それでも続く日々
伊治
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シナリオID:3508
オープニング
●エラトゥーン都市同盟フルーテッド
平和、そして春の訪れはこの街を華やがせる。
旬の野菜や果物を使った春のお祭りが開かれていて、どこもかしこも美味しそう。けれども、評判の店に行ってみたかった。
「あら、いらっしゃいませ」
冒険者がそのパン屋のドアを開けると、穏やかそうな女性が出迎えた。
奥では女性のご主人がパンを焼いていて、いい香りがしている。
ジャムを使ったパンが欲しい、と伝えてみると、女性は花のように微笑んだ。
「じゃあ、このイチゴジャムを練り込んだパンはどうかしら。これなら日持ちも多少するから」
マジカルポケットは持っているけれど、そういう気遣いは嬉しい。
冒険者は礼を言って、ジャムを練り込んだパンを購入した。
フルーテッドは聖霊節の時にはエーブレスキーバというケーキを楽しむというのは、ギルドの噂話で聞いたことがあった。
楽しみ方の一つにはジャムがあることも聞いていて、聖霊節の時にこの街を再び訪れてもいいかもしれない。
冒険者はパンをかじりながら、花咲き誇る街並みを歩き始める。
今日ゆっくり休んだら、リブラネスタへ帰って、休暇を楽しんでもいいだろう。
●水上都市アキュアリスタ
アキュアリスタのシーズンは冬季だ。
けれども、春には春の良さがある。咲き誇る花を見ながら遊覧船を楽しむことだってできるし、花と遺跡という景色を見るのも一興だ。
若い商人達が冬季以外のアキュアリスタを盛り上げていこうと意見を活発に交わしている。
誰かがチャリティーマーケットを開いてはどうかといった。平和になったとはいえ、その傷跡がすぐに癒える訳ではないのだから、自分達にできることをしようと。
それならば、各地で開いてみてはどうかという意見も挙がった。
冒険者ギルドへ相談した所、掲示し、各地で各地なりのやり方でチャリティーバザーやチャリティーコンサートを開催を呼びかけてみると言ってくれた。
若い商人達は、このアキュアリスタで何ができるだろうと相談し始める。
冬だけがアキュアリスタではない。
大陸にとって夜明け、いいや、冬を終えて春がやってきたのだから、自分達にできる春を考えよう。
●リーンエス王国カペル侯爵領
花の領地カペル侯爵領は春を迎え、花が美を競うように咲き誇っていた。
侯爵領では各街で特産品となる単花蜜が存在し、商業や観光業にも力を入れている。
「アカシアが綺麗に咲き誇りましたね」
町長が咲き誇るアカシアの花々に目をやり、微笑んだ。
この街ではアカシアの単花蜜が特産品となっている。
領都にも出荷するが、冒険者ギルドを経由してきたチャリティーバザーならぬチャリティーカフェでもアカシアの単花蜜を用いたスイーツを多く用意する。
蜂蜜を使って作ったチーズケーキは食べ歩きに向いたスティックタイプ。
シンプルに食べたい人向けにパンケーキやハニートーストもある。ヨーグルトやフルーツにかけるだけのものも喜ばれる。
実演販売のバウムクーヘンは見応えがあるし、お土産にもできる。
お土産といえば、ナッツの蜂蜜漬けなんかもいいだろう。
「領都のチャリティーコンサートに負けない位盛り上げていかないと」
町長が見つめた方角にはカペルの領都があり、チャリティーコンサートが開かれるはずだ。
チャリティーコンサートは領都にある劇場で連日開催される。
参加希望者は当日に参加申し込みを行い、抽選で演奏順が決められるとか。
花が舞う風に乗って、誰かの為に手を差し伸べる優しい調べが聞こえてくるだろう。
●学術都市ヴェルクリエ
その職人達は興奮の為踊り出した。
「チャリティーファッションショー!! 何て素敵な響き!!」
「演奏や演出もガッツリあるとか幸せですわね!!」
興奮気味の双子の姉妹は自分の夫(彼らも双子)を見た。
彼らもキラキラした顔で自分が手掛けた装飾品を手にしている。
「モデル探さないと!!」
ヴェルクリエらしい発言だが、腕は確かなので誰かが泣くことはないだろう。
チャリティーに関心高い商会が協力し合い、ヴェルクリエにある広場のひとつを会場にした。
モデルになっても思い出深いだろうし、スタッフになっても舞台裏を覗ける。勿論観客になって楽しみ、自分が着たらなんて思いを馳せてもいいだろう。
●エラトゥーン都市同盟リブラネスタ
各地でチャリティーで何かやるなんて話もある日、のんびりとする日があってもいい。
草むらに寝転ぶと、穏やかな風が鼻を擽っていく。
平和になった世界で、もうすぐ、冒険者ギルドへの登録義務はなくなる。
さて、どうしようかと思うけれど、睡魔には勝てず、ゆるりと眠りに落ちた。
ロスガリア大陸にとって、帝国事変後初めての春。
平和になった実感もじわじわ来ているけれど、時はそれぞれに過ぎていく。
誰にとっても等しく――そう、帝国事変に関係なく、日々は続いていくものなのだ。
さて――この日、『きみ』はどんな風に一日を過ごしている?
平和、そして春の訪れはこの街を華やがせる。
旬の野菜や果物を使った春のお祭りが開かれていて、どこもかしこも美味しそう。けれども、評判の店に行ってみたかった。
「あら、いらっしゃいませ」
冒険者がそのパン屋のドアを開けると、穏やかそうな女性が出迎えた。
奥では女性のご主人がパンを焼いていて、いい香りがしている。
ジャムを使ったパンが欲しい、と伝えてみると、女性は花のように微笑んだ。
「じゃあ、このイチゴジャムを練り込んだパンはどうかしら。これなら日持ちも多少するから」
マジカルポケットは持っているけれど、そういう気遣いは嬉しい。
冒険者は礼を言って、ジャムを練り込んだパンを購入した。
フルーテッドは聖霊節の時にはエーブレスキーバというケーキを楽しむというのは、ギルドの噂話で聞いたことがあった。
楽しみ方の一つにはジャムがあることも聞いていて、聖霊節の時にこの街を再び訪れてもいいかもしれない。
冒険者はパンをかじりながら、花咲き誇る街並みを歩き始める。
今日ゆっくり休んだら、リブラネスタへ帰って、休暇を楽しんでもいいだろう。
●水上都市アキュアリスタ
アキュアリスタのシーズンは冬季だ。
けれども、春には春の良さがある。咲き誇る花を見ながら遊覧船を楽しむことだってできるし、花と遺跡という景色を見るのも一興だ。
若い商人達が冬季以外のアキュアリスタを盛り上げていこうと意見を活発に交わしている。
誰かがチャリティーマーケットを開いてはどうかといった。平和になったとはいえ、その傷跡がすぐに癒える訳ではないのだから、自分達にできることをしようと。
それならば、各地で開いてみてはどうかという意見も挙がった。
冒険者ギルドへ相談した所、掲示し、各地で各地なりのやり方でチャリティーバザーやチャリティーコンサートを開催を呼びかけてみると言ってくれた。
若い商人達は、このアキュアリスタで何ができるだろうと相談し始める。
冬だけがアキュアリスタではない。
大陸にとって夜明け、いいや、冬を終えて春がやってきたのだから、自分達にできる春を考えよう。
●リーンエス王国カペル侯爵領
花の領地カペル侯爵領は春を迎え、花が美を競うように咲き誇っていた。
侯爵領では各街で特産品となる単花蜜が存在し、商業や観光業にも力を入れている。
「アカシアが綺麗に咲き誇りましたね」
町長が咲き誇るアカシアの花々に目をやり、微笑んだ。
この街ではアカシアの単花蜜が特産品となっている。
領都にも出荷するが、冒険者ギルドを経由してきたチャリティーバザーならぬチャリティーカフェでもアカシアの単花蜜を用いたスイーツを多く用意する。
蜂蜜を使って作ったチーズケーキは食べ歩きに向いたスティックタイプ。
シンプルに食べたい人向けにパンケーキやハニートーストもある。ヨーグルトやフルーツにかけるだけのものも喜ばれる。
実演販売のバウムクーヘンは見応えがあるし、お土産にもできる。
お土産といえば、ナッツの蜂蜜漬けなんかもいいだろう。
「領都のチャリティーコンサートに負けない位盛り上げていかないと」
町長が見つめた方角にはカペルの領都があり、チャリティーコンサートが開かれるはずだ。
チャリティーコンサートは領都にある劇場で連日開催される。
参加希望者は当日に参加申し込みを行い、抽選で演奏順が決められるとか。
花が舞う風に乗って、誰かの為に手を差し伸べる優しい調べが聞こえてくるだろう。
●学術都市ヴェルクリエ
その職人達は興奮の為踊り出した。
「チャリティーファッションショー!! 何て素敵な響き!!」
「演奏や演出もガッツリあるとか幸せですわね!!」
興奮気味の双子の姉妹は自分の夫(彼らも双子)を見た。
彼らもキラキラした顔で自分が手掛けた装飾品を手にしている。
「モデル探さないと!!」
ヴェルクリエらしい発言だが、腕は確かなので誰かが泣くことはないだろう。
チャリティーに関心高い商会が協力し合い、ヴェルクリエにある広場のひとつを会場にした。
モデルになっても思い出深いだろうし、スタッフになっても舞台裏を覗ける。勿論観客になって楽しみ、自分が着たらなんて思いを馳せてもいいだろう。
●エラトゥーン都市同盟リブラネスタ
各地でチャリティーで何かやるなんて話もある日、のんびりとする日があってもいい。
草むらに寝転ぶと、穏やかな風が鼻を擽っていく。
平和になった世界で、もうすぐ、冒険者ギルドへの登録義務はなくなる。
さて、どうしようかと思うけれど、睡魔には勝てず、ゆるりと眠りに落ちた。
ロスガリア大陸にとって、帝国事変後初めての春。
平和になった実感もじわじわ来ているけれど、時はそれぞれに過ぎていく。
誰にとっても等しく――そう、帝国事変に関係なく、日々は続いていくものなのだ。
さて――この日、『きみ』はどんな風に一日を過ごしている?
