【闇症】エルタニン大掃除に隠す思惑
菊華 伴
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シナリオID:2126
オープニング
●暗闇の中で
「――さま……」
「――さま……」
暗い中、何人ものエルフたちが前方に座る女性にひれ伏す。岩に腰掛けた彼女は、小さく笑ってその場にいる者達を見渡した。
「授恵者が、嗅ぎまわっているみたいね」
――ちゃちな正義感でまた余計な事をするのよ。昔の愚かな私みたいに。
女性は首を振るとため息交じりに赤い石が乗った杖を握り締めた。
「この玉みたいに赤い目の授恵者は逃がさないでね。皆で頼りに頼って使い潰しなさい。歯向かえないように、村の誰かと結ばせてもいいわ。ま、非授恵者がくっついている奴が一番いいんだけど。子連れとか」
そう言って彼女が小さく笑えば、黒髪のエルフが静かに頷いた。
「あぁ、あのリザードマンの老夫婦のようにですな。まさか養い子のユアンが授恵者になるとは思いませんでしたが……」
忌々し気に言う彼の言葉に頷きながら、女性は足を組み替える。そして『エルタニン冒険者ギルド』宛の手紙を弄びながらため息交じりに呟いた。
「コトヌシにユアンを口説かせてみなさいよ。あの子、顔はいいんだもの。ちょっと反抗的だけど直接頭に働きかければ行ける筈。早くあの顔を歪ませたいわね」
彼女はそう言いながら、赤い石を見つめ続けた。
●警戒の目と、浮かび上がった疑問
魔獣退治の依頼の後、一旦報告の為冒険者達を帰したユアンとコトヌシ。
その後、何かあれば……と話していたのだが、妙に警戒されてしまい調査がなかなか進まなくなっていた。
解った事と言えば、顔なじみになった商人から『ユアンがエレガミオの冒険者ギルド宛へ出した手紙が、里の者によって回収されていた』ことぐらいだろうか。
(そう言えば、あの石灯籠についてなにも知らなかった……)
コトヌシ・エルタニンは夜遅く、実家の書庫を漁っていた。しかし、そこには石灯籠に関わる資料などを見つける事が出来なかった。深くため息を吐いた彼は、しばし考え……里人に開かれた資料室の事を思い出した。
(あっちの方にも、石灯籠の資料はないかもしれない)
コトヌシは石灯籠について『いつ置かれたか』などを聞いた事が無かった。なにせ自分より長く生きた父ですら「物心ついたときにはあった」程度の記憶だし、『悪い物を呼び寄せないようにする為』としか聞いていないようだ。
(けれど、冒険者一人が『授恵者を使い潰せ』と言っているように感じた……と。調査結果も、微妙にこの石灯籠の関係を疑える内容。関係ないとは言い切れないだろう)
コトヌシは資料をしまうと、寝台の上で深いため息を吐いた。
とその時だ。彼の脳裏にとあることがふわりと浮かび上がる。冒険者の一人が「あの赤い石から『授恵者たちを使い潰せ』と言っているように感じた」と言っている事から気になった事だ。
「そう言えば……、仮にあの石が洗脳しているとして、効果は外でも通用するのだろうか?」
エルタニンに暮らす人々は、普段北にあるムーセルや西にあるハダルより先にはあまり行かない傾向にある。大体生活に必要な物が揃うからだろうとコトヌシは考えていたが、よく考えてみればちょっとおかしい点があった。
決められた範囲より先への用事は、大抵他所からくる商人や冒険者などに頼むことが多かったのだ。それも些細な用事であっても。
(今思えば、本当に狭い世界で暮らしているような気がする)
他の里のエルフはどうなんだろうか? もっと行動範囲が広いのだろうか? 考えだすと止まらなくなった彼は、記憶を呼び起こした。そして、父親たる里長の部屋から『エルタニンを中心にした地図』を拝借し広げると……あることに気付いた。
●コトヌシの提案と、里の大掃除
翌日・早朝。
「……」
ユアン・イェーガーはコトヌシの提案に難しい顔になっていた。
「それは考えませんでしたね。よい着眼点……だと、思います。ただ、年上の方ほど里から出たがらない傾向にあるんですよね」
彼女の言葉にコトヌシは頷く。そして里長の部屋にあった地図を書き写した物を広げ、説明を始めた。
その地図には、『エルタニンを中心に半径30キロ』の所に当たる道の上に赤い印がついていた。コトヌシは念のため、書庫にしまわれた数枚の地図も確認したが、どれにもそんな印は無かったそうだ。
彼曰く、エルタニンを中心に半径30キロより先へ行き来する傾向にあるのは若者達だという。故に関係性の有無が気になったそうだ。
「仮にあの石が洗脳しているのだとしたら、この先へ100歳以上のエルフを連れて言ったらどんな反応をするのか気になるんだ。……言い分としては『ルクバト』の里からの招待に応えるって形になるけど」
この話に、ユアンは頷いた。
『ルクバト』はエルタニンより西へ50キロいったところにあるエルフの里である。そこのモットーが温故知新で、時折別の里から長老クラスのエルフを招き、知恵などを講演してもらっているのだ。
そこでエルタニンの長老陣にも話が回ってきたのだが、今の所誰が行くか決まっていない。知る限り他の里ではとても名誉な事として喜ばれているのに、である。
「で……どなたを、送る心算ですか、元里長代理。長老クラスのエルフたちは、授恵者勧誘に熱心で里から離れたがらない方々ばかりですよ?」
「そこで、心苦しいのですが授恵者殿を利用します。彼らが護衛に着くし道中で勧誘したらどうだろう、と」
「誘うのが上手い方の協力が必要そうですね」
ユアンはうんうんと頷きながら相槌を打つ。
二人はこの作戦で行こう、と頷き、更に同時並行でなにか調査できないかと話し合う。
「そういえば、里の大掃除ももうすぐですね。それに合わせ調査したい場所があります」
「それって里長の家の後ろにある『倉庫』の事か?」
ユアンの言葉に、コトヌシは僅かに目を見開く。里の祭に使う道具などが仕舞われており、里の重要な役目の者だけしか入れない事になっている。
だが、一部の者の証言によると「時折役目についていない長老陣がその中に入っている」という事を聞いたのだ。
「あの『倉庫』に入る事が出来るのは『祭事役』だけ。その長であるメルクルスは長老クラスの最年少で比較的私達の話を聞いてくれる人です」
ユアンは真面目な顔でそう言いコトヌシは「そうか」と小さく呟き、静かに頷いた。
その1時間後。2人の姿はメルクルスの家にあった。メルクルスは長老クラス最年少の119歳で、非常に温和な性格だった。
「……なるほど……」
世間話をしながらもメルクルスはそっと渡されたものを読むと何度も頷く。そして眠たそうな眼をこすりながら微笑んだ。
「うーん、協力しても良いですが『祭事役』の一人であるアルダナブの目が怖いですし……。護衛に冒険者さんたちを呼んでくださるなら、他の長老クラスにも話付けて実験手伝ってもいいですよ」
その言葉に、2人は顔を見合わせた。
数日後。
コトヌシと商人を経由し冒険者ギルドに依頼が齎される。
『ルクバト』までの護衛と、特別な『倉庫』の清掃の手伝い、募集。
ただし、エルタニン里の者に怪しまれぬように。
解説
お待たせしました。
今回は洗脳(?)の影響と、特別な『倉庫』の調査を同時並行で行います。参加者の皆さんは参加したい項目を1つだけ選択し、プレイング冒頭に書いてください。複数選択すると極端に描写が減る可能性があります。
1)『ルクバト』まで長老たちを護衛する
ルクバトまでの道のりには魔獣がでることもあります。場合によっては別の敵が出る事もあります。またメルクルスは協力的ですがのこり2人は里から出る事を渋っています。頑張って宥めましょう(冒険者に対しては友好的なので立場をうまく利用しましょう)。
うまくいけば、道中で変化があるかもしれません。
2)特別な倉庫の掃除をしつつ調査する。
里長の家の後ろにある倉庫には祭につかう道具が仕舞われており、普段は実行委員的な『祭事役』のみが立ち入れます。しかし今回はアルダナブの監視を条件に冒険者が掃除する事を許されました(メルクルスが説得しましたが押し切られました)。アルダナブの目を誤魔化し、調査をしましょう。
PL情報
大きさは学校にある教室の半分程度。棚には祭りに使う衣装や楽器などがあります。しかし、よく見ると……?
