カレピのカード占い~冒険者ギルド職場体験編~
眞石ユキヒロ
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シナリオID:2593
オープニング
●この職場おかしくない?
辺境都市群、冒険者ギルド。
「また、ワタシに占いの依頼が……?」
「そうなんだ、今度は冒険者ギルド職業体験イベントをやると上司が張り切っていて、止められそうにもなく……」
またも難題をぶん投げてきた上司のおかげで苦しんでいる冒険者ギルド職員ツェレンが、夫である冒険者アーキルとカウンター越しに小さな声で会話している。
「スイカイベントの占いの館が好評だったのは私もわかっているんだ。けれどいくら職員の夫だからといって何度も少額の報酬でアーキルを頼るのは……」
「ツェレンに恥をかかせるわけにはいかない、ワタシは断らないよ」
躊躇するツェレンとは対照的に、アーキルは晴れやかな笑顔で事態を受け入れる。
「わざわざ名指しで呼ばれるということは、それだけワタシがハニーの伴侶として受け入れられているということでもあるから、悪い気分ではない」
「ダー……アーキル……!」
(尊みの気配が!?)
ツェレンの頬が真っ赤に染まり、光の速度で依頼の文書を認めていたライリー・ベルの手が止まる。
「そそ、そういうのは……!」
「ワタシの嫁は恥ずかしがり屋で世界一可愛いよ」
ライリーが顔を上げるとアーキルはツェレンの頭をカウンター越しに抱こうとした。突然のいちゃつきにライリーの瞳孔が極限まで開く。
「なにやってるんですか、貴方たちは……」
ガン見しているライリーはアテにならないので、通りがかったティボーが止める。公共の場で仕事中にイチャイチャされるのはたまらない。
ライリーが不満の無表情をティボーに向けるが、ティボーはさっと目をそらした。
「そういうのは家でやってくださいよ、ホント」
小さく口にするティボーに、ツェレンが頬を真っ赤に染めたまま俯く。アーキルはというとそんなツェレンも可愛いと穏やかな笑みを浮かべるばかりだった。ライリーはそんな二人をギラつく瞳でガン見し続けている。
(もしかしておかしいのって僕の方だったりするんですかね?)
ティボーは一瞬、自分の感覚に疑問を持ったが頭を振り、(いや、職場でイチャつく方がおかしいでしょ)と思い直した。
●辺境都市群冒険者ギルド職場体験イベント! とカード占いの館!
かくして冒険者ギルド職場体験イベントと占いの館が開催される運びとなった。
今回はギルドの一室を占いの館として使用できる。嬉しい嬉しくないはともかく大出世である。
「あれから結構経ちましたけど、僕は今後ライリーさんにどう思われるんでしょうか」
イベント開始前の試運転として、前回も占ったティボーを今回も占う。
「吊られた男の正位置。苦労しているな、と思われるかもしれません。……多少は前進している、と言っても良いのでは?」
アーキルの言葉はだいぶ楽観的だとティボーは感じた。カードに描かれた男は縛られ、吊り下げられている。
(僕がライリーさんの誘拐に加担したこともまだ気にされてる、とかそういうのも入ってる気がするんですけど……)
眉根を寄せて黙り込むティボーに、アーキルが極力穏やかに声をかける。
「気になることがあればどんどん仰ってください。占いの結果は占う側と占われる側がコミュニケーションを取ることでより正確なものになりますから」
前回ティボーに妻を悪く言われたことは根に持っている。しかしこれは予行演習。どんなときでも平常心を保つための訓練でもあった。
「そうですか。いや、このカードの人縛られてるから、ライリーさんの心の中から誘拐事件のことが消えることはないんじゃないかなって思いまして……」
「そういう考え方もできますね。でしたら今後ティボーさんがどう振る舞えばライリーさんからの印象が良くなるか、もう一枚のカードで見てみましょう」
アーキルが伏せられた二枚目のカードを表にする。
「隠者の逆位置。自分の事情にこだわるべきではない。自分の汚点は認めた上で、どうにもならないことはどうにもならないと考えた方が楽、かもしれません」
アーキルの青い瞳がティボーを伺う。さて、このいまいち本心が見えない男はどう出るのか。
「このカード、一人で荒野? を旅してるって感じですよね」
「隠者の正位置は内面の充実や真実の愛、逆位置は独りよがりやコミュニケーションの欠落も意味しますね」
ティボーは顎に手を当て、難しい顔をする。
「……俺が近づいても、ライリーさんって大丈夫なんでしょうかね?」
「それは……アナタの心がけ次第でしょう」
ティボーのこういった考え方もライリーとの関係が一向に改善されない原因の一つなのだろうと思いながら、アーキルはデッキをひっくり返しカードを順番に並べ直す。
(ワタシだったらツェレンとどんな関係であろうと猛アプローチを仕掛けるぞ)
肉食系の発想は口にしないが、ひとまずティボーを見守ろうと、アーキルは頭の片隅で思うのだった。
●職員たちの憂鬱(を破壊したい)
「みんな、頑張っているね!」
上司がにこやかな表情で言葉を発する。
企画の準備の殆どはツェレンを中心に行っていた。ツェレンとしては嫌味の一つも言ってやりたい気持ちだ。他の職員たちも同様に。
(けれど今はアーキルも同じ屋根の下で働いているんだ……!)
だからこそ怒りややるせなさを堪えて、作り笑いを浮かべる。青筋が立っていたとしても体毛で隠れてくれると信じて。
「ここは私たちに任せておいてください! 忙しいでしょうし、今日くらいは休んでいて大丈夫ですから!」
ツェレンの怒りを察知して、ライリーが上司の前に立つ。上司は「そうか、助かるよ」とだけ言って、軽い足取りで二階へ続く階段を昇っていった。
「先輩、大丈夫ですか……?」
ライリーが不安げな表情でツェレンを振り返る。
「私は大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ……!」
ツェレンは硬い表情のまま、何度も何度も、言い聞かせるように「大丈夫だ」を繰り返していた。
(先輩、それ大丈夫じゃない人の反応ですから……!)
そうは思うがここで士気を下げてはいけない。ライリーはツェレンの顔を覗き込み、「旦那さんに負けないくらい働いて、あの方より出世してみる、っていうのはどうでしょうか!」と元気に語りかけた。
ツェレンが眉を大きく上げ、ぽかんと口を開ける。それから壊れたようにケタケタと笑い出した。
「ハハハッ、なるほど、それは妙案だ! フフフフ、俄然楽しみになってきたぞ。皆、頑張ろう!」
(あっこれ、ヤバいスイッチ入れちゃった感じかな……?)
ライリーはかける言葉の選択ミスに気付いたが、今更取り返すこともできない。
一応ツェレンのやる気を引き出すことには成功したからそれは良しとして、ライリーは積極的にツェレンをサポートしようと誓った。
辺境都市群、冒険者ギルド。
「また、ワタシに占いの依頼が……?」
「そうなんだ、今度は冒険者ギルド職業体験イベントをやると上司が張り切っていて、止められそうにもなく……」
またも難題をぶん投げてきた上司のおかげで苦しんでいる冒険者ギルド職員ツェレンが、夫である冒険者アーキルとカウンター越しに小さな声で会話している。
「スイカイベントの占いの館が好評だったのは私もわかっているんだ。けれどいくら職員の夫だからといって何度も少額の報酬でアーキルを頼るのは……」
「ツェレンに恥をかかせるわけにはいかない、ワタシは断らないよ」
躊躇するツェレンとは対照的に、アーキルは晴れやかな笑顔で事態を受け入れる。
「わざわざ名指しで呼ばれるということは、それだけワタシがハニーの伴侶として受け入れられているということでもあるから、悪い気分ではない」
「ダー……アーキル……!」
(尊みの気配が!?)
ツェレンの頬が真っ赤に染まり、光の速度で依頼の文書を認めていたライリー・ベルの手が止まる。
「そそ、そういうのは……!」
「ワタシの嫁は恥ずかしがり屋で世界一可愛いよ」
ライリーが顔を上げるとアーキルはツェレンの頭をカウンター越しに抱こうとした。突然のいちゃつきにライリーの瞳孔が極限まで開く。
「なにやってるんですか、貴方たちは……」
ガン見しているライリーはアテにならないので、通りがかったティボーが止める。公共の場で仕事中にイチャイチャされるのはたまらない。
ライリーが不満の無表情をティボーに向けるが、ティボーはさっと目をそらした。
「そういうのは家でやってくださいよ、ホント」
小さく口にするティボーに、ツェレンが頬を真っ赤に染めたまま俯く。アーキルはというとそんなツェレンも可愛いと穏やかな笑みを浮かべるばかりだった。ライリーはそんな二人をギラつく瞳でガン見し続けている。
(もしかしておかしいのって僕の方だったりするんですかね?)
ティボーは一瞬、自分の感覚に疑問を持ったが頭を振り、(いや、職場でイチャつく方がおかしいでしょ)と思い直した。
●辺境都市群冒険者ギルド職場体験イベント! とカード占いの館!
