【随想】呪い
影絵 企鵝
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シナリオID:2886
オープニング
「下手人が死にました」
ヘーゼル伯の面前に立ち、フリードリヒ・ホーエンバッハは顔をしかめる。
「牢の中で冷たくなっておりました。目立った外傷はなく、原因は不明です」
報告を聞いていたヘーゼル伯は眉を顰める。
「随分と呆気ないな。私が見たところ、病を抱えているようには見えなかったが」
「はい。それに気になる報告がありました。牢の看守達が全員、昨夜の記憶が曖昧だというのです。獣骨を被った化生の者が目の前に立っていた、という記憶以外は」
「獣骨を被った化生の者……確か報告書に記載があったかな」
フリッツは頷く。
「ええ。グノーシスと対峙した冒険者は、皆一様にその幻覚を見たと証言しています。今回の件にも彼が何らかの形で関わっていると見て間違いはないでしょう」
「一体全体、奴の狙いは一体なんだろう。どうしてエレアノールをつけ狙うのか」
「わかりませんが……ひょっとすると、エレアノールを狙っているのはグノーシスではないのかもしれません」
「どういう意味かな」
「グノーシスに協力者がいるのではないか、ということです」
ティロール領、領主の屋敷。ミネルヴァ・フィーギルが燭台の下で黙々と書物を読み続けていた。グノーシス・ミレナリアは窓の縁にふわりと立ち、そんな彼女を眺めて微笑む。
「やあミネルヴァ。また来たよ」
ミーナは弾かれたように立ち上がり、険しい顔をグノーシスへ突き付ける。
「グノーシス! 何をしに来た!」
「やれやれ。また怖い顔だね。せっかく君の力になろうと思って来たのに」
グノーシスは腕を開いて両袖をひらひらとさせる。ミーナは壁に立てかけていた剣を引き抜くと、彼の喉元へと突きつける。
「そうやって私の事も誑かそうって? そうはいかない」
「私は誰の事も誑かしたりしないよ。私はただ指し示すだけさ。皆の望む道をね」
「姉さんは国を裏切る事なんて望んでなかった」
「彼女は国を裏切ってはいないよ。ただこの国を正したいと思っていただけさ」
狼は肩を竦めると、杖を突きながらミーナの顔を覗き込む。
「三日後に襲撃があるよ。ひっそりと集められた傭兵達が彼女を狙っている。皆彼女に懲らしめられた経験があってね。強く恨みを抱いている」
「下がれ」
ミーナはグノーシスを突き飛ばし、精一杯にその美貌を歪める。
「あんたは姉さんを狙う奴とつるんでるんだろ。それなのに私に情報を売り渡して、一体何の目的があるんだ」
「君がそんな顔をするからさ」
グノーシスはミーナの顎に手を伸ばすと、彼女の腕を掴んでぐっと引き寄せる。金色の瞳をぎらつかせ、彼はミーナへ囁く。
「呪いは世界を壊すんだ。たった一人への恨みにこだわり続ける人間は、たった一人、ただ己だけを破壊する。でも、十人を恨めば十人分の世界を、百人を恨めば百人分の世界を壊す。もし世界のあらゆる存在を恨める者がいるなら、その恨みはこの世界そのものを壊すだろう」
狼は牙を剥く。
「……きみは、どこまで壊せる?」
低い声色がまろやかに響く。ミーナの眼が泳ぐ。彼女は一瞬口を震わせたが、きっと歯を食いしばってグノーシスを払いのけた。
「黙れ」
息も絶え絶えに言葉を絞り出すと、彼女は踵を返して部屋を飛び出す。グノーシスはくすりと笑うと、窓に手を掛け飛び降りた。昏い影の中から翼を広げた異形が飛び出し、彼を背中へ乗せる。
「待っているよ。私は」
●鴉の怒り
ミーナは蒼白な顔のまま、マティアスの書斎へと飛び込む。いきなり崩れ落ちた彼女を見て、マティアスは慌てて彼女へ駆け寄る。
「ミーナ、どうした!」
「……また姉さんが狙われてる。襲撃決行は三日後……」
「何だと」
マティアスも目の色を変えた。怒りに駆られて牙を剥く彼だったが、ふと彼はその表情を掻き消して妹を見据える。
「……ミーナ、そんな話をどこから聞いた。いくらお前でも……」