3)里の大掃除に参加する
こちらは1,2に参加する冒険者が怪しまれぬようにとコトヌシが提案したものです。授恵者を取り入れたいエルタニンのエルフたちは喜んで参加を受け入れるでしょう(そして勧誘するかもしれません)。また別の事をしたい方もこの選択肢を選んでください。
コトヌシは2に、ユアンは3に登場します。
PL情報:アルダナブが冒険者を怪しんだ場合、コトヌシが体を張ってフォローします。
コトヌシとユアン以外の登場NPC
メルクルス
『祭事役』の長であり、温厚な男性。若草色の目と髪が特徴でユアンたちに比較的協力的。
アルダナブ
『祭事役』の一人で、綺麗な女性。外では日傘をよく使う。授恵者達を歓迎している。
それではよろしくお願いします。
マスターより
おまたせしました。【闇症】第二弾はイベシナです。
一人でも多い参加者が欲しいのでこのような形になりました。よろしくお願いします。
場合によっては、重大なことが解るかもしれませんしヒントに留まるかもしれません。
前回から引き続きの方も、初めての方も、心よりお待ちしております。
ユアン「どうか、よろしくお願いします」
※質問についてはプレイング締め切り日の2日前までお答えします。1PCにつき1つまでです。内容によってはお答えできない場合もありますのでご了承ください。
リプレイ
●サイラス、危機一髪
(くそっ、こいつはマジやべぇだろ……)
サイラスは背中に冷たい汗が流れるのを覚えながら眼前の女性から眼を離せなかった。それだけの力を感じたのだ。
彼女はサイラスが表情を険しくしているのを楽しんでいるようだった。
里の有力者であった彼女は赤い石がついた杖を手に持ち、サイラスに笑いかける。
(どうしてこんなことに……)
サイラスは、現在の状況を生み出した時の事や仲間の冒険者から聞いた報告などを頭に巡らせながらも、苦々し気に目の前の女性を睨みつけた。
そして、4人の冒険者達がそれを見てしまっていた。
●エルタニン大掃除の裏で。
――大森林内・エルタニン:ユアンが借りている家にて
朝早く、冒険者達はその日行う作戦の最終打ち合わせを行っていた。ユアン・イェーガーはコトヌシ・エルタニンと共に集まった9人へと頭を下げる。
「同時並行で行いますけど、準備はいいですか?」
ユアンの問いかけに全員が頷く。皆、覚悟が出来ているようだ。
「まず、長老3人を『ルクバト』へ送るのが貴方がたですね」
コトヌシの言葉にミィア、エルシー・サリバン、エルが頷いた。そして、次にコトヌシが見たのはサイラスとアルマ・ヴァレンタインの2人だ。
「おれたちは大掃除の方に行く」
「ぼくもそうするね。前回、なんか目立っちゃったみたいだし」
前回の調査に参加したアルマは、当時に事を思い出して苦笑する。しかし、冒険者が里の大掃除に参加する事で『祭事役』だけが入る事が出来る倉庫の掃除手伝いをする者達が怪しまれにくくなるかもしれない。
その倉庫担当となった一人キオルティスはふふっ、と楽し気に微笑む。
「出て来るのはお宝か、それとも……? なかなかにして楽しみだね」
「確か特別な倉庫に役目でない人の出入り……。怪しいですね。隠し部屋とかあるかもしれません」
「アルダナブという人が監視というから、気を付けて行おう」
トーラがコトヌシから聞いた事を整理しながら呟けば、ベルク・オスマットが頷きながら口を開く。
それらを聞きながらダムド・フィリスは明日の食い扶持を稼ぐ為効率よく働こうと道具を準備していた。
「なぁ、ボーナスがあるなら張り切るぞ」
コトヌシにそう言えば、彼は「そうですね、結果が出れば」と笑顔で頷く。ダムドはぱちん、と指を鳴らし「よっしゃっ」と小さく笑った。
「倉庫組はもう少し時間もあるから各自の行動を把握しておきたい。集まってもらえないか?」
コトヌシに呼ばれ、トーラたちは彼のもとに。一方護衛を担当するミィアたちはそろそろ出発の時間だ。
「どうか、皆さんも気をつけて」
ミィアの言葉に、里に残る者達は頷いた。
護衛組3人が外に出、ユアンが残った面々に語り掛ける。
「清掃開始までまだ時間があります。お茶でもどうですか?」
●朝靄を越えて
「おはようございます、冒険者様。今日はよろしくお願いしますね」
と、温厚そうな男性、メルクルスが若草色の髪を揺らして頭を下げた。ミィア達も挨拶を帰すと、メルクルスは後ろを振り返り手招きした。すると、小柄な男性とややふくよか目な女性が現れて頭を下げる。彼曰く今回『ルクバト』へ行く事になった長老である。
「ミィアです。わたしは冒険者になったばかりですけど、すこし回復ができますからお出かけのお供をしますね」
とミィアが頭を下げ自己紹介。それに倣いエルシーとエルも名乗れば長老たちは感心だねぇなど言いながら笑顔で3人に頷き返した。
「でも、いいのかしら? 『ルクバト』ってちょっと遠いし……」
女性がそんなことを言うが、エルが狼を、エルシーが相棒たるリスを見せながら説明する。
「この子に、先行偵察、させます。私も、よく耳を澄ませます、ので」
「この子も私もしっかりきっちり安全確認をするから安心してね!」
と簡単に説明する。そして更にエルシーが
「そうそう、それに里の話……住み易さとか? 移動しつつ聞かせて欲しいなぁ」
と赤い瞳をキラキラさせ畳みかければ女性も「それならば……」と安堵した様子で頷いた。小柄な男性もエルシーの言葉に「よし、おれが良い所を一杯教えてやるよ」と胸を叩く。
ミィアとエルはその時二人の目がエルシーの赤い瞳に釘付けになっている事に気付いた。
(何故、赤い瞳に?)
不思議に思ったが時間が惜しい。冒険者達は長老三人を馬車に乗せた。
出発前にエルはルートの様子を確認する。夜半の雨で濡れた道という事を抜かせばおおむね大丈夫そうだ、とわかると胸を撫でおろす。
その間にミィアとエルシーが長老たちと会話し距離を縮めておく。既にあの2人の長老は冒険者に対しより好意的になったように思える。
エルは狼の頭を撫で「力を貸して、ね」とお願いした。
馬車が動き出すと、2人の長老は冒険者達にエルタニンの良さを語りはじめた。一方メルクルスはニコニコと話に相槌をいれたり、補足したりするだけである。
冒険者となって間もないミィアは他のエルとエルシーとの力量差が大きいことを自覚し、無理はしないように心がける事にしていた。そして、出来る範囲で丁寧なサポートを『柵のない新米授恵者』として心がけていた。
「へぇ……新米さんか」
「不安、ですか?」
ミィアが問いかければ、男は首を振った。
「不安じゃないさ。授恵者さまってだけでありがたいし。それに里を拠点にして鍛えることもできるからさ。そうじゃなくても、家族を見つけて暮らすのもありだよ」
穏やかに語る男の顔は優しい。だが、その目が僅かにぼんやりしているさまをみたミィアは、少しだけ背中に冷たい物が流れた気がした。
(なぜでしょう、素直に喜べません)
そう思っている傍ら、エルと女性が話している声が聞こえる。エルフの里に来たのが初めてだったエルは、興味深そうにエルタニンの話を聞いていた。
「エルタニンでは、どのような風習が、あるのですか?」
「そうねぇ……」
女性はエルタニンでの風習を話し、エルは真面目に聞く。そうしながらも長老たち3人の様子を伺う。
(今の所、まだ何もなさそうですね)
もしかしたら思い過ごしだろうか? と考えるエル。ミィアとエルシーと顔を見合わせると、このまま観察しよう、と頷き合った。
(魔獣や他の何かに怯えているだけなら倒し守れば良いとして。あの赤い石が洗脳の元なら離れたら弱まらないかな)
エルシーは、注意深く様子を様子を見ておこうと考える。
時折野生動物が道に出る事はあったが、戦闘の必要もなく馬車は平和に進んでいく。途中で外に出、休憩する際も長老たちの様子を見ていたエルシーは、少し彼らの様子が変わったような気がした。
「? どうしたの?」
小柄な男性が頭を押さえているように見えた彼女が問いかけると、彼は「少し酔っただけだ」と苦笑する。だが、よく見れば女性も、メルクルスの顔色も少々悪い。
ミィアとエルも彼らの異変に気付き、とりあえず水を飲ませてみる。
「もう少し休みましょう」
ミィアが提案し、全員が頷いている。その間にエルが地図を見ると、すでにエルタニンから20キロは離れている事に気付いた。
(あと10キロ離れたら何が起こるのでしょう?)
