桜の祭りに思いを寄せて。
蓮華・水無月
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シナリオID:3494
オープニング
冷たい空気が緩み始めると、そろそろ春の訪れだ。温んできた空気をゆっくりと吸い込むように、桜のつぼみが膨らみ始めれば、木々を見上げる人々の心も弾む。
そろそろ桜祭りの頃だねぇ、なんて言葉を交わす人々の顔もどこか、冷たい冬の終わりを感じて朗らかだ。シャルガネ地区の一角にある此処、星駆神社でもそれは変わらない。
境内に枝差し渡す桜のつぼみを見上げ、ハナユはほっこり微笑んだ。
「そろそろ日取りを決めてもらわんとなぁ」
境内の桜が綻んだ頃が祭だと、星駆神社では決まっている。けれども周知や準備の都合などもあるから、実の所は毎年この時期になると佳き日を選んで催されるのが慣例だ。
なので、その日取りを神職たる両親に決めてもらわねば、祭準備が始まらない。この頃は参拝の氏子さんにも、そろそろどうだい、と尋ねられる事が増えてきた。
今日こそは決めてもらわんと、とゆえにハナユは1人頷いて、両親が居るであろう社務所へと足を向け――無事、その日のうちに桜祭りの日取りを決めさせた。
●
日取りが決まれば、桜祭りの準備に追われる日々が始まる。星駆神社だけではなく、神社の鳥居前町でも来たる桜祭りを前に、忙しくも楽しげな空気が漂い始めた。
今年は境内だけではなく、町のお花見広場や、少し離れた丘へと続く桜並木にも腰掛を置く事にしたらしい。幾つもの腰掛が当日に向けて積み上げられ、かと思えばぽつん、ぽつんと混み合い過ぎないように配置されていく。
星駆神社の参道から続く鳥居前町の中央通りでは、当日に並ぶ出店の準備も進んでいた。その様子を楽しげに、そしてあまり町の方までは来ないがゆえに物珍しげに眺めていたハナユは、町外れの一角にまた別の、祭準備とは異なる賑わいがあるのに気付き、首を傾げる。
それに気付いたお茶屋の奥さんが、ハナユちゃん、と声をかけた。
「どうかしたの?」
「なんか、あっちの方も賑わってるから、何やろなって」
「ああ。新しく家を建ててるのよ」
そうして教えてくれた奥さんの言葉に、へぇ、とハナユはまたそちらの方を見遣る。星駆神社の鳥居前町であるこの町にも、時折移住してくる人は居る――ちょうど、そういう人が家を建てているタイミングだったらしい。
なら桜祭りの頃には氏子さんになったはるかもな、と思いながらハナユは奥さんに礼を言い、また町を見て回る。桜祭り当日はきっと神社に詰めることになるだろうハナユにとって、この散歩は言うなれば前夜祭みたいなものなのだった。
そろそろ桜祭りの頃だねぇ、なんて言葉を交わす人々の顔もどこか、冷たい冬の終わりを感じて朗らかだ。シャルガネ地区の一角にある此処、星駆神社でもそれは変わらない。
境内に枝差し渡す桜のつぼみを見上げ、ハナユはほっこり微笑んだ。
「そろそろ日取りを決めてもらわんとなぁ」
境内の桜が綻んだ頃が祭だと、星駆神社では決まっている。けれども周知や準備の都合などもあるから、実の所は毎年この時期になると佳き日を選んで催されるのが慣例だ。
なので、その日取りを神職たる両親に決めてもらわねば、祭準備が始まらない。この頃は参拝の氏子さんにも、そろそろどうだい、と尋ねられる事が増えてきた。
今日こそは決めてもらわんと、とゆえにハナユは1人頷いて、両親が居るであろう社務所へと足を向け――無事、その日のうちに桜祭りの日取りを決めさせた。
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日取りが決まれば、桜祭りの準備に追われる日々が始まる。星駆神社だけではなく、神社の鳥居前町でも来たる桜祭りを前に、忙しくも楽しげな空気が漂い始めた。
今年は境内だけではなく、町のお花見広場や、少し離れた丘へと続く桜並木にも腰掛を置く事にしたらしい。幾つもの腰掛が当日に向けて積み上げられ、かと思えばぽつん、ぽつんと混み合い過ぎないように配置されていく。
星駆神社の参道から続く鳥居前町の中央通りでは、当日に並ぶ出店の準備も進んでいた。その様子を楽しげに、そしてあまり町の方までは来ないがゆえに物珍しげに眺めていたハナユは、町外れの一角にまた別の、祭準備とは異なる賑わいがあるのに気付き、首を傾げる。
それに気付いたお茶屋の奥さんが、ハナユちゃん、と声をかけた。
「どうかしたの?」
「なんか、あっちの方も賑わってるから、何やろなって」
「ああ。新しく家を建ててるのよ」
そうして教えてくれた奥さんの言葉に、へぇ、とハナユはまたそちらの方を見遣る。星駆神社の鳥居前町であるこの町にも、時折移住してくる人は居る――ちょうど、そういう人が家を建てているタイミングだったらしい。
なら桜祭りの頃には氏子さんになったはるかもな、と思いながらハナユは奥さんに礼を言い、また町を見て回る。桜祭り当日はきっと神社に詰めることになるだろうハナユにとって、この散歩は言うなれば前夜祭みたいなものなのだった。
解説
◎目的
シャルガネ地区某所の星駆神社とその鳥居前町で行われる『桜祭り』に参加しよう。
皆さんは、何かしらの理由で偶然に、または『桜祭り』の話を聞いて、シャルガネ地区某所に在る星駆神社とその鳥居前町を訪れました。
町やその周辺では、様々な桜が見頃を迎えています。
ぜひ、楽しい一時を過ごして頂ければ幸いです。
◎どんな事が出来るの?
