【再起】リットの河原生活
馬車猪
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シナリオID:2370
オープニング
「槍衾ぁ!!」
非授恵者達が槍を構えて密集する。
目を血走らせた猪が向かって来るのに一歩も引かず、獰猛な表情で槍衾を維持して待ち受ける。
怖じ気づいたのは猪だ。槍衾の前で速度を緩めてしまい絶好の的と化す。
「3、2、いまっ」
回転中の投石紐から石が放たれる。
新人冒険者が放つ矢と比べても威力は1桁劣り、しかし10以上の石がぶつかると多少は効く。
ビヒモーの雄叫びが響き渡る。
槍衾が効果を発揮しなければ猪に脚を折られていたはずのビヒモーが怒り、叫び、突撃する。
なにしろ体高5メートルだ。
猪としては大きくても体高2メートルしかない魔獣では力負けする。ビヒモーにだけ勢いがあれば衝突の瞬間勝負が決まる。
「そっちが済んだらこっちも頼む。いってぇっ!」
単身で他の猪を食い止めているリットが悲鳴をあげる。
リット一党とビヒモーはリットの命の心配はせず、しかし仲間を傷つけた敵を確実に仕留めるため、素早く包囲を完成させて一斉に襲いかかった。
●2日前。復興予定地の砦
ビヒモーの威圧感は凄まじい。
豊かな毛の下には分厚い筋肉があり、全高5メートルに迫る巨体を滑らかに前進させる。
背中に載せた荷物は大きく大重量なのに、平野を進む速度は決して遅くない。
それが11頭。
獰猛な魔獣の群れでも襲撃を躊躇する戦力であり、大量輸送手段であり、大きな価値を持つ財産だ。
復興事業に参加し財産や立場を得ようと集まったごろつき達が、欲で濁った目で巨獣達を凝視する。
しかし欲の熱は暴力の気配で押し潰される。
喧嘩ではなく殺しに慣れた気配がビヒモーから吹きつけたのだ。
「よーし、到着だてめーらっ!」
体格の良いビヒモーから号令が響く。
「荷下ろしして解散! 明日は休憩で出発は明後日の朝だ! 遅れるんじゃねーぞっ!!」
法的にはビヒモーの群れの飼い主であり、ビヒモーの群れにとっては護衛兼通行証であるリットが荷物の上に立って指示を出している。
代官ほどではないが格は高く血のにおいも強い。
授恵者ですらないごろつきでは、よほどの馬鹿以外は彼に近付こうとは思わないし思えない。
「あざっす!」
リットは自身の威圧感に気付かぬまま仕事をしている。
代官の部下に愛想はないが手際は良く、ヴァイセントラフで時々後回しにされるようなことは全くない。
だからとても上機嫌だ。
「この調子で稼いで土地でも買うかなー」
ビヒモーに分け前を差し出しても、この調子なら今年中にはまとまった金になりそうだ。
にやにやしながら鼻歌まで歌い始める。
「リットの旦那!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「おめーかよ久しぶりだな!」
笑顔で駆け寄り握手を交わす。
一緒に行動していたことがあった、ゴールディから来た出稼ぎゴブリンだ。今は代官のもとで働いている。
「どうよ最近」
「見ての通りでさぁ」
別れたときより肌に艶があり、腕と足が筋肉で一回り太くなっている。
十分な食事と休みをとれている証拠だ。
土の気配が濃いのは、工事か開拓に従事しているからだろう。
「あの貴族のねーちゃんやり手なんだな。今時間ある? 久しぶりに一緒に食おうぜ、おごるからよ」
リットは小山の麓に何軒もある屋台に目を向ける。
熱々の焼き肉をパンで挟んだものや、水飴を使った涼しげな飲み物などが少し高めの値段で売られている。
「ここは俺におごらせて下さいよ。それより」
笑顔を浮かべたまま目だけが真剣になる。
リットは馬鹿だが勘は良い。
これまで以上に大げさにはしゃぎ、外に漏らさず情報を受け取るため仲間達に再集合を指示した。
●現在。復興予定地の川
リット一党の手つきは冒険者や狩人と比べれば拙いが、素人よりはずっと上手に獲物を解体して火をおこす。
「ほほはー」
傷には慣れっこだ。
リットは火を通した肝臓をもぐもぐしながら川の状態を確かめる。
「みふのすくねーの? ひっぱいあるへ?」
大規模な農業をするにはかなり足りない。
農業に関する専門知識があれば見るだけで分かっただろうが、もとはスラム住民や難民でしかなかったリット一党はゴブリンに教えられなければ気付かなかった。なおリットは今でも気付いていない。
「砦と最初の農地だけならここの水で足りる……いえ、だから」
リットの副官が考える。
好きな男との明るい未来がかかっているので本当に必死だ。
「農民になれる数は少ない……早い者勝ち?」
農民とは自作農。
自身と家族を支える以上に稼いで、次代へ財産へ引き継げる者のことをいう。
「じゃあ山の下にいた奴等は目端がきくってことか」
「本当にそう思う? リットちゃんが代官なら犯罪歴ありそうな人間を農民にする?」
「……揉めそうだな」
「リットちゃんは巻きこまれないよう注意して。今は私達にとって稼ぎどきなんだから」
ここから砦に水を運ぶだけでも金になる。
ヴィント周辺から資材を運んでも金になる。
害獣と魔獣の脅威は残っているので競合相手は少ない。
ある程度の自衛能力を備えたリット一党にとって、本当に久々に稼げる状況だ。
「冒険者に相談できれば一番いいんだけどな」
「はやくお金を気にせず依頼できる身分になりたいね。ところでリットちゃん」
好きな男に対する目から、駄目人間に対する目に変わる。
「おいしいからって買い過ぎちゃ駄目だよ」
リットは目を逸らして口笛を吹こうとして失敗した。
「水飴。無駄遣いするならお小遣い制にするから」
その日、切ない顔でちびちび水飴をなめるリットが目撃された。
●現在。冒険者ギルド
「帝国の復興事業に関わる依頼です」
職員が新しい依頼の説明を始める。
「正確には復興事業の1つです。王国出身の帝国代官が主導している復興事業で……」
きっかけは代官だが大部分は冒険者の成果だ。
手始めに3つの村を復興し、今は一度放棄された男爵領の復興にとりかかっている。
「この地域は水が少なく平地が多いです」
牧畜に向いている土地だ。
川はあるが水量少なめなのだ。
