どっぐらん!
馬車猪
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シナリオID:2613
オープニング
●
刈り取りは終わり、広大な農地は巨大な運動場と化した。
兵士志願の若者が重荷を担いで何度も往復し、若い牛飼いが愛馬との絆を育んでいる。
この地には落穂を拾う弱者はいない。
冒険者が亜人を殲滅して安全がもたらされたリーラント伯爵領では、農地の開拓と養鶏業の振興が進んで弱者にも働く場があるのだ。
「とってこーい!」
桃髪の6歳児が小さなボールを全力投球する。
犬というには少々大きく、狼と呼ぶには緊張感のない獣達が白いボールを追う。
わんわん、ぐるると短くも激しい短距離走と争奪戦の中から1頭の獣が飛び出して来る。
追い縋る兄弟をぎりぎりで躱し、自らより小柄な主の前で行儀良くそれでいて得意気に座り込む。
「よし!」
6歳児は姉の真似を目指して本人なりに重々しくうなずく。
争奪戦に負けた獣達が落ち込んで足を止め、勝者の尻尾が機嫌良く高速で振られていた。
「若ー!」
守役の声が聞こえてくる。
少数の護衛だけを連れて抜け出したのに気付かれたようだ。
「いくよシロ! ついてきて!」
名付けられた大型犬は雄々しく立ち上がり、主を敵から守る位置を保って主と共に駆け出す。
なお、数分後に追跡部隊に包囲されて主ごと捕獲された。
●
6歳児がふみゅんと鳴いても許してもらえなかった。
犬として扱われている狼も主を真似てくーんくーんと哀れっぽく鳴くが当然のように無視される。
「外に遊びに行くのは書き取りが終わってからと約束されたではないですか」
守役は決して怒らない。
理詰めで書き取りの利点と必要性を淡々と諭してくる。
ただの6歳児なら「しらないっ」という反応になるかもしれないが、ここにいるのは叔母に憧れる次代の伯爵。
多少不満そうではあるが遊びたいという欲を我慢し屋敷に戻ることに決めた。
そうなると黙っていられないのは狼……ではなく扱いとしては犬達だ。
巨大な群れの中で警備を担当して美味い餌を食らう生活に満足はしているが主との遊びは別だ。
誰も投げてくれない白球を咥え、哀れっぽく鳴くと主も気付いてくれた。
「明日もあそぼ!」
犬達は途端に機嫌を直す。
なお、翌日には別の地区担当の犬も集まり白球争奪戦が行われることになり、シロ達は破れて隅に追いやられたらしい。
●
「大都市だと犬を走らせる場所って少ないですよねぇ」
冒険者ギルドの受付嬢が、結構忙しいはずなのに冒険者と雑談をしている。
「そういえば知ってます? すごく広いドッグランがあるそうですよ」
単なる噂である。
「田舎なのに危険な獣や魔獣が入り込まないらしいんです。わんちゃん……ではなくて飼い犬が全力で走っても大丈夫な場所っていいですよね」
亜人は以前に依頼を請けた冒険者に殲滅され、それ以後に侵入した害獣は飼い狼の群れに狩られているので一般的な田舎よりはかなり安全だ。
「しかも鶏肉が安いらしいです! 冒険者ならマジカルポケットを使って持ち帰るだけでも結構な小遣い稼ぎに……」
おほんと後ろから咳払い。
無駄話をするなと、職員がじろりと受付嬢を見ていた。
「受け取りの確認をお願いします」
ビッグオウムの御者が急ぎ足でやって来る。
受付嬢は表情を仕事用に変えて真面目に仕事をする。
「確認しました。リーラント伯爵家からの依頼ですね。ってリーラント?」
受付嬢の真面目な表情が崩れる。
例のドッグランらしきものがある土地だ。
「いいなー、ビッグオウムも遊べる広さだって本当ですか?」
「はい」
ビッグオウムの御者は、このひと不真面目なだなーと思いはするが丁寧に答える。
輸送費がかからない分、鶏肉も麦も他の場所より安く買える場所だ。
