【渡鴉】飛び出せ怪盗オウル
影絵 企鵝
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シナリオID:2341
オープニング
馬に乗った盗賊達が、荒野を行く馬車の列に襲い掛かる。馭者は必死に馬に鞭打つが、身軽な馬賊はあっという間に追いつき、馬の脚を射貫いて転ばせる。馬車が倒れ込み、中からくぐもった悲鳴が洩れる。馬賊達は次々馬から飛び降りると、馬車へずんずん近づいていく。馬車から這い出した青年がなけなしの勇気で盗賊へ飛び掛かるが、あっという間に槍で突き殺されてしまった。
逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡る中、倒れた馬車の中に一組の姉弟が隠れていた。姉は自分の首飾りを外すと、代わりに弟の首にかける。
「私が出て盗賊の目を引き付けるから、その隙に逃げて。その首飾りの力があれば、何とかなるわ」
「そんなのだめだ。あんな人狩りに捕まったら、姉上が何をされるか……」
弟は抵抗するが、姉はそっと彼の手を握って首を振る。
「私は良いの。でも貴方は大事なドライバッハ家の跡継ぎよ」
「姉上……」
「……もう行くわ。だからあなたも行きなさい」
姉は馬車の中から這い出すと、掠れた声を張り上げる。
「もうやめてください。傷をつけては売り物としての価値が落ちるのではないですか?」
彼女の珠のような美貌に、盗賊達は思わず目を奪われる。弟はその隙に逃げ出した。首飾りの力が彼の気配を消し去っている。人狩り盗賊も、領民だった者達も、誰も彼の存在に気付かない。
縄目を受ける姉の背中を泣きながら見返し、弟は荒野をひた走るのだった。
ゴールディ、シルバード。旅籠の片隅で弟はこれまでの経緯を訥々と目の前の二人――ミネルヴァ・フィーギルとエレアノール・シュヴァリエに話していた。
「なるほどね。逃げろとは言われたけど、お姉さんや捕まった人の事が諦められなくてここまで追いかけてきたと」
「領民を守るのは領主の義務です。姉上は僕の唯一の肉親です。見捨てるなんて出来ない」
声を振り絞る弟。三角帽子を弄びながら、エルは彼に尋ねる。
「お姉さんは結婚してた?」
「いえ。婚約者はクリーパーに襲われて死んだので……」
「ならまだマシね。“綺麗な”貴種には高い値が付くから。その分、念入りに“検品”はされてるでしょうけど」
「姉上……」
弟は険しい顔で拳を握りしめる。閉じた扇子を揺らし、ミーナはそんな彼の横顔を見た。
「オットー君。ドライバッハ家は帝国内でどんな地位にあったの?」
「リブラネスタ方面の外交官を代々務めていました。僕もずっとその地位を継ぐために勉強を重ねて来て……それが一体何か――」
ミーナは不意に扇子をばさりと広げ、オットーの口を塞ぐ。そこには天へ飛び立つ鴉の絵が描かれていた。
「喜べオットー君。鴉がこれから貴方の味方よ」
●毒を以て毒を制す
ミーナの招集により、君達は人目の届かない部屋に集められた。そこにはオットーの姿もある。ミーナは立て板に水を流すように君達に粗筋を語り、ぐるりと顔を見渡す。
「……というわけで、ドライバッハ家のクラリーネさん、ついでに領民と財産が人狩りにまるっと奪われてこのシルバードに運び込まれたそうです。私が調べたところだとその財産は何故かメチヤ・アクドイなる商人が押さえている地下倉庫の中に運び込まれたそうですよ。ふーん、そうなんだ」
わざとらしく一人で頷いて見せたミーナは、不敵な笑みを浮かべる。
「というわけで、ちょっと痛い目見せてやろうと思います。まずはこの地下倉庫にしまい込まれた財宝を取り返してやりましょう」
しかし、豪商の地下倉庫ともなれば大勢の守衛が付けられているわけで、そう簡単な話ではない。君達のうちの誰かがそう突っ込んだが、ミーナは得意げに笑った。
「それはそうです。……でも、地上でもっととんでもない事が起きたらどうでしょう?」
彼女は懐から一枚の手紙を取り出した。