「今回特にお願いしたいのは在野授恵者の護衛です」
リットのことだ。
「実力は中堅程度で特別な授恵者ではないのですが、ビヒモーの群れと友好関係を結んでいる珍しい在野授恵者なのです」
冒険者の中には動物と仲が良かったり仲が良くなるのが得意だったりする者もいる。しかし現地は冒険者が常駐できる場所ではないので彼を今失うのはまずい。
「彼は現在、この川の周辺で猪魔獣を狩っています」
地図を広げる。
ど真ん中に小山兼砦、上よりに川が流れているだけの、一面ほぼ平地な地図だ。
「この地域に棲む害獣や魔獣はこの川で水分補給しているようです」
以前に依頼で大物は倒したが、猪魔獣や鳩魔獣や猪が頻繁に現れるらしい。
「彼と、できればビヒモーが無事なら後は自由にして構わないそうです」
砦の整備に関わっても良いし、砦から川や村に伸びる道を作ろうとしても良いし、ひたすら敵を倒して安全と肉を手に入れても良い。
これは、冒険者が自由に動くための依頼なのだ。
非授恵者達が槍を構えて密集する。
目を血走らせた猪が向かって来るのに一歩も引かず、獰猛な表情で槍衾を維持して待ち受ける。
怖じ気づいたのは猪だ。槍衾の前で速度を緩めてしまい絶好の的と化す。
「3、2、いまっ」
回転中の投石紐から石が放たれる。
新人冒険者が放つ矢と比べても威力は1桁劣り、しかし10以上の石がぶつかると多少は効く。
ビヒモーの雄叫びが響き渡る。
槍衾が効果を発揮しなければ猪に脚を折られていたはずのビヒモーが怒り、叫び、突撃する。
なにしろ体高5メートルだ。
猪としては大きくても体高2メートルしかない魔獣では力負けする。ビヒモーにだけ勢いがあれば衝突の瞬間勝負が決まる。
「そっちが済んだらこっちも頼む。いってぇっ!」
単身で他の猪を食い止めているリットが悲鳴をあげる。
リット一党とビヒモーはリットの命の心配はせず、しかし仲間を傷つけた敵を確実に仕留めるため、素早く包囲を完成させて一斉に襲いかかった。
●2日前。復興予定地の砦
ビヒモーの威圧感は凄まじい。
豊かな毛の下には分厚い筋肉があり、全高5メートルに迫る巨体を滑らかに前進させる。
背中に載せた荷物は大きく大重量なのに、平野を進む速度は決して遅くない。
それが11頭。
獰猛な魔獣の群れでも襲撃を躊躇する戦力であり、大量輸送手段であり、大きな価値を持つ財産だ。
復興事業に参加し財産や立場を得ようと集まったごろつき達が、欲で濁った目で巨獣達を凝視する。
しかし欲の熱は暴力の気配で押し潰される。
喧嘩ではなく殺しに慣れた気配がビヒモーから吹きつけたのだ。
「よーし、到着だてめーらっ!」
体格の良いビヒモーから号令が響く。
「荷下ろしして解散! 明日は休憩で出発は明後日の朝だ! 遅れるんじゃねーぞっ!!」
法的にはビヒモーの群れの飼い主であり、ビヒモーの群れにとっては護衛兼通行証であるリットが荷物の上に立って指示を出している。
代官ほどではないが格は高く血のにおいも強い。
授恵者ですらないごろつきでは、よほどの馬鹿以外は彼に近付こうとは思わないし思えない。
「あざっす!」
リットは自身の威圧感に気付かぬまま仕事をしている。
代官の部下に愛想はないが手際は良く、ヴァイセントラフで時々後回しにされるようなことは全くない。
だからとても上機嫌だ。
「この調子で稼いで土地でも買うかなー」
ビヒモーに分け前を差し出しても、この調子なら今年中にはまとまった金になりそうだ。
にやにやしながら鼻歌まで歌い始める。
「リットの旦那!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「おめーかよ久しぶりだな!」
笑顔で駆け寄り握手を交わす。
一緒に行動していたことがあった、ゴールディから来た出稼ぎゴブリンだ。今は代官のもとで働いている。
「どうよ最近」
「見ての通りでさぁ」
別れたときより肌に艶があり、腕と足が筋肉で一回り太くなっている。
十分な食事と休みをとれている証拠だ。
土の気配が濃いのは、工事か開拓に従事しているからだろう。
「あの貴族のねーちゃんやり手なんだな。今時間ある? 久しぶりに一緒に食おうぜ、おごるからよ」
リットは小山の麓に何軒もある屋台に目を向ける。
熱々の焼き肉をパンで挟んだものや、水飴を使った涼しげな飲み物などが少し高めの値段で売られている。
「ここは俺におごらせて下さいよ。それより」
笑顔を浮かべたまま目だけが真剣になる。
リットは馬鹿だが勘は良い。
これまで以上に大げさにはしゃぎ、外に漏らさず情報を受け取るため仲間達に再集合を指示した。
●現在。復興予定地の川
リット一党の手つきは冒険者や狩人と比べれば拙いが、素人よりはずっと上手に獲物を解体して火をおこす。
「ほほはー」
傷には慣れっこだ。
リットは火を通した肝臓をもぐもぐしながら川の状態を確かめる。
「みふのすくねーの? ひっぱいあるへ?」
大規模な農業をするにはかなり足りない。
農業に関する専門知識があれば見るだけで分かっただろうが、もとはスラム住民や難民でしかなかったリット一党はゴブリンに教えられなければ気付かなかった。なおリットは今でも気付いていない。
「砦と最初の農地だけならここの水で足りる……いえ、だから」
リットの副官が考える。
好きな男との明るい未来がかかっているので本当に必死だ。
「農民になれる数は少ない……早い者勝ち?」
農民とは自作農。
自身と家族を支える以上に稼いで、次代へ財産へ引き継げる者のことをいう。
「じゃあ山の下にいた奴等は目端がきくってことか」
「本当にそう思う? リットちゃんが代官なら犯罪歴ありそうな人間を農民にする?」
「……揉めそうだな」
「リットちゃんは巻きこまれないよう注意して。今は私達にとって稼ぎどきなんだから」
ここから砦に水を運ぶだけでも金になる。
ヴィント周辺から資材を運んでも金になる。
害獣と魔獣の脅威は残っているので競合相手は少ない。
ある程度の自衛能力を備えたリット一党にとって、本当に久々に稼げる状況だ。
「冒険者に相談できれば一番いいんだけどな」
「はやくお金を気にせず依頼できる身分になりたいね。ところでリットちゃん」