人手不足で落穂が放置されたときなど、非番のビッグオウムが10羽近く集まり腹を一杯にしていたこともある。
「私、休暇をとってリーラントへわんちゃんと旅行します!」
休暇の手続きを始める受付嬢の後ろから、青筋を浮かべた職員が迫っていた。
●
「お騒がせしました」
受付嬢の代わりに職員が依頼を説明する。
「依頼人はリーラント伯爵家、内容は犬の訓練と体調管理です」
役割が亜人の襲撃に備えた警戒から領内の警備に変わったのでそれに対応するため、というのは口実だ。
「最近体力が余っている犬が多いので遊び相手になってくださいという依頼ですね」
飼い主も同行する。
牧童や農家もいるが最も多くの犬を飼っているのは領主一族だ。
今回は現在唯一領内にいる一族であり、伯爵の唯一の子である6歳児が同行するらしい。
「1時間くらいボールか何かを投げて犬にとってこさせれば依頼は成功になります」
ただしそれは通常の成功だ。
高度な成功を目指すなら犬に芸や技を仕込んでも良い。
ペットを複数連れていって遊ぶだけでも構わない。
「以前の冒険者の活動で平和になった領地です。初めて行かれる方も何度も行ったことがある方も、冒険者に対する良いイメージを壊さないよう気を付けて下さい」
要するに、わんちゃんにデレデレするならあまり人に見られないようしてねということだ。
「色々注意点を述べましたが、参加される方は楽しんで来て下さい」
これは、犬と遊ぶための依頼である。
刈り取りは終わり、広大な農地は巨大な運動場と化した。
兵士志願の若者が重荷を担いで何度も往復し、若い牛飼いが愛馬との絆を育んでいる。
この地には落穂を拾う弱者はいない。
冒険者が亜人を殲滅して安全がもたらされたリーラント伯爵領では、農地の開拓と養鶏業の振興が進んで弱者にも働く場があるのだ。
「とってこーい!」
桃髪の6歳児が小さなボールを全力投球する。
犬というには少々大きく、狼と呼ぶには緊張感のない獣達が白いボールを追う。
わんわん、ぐるると短くも激しい短距離走と争奪戦の中から1頭の獣が飛び出して来る。
追い縋る兄弟をぎりぎりで躱し、自らより小柄な主の前で行儀良くそれでいて得意気に座り込む。
「よし!」
6歳児は姉の真似を目指して本人なりに重々しくうなずく。
争奪戦に負けた獣達が落ち込んで足を止め、勝者の尻尾が機嫌良く高速で振られていた。
「若ー!」
守役の声が聞こえてくる。
少数の護衛だけを連れて抜け出したのに気付かれたようだ。
「いくよシロ! ついてきて!」
名付けられた大型犬は雄々しく立ち上がり、主を敵から守る位置を保って主と共に駆け出す。
なお、数分後に追跡部隊に包囲されて主ごと捕獲された。
●
6歳児がふみゅんと鳴いても許してもらえなかった。
犬として扱われている狼も主を真似てくーんくーんと哀れっぽく鳴くが当然のように無視される。
「外に遊びに行くのは書き取りが終わってからと約束されたではないですか」
守役は決して怒らない。
理詰めで書き取りの利点と必要性を淡々と諭してくる。
ただの6歳児なら「しらないっ」という反応になるかもしれないが、ここにいるのは叔母に憧れる次代の伯爵。
多少不満そうではあるが遊びたいという欲を我慢し屋敷に戻ることに決めた。
そうなると黙っていられないのは狼……ではなく扱いとしては犬達だ。
巨大な群れの中で警備を担当して美味い餌を食らう生活に満足はしているが主との遊びは別だ。
誰も投げてくれない白球を咥え、哀れっぽく鳴くと主も気付いてくれた。
「明日もあそぼ!」
犬達は途端に機嫌を直す。
なお、翌日には別の地区担当の犬も集まり白球争奪戦が行われることになり、シロ達は破れて隅に追いやられたらしい。
●
「大都市だと犬を走らせる場所って少ないですよねぇ」
冒険者ギルドの受付嬢が、結構忙しいはずなのに冒険者と雑談をしている。