解説
●行先について
下記の選択肢の中からひとつだけ選んでください。
行先は自由行動です(各選択肢の説明は参考程度にどうぞ)
Aフルーテッド
同盟のやや北に位置する小さな街です。
街道に沿うようにスノードロップやクロッカスが植えられており、見る者の目を楽しませています。
現在街の各所で春の食べ歩き祭り開催中で、売り上げの一部が同盟の慈善団体に寄付されます。
名物
ジャムを練り込んだパンやケーキ、フルーツコンポート、フルーツキャンデー。
穏やかな空気なのでのんびりお喋りするのに向いているようです。
Bアキュアリスタ
ご存知水上都市。若い商人達の提案でチャリティーバザーが開かれる模様。
露店の他、屋台やアクセサリーの作成体験などもあるようです。
売り上げの一部はアキュアリスタにある孤児院に寄付されます。
宝石を扱った品や海産物の類はありませんが、近隣からも商人が来ており、賑わいを見せています。
疲れたら舟で水路を巡りながら遺跡を眺めてのんびりするのもいいかもしれません。
平和な賑やかさを楽しむのに向いています。
C-1カペル侯爵領にあるとある街
アカシアの単花蜜を特産物にしており、今が見頃のアカシアの祭りを開催中。
OPで出てきたスイーツの他、肉料理なども楽しめるようです。
C-2カペル侯爵領都
チャリティーコンサートが開催中。
参加制限はないので参加するもよし、観客として楽しむのも良し。
どちらも売り上げの一部はカペル侯爵領内にある孤児院や救貧院へ寄付されます。
Dヴェルクリエ
チャリティーファッションショー開催中。
モデル・スタッフも募集中。
モデルの方は
・男性衣装か女性衣装の希望。
・着たくない色。
のみ指定可能(職人によって好き放題着させられます)
※上記以上の指定は文字数の兼ね合いもあるのでお応えできません。
Eオールアドリブ
プレには「平和になった世界の休日」について、或いは同行者への心情を書いていただければ、その心情を基に全てアドリブで構成します。
公序良俗・世界観に反するような心情は反映できません。
行動の希望が少しでも記載あれば、他の選択肢へ割り振られます。
また、心情のおまかせ、白紙や一行のみについては対応が難しいですので、プレイングの半数以上埋めることができる方向けです。
この選択肢では、A~D以外の場所で過ごす場合もありますし、A~Dの場所で過ごす場合もあります。
プレイングを見て全て判断します。
マスターより
最後なのでふらりときました、伊治(ただはる)です。
選択肢はありますが、ほぼフリーアタックですので、お気軽にご参加いただければと思います。
できる限りご希望に副えるように執筆できればと思いますが、NPC関係のお話等お応えするのが難しい場合もありますので、難易度を『普通』とさせていただきます。
オールアドリブ選択肢は何をされても構わない方向けでもありますので、この点ご注意ください。
また、オールアドリブでなくとも、アドリブはほぼ確実にやります。
それでは、良き一日を。
リプレイ
今日という日が始まる。
平和になったロスガリア大陸においては、当たり前のように続くであろう今日という日が昨日という日に見守られて始まる。
『きみ』は、今日という日をどのように過ごし、明日という日に向かって歩いてくのだろう。
どうか、『きみ』の今日という日を教えてくれないだろうか――
●俺が願う日々
海神 江流――かつての自身の名前は、今となっては冒険者としての名義となっている。
(名義変更したら、俺の名前は完全に消えてしまうが)
リヴァマス伯爵の養子になり、そして――
(結婚したら冒険者としての名義も変えるべきだろうか)
メリットデメリット両方あるから、この辺りはよく考えて判断した方がいいだろう。何しろ、貴族としてはまだまだなのだから。
……と、ここまで考えた江流は肩に乗っていた揺満月から抗議の羽ばたきを食らった。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
自分の起源を忘れない為、辿っておきたい。
江流の旅の申し出は、今後彼が故郷へ足を運ぶ機会が激減すると思われるからこそ、条件付きではあったが、受け入れられた。
既に帰る家のないシャルガネは亡き妹の墓前への報告のみに留まった。彼女の心は最早自由にロスガリアを駆け巡ってると江流は信じているけれど、あの子の心の故郷は海が見えるかつての家だろうから。
通り過ぎたといってもいい程の滞在の後、江流は今アキュアリスタへやってきている。
「ここは水路がある分涼しいだろう」
揺満月は雪の精霊とも言われる鳥で、暑さには強くない方で調子を崩すこともありえると言われている。
王国の気候は穏やかな部類であるが、それはあくまで江流の尺度だ。様子を見ながら学園に預けることも検討しないといけない。
(もしくは、領内に氷室があるかどうか確認した方がいいか)
氷室があるならば、揺満月の別荘について相談してみよう。
「バザーも見ていこう」
揺満月が小首を傾げてみせるので、江流は「風景画が欲しくて」と目的を伝える。
「この地に行くことができない誰かの為にこの光景を伝えたいと誰かが絵にしているかもしれないから」
水に彩られたこの街は婚約者に見せてやりたい光景の1つだ。
けれども、領主が自領からそう離れることなどできないことも知っている(某蒼玉の麗人の家は王国の中でも毛色が違うと改めて知った)
ならば、こういう形で世界を伝えてもいいと思うのだ。
「あの子が見て回りたかった世界の1つにここも入っていたと思うし、俺も覚えておきたい」
そうして、バザーを巡っていくと、絵のカードをセットにしたものが売られていた。
1枚だけ色づいているが、他は色がなく、売っていた商人が言うには画家の希望で購入者が好きに色を乗せていいようにしたのだそうだ。
「……そんな風に伝えてもいいかもしれないな」
俺がこのカードと同じ景色を見たことを話しながら、彼女に無色の絵を彩ってもらう。そうした時も持てるようにあらねばならない。
世界を巡って情報を持ち帰るのか、それとも領内に留まり彼女の心の安寧を保つべきなのか、侯爵の夫としてどちらが正しいのかは江流にはまだ判らない。
それは、相談して決めていくべきこと。
共に時を刻むということは、そういうことだ。
「お前好みの鉱石はドワーフ王国でな」
江流は揺満月へそう語り掛ける。
義手と義足を作ってはどうか――迷子の3歳児と変わらないと言われたあの青年へその道を示した1人である江流は彼の夜明けも改めて見たかった。
動乱の世は終わり、その道こそ必要とされる世になって欲しかったから。
「ん? どうかしたのか?」
江流は揺満月がじっと何かを見ていることに気づき、視線をやった。
共に生徒会を駆け抜け、今期は会計となる彼女が親友と共にゴンドラから手を振っていることに気づき、江流は通り過ぎるゴンドラに向かって手を振った。
こういう日々は、ずっと続いてほしいと願って。
●2人分かち合う日々
アキュアリスタの水路が日差しを受けてキラキラ輝いている。
そのキラキラとした輝きと同じ位エルシー・サリバンの瞳は輝いていた。
「ネネ~♪ 生徒会でも忙しいのに時間を作ってくれてありがとう」
「エルと二人きりでのお出掛けは久しぶりですわね。こちらこそ時間を作って下さって有難う御座います」
学園の寮は同室だし、授業だって共に受けている。
けれど、ネーヴェ・グラヌローザは前年度生徒会庶務に引き続き、今年度は生徒会会計として忙しい身だ。
解ってはいるけど、一緒にお出かけできないのは寂しい――などと、エルシーが親友でもある彼氏に対してしょんもりしていたのは内緒である。
ネーヴェが今日の幸せへ踏み出し、半分引き受けた寂しさが軽くなったことの方がエルシーには大切なことだったからだ。
今日はお互いの彼氏抜き、女の子同士で楽しまなきゃ損!