本シナリオでは、以下のような催しにご参加頂くことが出来ます。
プレイングには『1-A』のような形でご希望のコースをご記載ください。
幾つ選んで頂いても大丈夫ですが、相応に各場面での描写が減ります……(字数……
1)花見をする
A:神社の境内 B:町の中心にあるお花見広場 C:郊外へと続く桜並木 D:郊外の丘 などが見所ですが、E:町の適当な場所 でも桜をご覧頂くことが出来ます。
各スポットにはいい感じに腰掛が置かれていますので、休憩にも、はたまた誰かとの語らいにもどうぞ。
星駆神社では、御祈祷を受けて頂いたり、参拝頂くことも出来ます。
2)出店を楽しむ
B:町の中心にあるお花見広場 E:町の適当な場所 にて、様々な出店が立ち並んでいます。
扱っている物は、飲食なら各種お茶や果実水、軽食など。桜の花湯や苺のお菓子など、この季節ならではのものも。
また、桜をモチーフにした小物やアクセサリーを扱う出店もあります。
3)町を散策する
B:町の中心にあるお花見広場 E:町の適当な場所 にて、のんびりそぞろ歩いて頂いたり、町に何軒かあるお茶屋さんに足を運んだり、様々な体験工房にご参加頂くことが出来ます。
出来るのは香合わせ体験、押花作り、お茶屋さんでの茶の湯体験、貸衣装屋での和装体験(1日そのまま過ごす事も可能)など。
4)その他
上記に当てはまらない行動も、世界観などに反しない範囲でご自由に行って頂けます。
もしシャルガネ地区での居住をご希望の場合、星駆神社の鳥居前町やその周辺であれば、該当アイテムをお持ちの方に称号を送らせて頂きますので、そういった行動をされたい場合もこちらの選択肢をどうぞ。
◎登場EXC/NPC
ハナユ……
白の着物に朱色の袴を身に着けた、ポニーテールが元気な女の子。
基本的には星駆神社に居ますが、お声掛かりがあれば町の祭会場まで行くかも。
神職達……
ハナユの両親。
社務所や境内でのんびり桜を眺めていますが、ご祈祷を希望する方が居れば社殿へ移動します。
マスターより
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月と申します。
春と言えばやはりお花見ですよね、ということで桜のお祭りなシナリオでお邪魔させて頂きます。
神社の場合は門前町の事を『鳥居前町』と呼ぶらしいと、執筆に当たって初めて知りました。
そんな訳で『鳥居前町』は通称であって、町の名前という訳ではございません……が、なんとなく響きが良いですね、鳥居前町。
現実では桜にちなんだお菓子や飲み物も色々と出て来ており、蓮華の××がピンチに陥っております。
ピンチ。
そんなこんなの『桜祭り』、お気が向かれましたらどうぞお気軽に、よろしくお願い致します。
リプレイ
桜祭りに華やぐ町で。
(困ったなぁ)
ララベル・サン・ディーベルは、途方に暮れつつ人混みの中を歩く。――どう過ごしたら良いんだろう。
元々は、誘い合わせて祭り見物の予定だったのだ。だが、急に相手の都合が悪くなってしまった。
どうしよう、と人の波に押されるように、どうにかお花見広場を目指したは良いものの。
「押花作りはどうですか?」
「うーん……」
「茶の湯をしてかない?」
「えぇと……」
あちらこちらの客引きにも、イマイチ食指が動かない。途方に暮れるララベルの眼差しが、ふと見覚えのある姿を捕らえる。
あれは、と思っていたら目が合ってしまった。
「こんにちは」
「どうも」
ゆえに会釈したララベルに、海神 江流も会釈を返す。故郷由来の装束を纏い――それは江流の、冒険者としての装い。
今日は言うなれば、自らの起源を魂に焼き付ける為の来訪だ。江流の生みの親は旅に生き、生家はとうに引き払われ、自身も王国貴族の養子となり――その度に故郷との縁が薄れるのを感じていた。
――いずれ、訪れる事も無くなってしまうのだろうか。そう思ってしまったからきっと、江流は今日ここに居る。
舞う桜の中に立つ、江流に少し離れた所からヴィナスが「お待たせ」と声を掛け。――ララベルに気付き、おや、という顔になる。
そんな2人にララベルは、「じゃあ僕は行くね」と会釈し、歩き出した。それをちらりと見てから、改めてヴィナスは江流へと話し掛ける。
「選ぶのに迷ってさ」
そんなヴィナスの装いは、萌黄色の着物と羽織。折角だから貸衣装屋で和装を借りると、江流が散策する間にあれこれ選んでいた――というのは口実だけど。