「そういえば知ってます? すごく広いドッグランがあるそうですよ」
単なる噂である。
「田舎なのに危険な獣や魔獣が入り込まないらしいんです。わんちゃん……ではなくて飼い犬が全力で走っても大丈夫な場所っていいですよね」
亜人は以前に依頼を請けた冒険者に殲滅され、それ以後に侵入した害獣は飼い狼の群れに狩られているので一般的な田舎よりはかなり安全だ。
「しかも鶏肉が安いらしいです! 冒険者ならマジカルポケットを使って持ち帰るだけでも結構な小遣い稼ぎに……」
おほんと後ろから咳払い。
無駄話をするなと、職員がじろりと受付嬢を見ていた。
「受け取りの確認をお願いします」
ビッグオウムの御者が急ぎ足でやって来る。
受付嬢は表情を仕事用に変えて真面目に仕事をする。
「確認しました。リーラント伯爵家からの依頼ですね。ってリーラント?」
受付嬢の真面目な表情が崩れる。
例のドッグランらしきものがある土地だ。
「いいなー、ビッグオウムも遊べる広さだって本当ですか?」
「はい」
ビッグオウムの御者は、このひと不真面目なだなーと思いはするが丁寧に答える。
輸送費がかからない分、鶏肉も麦も他の場所より安く買える場所だ。
人手不足で落穂が放置されたときなど、非番のビッグオウムが10羽近く集まり腹を一杯にしていたこともある。
「私、休暇をとってリーラントへわんちゃんと旅行します!」
休暇の手続きを始める受付嬢の後ろから、青筋を浮かべた職員が迫っていた。
●
「お騒がせしました」
受付嬢の代わりに職員が依頼を説明する。
「依頼人はリーラント伯爵家、内容は犬の訓練と体調管理です」
役割が亜人の襲撃に備えた警戒から領内の警備に変わったのでそれに対応するため、というのは口実だ。
「最近体力が余っている犬が多いので遊び相手になってくださいという依頼ですね」
飼い主も同行する。
牧童や農家もいるが最も多くの犬を飼っているのは領主一族だ。
今回は現在唯一領内にいる一族であり、伯爵の唯一の子である6歳児が同行するらしい。
「1時間くらいボールか何かを投げて犬にとってこさせれば依頼は成功になります」
ただしそれは通常の成功だ。
高度な成功を目指すなら犬に芸や技を仕込んでも良い。
ペットを複数連れていって遊ぶだけでも構わない。
「以前の冒険者の活動で平和になった領地です。初めて行かれる方も何度も行ったことがある方も、冒険者に対する良いイメージを壊さないよう気を付けて下さい」
要するに、わんちゃんにデレデレするならあまり人に見られないようしてねということだ。
「色々注意点を述べましたが、参加される方は楽しんで来て下さい」
これは、犬と遊ぶための依頼である。
解説
●目的
犬(狼やそれ以外も含む)と楽しく遊ぶこと
●場所
刈り取りが終わった広大な麦畑と隣接する飲食スペース
麦わらは回収済みです。タイトルはドッグランですが柵などは一切ありません
飲食スペースでは、そこそこ美味しい鶏肉料理とあまり美味しくないエールが冒険者に対して無料でふるまわれます。厨房あり
●登場する犬達
・シロ
少し小柄な狼です
兄弟姉妹十数頭で行動し、遊びでは暴力は振るいませんが互いに出し抜こうともするので勝率が低いです
普段の仕事場は養鶏場周辺です
・クロ
体格は普通な狼で、名前は以前につけてもらいました
血の繋がりの薄い同種と組んで行動しています。今回は10頭未満
シロ達より力が強く足も速いですが頭が悪く命令に忠実すぎます
普段の仕事場は街道周辺で、たちの悪い侵入者や犯罪者を威圧し追い返すのが主な仕事です
・ブチ
普通の大型犬です
大勢いる兄弟は大規模農家や牧童に飼われていて、今回のドッグランに来ている兄弟も多いです
シロやクロの系譜とは違い普通に役立つ犬として普通に活動しています