「わ、このケーキ、シンプルなのに美味しい! ネネも食べてみない?」
「まあ、本当ですわ。それに、シフォンケーキとも違いますわね。こちらの方がふわふわしているような」
「はは、シフォンケーキと違って蒸してるからね」
エルシーからケーキを一口貰ったネーヴェが不思議そうに感想を言うと、商人が蒸しケーキなのだと教えてくれた。
「ここまでの味は無理でしょうが、王国でもできるかもしれませんわね」
「彼氏にプレゼントしてもいいかも」
そんな会話だって女の子同士のお出かけじゃないとできやしない。
「先程はエルからいただいたのですから、今度は私の番……こちらをどうぞ」
「アンコロモチ! クリームとは違う甘さがあるよね」
アキュアリスタのチャリティバザーを聞きつけてシャルガネの商人達が売るアンコロモチの甘さは王国で馴染みのある甘さではない。アンコの向こうにあるお餅だってびよんと伸びるのが不思議だ。
2人のやり取りを見ていたシャルガネの商人がニヤリと笑う。
「お2人……醤油と餅の相性の良さを知らないと見える。少し先に行ってみな。焼き団子の魔力を知ることになる」
2人は言われるまま行き、美味しそうな香りで列を作る屋台を見つけ、思わず並んだ。
「シャルガネの依頼はあったし、足も運んでいたけど……」
「……焼き立てって魔法ですわね……」
――とても美味しかった。
「露店も見て回ろうよ。アクセサリー見たい」
「いいですわね。普段使いできるようなものがあれば買いたいです」
軽食にもできるお団子を食べたら、お腹が少し一杯になって来たのでまだまだ食べ歩きもしたいけどお腹空かせるためにアクセサリーの露店を巡ることにした。
チャリティバザーの色合いがあるからか、見た所高価なものはなく、普段使いを考えればその方が逆に良い。
と、エルシーが何かに気づいた。
「あ! ネネ、あのシルクフラワーの露店見て!」
ネーヴェも顔を向けてみると、広場の一角、女性客を中心に足を止めている露店がある。
自分で選んだ造花を髪飾りにできる露店らしく、青年が恋人の髪と花を見比べてああでもないこうでもないと悩んでいたり、女の子同士が華やいで花を組み合わせていたり。かと思えば、花を組み合わせて似合うかどうかとはにかむ少女や花の前にどういう訳か立ち尽くしている少年がいたり。
「お互いをイメージして贈り合うのはどうかな」
「素敵ですわね!」
こうして、2人も花飾りの露店へと足を運んだ。
(ネネは華やかさの中に清楚さと大胆さが見え隠れするから)
エルシーはそう思いながら白の芍薬へ手を伸ばす。
ネーヴェから話を聞いただけで残念な思いをしたのだけど、ヴェルクリエで赤い芍薬が描かれたユカタドレスを着たと聞いたことがある。普段着ない色で新鮮だったが、青に合うであろう紫の芍薬にはよくない意味合いがあったから良かった、とも。
蔓をベースに白い芍薬にブルースターとデルフィニウムといった青い小花を寄り添わせ、ティアドロップブーケ風の花嫁の花冠になるよう細いリボンで纏める髪飾りを手の空いていた女性の職人に頼むと、ネーヴェを見た彼女は「彼女の髪に似合うわね」と微笑んだ。
「でしょ?」
何を着けても似合うけれど、ネネは今輝いているもの!
(エルは明るくいつも元気をくれて、そして時には道導にもなってくれる、まるで夜空に光るお星様のような人)
選ぶなら、元気な印象を与えるガーベラだろう。
黄にオレンジのビタミンカラーも入れて、ガーベラを輝かせるように霞草とガラスビーズを選ぶと、エルシーが女性職人とやり取りしている隙に老齢の職人へ声を掛けた。
「白はあんたかい」
「ええ。私はいつも元気を貰ってますから。私の色も添えたくて」
「そういう友達は大事にしな」
ネーヴェはにやりと笑う職人に微笑んだ。
「ええ、勿論」
エルが抱きしめてくれたから、今日の私がいる。
「エヘン、ネネにこれを進ぜよう」
「やっぱりエルには明るい色が似合いますわ」
「ありがとう可愛い!」
お互いの髪を彩り合い、似合う似合うと華やいだ彼女達はその気持ちのままゴンドラでゆっくり休憩することにした。
水路を走る風を楽しみつつ、2人で話していると、ネーヴェがふと何かに気づく。
「海神さんですわね」
「本当だ、もうすぐ結婚するんだっけ」
同じ学園生だが、人生では彼は大幅に先輩なので、結婚自体は珍しくない。伯爵家の養子になって侯爵家に婿入りは珍しいかもしれないけど。
結婚……ネーヴェがエルシーが見つめた髪飾りに手を触れた後、小さく笑い合い、それから彼が手を振り返すまで手を振った。
やがて、ゴンドラは星導の塔を正面に臨む水路へと差し掛かった。ネーヴェの中にあの日が鮮やかに蘇る。
「また登りませんか?」
「うんっ! 登りたい!」
エルシーの答えなんてひとつしかない。
星と月が捕まえられそうな夜、一緒の毛布に包まり、語り合った。
あの日の祝福の鐘の音色はとても澄んでいた。
――塔からの景色は様々なことを蘇らせる。
あの日だけじゃなく、出会ってから今までのこと全部。
「エルは初めて会った時からずっと、私のことを助けて下さいましたわ」
「だって、ネネは出会った時からずっと大人で素敵な人で私もそう成りたいと憧れたもの」
「それは私の言葉ですわ」
誰に対しても親切で、でも自分の意見をしっかり持ち、時には背中を押してくれたエルシーは、強くて、優しくて、可愛いひと。
「私だって」
喪失していた記憶には忘れたいことがあった筈。
それなのに、微笑っていた。
取り戻しても変わらなかった。
喜びだけでなく悲しみも受け止め、昇華させて、もっと素敵になった。
「私はあの時より成長できてるかな?」
これからもネネの友達でいられるように一緒に成長していきたい。
「エルはずっと成長してますわ」
一緒に成長したいのは私も同じ。
そうして、2人はお互いの言葉を確かめるようにぎゅっと抱きしめた。
寂しさは半分になるよう分かち合いましょう。
けれど、喜びは倍になるように分かち合いましょう。
こうしてお互いを感じる時間はずっとずっと続けていくのだから。
……ずっとずっと大好きよ。
●2人奏で合った日々
リーンエス王国カペル侯爵領都にあるその劇場は多くの人で賑わっていた。
連日開催されるチャリティコンサートは青薔薇の芸術祭とはまた違った趣がある。
「今の演奏者、シルヴィのフィドルを仕上げてくださった職人さんだっけ」
「ああ。彼は有望な職人だ」
舞台裏でキオルティスが一礼している演奏者を見ると、キオルティスから贈られた手鏡で容姿の最終確認をしていたシルヴィア・A・カペルが顔を上げて微笑んだ。
シルヴィアのフィドルを手掛けた職人は今日ヴェルクリエで開催されるチャリティーファッションショーのドレスも手掛ける職人とも懇意なのか、彼の舞台衣装はその職人達の作品だ。
空から湖に至るようなグラデーションのスーツに袖口に白いバラが浮かび上がるようなスーツ姿を見ていると、感情が高ぶるとフィドル奏でまくるとは思えないが――
「次は我らの蒼玉姫が音楽で縁を紡ぐ友と共に歌を奏でましょう。皆様もカペルらしくお出迎えください」
フィドルを奏でられ、登場を促されると、シルヴィアは「私の青薔薇に出し抜かれた」と苦笑交じりにキオルティスは「流石はシルヴィの青薔薇」と楽しそうに舞台へ上がっていく。
――『何れ飾らん 我等の白髪を薔薇の冠で』――
舞台には青薔薇が咲き誇り、咲き誇る未来の青薔薇は国境なき風の吟遊詩人と共に姿を現す。
主旋律を奏でるのは、キオルティスの白い竪琴。そして、シルヴィアのフィドルが風を奏でる。
花のようにキミが笑った
思い出の風運ぶよ
未来の為に過去を振り返るような、切なくも澄んだメロディは何が起こるか判らない不安と進むからこそ起こる別れの予感を想起させるもの。
明日の記憶の匂い辿って
自由の中 期待はらませ
(別れは間違いじゃない)
このチャリティーコンサート後、キオルティスは吟遊詩人として旅に出る。
シルヴィアとはカペルに立ち寄るまで、否、その縁がなければ出会うことはなくなるだろう。彼女は間もなく侯爵になる……そう簡単にはいかないことは理解している。
冒険者として出会い、何度も演奏してきた。心寄り添わせて音を重ね、想いを、時を分かち合った。楽しくて仕方なかった。
(俺は、シルヴィの力になれていただろうか)
多くの依頼を通じ、キオルティスはシルヴィアという個人を知った。
シルヴィアの優しさや強さはその考え方を通じて知り、鼓舞された。
何処へでも行ける
何処までも行ける
そう、自由な風のように。
キオルティスとシルヴィアは音を奏でながら回ると、大輪の薔薇が花開くイメージした衣装が華麗に花開く。
キオルティスのアンクルベルが朝露が落ちる瞬間を奏でるように、シルヴィアの祝福のブレスレットが朝露を受けて輝くように。
彼らの音楽は、どこまでも花開く。
この想いと一緒なら
(私達の音楽は色褪せない)
シルヴィアは旅立つ友を思うようにサビを転調し――キオルティスのプリズムシャドウで立ち位置を変えた。
あの想いが背中押すから
キミは決して枯れない
今度はシルヴィアが主旋律へ躍り出た。
この思い出に勇気を願うのは私も同じだ、キオ。
あの思いが背中押すから
キミは大きく花開く
(私は見送ることしかできない)
青薔薇の芸術祭で共演したのが始まり。不思議な位息があって楽しくて。
それだけじゃなくて、戦闘でも何度救われたか判らない。
だから、本音を言えば少し寂しいんだ。
同時に、応援もしている。
だから、キオの旅路が穏やかなもので、音楽に彩られた幸せなものであることを願っている。
私は、ここで、待っているから。
記憶の風の中 嗚呼
風のリラが歌う。
そう、風は巡るのだ。花の香りを纏ってどこまでも。
シルヴィアは希望を持って踏み出すように明るい曲調を軽やかに歌い奏でる。
そうだろう?