好きな男に対する目から、駄目人間に対する目に変わる。
「おいしいからって買い過ぎちゃ駄目だよ」
リットは目を逸らして口笛を吹こうとして失敗した。
「水飴。無駄遣いするならお小遣い制にするから」
その日、切ない顔でちびちび水飴をなめるリットが目撃された。
●現在。冒険者ギルド
「帝国の復興事業に関わる依頼です」
職員が新しい依頼の説明を始める。
「正確には復興事業の1つです。王国出身の帝国代官が主導している復興事業で……」
きっかけは代官だが大部分は冒険者の成果だ。
手始めに3つの村を復興し、今は一度放棄された男爵領の復興にとりかかっている。
「この地域は水が少なく平地が多いです」
牧畜に向いている土地だ。
川はあるが水量少なめなのだ。
「今回特にお願いしたいのは在野授恵者の護衛です」
リットのことだ。
「実力は中堅程度で特別な授恵者ではないのですが、ビヒモーの群れと友好関係を結んでいる珍しい在野授恵者なのです」
冒険者の中には動物と仲が良かったり仲が良くなるのが得意だったりする者もいる。しかし現地は冒険者が常駐できる場所ではないので彼を今失うのはまずい。
「彼は現在、この川の周辺で猪魔獣を狩っています」
地図を広げる。
ど真ん中に小山兼砦、上よりに川が流れているだけの、一面ほぼ平地な地図だ。
「この地域に棲む害獣や魔獣はこの川で水分補給しているようです」
以前に依頼で大物は倒したが、猪魔獣や鳩魔獣や猪が頻繁に現れるらしい。
「彼と、できればビヒモーが無事なら後は自由にして構わないそうです」
砦の整備に関わっても良いし、砦から川や村に伸びる道を作ろうとしても良いし、ひたすら敵を倒して安全と肉を手に入れても良い。
これは、冒険者が自由に動くための依頼なのだ。
解説
●目的
リットを4日間護衛すること
2~3人程度でリットを護衛し、他の参加者は別行動することも可能です
●可能な行動の例
・護衛
リットは川周辺をうろうろします
夜は見張りか毛布を被って寝るかで、昼間は敵を警戒したり敵を攻撃したり釣りをしたりします
リットの仲間は20人程度いて、1人(駆け出しシューター)を除き全員非授恵者ですが根性はあり槍と投石が可能です
畑や建物などを建設可能
猪魔獣の群れと猪の群れが登場する可能性あり
・輸送に関わる
ビヒモーを連れて輸送やその護衛を担当します
運べる場所は、川、砦、村の3箇所です
御者や作業員としてリットの仲間の一部または全員を連れて行けます
砦から川に向かって、杭が一定間隔で一直線に打ち込まれています。徒歩で1時間
道路整備なども可能
鳩魔獣か猪が登場する可能性あり
・砦で活動
川から最短で1キロの距離にあります
冒険者が建てた後、代官が手を入れて多少は過ごしやすくなりました。代官は今は外出中です
木がたくさん生えた小山にあり、木が切り開かれたてっぺんからやや下に砦があります
相変わらず、夜間には遠くから見えるよう篝火が設置されています
小山の麓には復興事業参加希望の人間が50人ほど勝手に集まっていますが、小山に住む狼の群れ(代官の飼い狼)に威圧され大人しくしています
屋台で営業しているのは代官の部下で、冒険者が希望すれば屋台を貸してくれます
砦の増築や、50人を労働力にする工作や交渉も可能
・村で活動
治安と雰囲気がよくない村です。住民はほとんど元犯罪者で代官(不在)に抑圧されています
ここからヴィントまでは安全です
●登場する可能性のある敵
・猪魔獣
物理的な攻防と突撃が得意な、全高2メートルの魔獣です
怪我をするのを嫌って消極的になる傾向あり
冒険者以外を優先して狙います
一度に2~4体出現
・猪
害獣。全高1メートル程度
形も行動も猪魔獣そっくりです
一度に1~6体出現
・鳩魔獣
基本的に単独で行動
全高2メートル、翼込みで全幅4メートル程度の低空飛行魔獣
冒険者なら(戦闘用装備を身につけていないとかでない限り)単独で複数蹴散らせる敵です
しかし少数で移動する非授恵者にとっては脅威で、砦や村から離れた場所では少なくない数の被害が発生しています
●ビヒモー
10体は最低限の自衛のみ可能
1体のみ、獰猛に反撃します
いずれも対空攻撃手段なし
マスターより
帝国のすみっこで復興を進めていく連作です
リプレイ
●
現地を訪れると、代官の部下からの反発も怠業もなく元男爵領の中枢へ案内された。
「嫌というほど見慣れた書式ね」
棚から必要な資料を集める途中の感想である。
書いた人間も学園に通っていたので当然といえば当然かもしれない。
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは帝国貴族令嬢であり、領主の娘であり、政治知識もかなり高水準なので正しく解釈する。
「ここを領地として受け取る気はないということね。正直だこと」
席につく。
真新しい木のにおいが濃い質素な机と椅子だ。
「事務はお願いできる?」
言葉も態度も穏やかだが強制力がある。
選抜の指示を紙に書いて渡すと、メイド姿の授恵者2人が静かに頭を下げ命令に従い退出する。
(王国人が務める代官業、私が代行できなくてどうします)
アウレーリアは自らを鼓舞して情報の評価と計画の立案に移る。
今は砦と川しか描かれていない地図を使い居住地・放牧地・農地に区割りする。
水路を引いても限られた量しかない水と気候から可能な農業の規模を予測し、受け入れ可能な人口も概算する。
代官が走り書きしていた計算式は速度優先で雑なので、白紙の紙を数枚引っ張り出して頑張って計算しているうちに1日目の午前が終わった。
(害獣駆除・防除、集落・砦防衛設備建設、自警団組織……この辺りはリットを中核に仕上げるのが良いかしら)
リットの義兄が某侯爵の子弟であることを思い出す。
実績を積んだ頃にリットが出て行きそうな気がする。ここはシュタールシュヴェーアト侯爵領ではないのだ。
(あの中から人材を用意するしかない? 勘弁して欲しいわ)
帝国式の信賞必罰を実行可能な規則として書面にして事務を通して元男爵領に広めるよう指示する。
内容を要約すると「自由農民目指して死ぬ気で働け」だ。
