菊に重ねる願いと祈り。
蓮華・水無月
コメント 0
シナリオID:3216
オープニング
9月にもなると、ほんのわずかに夏の気配が遠のいて、秋の訪れを感じさせる。それは日暮れの早さであったり、ふとした瞬間に吹き抜ける風の涼やかさであったりするのだけれども。
此処、星駆神社のある辺りではこの時期に、菊の花を愛でる催しが行われる。
「今年の観菊の集いは、どんくらいの人が集まるんかな」
星駆神社の巫女さんであるハナユはそんな独り言を呟きながら、準備にパタパタと忙しい。壱の鳥居から弐の鳥居へと続く参道には、近所の人々が持ち寄った菊の鉢植えが、ちらほらと並び始めている。
その数を数えては、着せ綿用の真綿を準備して、当日に出す飲み物や軽食の準備を確認して――
「せやけど、1番に菊を見られるんは嬉しいしな」
それが労働のご褒美だとばかりに、ハナユは菊の花々に目を細めた。
●
観菊の集いとは、書いて字の如く、人々が手塩にかけて育てた菊の花を持ち寄って、ただ眺めたり、どの花が1番かを大きさや色付きなど様々な分野で競ったりする、ちょっとした催しである。けれども菊を育てる人たちだけの楽しみだけで終わらないのは、この辺りには、観菊の集いの朝に菊の花についた露を集めて飲むと、健康長寿に恵まれる――という信仰があるからだ。
各家庭でもささやかに行われている催しを、どうせなら神社でも皆でやろうと言い出したのが誰なのか、ハナユは知らない。知らないけれども、昔からそうなのだ。
ゆえに神社の者達は、場所を提供するだけではなく、いつの頃からか主催として観菊の集いを取り仕切る。前日から、事前に持ち込まれた菊や境内などに咲いている菊に真綿を被せて回り、翌朝には湿った綿が乾かないうちに集めて露を絞り、お茶や果実水、お酒に混ぜて供するのだ。
それを飲んで、ちょっとした軽食を食べて、みんなで菊を観賞して和やかに過ごす、観菊の集いとはそんなのどかな催しなのだった。
「ハナユ。夜の用意も出来てる?」
「うん。菊枕も、菊湯もばっちりやで」
神職でもある母にそう尋ねられ、ハナユは大きく胸を張ってそう応える。観菊の集いの夜は、菊を浮かべたお湯を浴び、乾燥させた菊の花びらの小袋を枕の下に置いて寝るのも、この辺りの習わしだ。
健康に過ごせますように。長生き出来ますように。
自分のために、誰かのために、菊の花に願いをかける。――この頃は色んな国で何だか色々と危ない事があるみたいだと、手伝いに来てくれた冒険者から聞きもしたので。
そんな人々のためにもハナユは、パタパタと準備をするのだった。
此処、星駆神社のある辺りではこの時期に、菊の花を愛でる催しが行われる。
「今年の観菊の集いは、どんくらいの人が集まるんかな」
星駆神社の巫女さんであるハナユはそんな独り言を呟きながら、準備にパタパタと忙しい。壱の鳥居から弐の鳥居へと続く参道には、近所の人々が持ち寄った菊の鉢植えが、ちらほらと並び始めている。
その数を数えては、着せ綿用の真綿を準備して、当日に出す飲み物や軽食の準備を確認して――
「せやけど、1番に菊を見られるんは嬉しいしな」
それが労働のご褒美だとばかりに、ハナユは菊の花々に目を細めた。
●
観菊の集いとは、書いて字の如く、人々が手塩にかけて育てた菊の花を持ち寄って、ただ眺めたり、どの花が1番かを大きさや色付きなど様々な分野で競ったりする、ちょっとした催しである。けれども菊を育てる人たちだけの楽しみだけで終わらないのは、この辺りには、観菊の集いの朝に菊の花についた露を集めて飲むと、健康長寿に恵まれる――という信仰があるからだ。
各家庭でもささやかに行われている催しを、どうせなら神社でも皆でやろうと言い出したのが誰なのか、ハナユは知らない。知らないけれども、昔からそうなのだ。
ゆえに神社の者達は、場所を提供するだけではなく、いつの頃からか主催として観菊の集いを取り仕切る。前日から、事前に持ち込まれた菊や境内などに咲いている菊に真綿を被せて回り、翌朝には湿った綿が乾かないうちに集めて露を絞り、お茶や果実水、お酒に混ぜて供するのだ。
それを飲んで、ちょっとした軽食を食べて、みんなで菊を観賞して和やかに過ごす、観菊の集いとはそんなのどかな催しなのだった。
「ハナユ。夜の用意も出来てる?」
「うん。菊枕も、菊湯もばっちりやで」
神職でもある母にそう尋ねられ、ハナユは大きく胸を張ってそう応える。観菊の集いの夜は、菊を浮かべたお湯を浴び、乾燥させた菊の花びらの小袋を枕の下に置いて寝るのも、この辺りの習わしだ。
健康に過ごせますように。長生き出来ますように。
自分のために、誰かのために、菊の花に願いをかける。――この頃は色んな国で何だか色々と危ない事があるみたいだと、手伝いに来てくれた冒険者から聞きもしたので。
そんな人々のためにもハナユは、パタパタと準備をするのだった。
解説
◎目的
シャルガネ地区某所で行われる『観菊の集い』に参加しよう。
皆さんはシャルガネ地区某所に在る星駆神社にて、菊を観賞する催しの準備のお手伝いを頼まれました。
または、そんな催しがあるという話を聞いて、星駆神社を訪れました。
ぜひ、楽しい一時を過ごして頂ければ幸いです。
◎どんな事が出来るの?