ミーナは小さく首を振る。マティアスはそんな彼女を見つめ、やがて溜め息を吐いた。
「わかった。何も言うな」
マティアスは彼女を抱えて立たせると、地図をデスクに広げる。
「エルの足なら三日後にはこの辺りにいるだろう。それなら……」
彼は腕組みをしてしばし考え込んだのち、素早くミーナへ目を向けた。
「“カトリーヌ”に森林戦闘の訓練をさせる。人を集めてこい。俺はヘーゼル伯に掛け合う」
ミーナははっとすると、眉を引き締めて頷いた。
「わかった」
かくしてミーナの招集によって集められた冒険者達は、平服に身を包んだマティアスと、相変わらずの黒ずくめに身を包んだカトリーヌと共にペルラン侯領北部の深い森林へと足を踏み入れていた。目的は森林の中での組手。新進気鋭のカトリーヌを鍛え上げようという計画だ。
「こい。遠慮はするな」
マティアスは冒険者達に言い放つと、斬撃も魔法も軽やかに跳んで躱しながら弓を引く。木の幹を蹴って頭上高くに跳び上がると、彼は引き絞った弦を解き放ち、矢を一本森の彼方へと放った。空を裂いて飛んだ矢は茂みの中へと飛び込み、やがて野太い悲鳴を響かせる。
「おっと」
マティアスは目を丸くする。茂みから革鎧に身を包んだ男が数人飛び出し、鬼気迫る顔で彼を睨んだ。
「何しやがるてめえ! 死にかけたぞ!」
男は頭を指差す。数本に束ねた髪が一つ断ち切られている。マティアスは弓を下ろすと、胸に手を当て小さく頭を下げた。
「申し訳ない。まさかそんなところに人間がいたとは。恐ろしい思いをさせたなら謝ろう」
「ふざけやがって! そんなもんで済むと思うなよ!」
髪の毛を削がれた男はいきり立ち、剣を抜いてマティアスへと切りかかる。冒険者の一人が咄嗟に割って入ろうとしたが、マティアスはそれを手で制し、半身になって剣を躱した。その切っ先だけを僅かにその手の甲に掠らせて、うっすらと血を流す。
「痛いな。……貴族に迷わず手を上げるとは、随分と剛毅なうすのろだ」
「貴族だぁ?」
マティアスは傭兵達を睨みつける。風が靡き、一羽の鴉が鳴きだした。その鳴き声は次第に森の全てに広がっていき、戦場の跡の如く不気味な気迫に満たされる。
「……お前、まさか」
「皆聞け。方針変更だ。我々は十人で以てこの野盗共を討滅する。こいつらの罪は愚かにも子爵位を持つ貴族へ切りかかった事。これで十分だろう」
マティアスは冒険者達を見渡すと、手を包帯で縛り付けながら傭兵を睨みつける。傭兵の群れはたじろぐと、慌てて周りに叫び合った。
「散れ! 固まるな!」
「逃げられると思うなよ。俺は今……かなり怒っている」
解説
マスターより
リプレイ
鴉がざわめく森。己が身に迫る危機を感じた傭兵達は慌てて森へ隠れようとする。黒ずくめのカトリーヌは剣を抜き放って飛び出す。
「腰抜けめ! 女を前に尻尾を丸めるか!」
彼女は泥を撥ね飛ばしながら踏み込み、一人の男目掛けて切っ先を突き出す。しかし男は素早く振り返り、武骨な片刃剣で弾き返した。
「馬鹿にしやがって! 痛い目見せてやる!」
「ふん……」
カトリーヌは一歩後ろに飛び退く。すると、盾を構えたエルフ――コルネリウス・アーラが入れ替わるように突っ走ってきた。コルネは振り下ろされた刃をいとも易く受け止めると、反撃の一閃を足下目掛けて振り抜く。男は慌てて一歩引こうとしたが、濡れた落ち葉に足元を取られ、脛をすっぱりと切られて横ざまに倒れた。
「痛い目を見るのは貴方達の方ですよ。ついでに、このようなところで徒党を組んで何をしようとしていたか、しっかりと喋ってもらいます」
コルネは剣を構え直して堂々と言い放つ。数々の死線を潜り抜けた彼女の気迫に気圧されて、跳ね起きた男はバタバタ間合いを取り直した。コルネは盾を突き出すように構えながら、隣のカトリーヌに目配せした。
「カトリーヌさん、あんまり無茶はされないようにお願いしますね」
「わかっている」
カトリーヌはぶっきらぼうに言うと、他の敵を狙って駆け出す。彼女を目の端で見送ると、今度はマティアスの正面を守るように立つ。