だって、これは私達が明日へ踏み出す勇気の歌だ。
だって、これは俺達が明日を期待し歩き出す歌だ。
(そう、今日までの思い出も明日からの思い出も全ては俺達の中にある)
シルヴィの願いを、口に出さない寂寥感も。
だから、今日の音楽が彼女の笑顔にし、支えられるように。
麗しく強く優しい大切な友である彼女の為に全ての祈りを音に込めよう。
親愛と友愛と敬愛を込めて、その笑顔の行方と抱えきれない程の祝福を込めて音で語ろう。
キミは明日へと咲き誇る
(俺は幸せだよ)
新たな旅をこの音楽で始められること。
笑顔と幸福を胸に旅立てること。
シルヴィ、大切な友よ、ありがとう。
明日へ歩き始める者を静かに見守るように昨日も今日もその背を見つめる。
光り輝く明日は、自分達であり、聴衆自身であるのだ。
やがて、光が収まると、劇場内を静寂が支配した。
演奏後、こんなに何も音がしなかったのを2人は知らない。まるで時が停まったように静まり返っていた。
華やかなフィドルが空間に差し込んだかと思うと、我に返った聴衆が爆発的に拍手し、立ち上がって2人を称える。
「シルヴィア様、キオルティスさん、アンコールです」
皆の時を動かした先の演奏者がアンコールを促す。
2人は顔を見合わせ、頷き合う。
嗚呼、紫の香り いつまでも忘れない
ほら、この香り 何処までも続いてく
ラベンダーには早いけど、この歌が始まりだった。
この歌から、今日この日まで共に音楽を奏でてきたのだ。
歌に覚えがある者が1人、2人と2人に続いて歌い始め、シルヴィアの青薔薇達が観客たちを盛り上げるように共に歌い、踊り始める。
そうだ、音楽は皆で楽しむものだ。
皆で奏でてこそ、今日という日を永遠にできる。
寂しくなったら思い出して
美しく揺れるこの花を
シルヴィアは、思う。
きっと神の音を紡ぐと言われるような演奏家は他にいる。
でも、私は神の音よりカペルの音を紡ぎたいのだ。
切なくなったら名前を呼んで
優しく香るこの花を
キオルティスは、思う。
歌も演奏も自分達より上はきっといる。
でも、俺は高みに至るより、大陸の広さを奏で歌いたいのだ。
キミは独りじゃない
ほら 残り香がそう言ってる微笑んでる
(……あ、来てくれていたのか)
キオルティスは妹が観客席で共に歌っていることに気づいた。
チャリティーコンサートに参加した後で旅に出ることは伝えていて、リブラネスタで落ち合って旅に出るつもりでいたのだけど。
歌い終えた後、アステルが唇の動きだけで「また後で」と伝え、席を立つ。
(ありがとう)
気を遣ってくれた妹へ感謝してキオルティスは観客からの声援に応えた。
「やられたよ」
シルヴィアは青薔薇達へ顔を向けた。
手が空いている青薔薇が観客席に潜んでいるとは流石に思っていなかった。
すると、全員がシルヴィアのフィドルを手掛けた職人が言い出しっぺとばかりに指し示す。
「シルヴィア様、カペルの空は大陸全ての空に繋がってるんですよ。そのフィドルに託した通り」
マイスターへ直訴したであろう彼はシルヴィアの想いを正確に理解し、動いたのだろう。
「ありがとう、今日という日は私の誇りだ」
我が友よ、我らカペルの贈り物を胸に良き旅を。
●これから始まる日々
アステルは兄キオルティスには内緒でカペル侯爵領の領都で開かれているチャリティーコンサートを観に来ていた。
(本当は一緒に音楽奏でたかったけど)
でも、キオルティスがシルヴィアという大切な友人と今度いつ共に音を奏でられるか判らないから、2人の音楽を聴く方を優先した。
(こんな風に独りで音楽を聴くことも暫くなくなるね)
大切な兄、大切な友達と一緒に旅に出る。
そうしたら、音楽が溢れてて、独りってことはないだろう。
(ルティスお兄ちゃん、嬉しそう)
きっと最後に素敵な思い出を共に奏でられて良かったって思ってる。
そんな中水を差す訳にはいかないから、アステルは合流地点で待つべく、先に席を立った。
と言っても、寄り道はしちゃうけど。
「この街ではアカシアの単花蜜を特産物にしてるのよ」
「前に食べた蜂蜜より、癖がないような?」
アステルは蜂蜜がかかったパンケーキをもぐもぐしながら。カフェの店員さんの話を聞いていた。
カペル領は花の領地だけあり、各街で単花蜜を名産品にしている話はアステルも知っていて、ちょうどアカシアの花祭りをやっている街へ寄り道したのだ。
最短ルートで目的地に行ったりしないのも旅の醍醐味である。
「そうね、癖の無さが売りなのよ。楽しんでいってね」
微笑んで去っていく店員をアステルは見送り、パンケーキをもう一口。
(行く先々で色々な出会いがあるから、旅は好き)
今みたいな何気ない出会いも好きだけど、音楽を通して出会えるのが一番好き。
だから、吟遊詩人も大好き。
今までとは違って、特別な目的などなく、大陸中を旅するようになったら、約束された出来事に出会うのではなく、予想もしないものに出会うだろう。どの旅先で、なんて、誰にも判らない。
(ワクワクとドキドキで一杯)
何事もなく一日終わるのか。それとも予想もしなかった出来事に遭遇するのか。
そんなことは判らない出たとこ勝負は想像するだけで楽しく、果てがない。
(いいことばかりがある訳じゃない、きっとイヤなことだってある)
その果てに自分が命を落とすことだってあるかもしれない。
でも、旅はそういうものだし、自分が選びたい道は旅しかなかった。
「このホットケーキと蜂蜜の出会いみたいに大切にしなきゃ」
自分が出会う全てを抱きしめて、大切にしたいから旅をしたいのだ。
「日持ちしそうだし、ナッツの蜂蜜漬けをお土産に買っていこうかな」
帝国事変の後別の道を進む友達とは別れは済ませた。
定住する訳じゃないから、次はいつ会えるのかも確約できない別れはちょっと切ないけれど、皆が『またね』と言ってくれた。
それが嬉しかったから、素直に同じ言葉を返して、お互いの道を選ぶことができている。
そう、終わりじゃない。始まりだ。
「……バウムクーヘンは夜のおやつかな」
実演販売のバウムクーヘンを見ていたら買いたくなってきた。
日持ちの問題でリブラネスタまで持って帰ることはできないのが残念だけど、この出会いを逃したくない。
こうして自分だけでのんびり過ごせる時はちょっと位ね。
アステルはバウムクーヘンを購入し、街を後にした。
(春だなぁ)
アステルはバウムクーヘンを楽しみながら風に身を委ねて目を閉じる。
空も風も草も木も飛び交う鳥達もあるがままにアステルを包み、そのことが幸せに思う。
旅の出会いも別れも。
分かち合う喜びも悲しみも。
全部特別で、宝物。
巡り会う全てを音にし、歌う日々は、アステルの満たすに違いなかった。
●これからも駆け抜ける日々
ハヤト=ガラン=ヴォルファングは、休日のリブラネスタをのんびり歩いていた。
(思った以上に悪かったな)
最後の戦いの決着間際、ハヤトは傭兵団に属する青年より皇帝との戦いに赴けない話をされた。理由についても聞いていて、事情を知る人間の近くで戦った方がいいと判断されたという。
決戦も終わり、ようやく落ち着いたこともあり、彼を知る人物から話を聞いて、結婚式にも来られなかった理由を知った。
(大陸中駆け回ってれば、あいつが立ち直るきっかけ見つけてこれっかな)
帝国が崩壊し、両親が行方知れずになったハヤトはあの青年には随分口うるさく言われたもんだ。
けれども、自分の両親は彼と違って死んでないし、今となっては新生帝国軍の正式な軍人だ。
死者は蘇らないが、じゃあそれで終わりとする程ハヤトは物わかりのいい男ではない。しっかり食わせていかなければならない傭兵団の連中の中にいる以上何かある筈だ。
「そもそも、よく生き残れたよな」
ハヤトは子兎の串焼き肉をもりもり食べながらしみじみ思う。
人生何が起こるか判らないとはよく言ったものだけど、全く持ってその通りだと思う。厳しくない戦いなんてどこにもなかった。
暫くは大きな戦いの類は起きないだろうから、魔獣やバルバロイを退治したり、今回引き受けたリブラネスタからフルーテッドまでの輸送護衛と言ったようなものが主になる。
「魔獣が来る可能性あるもんなぁ」
輸送先のフルーテッドはのんびりした街らしく、今は春のお祭りをやっているとか。日持ちするジャムなどが多いらしいから、お土産にいいかもしれない。
ハヤトはそこまで考え、数年の間に嫁まで迎えることになった自分を思い、本当に何が起こるか判らないと改めて思う。
「あれ、ハヤト、お久し振りなのだ」
ハヤトは大福の声に振り返った。
「大福か、久し振りだな。ギルドの依頼がないと会う機会ねーな」
「そうなのだ。今日は大福、お店の仕事できたのだ」
大福はシャルガネ居住区にある倭桜ノ街のやおよろず亭の手伝いをしていることはハヤトも知っている。
「そっか、お疲れ。何かあったらブレイブファング傭兵団に声掛けろよ、大福の頼みなら断らねーからな!」
「頼りにしてるのだ!」
「任せろよ、大陸中に歴史に名を残せるようなすっげー傭兵団にしてやんぜ!!」
ハヤトはそう言い、にやりと笑ってみせる。
人生何が起こるか判らない。
今までだって、色んな奴らと出会って、別れてきた。
仲が良くても進む道が異なれば離れることもあるだろうし、共に過ごす時が減ってしまうことだってあだろう。
ならば、自分が会いに行けばいい。
俺ならばそれができると、強く信じるだけの話だ。
「またな!」
「またな、なのだ!」
大福と別れ、ハヤトは久し振りに踊る子熊亭へ入った。
見知った顔が次々に声を掛け、互いの近況を交わし合う。