エルは相棒たる狼に周囲の警戒を頼み、出発の準備に取り掛かった。
●里の表面を清めながら
馬車が出発して、一時間半ほど経ったエルタニン。里長の家の周りには沢山の人々が集まっている。その中にトーラ達はいた。
人々の視線の先、コトヌシにどこか似たエルフの男がいる。人々の話を聞くに、彼が現在エルタニンの長を務めているらしい。その傍らには日傘をさした白い髪の女性が立っていた。
(彼女がアルダナブ。里長や長老の補佐をしています)
コトヌシが小さい声で説明してくれた。一同はそれを聞きながら、エルシーと同じ赤い瞳をもった女性を見つめる。
(どことなく嫌な雰囲気があるな……)
理由は分からなかったが、サイラスにはそう思えた。
しばらくして、掃除箇所の分担発表が終わる。
「では、貴方がたにはこちらを担当してもらいますね」
コトヌシが話していたのだろう。アルダナブはトーラたちを倉庫へと案内する。だが、その人数は3人。1人足りない。
不思議に思ったサイラスとアルマだったがとりあえず自分たちの掃除を始める事にした。
「じゃあ、おれはこっちを」
「ボクはこっちやるね」
サイラスとアルマは二手に別れ清掃を始めた。二人は、里の人々と共にゴミを拾ったり、草むしりをしたりと真面目に励む。
アルマは過去に事情を話している為か、勧誘されようとすると別の者が「その子は~」と話をつけてくれるのでスムーズに掃除に励めた。それでもしつこい場合は〈話術〉でどうにか返していた。
一方のサイラスは……。
「お兄さん、いい腕してるじゃない。ぜひ残って欲しいわ」
「そうねぇ、いてくれたら嬉しいわね~」
と、女性たちから色々と勧誘されていた。だが、サイラスは会釈し、それ以降スルーする。ちょっと機嫌が悪くなったように見えたのか、エルフたちはそれ以降勧誘を控えるようになった。
(思ったよりしつこくなかったな)
サイラスは不思議に思いつつ人目につかないところに来ると〈ジャマー〉を発動する。もし見つかったとしても「テレパスかなにかで勧誘されて迷惑だった」と説明するつもりだ。前もって口裏合わせができるようアルマとも打合せしている。
そうして、清掃していると話に聞いていた石灯籠があった。
(へぇ、これが例の……)
里の端っこにあったそれは、少し汚れていた。周りに人がいないのを確認した彼は、そっと開けてみる。周りから見ても清掃しているようにしか見えない。
(……ん?)
そこで、彼はきょとんとなった。というのも、中にあったものが赤い石のみだったからだ。他に怪しい仕掛けとかはない。
「まぁ、コイツが仕掛けそのものって可能性もあるしなー」
サイラスは自然な動きでソレをマジカルポケットへと入れた。そして、清掃するとそのまま閉めた。確かに、石に触れた瞬間嫌な何かを感じた。だが、彼は気にせずその場を後にした。
(そんなに強い勧誘はなかったなぁ)
アルマは安堵しながら辺りを見渡した。というのも、ちょっと気がかりなことがあったのだ。
(そういえば新手のす……じゃなかった、種族?のホムンクルスさんを見かけるようになったけど……。不老っぽい特徴とか『授恵者を使い潰せ』の目的にマッチしてるからそれとなく注意しておいたほうがいいかな)
該当する者は今回いなかった。ちょっと安心しつつ里の者の話にも耳を傾ける。
今の所アルマが危惧したような事に気付いた者はいないようで、それにも安堵し、『職人の家事用品』を使って掃除を続ける。
「キミ、さすがに腕がいいな」
「ありがとう!」
里の民に掃除の腕を褒められ、アルマは笑顔で礼を述べた。
しばらく掃除をしていた2人は、途中で落ちあう。そこにユアンも加わった。
「お二人とも、何かありましたか?」
彼女の問いに最初に答えたのはアルマだ。
「ううん。サイラスさんは?」
アルマがサイラスに何気なく問うと、彼はカバンに手を置き小さくウインク。それが何を意味するか悟った二人は彼を物陰に連れていく。
「……まさか、アレをもってきたとか?」
「そのまさかだったらどうする?」
サイラスが少し悪ぶってそう言えば、アルマは先日聞いてしまったことを思い出し少し表情を曇らせる。
「大丈夫? それ、ちょっと嫌な感じするんだよね」
「確かにな。でも、それだけだ。……後で調べよう」
サイラスの言葉に、アルマは少し嫌な予感がした。ユアンは少し考えるとサイラスに「今は出さないでくださいね」と念押しした。
(あの石がどういった物かは調査していなかったのですが……気になるところですね)
ユアンは少し不安そうにサイラスを見つめた。
●トレジャーハント?
時間を掃除開始頃に戻す。
一方、倉庫の掃除となったダムド達はその入口前でコトヌシとアルダナブから説明を受けていた。
(なるほど?)
物陰で様子を伺っていたキオルティスはため息を吐く。アルダナブと呼ばれた白い髪と赤い瞳のエルフは日傘をさし、艶やかに微笑んでいた。豊満な胸、美しくくびれた腰、人離れした美しさを滲ませる顔……。魅了されてしまいそうな雰囲気が漂っていた。だが、ほんのりとただ物ではない気配もある。
彼はアルダナブがよそ見をした瞬間に倉庫へ〈ハイディング〉して潜入。仲間がくるのを待つ。〈壁歩き〉を使おうとしたが壁にはいくつもの用具がかかっていたり、棚がくっつけられているように見えた。彼は仲間の邪魔にならないよう、彼らが掃除していない場所から調査を始めた。
「本来は私達『祭事衆』に任せるのですが、メルクルス殿たっての依頼です。丁寧にお願いしますね。わからない事があればお教えいたします」
アルダナブは丁寧にそう言い、3人に頭を下げる。
さっそく倉庫の中に入り、窓を開ける。少し埃っぽい空気が少しずつ澄んでいく気がする中、3人は掃除を開始した。
ベルクは掃除をしながら〈紋章知識〉を使い、さり気無く観察する。もし、紋具の類いならば効力があるか調べるためだ。
だが、どの文様も『五穀豊穣を祈る物』であったり、『無病息災を祈る物』などおかしなものは何一つない。
(このあたりは異常なし、か)
ベルクは小さくため息を吐き、横を見るとダムドが熱心にアルダナブからヒヤリングしながら記録していた。
「ほら、『何がどこに有るか判るように』した方が良いよな? 必要品をすぐ見つけ出せるようにリストを作っておきてぇんだ」
という彼の提案に対しアルダナブが「それならば」と乗ったようだ。ダムドは彼女から指定されるがままに丁寧に掃除をし、記録を取る。同時に〈双波〉を使って全体を探っていた。
「文様を記録してんのか? よかったら……」
ダムドがベルクに事情を説明すると、彼女は「より分かりやすくなると思う」と許可を出す。自然と協力しているように見えるのか、アルダナブの様子を伺ったトーラは『一同が彼女から怪しまれていない』ように思えた。
彼女もまた〈双波〉を使い監視者が隠れていないかや、隠し扉などがないかチェックしていた。同時にアチコチ触ろうとしてアルダナブの反応を伺っていた。
「貴女の体格だと手が届きにくいでしょう? そこに台があるから使って。高い所にある物は衣装が殆どだから慎重に降ろしてくれるかしら?」
「手伝いますよ、トーラ殿」
別の場所を掃除していたコトヌシが手伝いに入る。トーラは基本アチコチ触っても怒られない事を不思議に思いながらも指示に従う。
「衣装の虫干しもやりたいから、最後に外に出して。わからない事があれば聞いて頂戴ね」
アルダナブはそう言いながらも楽器の手入れを始めた。だが、目は注意深く冒険者を見ている。
(……なんだか、目が怖いけど……)
トーラはコトヌシと目を合わせて頷き合い、注意しながら衣装をとりあえず降ろすことにした。
(やっぱりちょっと重いですね)
虫よけだろう、強い薬草の匂いにくしゃみしそうになる彼女だったが、その時近くの床になにか違和感を覚えた。
「トーラ殿?」
「どうした? 交代しようか?」
不思議そうな顔のトーラにコトヌシとダムドが声をかける。トーラは二人に苦笑し「なんでもないです」と答えるもちらりと床を見た。それに気づいたのはダムドだけで彼はそれが何を意味するのか……トーラと同じスキルを展開していた為に気付いた。