1)前日の準備をしよう
ハナユや氏子の皆さんを手伝って、観菊の集いの準備をしてください。
具体的には軽食(おにぎりの米を洗って浸しておくなど)の仕込みをしたり、干した菊の花びらを手分けして小袋に詰めたり、真綿を菊の数だけ用意したり、その真綿を花にかぶせて回ったり、菊の鉢植えを動かしたり、といった作業があります。
特別な誰かに小袋を贈りたい――なんて理由でも、作業を手伝って頂けるなら1つ、2つは担当者の役得です。
お料理の得意な方は、お気が向かれれば軽食を提案して頂くと、喜ばれるかもしれません。
今のところ、おにぎり(具ナシ)、お新香(いわゆる浅漬け)、味噌汁、おせんべい、といったメニューになっています。
(※季節・世界観的にNGなものでなければ大抵の食材はあるとお考え下さい。)
2)観菊の集いの準備をしよう
観菊の集いの当日朝は、早起きして露で湿った真綿を回収するところからスタートです。
何とも都合の良いことに、どの真綿もしっかりと湿ってますのでご安心ください。
集めた真綿を絞って露を壺に1度集め、飲み物(お茶・果実水・お酒)や味噌汁に少しずつ混ぜたら準備完了です。
軽食の調理もこのタイミングでスタートします。
(やって来るのは老若男女100名前後でしょう)
3)菊の花を観賞しよう
当日、参道には様々な菊の花が咲き誇っています。
のんびりとそぞろ歩きながら眺めても、適度に用意されている腰掛に座って眺めても良いでしょう。
社務所の前で軽食と飲み物が配られていますので、それを手にお好きな所で召し上がって頂いても大丈夫です。
ポイ捨ては禁止。
(※シャルガネが舞台ですが、洋菊なども拘りなく並べられています。)
◎登場EXC/NPC
ハナユ……
白の着物に朱色の袴を身に着けた、ポニーテールが元気な女の子。
観菊の集いの実務責任者ではありますが、観菊の集いは来訪者が少なめなのでちょっと余裕があります。
神職達……
ハナユの両親。
社務所の前でニコニコ菊を眺めていますが、ご祈祷を希望する方が居れば社殿へ移動します。
マスターより
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月と申します。
伝統行事って妙に心惹かれますよね、ということで観菊の集いシナリオでお邪魔させて頂きます。
いわゆる『重陽の節句』をモチーフにした、星駆神社(とその周辺)で行われている菊の鑑賞会と、健康長寿の縁起担ぎ。
なんだかあれこれと不穏な昨今、ご自身の、またはどなたかの健康長寿や無事を祈ってみては如何でしょうか。
星駆神社には、流星の夜には願い事が叶いやすくなるらしい――という言い伝えがありますので、もし観菊の集いの夜に星が流れたら叶うかも。
そんなノリで行けたならなと思います。
そんなこんなの『観菊の集い』、お気が向かれましたらどうぞお気軽に、よろしくお願い致します。
リプレイ
星駆神社の境内に、賑やかな声が木魂する。
「力仕事はどんどんおまかせください! これでも庭師の娘ですからね!」
「助か、る」
ぐっ、とこさえた力拳は嘘ではないとばかりに、運び込まれた菊の鉢植えをどんどんと運んでいくのはトーラである。その逞しさにユズは瞬き、それから「ほぅ」と頬を綻ばせた。
鉢植えは、ただ闇雲に並べていけば良いというものではない。花の高さや大きさ、色映えによっても美しく見える場所や角度、順番というものがあるし、
「うーん……この子は少し調子悪いみたいです。水は控えめにして、日あたりを考えた方が良いかもしれません」
「へぇぇ……冒険者さん、そんなんも解るんやねぇ」
個別の花の具合も確認するトーラの言葉が、聞こえたハナユが目を丸くした。それからちら、とユズへと視線を向けたのは「ユズも出来るん?」という意味だろう。
それに苦笑と共にひょいと肩を竦めて、ユズは手に持つ籠を軽く示す。
「干してた花弁、これで、全部?」
「裏に置いとったやつ? うん、ほなそれで全部やわ」
ありがとうな、と満面の笑みでハナユが振り返り、ユズの手の中の籠を覗き込んだ。そこには色とりどりの、すっかり乾いた花弁が並んでいて。
早速続きをしようと歩き出したハナユとユズが、くるりと同じタイミングでトーラを振り返る。
「終わったら、手伝いに戻る、から」
「分らんことあったら、いつでも聞きに来てください」
「はい、任されました!」
それが何だか微笑ましくて、にこにこしながらトーラは大きく頷いてまた、鉢植えの移動に精を出す。これまでの経験や知識もフル活用し、今だけでなく明日の見栄えをも意識しながら、丁寧に角度を調節して回り。
他方、双子達は社務所に戻ると、お手伝いの人達と一緒に、回収してきた花びらをせっせと小袋に詰めていく。数え切れないほどの小袋に、ただひたすら花びらを詰めていく作業は時に眩暈も覚えるけれど、
「この袋、縫ったの、角のおばさん……?」
「もうおぼあちゃんやわ。今も、毎年たっくさん縫うてくれはるんやで」
「そう、なんだ。お礼、しないと、ね」
「明日も来はるやろから、うちと一緒に挨拶しよ」
そんな話をしながらの作業はどこか、くすぐったくて、懐かしくて、楽しい。時折は手を止めて休憩がてら歩き回って、明日の軽食の具材の話なんかもして。
そうするうちにゆっくりと、日差しが傾いてくる。そろそろやね、とハナユが手を止め空を見上げるから、うん、とユズも同じ空を見上げた。
ちょうど、鉢植えの配置を終えたトーラが戻ってくる。
「もう少しで日が暮れますが――次は、花に真綿を被せるんでしたか?」
「そうなんです。うちらもそろそろ行こと思てたんですよ」
そうして尋ねたトーラに、尋ねられたハナユがにっこりと立ち上がりながら、社務所の片隅に山と積まれた真綿を指差した。これはまた、と目を見張るトーラに真綿を詰めたひと袋を渡し、ユズとハナユも同じように真綿を詰めた袋を持って、日差しに茜の入り混じる境内へ。
ハナユが1つ真綿を取り出し、手近な菊へとそっと被せた。
「こんな風に、花に被せてって欲しいんです。この辺、お願いして良いですか? うちは本殿の辺りを回るから――」
「ボクは、参道、回る」
「では、まずはここに並べた菊に被せて行きますね! 終わったら、参道も見て回ります」
双子の言葉にトーラは頷き、彼女達がそれぞれの持ち場へと向かうのを見送る。それから改めて菊の鉢植えに向き合って、そーっと丁寧に、時に息を詰めるように花へと1つ1つ、真綿を優しく被せ始めた。
毎年の事だからだろう、真綿は花に被せやすいよう、ある程度は加工されている。けれども形も大きさも、繊細さだって1つ1つ違うものだから、花を傷めないよう丁寧に――謝って茎を折ってしまったりしないよう、細心の注意を払って。
そんな風に丁寧に作業をしていたら、社務所の前にずらりと並んだ菊の花だけでも、思ったより時間がかかってしまった。だが、少し手元に暗さが見える頃にはトーラもすっかり慣れて作業を終え、参道のあちこちに並べた菊の花へも真綿を被せて回る。
途中、ユズに行き会った。――という事は、
「ここでお仕舞い、でしょうか?」
「と、思う。確認、しながら、戻ろう」
濃く、と首を傾げ確かめるトーラと共に、ユズは参道脇に並ぶ菊華を1つ1つ確かめながら、社務所までの道を引き返す。ちょうど、本殿の周りの菊綿被せも終わったようで、ハナユと、それから養父母も戻って来た所。
よろしければご一緒に夕食もと、養母が微笑むのにトーラが遠慮しつつもありがたく頷く。用意されたのは朝炊いた白飯を、野菜や少しの干し魚、汁で煮込んだ雑炊だ――とても、暖かい。
一通り腹がくちたら、明日の朝に備えて早々に眠ってしまうのが、毎年の習慣だ。ゆえに「それじゃあ」と寝所に去って行こうとする養父母と、ハナユをユズは呼び止めて。
「これ。……いつも、の」
「そうだったわ。いつもありがとう、ユズ、ハナユ」
「お前達が、良い夢が見れますように」
余分に作っておいた菊の小袋を手渡すのも、彼女達の毎年の習慣だった。良い夢が見られますように、健康長寿に恵まれますように――どの小袋にだって祈りは込めているけれど、これは双子の特別製。
今度こそ寝所に去って行く養父母を見送り、双子も互いに小袋を交換した。――どうか、良い夢が見られますように、と。
●
観菊の集いの朝は早い。なにしろ日が昇る前に集めなければ、露はどんどん乾いて行ってしまうので、ここが一番のスピード勝負と言っても過言ではないだろう。
「でも、これだけしか集まらないのですよね」
ぴちょん、ぴとんと小さな壺に露を慎重に移し、絞りながらトーラはそのささやかさにほぅ、と息を吐く。見渡す限りに、というと大げさだけれども、どこを見ても咲き並んでいる花に残らず被せた真綿から、採れる露はトーラの手の平で包めるほどの壺にいっぱいあれば上出来なのだとか。
ゆえにトーラは細心の注意を払い、うっかり吐息で露を吹いてしまったりしないよう、息を潜めて露を回収する。幾つも、幾つも、幾つも――数え切れぬほどに。
もちろん、ユズもハナユもそれぞれに、小さな壺を大切に抱えて戻って来た。それでも――これだけしかないのだ、という思いがトーラには強い。
「大事に使わないとですね」
「せやねん。めーっちゃ貴重やから、ほんまに気ぃ使うんよ」
「でも、ハナユ、零したこと、ある、よね」
「あー!? それ言うたらユズやって」
「……ッ、あははははっ、お2人とも仲が良いんですね!」
そのやり取りを聞くうちに、トーラの口から笑いが弾け出していた。それに釣られたように両親や、手伝いのご近所の方々もクスクス、うふふと笑みが零れて――やがて双子も顔を見合わせて、お腹が痛くなるほどに一頻り笑い合う。
そうして賑やかに取り掛かったのは、やって来る人の為の軽食の準備。おにぎりの為のお米は前日から浸してある、どんどん炊いていく間にお味噌汁のお湯を沸かして出汁を引き、その傍らでどんどん具材の野菜を切って行くお手伝いの皆さんの手際は、さすが長年やって来ただけあって、目にも留まらぬ鮮やかさだ。
あの、とそんな人々にユズはソロッと提案をする。
「おにぎり……今年は、具を用意、したらどう、かなって」
お新香があるのなら、きっと梅干しもあるだろう。他にも鰹節とか、この時期なら鮭を焼いて解したものなどを入れてみてはどうだろう?