そう語るヴィナスの笑みに、江流は苦笑を漏らした。――今に後悔はないが、それでも妹と、家族と過ごしたこの地との縁を惜しむのは、女々しいのだろうか。
仄かに迷う瞳に、気付いたヴィナスが先とは違う笑みを浮かべた。
「俺は、ローレラウラへ帰ったけど」
「うん?」
「ローレラウラが故郷なんじゃなく、俺の大切な人がいる場所が故郷だと思ってる。故郷が増えたというのも考え方のひとつだ、と言っておくよ」
「……なるほど」
話しておきたくなったのだと、肩を竦めたヴィナスの言葉に、江流の胸にすとんと何かが落ちた、気がする。――嗚呼、誰かが言っていたじゃないか。
『名残は惜しいが散り行くからこそ美しいのだ』。なぜだかその言葉を思い起こした、江流の視界で桜の花びらが舞う。
●
両親を前に、ユズは酷く緊張していた。
「その、ボク……ふたりに話、ある」
ハナユには去年話したが、と両親を見れば不思議そうな顔。対はあの話を、自身の胸にだけ留め置いてくれたのだろう。
それに感謝してユズは、幾度か唇を動かして。
「……ずっと、逃げてて、ごめんなさい」
か細い懺悔を紡ぐ。
「ボク、怖かった。由緒正しい歴史あるこの神社を、守って行けるのか、って。……臆病、だから」
だから、ハナユに全部任せきりで逃げた。その先で弟子を得て、たくさんの経験をした。
――もう、前のように弱虫ではない。弟子が独り立ちの時を迎えようとするように、ユズも少しは成長できたはず。
「それを、ハナユは、全部知ってて。ずっと一人で、背負ってくれたけど」
逃げるのはもう、やめたい。――これからは共に、背負いたいと願うのだ。
だから。
「……お願い、します。神職のお仕事、継がせて、ください」
ユズ達を拾い愛しんでくれた大切な両親への、それが恩返しであろうと思うから。返し切れぬ恩を、幾何かでも返したいと願うから。
許してくれるかと、震えるように尋ねた、ユズをハナユが力強く抱き締める。そろりと両親を見上げれば、微笑み頷く姿が見えた。
目頭が、熱くなる。――ギュッと、対を抱き締め返す。
「ハナユ、ありがとう、今まで。……そして、これから先も、よろしく。大好きな、ボクの対」
「こちらこそ、やで」
双子の顔は、くしゃりと歪んでいた。そこに混ざりたそうな顔の養父を、にこにこ養母が窘める。
――嗚呼、これがボクの、大切な家族だ。
●
お花見広場の只中で、桜の刺繍入りの手巾を手に1人と1匹が楽しげに跳ねる。
「粽! 綺麗な桜の花びら沢山つかまえるのだ! 持って帰って記念の栞にするのだ~!」
――ワン!
星駆神社の桜祭りが、気になって来た大福だ。故郷の桜も綺麗だけれど、此処の桜の色も良いとご満悦。
舞い降る桜花を手巾に集めて、さて次は、と辺りを見回した大福はカイン・ステラに気付き。カインが「あれ」と瞬いた。
「お久し振り、大福、粽」
「カイン~! 久しぶりなのだ! カインも桜祭りに来たのだ?」
ゆえに挨拶したカインに、粽と共に嬉しそうにまろび寄り。尋ねた大福の横で、粽が再会の喜びにぶんぶん尻尾を振る。
もちろん、大福もとっても嬉しい。だからぴょこぴょことカインに尋ねた。
「大福も一緒にお花見していいのだ? おっ母の手作り弁当とお菓子持ってきたのだ!」
「じゃ、どっか座れるとこ探すか」
それに頷いた、カインが人混みの中を歩き出す。その隣にぴょんこと並び、大福もきょろきょろしながら近況を話し出した。
何しろ本当に久しぶりだから、その喜びのままに一生懸命喋る大福だ。それを聞きつつカインも、自身の近況を語る。
最近はカペル領フロルに居る事。蓮華の単花蜜を使った特産品作りや、家庭料理確立のお手伝いをしている事――
「おれがおてつだいして助かったっていわれるのはうれしいよ」
――不意に、カインの言葉が変わった。
「ファもランもシアもみんなあたらしいおうちになじんでるし、みんなよくしてくれるんだ」
「――カイン? いつもと話し方が違うのだ。どうしたのだ? 元気ないのだ?」
幼い口ぶりと、見上げたカインの表情に大福が心配の声を掛け。――ひゅっ、とカインの喉が鳴る。
はくりと動いた唇から零れる音はなく、ますます大福はカインを案じた。静かな場所に移動しようと、町外れへ歩き出す。
その、去って行く背中だけに気付いたララベルが、あの2人も来てたんだ、と驚いた。その間にも2人の姿は、人混みの中に消える。
だからララベルは、祭り見物に戻ることにした。――これはこれで何だか楽しい、と思い始める。
もしかしたら、桜の美しさに充てられたのかもしれない。
(来れなかった皆の分まで、僕が楽しめば良いんだよね!)