タダ飯大好きですが食べるときに主の許可はとります
どれも名前の通りの色をしています
●行動例
・連れて来たペットとあそぶ
・現地にいる犬達とあそぶ
・とにかく犬と遊ぶ
・飲み食いする
・料理する
・上記を複数含む行動
・上記を含まない行動
●他
・玩具
ボールが数十個、投擲用の棒が100本近く用意されています
・6歳児
桃髪オッドアイの元気っ子
非授恵者です。体力が有り余っている犬達と遊ぶと短時間で力が尽きて眠くなります
本名はジョセフ・リーラントです。セニャ・リーラント(今回は登場しません)を10歳若くした外見です
・護衛
伯爵嫡子を守るための(伯爵家にしては)精鋭達。基本的に冒険者より弱いです
冒険者が来たら半数以上が休暇をとって休養か家族サービスをするそうです
・鶏肉
大規模な養鶏場があり、質は高めでここで買うなら輸送費がかからないので安価になります
・麦
増産分は主に家畜飼料になり、一部は酒造りにまわされています
・エール
まずくもおいしくないです
・ビッグオウム
近くに緊急時避難や休憩のための小拠点があるので、頼めば暇なビッグオウムが空からボールを落としてくれたり、頼まなくてもボールを空から奪ったりすることもあります
マスターより
わんわん!
リプレイ
●
レピド・クロサイトの目が地平線まで見通す。
開拓途中の地面の近くで老牧童に従う老犬が欠伸をしている。
右を見ても左を見ても麦畑か開拓中の土地か用水路だけだ。
「広いな、ショウガ」
レピドがホムンクルスとして目覚める前の記憶は酷く曖昧で、王国の地勢や農業についての知識はギルドで一通りの教育だけだ。
だから実物に接した感動は大きく、飼い猫に共感を求めていた。
なお、にゃー、と答えたショウガは主の面倒より風上から漂ってくる肉のにおいに興味津々だった。
そのショウガより食欲に忠実なのがサイラスのペットである肉付きの良い白狼だ。
スキップするような足取りで開始した加速はさすが狼と言いたくなる身体能力だが、最近体重が増えたせいか動きにキレが足りない。
重厚な筋肉と鱗に覆われた腕に抱え上げられだらんと四肢を垂らした。
(一応仕事中だぞ)
サイラスが使っているのはテレパスではなく動物交感だ。
きりっ、と首の辺りに黒い斑模様のある白狼が真面目な顔になるが動物交感で伝わってくる感情は変わらない。
しかし、サイラスが注意をする前に久々にシリアス顔になった。
(襲撃か?)
黒々とした狼達がサイラスだけでなく冒険者全員を囲むように走って来る。
筋骨の逞しさと毛並みの良さは、幼い頃から十分な餌と運動があったからだろう。
(!)
何故か熱い視線というか意識がサイラスに集中する。
念のため戦闘になっても良いようにエーテルを高めたサイラスの前で黒狼達が整列する。
そして『あれ? このひとなんか違う』という馬鹿面を一斉に晒す。
(あの代官の実家だよねここ。馬鹿すぎて置き去りにされた群れかねー)
サイラスは一度咳払いをして営業用の態度をとる。
いっぱい殺したのを隠さないか隠せていない人間とは違うのだ。
勘違いだと数分もかかってようやく気付いた黒狼達が、客に対する態度でサイラス達を歓迎していた。
●
「ようこそリーラント領へ! わたしが依頼人です!」
その6歳児は髪がきらきらして眩しいくらいだ。
ヴィノニスが軽く息を吐いて帽子を被らせるのを素直に受け入れている。
「冒険者のレピド・クロサイトだ。こちらはショウガ」
口調が淡々として愛想が不足しているレピドの代わりに、猫が頑張って愛想を振りまく。
「ねこ……」
年齢不相応に落ち着いていた6歳児が普通の6歳児っぽくなる。
実家で養鶏業が盛んなので鶏の天敵な猫がほとんどおらず猫の魅力に対する抵抗力が低いのだ。
「猫は飼っているものの犬と遊ぶのは初めてだ。普段どういう遊びをしているんだ」