「あとは、ごま塩、振るのもいい、かも。それで、出来れば来てくれる人が好きなもの、選べたら、いいんだ、けど」
「あらユズちゃん、面白いじゃない」
「鰹節なら出汁殻を再利用できるわね?」
そんなユズの提案に、奥様達はあっという間に算段を組み立てていく。そう言いながら双子達に、飲み物の準備お願いね、と言いつけるのに、はいと大きく頷いた。
お茶の葉はすぐに入れられるよう纏めておいて、果実水はたらいにつけて冷やしておいて。御酒の樽は祭じゃないけど、始まりの時に神職が皆の健康長寿を祈ってから割って開けるから、その準備を整えて――
そうしていつも通り賑やかに、いつも通りバタバタと、集いの準備は整って行くのだった。
●
星駆神社の社務所の前に、コーン、と高く乾いた音がする。ご祈祷の後、神職が振り上げた木槌が舞のように1度、2度と酒樽に振り下ろされ、3度目でパカリと開くのが様式美。
途端、周りに控えていた御町内の皆さまが、わらわらと集まり御酒や、他にも各自で持ち込んだ酒樽などをコーン、コーンと開けていく。観菊の集いと言っても、どうやら飲みたい面々にとってはただの良い口実のようだ。
(面白いものですね)
その光景をヴォーレリアは、社務所の前に設えられた腰掛に座って眺めていた。かつてギルドに保護されて――教育を終えて冒険者として活動し始めえたばかりの、ホムンクルスである彼女にとっては、初めてと言っても過言ではない催しだ。
こうして社務所の前に居るだけでも、大小さまざま色とりどりの菊が、まるで互いの華を競うように咲き誇っているのが一望できた。それでいて、1つ1つの花を見ればどこか素朴で控えめにも見えるのが、実に面白い。
(これも――おいしいですね)
ご自由にどうぞと渡された、ごま塩のかかった塩むすびを丁寧に齧れば、ほろりと崩れて口中に解ける米がひどく甘かった。それはもしかしたら、これらを用意した人たちの気持ちであり――この場に揺蕩う穏やかな空気のおかげなのかもしれない。
そんな事を思いながら、おにぎりを飲み込み、果実水を飲む。この果実水には菊の露が混ぜられていて、飲めば健康長寿のご利益があるのだとか。
ふ、と頬を緩めてそんな事を、思う。そうしてぼんやりと物思いに耽るヴォーレリアの視界の隅を、おっとりと通り過ぎてネーヴェ・グラヌローザとアルフィー・リッパーは、参道の方へと足を向けた。
「不思議なご縁ですね。先日も訪れたこの神社に、またご一緒に来られるなんて」
「ああ、そうだな! 今日は、屋台はないみたいだけど」
うふふ、と微笑むネーヴェの言葉に、頷きながらもきょろきょろと辺りを見回すアルフィーである。先日は夏祭り、今日は観菊の集い――あれ程に賑やかだった境内が、今日は別の賑やかさと穏やかさに満たされているのが、まるで何かの魔法のよう。
ゆっくりと参道を踏みしめて歩けば、等間隔に並ぶ菊の花が目に入った。――ネーヴェと一緒にシャルガネを歩いたのは、これで何度目だろうとアルフィーは胸の奥で考える。
そのたびに新しい発見があって――そのたびに新しい体験があって。
「見てください、アルフィーさん。あの花、菊なのに随分と花弁が大きくて――」
「本当だ。あっちのは、小さい菊がたくさん集って1つの大きな菊みたいに見えるな」
「ふふ、菊と言っても色んなお花がありますのね」
「――ああ」
1つ1つ、丹精を込めた者の想いの現れのようにどこかしら違う菊の花を、都度足を止めてここが違う、そこが綺麗と指さしながら歩いて回る。素敵ですわね、と微笑むネーヴェの微笑みに――ぎゅぅッ、とアルフィーは胸が苦しいような心地がして。
目を細めながら微笑みを返した、その表情にネーヴェの頬がなぜか、染まる。そわりと巡らせた視線が少し離れた所にぽつねんとある、誰も座っていない腰掛を捕らえ。
「あ……あちらに座ってゆっくり眺めませんか? 頂いてきたお茶も、冷めてしまいますから」
「あ……あ、そうだな。ちょっとゆっくり……菊茶だったか、これも飲むの楽しみだな!」
つい、と指差したネーヴェの言葉に、なぜだかほっとアルフィーは頷き、ひょいと腰かけた。その傍らにネーヴェも座り――ふと感じる体温が、なぜだかとても心地良い。
その様子を遠くから眺め、トーラはほっと胸を撫で下ろす。下準備に携わり、鉢植えを置く場所や角度まで拘った身としては、それらがちゃんと人々の目を楽しませていて、喜ばれている姿を見れてほっとひと安心と言った所。
ゆえに参道をどこというあてもなく巡りつつ、菊達の様子を見て回るトーラとすれ違って、海神 江流は軽く頭を下げた。さりとて何かを交わす訳でもなく、そのまま静かにすれ違い。
そういえば、と共に歩くヴィナスを振り返った。
「今日は、弟君と一緒じゃないんだね」
「ああ――弟は、婚約者と商会の皆で誕生日プレゼント会議やるみたいだよ――俺の」
くす、とそう言いながら自身を指さして笑うヴィナスに、なるほど、と江流も笑みを零す。それはそれは、さぞかし力の入った会議が繰り広げられている事だろうと、何だかとても想像できた。
ゆえに微笑ましく目を細めてから、はた、とヴィナスの言葉を吟味して瞬く。――商会の皆、で?