「一緒に戦うのは久しぶりになりますね。頼りにさせて頂きますよ」
「俺も君達の実力はよくよく聞き及んでいる。よろしく頼む」
マティアスは矢を手に取って茂みの一つを指し示す。刹那、爆炎が一直線に飛び抜け茂みに炸裂した。杖を軽く振りながら、アウレーリア・フォン・ネーベルベルクはマティアスの傍らに立って彼の横顔を見上げる。
「見立てはどうかしら?」
「元々個別に活動していた傭兵共の集まりだろう。となれば奴らに連帯の意識はないし、いざとなれば簡単に仲間を見捨てて逃げるだろう。むしろその点に気をつけねばな」
「概ね同意見ね。それなら話が早いわ。援護をよろしく」
アウレーリアはぬかるみを踏みながら進んで森へと突っ込んでいく。目の前に捉えた敵を数えながら、彼女は深く息を整えていく。
(いつも淡々と、成すべきことを成したいものね。恨みでなく、怒りでもなく、義務と誇りに従って)
マティアスは怒っていると言った。しかし彼は傭兵の群れにいきり立つことも無く、愛する者を守るという、己に課した義務をただ果たそうとしている。なれば彼女もまた、引き受けた依頼を完遂するため杖を掲げる。
(そうすればきっと、何も迷わないし躊躇わない)
敢えて突出した彼女を狙い、大柄な武器を構えたウォーリア達が三人突っ込んでくる。彼女は掲げた杖の先から眩い光を放った。光をまともに受けた三人は怯み、振り抜いた武器の狙いも崩れる。アウレーリアは華奢なその身をひらりゆらりと木の葉のように揺らめかせて剣戟を躱し、わざとらしい仕草でせせら笑う。
「どうしたの? 女の子一人捕まえられないのかしら?」
「この……」
傭兵達はアウレーリアを捉えようとさらに踏み込む。しかしそれは彼女の張った罠。どこからともなく飛び出した稲妻の光が荒れ狂い、三人の足を絡め取った。
「おいおい、数だけ揃った烏合の衆か、お前らは」
身動きを封じられたウォーリアの群れ目掛け、アーテミシアが踏み込む。戦槌を力任せに振り抜き、手近な古木を殴りつける。湿った腐りかけの幹はバイアーディスに噛み砕かれ、ウィーリアの群れへと倒れ込んだ。
「貴族云々はしょーもねえけど、どうやらお前らをブチのめせばいいらしいな」
アーテミシアは倒れた木の幹を伝ってウォーリアの懐まで突っ込んだ。敵は彼女を押し返そうと一斉に武器を振るうが、アーテミシアは籠手を嵌めた左腕を差し出し、いとも簡単に受け止めてしまう。木の幹を踏みつけにして刃を振り払うと、彼女は不満げなしかめ面を見せつける。
「大した事ねえなあ。もうちょっと気合入れたらどうだ?」
槌の頭にエーテルを纏わせると、力任せに振り抜く。エーテルは光の刃を成し、三人のウォーリアを纏めて切り裂いた。ぱっくりと肉が裂けて血が飛び、傭兵は呻いてその場に膝をつく。アーテミシアはさらに追撃の構えを取るが、視界の端に殺気を感じ取って素早く身を翻す。肩肘を締めて放たれた魔弾を受け止めると、彼女は槌を高く振り上げる。
「そんなんじゃ報酬にパン一つだって払う気が失せるぜ」
彼女を狙ったキャスターは慌てて逃げようとするが、音をも引き裂く勢いで振り抜かれた一撃が衝撃波に変わり、逃げるキャスターへと襲い掛かった。キャスターは咄嗟に木の幹の影に飛び込んでやり過ごすが、そこへ気色ばむゴリラがやってくる。ゴリラは鼻息荒く胸板を叩いて威嚇すると、両腕を振るってキャスターに襲い掛かる。キャスターはゴリラへ杖を向けるが、すかさず放たれた一矢がその腕を貫いた。
「ぐあっ! ……畜生! 何だってんだよ!」
キャスターは矢の飛んできた方角へと光の弾を雨霰と放つ。矢の主――キリアン・フィッツジェラルドは木々の狭間を走って直撃を躱しつつ、ゴリラにキャスターを逃がさぬよう指示を送る。発奮したゴリラの吼える声を聞きながら、キリアンは森の暗がりに目を凝らす。ウォーリアの傭兵が斬り合い、シューターやキャスターの傭兵が撃ち合いを繰り広げる中で、シーフは息を潜めている。不意打ちで功績を稼ぐか、味方が負ける前にさっさと逃げてしまおうか迷いを抱えている動きだ。