コトヌシが一緒に作業していて、アルダナブからは二人の顔色が見えない。その上ベルクが井戸の場所を問いかけた為意識を逸らすこともできた。その短時間でトーラとダムドはコトヌシにも床の違和感を仕草で伝えることができた。
「他にも何かあるかもしれません。念入りに掃除しつつ探しましょう」
コトヌシが小声で言い、二人は小さく頷いた。
(そういえば……)
さり気無くその場を離れながら、ダムドはアルダナブを見、注意が向いていない事を確認。その内に「開封禁止」と書かれた箱を見つけたので〈透視〉してみる。すると……なんか古い衣服っぽい物が見えた。何か黒い物がついているように見えるがよく見えない。
(何だ、これ……)
不思議に思った彼だが、嫌な予感がしてアルダナブに声をかける。
「これはどうすればいいっすか?」
「それは大事な祭の道具だからそのままにしておいて。『祭事役』に手入れさせているから」
「場所だけ記録しておくっすね」
アルダナブは「ええ」とだけ返事をすると、彼のもとにやってきてリストの出来具合を問う。彼女が離れるまでは作業に勤しむ方が良いだろう、と考えたダムドは真面目に手を動かした。
その後石灯篭と同じ模様などないか、アルダナブの様子を伺いながら探した彼だが、見つける事は出来なかった。
(とくに変わった所はない。ただ一つここを除いて)
キオルティスは、〈ハイディング〉を解かないまま床の一点……トーラとダムドが違和感を覚えた場所を見つけた。ぱっ、と見た感じでは何の変哲もない床。だが、3人がさり気無く道具をどかしたその床に、彼がそっと耳を当ててみると空気の流れを感じた。
(地下道があるかもしれないね)
その他、『その場にそぐわない物』や『気になる物』も探してみるキオルティスだったが、そう言った物は見当たらないように思えた。まぁ、ちょっと蝋燭が多い気がしたが。
(後で情報を皆と共有しよう)
キオルティスの金色の瞳が細くなる。彼は空気の流れを感じた床下とこの妙に多い蝋燭の事を仲間に伝えておこう、と考えた。
しばらくして……。
「まぁ! とっても綺麗になったわ!」
アルダナブはとても綺麗になった倉庫の中を見て嬉しそうに瞳を細めた。埃や蜘蛛の巣などは払われ、倉庫にある物のリストアップも完璧にできた。あとは衣装の虫干しだけである。彼女はそれが終わったら昼食にしよう、と言うとフードを被り、衣装が入った箱を運び始めた。トーラ達もそれぞれ衣装入りの箱を手に外にでる。
「……ん?」
最後尾となったベルクは出入口付近で目のような紋が柱に刻まれている事に気付いた。それは今まで彼女が見た事が無かったものだ。
(もう少し後で調べてみるか)
ベルクは昼食後動いてみよう、と考えるのであった。
一方、キオルティスは全員が倉庫から出た後、周囲に誰もいないことを確認し〈ハイディング〉を解いた。さすがに少し疲れたからだ。
「なかなか骨が折れる気がするね……」
軽い疲労を払うようにため息を吐いた彼は、とりあえず周囲の掃除をささっとしてから移動した。
●それぞれの昼に
エルタニンの大掃除が終わり、昼ご飯となった。
大勢の里の者が広間に集まり、腕自慢が作った素朴だが美味しい昼ご飯を食べる。暖かい根菜のスープと新鮮な野菜やウサギの肉を使ったサンドイッチに冒険者達も癒される。
里の者たちが差し入れ序に勧誘したりすることもあったが、「落ち着いた良いところだと思うんですけど、世界の色々な場所を見て回りたいので……」と丁寧に断るトーラや不機嫌になるサイラスの様子などで察し、下がる。
情報交換が出来れば、と考えた一同だが、ベルクは視線を覚え、首を振った。
「とりあえず2、3人ほどさり気無く観察しているようだ」
「そうですね。また後程」
コトヌシがそう言うと、さり気無く話題を変える。一同は掃除の話をしながら、食事を続けた。
キオルティスは長老たちの席に近い場所に座り、さり気無く様子を伺う。
「冒険者達の様子は?」
里長と呼ばれた男の言葉に、アルダナブは苦笑した。
「そうですね。少し怪しいとは思いましたが……普通に掃除してくれていましたよ。ダムドさんという方は仕舞われている用具のリストを作ってくれました。有能そうですし、ぜひ書庫整理も手伝って貰いたいですね」
彼女が満足気に微笑むと、ちらり、と他の長老たちを見る。皆、アルダナブにどこか見とれているような、幸せそうな顔をしていた。
だが、アルダナブは長老たちを数え、表情を曇らせる。
「それにしてもメルクルス殿はともかく、アグリ殿とウィーシャ殿は?」
「アグリ殿は恐らく体調が思わしくないのでしょう。ウィーシャ殿は恐らくまだ眠っているかと」
すぐ答えたのは里長だ。他の者もそうだろう、と口を揃えて言う。彼女は「ならいいけど……」と首を傾げた。
それらを〈読唇術〉で読み取ったキオルティスは「なるほど」と頷いた。もしかしたら、メルクルスは黙って2人の長老を連れ出したのだろう。しかも掃除に来ない可能性のある者を。
穏やかな昼餉時間が過ぎるエルタニンとは違い、里を離れた面々はちょっと大変なことになっていた。
休憩が終わり、再び馬車に乗って移動していたが……徐々に長老たちの顔色が青くなっていったのだ。
最初の異変は小柄な男性に現れた。徐々に頭痛が酷くなり、途中で嘔吐してしまった。幸いエルシーが馬車を止めてもらい、ミィアが連れ出した事で外に出すことができた。そして、もう一人の女性とメルクルスもまた、頭痛に悩まされたのである。
(まさか、洗脳が関係している?)
万が一に備え、狼と共に警戒していたエル。彼女は写し描きした地図を見、30キロ地点を過ぎた所である事に気付く。
すると、メルクルスは今にも吐きそうな顔色をしているのに、ニヤリ、と笑っていた。
「あぁ、……やった! 漸くあの声が抜けた!! 久方ぶりに、頭の奥底からすっきりする!!」
「どういう事、ですか?」
不思議に思い、肩を貸しながらエルが問えば、ふくよかな女性がフラフラと馬車の床に手をつく。
「私はなんで今まで授恵者ばかりに拘って……っ。何故かしら……」
「今、水を持ってくるね!」
エルシーがそう言えば、彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。だが、外では小柄な男性が何度も何度も嘔吐を繰り返していた。
「エルタニンに帰りたくない、あそこには恐ろしい吸血鬼がいる。私は見たんだ! 奴が里長に……」
頭痛が酷いのか、彼は頭を押さえ蹲る。
幸い衣服に汚れは無く、口を何度も洗い清める事で落ち着きを取り戻した男性は、馬車の中で眠る事にした。
「兎に角『ルクバト』に行きましょう。少しは違うはずです」
ミィアの言葉にエルシーとエルが頷く。止まっているよりもマシだと考えたからだ。
やがて少しずつ体調が落ち着く3人の長老たち。だが、彼らは勧誘せず、ただエルタニンに巣食う吸血鬼から離れたい、残された者達もどうにか助けたい、と言っていた。
「やっぱり、あの石灯籠が……」
エルシーが深いため息を吐き、エルもまた表情を険しくする。
「エルタニンの住人が遠くへ行きたがらないのは、洗脳の所為だったのですね」
ミィアは見えてきたルクバトの門を見ながら、どう仲間たちに報告しようかと考えるのであった。
●静寂から浮かび上がるは、悪意
「たしか、サイラスさんと仰いましたか」
サイラスが、アルダナブから声をかけられたのは夕暮れ時だった。彼はなんのことだかさっぱり、とでも言うような顔で頷いたが
(……これはもしかして)
とマジカルポケットの中に入れた石の事を思い出した。
「ふふっ、逞しいお方。見とれてしまいますわ」
「よせ、そんな事を言っても何も出ねぇよ」
サイラスがふん、と鼻を鳴らしで答えるもアルダナブは艶やかな笑みを浮かべて彼の頬に触れた。普段の彼なら止める事が出来そうな速度でのばされた手。だが、サイラスは、それを止める事が出来なかった。
(な、何故だ?)