その表情から、江流の思いを過たず読み解いて、ヴィナスは「そうなんだ」と微笑み、頷いた。
「実は――俺も弟と同じ、商人でね。と言っても訳あって、商人の方は休んでいたんだが――」
ヴィナスは弟から、江流に彼の正体を明かす機会があったと聞いてる。ならば自分も正体を――と思うのは、彼への友誼ゆえなのか、それとも弟と同じ立場に在りたいと願う誠実さか。
いずれであったとしても、彼に告げるべき言葉と立場は1つだけ。ゆえに揺らがぬ微笑みで告げたヴィナスに、江流はしばし噛み砕くように瞳を伏せ。
そうだったのか、と納得の笑みを浮かべた。
「――驚かないんだね?」
「まあ。今までを思えば、本職冒険者って言われるより、商い人って言われた方が確かに納得」
もちろんその2つの立場を巧みに使い分けている者も居る。けれども彼の弟が、そうして彼が『本当は商人なのだ』と告げたという事は、彼らの心持ちがそうだという事だろう。
ゆえの江流の納得に、さすが、とヴィナスは感嘆の息を吐く。そうでも、と肩を竦めて江流は参道をカツンと鳴らした。
「休んでたけど、ってことは」
「そう。復帰したんだ」
「という事は、面倒事が片付いたのかな?」
「――商人に復帰したから俺自身が変わる訳じゃないんだけど、江流にはお世話になってるから報告しておきたくて」
江流の言葉に明言は避け、けれども表情だけでは雄弁に語るヴィナスは、なるほど生粋の商人だ。逆に、今までよく冒険者の皮を被っていられたものだと感心し――けれどもさて、冒険者の皮とはどんなものだろう。
翻って我が身を見れば、貴族の姫の婚約者でもあり、冒険者でもあって。友人達にもそれぞれに、冒険者以外にも立場があって――まあ、そんなものだろう。
ゆえに江流はそれ以上の思考を止め、ヴィナスに問いかけた。
「ありがとう。細やかながらお祝いさせてもらえるだろうか?」
「お祝いというなら、情勢が落ち着いたら、がっかりさせないから、婚約者殿への贈り物見繕いに来てくれると嬉しいね」
そんな江流ににっこりと返す、ヴィナスはなるほど商人らしい狡猾さと、友誼の両立のさせ方というものを熟知している様子。抜け目ないと苦笑しつつ、でも実際問題としてそれも必要にはなって来るだろうと、江流は頭の片隅で考えた。
恐らくこれからは――いずれ彼女の傍らに婚約者として立つ機会が増えれば、人目につく機会も増えるだろう。その時に、的確に助言をしてもらえるだろうヴィナスの存在は、素直にありがたかった。
ゆえにニッと唇の端を釣り上げつつ、これ、と懐から香水の小瓶を取り出し、軽く振る。
「そういえば、この香水は活用させてもらってるよ。――もしや、これも商機の1つになったりする?」
「当然友達割引はするよ、商いにも情はいるからね」
「うん、それはありがたい」
腹の底を見せない探り合いは商人にも貴族にも必要なスキルで、けれどもそこに友情が加わればまた話は別。まして今はどちらも冒険者として立って居るのだから、これらも言葉遊びのようなもの。
ゆえにまたゆったりと歩き出し――江流は花言葉辞典をぱらりとめくる。同じ薔薇でも色や種類によって意味が変わるように、菊もまたその色合いで意味を変えていき。
「この菊は――高貴。長寿と幸福」
「へぇ。あっちの紫のは?」
「私を信頼してください。恋の勝利。――何とも、悪くはない気分だね」
くす、と零した笑いの怜悧さとは裏腹に、頬の辺りが少し上気していた事に、気付いたのはすぐ傍で見ていたヴィナスだけだろう。けれども今は揶揄う場面ではなく、そうかい、と受け流してやるべき場面だ。
ゆえにヴィナスはそれからも幾つか、菊の花をさしてはその意味を尋ね。江流はそのたびにページをめくってその意味を探し――次に会う時に何か添えてもいいかもなと、まだ胸の中に灯る花の言葉に密やかに笑う。
そうして過ごすうちにそろそろ、日も高くなってきた。そう言えば社務所で軽食を配っているらしいと、2人で足を向け歩き出しながら江流が、戯れのように言う。
「菊は愛でるのもいいけれど、食用のは結構いけるんだよ。酢で漬けたり天ぷらにしたりね」
「へぇ。それは楽しみだね」
「え」
「え?」
当たり前に作ることになっているらしい友人の言葉に、さて困った、と苦笑いをしながら社務所へと辿り着けばそこには、幸いにしてというべきか、もう1人の友人が居た。江流さん、と瞬くユズが示してくれる、様々な具材のおにぎりを美味しそうだと目を細めてから、実はと相談を持ち掛ける。
「油を借りることは出来る? 天ぷらを食べてみたいと言うヤツがいてさ」
「油……ですか。七輪と、お鍋、を、お貸しする、ことは、出来ます、けど」
天ぷらが作れるほどの油は果たしてあるだろうかと、ハナユを振り返れば「ちょっとだけならえぇで!」と許可が下りた。対価は勿論、味見をさせる事だろう。
そんな無言の要望に、もちろんと頷き江流は借り受けた七輪に火を興す。何だなんだと物珍しげに集ってきた人々には、ちょっとと意味深に笑いながら鍋を乗せ、油を底が浸るほどに敷いた。
参道を歩く間に、食用に出来る菊の目星はつけてある。持ち主に少し分けて貰っても良いかと聞けば、「ちょっとだけなら!」と快諾を貰った。
ならばあとは上げて行くだけだと、下処理をした菊を手早く液に潜らせ、油の海に解き放つ。ジュワ! と大きな音が響いたかと思えば、やがてそれはジワジワ、チカチカと控えめながら、胃を刺激する美味しげな響きへと変じた。
その様子を横から覗いていたヴォーレリアも、幸いにしてご相伴に預かることが出来る。揚げたてだから気を付けて、と油紙に簡素に乗せられたそれに礼を言い、はふはふ言いながらひと口食めば、菊の花が口中でほろりと解けた。
あぁ、と目を細める。――これもまた冒険者になったからこそ、味わえる喜びだ。
(戦うのは好きではありませんが)
そっと、己が手を見下ろす。ここしばらくの経験を、ゆっくりと振り返り――また菊の天ぷらを1口食む。
戦いの中に身を躍らせても、必ずしも人を傷つけるばかりが戦いではないと、ヴォーレリアはこの短い時の中で知った。人を癒すことは好ましい――傷ついた誰かを癒す事には、ほのかな喜びを感じるし、癒した相手に礼を言われたら素直に嬉しい。
中には、癒し手が必要だからこの依頼を一緒に受けないか――なんて声をかけてくれる人も、居て。それはきっと間違いなく、ヴォーレリアだからこそ得られた縁だと思うから。
ならば――冒険者としてはどうにか、やっていけそうなのかな、と思うのだ。もちろん、ホムンクルスたる身の上は変えられず、それゆえに奇異の目を向けて来る人だって居はするけれど。
「私を、求めて下さる方も居るのですから。ホムンクルスの私が、何をこれからすべきなのか。見いだしていきましょう」
そう、微笑んで菊の天ぷらの最後のひと口を放り込み、ゆっくりと咀嚼した。健康長寿がホムンクルスたる身には役立つのかは分からないけれども――誰かにそれをもたらしたいと、願う。
そんな風に観菊の集いは賑やかに、静かに過ぎて行き。そろそろ日が傾こうとする頃に、トーラも星駆神社を辞する事にした。
「たっくさん手伝ってもろて、ありがとうございました!」
「こちらこそ、お役に立てて良かったです! これも譲って頂いて」
そんなトーラを2人揃って見送る双子のうち、ハナユにそう笑いながらトーラは、手にした菊の小袋を軽く振る。祖母に送りたいのだと、事前に相談して居たトーラに双子達は、とっておきのをと1つ用意しておいてくれたのだ。
いえいえとハナユが笑い、お礼、とユズが呟く。そんな双子に、本当にお世話になりましたとにっこり笑って、トーラは大好きな祖母へ早く送ろうと、心持ち小走りに神社を後にした。
菊の小袋もまた、健康長寿の願いを込めた守り袋なのだという。――祖母にいつまでも元気でいて欲しいと願う、トーラにとっては何よりのお土産で、何よりの贈り物。