(不意打ちも逃げの一手も打たせませんよ)
キリアンはシーフの姿から目を逸らし、左手でこっそりと合図を送る。そのまま彼はシーフなど知らぬとでも言いたげに、樹上を飛び回るシューターへと狙いを定め始めた。そんなキリアンの姿を見たシーフは、これ幸いと足音を忍ばせ、短剣を構えてキリアンの傍へとにじり寄っていく。
「とりあえずこいつでも殺しておくか」
ぽつりと呟いたシーフは、足元にエーテルを纏わせ、木陰から飛び出し一気に間合いを詰める。右手の短剣を振り上げたまさにその時、闇の中から人影が突如立ち上がり、暗器で空を鋭く突いた。空気が捩れて放たれた衝撃波が、シーフの脇腹に直撃する。
「ぐえっ」
肉を抉られた男は鈍く呻き、そのまま地面に倒れ込む。キリアンは咄嗟に振り向き、引き絞っていた弓を解き放つ。矢は背中のど真ん中に突き刺さり、シーフは醜い断末魔と共に事切れた。キリアンと撃ち合っていたシューターは、それを目の当たりにして舌打ちする。
「あの野郎、しくじりやがって……」
シューターは身を翻して逃げようとするが、ぬかるみに足を取られた隙に闇の人影が一陣の風となって押し寄せた。
「逃げられると思うな」
人影――レピド・クロサイトは暗器に紅色のエーテルを纏わせシューターに襲い掛かる。籠手を掲げてシューターはその一撃を受け止めるが、弾けたエーテルは深紅の糸へと化け、男の身体に纏わりついた。
「また『全員授恵者』の傭兵団か。お前の雇い主は相当な執念とツテの持ち主らしいな」
「どうだかな。雇い主の都合なんざ知ったこっちゃねえ」
シューターはふてぶてしく笑って暗器を手に取る。レピドは短剣を振り下ろしてその腕を貫き、武器を取り落した隙を突いて肘鉄を鳩尾に叩き込む。シューターは息を詰まらせ、その場にがくりと膝をついた。
「……とんだ訓練になったものだな」
レピドはぽつりと呟くと、鋭く男の顎を蹴り抜き、脳を揺らして気絶させた。レピドは傭兵の足をロープで軽く縛り上げると、次の敵を探し、森の闇に再び紛れ込んだ。
ルアンナ・ミュラーは杖の石突をぬかるみに突き立てる。紅玉が鋭い輝きを放ったかと思えば、周囲の木々が慄き震える。傭兵達はただならぬ雰囲気を察知してその場から逃げ出そうとするが、それよりも早くエーテルが弾け、見えない猛威となって襲い掛かる。荒れ狂う波動は木々も傭兵も纏めて弾き飛ばし、地面へと力任せにねじ伏せる。
「どうしたんですか? かかって来ないのならもっとやりますよ!」
ルアンナは杖を挑発的に掲げて叫ぶ。その杖の紅玉には再びエーテルの光が宿っていた。ウォーリアの群れは呻きながら立ち上がり、目の前でエーテルを充填しているルアンナを睨みつける。
「図に乗るんじゃねえ!」
一人がそばの木を蹴りつけて一気に飛び出し、ルアンナ目掛けて襲い掛かる。ルアンナは杖に溜め込んでおいたエーテルを解き放ってその身に纏う。瞬間、突撃したウォーリアの一撃がルアンナに襲い掛かった。風が唸る強烈な一撃だったが、分厚く展開されたエーテルバリアは砕けない。ルアンナは受け身を取って立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。
「残念でしたね! そう簡単にやられはしませんよ!」
「舐めやがって! てめえの面叩き潰して二度と見られねえ面にしてやる!」
ルアンナの挑発にいきり立ったウォーリアが、さらにルアンナへ追撃を見舞おうとする。バリアは強力だが、短時間に何度も使えるものではない。ルアンナは唇を引き締め身構えた。
「くらえ――」
ウォーリアが剣を振り上げた瞬間、陰から飛び出したマティアスがその胸元を矢で射貫く。キャスターは慌てて振り返り、杖を彼へと向けた。しかし、彼が魔弾を放つよりも早く、耳を劈くような爆音と眼を眩ます閃光が襲いかかった。
「うぐぁ」
激しい耳鳴りと眩暈に襲われたキャスターは、肩を震わせその場に崩れ落ちる。リディリディ・トゥラ・イェレミースは木陰に身を預けながら杖を伸ばし、倒れたキャスターの様子を窺っていた。