何しろ桜の花はどこを見ても満開で、美味しそうな屋台だって一杯だ。それに、そうだ、体験工房で作ったものや、体験話そのものを皆へのお土産にしても良い。
そう思って見まわせば、先とは異なりどれもこれもが魅力的に見えた。頑張ろう、と意識的に笑顔を浮かべてララベルは、そうして押花屋さんへ向かうのだった。
●
星駆神社の境内は、桜の気配に満ちていた。
「何とも儚げな、美しい花だ」
桜花の着物を纏い、髪の簪を煌めかせつつ、見上げて呟くシルヴィア・A・カペルに、色合いの異なる紺の市松模様を纏うルーンス・ラグネルが頷いた。
「この季節の桜の品種はいいね」
セットで借りたライトグレーの羽織が揺れる。そうして続いた言葉はだが、純粋に愛でるものではない。
「品種は多くあるのは知ってるけど、僕はこの色合いが好きだな。桜色に染めるには花弁ではなく、木の皮の方だからね、中々難しいね」
そんなルーンスの言に、シルヴィアは微笑みながらまた桜を見上げた。――星と同じだ、と思う。
平民も貴族も、あらゆるものを等しく見下ろしているのにこの花々は、全く傲慢さを感じない。そんな所がシャルガネの人に愛される所以なのだろうかと、呟けばルーンスが肩を竦めた。
「カインによると、自然の前において、あらゆる生命の生死は平等らしい。だからこそ、彼らをお騒がせすることはあってはならないってさ」
だが、農村で育った男にしては高度な知識ではないかと、ルーンスはシルヴィアへ耳打ちした。――アーダベルト商会は奉仕活動事業のために各地を視察しており、王国とシグモルに少し力を入れよう、と言っているのだが。
その過程で気になったのが、カインの知識の起源。彼の家族はもう居ないし、起源が判った所で、取り戻せもしないけれども。
「己のルーツを知ることで、自身を取り戻すきっかけになるんじゃないかと思って」
「自身を形作るものを大切にするからこそ、信じる自分を見つけられる、という所かな」
ルーンスの言葉に、シルヴィアは頷く。と、その向こうに江流とヴィナスの姿を認め、やあ、と笑んだ。
「よく来てくれたね。じゃあ始めようか」
まだ招待客は揃っていないけれどと、告げたシルヴィアに頷き江流が、持参したお花見セットと煎茶を広げ。――ひょい、とヴィナスに奪われた。
「まずは一息ね」
担当者として接待させてよと、軽口のようなヴィナスの本音は、江流の正式な婚約を祝い、労いたいという所。それゆえの言動に、江流は出された苺大福を食べながら、はいはい、と苦笑する。
煎茶を飲みつつそれを眺めていたシルヴィアに、ルーンスが微笑んだ。
「何かあればお申し付けを。当商会は決して損はさせませんよ、カペル様」
「末永いお付き合いになるよう願っているよ」
その微笑みを、微笑みでシルヴィアは受け流す。――今まではともかく、今後シルヴィアが家督を継げば、彼らは正式に『蒼玉の取引先候補』と成る。
ゆえに、商売相手として話すのは、王国にとって理になるのかを見極めてからになるだろう。あちらも時間がかかるようだし――そう、思い起こすのは先に訪ねた神社近くの酒蔵での話。
蔵元への『花の領地に酒を卸してみないか』との提案は、今はまだ仕込みで忙しい、と保留にされた。それでも断られなかっただけ良いと、次の手を思い巡らせる。
ユズが家族を伴い訪れたのは、そんな折だ。一緒に花見はどうか、とシルヴィアに誘われ――お役目ゆえに迷っていた両親も、友達に紹介したいと言うユズに、少しならと頷いてくれた。
けれども、何だか少し面はゆい。
「紹介、する、ね。星駆神社の神主と、巫女で、……そして、ボクの大切な、家族」
「ユズがお世話になっています」
そうして紹介したユズに、家族が揃ってそう頭を下げたから、ますます面映ゆくなった。だが、顔を伏せる訳にはいかない。
今度は家族を振り返り、友人達を紹介する。
「皆、友達。えと、とても、お世話になった。過去の大きな戦いで、一緒に戦った、戦友……ありがと、う」
「ユズは何度も共闘した大切な戦友です」
そんなユズに微笑みつつ、シルヴィアが補足するように告げた。
「占い師として素晴らしい才能を持っている。それに何より、人の心に寄り添うことが出来る人だと思っています」
その言葉に3人は、少し驚いた顔をして、ユズの話を聞くのが楽しみだ、と笑う。うん、と頷いたユズはそうして、ハナユに目配せした。
友人達に、この神社の桜を楽しんで欲しいと願うユズである。此処の桜はとても綺麗だと思うから。
それを桜茶と共に味わって欲しいと、ユズとハナユは振る舞い。受け取ったシルヴィアが、湯の中に咲く花に目を細めた。
同じく受け取りながら江流が、ユズを見る。
「前に占って貰った事。なんとか実を結んだよ、ありがとう」
「ん、良かっ、た」
「桜茶、頂くよ……塩気の強い印象だったけれど、淹れ方で変わるものだね」
そうして口をつけた江流は、その違いに目を見開いた。縁起の目出度い茶で見栄えもいいし、自分達の晴レノ日に使うのも良いだろうか。