「帰って来てもやる事ない状態で引き継いでやるわ」
これは領主業勝負だ。
帝国貴族舐めるなの思いを胸に、数徹覚悟で仕事を進める帝国伯爵令嬢であった。
そんな砦から50メートルも離れると森の中である。
フリーダ=ブロムヴィストが甲冑を着込んだまま身軽に木を登り、高い位置から砦を見下ろす。
(先日は中々骨の折れる依頼でしたが、砦もできて一安心といった所でしょうか)
視線を少し動かすと、小山の斜面にもある森と麓に集まった人の群れが見える。
(啓示によれば「ここで砦の増築ができれば短縮に繋がります」と出ています)
短縮という啓示は、元男爵領という結構な広さの土地よりも大きなものを示していた気がする。
(砦の改善だけなら私1人でも問題ありませんが)
中に水瓶が並んでいるはずの1棟を見る。
これも前回フリーダが建てたもので、前回より魔獣の脅威が減った今回ならもっと建てられる自信はある。
(砦のキャパシティも現状の規模では全く足りていません)
麓に集まっている移住希望者第1陣だけで50名。
井戸もなく、川も健脚な人間で1時間かかる距離がある。
(専門の技術者抜きで井戸を掘るのは賭けになります。よって水を大量に保管する貯水槽と、ある程度の人数が居住する為の区画の増築が現実的選択です)
必要なものから逆算して必要なものと作業量を計算する。
代官が多めに備蓄していた釘やまともな建材は大部分使うことになるが必要だから仕方がない。
「幸い希望者が何故か集まっているみたいですし、ここは一つ彼らの力を借りる事にしましょう」
ぞろぞろと坂道を登ってくる荒くれ者の前に、武力はもちろん口も武力並に達者なフリーダが現れ有無を言わせず巻きこんでいくのだった。
「お客さんが増えてますねー」
屋台経営2日目のシルク・メイプルリーフである。
若いとか美人とかの域を通り越した色香が、理性の強弱はあっても計算高いはずの男達を狂わせる。
「だからこっちに入るなと」
お玉を鍋に置いて、エプロン姿のまま背後をとる。
「言っているでしょう」
めっ、と優しげな態度ではあるが投げ技の精度は高い。
徹底的に手加減した上で汚れたマットに突き刺し、1日身動きできない程度のダメージを与えていく。
「注文は大? 中? ああ求職ですか」
数が多すぎるので屋台が面接会場だ。
所作、服装、目つきに気配まで、対面だから多種大量の情報を収集可能だ。
(叩けば少し埃が出そうですが……まあいいでしょう)
基本的な採用基準はアウレーリアだがシルクは他に気を付けていることがある。
(ここではリット君と副官ちゃんの指示に従うよう優しく説いておきましょう。リット君は無理でも副官ちゃんならうまく扱うでしょう)
リット一党も最低数ヶ月はここにいるはずだ。
冒険者が不在でも復興事業が破綻しないよう、シルク達は着々と手を打っていた。
●
大型な荷車は、地面を踏み固めるための工事用車両にも見えた。
「反りが合わないこともあるさ」
御者をしているサイラスは飼いビヒモーを静かに宥める。
サイラス所有の個体の中では狂暴であり喧嘩っ早くもあるのだが、帝国崩壊以後荒野を彷徨っていた連中とは価値観が違いすぎて友好関係も敵対関係も結べなかったようだ。
(どんぱちはストレスになりそうだし、何より生存本能とかに訴えたら更なる魔獣になる可能性とかねぇ?)
実物を見ることで、荒野のストレスでは足りないと感じられた。
だからこの機会を活かすことにする。
腹を見せて寝ていた大福が目を覚まして荷台の上で立ち上がる。
荷台にはとれたて猪肉があり、そのにおいと気配は遠くの魔獣を呼び寄せる。
「珍しく仕事してるな。いいぞ、打ち落としたら旨いところをやる」
飼い主の言葉を聞いて、大福は勢いよく尻尾を振り始める。
(高空で仕留めて羽毛ごと挽肉にするのもなー)
弓の最大射程で仕留められる確信はあるが、戦力差が大きすぎるので戦闘ではなく狩りだ。
狼とビヒモーと共に接近を待つ。
形だけは鳩の魔獣が食欲と悪意に濁った瞳をサイラスではなく荷台の猪肉へ向けた瞬間、引き絞られた矢にエーテルが収束して爆発的な速度で打ちだされる。
「走れ」
大福が跳びだして先導。
わずかに遅れてビヒモーも加速する。
数秒後、片翼を胴体に縫い止められた鳩が肩幅だけで1メートルはある胴体を強く地面に打ち付け不時着する。
「痛覚は野生にあんま無いし。俺の物に手を出すなら苦しんで? 次がないようにしんで?」
サイラスにとっては半ば以上実験だ。
神経の場所と魔獣の耐久力を探るかのように、端から壊していくのだった。
●
「アルマ様、ありがとうございます」
実家が王国伯爵領の大規模酪農家であるメイドが、ヒューマンではないが実家を含めた農家の恩人であるハーフリングに深く頭を下げた。
アルマ・ヴァレンタインは気にしないでというふうに軽く手を振って、ビビモーの背の水瓶を下ろす作業を監督する。梯子が必要な大仕事だ。
「川から砦にお水を運ぶだけでお金になるのは仕事する側としては大助かりなんだけど、治める側からすると不毛っていうか無駄が大きい気もするしー……」
地主や庄屋側の視点を持つメイドが、言葉には出さないが雰囲気で全面同意している。
「アルマ……様はコネもお持ちなんですね」
川原から連れて来られたリットの副官が恐る恐る声をかけてくる。
「アルマでいいよー。出発まで時間あるからこれでリットくんへの差し入れでも作っておいてー……」
透明で甘いシロップが入った小瓶を渡し、アルマは黒アルパカだけを連れて小山の周囲の探索を始める。
目当ては水だ。
より正確に表現すると、井戸が届く深さに地下水のある土地だ。
「村がもっとはっきり残ってたらよかったんだけどー……」
どこに村があったかは分かるが井戸を含む建物の位置が分かりづらい程度に荒れ果てている。
小山の近くには村の跡がない。おそらくもともと水が少ないのだ。
「足跡すごいねー……」
砦と小川を結ぶ道ができている。
大重量で踏み固められただけなので雨が降ったときの水はけは悪く他にも不具合はあるだろうが、開発の初期段階で一応とはいえ道があるのは非常に助かる。
(御者として大勢連れてきて正解かな。おっとよさげな土地1つはっけーん……!)