アルダナブが纏う何かがただ物ではないと語っている。とりあえず、今はそのままにしておいた方が良い、と判断した彼は不思議そうな顔でアルダナブを見返した。
「何の冗談だ」
「うふふっ。ちょっとこちらへいらして下さる?」
笑みを深め、手招きする彼女。サイラスは嫌な予感がしながらもついていく事にした。
白い髪を靡かせたエルフは、サイラスの問いをはぐらかしながら倉庫へと招く。
「ここは、『祭事役』しか入れねぇんじゃあ……」
「私もその一人ですから。さ、こちらへ」
サイラスが辺りを見渡している間に、アルダナブは注意をはらっていなければ気付かない床の戸をあけ、手を伸ばした。
「……サイラス様。特別に、案内しますわ」
その様子を偶然目撃してしまったのは、ダムド。彼は夕闇に紛れ〈ハイディング〉をし昼間に見つけた隠し扉のような物を開けようと考えていたのだ。ダムドは咄嗟に隠れるとアルダナブとサイラスが例の倉庫へと入っていくのを見送る。
(お? その中に行くのか?)
これはまずい、と思ったダムドは傍らのトーラにいう。
「サイラスが、アルダナブと倉庫にっ」
「怪しすぎじゃないですか! 行きましょう!」
「床の戸が閉まるぞっ」
ベルクが声を押さえつつ注意を促せば、床の戸は静かに閉まった所だった。しかし鍵はかかっていない。
「後からつけようじゃないか」
キオルティスの言葉に全員が頷き、ゆっくりと戸を開けた。
中は意外に明るいものの、長い坂道がゆるゆると地下へと冒険者達を誘う。そして、坂道が終わりその先に扉があった。彼らは頷き合うと、そっとその扉を開けた。
そして、冒頭に続くのである。
アルダナブは艶やかな笑みのまま、そっとサイラスの頬に触れ、口を開いた。
「あなた、あの石をもっているわね」
(やっぱりそれかよ畜生!)
サイラスは内心で舌打ちした。何故バレたかはわからない。里の人間が、石がない事に気付いたのだろうか? だが、それは今はどうでもいい。今は如何にここから出るかが大事である。
「ふふっ、大事な物を持って行こうとするなんていけない子。オシオキが必要ね」
彼女はにんまり笑い、そのまま胸へ飛び込もうとする。咄嗟に避けるサイラスはアルダナブを見て更に表情を険しくする。よく見れば、彼女の口から鋭い牙がはみ出していたのだ。
「あんた、吸血鬼だったのか……っ!」
その声に反応し、ダムドたちが駆け込んでくる。彼らは直ぐに戦えるよう得物を構えた。
「こりゃあたまげたっ」
ダムドがわざとらしくそう言うも、アルダナブは表情を変えない。トーラとベルクが挟み撃ちにしようとしたが、それを軽い足取りで躱し、キオルティスが迫るも咄嗟にサイラスを盾にし攻撃を防ぐ。
「随分といい性格しているな」
ベルクが静かに冷たく言い放てば、アルダナブは唇を綻ばせる。
「使い潰される者の惨めな姿、強い者に頼り集る浅ましい姿、どれもこれも面白いじゃない。エルタニンの住人達はホント扱いやすくていい狩り場だったわ」
そして赤い珠のついた杖を振るい、雷光のような物を呼び出す。誰一人それを越えらえないのをいいことに、彼女は悠然と微笑んだ。
「ふふっ、里長たちに言っても誰も信じないわよ。彼らはみんな私のお人形なんだもの。嘘だと思うならやってみなさい」
「しゃらくせぇ!」
サイラスが『大蛇身』をアルダナブ目掛け振るうも、彼女は身を翻して走っていく。冒険者達は追いかるも、彼女は地下集会場の奥にあった通路へと走っていく。
どうにか追いかけたものの、外に出た所で一同はアルダナブを見失ってしまった。トーラは出てきたところを見、表情を険しくする。
「これ……」
彼女が見つけたのは、墓地が見える場所。どうやらここは墓地へ続く道の途中らしい。
サイラスはキオルティス達を見、ありがとうな、と礼を述べる。
「それで、どうするっすか? アルダナブは逃げちまったし……」
「とりあえず調査できる部分を調査しようじゃないか」
ダムドの問いに、キオルティスが肩を竦める。ダムドはとりあえず地下集会所と外に通じる通路について簡単に書いておくことにした。
「どうしたの!? 急に姿が見えなくなったから……」
里に戻ったトーラを出迎えたのは、焦った様子のアルマ。その後ろにはユアンとコトヌシも一緒である。トーラが事情を説明すると、アルマ達は息を飲んでいると、とコトヌシが「里長の元へ!」と提案した。
4人が里長の家へ駆け込むと、里長が不審そうな顔で姿を現した。そしてトーラがサイラスたちの身に起こった事を説明するも彼は鼻でそれを嗤った。
「吸血鬼? アルダナブ殿が?」
肩を竦めるのは彼だけではない。周りにいた者達もトーラの言葉を信じていないようだった。だが、一部のエルフ達は表情を険しくする。何か思い辺りがあるのだろうか?
「授恵者様方、アルダナブ殿はそんなものではありませんよ。話がそれだけならば、どうぞお泊りの家へお帰り下さい」
里長はそれだけ言うと部屋の中に戻っていく。そして、部下達が里長に駆け寄ろうとするコトヌシ達の間に入り、拒絶されてしまった。コトヌシは深いため息を吐き、部屋の奥に消えた里長へ言った。
「私は、冒険者殿を信じます。最近の父上は、どうも信用ならない」
「コトヌシさん……」
アルマは、その悲しくも鋭い怒りに燃えた目に、何とも言えない表情を浮かべた。
情報を共有した冒険者達はエルタニンを発ち、一路護衛組と合流するべくルクバトに向かった。アルマはコトヌシも誘ったが、彼は首を振りエルタニンに残った。
ルクバトに到着した一同は護衛組と合流し、調査結果を報告する。と、ミィア達は「やはり」と表情を曇らせた。
「実は、長老の一人が証言したんです。アルダナブが里長に噛みついているのを見た、と」
「でも、彼は……」
アルマが困惑した様子で言うも、直ぐに表情が厳しい物になる。彼女は思ってしまったのだ。もしかしたら、里長も……?