彼女は喜んでくれるかと、考える江流にヴィナスが、買い付けましょうかと笑う。――こうして肩書で接される事が増えるのだろう、と江流とシルヴィアは思った。
江流とシルヴィア、そしてその婚約者との間とて、貴族の柵が横たわる事になる。
「今のように呼べる機会がいつまであるかわからんものな。”彼”にも宜しく伝えてくれ」
「ああ。今のうちに酒肴に付き合って貰うよ」
いつしか月仙も現れて、しみじみと飲み交わし始める2人だ。その様子を眺めつつ、ヴィナスの興味は双子達へと向かう。
神社関係の話を聞く機会はほぼないし、祀られている神や神社での作法についての話も知りたかった。ユズの占いの話だって、興味深いものもある。
――ぐるり、花見に集う人々を眺めた。ヴィナスにとって冒険者は副業となり、もう以前ほどに色々と動き回る事はなかろうが、
「だからこそ、皆で過ごせる時を大事にしたいね。今日という日は二度とこないから、再会した時に再び蘇るというもの。桜もそう。俺の記憶から消え去る訳じゃないからね」
その言葉に、江流の中でまた何かがすとんと落ちる。――記憶から消え去る訳では無いならば、機会さえ在れば蘇らせることは出来るだろうし、消え去ってしまわない道を選べた事を安堵もできる。
自分が進む方向を間違えないように。
自分が選んだ一番大事なもののために。
――そして、いつかまた。時が巡り道が交わる時に辿り着けるよう、生きている限り前へ進もう。
「ありがとう、ヴィナス」
「どういたしまして」
ゆえに礼を言った江流に、ヴィナスは笑った。
●
郊外の丘に咲き誇る、数多の桜。その根元に風呂敷を敷き、大福はお弁当や温かいお茶などを広げていった。
カインは、動かない。――動けないらしい、と判る。
「大福で良かったら話聞くのだ~」
心配そうな粽に寄り添われているカインに、声を掛ければその唇がまた、はくりと動いた。けれども音は紡がれず――もしかして、と気付く。
「カイン、声がでないのだ?」
――こく。
「大丈夫なのだ?」
――……
2度目の頷きはないカインを、粽が心配そうに見上げる。それにカインは、紙と羽根ペンを取り出した。
訥々と書き付ける、文字もまた拙い。でも、大福にはちゃんと読めるから問題ない。
『まえから、げんてい てき に こえがでなくなることは、あって』
『いらいで、ちょっとあって すこし ひどくなってる』
『てーこく どうにかするまで がまんした』
カインが現在フロルで手伝いをしているのは、その療養にとシルヴィアに勧められたのが真相だ。そう、綴るカインに大福は――よしよし、と頭を撫でる。
「カイン、沢山頑張ったのだ。偉いのだ」
ぷにぷにの肉球でたくさんなでなでして、もふもふギューッと抱き締める。そんな大福の横で、粽も『元気出せよ』と言うようにカインの顔をぺろぺろ舐める。
泣いても良いと言ったけど、カインは終ぞ泣かなかった。けれども大福達の温もりが、じわりと心に染みて。
「うん、ありがとう」
やっと、声が出た。
「少しのんびりしようかと思ってる」
「それが良いのだ。大福、カインが元気になるまで傍にいるのだ」
そうして礼を紡いだカインに、大福はにぱっと笑って粽と反対側に寄り添う。その大福達のもふもふの毛並みに、カインは手を滑らせたのだった。
(困ったなぁ)
ララベル・サン・ディーベルは、途方に暮れつつ人混みの中を歩く。――どう過ごしたら良いんだろう。
元々は、誘い合わせて祭り見物の予定だったのだ。だが、急に相手の都合が悪くなってしまった。
どうしよう、と人の波に押されるように、どうにかお花見広場を目指したは良いものの。
「押花作りはどうですか?」
「うーん……」
「茶の湯をしてかない?」
「えぇと……」
あちらこちらの客引きにも、イマイチ食指が動かない。途方に暮れるララベルの眼差しが、ふと見覚えのある姿を捕らえる。
あれは、と思っていたら目が合ってしまった。
「こんにちは」
「どうも」
ゆえに会釈したララベルに、海神 江流も会釈を返す。故郷由来の装束を纏い――それは江流の、冒険者としての装い。
今日は言うなれば、自らの起源を魂に焼き付ける為の来訪だ。江流の生みの親は旅に生き、生家はとうに引き払われ、自身も王国貴族の養子となり――その度に故郷との縁が薄れるのを感じていた。
――いずれ、訪れる事も無くなってしまうのだろうか。そう思ってしまったからきっと、江流は今日ここに居る。
舞う桜の中に立つ、江流に少し離れた所からヴィナスが「お待たせ」と声を掛け。――ララベルに気付き、おや、という顔になる。
そんな2人にララベルは、「じゃあ僕は行くね」と会釈し、歩き出した。それをちらりと見てから、改めてヴィナスは江流へと話し掛ける。
「選ぶのに迷ってさ」
そんなヴィナスの装いは、萌黄色の着物と羽織。折角だから貸衣装屋で和装を借りると、江流が散策する間にあれこれ選んでいた――というのは口実だけど。