レピドに脅す意図は皆無で愛想がないだけである。
無愛想の原因も本人の性質ではなく記憶喪失なので、6歳児の混乱にすぐに気付いて意図して穏やかな表情をつくり声の響きも柔らかくする。
記憶力大活躍であった。
「取ってこい」
手際よく挨拶を終わらせたサイラスが適度に力を抜いてボールを投げている。
1頭白狼が混じった黒狼達が激しい競り合いを繰り広げながらボールを追う。
本来なら白狼が悠々とボールを回収し黒狼を置き去りにして最初に戻ってくるのだが、増えた重しのせいで勝負が成立してしまっている。
(ダイエットには時間かかりそうだなー。他の犬が飽きた後も走らせるか)
主の考えに気付かないまま、白狼は『そろそろごはんたべたい』という感じで考えていた。
「なるほど、ボールを投げると取って戻って来るのか。賢いな」
レピドはサイラスと白狼と狼の群れを見て理解する。
「あっ」
戸惑いと屈辱と申し訳なさが混じった顔のジョセフに軽くうなずき、レピドはボールを手に取る。
その軽さに少し驚きはしたが顔には出ず、文字通りの全力で人のいない方向目がけて投擲する。
空中で捕ろうとした狼もいたが全く追いつけない。
ホムンクルスという冒険者入りして日が浅い種族ではあるが、レピド個人は濃密な経験を積んだ熟練以上の冒険者なのだ。
(このくらいか)
レピドは力加減の体得もお手のもので、すぐに適度な速度を見付けて狼達に良い遊びを提供する。
「失敗が出来るうちに、いろいろと試しておくのも大事よね」
ヴィノニスは慰めはするがリーラント伯のように失敗をひっくり返そうとはしない。
「たぶん、叔母さんはそういった余裕を許されても来なかったのだろうし?」
叔母といわれて即座に理解できない6歳児である。彼にとっては姉なのだ。
「守り役さんが休みだからって遊んでばかりではだめよ」
ヴィノニスは、くーんと哀れっぽく鳴く駄犬達をじろりと見て、ジョセフを屋敷の方へ連れていく。
狼と遊ぶのも運動であり訓練の一環ではあるが、次期伯爵として要求される事柄は健康と運動能力以外に大量に存在する。
「先生じゃないですか」
ヴィノニスはリーラント伯爵領の行政の中心にも顔パスである。
美しい字を書く見本も、人と物を動かし領地を維持する仕事も実物がここにある。
ジョセフは久しぶりに会った先生に甘えようとするが先生は楽しみつつ授業を行う。
まずは書き取り。次に総合的な授業だ。
「今はほら、比較的領内も安定しているでしょ。新しい事を試してみるなら余裕のある今よ」
ヴィノニスの背後では、パンクリアースの卒業生で現新人官吏が頑張って資料を用意している。
「叔母さんは剣で未来を切り開いたけど、今叔母さんがここにいたら剣を使うと思う? 使うならどう使うと思う?」
ヴィノニスはじっとジョセフをみつめる。
「剣を使うふりをして別のことする?」
「いいわね。わたしの誘導に乗らなかったのも良い選択ね」
大きな机の上に次々に資料が広げられる。
現在この地で使用可能な資源の一覧だ。
「最初から全部使おうと考えなくていいの。今日は犬……犬でいいのよね? とにかくあの子達をどう扱えば考えて見ましょう」
あからさまに目立つ場所にあった計画書は退ける。
「んー、ぼくよー犬の仕事とけーびでせいいっぱいだと思う、けど」
「訓練された犬よ。何か人手の代わりに使えたら、その分の人手を開拓や新規事業に送り込めるかもしれないわ」
「でも部下のひとたちよりずっと頭悪いもん。……あっ」
ジョセフが気付き、先生がにこにこする。
「もっと訓練すればいいんだ!」
肩を落とす官吏を残し、先生と生徒は駄犬達を鍛え直すためドッグランへ戻っていった。
●
依頼の移動で何度も世話になったビッグオウムだが、非番のビッグオウムと顔をじっくり合わせるのは初めてだったかもしれない。