メモにさらさらと記入して、川原へ戻るビビモーと御者を護衛するため小山の麓へ戻るのだった。
●
「ひさしぶりー!」
ユークリア・フィナンシェとリットのテンションは同レベルで高い。
笑顔で拳を打ち付け力を測り、にやりと笑って力比べする。
「まけねーぞー!」
「甘いですよリットくん!」
いくらでも可憐な貴族令嬢として振る舞えるユークリアではあるが、これでかなりの体育会系だ。
肘や膝でリットの急所をつんつんすることで、実践なら手痛いダメージを受けていたことをリットの体に伝える。
レクリエーションであると同時に体育会系的格付けの儀式である。
「力はなかなかですね! 筋肉は成長したのでしょうか?」
ユークリアの興味深げな態度に気付いてリットが逃げようとするが既に遅い。
「どれどれ……」
わきわきと動く細い指がリットの肌を蹂躙する。
「少し薄いですね。筋肉も意識して鍛えないと良い動きに繋がりませんよ?」
現時点でリットは異性としての認識対象外なのでユークリアの側に色気など欠片もない。
赤面して涙目のリットを、休憩時間に見に来たシルクが腕組みしながら眺めていた。
「やあ、リット! 今日は一緒に復興に精を出すか!」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトはユークリアを見て、リットを見て、楽しげに笑う。
「強くなりたいのであれば、俺が稽古をつけてやろうか? 何なら仲間たちにも」
長身で剣・盾・全身鎧を使いこなすアルベルトは分かり易く強く、生きていくために力が必要な若者を惹きつける。
「こっちが先約ですよ!」
ユークリアは一瞬ぷんすこするがすぐに悪戯っぽい表情へ変わる。
「リット君は水飴が好きだそうですね……? こちらの甘くてとろとろな品はいかがです? ふふふ……」
第一線で戦う冒険者の財布は分厚くお土産も超高品質だ。
「さぁ、これが欲しくば訓練を受けましょう! ユークリア式格闘術は槍を使いながらでも出来ますし、対人では特に役に立つはず……!」
既に教導は始まっている。
教導技術自体は上回っていても土産がまだ届いていない義兄は明らかに劣勢だ。
「丁度良い所へ猪が……! こうですよ、こう!!」
祈雷2の発動とタイミングをあわせて極太エーテル光波。
猪は急には止められないので、槍術で扱われる魔杖でのとどめまで数秒しかかからない。
「かくとう……じゅつ?」
リットは剣を構えたまま、完全に混乱してしまっていた。
●
(随分狩れたと思うがまだこれほどの勢力があるのだ。ヒトは一度手を退いたが自然はエーテル含めて豊富という事。ありがたい事なのだ)
水という重要資源の不足や、畑作していた土地が長期間放置されている事実を認識した上で、ストレガ・L・リベルガストラは希望も見逃さない。
「目覚めたなら仲間を起こす。その後槍を持って警戒なのだ」
戦慣れしているとはいえ冒険者と比べればリット一党の練度は素人同然だ。
ストレガは過大評価も過小評価もせず現実を正しく認識して現実的に動かす。
突進してくる猪の群れは決して弱くはない。
しかしリット一党でもぎりぎり生き残れる程度の力しかない。
「主菜は私に任せるのだ」
雷蛇大禍の展開と足絡之呪の投擲は非常になめらかだ。
抵抗手段のない足止めを食らった猪に青藍に光る錨が次々命中して鎖が巻き付き移動を完全に封じられる。
「ねーちゃんの言うとおりに狙え。槍ぃ構えて防御だけ考えろ!」
足止めから漏れた猪は槍衾によって迎撃され。
範囲攻撃ではあるが1体1体に光弾1つをぶつけるメテオライトにより始末される。
「川に沈めて解体の準備をするのだ。稼げるか臭い肉を食うだけで終わるかは今から数分で決まるのだ」
優れた戦力と圧倒的な技術が、ストレガが持つカリスマをさらに高めていた。
「貴様を……」
アルベルトは最も前に出ることで危険を冒し、しかし彼の実力があれば既に敵でないことに気付く。
「斬る!」
解体はさほど得意ではないので、肉を無駄にしないよう頭部だけを一撃する。
重さと鋭さを維持したままの高速の斬撃は、エーテルは薄くても十分に強固な頭蓋を溶けかけバターであるかのように両断する
中に入っていたものなど耐えられる訳がない。
「リットは怪我をしないのを優先しろ。若さとヒールだけでいつまでも何とかなると思うな!」
「わ、わかったよにーちゃん」
アルベルトの技を形しか真似できていないリットが、剣を構え直して隙を減らしてもう1頭を食い止める。
「2頭くらいは逃すのだ」
1種類を殺しすぎると環境が悪化する確率が増えるのは体験的に知られている。
「専門家の言葉は信用しよう」
アルベルトは仕留めた獣の扱いは他に任せ、優れた攻撃力を専門家の指示に沿って行使し素材の量を増やしていった。
戦闘が終わっても忙しさは変わらない。
骨、肉、内臓を抜き取り、資源にできない余りは燃やして穴に埋める。
余りは時間経過でも作業の失敗でも増えるので、これも戦闘といえる。
「肉は広く食になるだろう。持ち込んだ物資を使い調理するのだ」
ストレガがミニビヒモーと荷馬車で持ち込んだのは塩と香草と空箱だ。
大量に調理し、加工し、商品に変えるための道具だ。
「水は最低限にして砦行きの便に肉を載せるのだ」
最終的にストレガが使った金の数倍の値で売れて、ストレガに支払った後残った金を見てリット達が喜んでいた。
●
黒の槍と革鎧の一団が、燃え上がるような気合いで声をあげて猪に突きかかる。
余所に遠慮する必要のない場所で数日訓練を受けた効果はあり、冒険者の支援なしで野生の獣の群れを圧倒した。
「よくやった」
出迎えたアルベルトの言葉にリット一党が喜ぶ。
喜びきれていないのは、アルベルトともう1人だけだ。
「よくやってくれた」
「いえ」
アルベルトはリットの副官を呼び出し声をかける。
あの集団の指導者はリットだが実際に組織を動かしているのもアルベルトから指揮と練成の技術を学んだのもこの副官だ。