そう語るヴィナスの笑みに、江流は苦笑を漏らした。――今に後悔はないが、それでも妹と、家族と過ごしたこの地との縁を惜しむのは、女々しいのだろうか。
仄かに迷う瞳に、気付いたヴィナスが先とは違う笑みを浮かべた。
「俺は、ローレラウラへ帰ったけど」
「うん?」
「ローレラウラが故郷なんじゃなく、俺の大切な人がいる場所が故郷だと思ってる。故郷が増えたというのも考え方のひとつだ、と言っておくよ」
「……なるほど」
話しておきたくなったのだと、肩を竦めたヴィナスの言葉に、江流の胸にすとんと何かが落ちた、気がする。――嗚呼、誰かが言っていたじゃないか。
『名残は惜しいが散り行くからこそ美しいのだ』。なぜだかその言葉を思い起こした、江流の視界で桜の花びらが舞う。
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両親を前に、ユズは酷く緊張していた。
「その、ボク……ふたりに話、ある」
ハナユには去年話したが、と両親を見れば不思議そうな顔。対はあの話を、自身の胸にだけ留め置いてくれたのだろう。
それに感謝してユズは、幾度か唇を動かして。
「……ずっと、逃げてて、ごめんなさい」
か細い懺悔を紡ぐ。
「ボク、怖かった。由緒正しい歴史あるこの神社を、守って行けるのか、って。……臆病、だから」
だから、ハナユに全部任せきりで逃げた。その先で弟子を得て、たくさんの経験をした。
――もう、前のように弱虫ではない。弟子が独り立ちの時を迎えようとするように、ユズも少しは成長できたはず。
「それを、ハナユは、全部知ってて。ずっと一人で、背負ってくれたけど」
逃げるのはもう、やめたい。――これからは共に、背負いたいと願うのだ。
だから。
「……お願い、します。神職のお仕事、継がせて、ください」
ユズ達を拾い愛しんでくれた大切な両親への、それが恩返しであろうと思うから。返し切れぬ恩を、幾何かでも返したいと願うから。
許してくれるかと、震えるように尋ねた、ユズをハナユが力強く抱き締める。そろりと両親を見上げれば、微笑み頷く姿が見えた。
目頭が、熱くなる。――ギュッと、対を抱き締め返す。
「ハナユ、ありがとう、今まで。……そして、これから先も、よろしく。大好きな、ボクの対」
「こちらこそ、やで」
双子の顔は、くしゃりと歪んでいた。そこに混ざりたそうな顔の養父を、にこにこ養母が窘める。
――嗚呼、これがボクの、大切な家族だ。
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お花見広場の只中で、桜の刺繍入りの手巾を手に1人と1匹が楽しげに跳ねる。
「粽! 綺麗な桜の花びら沢山つかまえるのだ! 持って帰って記念の栞にするのだ~!」
――ワン!
星駆神社の桜祭りが、気になって来た大福だ。故郷の桜も綺麗だけれど、此処の桜の色も良いとご満悦。
舞い降る桜花を手巾に集めて、さて次は、と辺りを見回した大福はカイン・ステラに気付き。カインが「あれ」と瞬いた。
「お久し振り、大福、粽」
「カイン~! 久しぶりなのだ! カインも桜祭りに来たのだ?」
ゆえに挨拶したカインに、粽と共に嬉しそうにまろび寄り。尋ねた大福の横で、粽が再会の喜びにぶんぶん尻尾を振る。
もちろん、大福もとっても嬉しい。だからぴょこぴょことカインに尋ねた。
「大福も一緒にお花見していいのだ? おっ母の手作り弁当とお菓子持ってきたのだ!」
「じゃ、どっか座れるとこ探すか」
それに頷いた、カインが人混みの中を歩き出す。その隣にぴょんこと並び、大福もきょろきょろしながら近況を話し出した。
何しろ本当に久しぶりだから、その喜びのままに一生懸命喋る大福だ。それを聞きつつカインも、自身の近況を語る。
最近はカペル領フロルに居る事。蓮華の単花蜜を使った特産品作りや、家庭料理確立のお手伝いをしている事――
「おれがおてつだいして助かったっていわれるのはうれしいよ」
――不意に、カインの言葉が変わった。
「ファもランもシアもみんなあたらしいおうちになじんでるし、みんなよくしてくれるんだ」
「――カイン? いつもと話し方が違うのだ。どうしたのだ? 元気ないのだ?」
幼い口ぶりと、見上げたカインの表情に大福が心配の声を掛け。――ひゅっ、とカインの喉が鳴る。
はくりと動いた唇から零れる音はなく、ますます大福はカインを案じた。静かな場所に移動しようと、町外れへ歩き出す。
その、去って行く背中だけに気付いたララベルが、あの2人も来てたんだ、と驚いた。その間にも2人の姿は、人混みの中に消える。
だからララベルは、祭り見物に戻ることにした。――これはこれで何だか楽しい、と思い始める。
もしかしたら、桜の美しさに充てられたのかもしれない。
(来れなかった皆の分まで、僕が楽しめば良いんだよね!)