そんなトーラの背中を見送ってから、帰ろっか、とどちらからともなく双子は手を繋ぎ、参道を戻って行く。観菊の集いはまだ終わっていない――あとひとふんばりだと、互いに顔を見合わせ、笑った。
●
この星駆神社では、星の流れる夜には願いが叶いやすいという言い伝えがあるのだという。それを探すようにネーヴェとアルフィーは、薄暗くなった参道の腰掛に並んで座り、ちびり、ちびりと菊酒を嗜んでいた。
つまみというほどの軽食はなく、少し前に江流が作った菊花の天ぷらに添えた塩が、しいて言えばつまみだろうか。それをちびりと舐め、天ぷらを齧り――薄藍色の空を見上げ。
「前にもこうやって酒飲んで夜空を見上げたことあったよな、あの時は俺の成人の祝いに付き合ってくれって頼んだから……あれから一年くらい……か」
しみじみと噛み締めるように告げたアルフィーに、ネーヴェは何だか胸が熱くなる心地で、そうでしたか、と目を細めた。思い返せば確かに――あれからもう、1年か。
その間に会った事を、しみじみと噛み締める。最前の、この神社での祭り然り――他にもたくさん、そう、本当に沢山の出来事を、彼と積み重ねてきた。
「……この一年、本当にあっという間でしたわ」
「……うん」
「本当に、あっという間で――楽しくて、胸が躍って……」
その1つ1つを数え上げるのが難しい程に、本当に沢山の、時を積み重ねて来たのだ。そう、指を折ってみせればアルフィーが、照れたように不意と横を向く。
アルフィーさんと、呼び掛けてもその態度は変わらず。――こちらを見て欲しいと、軽く肩先を指で叩けば、照れたような――否、はっきりと照れた様子のアルフィーが、渋々といった風情でネーヴェへと顔を向け。
その頬が染まっていると、見惚れる彼女に気持ちの尻尾を手繰られないように。告げた言葉はどこかぶっきらぼうな響きで、けれども何よりも真摯な心からの気持ち。
「今もこうやってネーヴェが隣に居るのが嬉しい」
「私も、ですわ。アルフィーさんが隣にいて下さることが本当に嬉しいの。叶うなら……」
その言葉に、ぱっと華やぐような笑顔で何かを言いかけたネーヴェはだが、つ、とその唇を閉ざした。アルフィーに貰った気持ちは、何よりも嬉しくて――同じだけか、それ以上に返せたらいいと願うのに。
言葉の代わりに、そっと彼の手を握る。ピクリ、動いた彼の手はけれども、ネーヴェの温もりを拒絶はしない。
そのまましばし、見つめ合うように。――だがふいに、アルフィーの目が瞬き、ネーヴェの向こうの空を見つめる。
「――流星だ」
「まぁ……」
その言葉に、ネーヴェも驚きに目を瞬かせて背後を振り返った。流星の夜には、願い事が叶いやすい――この神社の言い伝えを信じるなら、今宵の2人の間の願いも、きっと。
だから――嗚呼、と2人は真摯に瞳を閉じる。
(願わくば、アルフィーさんがこれからも幸いでありますように。――叶うなら、これからもお隣に)
(この不穏な世界の中でも、ネーヴェが元気で過ごせるように。――大切な人がいなくなるのは、もう嫌だ)
そうして願ったのは、互いの幸い。されども、願いは口にすれば叶わなくなるもので――ゆえに互いの願いはただ、互いの胸と夜空の星だけが知るのみ。
幾つかの隆盛を、そうして願いとともに見送って。――そっと、ネーヴェが名残惜しく言葉を紡ぐ。
互いの菊酒も、つまみの天ぷらも、軽食も――もう空だから。
「……今日も、とても楽しかったですわ。また、ご一緒して下さいますか」
「……ああ、もちろんだ」
「力仕事はどんどんおまかせください! これでも庭師の娘ですからね!」
「助か、る」
ぐっ、とこさえた力拳は嘘ではないとばかりに、運び込まれた菊の鉢植えをどんどんと運んでいくのはトーラである。その逞しさにユズは瞬き、それから「ほぅ」と頬を綻ばせた。
鉢植えは、ただ闇雲に並べていけば良いというものではない。花の高さや大きさ、色映えによっても美しく見える場所や角度、順番というものがあるし、
「うーん……この子は少し調子悪いみたいです。水は控えめにして、日あたりを考えた方が良いかもしれません」
「へぇぇ……冒険者さん、そんなんも解るんやねぇ」
個別の花の具合も確認するトーラの言葉が、聞こえたハナユが目を丸くした。それからちら、とユズへと視線を向けたのは「ユズも出来るん?」という意味だろう。
それに苦笑と共にひょいと肩を竦めて、ユズは手に持つ籠を軽く示す。
「干してた花弁、これで、全部?」
「裏に置いとったやつ? うん、ほなそれで全部やわ」
ありがとうな、と満面の笑みでハナユが振り返り、ユズの手の中の籠を覗き込んだ。そこには色とりどりの、すっかり乾いた花弁が並んでいて。
早速続きをしようと歩き出したハナユとユズが、くるりと同じタイミングでトーラを振り返る。
「終わったら、手伝いに戻る、から」
「分らんことあったら、いつでも聞きに来てください」
「はい、任されました!」
それが何だか微笑ましくて、にこにこしながらトーラは大きく頷いてまた、鉢植えの移動に精を出す。これまでの経験や知識もフル活用し、今だけでなく明日の見栄えをも意識しながら、丁寧に角度を調節して回り。
他方、双子達は社務所に戻ると、お手伝いの人達と一緒に、回収してきた花びらをせっせと小袋に詰めていく。数え切れないほどの小袋に、ただひたすら花びらを詰めていく作業は時に眩暈も覚えるけれど、
「この袋、縫ったの、角のおばさん……?」
「もうおぼあちゃんやわ。今も、毎年たっくさん縫うてくれはるんやで」
「そう、なんだ。お礼、しないと、ね」
「明日も来はるやろから、うちと一緒に挨拶しよ」
そんな話をしながらの作業はどこか、くすぐったくて、懐かしくて、楽しい。時折は手を止めて休憩がてら歩き回って、明日の軽食の具材の話なんかもして。
そうするうちにゆっくりと、日差しが傾いてくる。そろそろやね、とハナユが手を止め空を見上げるから、うん、とユズも同じ空を見上げた。
ちょうど、鉢植えの配置を終えたトーラが戻ってくる。
「もう少しで日が暮れますが――次は、花に真綿を被せるんでしたか?」
「そうなんです。うちらもそろそろ行こと思てたんですよ」
そうして尋ねたトーラに、尋ねられたハナユがにっこりと立ち上がりながら、社務所の片隅に山と積まれた真綿を指差した。これはまた、と目を見張るトーラに真綿を詰めたひと袋を渡し、ユズとハナユも同じように真綿を詰めた袋を持って、日差しに茜の入り混じる境内へ。
ハナユが1つ真綿を取り出し、手近な菊へとそっと被せた。
「こんな風に、花に被せてって欲しいんです。この辺、お願いして良いですか? うちは本殿の辺りを回るから――」
「ボクは、参道、回る」
「では、まずはここに並べた菊に被せて行きますね! 終わったら、参道も見て回ります」
双子の言葉にトーラは頷き、彼女達がそれぞれの持ち場へと向かうのを見送る。それから改めて菊の鉢植えに向き合って、そーっと丁寧に、時に息を詰めるように花へと1つ1つ、真綿を優しく被せ始めた。
毎年の事だからだろう、真綿は花に被せやすいよう、ある程度は加工されている。けれども形も大きさも、繊細さだって1つ1つ違うものだから、花を傷めないよう丁寧に――謝って茎を折ってしまったりしないよう、細心の注意を払って。
そんな風に丁寧に作業をしていたら、社務所の前にずらりと並んだ菊の花だけでも、思ったより時間がかかってしまった。だが、少し手元に暗さが見える頃にはトーラもすっかり慣れて作業を終え、参道のあちこちに並べた菊の花へも真綿を被せて回る。
途中、ユズに行き会った。――という事は、
「ここでお仕舞い、でしょうか?」
「と、思う。確認、しながら、戻ろう」
濃く、と首を傾げ確かめるトーラと共に、ユズは参道脇に並ぶ菊華を1つ1つ確かめながら、社務所までの道を引き返す。ちょうど、本殿の周りの菊綿被せも終わったようで、ハナユと、それから養父母も戻って来た所。
よろしければご一緒に夕食もと、養母が微笑むのにトーラが遠慮しつつもありがたく頷く。用意されたのは朝炊いた白飯を、野菜や少しの干し魚、汁で煮込んだ雑炊だ――とても、暖かい。