「こ、これで、相手の足並みも乱れたでしょうか……?」
近寄れば強靭なウォーリアに行く手を阻まれ、展開してもキャスターが四方八方に範囲攻撃を飛ばして圧力をかけてくる。傭兵の群れにとってはとんだ災難だ。
しかしまだ数の上では傭兵の方が勝っている。斧を構えた男は、周りを見渡して叫んだ。
「腰引いてんじゃねえ! こいつらキャスターばっかりだぞ! 一人一人囲んでぶちのめせばそれで済むだろうが! 行くぞ!」
男は奮い立つと、斧を担いで突進する。木陰に隠れるリディを狙って。
(確かに私のようなキャスターを狙うのは有効な戦術でしょう)
リディはその場から動かない。泥で足が重くて動けないというのもある。だが何よりも、敵に怯えて逃げ出す必要がどこにもないのだ。
「……この期に及んで、理解できないのですね。こちらのウォーリアさんがいかに守りに秀でているか」
男の振り被った斧がリディに迫ったその刹那、チャージングで泥を撥ね飛ばしながら駆けつけたコルネが割って入った。彼女は盾を振り上げると、敵の斧をあっさりと跳ね返してしまう。
「私の眼が黒い限り、リディさんには指一本触れさせません!」
「ちっ……」
斧の男は咄嗟に引いて間合いを取り直そうとする。コルネは盾を突き出すように構え、再び突進した。斧を構えた男の背後へ駆け抜け、剣を振るって細い木を切り倒す。
「逃がしませんよ。貴方達には聞かなければならないことがあるんです」
傭兵の逃げ道を塞いだコルネは、改めて男へと肉薄する。
「一体どのような目的があってこのようなところで徒党を組んでいたのか、一体誰が、貴方達を呼び寄せたのか」
「それを聞いたら何になるってんだ」
「……死ぬべきでない人が死なずに済みます!」
コルネは身を躍らせて剣を男の脇腹へ叩きつける。薄い鉄板の鎧が拉げ、男は呻いてその場に膝をつく。肩で息をしながら、男は掠れた声で唸る。
「畜生、どうなってんだよ。こんな示し合わせたみたいに……!」
「示し合わせた……?」
コルネと斧の男のやり取りを後ろで聞いて、リディはふと首を傾げる。厄介な巡り合わせに遭ってしまったとばかり思っていたが、言われてみれば確かにおかしい。弓の名手だというマティアスが明後日の方向に矢を撃ったところから始まって、友達のコルネさえ戸惑う事無く討伐戦へと移っている。
「……ひょっとして、最初から……?」
光弾で目の前のウォーリア達を撃ち据えつつ、彼女は森の中で駆け回るカトリーヌの背中を見遣る。ルアンナと並んだ彼女は、剣を構えてキャスターと対峙していた。
「大人しくしておけ。その方が苦しくないぞ」
カトリーヌはキャスターの胸元目掛けて切っ先を突き出す。男は仰け反って躱すと、彼女目掛けて魔弾を放った。カトリーヌが半身になって躱すと、その隙にキャスターは一気に逃げて間合いを取り直そうとする。
「逃げられませんよ!」
そんなキャスターの背中を追って、ルアンナは杖で虚空に振り抜く。切り裂かれた空間に稲妻が閃き、ルアンナがそこへ手を伸ばすと、稲妻は一本の槍へと変わる。
「諦めてください!」
ルアンナは力一杯地面を踏みしめ、雷の槍を擲つ。火花を散らしながら駆け抜けた槍は、キャスターの背中に鋭く突き立った。キャスターは悲鳴を上げて吹っ飛び、地面に転がる。雷の直撃を受けた男は震えて立ち上がる事もままならない。その様子を横目に捉えたシーフは、ずんずんと突き進んでくるカトリーヌを前に思わず震えあがる。
「まずい!」
男は踵を返して逃げ出そうとする。しかし、その脇を風のように駆け抜けたアーテミシアが男の正面へと回り込み、そのまま荒っぽく男の顔面を蹴りつけた。
「逃げられるとでも思ったか?」
「ちくしょう! 邪魔だ!」
男は暗器を取り出して殴り掛かるが、アーテミシアはいとも簡単に男を槌で小突き倒し、そのまま男の頭を踏みつけにした。もがく男を見下ろしながら、彼女はつまらなそうに欠伸をする。
「ったく、脆すぎるぜ。むしろ殺しちまわねえように気を付けないといけないなんてな」