何しろ桜の花はどこを見ても満開で、美味しそうな屋台だって一杯だ。それに、そうだ、体験工房で作ったものや、体験話そのものを皆へのお土産にしても良い。
そう思って見まわせば、先とは異なりどれもこれもが魅力的に見えた。頑張ろう、と意識的に笑顔を浮かべてララベルは、そうして押花屋さんへ向かうのだった。
●
星駆神社の境内は、桜の気配に満ちていた。
「何とも儚げな、美しい花だ」
桜花の着物を纏い、髪の簪を煌めかせつつ、見上げて呟くシルヴィア・A・カペルに、色合いの異なる紺の市松模様を纏うルーンス・ラグネルが頷いた。
「この季節の桜の品種はいいね」
セットで借りたライトグレーの羽織が揺れる。そうして続いた言葉はだが、純粋に愛でるものではない。
「品種は多くあるのは知ってるけど、僕はこの色合いが好きだな。桜色に染めるには花弁ではなく、木の皮の方だからね、中々難しいね」
そんなルーンスの言に、シルヴィアは微笑みながらまた桜を見上げた。――星と同じだ、と思う。
平民も貴族も、あらゆるものを等しく見下ろしているのにこの花々は、全く傲慢さを感じない。そんな所がシャルガネの人に愛される所以なのだろうかと、呟けばルーンスが肩を竦めた。
「カインによると、自然の前において、あらゆる生命の生死は平等らしい。だからこそ、彼らをお騒がせすることはあってはならないってさ」
だが、農村で育った男にしては高度な知識ではないかと、ルーンスはシルヴィアへ耳打ちした。――アーダベルト商会は奉仕活動事業のために各地を視察しており、王国とシグモルに少し力を入れよう、と言っているのだが。
その過程で気になったのが、カインの知識の起源。彼の家族はもう居ないし、起源が判った所で、取り戻せもしないけれども。
「己のルーツを知ることで、自身を取り戻すきっかけになるんじゃないかと思って」
「自身を形作るものを大切にするからこそ、信じる自分を見つけられる、という所かな」
ルーンスの言葉に、シルヴィアは頷く。と、その向こうに江流とヴィナスの姿を認め、やあ、と笑んだ。
「よく来てくれたね。じゃあ始めようか」
まだ招待客は揃っていないけれどと、告げたシルヴィアに頷き江流が、持参したお花見セットと煎茶を広げ。――ひょい、とヴィナスに奪われた。
「まずは一息ね」
担当者として接待させてよと、軽口のようなヴィナスの本音は、江流の正式な婚約を祝い、労いたいという所。それゆえの言動に、江流は出された苺大福を食べながら、はいはい、と苦笑する。
煎茶を飲みつつそれを眺めていたシルヴィアに、ルーンスが微笑んだ。
「何かあればお申し付けを。当商会は決して損はさせませんよ、カペル様」
「末永いお付き合いになるよう願っているよ」
その微笑みを、微笑みでシルヴィアは受け流す。――今まではともかく、今後シルヴィアが家督を継げば、彼らは正式に『蒼玉の取引先候補』と成る。
ゆえに、商売相手として話すのは、王国にとって理になるのかを見極めてからになるだろう。あちらも時間がかかるようだし――そう、思い起こすのは先に訪ねた神社近くの酒蔵での話。
蔵元への『花の領地に酒を卸してみないか』との提案は、今はまだ仕込みで忙しい、と保留にされた。それでも断られなかっただけ良いと、次の手を思い巡らせる。
ユズが家族を伴い訪れたのは、そんな折だ。一緒に花見はどうか、とシルヴィアに誘われ――お役目ゆえに迷っていた両親も、友達に紹介したいと言うユズに、少しならと頷いてくれた。
けれども、何だか少し面はゆい。
「紹介、する、ね。星駆神社の神主と、巫女で、……そして、ボクの大切な、家族」
「ユズがお世話になっています」
そうして紹介したユズに、家族が揃ってそう頭を下げたから、ますます面映ゆくなった。だが、顔を伏せる訳にはいかない。
今度は家族を振り返り、友人達を紹介する。
「皆、友達。えと、とても、お世話になった。過去の大きな戦いで、一緒に戦った、戦友……ありがと、う」
「ユズは何度も共闘した大切な戦友です」
そんなユズに微笑みつつ、シルヴィアが補足するように告げた。
「占い師として素晴らしい才能を持っている。それに何より、人の心に寄り添うことが出来る人だと思っています」
その言葉に3人は、少し驚いた顔をして、ユズの話を聞くのが楽しみだ、と笑う。うん、と頷いたユズはそうして、ハナユに目配せした。
友人達に、この神社の桜を楽しんで欲しいと願うユズである。此処の桜はとても綺麗だと思うから。
それを桜茶と共に味わって欲しいと、ユズとハナユは振る舞い。受け取ったシルヴィアが、湯の中に咲く花に目を細めた。
同じく受け取りながら江流が、ユズを見る。
「前に占って貰った事。なんとか実を結んだよ、ありがとう」
「ん、良かっ、た」
