薬草畑の面倒を頼む。もっともらしい言葉が並んでいたけど、ならなんで、出発前に教えてくれなかったのか。
その頃の俺はまだ、知識も技術も親父に遠く及ばなかった。何より経験が足りてなかった。でも薬を煎じることはできたし、経験を積むためにも連れて行ってくれたらよかった。
なんで。なんで。
やり場のない感情を拳にこめて、テーブルに叩きつけた。
なんで置いていかれた?
なんで教えてすらもらえなかった?
――俺はそんなにも頼りにならなかったか。
なんで。なんで。なんで。
「畑…そうだ、畑を見に行かないと…」
自問自答を繰り返したのち、頼まれたことをこなすことにした。そうすることでしか保てなかった。
そこからは記憶に自信がない。