一通り腹がくちたら、明日の朝に備えて早々に眠ってしまうのが、毎年の習慣だ。ゆえに「それじゃあ」と寝所に去って行こうとする養父母と、ハナユをユズは呼び止めて。
「これ。……いつも、の」
「そうだったわ。いつもありがとう、ユズ、ハナユ」
「お前達が、良い夢が見れますように」
余分に作っておいた菊の小袋を手渡すのも、彼女達の毎年の習慣だった。良い夢が見られますように、健康長寿に恵まれますように――どの小袋にだって祈りは込めているけれど、これは双子の特別製。
今度こそ寝所に去って行く養父母を見送り、双子も互いに小袋を交換した。――どうか、良い夢が見られますように、と。
●
観菊の集いの朝は早い。なにしろ日が昇る前に集めなければ、露はどんどん乾いて行ってしまうので、ここが一番のスピード勝負と言っても過言ではないだろう。
「でも、これだけしか集まらないのですよね」
ぴちょん、ぴとんと小さな壺に露を慎重に移し、絞りながらトーラはそのささやかさにほぅ、と息を吐く。見渡す限りに、というと大げさだけれども、どこを見ても咲き並んでいる花に残らず被せた真綿から、採れる露はトーラの手の平で包めるほどの壺にいっぱいあれば上出来なのだとか。
ゆえにトーラは細心の注意を払い、うっかり吐息で露を吹いてしまったりしないよう、息を潜めて露を回収する。幾つも、幾つも、幾つも――数え切れぬほどに。
もちろん、ユズもハナユもそれぞれに、小さな壺を大切に抱えて戻って来た。それでも――これだけしかないのだ、という思いがトーラには強い。
「大事に使わないとですね」
「せやねん。めーっちゃ貴重やから、ほんまに気ぃ使うんよ」
「でも、ハナユ、零したこと、ある、よね」
「あー!? それ言うたらユズやって」
「……ッ、あははははっ、お2人とも仲が良いんですね!」
そのやり取りを聞くうちに、トーラの口から笑いが弾け出していた。それに釣られたように両親や、手伝いのご近所の方々もクスクス、うふふと笑みが零れて――やがて双子も顔を見合わせて、お腹が痛くなるほどに一頻り笑い合う。
そうして賑やかに取り掛かったのは、やって来る人の為の軽食の準備。おにぎりの為のお米は前日から浸してある、どんどん炊いていく間にお味噌汁のお湯を沸かして出汁を引き、その傍らでどんどん具材の野菜を切って行くお手伝いの皆さんの手際は、さすが長年やって来ただけあって、目にも留まらぬ鮮やかさだ。
あの、とそんな人々にユズはソロッと提案をする。
「おにぎり……今年は、具を用意、したらどう、かなって」
お新香があるのなら、きっと梅干しもあるだろう。他にも鰹節とか、この時期なら鮭を焼いて解したものなどを入れてみてはどうだろう?
「あとは、ごま塩、振るのもいい、かも。それで、出来れば来てくれる人が好きなもの、選べたら、いいんだ、けど」
「あらユズちゃん、面白いじゃない」
「鰹節なら出汁殻を再利用できるわね?」
そんなユズの提案に、奥様達はあっという間に算段を組み立てていく。そう言いながら双子達に、飲み物の準備お願いね、と言いつけるのに、はいと大きく頷いた。
お茶の葉はすぐに入れられるよう纏めておいて、果実水はたらいにつけて冷やしておいて。御酒の樽は祭じゃないけど、始まりの時に神職が皆の健康長寿を祈ってから割って開けるから、その準備を整えて――
そうしていつも通り賑やかに、いつも通りバタバタと、集いの準備は整って行くのだった。
●
星駆神社の社務所の前に、コーン、と高く乾いた音がする。ご祈祷の後、神職が振り上げた木槌が舞のように1度、2度と酒樽に振り下ろされ、3度目でパカリと開くのが様式美。
途端、周りに控えていた御町内の皆さまが、わらわらと集まり御酒や、他にも各自で持ち込んだ酒樽などをコーン、コーンと開けていく。観菊の集いと言っても、どうやら飲みたい面々にとってはただの良い口実のようだ。
(面白いものですね)
その光景をヴォーレリアは、社務所の前に設えられた腰掛に座って眺めていた。かつてギルドに保護されて――教育を終えて冒険者として活動し始めえたばかりの、ホムンクルスである彼女にとっては、初めてと言っても過言ではない催しだ。
こうして社務所の前に居るだけでも、大小さまざま色とりどりの菊が、まるで互いの華を競うように咲き誇っているのが一望できた。それでいて、1つ1つの花を見ればどこか素朴で控えめにも見えるのが、実に面白い。
(これも――おいしいですね)
ご自由にどうぞと渡された、ごま塩のかかった塩むすびを丁寧に齧れば、ほろりと崩れて口中に解ける米がひどく甘かった。それはもしかしたら、これらを用意した人たちの気持ちであり――この場に揺蕩う穏やかな空気のおかげなのかもしれない。
そんな事を思いながら、おにぎりを飲み込み、果実水を飲む。この果実水には菊の露が混ぜられていて、飲めば健康長寿のご利益があるのだとか。
ふ、と頬を緩めてそんな事を、思う。そうしてぼんやりと物思いに耽るヴォーレリアの視界の隅を、おっとりと通り過ぎてネーヴェ・グラヌローザとアルフィー・リッパーは、参道の方へと足を向けた。
「不思議なご縁ですね。先日も訪れたこの神社に、またご一緒に来られるなんて」
「ああ、そうだな! 今日は、屋台はないみたいだけど」
うふふ、と微笑むネーヴェの言葉に、頷きながらもきょろきょろと辺りを見回すアルフィーである。先日は夏祭り、今日は観菊の集い――あれ程に賑やかだった境内が、今日は別の賑やかさと穏やかさに満たされているのが、まるで何かの魔法のよう。
ゆっくりと参道を踏みしめて歩けば、等間隔に並ぶ菊の花が目に入った。――ネーヴェと一緒にシャルガネを歩いたのは、これで何度目だろうとアルフィーは胸の奥で考える。
そのたびに新しい発見があって――そのたびに新しい体験があって。
「見てください、アルフィーさん。あの花、菊なのに随分と花弁が大きくて――」
「本当だ。あっちのは、小さい菊がたくさん集って1つの大きな菊みたいに見えるな」
「ふふ、菊と言っても色んなお花がありますのね」
「――ああ」
1つ1つ、丹精を込めた者の想いの現れのようにどこかしら違う菊の花を、都度足を止めてここが違う、そこが綺麗と指さしながら歩いて回る。素敵ですわね、と微笑むネーヴェの微笑みに――ぎゅぅッ、とアルフィーは胸が苦しいような心地がして。
目を細めながら微笑みを返した、その表情にネーヴェの頬がなぜか、染まる。そわりと巡らせた視線が少し離れた所にぽつねんとある、誰も座っていない腰掛を捕らえ。
「あ……あちらに座ってゆっくり眺めませんか? 頂いてきたお茶も、冷めてしまいますから」
「あ……あ、そうだな。ちょっとゆっくり……菊茶だったか、これも飲むの楽しみだな!」
つい、と指差したネーヴェの言葉に、なぜだかほっとアルフィーは頷き、ひょいと腰かけた。その傍らにネーヴェも座り――ふと感じる体温が、なぜだかとても心地良い。
その様子を遠くから眺め、トーラはほっと胸を撫で下ろす。下準備に携わり、鉢植えを置く場所や角度まで拘った身としては、それらがちゃんと人々の目を楽しませていて、喜ばれている姿を見れてほっとひと安心と言った所。
ゆえに参道をどこというあてもなく巡りつつ、菊達の様子を見て回るトーラとすれ違って、海神 江流は軽く頭を下げた。さりとて何かを交わす訳でもなく、そのまま静かにすれ違い。
そういえば、と共に歩くヴィナスを振り返った。
「今日は、弟君と一緒じゃないんだね」
「ああ――弟は、婚約者と商会の皆で誕生日プレゼント会議やるみたいだよ――俺の」
くす、とそう言いながら自身を指さして笑うヴィナスに、なるほど、と江流も笑みを零す。それはそれは、さぞかし力の入った会議が繰り広げられている事だろうと、何だかとても想像できた。
ゆえに微笑ましく目を細めてから、はた、とヴィナスの言葉を吟味して瞬く。――商会の皆、で?