「手に入れるつもりがあるならできる限り近くにいて機を逃すな。俺はそうやって手に入れた」
実体験なので説得力に溢れている。
(婚約者の財布頼りなのは悔しいが、ギルドの依頼で私事を進める訳にもな……)
ある程度融通がきくとはいえ、冒険者ギルドと帝国は別組織なので依頼中冒険者が自分の財布を使うのもなかなか難しいのだ。
「疲れた頭に啓示は刺激が強いですね」
一回り大きくなった砦からフリーダが坂道を下る。
「これでかなり……いえ、全て言葉にするのは無粋ですか」
人が再び集まり始めた土地だけでなく、地続きの広大な土地も静かに眺めていた。
現地を訪れると、代官の部下からの反発も怠業もなく元男爵領の中枢へ案内された。
「嫌というほど見慣れた書式ね」
棚から必要な資料を集める途中の感想である。
書いた人間も学園に通っていたので当然といえば当然かもしれない。
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは帝国貴族令嬢であり、領主の娘であり、政治知識もかなり高水準なので正しく解釈する。
「ここを領地として受け取る気はないということね。正直だこと」
席につく。
真新しい木のにおいが濃い質素な机と椅子だ。
「事務はお願いできる?」
言葉も態度も穏やかだが強制力がある。
選抜の指示を紙に書いて渡すと、メイド姿の授恵者2人が静かに頭を下げ命令に従い退出する。
(王国人が務める代官業、私が代行できなくてどうします)
アウレーリアは自らを鼓舞して情報の評価と計画の立案に移る。
今は砦と川しか描かれていない地図を使い居住地・放牧地・農地に区割りする。
水路を引いても限られた量しかない水と気候から可能な農業の規模を予測し、受け入れ可能な人口も概算する。
代官が走り書きしていた計算式は速度優先で雑なので、白紙の紙を数枚引っ張り出して頑張って計算しているうちに1日目の午前が終わった。
(害獣駆除・防除、集落・砦防衛設備建設、自警団組織……この辺りはリットを中核に仕上げるのが良いかしら)
リットの義兄が某侯爵の子弟であることを思い出す。
実績を積んだ頃にリットが出て行きそうな気がする。ここはシュタールシュヴェーアト侯爵領ではないのだ。
(あの中から人材を用意するしかない? 勘弁して欲しいわ)
帝国式の信賞必罰を実行可能な規則として書面にして事務を通して元男爵領に広めるよう指示する。
内容を要約すると「自由農民目指して死ぬ気で働け」だ。
「帰って来てもやる事ない状態で引き継いでやるわ」
これは領主業勝負だ。
帝国貴族舐めるなの思いを胸に、数徹覚悟で仕事を進める帝国伯爵令嬢であった。
そんな砦から50メートルも離れると森の中である。
フリーダ=ブロムヴィストが甲冑を着込んだまま身軽に木を登り、高い位置から砦を見下ろす。
(先日は中々骨の折れる依頼でしたが、砦もできて一安心といった所でしょうか)
視線を少し動かすと、小山の斜面にもある森と麓に集まった人の群れが見える。
(啓示によれば「ここで砦の増築ができれば短縮に繋がります」と出ています)
短縮という啓示は、元男爵領という結構な広さの土地よりも大きなものを示していた気がする。
(砦の改善だけなら私1人でも問題ありませんが)
中に水瓶が並んでいるはずの1棟を見る。
これも前回フリーダが建てたもので、前回より魔獣の脅威が減った今回ならもっと建てられる自信はある。
(砦のキャパシティも現状の規模では全く足りていません)
麓に集まっている移住希望者第1陣だけで50名。
井戸もなく、川も健脚な人間で1時間かかる距離がある。
(専門の技術者抜きで井戸を掘るのは賭けになります。よって水を大量に保管する貯水槽と、ある程度の人数が居住する為の区画の増築が現実的選択です)
必要なものから逆算して必要なものと作業量を計算する。
代官が多めに備蓄していた釘やまともな建材は大部分使うことになるが必要だから仕方がない。
「幸い希望者が何故か集まっているみたいですし、ここは一つ彼らの力を借りる事にしましょう」
ぞろぞろと坂道を登ってくる荒くれ者の前に、武力はもちろん口も武力並に達者なフリーダが現れ有無を言わせず巻きこんでいくのだった。
「お客さんが増えてますねー」
屋台経営2日目のシルク・メイプルリーフである。
若いとか美人とかの域を通り越した色香が、理性の強弱はあっても計算高いはずの男達を狂わせる。
「だからこっちに入るなと」
お玉を鍋に置いて、エプロン姿のまま背後をとる。
「言っているでしょう」
めっ、と優しげな態度ではあるが投げ技の精度は高い。
徹底的に手加減した上で汚れたマットに突き刺し、1日身動きできない程度のダメージを与えていく。
「注文は大? 中? ああ求職ですか」
数が多すぎるので屋台が面接会場だ。
所作、服装、目つきに気配まで、対面だから多種大量の情報を収集可能だ。
(叩けば少し埃が出そうですが……まあいいでしょう)
基本的な採用基準はアウレーリアだがシルクは他に気を付けていることがある。
(ここではリット君と副官ちゃんの指示に従うよう優しく説いておきましょう。リット君は無理でも副官ちゃんならうまく扱うでしょう)
リット一党も最低数ヶ月はここにいるはずだ。
冒険者が不在でも復興事業が破綻しないよう、シルク達は着々と手を打っていた。
●
大型な荷車は、地面を踏み固めるための工事用車両にも見えた。
「反りが合わないこともあるさ」
御者をしているサイラスは飼いビヒモーを静かに宥める。
サイラス所有の個体の中では狂暴であり喧嘩っ早くもあるのだが、帝国崩壊以後荒野を彷徨っていた連中とは価値観が違いすぎて友好関係も敵対関係も結べなかったようだ。
(どんぱちはストレスになりそうだし、何より生存本能とかに訴えたら更なる魔獣になる可能性とかねぇ?)