「アクドイは明日の夜、商人達の宴席に『ヴァネッサの涙』と呼ばれるブルーダイヤモンドを持ち込み、展示するそうです。自分の財力を周囲に示すために。……そいつを奪ってやろうとする輩が現れたらどうします?」
ミーナは手紙を引っくり返す。そこには『予告状』と記されていた。エルも言葉を繋いだ。
「宴席に宝石を持ち込まないのは簡単よ。でもそれはちっぽけな泥棒風情に大豪商が恐れをなした事を意味するわ。それじゃ威信が保てないから、アクドイは何としても怪盗を捕まえようとする。冒険者にもきっと声をかけてくるでしょうね」
「つまり、目標は一つ。私達で一芝居打って悪い奴らの眼を引き付けているうちに、別働隊が地下倉庫に乗り込んで財宝を分捕ってくることです。……乗ってくれますか?」
尋ねつつも、ミーナは既に確信に満ちた眼をしていた。
●劇場開幕
満月の輝く夜。豪商達が一つの屋敷の中に集い、各種族の美女を侍らせながら宴を開いていた。その中心に飾られていたのは、海のように美しく輝く『ヴァネッサの涙』。豪商アクドイが手段を選ばず手に入れたと噂の宝石だ。一人の商人がその宝石をじっと覗き込む。
「確かにこれは美しい。中に吸い込まれそうだ。……しかしこう、堂々と飾っていいのですか。これを狙う盗人が今宵現れると噂になっておりますよ」
「問題ない。護衛にこの屋敷を囲ませているし、いざそれを突破されたとしても……私は今『魔弾の射手』を味方につけている」
アクドイが振り返ると、優雅にワインを愉しみながらエルが微笑んだ。
「私がいる限り、怪盗如きに勝ち目はないわ」
ふてぶてしく彼女が言い放ったその時、どこからともなく飛んだナイフが彼女のグラスを叩き割った。さらに放たれたナイフが、屋敷のろうそくを次々に消していく。
「魔弾の射手が何するものよ!」
月明りに人影が照らされる。男用の礼服に身を包んだ細身の少女――ミーナが、鴉を模した仮面を付けて吹き抜けの足場に立っていた。彼女は外套を夜風に翻すと、軽やかにポーズをとる。
「予告通りにただいま参上! あんたのお宝……貰いに来たぜ!」
彼女やその仲間の存在に気付いた護衛が、慌てて彼女の下へ殺到する。しかし、彼女は柳のようにその身をしならせ、次々に護衛を吹き抜けの下へ叩き落としていく。
「……あら、意外と可愛らしい怪盗さんね。でも御生憎」
妹分の活躍ぶりを見たエルはゆらりと立ち上がると、三角帽子を目深に被る。
「この『魔弾の射手』がいる限り、そこの宝石には手出しさせないわ」
ベルトに差した杖を抜き放つと、ミーナへ向けて緋色に輝く光弾を放った。ミーナは身体を捻って躱すと、人込みの中へと飛び降りる。ミーナはそのままベルトに提げたリボンを引き抜くと、エルの足下目掛けて振り抜く。エルは跳び上がって躱すと、さらにもう一発翡翠色の弾丸を放つ。ミーナは咄嗟に身を捩ると、そばのテーブルの脚を引き倒して弾丸を受け止めた。荒々しいやり方に、女たちの悲鳴が響く。
「さすがは凄腕のキャスターね。でも貴方の相手は私一人だけじゃないんだから」
立ち上がったミーナは、怪盗役を買って出た仲間へ振り返る。
「行くよ。あの人から一本取れたら、自慢していいと思う」
エルは肩を竦めると、護衛役を買って出た仲間へ振り返る。
「行くわよ。悪い子にはお仕置きしなきゃ」
一方その頃、奪還役を買って出た冒険者は、倉庫街へとこっそり足を踏み入れる。ミーナ達の予想通り、アクドイの倉庫は見張りが手薄になっていた。
好機は僅か。乗りかかった船なら、進むしかない。
解説
マスターより
リプレイ
自ら先陣を切って戦い始めたミネルヴァとエレアノール。互いに身を削るような派手な攻撃の応酬に、アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは嘆息する。
「相変わらず派手好きのお人好しねぇ」
そうのんびりと嘯いてみるものの、内心は煮えくり返っていた。帝国民が人狩りに襲われ、挙句の果てに奴隷として売りに出されるというのだ。武門の名家に生まれた彼女にとって、到底許しておけない所業である。
(商人面した下郎が帝国民に手出しした、ですって?)