「できたぞ」
レピドは土産のビッグオウムの抜け羽根を使って即席特大猫じゃらしを作成した。
犬に使うためなので犬じゃらしと言うべきかもしれないが本人は特に気にしない。
「よし」
わらわらと集まって来た狼を相手に巧みにじゃらすだけでなく間合いを保つ。
「動かし方を変えないと壊されるか……ん? ショウガも混ざるか?」
なー、と、巻きこまれて怪我されるだろという視線をレピドへ向ける猫である。
壊れる前に追いかけっこに移る。
レピドは速いだけでなく持久力も万全なので、狼が満足して地面に寝そべるまで走ることができた。
後はブラッシングだ。
ブラシを巧みに操るにはもちろん、大柄な狼を何匹も面倒見ても疲れた様子も見せない。
「ほら、ショウガも来い」
最後の1匹は、特に念入りに仕上げていた。
●
「うむむだよ」
アルマ・ヴァレンタインは複数の試食をして肩を落としている。
産地なので食材を最も良い状態で調理や飲食できるのに料理の味は普通だ。
その素材にしても、鶏肉が大量生産に成功しているだけで鶏肉も含めて味の向上は遅々としていた。
「あとはそこそこ美味しい鶏料理の更なる改善ね。物は良いのだから下処理か調理に改善の余地があるはず」
ヴィノニスの調理の腕は素晴らしいが一朝一夕で他者に教えられる技術ではない。
6歳児も結構な時間をかけても教導の初歩の初歩を薄ら理解するのが精一杯で現在すやすや睡眠中である。
「誰でも美味しくつくれるなんてメニューはないものね……」
ジョセフが好きそうなメニューをジョセフ付きの料理人に教えはしたが、あれは料理人がヴィノニスに迫るほど料理上手だったから意味がある行為だ。
時間が余ったので犬用の食事を作りながら、少しだけため息をつくヴィノニスであった。
「良し」
犬達の切ない表情に負けレピドが許可を出す。
少しだけ精悍さを増した顔の狼が、幸せそうに美味い飯を食べていた。
●
特大容器に鶏肉を詰め終えると、養鶏場の人間はぎょっとしていた。
サイラスが平然を背負ってふらつきもしないのを見て驚愕はますます強くなる。
マジカルポケット抜きでは重さが減らないので、サイラスはビッグオウムではなく徒歩で帰還だ。
(平和な場所はいろいろちがうなー。平和ぼけしてるし)
常人が走るような速さで歩き去るサイラスを、体格だけは良い狼達が名残惜しげに見送っている。
ドッグランで冒険者に遊んで貰った彼等は、しっかり遊んで艶々していた。
レピド・クロサイトの目が地平線まで見通す。
開拓途中の地面の近くで老牧童に従う老犬が欠伸をしている。
右を見ても左を見ても麦畑か開拓中の土地か用水路だけだ。
「広いな、ショウガ」
レピドがホムンクルスとして目覚める前の記憶は酷く曖昧で、王国の地勢や農業についての知識はギルドで一通りの教育だけだ。
だから実物に接した感動は大きく、飼い猫に共感を求めていた。
なお、にゃー、と答えたショウガは主の面倒より風上から漂ってくる肉のにおいに興味津々だった。
そのショウガより食欲に忠実なのがサイラスのペットである肉付きの良い白狼だ。
スキップするような足取りで開始した加速はさすが狼と言いたくなる身体能力だが、最近体重が増えたせいか動きにキレが足りない。
重厚な筋肉と鱗に覆われた腕に抱え上げられだらんと四肢を垂らした。
(一応仕事中だぞ)
サイラスが使っているのはテレパスではなく動物交感だ。
きりっ、と首の辺りに黒い斑模様のある白狼が真面目な顔になるが動物交感で伝わってくる感情は変わらない。
しかし、サイラスが注意をする前に久々にシリアス顔になった。
(襲撃か?)
黒々とした狼達がサイラスだけでなく冒険者全員を囲むように走って来る。
筋骨の逞しさと毛並みの良さは、幼い頃から十分な餌と運動があったからだろう。
(!)