「アルダナブが逃げたのは気になりますが、今はギルドへの報告が先でしょう」
「長老たちの事も気がかりだね」
エルの言葉にエルシーも頷き、一同は一旦調査を終え報告書を纏める事にした。
(終)
(くそっ、こいつはマジやべぇだろ……)
サイラスは背中に冷たい汗が流れるのを覚えながら眼前の女性から眼を離せなかった。それだけの力を感じたのだ。
彼女はサイラスが表情を険しくしているのを楽しんでいるようだった。
里の有力者であった彼女は赤い石がついた杖を手に持ち、サイラスに笑いかける。
(どうしてこんなことに……)
サイラスは、現在の状況を生み出した時の事や仲間の冒険者から聞いた報告などを頭に巡らせながらも、苦々し気に目の前の女性を睨みつけた。
そして、4人の冒険者達がそれを見てしまっていた。
●エルタニン大掃除の裏で。
――大森林内・エルタニン:ユアンが借りている家にて
朝早く、冒険者達はその日行う作戦の最終打ち合わせを行っていた。ユアン・イェーガーはコトヌシ・エルタニンと共に集まった9人へと頭を下げる。
「同時並行で行いますけど、準備はいいですか?」
ユアンの問いかけに全員が頷く。皆、覚悟が出来ているようだ。
「まず、長老3人を『ルクバト』へ送るのが貴方がたですね」
コトヌシの言葉にミィア、エルシー・サリバン、エルが頷いた。そして、次にコトヌシが見たのはサイラスとアルマ・ヴァレンタインの2人だ。
「おれたちは大掃除の方に行く」
「ぼくもそうするね。前回、なんか目立っちゃったみたいだし」
前回の調査に参加したアルマは、当時に事を思い出して苦笑する。しかし、冒険者が里の大掃除に参加する事で『祭事役』だけが入る事が出来る倉庫の掃除手伝いをする者達が怪しまれにくくなるかもしれない。
その倉庫担当となった一人キオルティスはふふっ、と楽し気に微笑む。
「出て来るのはお宝か、それとも……? なかなかにして楽しみだね」
「確か特別な倉庫に役目でない人の出入り……。怪しいですね。隠し部屋とかあるかもしれません」
「アルダナブという人が監視というから、気を付けて行おう」
トーラがコトヌシから聞いた事を整理しながら呟けば、ベルク・オスマットが頷きながら口を開く。
それらを聞きながらダムド・フィリスは明日の食い扶持を稼ぐ為効率よく働こうと道具を準備していた。
「なぁ、ボーナスがあるなら張り切るぞ」
コトヌシにそう言えば、彼は「そうですね、結果が出れば」と笑顔で頷く。ダムドはぱちん、と指を鳴らし「よっしゃっ」と小さく笑った。
「倉庫組はもう少し時間もあるから各自の行動を把握しておきたい。集まってもらえないか?」
コトヌシに呼ばれ、トーラたちは彼のもとに。一方護衛を担当するミィアたちはそろそろ出発の時間だ。
「どうか、皆さんも気をつけて」
ミィアの言葉に、里に残る者達は頷いた。
護衛組3人が外に出、ユアンが残った面々に語り掛ける。
「清掃開始までまだ時間があります。お茶でもどうですか?」
●朝靄を越えて
「おはようございます、冒険者様。今日はよろしくお願いしますね」
と、温厚そうな男性、メルクルスが若草色の髪を揺らして頭を下げた。ミィア達も挨拶を帰すと、メルクルスは後ろを振り返り手招きした。すると、小柄な男性とややふくよか目な女性が現れて頭を下げる。彼曰く今回『ルクバト』へ行く事になった長老である。
「ミィアです。わたしは冒険者になったばかりですけど、すこし回復ができますからお出かけのお供をしますね」
とミィアが頭を下げ自己紹介。それに倣いエルシーとエルも名乗れば長老たちは感心だねぇなど言いながら笑顔で3人に頷き返した。
「でも、いいのかしら? 『ルクバト』ってちょっと遠いし……」
女性がそんなことを言うが、エルが狼を、エルシーが相棒たるリスを見せながら説明する。
「この子に、先行偵察、させます。私も、よく耳を澄ませます、ので」
「この子も私もしっかりきっちり安全確認をするから安心してね!」
と簡単に説明する。そして更にエルシーが
「そうそう、それに里の話……住み易さとか? 移動しつつ聞かせて欲しいなぁ」
と赤い瞳をキラキラさせ畳みかければ女性も「それならば……」と安堵した様子で頷いた。小柄な男性もエルシーの言葉に「よし、おれが良い所を一杯教えてやるよ」と胸を叩く。
ミィアとエルはその時二人の目がエルシーの赤い瞳に釘付けになっている事に気付いた。
(何故、赤い瞳に?)
不思議に思ったが時間が惜しい。冒険者達は長老三人を馬車に乗せた。
出発前にエルはルートの様子を確認する。夜半の雨で濡れた道という事を抜かせばおおむね大丈夫そうだ、とわかると胸を撫でおろす。
その間にミィアとエルシーが長老たちと会話し距離を縮めておく。既にあの2人の長老は冒険者に対しより好意的になったように思える。
エルは狼の頭を撫で「力を貸して、ね」とお願いした。
馬車が動き出すと、2人の長老は冒険者達にエルタニンの良さを語りはじめた。一方メルクルスはニコニコと話に相槌をいれたり、補足したりするだけである。
冒険者となって間もないミィアは他のエルとエルシーとの力量差が大きいことを自覚し、無理はしないように心がける事にしていた。そして、出来る範囲で丁寧なサポートを『柵のない新米授恵者』として心がけていた。
「へぇ……新米さんか」
「不安、ですか?」
ミィアが問いかければ、男は首を振った。
「不安じゃないさ。授恵者さまってだけでありがたいし。それに里を拠点にして鍛えることもできるからさ。そうじゃなくても、家族を見つけて暮らすのもありだよ」
穏やかに語る男の顔は優しい。だが、その目が僅かにぼんやりしているさまをみたミィアは、少しだけ背中に冷たい物が流れた気がした。
(なぜでしょう、素直に喜べません)
そう思っている傍ら、エルと女性が話している声が聞こえる。エルフの里に来たのが初めてだったエルは、興味深そうにエルタニンの話を聞いていた。
「エルタニンでは、どのような風習が、あるのですか?」
「そうねぇ……」
女性はエルタニンでの風習を話し、エルは真面目に聞く。そうしながらも長老たち3人の様子を伺う。
(今の所、まだ何もなさそうですね)
もしかしたら思い過ごしだろうか? と考えるエル。ミィアとエルシーと顔を見合わせると、このまま観察しよう、と頷き合った。
(魔獣や他の何かに怯えているだけなら倒し守れば良いとして。あの赤い石が洗脳の元なら離れたら弱まらないかな)
エルシーは、注意深く様子を様子を見ておこうと考える。
時折野生動物が道に出る事はあったが、戦闘の必要もなく馬車は平和に進んでいく。途中で外に出、休憩する際も長老たちの様子を見ていたエルシーは、少し彼らの様子が変わったような気がした。
「? どうしたの?」
小柄な男性が頭を押さえているように見えた彼女が問いかけると、彼は「少し酔っただけだ」と苦笑する。だが、よく見れば女性も、メルクルスの顔色も少々悪い。
ミィアとエルも彼らの異変に気付き、とりあえず水を飲ませてみる。
「もう少し休みましょう」
ミィアが提案し、全員が頷いている。その間にエルが地図を見ると、すでにエルタニンから20キロは離れている事に気付いた。
(あと10キロ離れたら何が起こるのでしょう?)
エルは相棒たる狼に周囲の警戒を頼み、出発の準備に取り掛かった。
●里の表面を清めながら
馬車が出発して、一時間半ほど経ったエルタニン。里長の家の周りには沢山の人々が集まっている。その中にトーラ達はいた。
人々の視線の先、コトヌシにどこか似たエルフの男がいる。人々の話を聞くに、彼が現在エルタニンの長を務めているらしい。その傍らには日傘をさした白い髪の女性が立っていた。
(彼女がアルダナブ。里長や長老の補佐をしています)
コトヌシが小さい声で説明してくれた。一同はそれを聞きながら、エルシーと同じ赤い瞳をもった女性を見つめる。
(どことなく嫌な雰囲気があるな……)
理由は分からなかったが、サイラスにはそう思えた。
しばらくして、掃除箇所の分担発表が終わる。
「では、貴方がたにはこちらを担当してもらいますね」
コトヌシが話していたのだろう。アルダナブはトーラたちを倉庫へと案内する。だが、その人数は3人。1人足りない。
不思議に思ったサイラスとアルマだったがとりあえず自分たちの掃除を始める事にした。
「じゃあ、おれはこっちを」
「ボクはこっちやるね」
サイラスとアルマは二手に別れ清掃を始めた。二人は、里の人々と共にゴミを拾ったり、草むしりをしたりと真面目に励む。
アルマは過去に事情を話している為か、勧誘されようとすると別の者が「その子は~」と話をつけてくれるのでスムーズに掃除に励めた。それでもしつこい場合は〈話術〉でどうにか返していた。
一方のサイラスは……。
「お兄さん、いい腕してるじゃない。ぜひ残って欲しいわ」
「そうねぇ、いてくれたら嬉しいわね~」
と、女性たちから色々と勧誘されていた。だが、サイラスは会釈し、それ以降スルーする。ちょっと機嫌が悪くなったように見えたのか、エルフたちはそれ以降勧誘を控えるようになった。
(思ったよりしつこくなかったな)
サイラスは不思議に思いつつ人目につかないところに来ると〈ジャマー〉を発動する。もし見つかったとしても「テレパスかなにかで勧誘されて迷惑だった」と説明するつもりだ。前もって口裏合わせができるようアルマとも打合せしている。
そうして、清掃していると話に聞いていた石灯籠があった。
(へぇ、これが例の……)
里の端っこにあったそれは、少し汚れていた。周りに人がいないのを確認した彼は、そっと開けてみる。周りから見ても清掃しているようにしか見えない。
(……ん?)