かくして冒険者ギルド職場体験イベントと占いの館が開催される運びとなった。
今回はギルドの一室を占いの館として使用できる。嬉しい嬉しくないはともかく大出世である。
「あれから結構経ちましたけど、僕は今後ライリーさんにどう思われるんでしょうか」
イベント開始前の試運転として、前回も占ったティボーを今回も占う。
「吊られた男の正位置。苦労しているな、と思われるかもしれません。……多少は前進している、と言っても良いのでは?」
アーキルの言葉はだいぶ楽観的だとティボーは感じた。カードに描かれた男は縛られ、吊り下げられている。
(僕がライリーさんの誘拐に加担したこともまだ気にされてる、とかそういうのも入ってる気がするんですけど……)
眉根を寄せて黙り込むティボーに、アーキルが極力穏やかに声をかける。
「気になることがあればどんどん仰ってください。占いの結果は占う側と占われる側がコミュニケーションを取ることでより正確なものになりますから」
前回ティボーに妻を悪く言われたことは根に持っている。しかしこれは予行演習。どんなときでも平常心を保つための訓練でもあった。
「そうですか。いや、このカードの人縛られてるから、ライリーさんの心の中から誘拐事件のことが消えることはないんじゃないかなって思いまして……」
「そういう考え方もできますね。でしたら今後ティボーさんがどう振る舞えばライリーさんからの印象が良くなるか、もう一枚のカードで見てみましょう」
アーキルが伏せられた二枚目のカードを表にする。
「隠者の逆位置。自分の事情にこだわるべきではない。自分の汚点は認めた上で、どうにもならないことはどうにもならないと考えた方が楽、かもしれません」
アーキルの青い瞳がティボーを伺う。さて、このいまいち本心が見えない男はどう出るのか。
「このカード、一人で荒野? を旅してるって感じですよね」
「隠者の正位置は内面の充実や真実の愛、逆位置は独りよがりやコミュニケーションの欠落も意味しますね」
ティボーは顎に手を当て、難しい顔をする。
「……俺が近づいても、ライリーさんって大丈夫なんでしょうかね?」
「それは……アナタの心がけ次第でしょう」
ティボーのこういった考え方もライリーとの関係が一向に改善されない原因の一つなのだろうと思いながら、アーキルはデッキをひっくり返しカードを順番に並べ直す。
(ワタシだったらツェレンとどんな関係であろうと猛アプローチを仕掛けるぞ)
肉食系の発想は口にしないが、ひとまずティボーを見守ろうと、アーキルは頭の片隅で思うのだった。
●職員たちの憂鬱(を破壊したい)
「みんな、頑張っているね!」
上司がにこやかな表情で言葉を発する。
企画の準備の殆どはツェレンを中心に行っていた。ツェレンとしては嫌味の一つも言ってやりたい気持ちだ。他の職員たちも同様に。
(けれど今はアーキルも同じ屋根の下で働いているんだ……!)
だからこそ怒りややるせなさを堪えて、作り笑いを浮かべる。青筋が立っていたとしても体毛で隠れてくれると信じて。
「ここは私たちに任せておいてください! 忙しいでしょうし、今日くらいは休んでいて大丈夫ですから!」
ツェレンの怒りを察知して、ライリーが上司の前に立つ。上司は「そうか、助かるよ」とだけ言って、軽い足取りで二階へ続く階段を昇っていった。
「先輩、大丈夫ですか……?」
ライリーが不安げな表情でツェレンを振り返る。
「私は大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ……!」
ツェレンは硬い表情のまま、何度も何度も、言い聞かせるように「大丈夫だ」を繰り返していた。
(先輩、それ大丈夫じゃない人の反応ですから……!)
そうは思うがここで士気を下げてはいけない。ライリーはツェレンの顔を覗き込み、「旦那さんに負けないくらい働いて、あの方より出世してみる、っていうのはどうでしょうか!」と元気に語りかけた。
ツェレンが眉を大きく上げ、ぽかんと口を開ける。それから壊れたようにケタケタと笑い出した。
「ハハハッ、なるほど、それは妙案だ! フフフフ、俄然楽しみになってきたぞ。皆、頑張ろう!」
(あっこれ、ヤバいスイッチ入れちゃった感じかな……?)
ライリーはかける言葉の選択ミスに気付いたが、今更取り返すこともできない。
一応ツェレンのやる気を引き出すことには成功したからそれは良しとして、ライリーは積極的にツェレンをサポートしようと誓った。
解説
●目標
・アーキルの占いに参加する
・冒険者ギルド職員体験に参加する
●できること
・アーキルの占いに参加する
タロット的なカード2枚で占います(実際にMSがタロットの大アルカナ22枚を使用して占います。)
例:今後好きな人との関係はどうなるか(1枚目)、どうすれば好きな人との関係が良くなるか(2枚目)
恋愛だけでなく今後の目標やどんな依頼に入ると良いかなども占うことが可能です。
眞石ユキヒロ担当NPCとの相性なども占うこともできます。
余談ですが「女教皇」は「女司祭」、「法王」は「司祭」、「死神」は「死」、「悪魔」は「魔物」、「審判」は「復活」と一部カード名が置き換えられています。ルビは振ります。
OPは実際に占った結果をもとに書いています。
・冒険者ギルド職員体験に参加する
・依頼人に対応する
・依頼の文書作成
・冒険者への依頼の説明
・食堂の手伝い
などを行えます。職員体験ではなく依頼人や冒険者として職員体験をする冒険者とコミュニケーションを取ることもできます。
プレイングで指定すればライリーやツェレンに仕事を教わることも可能です。
●NPC(※アーキル以外は基本空気です)
・アーキル
リザードマンのキャスターで冒険者。今年の6月に冒険者ギルド職員のツェレンと結婚した。妻めっちゃ好き。
通称「カレピ」。ツェレンからは密かに「ダーリン」と呼ばれている。
・ツェレン
冒険者ギルド職員。鹿のハーフビーストで授恵者。カレピことアーキルの妻。旦那めっちゃ好き。
・ライリー・ベル
いつもの冒険者ギルド職員。亜人・魔獣ハーレムだけは許さないドゥジン信徒。
・ティボー
実質的にギルド職員。ライリーとの関係を改善したい。OPノベルで出てきた上司には拾ってもらった恩があるため(比較的)好意的。
マスターより
冒険者の皆様、この依頼をご確認いただきありがとうございます!
眞石ユキヒロです。
これは一応カレピもといアーキルのお誕生日シナリオなんですよ……。
アーキルの誕生日は5/17なのですが、それを具体的に決定したのは先月だという……。
遅れてきた誕生日シナリオですが、あまり気にせず普通に楽しんでいただければ幸いです。
誕生日要素が欠片もない? 私の誕生日がすぐそこなのでそれで手打ちにしてください。
職員体験と占いが可能ですが、どちらか片方に絞った方が濃い体験をできると思われます。
しかし両方やりたいならそれもまた良しです。ご自由にどうぞ!