何故か熱い視線というか意識がサイラスに集中する。
念のため戦闘になっても良いようにエーテルを高めたサイラスの前で黒狼達が整列する。
そして『あれ? このひとなんか違う』という馬鹿面を一斉に晒す。
(あの代官の実家だよねここ。馬鹿すぎて置き去りにされた群れかねー)
サイラスは一度咳払いをして営業用の態度をとる。
いっぱい殺したのを隠さないか隠せていない人間とは違うのだ。
勘違いだと数分もかかってようやく気付いた黒狼達が、客に対する態度でサイラス達を歓迎していた。
●
「ようこそリーラント領へ! わたしが依頼人です!」
その6歳児は髪がきらきらして眩しいくらいだ。
ヴィノニスが軽く息を吐いて帽子を被らせるのを素直に受け入れている。
「冒険者のレピド・クロサイトだ。こちらはショウガ」
口調が淡々として愛想が不足しているレピドの代わりに、猫が頑張って愛想を振りまく。
「ねこ……」
年齢不相応に落ち着いていた6歳児が普通の6歳児っぽくなる。
実家で養鶏業が盛んなので鶏の天敵な猫がほとんどおらず猫の魅力に対する抵抗力が低いのだ。
「猫は飼っているものの犬と遊ぶのは初めてだ。普段どういう遊びをしているんだ」
レピドに脅す意図は皆無で愛想がないだけである。
無愛想の原因も本人の性質ではなく記憶喪失なので、6歳児の混乱にすぐに気付いて意図して穏やかな表情をつくり声の響きも柔らかくする。
記憶力大活躍であった。
「取ってこい」
手際よく挨拶を終わらせたサイラスが適度に力を抜いてボールを投げている。
1頭白狼が混じった黒狼達が激しい競り合いを繰り広げながらボールを追う。
本来なら白狼が悠々とボールを回収し黒狼を置き去りにして最初に戻ってくるのだが、増えた重しのせいで勝負が成立してしまっている。
(ダイエットには時間かかりそうだなー。他の犬が飽きた後も走らせるか)
主の考えに気付かないまま、白狼は『そろそろごはんたべたい』という感じで考えていた。
「なるほど、ボールを投げると取って戻って来るのか。賢いな」
レピドはサイラスと白狼と狼の群れを見て理解する。
「あっ」
戸惑いと屈辱と申し訳なさが混じった顔のジョセフに軽くうなずき、レピドはボールを手に取る。
その軽さに少し驚きはしたが顔には出ず、文字通りの全力で人のいない方向目がけて投擲する。
空中で捕ろうとした狼もいたが全く追いつけない。
ホムンクルスという冒険者入りして日が浅い種族ではあるが、レピド個人は濃密な経験を積んだ熟練以上の冒険者なのだ。
(このくらいか)
レピドは力加減の体得もお手のもので、すぐに適度な速度を見付けて狼達に良い遊びを提供する。
「失敗が出来るうちに、いろいろと試しておくのも大事よね」
ヴィノニスは慰めはするがリーラント伯のように失敗をひっくり返そうとはしない。
「たぶん、叔母さんはそういった余裕を許されても来なかったのだろうし?」
叔母といわれて即座に理解できない6歳児である。彼にとっては姉なのだ。
「守り役さんが休みだからって遊んでばかりではだめよ」
ヴィノニスは、くーんと哀れっぽく鳴く駄犬達をじろりと見て、ジョセフを屋敷の方へ連れていく。
狼と遊ぶのも運動であり訓練の一環ではあるが、次期伯爵として要求される事柄は健康と運動能力以外に大量に存在する。
「先生じゃないですか」
ヴィノニスはリーラント伯爵領の行政の中心にも顔パスである。
美しい字を書く見本も、人と物を動かし領地を維持する仕事も実物がここにある。
ジョセフは久しぶりに会った先生に甘えようとするが先生は楽しみつつ授業を行う。
まずは書き取り。次に総合的な授業だ。
「今はほら、比較的領内も安定しているでしょ。新しい事を試してみるなら余裕のある今よ」
ヴィノニスの背後では、パンクリアースの卒業生で現新人官吏が頑張って資料を用意している。