その表情から、江流の思いを過たず読み解いて、ヴィナスは「そうなんだ」と微笑み、頷いた。
「実は――俺も弟と同じ、商人でね。と言っても訳あって、商人の方は休んでいたんだが――」
ヴィナスは弟から、江流に彼の正体を明かす機会があったと聞いてる。ならば自分も正体を――と思うのは、彼への友誼ゆえなのか、それとも弟と同じ立場に在りたいと願う誠実さか。
いずれであったとしても、彼に告げるべき言葉と立場は1つだけ。ゆえに揺らがぬ微笑みで告げたヴィナスに、江流はしばし噛み砕くように瞳を伏せ。
そうだったのか、と納得の笑みを浮かべた。
「――驚かないんだね?」
「まあ。今までを思えば、本職冒険者って言われるより、商い人って言われた方が確かに納得」
もちろんその2つの立場を巧みに使い分けている者も居る。けれども彼の弟が、そうして彼が『本当は商人なのだ』と告げたという事は、彼らの心持ちがそうだという事だろう。
ゆえの江流の納得に、さすが、とヴィナスは感嘆の息を吐く。そうでも、と肩を竦めて江流は参道をカツンと鳴らした。
「休んでたけど、ってことは」
「そう。復帰したんだ」
「という事は、面倒事が片付いたのかな?」
「――商人に復帰したから俺自身が変わる訳じゃないんだけど、江流にはお世話になってるから報告しておきたくて」
江流の言葉に明言は避け、けれども表情だけでは雄弁に語るヴィナスは、なるほど生粋の商人だ。逆に、今までよく冒険者の皮を被っていられたものだと感心し――けれどもさて、冒険者の皮とはどんなものだろう。
翻って我が身を見れば、貴族の姫の婚約者でもあり、冒険者でもあって。友人達にもそれぞれに、冒険者以外にも立場があって――まあ、そんなものだろう。
ゆえに江流はそれ以上の思考を止め、ヴィナスに問いかけた。
「ありがとう。細やかながらお祝いさせてもらえるだろうか?」
「お祝いというなら、情勢が落ち着いたら、がっかりさせないから、婚約者殿への贈り物見繕いに来てくれると嬉しいね」
そんな江流ににっこりと返す、ヴィナスはなるほど商人らしい狡猾さと、友誼の両立のさせ方というものを熟知している様子。抜け目ないと苦笑しつつ、でも実際問題としてそれも必要にはなって来るだろうと、江流は頭の片隅で考えた。
恐らくこれからは――いずれ彼女の傍らに婚約者として立つ機会が増えれば、人目につく機会も増えるだろう。その時に、的確に助言をしてもらえるだろうヴィナスの存在は、素直にありがたかった。
ゆえにニッと唇の端を釣り上げつつ、これ、と懐から香水の小瓶を取り出し、軽く振る。
「そういえば、この香水は活用させてもらってるよ。――もしや、これも商機の1つになったりする?」
「当然友達割引はするよ、商いにも情はいるからね」
「うん、それはありがたい」
腹の底を見せない探り合いは商人にも貴族にも必要なスキルで、けれどもそこに友情が加わればまた話は別。まして今はどちらも冒険者として立って居るのだから、これらも言葉遊びのようなもの。
ゆえにまたゆったりと歩き出し――江流は花言葉辞典をぱらりとめくる。同じ薔薇でも色や種類によって意味が変わるように、菊もまたその色合いで意味を変えていき。
「この菊は――高貴。長寿と幸福」
「へぇ。あっちの紫のは?」
「私を信頼してください。恋の勝利。――何とも、悪くはない気分だね」
くす、と零した笑いの怜悧さとは裏腹に、頬の辺りが少し上気していた事に、気付いたのはすぐ傍で見ていたヴィナスだけだろう。けれども今は揶揄う場面ではなく、そうかい、と受け流してやるべき場面だ。
ゆえにヴィナスはそれからも幾つか、菊の花をさしてはその意味を尋ね。江流はそのたびにページをめくってその意味を探し――次に会う時に何か添えてもいいかもなと、まだ胸の中に灯る花の言葉に密やかに笑う。
そうして過ごすうちにそろそろ、日も高くなってきた。そう言えば社務所で軽食を配っているらしいと、2人で足を向け歩き出しながら江流が、戯れのように言う。
「菊は愛でるのもいいけれど、食用のは結構いけるんだよ。酢で漬けたり天ぷらにしたりね」
「へぇ。それは楽しみだね」
「え」
「え?」
当たり前に作ることになっているらしい友人の言葉に、さて困った、と苦笑いをしながら社務所へと辿り着けばそこには、幸いにしてというべきか、もう1人の友人が居た。江流さん、と瞬くユズが示してくれる、様々な具材のおにぎりを美味しそうだと目を細めてから、実はと相談を持ち掛ける。
「油を借りることは出来る? 天ぷらを食べてみたいと言うヤツがいてさ」
「油……ですか。七輪と、お鍋、を、お貸しする、ことは、出来ます、けど」
天ぷらが作れるほどの油は果たしてあるだろうかと、ハナユを振り返れば「ちょっとだけならえぇで!」と許可が下りた。対価は勿論、味見をさせる事だろう。
そんな無言の要望に、もちろんと頷き江流は借り受けた七輪に火を興す。何だなんだと物珍しげに集ってきた人々には、ちょっとと意味深に笑いながら鍋を乗せ、油を底が浸るほどに敷いた。
参道を歩く間に、食用に出来る菊の目星はつけてある。持ち主に少し分けて貰っても良いかと聞けば、「ちょっとだけなら!」と快諾を貰った。
ならばあとは上げて行くだけだと、下処理をした菊を手早く液に潜らせ、油の海に解き放つ。ジュワ! と大きな音が響いたかと思えば、やがてそれはジワジワ、チカチカと控えめながら、胃を刺激する美味しげな響きへと変じた。
その様子を横から覗いていたヴォーレリアも、幸いにしてご相伴に預かることが出来る。揚げたてだから気を付けて、と油紙に簡素に乗せられたそれに礼を言い、はふはふ言いながらひと口食めば、菊の花が口中でほろりと解けた。
あぁ、と目を細める。――これもまた冒険者になったからこそ、味わえる喜びだ。
(戦うのは好きではありませんが)
そっと、己が手を見下ろす。ここしばらくの経験を、ゆっくりと振り返り――また菊の天ぷらを1口食む。
戦いの中に身を躍らせても、必ずしも人を傷つけるばかりが戦いではないと、ヴォーレリアはこの短い時の中で知った。人を癒すことは好ましい――傷ついた誰かを癒す事には、ほのかな喜びを感じるし、癒した相手に礼を言われたら素直に嬉しい。