敵を叩きのめして退屈しているアーテミシアの背後では、アウレーリアもいよいよ残敵掃討の構えに入っていた。木々に紛れて退却しようとするシューターやシーフの姿を捉え、鋭く杖を虚空へ突き出す。杖の先に紅色の光が収束し、一直線に解き放たれる。その光線は木々を巻き込みながら、シューターを背後から焼き尽くした。地面に臥せて躱したシーフは、肩を震わせ彼女に振り返る。
「何だよ! 俺達が一体何をしたんだ!」
「何かしてきたんでしょう。因果がここで一巡りしたということよ」
アウレーリアは杖を掲げたまま、緩い土を固く踏みしめ突き進む。シーフは這う這うの体で逃げ出そうとするが、地面から湧き上がった稲妻の渦が彼を絡め取る。身動きの取れない男に、彼女は慈悲なく言い放った。
「逃げられないわね、決して」
どこからともなく飛んだ矢が、男の頭を後ろから射貫いた。無残に痙攣する亡骸。弓を構えたマティアスは、辺りをぐるりと見渡す。溢れる殺気に恐れをなした傭兵達は、いよいよ踵を返して我先にと逃げ始めた。
「逃げられませんよ」
キリアンは一人のシューターを追いかけて走る。シューターは後ろを振り返り、苦し紛れに炸裂する矢を放つ。キリアンが足を止めた隙に間合いを離そうとしたが、飛び出したゴリラがシューターへ襲い掛かって殴り倒す。頭を押さえながら立ち上がった時、既にキリアンはシューターへと狙いを定めていた。
「ま、待って――」
命乞いはその半ばで悲鳴と変わる。陰に隠れたシーフは藪の影で溜め息を吐いた。
「やってらんねえな。とっととずらかるか」
男は大きく屈伸し、脚にバネを溜めていく。しかしいざ飛び出そうという時に、頭上から舞い降りた影が男を思い切りねじ伏せた。
「……連携がなっていないようだ。元から団として組んでいた訳ではないだろう」
レピドは男の両膝へ立て続けに暗器を突き立て逃げ足を封じる。男は呻いた。
「くそっ……」
「お前達が集められた理由、聞かせてもらう」
レピドはロープを取り出すと、シーフの腕を後ろ手に纏め上げて固く縛り上げた。手負いの獣のように呻くそれを泥に転がして、レピドは辺りを見渡す。気付けば敵は生死問わずに沈黙していた。レピドはほっと息を吐く。
「どうやら、終わったらしいな」
●呪いの在処
血がたっぷりと染み込んだ泥濘から養分を得て、木々の新芽が芽吹こうとしている。レピドは傭兵の群れの生き残りをロープでまとめて縛り上げ、マティアスの前に引きずり出した。そんな彼らを蔑みきった顔で見下ろし、アウレーリアは淡々と言い放つ。
「そうね。確かに『予備』は必要だったかもしれないわ」
今回こそは確実に口を割らせる。そう心に決めていたアウレーリアは、一人の男の眉間に杖を押し当て、押し殺した声で尋ねる。
「ちなみに、この任務を前に引き受けた者達がどうなったかは知っているわね?」
「ふん。てめえみたいな奴の面に凄まれたところでビビりゃしねえよ」
傭兵はアウレーリアを鼻で笑ってみせるが、縛られた右手にいきなり痛みが走り、男は呻いた。男の背後に回り込んだアーテミシアが、いきなり男の指を一本折ったのだ。
「い、いきなり何しやがる!」
「雇い主が誰か、さっさと吐いた方が良いぞ。それともフォークも持てねえような指にされてえか?」
男が口応えする前に、アーテミシアはさらにもう一本の指を折る。男の悲鳴が森の中に響いた。一切容赦のない暴力に、隣で見ていた男は縮み上がる。
「……ところで知っているか」
そこへレピドもやってきた。いつか微睡みの中で垣間見た悪夢の景色を思い浮かべながら、彼は背後から身を乗り出して男に銀の針を見せつける。
「この針を爪と指の間に差し込むと……凄く、痛いぞ」
レピドは男の指を無理矢理開かせ、親指の先に針を一本近づける。その切っ先で、レピドは爪と指の狭間を撫でた。レピドは息を潜め、針に僅か力を込める。指を折られた隣の男がまた悲鳴を上げた時、とうとう傭兵は音を上げた。
「わかった! 待て! 話す!」
「何を話す。……適当な事を言えば、どうなるかわかるだろう」