実物を見ることで、荒野のストレスでは足りないと感じられた。
だからこの機会を活かすことにする。
腹を見せて寝ていた大福が目を覚まして荷台の上で立ち上がる。
荷台にはとれたて猪肉があり、そのにおいと気配は遠くの魔獣を呼び寄せる。
「珍しく仕事してるな。いいぞ、打ち落としたら旨いところをやる」
飼い主の言葉を聞いて、大福は勢いよく尻尾を振り始める。
(高空で仕留めて羽毛ごと挽肉にするのもなー)
弓の最大射程で仕留められる確信はあるが、戦力差が大きすぎるので戦闘ではなく狩りだ。
狼とビヒモーと共に接近を待つ。
形だけは鳩の魔獣が食欲と悪意に濁った瞳をサイラスではなく荷台の猪肉へ向けた瞬間、引き絞られた矢にエーテルが収束して爆発的な速度で打ちだされる。
「走れ」
大福が跳びだして先導。
わずかに遅れてビヒモーも加速する。
数秒後、片翼を胴体に縫い止められた鳩が肩幅だけで1メートルはある胴体を強く地面に打ち付け不時着する。
「痛覚は野生にあんま無いし。俺の物に手を出すなら苦しんで? 次がないようにしんで?」
サイラスにとっては半ば以上実験だ。
神経の場所と魔獣の耐久力を探るかのように、端から壊していくのだった。
●
「アルマ様、ありがとうございます」
実家が王国伯爵領の大規模酪農家であるメイドが、ヒューマンではないが実家を含めた農家の恩人であるハーフリングに深く頭を下げた。
アルマ・ヴァレンタインは気にしないでというふうに軽く手を振って、ビビモーの背の水瓶を下ろす作業を監督する。梯子が必要な大仕事だ。
「川から砦にお水を運ぶだけでお金になるのは仕事する側としては大助かりなんだけど、治める側からすると不毛っていうか無駄が大きい気もするしー……」
地主や庄屋側の視点を持つメイドが、言葉には出さないが雰囲気で全面同意している。
「アルマ……様はコネもお持ちなんですね」
川原から連れて来られたリットの副官が恐る恐る声をかけてくる。
「アルマでいいよー。出発まで時間あるからこれでリットくんへの差し入れでも作っておいてー……」
透明で甘いシロップが入った小瓶を渡し、アルマは黒アルパカだけを連れて小山の周囲の探索を始める。
目当ては水だ。
より正確に表現すると、井戸が届く深さに地下水のある土地だ。
「村がもっとはっきり残ってたらよかったんだけどー……」
どこに村があったかは分かるが井戸を含む建物の位置が分かりづらい程度に荒れ果てている。
小山の近くには村の跡がない。おそらくもともと水が少ないのだ。
「足跡すごいねー……」
砦と小川を結ぶ道ができている。
大重量で踏み固められただけなので雨が降ったときの水はけは悪く他にも不具合はあるだろうが、開発の初期段階で一応とはいえ道があるのは非常に助かる。
(御者として大勢連れてきて正解かな。おっとよさげな土地1つはっけーん……!)
メモにさらさらと記入して、川原へ戻るビビモーと御者を護衛するため小山の麓へ戻るのだった。
●
「ひさしぶりー!」
ユークリア・フィナンシェとリットのテンションは同レベルで高い。
笑顔で拳を打ち付け力を測り、にやりと笑って力比べする。
「まけねーぞー!」
「甘いですよリットくん!」
いくらでも可憐な貴族令嬢として振る舞えるユークリアではあるが、これでかなりの体育会系だ。
肘や膝でリットの急所をつんつんすることで、実践なら手痛いダメージを受けていたことをリットの体に伝える。
レクリエーションであると同時に体育会系的格付けの儀式である。
「力はなかなかですね! 筋肉は成長したのでしょうか?」
ユークリアの興味深げな態度に気付いてリットが逃げようとするが既に遅い。
「どれどれ……」
わきわきと動く細い指がリットの肌を蹂躙する。
「少し薄いですね。筋肉も意識して鍛えないと良い動きに繋がりませんよ?」
現時点でリットは異性としての認識対象外なのでユークリアの側に色気など欠片もない。
赤面して涙目のリットを、休憩時間に見に来たシルクが腕組みしながら眺めていた。
「やあ、リット! 今日は一緒に復興に精を出すか!」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトはユークリアを見て、リットを見て、楽しげに笑う。
「強くなりたいのであれば、俺が稽古をつけてやろうか? 何なら仲間たちにも」
長身で剣・盾・全身鎧を使いこなすアルベルトは分かり易く強く、生きていくために力が必要な若者を惹きつける。
「こっちが先約ですよ!」
ユークリアは一瞬ぷんすこするがすぐに悪戯っぽい表情へ変わる。
「リット君は水飴が好きだそうですね……? こちらの甘くてとろとろな品はいかがです? ふふふ……」
第一線で戦う冒険者の財布は分厚くお土産も超高品質だ。
「さぁ、これが欲しくば訓練を受けましょう! ユークリア式格闘術は槍を使いながらでも出来ますし、対人では特に役に立つはず……!」
既に教導は始まっている。
教導技術自体は上回っていても土産がまだ届いていない義兄は明らかに劣勢だ。
「丁度良い所へ猪が……! こうですよ、こう!!」
祈雷2の発動とタイミングをあわせて極太エーテル光波。
猪は急には止められないので、槍術で扱われる魔杖でのとどめまで数秒しかかからない。
「かくとう……じゅつ?」
リットは剣を構えたまま、完全に混乱してしまっていた。
●
(随分狩れたと思うがまだこれほどの勢力があるのだ。ヒトは一度手を退いたが自然はエーテル含めて豊富という事。ありがたい事なのだ)