「桜茶、頂くよ……塩気の強い印象だったけれど、淹れ方で変わるものだね」
そうして口をつけた江流は、その違いに目を見開いた。縁起の目出度い茶で見栄えもいいし、自分達の晴レノ日に使うのも良いだろうか。
彼女は喜んでくれるかと、考える江流にヴィナスが、買い付けましょうかと笑う。――こうして肩書で接される事が増えるのだろう、と江流とシルヴィアは思った。
江流とシルヴィア、そしてその婚約者との間とて、貴族の柵が横たわる事になる。
「今のように呼べる機会がいつまであるかわからんものな。”彼”にも宜しく伝えてくれ」
「ああ。今のうちに酒肴に付き合って貰うよ」
いつしか月仙も現れて、しみじみと飲み交わし始める2人だ。その様子を眺めつつ、ヴィナスの興味は双子達へと向かう。
神社関係の話を聞く機会はほぼないし、祀られている神や神社での作法についての話も知りたかった。ユズの占いの話だって、興味深いものもある。
――ぐるり、花見に集う人々を眺めた。ヴィナスにとって冒険者は副業となり、もう以前ほどに色々と動き回る事はなかろうが、
「だからこそ、皆で過ごせる時を大事にしたいね。今日という日は二度とこないから、再会した時に再び蘇るというもの。桜もそう。俺の記憶から消え去る訳じゃないからね」
その言葉に、江流の中でまた何かがすとんと落ちる。――記憶から消え去る訳では無いならば、機会さえ在れば蘇らせることは出来るだろうし、消え去ってしまわない道を選べた事を安堵もできる。
自分が進む方向を間違えないように。
自分が選んだ一番大事なもののために。
――そして、いつかまた。時が巡り道が交わる時に辿り着けるよう、生きている限り前へ進もう。
「ありがとう、ヴィナス」
「どういたしまして」
ゆえに礼を言った江流に、ヴィナスは笑った。
●
郊外の丘に咲き誇る、数多の桜。その根元に風呂敷を敷き、大福はお弁当や温かいお茶などを広げていった。
カインは、動かない。――動けないらしい、と判る。
「大福で良かったら話聞くのだ~」
心配そうな粽に寄り添われているカインに、声を掛ければその唇がまた、はくりと動いた。けれども音は紡がれず――もしかして、と気付く。
「カイン、声がでないのだ?」
――こく。
「大丈夫なのだ?」
――……
2度目の頷きはないカインを、粽が心配そうに見上げる。それにカインは、紙と羽根ペンを取り出した。
訥々と書き付ける、文字もまた拙い。でも、大福にはちゃんと読めるから問題ない。
『まえから、げんてい てき に こえがでなくなることは、あって』
『いらいで、ちょっとあって すこし ひどくなってる』
『てーこく どうにかするまで がまんした』
カインが現在フロルで手伝いをしているのは、その療養にとシルヴィアに勧められたのが真相だ。そう、綴るカインに大福は――よしよし、と頭を撫でる。
「カイン、沢山頑張ったのだ。偉いのだ」
ぷにぷにの肉球でたくさんなでなでして、もふもふギューッと抱き締める。そんな大福の横で、粽も『元気出せよ』と言うようにカインの顔をぺろぺろ舐める。
泣いても良いと言ったけど、カインは終ぞ泣かなかった。けれども大福達の温もりが、じわりと心に染みて。
「うん、ありがとう」
やっと、声が出た。
「少しのんびりしようかと思ってる」
「それが良いのだ。大福、カインが元気になるまで傍にいるのだ」
そうして礼を紡いだカインに、大福はにぱっと笑って粽と反対側に寄り添う。その大福達のもふもふの毛並みに、カインは手を滑らせたのだった。
マスターコメント
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月です。
この度はご参加頂きまして、本当にありがとうございました。
菊の花にまつわる物語、如何でしたでしょうか。
皆さまの素敵なプレイングに、蓮華も何だか桜の街並みを歩いているような心地も覚えつつ、精いっぱい紡がせて頂きました。
ちょうど家の窓からも桜並木が見えまして、結果的にタイムリーな感じに。
このシナリオが皆様にとって、楽しんで頂けるものでしたら幸いです。
またいずこかでのご縁がございましたら、どうぞ宜しくお願いいたします(深々と
ショートシナリオR易しい 報酬:無し8 / 4〜8人
2024年04月13日 17時53分28秒 公開
大成功
相談掲示板
どうも、ハナユ言います。今回は参加してくれはってどうもありがとう! うちは基本的に神社におるけど、ユズと一緒に参拝客の皆さんへ桜茶を振る舞うつもりやから、参拝予定の人は良かったら一服してってな。 依頼の出発は明日の朝8時! プレイングは忘れずに送るんやで! それじゃあ、また現地で会おうな。どうぞ、よろしゅうに。