そこで、彼はきょとんとなった。というのも、中にあったものが赤い石のみだったからだ。他に怪しい仕掛けとかはない。
「まぁ、コイツが仕掛けそのものって可能性もあるしなー」
サイラスは自然な動きでソレをマジカルポケットへと入れた。そして、清掃するとそのまま閉めた。確かに、石に触れた瞬間嫌な何かを感じた。だが、彼は気にせずその場を後にした。
(そんなに強い勧誘はなかったなぁ)
アルマは安堵しながら辺りを見渡した。というのも、ちょっと気がかりなことがあったのだ。
(そういえば新手のす……じゃなかった、種族?のホムンクルスさんを見かけるようになったけど……。不老っぽい特徴とか『授恵者を使い潰せ』の目的にマッチしてるからそれとなく注意しておいたほうがいいかな)
該当する者は今回いなかった。ちょっと安心しつつ里の者の話にも耳を傾ける。
今の所アルマが危惧したような事に気付いた者はいないようで、それにも安堵し、『職人の家事用品』を使って掃除を続ける。
「キミ、さすがに腕がいいな」
「ありがとう!」
里の民に掃除の腕を褒められ、アルマは笑顔で礼を述べた。
しばらく掃除をしていた2人は、途中で落ちあう。そこにユアンも加わった。
「お二人とも、何かありましたか?」
彼女の問いに最初に答えたのはアルマだ。
「ううん。サイラスさんは?」
アルマがサイラスに何気なく問うと、彼はカバンに手を置き小さくウインク。それが何を意味するか悟った二人は彼を物陰に連れていく。
「……まさか、アレをもってきたとか?」
「そのまさかだったらどうする?」
サイラスが少し悪ぶってそう言えば、アルマは先日聞いてしまったことを思い出し少し表情を曇らせる。
「大丈夫? それ、ちょっと嫌な感じするんだよね」
「確かにな。でも、それだけだ。……後で調べよう」
サイラスの言葉に、アルマは少し嫌な予感がした。ユアンは少し考えるとサイラスに「今は出さないでくださいね」と念押しした。
(あの石がどういった物かは調査していなかったのですが……気になるところですね)
ユアンは少し不安そうにサイラスを見つめた。
●トレジャーハント?
時間を掃除開始頃に戻す。
一方、倉庫の掃除となったダムド達はその入口前でコトヌシとアルダナブから説明を受けていた。
(なるほど?)
物陰で様子を伺っていたキオルティスはため息を吐く。アルダナブと呼ばれた白い髪と赤い瞳のエルフは日傘をさし、艶やかに微笑んでいた。豊満な胸、美しくくびれた腰、人離れした美しさを滲ませる顔……。魅了されてしまいそうな雰囲気が漂っていた。だが、ほんのりとただ物ではない気配もある。
彼はアルダナブがよそ見をした瞬間に倉庫へ〈ハイディング〉して潜入。仲間がくるのを待つ。〈壁歩き〉を使おうとしたが壁にはいくつもの用具がかかっていたり、棚がくっつけられているように見えた。彼は仲間の邪魔にならないよう、彼らが掃除していない場所から調査を始めた。
「本来は私達『祭事衆』に任せるのですが、メルクルス殿たっての依頼です。丁寧にお願いしますね。わからない事があればお教えいたします」
アルダナブは丁寧にそう言い、3人に頭を下げる。
さっそく倉庫の中に入り、窓を開ける。少し埃っぽい空気が少しずつ澄んでいく気がする中、3人は掃除を開始した。
ベルクは掃除をしながら〈紋章知識〉を使い、さり気無く観察する。もし、紋具の類いならば効力があるか調べるためだ。
だが、どの文様も『五穀豊穣を祈る物』であったり、『無病息災を祈る物』などおかしなものは何一つない。
(このあたりは異常なし、か)
ベルクは小さくため息を吐き、横を見るとダムドが熱心にアルダナブからヒヤリングしながら記録していた。
「ほら、『何がどこに有るか判るように』した方が良いよな? 必要品をすぐ見つけ出せるようにリストを作っておきてぇんだ」
という彼の提案に対しアルダナブが「それならば」と乗ったようだ。ダムドは彼女から指定されるがままに丁寧に掃除をし、記録を取る。同時に〈双波〉を使って全体を探っていた。
「文様を記録してんのか? よかったら……」
ダムドがベルクに事情を説明すると、彼女は「より分かりやすくなると思う」と許可を出す。自然と協力しているように見えるのか、アルダナブの様子を伺ったトーラは『一同が彼女から怪しまれていない』ように思えた。
彼女もまた〈双波〉を使い監視者が隠れていないかや、隠し扉などがないかチェックしていた。同時にアチコチ触ろうとしてアルダナブの反応を伺っていた。
「貴女の体格だと手が届きにくいでしょう? そこに台があるから使って。高い所にある物は衣装が殆どだから慎重に降ろしてくれるかしら?」
「手伝いますよ、トーラ殿」
別の場所を掃除していたコトヌシが手伝いに入る。トーラは基本アチコチ触っても怒られない事を不思議に思いながらも指示に従う。
「衣装の虫干しもやりたいから、最後に外に出して。わからない事があれば聞いて頂戴ね」
アルダナブはそう言いながらも楽器の手入れを始めた。だが、目は注意深く冒険者を見ている。
(……なんだか、目が怖いけど……)
トーラはコトヌシと目を合わせて頷き合い、注意しながら衣装をとりあえず降ろすことにした。
(やっぱりちょっと重いですね)
虫よけだろう、強い薬草の匂いにくしゃみしそうになる彼女だったが、その時近くの床になにか違和感を覚えた。
「トーラ殿?」
「どうした? 交代しようか?」
不思議そうな顔のトーラにコトヌシとダムドが声をかける。トーラは二人に苦笑し「なんでもないです」と答えるもちらりと床を見た。それに気づいたのはダムドだけで彼はそれが何を意味するのか……トーラと同じスキルを展開していた為に気付いた。
コトヌシが一緒に作業していて、アルダナブからは二人の顔色が見えない。その上ベルクが井戸の場所を問いかけた為意識を逸らすこともできた。その短時間でトーラとダムドはコトヌシにも床の違和感を仕草で伝えることができた。
「他にも何かあるかもしれません。念入りに掃除しつつ探しましょう」
コトヌシが小声で言い、二人は小さく頷いた。
(そういえば……)
さり気無くその場を離れながら、ダムドはアルダナブを見、注意が向いていない事を確認。その内に「開封禁止」と書かれた箱を見つけたので〈透視〉してみる。すると……なんか古い衣服っぽい物が見えた。何か黒い物がついているように見えるがよく見えない。
(何だ、これ……)
不思議に思った彼だが、嫌な予感がしてアルダナブに声をかける。
「これはどうすればいいっすか?」
「それは大事な祭の道具だからそのままにしておいて。『祭事役』に手入れさせているから」
「場所だけ記録しておくっすね」
アルダナブは「ええ」とだけ返事をすると、彼のもとにやってきてリストの出来具合を問う。彼女が離れるまでは作業に勤しむ方が良いだろう、と考えたダムドは真面目に手を動かした。
その後石灯篭と同じ模様などないか、アルダナブの様子を伺いながら探した彼だが、見つける事は出来なかった。
(とくに変わった所はない。ただ一つここを除いて)
キオルティスは、〈ハイディング〉を解かないまま床の一点……トーラとダムドが違和感を覚えた場所を見つけた。ぱっ、と見た感じでは何の変哲もない床。だが、3人がさり気無く道具をどかしたその床に、彼がそっと耳を当ててみると空気の流れを感じた。
(地下道があるかもしれないね)
その他、『その場にそぐわない物』や『気になる物』も探してみるキオルティスだったが、そう言った物は見当たらないように思えた。まぁ、ちょっと蝋燭が多い気がしたが。
(後で情報を皆と共有しよう)
キオルティスの金色の瞳が細くなる。彼は空気の流れを感じた床下とこの妙に多い蝋燭の事を仲間に伝えておこう、と考えた。
しばらくして……。
「まぁ! とっても綺麗になったわ!」
アルダナブはとても綺麗になった倉庫の中を見て嬉しそうに瞳を細めた。埃や蜘蛛の巣などは払われ、倉庫にある物のリストアップも完璧にできた。あとは衣装の虫干しだけである。彼女はそれが終わったら昼食にしよう、と言うとフードを被り、衣装が入った箱を運び始めた。トーラ達もそれぞれ衣装入りの箱を手に外にでる。
「……ん?」