質問があれば冒頭に【質問】と書いて相談卓に投稿すればツェレンかライリーが答えられる範囲で答えます。
※当依頼は参加時に仮プレイングの提出を推奨しております。
絶対ではありませんがご一考いただけると有難いです。
リプレイ
●
辺境都市群冒険者ギルド職場体験、それと同時に催される占いの館、双方共に人が集まっており、盛況であった。
「ライリーさんよろしくお願いします」
1222年度パンクリアース学園生徒会総選挙にて書記の座を射止めた海神 江流は掲げた公約を果たすため、職場体験に参加している。
公約は「学園内に冒険者ギルド窓口を設置。貴族・庶民双方の人脈形成やトラブル相談を身近に」。まさにうってつけの催しである。
(まずは依頼人から名前、依頼内容、想定解決日数、難易度、報酬規定、成功条件、その他冒険者に気をつけてほしいことなどを聞く)
「依頼内容は以上でよろしいでしょうか」
磨き抜いた礼儀作法で依頼人に好印象を与えつつ、依頼内容を読み上げ最終確認を行う。
「ご依頼いただきありがとうございました。依頼について動きがあり次第、こちらから連絡を差し上げます」
立ち上がり礼をした江流に、依頼人が「よろしくね」と破顔する。その表情を確認した江流も、ふっと微笑んでしまう。
(自分で事務を回す、というのも楽しいものなのかもしれないね)
職員の指示を受けながら、先ほどの依頼内容の要点をまとめ、文書を作成する。
ゆくゆくは他の者が同じように事務をこなせる仕組みを作るつもりだが、自分が手を動かすことで目に見える成果ができあがってゆくのも悪くない。
(依頼文書に決まった形式はないようだけれど、依頼者、冒険者にとって重要な部分の記載ミスは絶対に防がねばならないという感じだね)
読み書きができない冒険者へ向けて、依頼文書の読み上げを行っている職業体験者もいる。
(学園内なら読み書きの心配は少ないけれど、冒険者ギルドによってはそういう仕組みも存在する、ということは知っておいて損はないね)
「それでは皆様、依頼の説明をいたしますね!」
依頼板の前に立つサシャ・テーリングの声色はいつにも増して明るい。彼女の周りに集まる冒険者たちの表情も自然、明るくなってゆく。
「今回は物語製作の依頼となっております。といっても皆様に物語を作ってもらう、というわけではありません」
サシャは淀みなくすらすらと文書の内容を冒険者たちに説明してゆく。
「依頼人は皆様のこれまでの経験から物語を描きたいとのことで、面白かった依頼の話を飲食と共に行っていただきたいそうですわ」
そこで話を区切り、サシャは小首をかしげて品良く微笑んだ。
「その際、ご参加いただいた冒険者様が登場人物のモデルになる可能性も存在しますので、そういったことに抵抗のない方を募集している、とのことです」
冒険者たちの顔色がそれぞれに変化する。赤色多量、青色、土気色少々。多種多様である。
「報酬も少額ですが支払われるそうですよ」
冒険者たちの顔色が若干回復する。
自分の言葉一つに翻弄される冒険者たちに、サシャはハーレムの主に思いを馳せた。
(私の言葉一つで冒険者の皆様の士気が変化するのね……)
ハーレムの主たちの中には、言葉の力をもって自分を取り巻く者達を思いのままにしている者もいた。
(なればこそ、なおさら言葉は大切にしないといけませんわね)
それもドゥジン信徒の嗜みだ。
「飲食ができて報酬も支払われて本の題材になるかもしれないなんて、とてもロマンティックだと思いませんか?」
キラキラ輝く孔雀石の瞳を細めて、サシャが胸の前で両手を合わせる。
「私もそういったことを趣味としていますので、お手伝いいただけることがどれほど有難く頼もしいかは容易に想像できます」
それから自分の誠意で伝える。いつの間にか冒険者たちの表情にも輝きが伝播していた。
「まあアルマさんもサシャさんもお久しぶりですね」
ブレイドを伴い東雲・更紗は居合わせた友人二人に声をかける。
「そちらの方は……。ふふ、とても仲が良さそうで何よりです」
友人の一人であるアルマ・ヴァレンタインは兄の君であるエヴァン・ピオネロに抱きかかえられていた。
微笑ましい二人の光景に更紗が無邪気な笑みを浮かべる。
「アルマさんとは少しぶりになるな。そちらの……」
「エヴァン・ピオネロです。皆さんはアルマのお友達なんですね、よろしくお願いします」
エヴァンがアルマをぎゅっと抱きしめたままサシャ、更紗、ブレイドに頭を下げる。
「ああ、自分はブレイドだ、よろしく頼む。……アルマさんと仲が良さそうで何よりだ」
ブレイドの表情に殆ど変化はないが、言葉に嘘はない。
「ところでブレイドさんと更紗さんは占いの方にはいくのー?」
順番待ちの番号が書かれた紙を懐から取り出して、アルマが見せる。サシャの瞳にほんの一瞬、キラリと光が宿ったのには誰も気付かない。
「いや、占いはちょっと……まあその……なんだ……」
ブレイドの顔色に変化はない。ただ表情も声も不自然に引きつっているというだけで。
「その……いえ、当たってはいるのですが何といいましょうか……」
頬を鴇色に染めた更紗が露骨に視線を逸らし、人差し指の先をもじもじと合わせている。
二人は夏に開催された占いの館で得た結果を思い出していた。
「今回は職場体験のほうに行こうかとな、更紗さん?」
「え、えぇ。今回は職場体験のほうにいってみようかと思いまして」
コンビネーション抜群、二人は未知の体験を求めて冒険者ギルドの受付カウンターへと向かっていった。
(って、二人に一体ナニガ……!?)
(……占いって相当な覚悟をして受けるのが本来……でしょうか)
置いて行かれたアルマとエヴァンをにこにこと眺めながら、サシャはブレイドと更紗の心を揺らした結果を思い出す。
(愛情、でしたわね)
「笑顔……。自分の苦手分野だが、体験するならば務めなければな」
ブレイドは職員に言われ、依頼人・冒険者対応時の笑顔の練習を開始した。
一連の事務仕事についてはすぐに頭に入ったが、コレばかりは一朝一夕では身につかない。もとより笑顔を遠い過去に置き去った身だ。
「あの……無理に笑わなくても大丈夫ですよ」
鏡に向き合ってようやく作り上げた笑顔について、依頼人から指摘が入る。
(初対面の相手にもわかってしまうほど、自分の笑顔は不自然なのだろう)
ならば自分の自然な笑顔はどんな時に引き出されるのだろうか。命を賭す瞬間? それとも――?
ブレイドはひとまず作り笑いをやめた。依頼人がほっと小さく息を吐く。
(不自然な表情は人を緊張させてしまうな)
自然体に戻った瞬間、食堂でいそいそと配膳を行う更紗が視界に入った。口の端が僅かに上がり、自然な笑みが形作られる。
「それにしても思ったより普通の食材をお使いなのですねー」
ステーキにする予定の鶏肉を氷室から持ってきた更紗はぽつりと呟いた。亜人や魔獣やクリーパーの肉は更紗が見た限りでは氷室には存在しなかった。
「何か疑問がありますか?」と訪ねてきた職員に「いえいえ、こちらのことですので」となよやかな笑みで応対して、更紗は鶏肉に塩胡椒で下味をつけていく。スライスしたニンニクと唐辛子をオイルで炒めて、大きめに切った鶏肉を投下する。いい匂いが漂って、更紗の笑みが無邪気なものに変化する。
(ふふ、注文してくださった方が喜んでくれると良いのですけれど)
更紗はシンプルな皿の上で栄えるよう鶏肉ステーキにローズマリーを盛り付けて、料理を待ちわびる腹ぺこ冒険者のテーブルに向かった。
「おわ~、うまっそ! ありがと、お嬢ちゃん!」
冒険者はフォークで鶏肉ステーキの中心をぶっさして大口でかぶりついた。
(豪快な食べっぷり、ですね)
同じ料理をブレイドやサシャやアルマやエヴァンに振る舞ったとして、果たしてどんな反応が返ってくるだろうか。
(考えると少しワクワクしますね)
「ごゆっくり」と言葉を残して、更紗は自分の持ち場に戻る。もしも冒険者をやめるようなことがあったら、こういう場所で働くことを視野に入れても良いかもしれないと頭の片隅で思いながら。
(その時にブレイドさんも一緒にいてくださったら、とても心強いのですけれど)
料理を運ぶ合間に、事務に勤しむブレイドを一瞥する。自分ではない誰かに微笑む彼に、言いようのないモヤモヤとした気持ちを抱きながら。
●
冒険者ギルド内、占いの館(臨時)。
「冒険者ギルドでは職務で占いもするのか……」
「ギルドの職務に占いはありませんが……」
レピド・クロサイトの記憶領域に誤解がインプットされる前に、ツェレンの夫、アーキルが訂正する。
「そうか。ではもう一つ聞かせてくれ。『カレピ』とはどんな意味なんだ?」
無表情のまま首を傾げるレピドに、アーキルは相好を崩して「ツェレンから見たワタシのことです」と言った。
レピドは自分の前に並べられた二枚のカードをまじまじと眺めた。
一枚目は星の正位置、二枚目は皇帝の正位置。
「アナタの願いを見つめれば、それが自ずと冒険者としての目標になるのではないかと」
「俺の願い、か」
今のレピドにとっては漠然としたものだ。
「星は成長や自立も現します。今すぐでなく、成長する中でゆっくりと考えていけば良いとも思います」
「……そうか。ならば二枚目の意味を教えてほしい」
表情に反しレピドの瞳はよく動いて、様々な物事を観察、注視している。
「アナタの意思で、できると思う依頼に挑戦するべき、といったところでしょうか」
「……これから挑もうと思っていることは、決してできないことではないと思うんだ」
レピドはガタリと音を立てて席を立ち、アーキルに頭を下げた。