と、冒険者の息子を持つ従業員がハヤトに声を掛けてきた。
「そういえばさ、ハヤト、あのシャルガネのハーフビーストくんと仲良かったっけ、ほら、狼を連れてる、お菓子みたいな名前の子」
「大福がどうしたんだ?」
「息子があの狼に似たハーフビーストにこの前助けて貰ったのよー、あの人にお礼言いたいんだけどさ、何か知ってないかと思って」
「その話、詳しく教えろ」
ハヤトは本能で嗅ぎ分け、その情報を聞き出す。
それから、急いで大福を探し始めた。
人生とは何が起こるか判らない。
だから、そのチャンスは絶対に逃さないし、逃させないのだ。
●最後に始まる冒険の日々
大福と粽は冒険者としての出発点であるリブラネスタを訪れていた。
帝国事変の後、故郷のやおよろず亭に戻り、お仕事の手伝いをしている合間、大福は粽と共に各地を巡り歩いている。
「粽、もうすぐ大福達の冒険は終わると思うのだ」
冒険者ギルドの登録義務はなくなるので、冒険者ではなくなる者もいる。この辺りは個人の自由だ。
大福はというと、ちょっと決めかねている。
授恵者になったらギルドへの登録は義務だけど、依頼へ積極的に赴こうと思ったのは、おっ父を探す為だ。義務よりもおっ父を探すのがメインだった。
それから、あっという間だったように思う。
「大福、強くなったのだ」
大福の目の前で座る粽に向かい、大福は手で目一杯広げてみせる。
粽の目を見る限り、まだ手がかかると思われているような気がしないでもない。
「心がうんと大きくなったのだ!」
体のほうじゃないのだ、と大福が熱弁しているのを道行く人々が微笑ましく見つめていることに大福は気づいていない。
実際、多くの人に出会い、色々な国の文化にも触れた。色々な考え方も知った。譲れない思いがそれぞれにあることだって学んだ。
それだけじゃない、色々な敵と戦った。
「どうかしたのだ、粽」
大福をじっと見ていた粽が大福の後方に視線をやったことに気づき、大福が振り返ってみると、子兎の串焼きを食べながら歩いているハヤトの姿があった。
「あれ、ハヤト、お久し振りなのだ」
「大福か、久し振りだな。ギルドの依頼がないと会う機会ねーな」
依頼がある時は何だかんだで顔を合わせていたが、これからはそうもいかなくなる。
けれども、ハヤトはまたなと笑ってくれるから、大福もまたなのだと笑うことができるのだ。
「大福もおっ母から頼まれたものを買いに行かないとなのだ」
大福がそう言うと、粽はやっと思い出したと言わんばかりにその店の方角へ歩いていく。
今から行くお店は香辛料を扱っているお店で、肉や魚の臭みを取るのにちょうど良く、大福が冒険者になったのをきっかけに小規模ながら取引が始まったのだ。
言われた通りのものを買い付け、輸送の手配を整えていると、ハヤトが店に飛び込んできた。
「ハヤト!? さっきぶりなのだ?」
「大福、確か、親父が行方不明って言ってたよな?」
ハヤトは子熊亭で有力な情報を掴んだと言った。
「少し前、魔獣退治の依頼中に足を挫いて動けなくなった冒険者を応急手当てした奴がいる。授恵者ではなかったが、薬草に詳しく、味方を呼んでくれたらしい」
その冒険者の母親が言うには、粽にそっくりなハーフビーストだったという。
帝国にほど近い辺境での話だそうで、その男は静かに微笑んで去っていったらしいのだが。
「おっ父……生きてるかもしれないのだ?」
大福はその人が大福の父親じゃないかもしれないとは思わなかった。
ハヤトが聞いた話だけなのに、何故だろう、それがおっ父だと思うのだ。
「粽、良い予感がするのだ。おっ父に会えそうな良い予感なのだ」
大福が粽を抱きしめると、粽もその鼻面を大福に押し当てる。
大丈夫、おっ父はきっと元気で生きてるのだ。
「ハヤト、ありがとうなのだ。大福、もう一度帝国に行ってみるのだ!」
何かあったら皆の助けは借りてしまうだろうけど、でも、まずは自分と粽だけで迎えに行かなければいけない。誰かと一緒に行ったら、おっ父は逃げてしまうような、そんな気がする。
大福がそう言うと、ハヤトはニッと笑った。
「頑張れよ」
「頑張るのだ!」
さぁ、行こう。
おっ父を探す最後の冒険へ!
●それでも続く日々
人は生きている。
出会い、別れを繰り返し、今日から明日へ向かう。
喜びも悲しみも携えるその姿を昨日と今日は見送るのだ。
共に時を刻む喜びも。
共に分かち合い、成長する日々も。
生きるという旅は歌い、その音色は奇跡の花を咲かせる。
大切なのは己の予感を信じて突き進むこと。
その予感の果てに、未来がある。
『きみ』は、生きている。
何があろうと、それでも、『きみ』が生きている日々は続いていく。
『きみ』は、明日をどう生きるだろうか。
平和になったロスガリア大陸においては、当たり前のように続くであろう今日という日が昨日という日に見守られて始まる。
『きみ』は、今日という日をどのように過ごし、明日という日に向かって歩いてくのだろう。
どうか、『きみ』の今日という日を教えてくれないだろうか――
●俺が願う日々
海神 江流――かつての自身の名前は、今となっては冒険者としての名義となっている。
(名義変更したら、俺の名前は完全に消えてしまうが)
リヴァマス伯爵の養子になり、そして――
(結婚したら冒険者としての名義も変えるべきだろうか)
メリットデメリット両方あるから、この辺りはよく考えて判断した方がいいだろう。何しろ、貴族としてはまだまだなのだから。
……と、ここまで考えた江流は肩に乗っていた揺満月から抗議の羽ばたきを食らった。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
自分の起源を忘れない為、辿っておきたい。
江流の旅の申し出は、今後彼が故郷へ足を運ぶ機会が激減すると思われるからこそ、条件付きではあったが、受け入れられた。
既に帰る家のないシャルガネは亡き妹の墓前への報告のみに留まった。彼女の心は最早自由にロスガリアを駆け巡ってると江流は信じているけれど、あの子の心の故郷は海が見えるかつての家だろうから。
通り過ぎたといってもいい程の滞在の後、江流は今アキュアリスタへやってきている。
「ここは水路がある分涼しいだろう」
揺満月は雪の精霊とも言われる鳥で、暑さには強くない方で調子を崩すこともありえると言われている。
王国の気候は穏やかな部類であるが、それはあくまで江流の尺度だ。様子を見ながら学園に預けることも検討しないといけない。
(もしくは、領内に氷室があるかどうか確認した方がいいか)
氷室があるならば、揺満月の別荘について相談してみよう。
「バザーも見ていこう」
揺満月が小首を傾げてみせるので、江流は「風景画が欲しくて」と目的を伝える。
「この地に行くことができない誰かの為にこの光景を伝えたいと誰かが絵にしているかもしれないから」
水に彩られたこの街は婚約者に見せてやりたい光景の1つだ。
けれども、領主が自領からそう離れることなどできないことも知っている(某蒼玉の麗人の家は王国の中でも毛色が違うと改めて知った)
ならば、こういう形で世界を伝えてもいいと思うのだ。
「あの子が見て回りたかった世界の1つにここも入っていたと思うし、俺も覚えておきたい」
そうして、バザーを巡っていくと、絵のカードをセットにしたものが売られていた。
1枚だけ色づいているが、他は色がなく、売っていた商人が言うには画家の希望で購入者が好きに色を乗せていいようにしたのだそうだ。
「……そんな風に伝えてもいいかもしれないな」
俺がこのカードと同じ景色を見たことを話しながら、彼女に無色の絵を彩ってもらう。そうした時も持てるようにあらねばならない。
世界を巡って情報を持ち帰るのか、それとも領内に留まり彼女の心の安寧を保つべきなのか、侯爵の夫としてどちらが正しいのかは江流にはまだ判らない。
それは、相談して決めていくべきこと。
共に時を刻むということは、そういうことだ。
「お前好みの鉱石はドワーフ王国でな」
江流は揺満月へそう語り掛ける。
義手と義足を作ってはどうか――迷子の3歳児と変わらないと言われたあの青年へその道を示した1人である江流は彼の夜明けも改めて見たかった。
動乱の世は終わり、その道こそ必要とされる世になって欲しかったから。
「ん? どうかしたのか?」
江流は揺満月がじっと何かを見ていることに気づき、視線をやった。
共に生徒会を駆け抜け、今期は会計となる彼女が親友と共にゴンドラから手を振っていることに気づき、江流は通り過ぎるゴンドラに向かって手を振った。
こういう日々は、ずっと続いてほしいと願って。
●2人分かち合う日々
アキュアリスタの水路が日差しを受けてキラキラ輝いている。
そのキラキラとした輝きと同じ位エルシー・サリバンの瞳は輝いていた。
「ネネ~♪ 生徒会でも忙しいのに時間を作ってくれてありがとう」
「エルと二人きりでのお出掛けは久しぶりですわね。こちらこそ時間を作って下さって有難う御座います」
学園の寮は同室だし、授業だって共に受けている。
けれど、ネーヴェ・グラヌローザは前年度生徒会庶務に引き続き、今年度は生徒会会計として忙しい身だ。
解ってはいるけど、一緒にお出かけできないのは寂しい――などと、エルシーが親友でもある彼氏に対してしょんもりしていたのは内緒である。
ネーヴェが今日の幸せへ踏み出し、半分引き受けた寂しさが軽くなったことの方がエルシーには大切なことだったからだ。
今日はお互いの彼氏抜き、女の子同士で楽しまなきゃ損!