もしも生死問わずと言われていたら、屋敷をさっさと火の海に沈めていた事だろう。彼女は苛立ちに任せて杖を振り、従者の弟たるキリアン・フィッツジェラルドと対峙する。さっさと大広間に飛び降りた他の仲間達を他所に、彼だけは吹き抜けの上に立ってアウレーリアを見下ろしていた。
「他人の財産に手出しするような真似、この私が許さないわよ!」
彼女は喧騒の中でもはっきり聞き取れるほど大きな声で叫ぶ。
「誰が許そうと許すまいと関係ありませんよ。僕の為すべき事は僕が決め、成し遂げる」
キリアンは黒い矢を引き抜くと、アウレーリア目掛けて弓を引く。それを見た彼女は先に動いた。杖を振るい、白熱する火球を放つ。キリアンは左手に身を翻して火球を躱す。窓に火球が突き刺さり、派手に弾けた。
「派手にやりますね!」
彼はお返しとばかりに目配せしてから矢を放つ。アウレーリアはローブの裾をはためかせ、目配せされた方へと躱して避けた。普段から何かと共に過ごす機会の多い二人。紙一重の攻防を演じるのも難しくない。
広間に飛び降りたルアンナ・ミュラーは、早速杖を構えて周囲を見渡す。ルアンナ達にまんまと出し抜かれた外の護衛達が慌てて室内へ飛び込み、ルアンナへと間合いを詰めてくる。それを見渡し、彼女はうっすら笑みを浮かべた。
「うふふ。悪い奴相手に好き放題出来るなんて、もう最高!」
ルアンナは一人呟くと、真正面の男に向かって杖を突き出す。男がうっかり足を止めたところに、真っ赤な霞が噴き出し襲い掛かった。顔を覆われてしまった男は、呻き声を上げて仰け反る。突然の動きに対応できなかった後続が、男に追突して倒れ込んでしまった。目の前に倒れ込んだ男の頭を杖の石突で小突いて黙らせると、そのまま彼女はエレアノールに狙いを定める。エルも彼女の熱い視線に気づいて振り返る。
「貴方が噂の『魔弾の射手』ですね! 一度お手合わせしたいと思っていたんです」
「あら、そう」
エルはふんわりと笑みを浮かべると、鋭く杖の石突を向ける。
「ならどこからでもいらっしゃいな。真っ赤な怪盗さん?」
「じゃあお言葉に甘えて!」
ルアンナは杖を頭上高く掲げると、床石を叩き割る勢いで突き立てた。杖に埋め込まれた竜石から放たれたエーテルは、真っ直ぐエルへと襲い掛かる。不可視の波動はエルの身体をあっという間に包み込むが、エルは構わず杖の先から緋色の魔弾を放った。ルアンナの魔導で勢いを弱められてなお、弾丸は目に捉えきれない速度で襲い掛かってくる。ルアンナは咄嗟に杖を構えて受け止めた。
「それで終わり?」
エルは得意げに目配せする。ルアンナも不敵な笑みを浮かべ、杖を突き出す。
「とんでもない! 私だってこんなもんじゃありませんし!」
ルアンナは虚空から雷の槍を取り出すと、エルに向かって素早く投げつける。轟音と共に飛ぶ槍。エルは飛んできた槍の穂先を杖で打って炸裂させ、電光の直撃を防いだ。それでも彼女の周囲に散ったルアンナのエーテルが、彼女の身体をその場へ釘付けにする。
「そこだ!」
生まれた隙を見逃さず、ミーナがエルの杖目掛けてリボンを投げる。しかし、電光石火の勢いで飛び込んできたコルネリウス・アーラがそのリボンを盾で払ってしまう。
「残念ながら、私が居る限りエレアノールさんに膝をつかせはしません」
「ぬぬぬ……」
ミーナはリボンを引くと、コルネを相手にじりじりと間合いを測り直す。そんな姿を横目に、エルはコルネに耳打ちした。
「任せていい? やんちゃ二人の相手は大変だから」
「ええ。……ここはお任せください!」
コルネは盾を構えると、ミーナ目掛けて一気に突進する。ミーナは咄嗟に跳び上がると、コルネの突き出す盾を蹴って当たりを逸らし、格好よく吹っ飛ぶ。彼女はくるくると宙返りし、吹き抜けの上まで舞い戻った。
「ロモズの壁が真っ直ぐ突っ込んでくるなんて、随分おっかない事するんじゃない?」
「おっかないと思うなら降参してください」
「それは御免!」
ミーナは欄干を蹴り、コルネ目掛けて思い切り飛び蹴りを浴びせた。自由落下の重みを乗せた一撃だったが、盾を掲げたコルネはびくともしない。剣を抜いた彼女は、流水のように滑らかに切っ先を宙に滑らせ、ミーナを露花の檻へと閉じ込める。
「捕まえましたよカラスさん。悪戯しなくなるまで花鳥園で飼ってあげましょうか?」