「応援しています」
その言葉にどう返せばよいのか、レピドにはまだわからない。けれど経験を重ね自分なりの答えを得れば、きっと――。
「以前世話になったギルド職員がいるんだ。アイツが普段どんな仕事をしているかは興味深い」
事務仕事を一通り説明され、冒険者への依頼説明をすることになった。たった一回読んだだけの文書を滑らかに諳んじるが、冒険者とのやりとりはぎこちない。
(コミュニケーションとは難しいものだな)
最終的に彼に与えられた役割は食堂での調理だった。
「キノコソテー三皿。二、六、七番テーブルに運んでくれ」
「はい、ただいま参りますね」
真面目で意欲も高く忠実にレシピを守る上、卓越した記憶力を持つ彼にぴったりの立ち位置だ。配膳は更紗に任せればよい。
(これもまた人間らしさなのだろう)
得意なことで支え合う。飛んできた新たな注文に一つ頷いて、レピドはぼんやりと思った。
「アーキルさんお誕生日おめでとうございます!」
テス・アウレアによる祝いの言葉に、アーキルは目を丸くして言葉を失った。
「おめでとう。共に迎える人が居るのは何よりの祝いですね」
テスの伴侶、ロイ・アウレアも畳みかけるように祝う。
「ありがとうございます」
初対面の二人に誕生日を祝われるのは不思議な気持ちだが、悪くない。
「見たことの無いカードだ。エーテルの囁きや精霊の声を聞くみたいでドキドキする。ロイは見たことある?」
「初めてみるカードだ」
「これまで色々な場所に縁ができたよね」
テーブルの上に広げられた地図と四枚のカードを眺め、テスは蒼玉の瞳に輝きを蓄える。
「シャルガネもドワーフ王国もお酒にお祭りに楽しかった」
東には女帝の正位置。
「ゴールディでの苦戦もあったし、王国には愛妹の治める国もある」
南には力の正位置。
「大森林の王国側の端に今は住んでいて、奥に入れば故郷がある」
西には世界の正位置。
「帝国には辛い思い出が多いかな」
北には隠者の逆位置。
「こうして思い返すと、色々と回ったね。互いに相手の変化を受入れつ穏やかな心持で老い過ごすには、どこで暮らすのが良いだろうか」
「東は……テスさんにとって居心地のよい場所になるかもしれません」
「ならば俺にとっても良い土地となるだろう」
ロイの柔らかな笑顔がテスに向く。
「南は……ロイさんがはしゃぎテスさんがなだめるような、騒がしくも楽しい場所、でしょうか」
「ロイが楽しいなら私は嬉しいよ」
テスのうっとりとした笑顔がロイを見つめ返す。
「西は……長い時間をかけて完成される最高の場所となるかもしれません。お二人がエルフであることも考えると一番おすすめです!」
力強い太鼓判を受けて、ロイはテスの両手を労るように優しく包み込んだ。それから少し時間を置いて、こんな疑問を口にした。
「そこで生活することによって、周囲への影響はどのくらい出るのでしょうか?」
真摯な表情のロイに、アーキルは顎に手を当てながらゆっくりと返答する。
「カードの女性を取り囲む獣たちは皆、ありのままの表情をしています。悪い影響が出ることはないでしょう」
「そうですか。……杞憂だったね」
ロイはアーキルに小さく頭を下げてから、再びテスへと慈しみの眼差しを向けた。
「北は……あなた方の心を内側へと閉じ込めてしまうかもしれません」
「わかりました。占っていただきありがとうございました」
ロイが頭を下げ、テスもそれに続く。二人が醸し出す温かな雰囲気が部屋中に満ちて、アーキルまでもが幸せな気持ちになった。
職場体験と占いの館というミスマッチなイベントの同時開催に少々困惑する。
(ですが、楽しそうですね)
スィーリーンは橙色の瞳を宝石のように輝かせて、占いの館のドアノブを握る。
(私が占っていただきたいことは……)
とうに心は決まっている。けれどほんの少しの恐れも抱いていて。
だからこそスィーリーンは、音も立てずにドアノブをゆっくりとひねった。
「私、憧れている方がいるのですけれど遠くにいらっしゃるのです」
対座するアーキルに向けてそう呟くスィーリーンの瞳には、切なさが灯っていた。
「その方が今どうしていらっしゃるか、その方にお会いするにはどうしたらいいか占っていただけますか?」
けれど声は力強く、憧れの人を、その行方を求めている。
「勿論、占わせていただきます」
(ワタシもツェレンを追いかけていた頃はこんな感じだったのだろうか……)
間の抜けた発想をすぐに振り払う。アーキルがカードをシャッフルし、最終的に二枚のカードを選ぶ。
一枚目は白馬に跨がる骸骨の騎士が、人に恐れられ、崇められているカード。
二枚目は厳しい顔つきの女性が白と黒の柱を背にこちらを見据えているカード。
「今どうしているかは死神の正位置。なにか大きな変格を起こそうとしている……? のでしょうか」
「変格とはどのような事、なのでしょうね……」
スィーリーンが俯く。表情に影が落ちるが、決して耳を塞いだり目を閉じたりはしない。
「……スィーリーンさんがどうすればその方に会えるかは女教皇の正位置ですね」
アーキルはスィーリーンの緊張を解くように、ゆっくりと語りかける。
「方法と言うよりは精神性のカードです。その方をまっすぐに想い邁進すべき、かと」
「想う、ですか……。私の一方的な憧れだとしても想い、続けて……」
噛み締めるように、スィーリーンは静かに言葉を紡ぐ。それから死神の正位置に澄んだ視線を向けた。
(エフレム様。貴方が今どこで何をしていても、私はその理由に目を向け、耳を傾け続けます……)
誓いは心の中で行われた。しかし表情にも凛とした強さが宿る。
幸せそうなカップルが指輪を外し、重ねる。指輪に施されたハート型にも見える装飾は、隣り合わせることによりクローバー型へと変じた。
「恋愛占いお願いしまーす!」
「お願いします!」
アルマもエヴァンもうきうきと、目の前に並べられた二枚のカードを眺めている。
一枚目は愚者の逆位置。
二枚目は月の逆位置。
「現在のお二人は、気持ちが定まっていない状態なのかもしれません。……何か悩みごとなどはありませんか?」
「悩み事ですか……。実はぼくの両親にアルマを紹介したいと考えていますが、受け入れてもらえるかがわからなくて」
エヴァンが眉尻を下げる。
「エヴァくん、大丈夫だよ」
抱きかかえられているアルマが、小さな手でエヴァンの頬をゆっくりとさすった。
「なるほど、では後ほどそちらを占いましょう。二枚目はアドバイスとなります。現実――自分の心を見つめれば自ずと答えは見えます。言いづらいですが、意識的に一人の時間を作るなども有効かと……」
アルマがエヴァンを見上げそれから「えいっ」とその腕から抜け出した。そして隣の椅子にちょこんと座る。
「障害が多いほど絆が深まるっていうし、乗り越えていこうね!」
思い立ったら即実行。そんなアルマにエヴァンはクスクスと笑みを溢してしまう。
「低調な時にこそ学ぶ事は有りますから……ぼくはアルマとなら頑張れます」
残念ではある。けれど二人で考えて選んだ先にこそ、よりよい未来があると信じる。
「では次はエヴァンさんのご両親がアルマさんを受け入れてくださるかと、そのアドバイスを占いますね」
「……お願い、します」
声には躊躇いとぎこちなさがある。緊張で喉が締まっているようだった。
アーキルは二人に微笑みかけてからカードをシャッフルした。
一枚目は赤い服を着た男性が金色の杖を持つカード。
二枚目は赤い翼を背負う女性が、杯から杯へ水を移すカード。
「受け入れるかは法王の正位置。快くお話を聞いていただけると思います。基本的にご両親はエヴァンさんの良き理解者だとお見受けします」
それでもエヴァンの緊張は続く。アルマはエヴァンの横顔を眺め、力強く頷いた。
「アドバイスは節制の逆位置。もしも受け入れられなかったとしても諦めずに働きかけ続けることが大切でしょう」
長い息と共に、エヴァンが全身の緊張を吐き出した。それからアルマを抱き上げ、指輪を重ねる。
「よかったねエヴァくん!」
定位置に戻ったアルマがエヴァンに笑いかける。エヴァンも相好を崩し温かな気持ちをアルマへと向けた。
「ほら、自分自身を占うのってさ、結構難しいじゃない?」
占い師であるハーヴィの言葉に、アーキルも深く頷いた。自分を占う際に欲望が入り込むのはどうしても避けがたく。
「客観視したいってゆか、ちょっと同業者の意見も聞きたくて……」
前置きが長い。言葉の端々に戸惑いの匂いがする。
「テーマは……今、ちょっと気になってる人が、その、いるんだけど……今後、関係がどうなるか」
(恋だろうな)
一瞬で理解してアーキルは微笑んだ。恋愛感情を指摘されてはいないが妙に温かい反応には覚えがあるハーヴィは無自覚に頬を染めた。
「と、友達なんだよ! でもさ、友達だってふとした瞬間に気になるとか、あるよね」
(恋だな)
確信したが口にはせずに占術を進める。
一枚目は死神の正位置。二枚目は世界の正位置。
「良きにつけ悪しきにつけ、大きく関係が変化しそうですね」
「アドバイスと関連付けて、君はどう読むの?」
「感情が育つとは言いがたいですが、どう転んでもハーヴィさんにとって悪い結果にはならないと感じます」
「感情が、育つ……?」
それはどんな感情? と聞けるほどハーヴィは自分の感情を処理できていない。ただ、それを聞いてはいけない気がするだけで。
心臓はやけに五月蠅いし、顔が熱い。
(恋を指摘するべきなのだろうか?)
アーキルは悩んだ。ハーヴィは両手で胸を押さえている。いっぱいいっぱいといった表情でだ。
(彼女との友情はもう充分に育ってるよね!)