レピドに囁かれて脂汗をだらだらと流し、傭兵は湧き上がる恐怖を吐き出し叫んだ。
「お、俺達を雇ったのはグランツ伯爵だ! あいつ、どうにかして『魔弾の射手』を殺してやろうと躍起になってんだよ。そうだ。あの女を失えば、今度こそ『神威の射手』は再起不能になるはずだってな」
背後に立つレピドの影に怯え、傭兵は立て板に水を流すがごとくすらすらと白状した。それを聴き遂げたコルネは嘆息する。
「……狙いはエレアノールさんばかりでなく、マティアスさんにもあった、と」
「そうか。……お陰で用は済んだ。その素直さに免じて苦しまないようにしてやる」
マティアスはそれだけ言い放つと、血抜き用のナイフを取り出し傭兵の首を次々に掻き切った。不意を衝かれた彼らは抵抗する間もなく倒れ、森を一層血に染める。バンビはその様子を眺めてわざとらしく息を呑んだ。
「あらら、容赦ないのだわ」
「生かしておいても余計な口を利いてろくなことにならん」
マティアスは死体を蹴って転がす。ルアンナはそんな彼に向き直った。
「どうします? 乗り込みますか?」
彼女の眼は爛々としていた。元より自分の財力をひけらかす傲慢な人間を好いていなかったが、知り合いに手を出そうというのであれば容赦をする理由はない。
だが、当のマティアスは静かに首を振る。
「……いや。我々はあくまで訓練の最中に行儀の悪い悪漢に絡まれ、やむなくこれに反撃した。それだけにしておくべきだ。王国へ反逆した人間の肩を持っていると周囲に思われるのは、事実はどうあれ君達にとっても都合が良くないだろう」
「それでいいのですか?」
「今は耐え忍ぶ時だ。彼女の名誉を取り戻すために、決して負けられん」
ナイフについた血を拭い、マティアスは眉根の皺をさらに険しくする。リディはそんな彼の横顔をじっと窺い、おずおずと声をかけた。
「あの……それにしても、フィーギルさんは最初からここにこの傭兵の連中が潜んでいるって、わかっていたのですよね?」
マティアスは何も言わない。それを無言の肯定と受け取ったリディは、コルネの後ろに隠れたまま、か細い声で抗議する。
「そ、それなら、最初からそうと教えてくれれば……私にも心の準備がありますのに。私、ずっと本当にただの森林訓練をするものだと……」
冒険者達は一斉に視線をマティアスへと注ぐ。マティアスは苦い顔をした。
「彼女への襲撃は一回で済まないだろうとは思っていた。なれば、次はどこで襲撃を行うか予測し、先手を打った。それが奏功しただけだ」
「それだけ、にしてはあまりにも出来すぎていませんか。街道の側まで森林が張り出してくる地形なんて、ここから北上する限りいくらでもあります。その中で敢えてこの土地を選び、実際に襲撃を予防出来たのは、それを実現するに足る根拠があったはず」
キリアンは理詰めで疑問をぶつけてみる。マティアスはため息一つ溢すばかり、何も言おうとしない。そんな様子を眺めていたコルネは、ふと囲いに外れて立っている女へと目を向ける。
「……カトリーヌ、貴女こそが何かを知っているんじゃないですか?」
カトリーヌはおもむろにコルネに向き直る。カラスの嘴に刻まれたスリットから、蒼色の眼光が覗いた。
「何か知っているかと聞かれれば、そうだと答える。……だが、詮索は止してもらおう」
「どうして」
「……これは私の問題であって、君の問題ではないからだ」
兜の奥に隠れて、彼女の表情は見えない。ただ氷のような眼差しがあるだけだ。
(貴女はいつも笑っていると思ってた)
コルネはふと思い出す。シャルガネで一人佇む彼女の顔を。笑みの一つも無かった顔を。
(それが、貴女の本当の顔なの?)
こうして、エレアノール・シュヴァリエに対する第二の襲撃計画は未然に食い止められたんだ。エレアノールを躍起になって排除しようとしているのがグランツ伯爵であることも明らかになったし、立て続けに傭兵の群れが消息を絶ったとなれば、彼に味方しようとする者も限られてくるだろう。
舞台は整った。呪いには必ず報いが齎される事を、私が示してあげるよ。
To be continued.