「わ、このケーキ、シンプルなのに美味しい! ネネも食べてみない?」
「まあ、本当ですわ。それに、シフォンケーキとも違いますわね。こちらの方がふわふわしているような」
「はは、シフォンケーキと違って蒸してるからね」
エルシーからケーキを一口貰ったネーヴェが不思議そうに感想を言うと、商人が蒸しケーキなのだと教えてくれた。
「ここまでの味は無理でしょうが、王国でもできるかもしれませんわね」
「彼氏にプレゼントしてもいいかも」
そんな会話だって女の子同士のお出かけじゃないとできやしない。
「先程はエルからいただいたのですから、今度は私の番……こちらをどうぞ」
「アンコロモチ! クリームとは違う甘さがあるよね」
アキュアリスタのチャリティバザーを聞きつけてシャルガネの商人達が売るアンコロモチの甘さは王国で馴染みのある甘さではない。アンコの向こうにあるお餅だってびよんと伸びるのが不思議だ。
2人のやり取りを見ていたシャルガネの商人がニヤリと笑う。
「お2人……醤油と餅の相性の良さを知らないと見える。少し先に行ってみな。焼き団子の魔力を知ることになる」
2人は言われるまま行き、美味しそうな香りで列を作る屋台を見つけ、思わず並んだ。
「シャルガネの依頼はあったし、足も運んでいたけど……」
「……焼き立てって魔法ですわね……」
――とても美味しかった。
「露店も見て回ろうよ。アクセサリー見たい」
「いいですわね。普段使いできるようなものがあれば買いたいです」
軽食にもできるお団子を食べたら、お腹が少し一杯になって来たのでまだまだ食べ歩きもしたいけどお腹空かせるためにアクセサリーの露店を巡ることにした。
チャリティバザーの色合いがあるからか、見た所高価なものはなく、普段使いを考えればその方が逆に良い。
と、エルシーが何かに気づいた。
「あ! ネネ、あのシルクフラワーの露店見て!」
ネーヴェも顔を向けてみると、広場の一角、女性客を中心に足を止めている露店がある。
自分で選んだ造花を髪飾りにできる露店らしく、青年が恋人の髪と花を見比べてああでもないこうでもないと悩んでいたり、女の子同士が華やいで花を組み合わせていたり。かと思えば、花を組み合わせて似合うかどうかとはにかむ少女や花の前にどういう訳か立ち尽くしている少年がいたり。
「お互いをイメージして贈り合うのはどうかな」
「素敵ですわね!」
こうして、2人も花飾りの露店へと足を運んだ。
(ネネは華やかさの中に清楚さと大胆さが見え隠れするから)
エルシーはそう思いながら白の芍薬へ手を伸ばす。
ネーヴェから話を聞いただけで残念な思いをしたのだけど、ヴェルクリエで赤い芍薬が描かれたユカタドレスを着たと聞いたことがある。普段着ない色で新鮮だったが、青に合うであろう紫の芍薬にはよくない意味合いがあったから良かった、とも。
蔓をベースに白い芍薬にブルースターとデルフィニウムといった青い小花を寄り添わせ、ティアドロップブーケ風の花嫁の花冠になるよう細いリボンで纏める髪飾りを手の空いていた女性の職人に頼むと、ネーヴェを見た彼女は「彼女の髪に似合うわね」と微笑んだ。
「でしょ?」
何を着けても似合うけれど、ネネは今輝いているもの!
(エルは明るくいつも元気をくれて、そして時には道導にもなってくれる、まるで夜空に光るお星様のような人)
選ぶなら、元気な印象を与えるガーベラだろう。
黄にオレンジのビタミンカラーも入れて、ガーベラを輝かせるように霞草とガラスビーズを選ぶと、エルシーが女性職人とやり取りしている隙に老齢の職人へ声を掛けた。
「白はあんたかい」
「ええ。私はいつも元気を貰ってますから。私の色も添えたくて」
「そういう友達は大事にしな」
ネーヴェはにやりと笑う職人に微笑んだ。
「ええ、勿論」
エルが抱きしめてくれたから、今日の私がいる。
「エヘン、ネネにこれを進ぜよう」
「やっぱりエルには明るい色が似合いますわ」
「ありがとう可愛い!」
お互いの髪を彩り合い、似合う似合うと華やいだ彼女達はその気持ちのままゴンドラでゆっくり休憩することにした。
水路を走る風を楽しみつつ、2人で話していると、ネーヴェがふと何かに気づく。
「海神さんですわね」
「本当だ、もうすぐ結婚するんだっけ」
同じ学園生だが、人生では彼は大幅に先輩なので、結婚自体は珍しくない。伯爵家の養子になって侯爵家に婿入りは珍しいかもしれないけど。
結婚……ネーヴェがエルシーが見つめた髪飾りに手を触れた後、小さく笑い合い、それから彼が手を振り返すまで手を振った。
やがて、ゴンドラは星導の塔を正面に臨む水路へと差し掛かった。ネーヴェの中にあの日が鮮やかに蘇る。
「また登りませんか?」
「うんっ! 登りたい!」
エルシーの答えなんてひとつしかない。
星と月が捕まえられそうな夜、一緒の毛布に包まり、語り合った。
あの日の祝福の鐘の音色はとても澄んでいた。
――塔からの景色は様々なことを蘇らせる。
あの日だけじゃなく、出会ってから今までのこと全部。
「エルは初めて会った時からずっと、私のことを助けて下さいましたわ」
「だって、ネネは出会った時からずっと大人で素敵な人で私もそう成りたいと憧れたもの」
「それは私の言葉ですわ」
誰に対しても親切で、でも自分の意見をしっかり持ち、時には背中を押してくれたエルシーは、強くて、優しくて、可愛いひと。
「私だって」
喪失していた記憶には忘れたいことがあった筈。
それなのに、微笑っていた。
取り戻しても変わらなかった。
喜びだけでなく悲しみも受け止め、昇華させて、もっと素敵になった。
「私はあの時より成長できてるかな?」
これからもネネの友達でいられるように一緒に成長していきたい。
「エルはずっと成長してますわ」
一緒に成長したいのは私も同じ。
そうして、2人はお互いの言葉を確かめるようにぎゅっと抱きしめた。
寂しさは半分になるよう分かち合いましょう。
けれど、喜びは倍になるように分かち合いましょう。
こうしてお互いを感じる時間はずっとずっと続けていくのだから。
……ずっとずっと大好きよ。
●2人奏で合った日々
リーンエス王国カペル侯爵領都にあるその劇場は多くの人で賑わっていた。
連日開催されるチャリティコンサートは青薔薇の芸術祭とはまた違った趣がある。
「今の演奏者、シルヴィのフィドルを仕上げてくださった職人さんだっけ」
「ああ。彼は有望な職人だ」
舞台裏でキオルティスが一礼している演奏者を見ると、キオルティスから贈られた手鏡で容姿の最終確認をしていたシルヴィア・A・カペルが顔を上げて微笑んだ。
シルヴィアのフィドルを手掛けた職人は今日ヴェルクリエで開催されるチャリティーファッションショーのドレスも手掛ける職人とも懇意なのか、彼の舞台衣装はその職人達の作品だ。
空から湖に至るようなグラデーションのスーツに袖口に白いバラが浮かび上がるようなスーツ姿を見ていると、感情が高ぶるとフィドル奏でまくるとは思えないが――
「次は我らの蒼玉姫が音楽で縁を紡ぐ友と共に歌を奏でましょう。皆様もカペルらしくお出迎えください」
フィドルを奏でられ、登場を促されると、シルヴィアは「私の青薔薇に出し抜かれた」と苦笑交じりにキオルティスは「流石はシルヴィの青薔薇」と楽しそうに舞台へ上がっていく。
――『何れ飾らん 我等の白髪を薔薇の冠で』――
舞台には青薔薇が咲き誇り、咲き誇る未来の青薔薇は国境なき風の吟遊詩人と共に姿を現す。
主旋律を奏でるのは、キオルティスの白い竪琴。そして、シルヴィアのフィドルが風を奏でる。
花のようにキミが笑った
思い出の風運ぶよ
未来の為に過去を振り返るような、切なくも澄んだメロディは何が起こるか判らない不安と進むからこそ起こる別れの予感を想起させるもの。
明日の記憶の匂い辿って
自由の中 期待はらませ
(別れは間違いじゃない)
このチャリティーコンサート後、キオルティスは吟遊詩人として旅に出る。
シルヴィアとはカペルに立ち寄るまで、否、その縁がなければ出会うことはなくなるだろう。彼女は間もなく侯爵になる……そう簡単にはいかないことは理解している。
冒険者として出会い、何度も演奏してきた。心寄り添わせて音を重ね、想いを、時を分かち合った。楽しくて仕方なかった。