占いの結果はどうあれ、ハーヴィの感情はすくすくと育ってゆく。ただし自覚はなく。
「君から見ても悪い結果じゃなかったのは良かったかな。ありがとう!」
息を吐いて調子を整えたハーヴィが元気に占いの館を後にする。
(恋だったな)
アーキルはバタンと閉まった扉を眺めてそう思った。ちなみにハーヴィはまだ友情だと信じている。
「さて、何を占って貰おうか? ロゼは何を占いたい?」
ジュスト・ヴェルジーは実にスマートにローザリカ・L・ディオールの悩みを引き出そうとした。
「……悩むな」
ローザリカは実にシンプルな回答を溢して、口をつぐんだ。
(自身でどうにもできないこと、何かに縋りたくなるようなことなどひとつしかない)
ジュストを盗み見る。密かな視線だったのにしっかりとキャッチされて、寂しげな笑みを返された。
「俺はそうだな……ロゼの幸せについて、とか」
「えっ!?」とローザリカが声を上げる。それからばつが悪そうに両手で自分の口を塞いだ。
「……ロゼが幸せになってくれるなら、俺はなんだってする。だからそのヒントが貰えると嬉しいなって」
ローザリカが沈黙を守る間にも、ジュストは想いを詳らかにする。
「僕も同じことを考えていた」
こんなにも素直に想いを向けてくれるのだから、ローザリカも白状するしかなくなる。
「きっと悩む事なんてなかったんだろうけど。折角だから占いの結果も聞きたいな」
ローザリカが魅力的に微笑む。アーキルは二人の邪魔をしてはならないと、無言でカードをシャッフルした。
「まずはローザリカさんがジュストさんを幸せにできるかと、そのアドバイスとなります」
一枚目は、二本の角とコウモリの翼を有する魔物が裸の男女を繋いでいるカード。
二枚目は、力の逆位置。
「悪魔の逆位置。誘惑に打ち勝つカードです。ローザリカさんといることで、ジュストさんは余分なものを手放し、本当に大切なものだけを大切にする幸せを感じるのではないかと思います」
「そ、そうなのか、ジュスト?」
「さあ、どうかな?」
頬を染め、シトリンの瞳を輝かせるローザリカに、ジュストはエメラルドの瞳を細め、イタズラっぽく笑いかけた。ローザリカは無言で頬を膨らませる。
「ローザリカさんが更にジュストさんを幸せにするには、心を開き、優しさを注ぎ続ける事が重要だと思われます」
「お二人にとってはそれが当たり前のようですが」とアーキルが付け加えるとローザリカは口を真一文字に結んで俯き、ジュストははにかみ笑顔を浮かべた。
「では次はジュストさんがローザリカさんを幸せにできるかと、そのアドバイスです」
一枚目は死神の逆位置。
二枚目は女帝の正位置。
「ジュストさんといることで、ローザリカさんは諦めていたことが息を吹き返すような、活力を取り戻す幸せを得るでしょう」
互いが互いの幸せを後押しすると、カードは示した。
ローザリカの瞳が僅かに潤んだ。彼女はずっと不安だったのだ。自分と結ばれることで、ジュストの可能性が閉ざされるのではないかと。
そしてジュストも同じ不安を抱えていた。だからこそジュストは膝の上で震える彼女の両手に自分の手を沿って重ねた。
「その……アドバイスなのですが、ローザリカさんを尊重し、正直に愛を囁くこと、と出ています」
ものすごく申し訳なさそうに、小さな声でアーキルが話を進める。
「今の俺にとっては容易いことだね」
実に幸福そうにジュストが受け入れる。
「嬉しいよ……ジュスト」
だからローザリカも勇気を振り絞って、その想いを受け入れた。
「とりあえず目標までの道で」
サイラスが椅子にどかっと座る。依頼は実にシンプルだった。
「では、竜化までに何が起こるかと、それに対するアドバイスといたします」
余計な言葉はいらないという雰囲気を滲ませるサイラスに応えるように、アーキルは静かにカードをシャッフルした。
一枚目は隠者の逆位置。
二枚目は恋人の逆位置
「竜に至るには、人の意見に耳を傾けられるかが鍵となるでしょう」
「人の意見、ねぇー。で、アドバイスってどんなん?」
一枚目の結果をひとまず頭の隅に置いておいて、サイラスは軽い調子で二枚目の解説を促した。
「先ほどのカードと合わせると、周りをよく見ることが肝要、といったところでしょうか」
「ふーん。ま、心に留めておくわ。ありがと」
素っ気なくはあるが、サイラスは決して占いを軽んじていない。どんな結果であれ願いは叶えると心に決めているというだけだ。
「ところでさぁ、占いの道具、ちょっと触ってみていい?」
「カード以外なら構いませんよ」と言われたので、テーブルの四隅に置かれた水晶を手にとり、光にかざして眺める。小さな指紋が複数付着して、その輝きを阻害していた。
「なんていうか、ちょっと曇ってるように見えるんだけど。そんなに時間かけないから研いてみていい?」
それは物心つかない年頃の子供がペタペタと触っていたが、咎めるわけにもいかず放置していたものだ。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「じゃあちょっとだけ待っててね、っと」
サイラスは柔らかな布を取り出すと、手袋をはめて気になる部分を優しく磨き上げた。もう一度光にかざす。水晶はつやつやだ。
「こんなもんでどう?」
「……ありがとうございます!」
丁寧に磨かれた水晶を受け取り、アーキルが頭を下げる。
「まぁ、客に下手なこと言えないのはわからないでもないし? でも道具は大事にしててほしいっていうか?」
水晶の中の虹色を眺めて、サイラスはニヤリと笑った。
●
「ティボーさんは……特に進展なしか。まあタイミングもあることだしな……」
「ライリーさんとは進展とかするような間柄じゃないですよ」
ティボーを気にかけるブレイドの話を聞きつけたサシャが、ライリーの手を引いてやってきた。
「進展とはどういうことなのかしら?」
耳聡い。
「もしやティボーさんはライリーに片思いしているけれど恋を自覚できないまますでに禊の済んだ罪を頭の中で繰り返すことで――」
先ほどまで占いの館に入ってゆくカップルの様子を見ては「尊いですね……」とライリーに呟いていたサシャだ。妄想の強度が違う。
「恋の自覚だって!?」
妄想はハーヴィに飛び火した。
(僕は周りが恋だって言ったとしても……本当は友情! だって事はあると思うよ! そうだよね!?)
ハーヴィは赤面しながらぐるぐると目を回し、どっちつかずの気持ちをこね回した。
「サシャのことは大好きでも、ティボーさんには友情すら芽生えませんから」
ライリーはチベスナ顔で事実を口にする。
「私もサシャさんのようにドゥジン信徒としての徳を積めばもっと素速く妄想を繰り広げることができるようになるのでしょうか?」
更紗が無垢な瞳でブレイドを見上げる。今のブレイドには黙って目を逸らすことしかできなかった。
「とてもにぎやかですね。どのようなお話をしていらっしゃるのですか?」
楽しげな雰囲気に惹かれ、スィーリーンがその場のメンバーに声をかける。
「ドゥ……」「職場体験や占いについて話していた」
ブレイドが更紗を抱え上げ、その口に手のひらを押し当てた。
「でしたら私も混ぜていただいてよろしいでしょうか? 皆様、とても楽しそうでしたので」
占いの結果についての緊張を紛らしたいという気持ちも携えて、スィーリーンは人の輪へと身を投じた。
「私は占いの館に向かったのですが、職場体験の方はいかがでしたか?」
スィーリーンが穏やかに笑いかけると、場の雰囲気が俄に変化した。主にブレイドとライリーのチベスナ顔が。
●
「ご令嬢との関係が今後どうなるかについて、占ってもらえるかい? 来年、彼女は卒業してしまうのだけど……」
職業体験を終えた江流は帰る間際に占いの館に立ち寄った。
一枚目は戦車の正位置。
二枚目は隠者の逆位置。
「卒業という障害がお二人の関係を一気に進めるかもしれませんね。思い切って行動すべきでしょう」
行動する覚悟はある。障害は卒業だけではないけれど、矜持にかけてそれは黙っておく。
「アドバイスは……描かれた人物はいずれも男性。江流さんから動くことが重要だと考えられます。相手に心を開くことも大切でしょうね」
江流は腕を組む。どのように動くべきか、まずは自分から考えるべきだと結論づけて。
辺境都市群冒険者ギルド職場体験、それと同時に催される占いの館、双方共に人が集まっており、盛況であった。
「ライリーさんよろしくお願いします」
1222年度パンクリアース学園生徒会総選挙にて書記の座を射止めた海神 江流は掲げた公約を果たすため、職場体験に参加している。
公約は「学園内に冒険者ギルド窓口を設置。貴族・庶民双方の人脈形成やトラブル相談を身近に」。まさにうってつけの催しである。
(まずは依頼人から名前、依頼内容、想定解決日数、難易度、報酬規定、成功条件、その他冒険者に気をつけてほしいことなどを聞く)
「依頼内容は以上でよろしいでしょうか」
磨き抜いた礼儀作法で依頼人に好印象を与えつつ、依頼内容を読み上げ最終確認を行う。