「カラスはどこまで行ってもカラスよ。白くなんてならないの!」
ミーナは深く身を沈めると、コルネの背後へ回り込んで肩へと組み付いた。彼女はそのままコルネの身体に手足を絡めて締め上げるような素振りを見せつつ、そっと彼女へ耳打ちする。
「ポンポン格好つけた台詞出てくるじゃん、コルネ」
「当たり前です。こう見えて演技も変装も得意ですから。……だから、そういう変なことをするのはやめましょうね?」
コルネはコルセットとシャツの隙間に手を突っ込んでくすぐろうとするミーナの手を引き剥がし、彼女をそのまま床へと投げ出した。
「隙あらば何とやら……」
「貴方を出し抜くためなら何でもやるもんね」
フリーダ=ブロムヴィストは長剣を肩に担ぐと、槍を持って突っ込んでくる護衛と対峙していた。彼女は半身になったり穂先を弾いたり、最小限の動きで敵の攻撃をやり過ごす。そんな彼女を、そばのリザードマン女は茫然と見つめていた。
「突っ立っていたら危ないですよ。机の下にでも隠れていてください」
フリーダは白金の仮面を月に閃かせながら女へ言う。女は頷くと、尻尾を丸めてすごすごと机の下に収まる。しかしフリーダは次の瞬間、その机目掛けて護衛を投げ飛ばした。机の上のグラスや皿が割れ、甲高い音を立てる。女のくぐもった悲鳴が洩れる。フリーダは肩を竦めた。
「前言撤回。机の下も危ないかもしれません」
ぶるぶる震えるリザードマン女。ツィーラ・イェレミースは諸手に取った剣を振り上げると、フリーダ目掛けて突っ込んだ。
「まてー! 女の子を泣かせる悪いヤツはゆるさないぞ!」
切りかかる前にもっともらしいことを言ってみる。リザードマンがちょっと怪我しようが一向に構わなかったが、それを呑み込む程度の演技は出来た。
「ていていてい!」
可愛らしい容姿に似合わぬ、暴れる獣のように荒々しい剣撃。フリーダは変わらずそよ風に木の葉が揺れるように小さな動きでその一撃をやり過ごし、彼女は剣を納めてツィーラと向かい合う。
「そこのエルフ。良い度胸ですね。この……」
フリーダは左手を胸元に乗せ、右手を月へめがけて鋭く突き上げる。月明りを浴び、白金の仮面と鎧を煌かせるその姿はまるで白鳥のように見える。
「天下の怪盗、白金仮面に挑むとは」
大仰にポーズを決めるフリーダを見て、ツィーラもそれに応える。リディの剣を逆手に持って構え、空いた手は獣のように爪を立てる。
「あたしは『力壁の吸血鬼ハンター』、ツィーラ・イェレミース! 『魔弾の射手』だけが強敵と思わないでよね!」
ツィーラは剣を持ち直すと、早速フリーダへと突っ込んだ。懐に飛び込んだ彼女は、さらにもう一歩強引に踏み込み、剣を下から上へと振り上げる。
「くらえー、かいとうー」
フリーダは咄嗟に飛び退いて躱す。それを見たツィーラは、剣を構えて喜色満面となった。
「なーんちゃって、今だよ!」
その時、怪盗側の面子はフリーダ、ミーナ、キリアンと一直線に並んでいた。ルアンナの攻撃を掻い潜ったエルは、素早く杖を構える。
「私が『魔弾の射手』と呼ばれる所以、教えてあげる」
エルが杖を握りしめると、翡翠の魔弾が鋭く放たれる。鷹の声のように甲高い音が鳴り、弾丸が襲いかかる。フリーダは咄嗟に這いつくばって躱し、ミーナも身を翻す。キリアンも身を捻ったが、避けきれず脇腹に掠った。
「うっ」
顔をしかめるキリアン。振り返ったフリーダは、顔色一つ変えずに腰のポーチを探る。
「ふむ。やはりそちらの方が一歩上手のようですね」
フリーダは閃光塗弾を取り出すと、得意げなツィーラを見据える。
「早速攻略と行きましょう」
床に叩きつけられる閃光塗弾。眩い光が炸裂し、ツィーラの視界を奪い去る。
「うわっ」
フリーダはその隙にツィーラの脇を抜けて突進し、エルへと間合いを詰める。
「突破します」
彼女はエルへと切りかかる。エルは左手の籠手を突き出して刃を受け止めた。フリーダは両手に力を込め、そのまま彼女を押し込もうとする。だが、エルはその鎧に杖の先端を押し付けた。
「そう簡単にはいかないわよ」
銀色の光が炸裂し、フリーダは大きく突き飛ばされた。
一方、キリアンは脇腹の焼けるような痛みに顔をしかめていた。アウレーリアはそんなキリアンに目配せする。
(大丈夫かしら?)