(俺は、シルヴィの力になれていただろうか)
多くの依頼を通じ、キオルティスはシルヴィアという個人を知った。
シルヴィアの優しさや強さはその考え方を通じて知り、鼓舞された。
何処へでも行ける
何処までも行ける
そう、自由な風のように。
キオルティスとシルヴィアは音を奏でながら回ると、大輪の薔薇が花開くイメージした衣装が華麗に花開く。
キオルティスのアンクルベルが朝露が落ちる瞬間を奏でるように、シルヴィアの祝福のブレスレットが朝露を受けて輝くように。
彼らの音楽は、どこまでも花開く。
この想いと一緒なら
(私達の音楽は色褪せない)
シルヴィアは旅立つ友を思うようにサビを転調し――キオルティスのプリズムシャドウで立ち位置を変えた。
あの想いが背中押すから
キミは決して枯れない
今度はシルヴィアが主旋律へ躍り出た。
この思い出に勇気を願うのは私も同じだ、キオ。
あの思いが背中押すから
キミは大きく花開く
(私は見送ることしかできない)
青薔薇の芸術祭で共演したのが始まり。不思議な位息があって楽しくて。
それだけじゃなくて、戦闘でも何度救われたか判らない。
だから、本音を言えば少し寂しいんだ。
同時に、応援もしている。
だから、キオの旅路が穏やかなもので、音楽に彩られた幸せなものであることを願っている。
私は、ここで、待っているから。
記憶の風の中 嗚呼
風のリラが歌う。
そう、風は巡るのだ。花の香りを纏ってどこまでも。
シルヴィアは希望を持って踏み出すように明るい曲調を軽やかに歌い奏でる。
そうだろう?
だって、これは私達が明日へ踏み出す勇気の歌だ。
だって、これは俺達が明日を期待し歩き出す歌だ。
(そう、今日までの思い出も明日からの思い出も全ては俺達の中にある)
シルヴィの願いを、口に出さない寂寥感も。
だから、今日の音楽が彼女の笑顔にし、支えられるように。
麗しく強く優しい大切な友である彼女の為に全ての祈りを音に込めよう。
親愛と友愛と敬愛を込めて、その笑顔の行方と抱えきれない程の祝福を込めて音で語ろう。
キミは明日へと咲き誇る
(俺は幸せだよ)
新たな旅をこの音楽で始められること。
笑顔と幸福を胸に旅立てること。
シルヴィ、大切な友よ、ありがとう。
明日へ歩き始める者を静かに見守るように昨日も今日もその背を見つめる。
光り輝く明日は、自分達であり、聴衆自身であるのだ。
やがて、光が収まると、劇場内を静寂が支配した。
演奏後、こんなに何も音がしなかったのを2人は知らない。まるで時が停まったように静まり返っていた。
華やかなフィドルが空間に差し込んだかと思うと、我に返った聴衆が爆発的に拍手し、立ち上がって2人を称える。
「シルヴィア様、キオルティスさん、アンコールです」
皆の時を動かした先の演奏者がアンコールを促す。
2人は顔を見合わせ、頷き合う。
嗚呼、紫の香り いつまでも忘れない
ほら、この香り 何処までも続いてく
ラベンダーには早いけど、この歌が始まりだった。
この歌から、今日この日まで共に音楽を奏でてきたのだ。
歌に覚えがある者が1人、2人と2人に続いて歌い始め、シルヴィアの青薔薇達が観客たちを盛り上げるように共に歌い、踊り始める。
そうだ、音楽は皆で楽しむものだ。
皆で奏でてこそ、今日という日を永遠にできる。
寂しくなったら思い出して
美しく揺れるこの花を
シルヴィアは、思う。
きっと神の音を紡ぐと言われるような演奏家は他にいる。
でも、私は神の音よりカペルの音を紡ぎたいのだ。
切なくなったら名前を呼んで
優しく香るこの花を
キオルティスは、思う。
歌も演奏も自分達より上はきっといる。
でも、俺は高みに至るより、大陸の広さを奏で歌いたいのだ。
キミは独りじゃない
ほら 残り香がそう言ってる微笑んでる
(……あ、来てくれていたのか)
キオルティスは妹が観客席で共に歌っていることに気づいた。
チャリティーコンサートに参加した後で旅に出ることは伝えていて、リブラネスタで落ち合って旅に出るつもりでいたのだけど。
歌い終えた後、アステルが唇の動きだけで「また後で」と伝え、席を立つ。
(ありがとう)
気を遣ってくれた妹へ感謝してキオルティスは観客からの声援に応えた。
「やられたよ」
シルヴィアは青薔薇達へ顔を向けた。
手が空いている青薔薇が観客席に潜んでいるとは流石に思っていなかった。
すると、全員がシルヴィアのフィドルを手掛けた職人が言い出しっぺとばかりに指し示す。
「シルヴィア様、カペルの空は大陸全ての空に繋がってるんですよ。そのフィドルに託した通り」
マイスターへ直訴したであろう彼はシルヴィアの想いを正確に理解し、動いたのだろう。
「ありがとう、今日という日は私の誇りだ」
我が友よ、我らカペルの贈り物を胸に良き旅を。
●これから始まる日々
アステルは兄キオルティスには内緒でカペル侯爵領の領都で開かれているチャリティーコンサートを観に来ていた。
(本当は一緒に音楽奏でたかったけど)
でも、キオルティスがシルヴィアという大切な友人と今度いつ共に音を奏でられるか判らないから、2人の音楽を聴く方を優先した。
(こんな風に独りで音楽を聴くことも暫くなくなるね)
大切な兄、大切な友達と一緒に旅に出る。
そうしたら、音楽が溢れてて、独りってことはないだろう。
(ルティスお兄ちゃん、嬉しそう)
きっと最後に素敵な思い出を共に奏でられて良かったって思ってる。
そんな中水を差す訳にはいかないから、アステルは合流地点で待つべく、先に席を立った。
と言っても、寄り道はしちゃうけど。
「この街ではアカシアの単花蜜を特産物にしてるのよ」
「前に食べた蜂蜜より、癖がないような?」
アステルは蜂蜜がかかったパンケーキをもぐもぐしながら。カフェの店員さんの話を聞いていた。
カペル領は花の領地だけあり、各街で単花蜜を名産品にしている話はアステルも知っていて、ちょうどアカシアの花祭りをやっている街へ寄り道したのだ。
最短ルートで目的地に行ったりしないのも旅の醍醐味である。
「そうね、癖の無さが売りなのよ。楽しんでいってね」
微笑んで去っていく店員をアステルは見送り、パンケーキをもう一口。
(行く先々で色々な出会いがあるから、旅は好き)
今みたいな何気ない出会いも好きだけど、音楽を通して出会えるのが一番好き。
だから、吟遊詩人も大好き。
今までとは違って、特別な目的などなく、大陸中を旅するようになったら、約束された出来事に出会うのではなく、予想もしないものに出会うだろう。どの旅先で、なんて、誰にも判らない。
(ワクワクとドキドキで一杯)
何事もなく一日終わるのか。それとも予想もしなかった出来事に遭遇するのか。
そんなことは判らない出たとこ勝負は想像するだけで楽しく、果てがない。
(いいことばかりがある訳じゃない、きっとイヤなことだってある)
その果てに自分が命を落とすことだってあるかもしれない。
でも、旅はそういうものだし、自分が選びたい道は旅しかなかった。
「このホットケーキと蜂蜜の出会いみたいに大切にしなきゃ」
自分が出会う全てを抱きしめて、大切にしたいから旅をしたいのだ。
「日持ちしそうだし、ナッツの蜂蜜漬けをお土産に買っていこうかな」
帝国事変の後別の道を進む友達とは別れは済ませた。
定住する訳じゃないから、次はいつ会えるのかも確約できない別れはちょっと切ないけれど、皆が『またね』と言ってくれた。
それが嬉しかったから、素直に同じ言葉を返して、お互いの道を選ぶことができている。
そう、終わりじゃない。始まりだ。
「……バウムクーヘンは夜のおやつかな」
実演販売のバウムクーヘンを見ていたら買いたくなってきた。
日持ちの問題でリブラネスタまで持って帰ることはできないのが残念だけど、この出会いを逃したくない。
こうして自分だけでのんびり過ごせる時はちょっと位ね。
アステルはバウムクーヘンを購入し、街を後にした。
(春だなぁ)
アステルはバウムクーヘンを楽しみながら風に身を委ねて目を閉じる。
空も風も草も木も飛び交う鳥達もあるがままにアステルを包み、そのことが幸せに思う。
旅の出会いも別れも。
分かち合う喜びも悲しみも。
全部特別で、宝物。
巡り会う全てを音にし、歌う日々は、アステルの満たすに違いなかった。
●これからも駆け抜ける日々