「ご依頼いただきありがとうございました。依頼について動きがあり次第、こちらから連絡を差し上げます」
立ち上がり礼をした江流に、依頼人が「よろしくね」と破顔する。その表情を確認した江流も、ふっと微笑んでしまう。
(自分で事務を回す、というのも楽しいものなのかもしれないね)
職員の指示を受けながら、先ほどの依頼内容の要点をまとめ、文書を作成する。
ゆくゆくは他の者が同じように事務をこなせる仕組みを作るつもりだが、自分が手を動かすことで目に見える成果ができあがってゆくのも悪くない。
(依頼文書に決まった形式はないようだけれど、依頼者、冒険者にとって重要な部分の記載ミスは絶対に防がねばならないという感じだね)
読み書きができない冒険者へ向けて、依頼文書の読み上げを行っている職業体験者もいる。
(学園内なら読み書きの心配は少ないけれど、冒険者ギルドによってはそういう仕組みも存在する、ということは知っておいて損はないね)
「それでは皆様、依頼の説明をいたしますね!」
依頼板の前に立つサシャ・テーリングの声色はいつにも増して明るい。彼女の周りに集まる冒険者たちの表情も自然、明るくなってゆく。
「今回は物語製作の依頼となっております。といっても皆様に物語を作ってもらう、というわけではありません」
サシャは淀みなくすらすらと文書の内容を冒険者たちに説明してゆく。
「依頼人は皆様のこれまでの経験から物語を描きたいとのことで、面白かった依頼の話を飲食と共に行っていただきたいそうですわ」
そこで話を区切り、サシャは小首をかしげて品良く微笑んだ。
「その際、ご参加いただいた冒険者様が登場人物のモデルになる可能性も存在しますので、そういったことに抵抗のない方を募集している、とのことです」
冒険者たちの顔色がそれぞれに変化する。赤色多量、青色、土気色少々。多種多様である。
「報酬も少額ですが支払われるそうですよ」
冒険者たちの顔色が若干回復する。
自分の言葉一つに翻弄される冒険者たちに、サシャはハーレムの主に思いを馳せた。
(私の言葉一つで冒険者の皆様の士気が変化するのね……)
ハーレムの主たちの中には、言葉の力をもって自分を取り巻く者達を思いのままにしている者もいた。
(なればこそ、なおさら言葉は大切にしないといけませんわね)
それもドゥジン信徒の嗜みだ。
「飲食ができて報酬も支払われて本の題材になるかもしれないなんて、とてもロマンティックだと思いませんか?」
キラキラ輝く孔雀石の瞳を細めて、サシャが胸の前で両手を合わせる。
「私もそういったことを趣味としていますので、お手伝いいただけることがどれほど有難く頼もしいかは容易に想像できます」
それから自分の誠意で伝える。いつの間にか冒険者たちの表情にも輝きが伝播していた。
「まあアルマさんもサシャさんもお久しぶりですね」
ブレイドを伴い東雲・更紗は居合わせた友人二人に声をかける。
「そちらの方は……。ふふ、とても仲が良さそうで何よりです」
友人の一人であるアルマ・ヴァレンタインは兄の君であるエヴァン・ピオネロに抱きかかえられていた。
微笑ましい二人の光景に更紗が無邪気な笑みを浮かべる。
「アルマさんとは少しぶりになるな。そちらの……」
「エヴァン・ピオネロです。皆さんはアルマのお友達なんですね、よろしくお願いします」
エヴァンがアルマをぎゅっと抱きしめたままサシャ、更紗、ブレイドに頭を下げる。
「ああ、自分はブレイドだ、よろしく頼む。……アルマさんと仲が良さそうで何よりだ」
ブレイドの表情に殆ど変化はないが、言葉に嘘はない。
「ところでブレイドさんと更紗さんは占いの方にはいくのー?」
順番待ちの番号が書かれた紙を懐から取り出して、アルマが見せる。サシャの瞳にほんの一瞬、キラリと光が宿ったのには誰も気付かない。
「いや、占いはちょっと……まあその……なんだ……」
ブレイドの顔色に変化はない。ただ表情も声も不自然に引きつっているというだけで。
「その……いえ、当たってはいるのですが何といいましょうか……」
頬を鴇色に染めた更紗が露骨に視線を逸らし、人差し指の先をもじもじと合わせている。
二人は夏に開催された占いの館で得た結果を思い出していた。
「今回は職場体験のほうに行こうかとな、更紗さん?」
「え、えぇ。今回は職場体験のほうにいってみようかと思いまして」
コンビネーション抜群、二人は未知の体験を求めて冒険者ギルドの受付カウンターへと向かっていった。
(って、二人に一体ナニガ……!?)
(……占いって相当な覚悟をして受けるのが本来……でしょうか)
置いて行かれたアルマとエヴァンをにこにこと眺めながら、サシャはブレイドと更紗の心を揺らした結果を思い出す。
(愛情、でしたわね)
「笑顔……。自分の苦手分野だが、体験するならば務めなければな」
ブレイドは職員に言われ、依頼人・冒険者対応時の笑顔の練習を開始した。
一連の事務仕事についてはすぐに頭に入ったが、コレばかりは一朝一夕では身につかない。もとより笑顔を遠い過去に置き去った身だ。
「あの……無理に笑わなくても大丈夫ですよ」
鏡に向き合ってようやく作り上げた笑顔について、依頼人から指摘が入る。
(初対面の相手にもわかってしまうほど、自分の笑顔は不自然なのだろう)
ならば自分の自然な笑顔はどんな時に引き出されるのだろうか。命を賭す瞬間? それとも――?
ブレイドはひとまず作り笑いをやめた。依頼人がほっと小さく息を吐く。
(不自然な表情は人を緊張させてしまうな)
自然体に戻った瞬間、食堂でいそいそと配膳を行う更紗が視界に入った。口の端が僅かに上がり、自然な笑みが形作られる。
「それにしても思ったより普通の食材をお使いなのですねー」
ステーキにする予定の鶏肉を氷室から持ってきた更紗はぽつりと呟いた。亜人や魔獣やクリーパーの肉は更紗が見た限りでは氷室には存在しなかった。
「何か疑問がありますか?」と訪ねてきた職員に「いえいえ、こちらのことですので」となよやかな笑みで応対して、更紗は鶏肉に塩胡椒で下味をつけていく。スライスしたニンニクと唐辛子をオイルで炒めて、大きめに切った鶏肉を投下する。いい匂いが漂って、更紗の笑みが無邪気なものに変化する。
(ふふ、注文してくださった方が喜んでくれると良いのですけれど)
更紗はシンプルな皿の上で栄えるよう鶏肉ステーキにローズマリーを盛り付けて、料理を待ちわびる腹ぺこ冒険者のテーブルに向かった。
「おわ~、うまっそ! ありがと、お嬢ちゃん!」
冒険者はフォークで鶏肉ステーキの中心をぶっさして大口でかぶりついた。
(豪快な食べっぷり、ですね)
同じ料理をブレイドやサシャやアルマやエヴァンに振る舞ったとして、果たしてどんな反応が返ってくるだろうか。
(考えると少しワクワクしますね)
「ごゆっくり」と言葉を残して、更紗は自分の持ち場に戻る。もしも冒険者をやめるようなことがあったら、こういう場所で働くことを視野に入れても良いかもしれないと頭の片隅で思いながら。
(その時にブレイドさんも一緒にいてくださったら、とても心強いのですけれど)
料理を運ぶ合間に、事務に勤しむブレイドを一瞥する。自分ではない誰かに微笑む彼に、言いようのないモヤモヤとした気持ちを抱きながら。
●
冒険者ギルド内、占いの館(臨時)。
「冒険者ギルドでは職務で占いもするのか……」
「ギルドの職務に占いはありませんが……」
レピド・クロサイトの記憶領域に誤解がインプットされる前に、ツェレンの夫、アーキルが訂正する。
「そうか。ではもう一つ聞かせてくれ。『カレピ』とはどんな意味なんだ?」
無表情のまま首を傾げるレピドに、アーキルは相好を崩して「ツェレンから見たワタシのことです」と言った。
レピドは自分の前に並べられた二枚のカードをまじまじと眺めた。
一枚目は星の正位置、二枚目は皇帝の正位置。
「アナタの願いを見つめれば、それが自ずと冒険者としての目標になるのではないかと」
「俺の願い、か」
今のレピドにとっては漠然としたものだ。
「星は成長や自立も現します。今すぐでなく、成長する中でゆっくりと考えていけば良いとも思います」
「……そうか。ならば二枚目の意味を教えてほしい」
表情に反しレピドの瞳はよく動いて、様々な物事を観察、注視している。
「アナタの意思で、できると思う依頼に挑戦するべき、といったところでしょうか」
「……これから挑もうと思っていることは、決してできないことではないと思うんだ」
レピドはガタリと音を立てて席を立ち、アーキルに頭を下げた。
「応援しています」
その言葉にどう返せばよいのか、レピドにはまだわからない。けれど経験を重ね自分なりの答えを得れば、きっと――。
「以前世話になったギルド職員がいるんだ。アイツが普段どんな仕事をしているかは興味深い」
事務仕事を一通り説明され、冒険者への依頼説明をすることになった。たった一回読んだだけの文書を滑らかに諳んじるが、冒険者とのやりとりはぎこちない。
(コミュニケーションとは難しいものだな)
最終的に彼に与えられた役割は食堂での調理だった。