(大きな問題はありません)
キリアンもまた視線だけで応えると、弓を引いてアウレーリアに狙いを定める。鏃が激しい火花に包まれていった。アウレーリアは杖を軽く振ると、その身を激しい陽炎で包み込む。彼女の影がぐらりと揺れた。
「道を開けてもらいます!」
キリアンの手から矢が放たれた瞬間、鏃が光の破片となって炸裂し、アウレーリアへと襲い掛かった。だが、彼女の揺れる影を捉える事は出来ず、するりと擦り抜けていった。キリアンの攻撃をやり過ごしたアウレーリアは、杖を振るって小さな火の玉を大量に浮かべ、辺り一面に叩きつける。人間や値打ち物は避けておいたが、ただの調度品やらご馳走やらには容赦しない。適当に吹き飛ばした。そばに立っていたアクドイは咄嗟に身を庇い、彼女の背中を睨みつける。
「気を付けたまえ」
「あら。ごめんあそばせ」
アウレーリアは恭しくアクドイへ頭を下げるが、そのまま笑みを浮かべてテーブルのステーキにナイフを突き刺す。彼女が撒き散らした火の球ですっかり黒焦げとなっていた。
「でも、生焼きの肉なんて趣味が悪いわ。肉はこれくらい焼かなきゃ」
嫌味ったらしさを前面に押し出して言い放つ。涼しい顔をしていたアクドイの眉が僅かに歪む。アウレーリアはにっこり笑うと、再びキリアンと向き直った。
「ご心配なく。ちゃんとヴァネッサの涙は守り抜きますから」
杖を構えると、再び大量の火の球を放ちつつ、こっそりと付け足した。
「ヴァネッサの涙だけは、ね」
●真なる狙いを果たすため
八人が激しい戦いを繰り広げていた頃、サイラスとベアトリーチェ・カロッサは本命の倉庫へ狙いを定めていた。荷降ろしを装った荷車を置いて、サイラスは敵の様子をじっと窺う。
「……一人でやるつもりだったんだがな」
「いいじゃん。役に立つよ?」
溜め息を吐くサイラスに、ベアトはこっそり耳打ちする。その顔は自信に満ちている。
「わかった。じゃあかくかくしかじかでやれ」
サイラスは手短に説明を終えると、足音を潜めてさっさと動き出す。ベアトはその背中を見送ると、腰の暗器を抜き放つ。
「了解。じゃあさっさと始めるよ」
一人呟くと、彼女は全身に身隠しのエーテルを張り巡らせる。そのまま彼女は倉庫を守る塀をさっさと飛び越え、じっと様子を窺う。大きな倉庫を守っている割に、敵の数はかなり少ない。倉庫の四つ角に立って視界を補い合っているが、その分互いの距離が遠い。
「さあて、さくっとやっちゃおうかな」
ベアトは猫のように軽やかに、倉庫の敷地へ飛び降りる。エーテルで隠された彼女の姿を、見張りは全く捉えることが出来ない。ベアトはさっさ見張りの傍へ駆け寄る。
倉庫の入口の方で、甕の割れる派手な音がした。サイラスが事前に仕掛けておいたのである。見張りの眼がふらりと泳いだ。その隙に、ベアトは見張りの背後から暗器を振り上げる。
――殺すのは無しで。さすがに殺しが出来るほどの大義名分はこっちにありませんから。
(わかりましたよっと)
ベアトはミーナの言葉を思い出すと、素早く暗器を持ち替え、柄尻で見張りの延髄を思い切り殴りつける。気を失った男は力無く崩れ落ち、そのまま彼女に物陰まで引きずり込まれる。悲鳴すら上げさせない鮮やかな手捌き。彼女の手口には誰も気づかなかった。