ハヤト=ガラン=ヴォルファングは、休日のリブラネスタをのんびり歩いていた。
(思った以上に悪かったな)
最後の戦いの決着間際、ハヤトは傭兵団に属する青年より皇帝との戦いに赴けない話をされた。理由についても聞いていて、事情を知る人間の近くで戦った方がいいと判断されたという。
決戦も終わり、ようやく落ち着いたこともあり、彼を知る人物から話を聞いて、結婚式にも来られなかった理由を知った。
(大陸中駆け回ってれば、あいつが立ち直るきっかけ見つけてこれっかな)
帝国が崩壊し、両親が行方知れずになったハヤトはあの青年には随分口うるさく言われたもんだ。
けれども、自分の両親は彼と違って死んでないし、今となっては新生帝国軍の正式な軍人だ。
死者は蘇らないが、じゃあそれで終わりとする程ハヤトは物わかりのいい男ではない。しっかり食わせていかなければならない傭兵団の連中の中にいる以上何かある筈だ。
「そもそも、よく生き残れたよな」
ハヤトは子兎の串焼き肉をもりもり食べながらしみじみ思う。
人生何が起こるか判らないとはよく言ったものだけど、全く持ってその通りだと思う。厳しくない戦いなんてどこにもなかった。
暫くは大きな戦いの類は起きないだろうから、魔獣やバルバロイを退治したり、今回引き受けたリブラネスタからフルーテッドまでの輸送護衛と言ったようなものが主になる。
「魔獣が来る可能性あるもんなぁ」
輸送先のフルーテッドはのんびりした街らしく、今は春のお祭りをやっているとか。日持ちするジャムなどが多いらしいから、お土産にいいかもしれない。
ハヤトはそこまで考え、数年の間に嫁まで迎えることになった自分を思い、本当に何が起こるか判らないと改めて思う。
「あれ、ハヤト、お久し振りなのだ」
ハヤトは大福の声に振り返った。
「大福か、久し振りだな。ギルドの依頼がないと会う機会ねーな」
「そうなのだ。今日は大福、お店の仕事できたのだ」
大福はシャルガネ居住区にある倭桜ノ街のやおよろず亭の手伝いをしていることはハヤトも知っている。
「そっか、お疲れ。何かあったらブレイブファング傭兵団に声掛けろよ、大福の頼みなら断らねーからな!」
「頼りにしてるのだ!」
「任せろよ、大陸中に歴史に名を残せるようなすっげー傭兵団にしてやんぜ!!」
ハヤトはそう言い、にやりと笑ってみせる。
人生何が起こるか判らない。
今までだって、色んな奴らと出会って、別れてきた。
仲が良くても進む道が異なれば離れることもあるだろうし、共に過ごす時が減ってしまうことだってあだろう。
ならば、自分が会いに行けばいい。
俺ならばそれができると、強く信じるだけの話だ。
「またな!」
「またな、なのだ!」
大福と別れ、ハヤトは久し振りに踊る子熊亭へ入った。
見知った顔が次々に声を掛け、互いの近況を交わし合う。
と、冒険者の息子を持つ従業員がハヤトに声を掛けてきた。
「そういえばさ、ハヤト、あのシャルガネのハーフビーストくんと仲良かったっけ、ほら、狼を連れてる、お菓子みたいな名前の子」
「大福がどうしたんだ?」
「息子があの狼に似たハーフビーストにこの前助けて貰ったのよー、あの人にお礼言いたいんだけどさ、何か知ってないかと思って」
「その話、詳しく教えろ」
ハヤトは本能で嗅ぎ分け、その情報を聞き出す。
それから、急いで大福を探し始めた。
人生とは何が起こるか判らない。
だから、そのチャンスは絶対に逃さないし、逃させないのだ。
●最後に始まる冒険の日々
大福と粽は冒険者としての出発点であるリブラネスタを訪れていた。
帝国事変の後、故郷のやおよろず亭に戻り、お仕事の手伝いをしている合間、大福は粽と共に各地を巡り歩いている。
「粽、もうすぐ大福達の冒険は終わると思うのだ」
冒険者ギルドの登録義務はなくなるので、冒険者ではなくなる者もいる。この辺りは個人の自由だ。
大福はというと、ちょっと決めかねている。
授恵者になったらギルドへの登録は義務だけど、依頼へ積極的に赴こうと思ったのは、おっ父を探す為だ。義務よりもおっ父を探すのがメインだった。
それから、あっという間だったように思う。
「大福、強くなったのだ」
大福の目の前で座る粽に向かい、大福は手で目一杯広げてみせる。
粽の目を見る限り、まだ手がかかると思われているような気がしないでもない。
「心がうんと大きくなったのだ!」
体のほうじゃないのだ、と大福が熱弁しているのを道行く人々が微笑ましく見つめていることに大福は気づいていない。
実際、多くの人に出会い、色々な国の文化にも触れた。色々な考え方も知った。譲れない思いがそれぞれにあることだって学んだ。
それだけじゃない、色々な敵と戦った。
「どうかしたのだ、粽」
大福をじっと見ていた粽が大福の後方に視線をやったことに気づき、大福が振り返ってみると、子兎の串焼きを食べながら歩いているハヤトの姿があった。
「あれ、ハヤト、お久し振りなのだ」
「大福か、久し振りだな。ギルドの依頼がないと会う機会ねーな」
依頼がある時は何だかんだで顔を合わせていたが、これからはそうもいかなくなる。
けれども、ハヤトはまたなと笑ってくれるから、大福もまたなのだと笑うことができるのだ。
「大福もおっ母から頼まれたものを買いに行かないとなのだ」
大福がそう言うと、粽はやっと思い出したと言わんばかりにその店の方角へ歩いていく。
今から行くお店は香辛料を扱っているお店で、肉や魚の臭みを取るのにちょうど良く、大福が冒険者になったのをきっかけに小規模ながら取引が始まったのだ。
言われた通りのものを買い付け、輸送の手配を整えていると、ハヤトが店に飛び込んできた。
「ハヤト!? さっきぶりなのだ?」
「大福、確か、親父が行方不明って言ってたよな?」
ハヤトは子熊亭で有力な情報を掴んだと言った。
「少し前、魔獣退治の依頼中に足を挫いて動けなくなった冒険者を応急手当てした奴がいる。授恵者ではなかったが、薬草に詳しく、味方を呼んでくれたらしい」
その冒険者の母親が言うには、粽にそっくりなハーフビーストだったという。
帝国にほど近い辺境での話だそうで、その男は静かに微笑んで去っていったらしいのだが。
「おっ父……生きてるかもしれないのだ?」
大福はその人が大福の父親じゃないかもしれないとは思わなかった。
ハヤトが聞いた話だけなのに、何故だろう、それがおっ父だと思うのだ。
「粽、良い予感がするのだ。おっ父に会えそうな良い予感なのだ」
大福が粽を抱きしめると、粽もその鼻面を大福に押し当てる。
大丈夫、おっ父はきっと元気で生きてるのだ。
「ハヤト、ありがとうなのだ。大福、もう一度帝国に行ってみるのだ!」
何かあったら皆の助けは借りてしまうだろうけど、でも、まずは自分と粽だけで迎えに行かなければいけない。誰かと一緒に行ったら、おっ父は逃げてしまうような、そんな気がする。
大福がそう言うと、ハヤトはニッと笑った。
「頑張れよ」
「頑張るのだ!」
さぁ、行こう。
おっ父を探す最後の冒険へ!
●それでも続く日々
人は生きている。
出会い、別れを繰り返し、今日から明日へ向かう。
喜びも悲しみも携えるその姿を昨日と今日は見送るのだ。
共に時を刻む喜びも。
共に分かち合い、成長する日々も。
生きるという旅は歌い、その音色は奇跡の花を咲かせる。
大切なのは己の予感を信じて突き進むこと。
その予感の果てに、未来がある。
『きみ』は、生きている。
何があろうと、それでも、『きみ』が生きている日々は続いていく。
『きみ』は、明日をどう生きるだろうか。
マスターコメント
ご参加ありがとうございます。伊治です。
最後の最後で出したにもかかわらず、皆様ありがとうございます。
できる限りのことはしたつもりですが、いかがだったでしょうか。
シナリオコンテンツは終わりを迎え、史実ノベル、テーラーコンテンツを残すばかりとなります。
もし、まだ何か描写をご希望の場合は、遠慮なく伊治までどうぞ。
皆様のPCがロスガリアでらしく生きる日々を願って。
ロングシナリオ普通 報酬:無し8 / 6〜8人
2024年04月02日 16時24分48秒 公開
大成功
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