「キノコソテー三皿。二、六、七番テーブルに運んでくれ」
「はい、ただいま参りますね」
真面目で意欲も高く忠実にレシピを守る上、卓越した記憶力を持つ彼にぴったりの立ち位置だ。配膳は更紗に任せればよい。
(これもまた人間らしさなのだろう)
得意なことで支え合う。飛んできた新たな注文に一つ頷いて、レピドはぼんやりと思った。
「アーキルさんお誕生日おめでとうございます!」
テス・アウレアによる祝いの言葉に、アーキルは目を丸くして言葉を失った。
「おめでとう。共に迎える人が居るのは何よりの祝いですね」
テスの伴侶、ロイ・アウレアも畳みかけるように祝う。
「ありがとうございます」
初対面の二人に誕生日を祝われるのは不思議な気持ちだが、悪くない。
「見たことの無いカードだ。エーテルの囁きや精霊の声を聞くみたいでドキドキする。ロイは見たことある?」
「初めてみるカードだ」
「これまで色々な場所に縁ができたよね」
テーブルの上に広げられた地図と四枚のカードを眺め、テスは蒼玉の瞳に輝きを蓄える。
「シャルガネもドワーフ王国もお酒にお祭りに楽しかった」
東には女帝の正位置。
「ゴールディでの苦戦もあったし、王国には愛妹の治める国もある」
南には力の正位置。
「大森林の王国側の端に今は住んでいて、奥に入れば故郷がある」
西には世界の正位置。
「帝国には辛い思い出が多いかな」
北には隠者の逆位置。
「こうして思い返すと、色々と回ったね。互いに相手の変化を受入れつ穏やかな心持で老い過ごすには、どこで暮らすのが良いだろうか」
「東は……テスさんにとって居心地のよい場所になるかもしれません」
「ならば俺にとっても良い土地となるだろう」
ロイの柔らかな笑顔がテスに向く。
「南は……ロイさんがはしゃぎテスさんがなだめるような、騒がしくも楽しい場所、でしょうか」
「ロイが楽しいなら私は嬉しいよ」
テスのうっとりとした笑顔がロイを見つめ返す。
「西は……長い時間をかけて完成される最高の場所となるかもしれません。お二人がエルフであることも考えると一番おすすめです!」
力強い太鼓判を受けて、ロイはテスの両手を労るように優しく包み込んだ。それから少し時間を置いて、こんな疑問を口にした。
「そこで生活することによって、周囲への影響はどのくらい出るのでしょうか?」
真摯な表情のロイに、アーキルは顎に手を当てながらゆっくりと返答する。
「カードの女性を取り囲む獣たちは皆、ありのままの表情をしています。悪い影響が出ることはないでしょう」
「そうですか。……杞憂だったね」
ロイはアーキルに小さく頭を下げてから、再びテスへと慈しみの眼差しを向けた。
「北は……あなた方の心を内側へと閉じ込めてしまうかもしれません」
「わかりました。占っていただきありがとうございました」
ロイが頭を下げ、テスもそれに続く。二人が醸し出す温かな雰囲気が部屋中に満ちて、アーキルまでもが幸せな気持ちになった。
職場体験と占いの館というミスマッチなイベントの同時開催に少々困惑する。
(ですが、楽しそうですね)
スィーリーンは橙色の瞳を宝石のように輝かせて、占いの館のドアノブを握る。
(私が占っていただきたいことは……)
とうに心は決まっている。けれどほんの少しの恐れも抱いていて。
だからこそスィーリーンは、音も立てずにドアノブをゆっくりとひねった。
「私、憧れている方がいるのですけれど遠くにいらっしゃるのです」
対座するアーキルに向けてそう呟くスィーリーンの瞳には、切なさが灯っていた。
「その方が今どうしていらっしゃるか、その方にお会いするにはどうしたらいいか占っていただけますか?」
けれど声は力強く、憧れの人を、その行方を求めている。
「勿論、占わせていただきます」
(ワタシもツェレンを追いかけていた頃はこんな感じだったのだろうか……)
間の抜けた発想をすぐに振り払う。アーキルがカードをシャッフルし、最終的に二枚のカードを選ぶ。
一枚目は白馬に跨がる骸骨の騎士が、人に恐れられ、崇められているカード。
二枚目は厳しい顔つきの女性が白と黒の柱を背にこちらを見据えているカード。
「今どうしているかは死神の正位置。なにか大きな変格を起こそうとしている……? のでしょうか」
「変格とはどのような事、なのでしょうね……」
スィーリーンが俯く。表情に影が落ちるが、決して耳を塞いだり目を閉じたりはしない。
「……スィーリーンさんがどうすればその方に会えるかは女教皇の正位置ですね」
アーキルはスィーリーンの緊張を解くように、ゆっくりと語りかける。
「方法と言うよりは精神性のカードです。その方をまっすぐに想い邁進すべき、かと」
「想う、ですか……。私の一方的な憧れだとしても想い、続けて……」
噛み締めるように、スィーリーンは静かに言葉を紡ぐ。それから死神の正位置に澄んだ視線を向けた。
(エフレム様。貴方が今どこで何をしていても、私はその理由に目を向け、耳を傾け続けます……)
誓いは心の中で行われた。しかし表情にも凛とした強さが宿る。
幸せそうなカップルが指輪を外し、重ねる。指輪に施されたハート型にも見える装飾は、隣り合わせることによりクローバー型へと変じた。
「恋愛占いお願いしまーす!」
「お願いします!」
アルマもエヴァンもうきうきと、目の前に並べられた二枚のカードを眺めている。
一枚目は愚者の逆位置。
二枚目は月の逆位置。
「現在のお二人は、気持ちが定まっていない状態なのかもしれません。……何か悩みごとなどはありませんか?」
「悩み事ですか……。実はぼくの両親にアルマを紹介したいと考えていますが、受け入れてもらえるかがわからなくて」
エヴァンが眉尻を下げる。
「エヴァくん、大丈夫だよ」
抱きかかえられているアルマが、小さな手でエヴァンの頬をゆっくりとさすった。
「なるほど、では後ほどそちらを占いましょう。二枚目はアドバイスとなります。現実――自分の心を見つめれば自ずと答えは見えます。言いづらいですが、意識的に一人の時間を作るなども有効かと……」
アルマがエヴァンを見上げそれから「えいっ」とその腕から抜け出した。そして隣の椅子にちょこんと座る。
「障害が多いほど絆が深まるっていうし、乗り越えていこうね!」
思い立ったら即実行。そんなアルマにエヴァンはクスクスと笑みを溢してしまう。
「低調な時にこそ学ぶ事は有りますから……ぼくはアルマとなら頑張れます」
残念ではある。けれど二人で考えて選んだ先にこそ、よりよい未来があると信じる。
「では次はエヴァンさんのご両親がアルマさんを受け入れてくださるかと、そのアドバイスを占いますね」
「……お願い、します」
声には躊躇いとぎこちなさがある。緊張で喉が締まっているようだった。
アーキルは二人に微笑みかけてからカードをシャッフルした。
一枚目は赤い服を着た男性が金色の杖を持つカード。
二枚目は赤い翼を背負う女性が、杯から杯へ水を移すカード。
「受け入れるかは法王の正位置。快くお話を聞いていただけると思います。基本的にご両親はエヴァンさんの良き理解者だとお見受けします」
それでもエヴァンの緊張は続く。アルマはエヴァンの横顔を眺め、力強く頷いた。
「アドバイスは節制の逆位置。もしも受け入れられなかったとしても諦めずに働きかけ続けることが大切でしょう」
長い息と共に、エヴァンが全身の緊張を吐き出した。それからアルマを抱き上げ、指輪を重ねる。
「よかったねエヴァくん!」
定位置に戻ったアルマがエヴァンに笑いかける。エヴァンも相好を崩し温かな気持ちをアルマへと向けた。
「ほら、自分自身を占うのってさ、結構難しいじゃない?」
占い師であるハーヴィの言葉に、アーキルも深く頷いた。自分を占う際に欲望が入り込むのはどうしても避けがたく。
「客観視したいってゆか、ちょっと同業者の意見も聞きたくて……」
前置きが長い。言葉の端々に戸惑いの匂いがする。
「テーマは……今、ちょっと気になってる人が、その、いるんだけど……今後、関係がどうなるか」
(恋だろうな)
一瞬で理解してアーキルは微笑んだ。恋愛感情を指摘されてはいないが妙に温かい反応には覚えがあるハーヴィは無自覚に頬を染めた。
「と、友達なんだよ! でもさ、友達だってふとした瞬間に気になるとか、あるよね」
(恋だな)
確信したが口にはせずに占術を進める。
一枚目は死神の正位置。二枚目は世界の正位置。
「良きにつけ悪しきにつけ、大きく関係が変化しそうですね」
「アドバイスと関連付けて、君はどう読むの?」
「感情が育つとは言いがたいですが、どう転んでもハーヴィさんにとって悪い結果にはならないと感じます」
「感情が、育つ……?」
それはどんな感情? と聞けるほどハーヴィは自分の感情を処理できていない。ただ、それを聞いてはいけない気がするだけで。
心臓はやけに五月蠅いし、顔が熱い。
(恋を指摘するべきなのだろうか?)
アーキルは悩んだ。ハーヴィは両手で胸を押さえている。いっぱいいっぱいといった表情でだ。
(彼女との友情はもう充分に育ってるよね!)