一方、甕が割れた音に引き付けられた倉庫の門番達は、人影が見当たらずに首を傾げていた。サイラスはその姿を物陰からじっと窺い、彼らが持ち場に戻ろうと背を向けた瞬間一気に間合いを詰めた。
「何だ」
僅かな足音に見張りが振り返った瞬間、サイラスは交差法で男の額に一撃を浴びせる。脳を思い切り揺らされた男は、あっという間にその場でひっくり返った。サイラスは男達をさっさと物陰に引っ張り込むと、男の身なりを引っ剥がして手足を縛り上げる。簡単には解けないよう、舫い結びにしてやった。
「こんなもんか」
サイラスは立ち上がると、倉庫の敷地へと足を踏み入れる。見れば、ベアトが最後の見張りを殴り倒したところだった。駆け寄ってきた彼女にサイラスは尋ねる。
「首尾よく行ったか?」
「大丈夫。見つかってないよ」
二人はさっさと倉庫の中へと足を踏み入れる。サイラスは光を絞ったランタンを掲げ、積まれた商品を調べていく。
「……さすがに盗品の類を目につくような場所には置かないな」
「ねえ、こっち来て」
さっさと倉庫の奥へ行っていたベアトがサイラスを手招きする。来てみれば、地下へと続く跳ね戸が衣類を詰めた箱に隠されていた。
「あるとしたらこっちだよな」
「行こう」
ベアトは暗器を取り出すと、跳ね戸の鍵を壊してしまった。サイラスは溜め息を吐いた。
「お前シーフだろ? 何か鍵開けの知恵は無いのかよ」
「これも立派な鍵開けよ」
むっとしたベアトはぐいと顔を近づけ、じっとサイラスの顔を覗き込む。サイラスは肩を竦めると、地下の入り口に手を掛ける。
「わかったわかった。さっさと仕事を終わらせるぞ」
地下に下りてみると、ドライバッハ家の家紋が刻印された木箱はすぐに見つかった。開いてみると、中には金や銀の装飾品がいくつも出てきた。
「なるほどな。あのカラス娘が目を付けるわけだ」
「財産にするならもっと軽いものにしてくれれば良かったのに……絹とか」
ベアトはぽつりと呟く。バックパックに財宝を詰め込んでみたものの、背負うと大変に重たい。授恵者の膂力を以てしても、肩に締め付けるような重みがのしかかる。
「むしろ金銀にしてくれて良かったんじゃないか? 同じ価値を持つものでも、金銀は一番小さく物がまとまるからな」
財宝の詰まった箱を脇に抱えて持ち上げると、サイラスはさっさと倉庫の外を目指した。
「さっき停めておいた馬車に詰め込む。荷揚げしてる人間を装え。しばらくはそれで何をしてるか隠し通せるだろ」
「わかった。急ごう。見張りが目を覚まして騒がれたら困るし」
●宴もたけなわ
サイラスとベアトがこそこそせっせとドライバッハ家の財産を取り戻している間にも、陽動組は相変わらず熱戦を繰り広げていた。
「そろそろ降参したらどう? すっかり息が上がってるわよ」
アウレーリアは杖を振るい、火の球を流星群のようにミーナ達へと降り注がせていく。もちろん当てないように気を払ってはいるが、床を砕いて巻き起こる砂埃は殺意に溢れている。ミーナは仮面のずれを直しながら溜め息を吐く。
「全く、お怒りのようで」
「さてさて、どうしようかな……」
ルアンナは杖を構え直し、じっと護衛組を見渡す。コルネがじりと足を滑らせ、守りを固めて睨み合う。沈黙が続く。
(ルアンナ! 財宝は無事に取り返したよ!)