中には、癒し手が必要だからこの依頼を一緒に受けないか――なんて声をかけてくれる人も、居て。それはきっと間違いなく、ヴォーレリアだからこそ得られた縁だと思うから。
ならば――冒険者としてはどうにか、やっていけそうなのかな、と思うのだ。もちろん、ホムンクルスたる身の上は変えられず、それゆえに奇異の目を向けて来る人だって居はするけれど。
「私を、求めて下さる方も居るのですから。ホムンクルスの私が、何をこれからすべきなのか。見いだしていきましょう」
そう、微笑んで菊の天ぷらの最後のひと口を放り込み、ゆっくりと咀嚼した。健康長寿がホムンクルスたる身には役立つのかは分からないけれども――誰かにそれをもたらしたいと、願う。
そんな風に観菊の集いは賑やかに、静かに過ぎて行き。そろそろ日が傾こうとする頃に、トーラも星駆神社を辞する事にした。
「たっくさん手伝ってもろて、ありがとうございました!」
「こちらこそ、お役に立てて良かったです! これも譲って頂いて」
そんなトーラを2人揃って見送る双子のうち、ハナユにそう笑いながらトーラは、手にした菊の小袋を軽く振る。祖母に送りたいのだと、事前に相談して居たトーラに双子達は、とっておきのをと1つ用意しておいてくれたのだ。
いえいえとハナユが笑い、お礼、とユズが呟く。そんな双子に、本当にお世話になりましたとにっこり笑って、トーラは大好きな祖母へ早く送ろうと、心持ち小走りに神社を後にした。
菊の小袋もまた、健康長寿の願いを込めた守り袋なのだという。――祖母にいつまでも元気でいて欲しいと願う、トーラにとっては何よりのお土産で、何よりの贈り物。
そんなトーラの背中を見送ってから、帰ろっか、とどちらからともなく双子は手を繋ぎ、参道を戻って行く。観菊の集いはまだ終わっていない――あとひとふんばりだと、互いに顔を見合わせ、笑った。
●
この星駆神社では、星の流れる夜には願いが叶いやすいという言い伝えがあるのだという。それを探すようにネーヴェとアルフィーは、薄暗くなった参道の腰掛に並んで座り、ちびり、ちびりと菊酒を嗜んでいた。
つまみというほどの軽食はなく、少し前に江流が作った菊花の天ぷらに添えた塩が、しいて言えばつまみだろうか。それをちびりと舐め、天ぷらを齧り――薄藍色の空を見上げ。
「前にもこうやって酒飲んで夜空を見上げたことあったよな、あの時は俺の成人の祝いに付き合ってくれって頼んだから……あれから一年くらい……か」
しみじみと噛み締めるように告げたアルフィーに、ネーヴェは何だか胸が熱くなる心地で、そうでしたか、と目を細めた。思い返せば確かに――あれからもう、1年か。
その間に会った事を、しみじみと噛み締める。最前の、この神社での祭り然り――他にもたくさん、そう、本当に沢山の出来事を、彼と積み重ねてきた。
「……この一年、本当にあっという間でしたわ」
「……うん」
「本当に、あっという間で――楽しくて、胸が躍って……」
その1つ1つを数え上げるのが難しい程に、本当に沢山の、時を積み重ねて来たのだ。そう、指を折ってみせればアルフィーが、照れたように不意と横を向く。
アルフィーさんと、呼び掛けてもその態度は変わらず。――こちらを見て欲しいと、軽く肩先を指で叩けば、照れたような――否、はっきりと照れた様子のアルフィーが、渋々といった風情でネーヴェへと顔を向け。
その頬が染まっていると、見惚れる彼女に気持ちの尻尾を手繰られないように。告げた言葉はどこかぶっきらぼうな響きで、けれども何よりも真摯な心からの気持ち。
「今もこうやってネーヴェが隣に居るのが嬉しい」
「私も、ですわ。アルフィーさんが隣にいて下さることが本当に嬉しいの。叶うなら……」
その言葉に、ぱっと華やぐような笑顔で何かを言いかけたネーヴェはだが、つ、とその唇を閉ざした。アルフィーに貰った気持ちは、何よりも嬉しくて――同じだけか、それ以上に返せたらいいと願うのに。
言葉の代わりに、そっと彼の手を握る。ピクリ、動いた彼の手はけれども、ネーヴェの温もりを拒絶はしない。
そのまましばし、見つめ合うように。――だがふいに、アルフィーの目が瞬き、ネーヴェの向こうの空を見つめる。
「――流星だ」
「まぁ……」
その言葉に、ネーヴェも驚きに目を瞬かせて背後を振り返った。流星の夜には、願い事が叶いやすい――この神社の言い伝えを信じるなら、今宵の2人の間の願いも、きっと。
だから――嗚呼、と2人は真摯に瞳を閉じる。
(願わくば、アルフィーさんがこれからも幸いでありますように。――叶うなら、これからもお隣に)
(この不穏な世界の中でも、ネーヴェが元気で過ごせるように。――大切な人がいなくなるのは、もう嫌だ)
そうして願ったのは、互いの幸い。されども、願いは口にすれば叶わなくなるもので――ゆえに互いの願いはただ、互いの胸と夜空の星だけが知るのみ。
幾つかの隆盛を、そうして願いとともに見送って。――そっと、ネーヴェが名残惜しく言葉を紡ぐ。
互いの菊酒も、つまみの天ぷらも、軽食も――もう空だから。
「……今日も、とても楽しかったですわ。また、ご一緒して下さいますか」
「……ああ、もちろんだ」
マスターコメント
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月です。
この度はご参加頂きまして、本当にありがとうございました。
菊の花にまつわる物語、如何でしたでしょうか。
皆さまの素敵なプレイングに、蓮華も何だか菊の花に包まれた心地も覚えつつ、精いっぱい紡がせて頂きました。
ああもうすぐ重陽の節句だな、と思ったら唐突にリリースしたくなった本シナリオですが、ご参加いただきました皆様に少しでもお楽しみ頂けておりましたら幸いです。
現実はまだ暑いですが――と言いつつ随分と涼しくなりましたね、きっと再来週くらいには寒くなって来るに違いありません……(怖
このシナリオが皆様にとって、楽しんで頂けるものでしたら幸いです。
またのご縁がございましたら、どうぞ宜しくお願いいたします(深々と
イベントシナリオ易しい 報酬:無し7 / 4〜25人
2023年09月28日 21時47分39秒 公開
大成功
相談掲示板
投稿はありません