占いの結果はどうあれ、ハーヴィの感情はすくすくと育ってゆく。ただし自覚はなく。
「君から見ても悪い結果じゃなかったのは良かったかな。ありがとう!」
息を吐いて調子を整えたハーヴィが元気に占いの館を後にする。
(恋だったな)
アーキルはバタンと閉まった扉を眺めてそう思った。ちなみにハーヴィはまだ友情だと信じている。
「さて、何を占って貰おうか? ロゼは何を占いたい?」
ジュスト・ヴェルジーは実にスマートにローザリカ・L・ディオールの悩みを引き出そうとした。
「……悩むな」
ローザリカは実にシンプルな回答を溢して、口をつぐんだ。
(自身でどうにもできないこと、何かに縋りたくなるようなことなどひとつしかない)
ジュストを盗み見る。密かな視線だったのにしっかりとキャッチされて、寂しげな笑みを返された。
「俺はそうだな……ロゼの幸せについて、とか」
「えっ!?」とローザリカが声を上げる。それからばつが悪そうに両手で自分の口を塞いだ。
「……ロゼが幸せになってくれるなら、俺はなんだってする。だからそのヒントが貰えると嬉しいなって」
ローザリカが沈黙を守る間にも、ジュストは想いを詳らかにする。
「僕も同じことを考えていた」
こんなにも素直に想いを向けてくれるのだから、ローザリカも白状するしかなくなる。
「きっと悩む事なんてなかったんだろうけど。折角だから占いの結果も聞きたいな」
ローザリカが魅力的に微笑む。アーキルは二人の邪魔をしてはならないと、無言でカードをシャッフルした。
「まずはローザリカさんがジュストさんを幸せにできるかと、そのアドバイスとなります」
一枚目は、二本の角とコウモリの翼を有する魔物が裸の男女を繋いでいるカード。
二枚目は、力の逆位置。
「悪魔の逆位置。誘惑に打ち勝つカードです。ローザリカさんといることで、ジュストさんは余分なものを手放し、本当に大切なものだけを大切にする幸せを感じるのではないかと思います」
「そ、そうなのか、ジュスト?」
「さあ、どうかな?」
頬を染め、シトリンの瞳を輝かせるローザリカに、ジュストはエメラルドの瞳を細め、イタズラっぽく笑いかけた。ローザリカは無言で頬を膨らませる。
「ローザリカさんが更にジュストさんを幸せにするには、心を開き、優しさを注ぎ続ける事が重要だと思われます」
「お二人にとってはそれが当たり前のようですが」とアーキルが付け加えるとローザリカは口を真一文字に結んで俯き、ジュストははにかみ笑顔を浮かべた。
「では次はジュストさんがローザリカさんを幸せにできるかと、そのアドバイスです」
一枚目は死神の逆位置。
二枚目は女帝の正位置。
「ジュストさんといることで、ローザリカさんは諦めていたことが息を吹き返すような、活力を取り戻す幸せを得るでしょう」
互いが互いの幸せを後押しすると、カードは示した。
ローザリカの瞳が僅かに潤んだ。彼女はずっと不安だったのだ。自分と結ばれることで、ジュストの可能性が閉ざされるのではないかと。
そしてジュストも同じ不安を抱えていた。だからこそジュストは膝の上で震える彼女の両手に自分の手を沿って重ねた。
「その……アドバイスなのですが、ローザリカさんを尊重し、正直に愛を囁くこと、と出ています」
ものすごく申し訳なさそうに、小さな声でアーキルが話を進める。
「今の俺にとっては容易いことだね」
実に幸福そうにジュストが受け入れる。
「嬉しいよ……ジュスト」
だからローザリカも勇気を振り絞って、その想いを受け入れた。
「とりあえず目標までの道で」
サイラスが椅子にどかっと座る。依頼は実にシンプルだった。
「では、竜化までに何が起こるかと、それに対するアドバイスといたします」
余計な言葉はいらないという雰囲気を滲ませるサイラスに応えるように、アーキルは静かにカードをシャッフルした。
一枚目は隠者の逆位置。
二枚目は恋人の逆位置
「竜に至るには、人の意見に耳を傾けられるかが鍵となるでしょう」
「人の意見、ねぇー。で、アドバイスってどんなん?」
一枚目の結果をひとまず頭の隅に置いておいて、サイラスは軽い調子で二枚目の解説を促した。
「先ほどのカードと合わせると、周りをよく見ることが肝要、といったところでしょうか」
「ふーん。ま、心に留めておくわ。ありがと」
素っ気なくはあるが、サイラスは決して占いを軽んじていない。どんな結果であれ願いは叶えると心に決めているというだけだ。
「ところでさぁ、占いの道具、ちょっと触ってみていい?」
「カード以外なら構いませんよ」と言われたので、テーブルの四隅に置かれた水晶を手にとり、光にかざして眺める。小さな指紋が複数付着して、その輝きを阻害していた。
「なんていうか、ちょっと曇ってるように見えるんだけど。そんなに時間かけないから研いてみていい?」
それは物心つかない年頃の子供がペタペタと触っていたが、咎めるわけにもいかず放置していたものだ。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「じゃあちょっとだけ待っててね、っと」
サイラスは柔らかな布を取り出すと、手袋をはめて気になる部分を優しく磨き上げた。もう一度光にかざす。水晶はつやつやだ。
「こんなもんでどう?」
「……ありがとうございます!」
丁寧に磨かれた水晶を受け取り、アーキルが頭を下げる。
「まぁ、客に下手なこと言えないのはわからないでもないし? でも道具は大事にしててほしいっていうか?」
水晶の中の虹色を眺めて、サイラスはニヤリと笑った。
●
「ティボーさんは……特に進展なしか。まあタイミングもあることだしな……」
「ライリーさんとは進展とかするような間柄じゃないですよ」
ティボーを気にかけるブレイドの話を聞きつけたサシャが、ライリーの手を引いてやってきた。
「進展とはどういうことなのかしら?」
耳聡い。
「もしやティボーさんはライリーに片思いしているけれど恋を自覚できないまますでに禊の済んだ罪を頭の中で繰り返すことで――」
先ほどまで占いの館に入ってゆくカップルの様子を見ては「尊いですね……」とライリーに呟いていたサシャだ。妄想の強度が違う。
「恋の自覚だって!?」
妄想はハーヴィに飛び火した。
(僕は周りが恋だって言ったとしても……本当は友情! だって事はあると思うよ! そうだよね!?)
ハーヴィは赤面しながらぐるぐると目を回し、どっちつかずの気持ちをこね回した。
「サシャのことは大好きでも、ティボーさんには友情すら芽生えませんから」
ライリーはチベスナ顔で事実を口にする。
「私もサシャさんのようにドゥジン信徒としての徳を積めばもっと素速く妄想を繰り広げることができるようになるのでしょうか?」
更紗が無垢な瞳でブレイドを見上げる。今のブレイドには黙って目を逸らすことしかできなかった。
「とてもにぎやかですね。どのようなお話をしていらっしゃるのですか?」
楽しげな雰囲気に惹かれ、スィーリーンがその場のメンバーに声をかける。
「ドゥ……」「職場体験や占いについて話していた」
ブレイドが更紗を抱え上げ、その口に手のひらを押し当てた。
「でしたら私も混ぜていただいてよろしいでしょうか? 皆様、とても楽しそうでしたので」
占いの結果についての緊張を紛らしたいという気持ちも携えて、スィーリーンは人の輪へと身を投じた。
「私は占いの館に向かったのですが、職場体験の方はいかがでしたか?」
スィーリーンが穏やかに笑いかけると、場の雰囲気が俄に変化した。主にブレイドとライリーのチベスナ顔が。
●
「ご令嬢との関係が今後どうなるかについて、占ってもらえるかい? 来年、彼女は卒業してしまうのだけど……」
職業体験を終えた江流は帰る間際に占いの館に立ち寄った。
一枚目は戦車の正位置。
二枚目は隠者の逆位置。
「卒業という障害がお二人の関係を一気に進めるかもしれませんね。思い切って行動すべきでしょう」
行動する覚悟はある。障害は卒業だけではないけれど、矜持にかけてそれは黙っておく。
「アドバイスは……描かれた人物はいずれも男性。江流さんから動くことが重要だと考えられます。相手に心を開くことも大切でしょうね」
江流は腕を組む。どのように動くべきか、まずは自分から考えるべきだと結論づけて。
マスターコメント
冒険者の皆様、ご参加いただきありがとうございました!
そしてお届けが遅くなり申し訳ありませんでした!
何事もなく無事にイベントを終えることができたため、大成功となります。
時期は思いっきりはずれてしまいましたが、アーキルへの誕生日祝いのお言葉もありがとうございました!
称号は誕生日にお使いいただけると嬉しいです。
改めて、ご参加いただきありがとうございました!
眞石ユキヒロでした!
イベントシナリオ易しい 報酬:無し14 / 10〜25人
2022年11月29日 20時25分16秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
冒険者の皆様、お集まりいただきありがとうございます。 辺境都市群冒険者ギルド職員、ライリー・ベルです。 当依頼は明日11/11の8時に出発となっております。 お手数をおかけしますが今一度、装備・スキル・プレイングのご確認をお願いいたします。 今からの飛び入り参加も大歓迎です。 どうぞよろしくお願いします。