その時、ベアトの放った心の声がルアンナの脳裏に響いた。振り返ると、入り口の方からベアトがこっそりと屋敷の中を覗き込んでいた。ルアンナは小さく頷くと、杖を振って魔弾を放つ。エルが杖を振るって受け止めると、ルアンナは窓の外を見上げ、わざとらしく声を張り上げる。
「あーあ、すっかり泥沼ね。これ以上の戦いは賢くないんじゃない?」
ちらりとルアンナがキリアンを見遣る。アウレーリアとひたすら戦いを繰り広げた彼は、本気半分演技半分で息を切らし、小さく頷く。
「ええ。これ以上の戦いはいたずらに疲弊するばかりです」
「急がば回れという言葉もあります。作戦を一つ見直しましょう」
フリーダはポーチから閃光塗弾を取り出すと、素早くピンを引き抜く。ルアンナも一つ握りしめ、アクドイに向かってにっこり笑った。
「というわけで、思いのほか手間取ったから今回は諦めてあげる!」
二人が一斉に閃光塗弾を投げつけた瞬間、屋敷の中が眩い光で満たされる。怪盗組の四人は、その光に紛れて一斉に広間を飛び出した。盾を構えて閃光を防いだコルネは、そのままその身にエーテルの光を纏わせる。
「待ちなさい! 逃がしませんよ!」
コルネは一声叫ぶと、広間に散らばる調度品の残骸を吹っ飛ばしながら一目散に怪盗たちの後を追いかけていく。それを目で追いかけたツィーラは、剣を振り上げ高らかに叫ぶ。
「これにて一件落着! 悪の魔の手から見事お宝を守り抜いたのであった! でへへー」
「でへへ、ではない。お前もさっさとあの不届き者の後を追え」
アクドイはずんずんとツィーラの目の前にやってきて、屋敷の外を指差した。ツィーラは口を尖らすと、さっさと剣を背負う。
「はーい!」
「行きましょう。まだ遠くまで行ってないわ」
エルとツィーラは頷き合うと、揚々と屋敷の外へと駆け出して行った。一人残ったアウレーリアは、瓦礫だらけの惨状を見渡しうっすら笑う。
「あらまあ、すっかり犬小屋らしくなったわね」
そう呟く彼女をアクドイはずっと睨んでいた。振り返った彼女は首を傾げる。
「何か?」
「何もない。さっさと行け」
「仰せのままに」
アウレーリアはローブの裾を摘まんでわざとらしくお辞儀をすると、軽やかな足取りで仲間の後を追いかけ屋敷を飛び出す。残されたアクドイは辺りを見渡す。調度品もご馳走もすっかり滅茶苦茶で、客も美女もすっかり縮こまっている。アクドイは溜め息を吐いた。
「……やってくれる」
●お嬢様の次なる狙い
シルバードの外れまで逃げてきた冒険者達。サイラスとベアトは馬車に積んだ財宝をオットーの目の前に下ろしていく。
「……ありがとうございます。これだけ取り戻していただければ、いつか領地を再建するときに役立ちます」
「随分貯め込んでるもんだな」
サイラスが家紋の入った金のメダルを一本手に取ると、オットーは頷いた。
「リブラネスタは商人の街。仕事として商人に関わることも多く、結果として商人から良い商機の話を伺うことも多かったんです」
「その財産がお前達の再起の助けになるかと思いきや、馬賊に狙われるオチになったと」
「昔から商人が使っていた、比較的安全な街道を使っていたのですが……」
オットーは顔をしかめる。ベアトはしゃがみこんだまま、そんな彼の横顔を見上げる。
「メチヤ・アクドイってリブラネスタの商人なんでしょ。それならキミ達がその街道を使うってこともわかってたんじゃない?」
ベアトは短剣を一つ手に取って眺める。銀で出来た儀礼用の短剣だ。彼女はその切っ先をオットーに向け、小さく肩を竦める。
「つまりは最初っからずっと狙われてたってわけ」
「くっ……」
オットーが拳を握りしめると、その肩をアウレーリアがぽんと叩く。
「大丈夫よ。今日はただの顔見世挨拶。次はちゃんとお姉さんも助けてあげるわ。同じ帝国貴族として、こんな軽挙を見過ごすわけにいかないもの。ね」
彼女は振り返ってキリアンに目配せする。キリアンは弓の弦を張り直しながら頷いた。
「ええ。帝国の民が生きている限り、帝国はまだ滅んではいないのだということを、メチヤ・アクドイとやらに理解していただきましょう」
アウレーリアは口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「どうしてやろうかしら」