「叔母さんは剣で未来を切り開いたけど、今叔母さんがここにいたら剣を使うと思う? 使うならどう使うと思う?」
ヴィノニスはじっとジョセフをみつめる。
「剣を使うふりをして別のことする?」
「いいわね。わたしの誘導に乗らなかったのも良い選択ね」
大きな机の上に次々に資料が広げられる。
現在この地で使用可能な資源の一覧だ。
「最初から全部使おうと考えなくていいの。今日は犬……犬でいいのよね? とにかくあの子達をどう扱えば考えて見ましょう」
あからさまに目立つ場所にあった計画書は退ける。
「んー、ぼくよー犬の仕事とけーびでせいいっぱいだと思う、けど」
「訓練された犬よ。何か人手の代わりに使えたら、その分の人手を開拓や新規事業に送り込めるかもしれないわ」
「でも部下のひとたちよりずっと頭悪いもん。……あっ」
ジョセフが気付き、先生がにこにこする。
「もっと訓練すればいいんだ!」
肩を落とす官吏を残し、先生と生徒は駄犬達を鍛え直すためドッグランへ戻っていった。
●
依頼の移動で何度も世話になったビッグオウムだが、非番のビッグオウムと顔をじっくり合わせるのは初めてだったかもしれない。
「できたぞ」
レピドは土産のビッグオウムの抜け羽根を使って即席特大猫じゃらしを作成した。
犬に使うためなので犬じゃらしと言うべきかもしれないが本人は特に気にしない。
「よし」
わらわらと集まって来た狼を相手に巧みにじゃらすだけでなく間合いを保つ。
「動かし方を変えないと壊されるか……ん? ショウガも混ざるか?」
なー、と、巻きこまれて怪我されるだろという視線をレピドへ向ける猫である。
壊れる前に追いかけっこに移る。
レピドは速いだけでなく持久力も万全なので、狼が満足して地面に寝そべるまで走ることができた。
後はブラッシングだ。
ブラシを巧みに操るにはもちろん、大柄な狼を何匹も面倒見ても疲れた様子も見せない。
「ほら、ショウガも来い」
最後の1匹は、特に念入りに仕上げていた。
●
「うむむだよ」
アルマ・ヴァレンタインは複数の試食をして肩を落としている。
産地なので食材を最も良い状態で調理や飲食できるのに料理の味は普通だ。
その素材にしても、鶏肉が大量生産に成功しているだけで鶏肉も含めて味の向上は遅々としていた。
「あとはそこそこ美味しい鶏料理の更なる改善ね。物は良いのだから下処理か調理に改善の余地があるはず」
ヴィノニスの調理の腕は素晴らしいが一朝一夕で他者に教えられる技術ではない。
6歳児も結構な時間をかけても教導の初歩の初歩を薄ら理解するのが精一杯で現在すやすや睡眠中である。
「誰でも美味しくつくれるなんてメニューはないものね……」
ジョセフが好きそうなメニューをジョセフ付きの料理人に教えはしたが、あれは料理人がヴィノニスに迫るほど料理上手だったから意味がある行為だ。
時間が余ったので犬用の食事を作りながら、少しだけため息をつくヴィノニスであった。
「良し」
犬達の切ない表情に負けレピドが許可を出す。
少しだけ精悍さを増した顔の狼が、幸せそうに美味い飯を食べていた。
●
特大容器に鶏肉を詰め終えると、養鶏場の人間はぎょっとしていた。
サイラスが平然を背負ってふらつきもしないのを見て驚愕はますます強くなる。
マジカルポケット抜きでは重さが減らないので、サイラスはビッグオウムではなく徒歩で帰還だ。
(平和な場所はいろいろちがうなー。平和ぼけしてるし)
常人が走るような速さで歩き去るサイラスを、体格だけは良い狼達が名残惜しげに見送っている。
ドッグランで冒険者に遊んで貰った彼等は、しっかり遊んで艶々していた。
マスターコメント
お疲れ様でした。
ショートシナリオ易しい 報酬:標準4 / 4〜8人
2022年11月17日 01時00分48秒 公開
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