ある日の会話
ゲルダ・クライン更新 2023年02月14日 10時45分41秒
ゲルダ・クライン:夢を、見たんです。 ナハティガル=ラー:……夢? ゲルダ・クライン:【神の祝福】を授からず、冒険者にもなっていなくて。学園で生活をしている夢でした。 ナハティガル=ラー:以前のように、か――。 ゲルダ・クライン:はい。不思議ですよね。少し前まではそれが普通だったのに、そこにナハティガル様がいなくて。……寂しいな、と。そう、感じたんです。 ゲルダ・クライン:ナハティガル様は、……もしわたしがいなくなったら、どうしますか? ナハティガル=ラー:……以前の生活に戻るだけだ。 ゲルダ・クライン:前の、生活―― ナハティガル=ラー:ああ。時間と共に記憶は薄れゆく。まずは声だ。そして顔。最後に匂い。確かに近くにあったはずの、隣にいて当然だった存在が、夢の中でしか思い出せなくなっていく。――それすらも、日が経つごとに薄れていくがな。 ゲルダ・クライン:……ジーナ様、みたいに? ナハティガル=ラー:そうだ。薄情だと感じるかもしれんが。――そんな存在が、また一人増えるだけだ。 ゲルダ・クライン:いいえ。きっと、そういうものなんです。……これからもナハティガル様のお傍にいられるように、がんばらないとですね。 ナハティガル=ラー:ああ。俺も、アンタがいなくなることを望んではいない。 ゲルダ・クライン:えへへ。……ごめんなさい、変なお話をしちゃいました。 ナハティガル=ラー:――いや、構わない。 ナハティガル=ラー:俺は、……以前のような地獄を、何かを失う痛みを、味わいたくはない。――だから、死ぬな……。 【担当VA】南原光香、油男
二人並んで星を見上げながら。あるいは雪景色を眺めながら。
ぽつり、と。ゲルダ・クラインが零すように口を開く。
「夢を、見たんです」
「……夢?」
問いかけるかのように聞き返すナハティガル=ラー。
そんな彼に対してこくりと頷いて。夢の内容を思い出し、頭の中で思い描くように。
「【神の祝福】を授からず、冒険者にもなっていなくて。学園で生活をしている夢でした」
「以前のように、か――」
それは、冒険者になる前のゲルダの日常。
一人でいることが当たり前で。隣にいる彼も、その時の彼女の世界には存在しなかった。
寂しげに、それでも今この場所に彼がいることに安堵しながら、静かに続きを語る。
「はい。不思議ですよね。少し前まではそれが普通だったのに、そこにナハティガル様がいなくて。……寂しいな、と。そう、感じたんです」
それからしばしの沈黙の中で、ふと浮かんだ考え。
例えば、……わたしがいなくなったら、彼はどう感じるんだろう。
少し悩んだ後に、不安げに問いかける。
「ナハティガル様は、……もしわたしがいなくなったら、どうしますか?」
そんな彼女の問いに、ナハティガルはしばらく考えた後で、ぶっきらぼうに言い放つ。
「……以前の生活に戻るだけだ」
「前の、生活――」
彼女を突き放すというよりは、上手く感情に出せずに不器用な言い方となったような印象。
そんなナハティガルの言葉を、その真意を汲み取ろうと復唱するゲルダ。
「ああ。時間と共に記憶は薄れゆく。まずは声だ。そして顔。最後に匂い。確かに近くにあったはずの、隣にいて当然だった存在が、夢の中でしか思い出せなくなっていく。――それすらも、日が経つごとに薄れていくがな」
当時を振り返るように語るナハティガル。何物にも代えられない大切な存在。それを失った痛み。それすらも、時間という波が残酷にすべてを洗い流していく。
残ったものは、確かに彼女はそこにいたという、たったそれだけの事実。
ゲルダには、ナハティガルが誰の事を語っているのかに心当たりがあった。
「……ジーナ様、みたいに?」
以前ナハティガル様に教えていただいた、ナハティガル様の大切なひと。
確認のように尋ねたゲルダに、頷くナハティガル。
「そうだ。薄情だと感じるかもしれんが。――そんな存在が、また一人増えるだけだ」
あるいは、ジーナ以外にもそのような存在があったかもしれない。
けれど、その記憶はすでに薄く。鮮明に思い出すことはもう叶わない。
今隣にいる彼女だって、きっと失くしてしまったら同じようになるだろうということを、――ナハティガルは、これまでの経験で嫌と言うほど実感していた。
「いいえ。きっと、そういうものなんです」
そんな彼に対して、ゲルダは首を横に振る。
誰かと一緒にいた幸せも、誰かを失った悲しみも、時間と共に薄れてゆく。
寂しくても、独りでも。いろいろなものを抱えるうちに、少しずつ零れ落ちてしまうもの。
それは、彼だけに当てはまるものじゃなくて、……きっと、誰でも。わたしでも、そうだと思うから。
それならば――。
「……これからもナハティガル様のお傍にいられるように、がんばらないとですね」
「ああ。俺も、アンタがいなくなることを望んではいない」
そんなゲルダの決意に、ナハティガルが静かに同意した。
「えへへ。……ごめんなさい、変なお話をしちゃいました」
「――いや、構わない」
しんみりとした空気を拭うように明るく謝罪するゲルダに頷いて、再び景色に目を向ける。
「俺は、……以前のような地獄を、何かを失う痛みを、味わいたくはない。――だから、死ぬな……」
何かに懇願するように漏れ出た小さなその声は、隣に佇む少女の耳に届くことはなく。風に溶けて消えていった。