水という重要資源の不足や、畑作していた土地が長期間放置されている事実を認識した上で、ストレガ・L・リベルガストラは希望も見逃さない。
「目覚めたなら仲間を起こす。その後槍を持って警戒なのだ」
戦慣れしているとはいえ冒険者と比べればリット一党の練度は素人同然だ。
ストレガは過大評価も過小評価もせず現実を正しく認識して現実的に動かす。
突進してくる猪の群れは決して弱くはない。
しかしリット一党でもぎりぎり生き残れる程度の力しかない。
「主菜は私に任せるのだ」
雷蛇大禍の展開と足絡之呪の投擲は非常になめらかだ。
抵抗手段のない足止めを食らった猪に青藍に光る錨が次々命中して鎖が巻き付き移動を完全に封じられる。
「ねーちゃんの言うとおりに狙え。槍ぃ構えて防御だけ考えろ!」
足止めから漏れた猪は槍衾によって迎撃され。
範囲攻撃ではあるが1体1体に光弾1つをぶつけるメテオライトにより始末される。
「川に沈めて解体の準備をするのだ。稼げるか臭い肉を食うだけで終わるかは今から数分で決まるのだ」
優れた戦力と圧倒的な技術が、ストレガが持つカリスマをさらに高めていた。
「貴様を……」
アルベルトは最も前に出ることで危険を冒し、しかし彼の実力があれば既に敵でないことに気付く。
「斬る!」
解体はさほど得意ではないので、肉を無駄にしないよう頭部だけを一撃する。
重さと鋭さを維持したままの高速の斬撃は、エーテルは薄くても十分に強固な頭蓋を溶けかけバターであるかのように両断する
中に入っていたものなど耐えられる訳がない。
「リットは怪我をしないのを優先しろ。若さとヒールだけでいつまでも何とかなると思うな!」
「わ、わかったよにーちゃん」
アルベルトの技を形しか真似できていないリットが、剣を構え直して隙を減らしてもう1頭を食い止める。
「2頭くらいは逃すのだ」
1種類を殺しすぎると環境が悪化する確率が増えるのは体験的に知られている。
「専門家の言葉は信用しよう」
アルベルトは仕留めた獣の扱いは他に任せ、優れた攻撃力を専門家の指示に沿って行使し素材の量を増やしていった。
戦闘が終わっても忙しさは変わらない。
骨、肉、内臓を抜き取り、資源にできない余りは燃やして穴に埋める。
余りは時間経過でも作業の失敗でも増えるので、これも戦闘といえる。
「肉は広く食になるだろう。持ち込んだ物資を使い調理するのだ」
ストレガがミニビヒモーと荷馬車で持ち込んだのは塩と香草と空箱だ。
大量に調理し、加工し、商品に変えるための道具だ。
「水は最低限にして砦行きの便に肉を載せるのだ」
最終的にストレガが使った金の数倍の値で売れて、ストレガに支払った後残った金を見てリット達が喜んでいた。
●
黒の槍と革鎧の一団が、燃え上がるような気合いで声をあげて猪に突きかかる。
余所に遠慮する必要のない場所で数日訓練を受けた効果はあり、冒険者の支援なしで野生の獣の群れを圧倒した。
「よくやった」
出迎えたアルベルトの言葉にリット一党が喜ぶ。
喜びきれていないのは、アルベルトともう1人だけだ。
「よくやってくれた」
「いえ」
アルベルトはリットの副官を呼び出し声をかける。
あの集団の指導者はリットだが実際に組織を動かしているのもアルベルトから指揮と練成の技術を学んだのもこの副官だ。
「手に入れるつもりがあるならできる限り近くにいて機を逃すな。俺はそうやって手に入れた」
実体験なので説得力に溢れている。
(婚約者の財布頼りなのは悔しいが、ギルドの依頼で私事を進める訳にもな……)
ある程度融通がきくとはいえ、冒険者ギルドと帝国は別組織なので依頼中冒険者が自分の財布を使うのもなかなか難しいのだ。
「疲れた頭に啓示は刺激が強いですね」
一回り大きくなった砦からフリーダが坂道を下る。
「これでかなり……いえ、全て言葉にするのは無粋ですか」
人が再び集まり始めた土地だけでなく、地続きの広大な土地も静かに眺めていた。
マスターコメント
お疲れ様でした。
ショートシナリオ普通 報酬:標準8 / 4〜8人
2022年08月06日 08時16分42秒 公開
成功
参加者
相談掲示板
ヒーラーのユークリアです、よろしくお願いします! リット君の護衛を希望します。 ヒール系を積んでいく予定です。
ヒーラーのアルマだよ、どーぞよろしくねー 今のところは道路整備でもやろうかなーと
ストレガなのだ。よろしくなのだ。 護衛のほうで狩りの予定なのだ。
輸送のほうでも問題ないのだ。どちらにしても狩って肉にしていくのだ。
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 俺も、リットの護衛を希望するぜ。
No.6
シスターシルクです とりあえず畑を整備して魔獣等から守りやすくするべくですかね、このあたりなら護衛は3人も居れば十分でしょうし
ウォーリアのリットだ。 よろしく! ほんとによろしく!!
遅くなりました。キャスター、アウレーリアです。 そうですね、砦でのお仕事とかしましょうか。
No.9
んーやっぱり人手不足の解消に動くべきか畑の整備か迷いますね 砦周辺の50人を改宗できればいいんですけど
No.10
ええ、やはり麓の屋台で人員スカウトを行いますね。 半分も採用できればいいところでしょうけど人手は今後絶対必要です。
No.11
サイラスだ、よろしくなー 輸送側の予定
ウォーリアのフリーダです。よろしくお願いします。 とりあえずは前回建てた砦の増築に励もうかと思います。