「楽しかったです、怪盗ごっこ! あなたとも手合わせ出来ましたし!」
ルアンナはエルの目の前で目をキラキラさせていた。エルも静かに目を細める。
「こっちこそ。他の冒険者達がどのくらい強くなってるのかよくわかったわ。積み上げてきたものにいつまでも胡坐をかいてるわけにはいかないわね」
「えへへー。見ててよ、あたしもすぐきみや他のみんなに追いつくから」
ツィーラはフリーダやコルネの動きを真似するように剣を振り回していた。くるりとコルネへ振り返ると、真っ直ぐに彼女を指差す。
「コルネが壁のエルフなら、あたしは全て叩き潰す鎚のエルフになろうかな、なあんて」
「今も突破力は私よりも上ですから。すぐになれますよ」
ツィーラは友人の妹。コルネは親しく微笑むと、そのまま隣のミーナを見遣る。
「それにしても、ミーナさんもお好きですねえ。物怖じしないというか……」
「悪い奴に痛い目を見せて、誰かに恩を売れるなら最高でしょ?」
ミーナはいつも通り不敵に笑う。いつもの露悪仕草にコルネは苦笑したが、既に彼女にとっても今回の件は他人事ではなかった。
「乗りかかった船……とは言いますけれど、私もミーナさんの立場でも、オットーさんの話を聞けば、きっと何か出来る事をしようと思ったはずですから。次も協力しますよ」
「ありがとう。コルネが来てくれたらとても助かる」
コルネはミーナに差し伸べられた手を取った。何かと意地悪を嘯く彼女だが、女の子らしくない分厚い手の平には、ちゃんと温かみがある。コルネは頷いた。
「助けますよ。もちろんじゃないですか」
「それで、次は一体どんな作戦で挑むんです。二度も同じ手は使えないでしょうし、奴隷市場は今回と比べ物にならないくらい護衛もつくはずですよ」
フリーダが淡々とした口調で尋ねる。頭の奥で響く声が、『チャ=トの確認をしろ』とうるさいのだ。ミーナはにやりと笑うと、懐から取り出した扇子を開き、自らを悠然と扇ぎ始める。
「でかい祭りをかましてやりますよ」
つづく
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:少ない8 / 6〜8人
2022年08月01日 15時56分09秒 公開
相談掲示板
エレアノールさんとガチれると聞きまして!( キャスターのルアンナです。 ミーナさんと一緒に怪盗役として暴れたいと思ってます。 奪還組の仕事が終わったらササッと退散出来るように、連絡用のテレパスを持っていった方が良いでしょうか?
No.2
サイラスだ、よろしくなー 護衛役はあんま要らん感じやねこれ シーフ系統おらんし汎用である程度代用する感じで奪還組に行こうかね
ウォーリアのツィーラ・イェレミースだよ! でへへー、よろしくねー。 まずは自分がやりたい役を言った方がいい? 静かに行動するっていうのは性に合ってないし、あたしは護衛役かなぁ。 護衛役が多いようだったら怪盗役に回っても問題ないよ。 ちょっと楽しくなってきちゃった。 【演技】も用意しておくかも。
ウォーリアのフリーダです。よろしくお願いします。 それでは私は怪盗役に回る事にしましょう。 バレない様に程々に頑張ってみるつもりですが、 ある程度全力で戦う姿を見せないと疑われそうな気がしますね。 上手く演技等で誤魔化しておきたい所です。
キャスター、アウレーリアです。宜しく。 私もあまり隠密は得意でないし、お芝居に回りましょうか。 護衛役でバンバン派手に吹っ飛ばして人目を惹き付けましょう。 ……いえ勿論、周囲に被害は出さないようにしますけど。
ウォーリアのコルネリウスです。よろしくお願いします。 取り急ぎとなりますが。 私も隠密は不得手ですし、護衛役を希望しますね。
どうも、シューターのキリアン・フィッツジェラルドと申します。 遅くなってすみません。 隠蔽はさておき暗視と看破は揃ってますのと、怪盗組が大立ち回りをするというなら僕も怪盗役として狙い撃つ!……お芝居を致しましょう。
No.9
一応言っとくけどテレパス持ち込めないのでなんか合図考えておくわ
お助けで参上!! シーフのベアトリーチェだよ! ハイディングで気配を消しつつ、こっそりこそこそお宝を取り戻そう!