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2023年04月14日 10時37分40秒 公開
参加者
相談掲示板
冒険者のみんなが相談を始める前にこっそりと伝えたいことがあるんだ。 カトリーヌの解説にある、「傭兵団の残党が敵討ちのために……」の一文だけど、これはないものとして扱ってほしい。 そのような事態も有り得たけど、実際にはそうなっていないのだからね。 ギルドの調査員の代わりに謝っておくよ。ごめんね。
レピド・クロサイト、シーフだ。よろしく頼む。 敵数が結構多いな。情報も得ないといけないから最低一人~数人は生かさないといけないか。 前みたいに予め捕らえる奴を決めておくか……? (訂正事項了解です、ありがとうございます)
ウォーリアのコルネリウスです、よろしくお願いします。 グノーシスさんはご連絡ありがとうございます、了解しました。 逃走は兎に角阻止、一部は捕縛して口を割らせる方針でしょうかね。 視界がやや悪そうですのでその対策と、敵に隠れて逃げられないようにする必要がありますね。 個人行動としては防御の低い方を護りつつ足止めがメインとなりそうです。
ウォリアーのアーテミシア・・・って、大体いつものメンツじゃねえか 防御が低そうなやつを狙うならオレは大分避けられそうだな。考え次第では逆手に取れるかもしれねえが 単純に戦うなら正直敵じゃねえが…破脚砕やらロープやら手加減やらで確保は考えとく。 できれば逃さず全員処理してえところだけど、そうなるとシーフとシューターの動きは優先して止める必要があるな
どうも、シューターのキリアン・フィッツジェラルドと申します。 ミーナとの関わりは久しいですが、本シリーズへの参加は初ですね。 逃走阻止及び捕えて情報を吐かせたいともなれば、屋外の戦闘という事で看破+ホークアイを活かす形になりますね。 ゴリラとリンク2を結んで、撤退予想経路に置いて横切りを防ぐ事も出来たらと。 ゆえに孤高者系スキルは使えず、普通の捜波での索敵を使う形に。 あとはバランス感覚も持っていきます。
No.7
キャスターのリディリディです・・・。 よろしくお願いします。 相手の傾向からすると真っ先に狙われそうなのは・・・、私でしょうか。 ま、まあ・・・、今回キャスターは他にも多く居るのでそうとは限りませんが。 敵の人数が多いとはいえ、範囲魔法が効果的に効くかどうかは難しいかもしれません。 戦闘領域が半径10ヘクスということで敵キャスターとシューターは距離を離しているでしょうし、シーフも固まって動くとは限りませんから・・・。
キャスターのルアンナです、よろしくお願いします! 防御が低そうな人から狙うとあるので私も対象でしょう。まあ簡単に落ちるつもりは毛頭ありませんが♪ 敵側はウォーリアがたくさんいる構成ですし、私はそっちの方に集中砲火しようと思います。
足回りが良くないのもチト面倒だな。オレの場合移動力1になっちまうし。 追いかけるのも不向きだし、誰かキャスターのガードでもすっか。 チャージングは持っていくか。
移動がし辛いのは敵も同じだとは思うが、厄介には違いないな…… 敵シーフの疾風足に備えて俺も疾風足は持っていくつもりだ。 他には衝撃刃での遠隔攻撃、縛糸刃での束縛付与、索敵の宗波・看破辺りを考えている。
チャージングとかみたいに一定量移動スキルをしても、ペナルティを喰らうものでしょうかね。 それとレビドさんの発言で思い出しましたが、シーフが4名居て、敵がどれもLv25~30帯となるとホライゾナルジャンプ持ちが居る場合に一気に離脱されるのはマズいですね。 なのでレビドさんが宗波で索敵をして下さるのなら、僕の捜波を取り下げて曲射・極に切り替え、同スキルや疾風足の使い手が居れば優先して狙撃します。
キャスター、アウレーリアです。宜しく。 私も防御力が低いのは他の方と同様ですが、回避には少しばかり心得があります。 上手くすれば囮として敵を引き付けることが出来るかも知れません。 前へ出てウォーリアなどを集めてから、まとめて対処すれば数的優位を覆せるでしょうか。 キャスターやシューターが寄って来るとは思えませんから、こちらは積極的に狙っていかなければ排除し難いでしょうね。撃ち合いに持ち込むか、打って出る班を用意しますか? 敵への基本方針は前回に引き続き、全滅(口は割らせる)を目指すので良いですよね。 逃げられやすい環境ですので、配置にはマティアスのスキルを頼っても良いかも知れません。
そうですね、足場の条件はどちらも同じかと思いますが、バランス感覚は余裕があれば私も持っておこうかなと。 移動スキルに関しては…どうでしょうね、ペナルティが適用されたとしても+5ありますので、基本の移動力を含めて私の場合8hexは移動が可能になりまから緊急時のカバーは大方出来るかと思いますが…。 後衛の方が狙われやすい点は、敵の動きも読みやすくなるかと思います。カバリングは持っていきますね。
バンビですわ。 最速で空間爆砕をぶち込んでから考える予定。