最後尾となったベルクは出入口付近で目のような紋が柱に刻まれている事に気付いた。それは今まで彼女が見た事が無かったものだ。
(もう少し後で調べてみるか)
ベルクは昼食後動いてみよう、と考えるのであった。
一方、キオルティスは全員が倉庫から出た後、周囲に誰もいないことを確認し〈ハイディング〉を解いた。さすがに少し疲れたからだ。
「なかなか骨が折れる気がするね……」
軽い疲労を払うようにため息を吐いた彼は、とりあえず周囲の掃除をささっとしてから移動した。
●それぞれの昼に
エルタニンの大掃除が終わり、昼ご飯となった。
大勢の里の者が広間に集まり、腕自慢が作った素朴だが美味しい昼ご飯を食べる。暖かい根菜のスープと新鮮な野菜やウサギの肉を使ったサンドイッチに冒険者達も癒される。
里の者たちが差し入れ序に勧誘したりすることもあったが、「落ち着いた良いところだと思うんですけど、世界の色々な場所を見て回りたいので……」と丁寧に断るトーラや不機嫌になるサイラスの様子などで察し、下がる。
情報交換が出来れば、と考えた一同だが、ベルクは視線を覚え、首を振った。
「とりあえず2、3人ほどさり気無く観察しているようだ」
「そうですね。また後程」
コトヌシがそう言うと、さり気無く話題を変える。一同は掃除の話をしながら、食事を続けた。
キオルティスは長老たちの席に近い場所に座り、さり気無く様子を伺う。
「冒険者達の様子は?」
里長と呼ばれた男の言葉に、アルダナブは苦笑した。
「そうですね。少し怪しいとは思いましたが……普通に掃除してくれていましたよ。ダムドさんという方は仕舞われている用具のリストを作ってくれました。有能そうですし、ぜひ書庫整理も手伝って貰いたいですね」
彼女が満足気に微笑むと、ちらり、と他の長老たちを見る。皆、アルダナブにどこか見とれているような、幸せそうな顔をしていた。
だが、アルダナブは長老たちを数え、表情を曇らせる。
「それにしてもメルクルス殿はともかく、アグリ殿とウィーシャ殿は?」
「アグリ殿は恐らく体調が思わしくないのでしょう。ウィーシャ殿は恐らくまだ眠っているかと」
すぐ答えたのは里長だ。他の者もそうだろう、と口を揃えて言う。彼女は「ならいいけど……」と首を傾げた。
それらを〈読唇術〉で読み取ったキオルティスは「なるほど」と頷いた。もしかしたら、メルクルスは黙って2人の長老を連れ出したのだろう。しかも掃除に来ない可能性のある者を。
穏やかな昼餉時間が過ぎるエルタニンとは違い、里を離れた面々はちょっと大変なことになっていた。
休憩が終わり、再び馬車に乗って移動していたが……徐々に長老たちの顔色が青くなっていったのだ。
最初の異変は小柄な男性に現れた。徐々に頭痛が酷くなり、途中で嘔吐してしまった。幸いエルシーが馬車を止めてもらい、ミィアが連れ出した事で外に出すことができた。そして、もう一人の女性とメルクルスもまた、頭痛に悩まされたのである。
(まさか、洗脳が関係している?)
万が一に備え、狼と共に警戒していたエル。彼女は写し描きした地図を見、30キロ地点を過ぎた所である事に気付く。
すると、メルクルスは今にも吐きそうな顔色をしているのに、ニヤリ、と笑っていた。
「あぁ、……やった! 漸くあの声が抜けた!! 久方ぶりに、頭の奥底からすっきりする!!」
「どういう事、ですか?」
不思議に思い、肩を貸しながらエルが問えば、ふくよかな女性がフラフラと馬車の床に手をつく。
「私はなんで今まで授恵者ばかりに拘って……っ。何故かしら……」
「今、水を持ってくるね!」
エルシーがそう言えば、彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。だが、外では小柄な男性が何度も何度も嘔吐を繰り返していた。
「エルタニンに帰りたくない、あそこには恐ろしい吸血鬼がいる。私は見たんだ! 奴が里長に……」
頭痛が酷いのか、彼は頭を押さえ蹲る。
幸い衣服に汚れは無く、口を何度も洗い清める事で落ち着きを取り戻した男性は、馬車の中で眠る事にした。
「兎に角『ルクバト』に行きましょう。少しは違うはずです」
ミィアの言葉にエルシーとエルが頷く。止まっているよりもマシだと考えたからだ。
やがて少しずつ体調が落ち着く3人の長老たち。だが、彼らは勧誘せず、ただエルタニンに巣食う吸血鬼から離れたい、残された者達もどうにか助けたい、と言っていた。
「やっぱり、あの石灯籠が……」
エルシーが深いため息を吐き、エルもまた表情を険しくする。
「エルタニンの住人が遠くへ行きたがらないのは、洗脳の所為だったのですね」
ミィアは見えてきたルクバトの門を見ながら、どう仲間たちに報告しようかと考えるのであった。
●静寂から浮かび上がるは、悪意
「たしか、サイラスさんと仰いましたか」
サイラスが、アルダナブから声をかけられたのは夕暮れ時だった。彼はなんのことだかさっぱり、とでも言うような顔で頷いたが
(……これはもしかして)
とマジカルポケットの中に入れた石の事を思い出した。
「ふふっ、逞しいお方。見とれてしまいますわ」
「よせ、そんな事を言っても何も出ねぇよ」
サイラスがふん、と鼻を鳴らしで答えるもアルダナブは艶やかな笑みを浮かべて彼の頬に触れた。普段の彼なら止める事が出来そうな速度でのばされた手。だが、サイラスは、それを止める事が出来なかった。
(な、何故だ?)
アルダナブが纏う何かがただ物ではないと語っている。とりあえず、今はそのままにしておいた方が良い、と判断した彼は不思議そうな顔でアルダナブを見返した。
「何の冗談だ」
「うふふっ。ちょっとこちらへいらして下さる?」
笑みを深め、手招きする彼女。サイラスは嫌な予感がしながらもついていく事にした。
白い髪を靡かせたエルフは、サイラスの問いをはぐらかしながら倉庫へと招く。
「ここは、『祭事役』しか入れねぇんじゃあ……」
「私もその一人ですから。さ、こちらへ」
サイラスが辺りを見渡している間に、アルダナブは注意をはらっていなければ気付かない床の戸をあけ、手を伸ばした。
「……サイラス様。特別に、案内しますわ」
その様子を偶然目撃してしまったのは、ダムド。彼は夕闇に紛れ〈ハイディング〉をし昼間に見つけた隠し扉のような物を開けようと考えていたのだ。ダムドは咄嗟に隠れるとアルダナブとサイラスが例の倉庫へと入っていくのを見送る。
(お? その中に行くのか?)
これはまずい、と思ったダムドは傍らのトーラにいう。
「サイラスが、アルダナブと倉庫にっ」
「怪しすぎじゃないですか! 行きましょう!」
「床の戸が閉まるぞっ」
ベルクが声を押さえつつ注意を促せば、床の戸は静かに閉まった所だった。しかし鍵はかかっていない。
「後からつけようじゃないか」
キオルティスの言葉に全員が頷き、ゆっくりと戸を開けた。
中は意外に明るいものの、長い坂道がゆるゆると地下へと冒険者達を誘う。そして、坂道が終わりその先に扉があった。彼らは頷き合うと、そっとその扉を開けた。
そして、冒頭に続くのである。
アルダナブは艶やかな笑みのまま、そっとサイラスの頬に触れ、口を開いた。
「あなた、あの石をもっているわね」
(やっぱりそれかよ畜生!)
サイラスは内心で舌打ちした。何故バレたかはわからない。里の人間が、石がない事に気付いたのだろうか? だが、それは今はどうでもいい。今は如何にここから出るかが大事である。
「ふふっ、大事な物を持って行こうとするなんていけない子。オシオキが必要ね」
彼女はにんまり笑い、そのまま胸へ飛び込もうとする。咄嗟に避けるサイラスはアルダナブを見て更に表情を険しくする。よく見れば、彼女の口から鋭い牙がはみ出していたのだ。
「あんた、吸血鬼だったのか……っ!」
その声に反応し、ダムドたちが駆け込んでくる。彼らは直ぐに戦えるよう得物を構えた。
「こりゃあたまげたっ」
ダムドがわざとらしくそう言うも、アルダナブは表情を変えない。トーラとベルクが挟み撃ちにしようとしたが、それを軽い足取りで躱し、キオルティスが迫るも咄嗟にサイラスを盾にし攻撃を防ぐ。
「随分といい性格しているな」
ベルクが静かに冷たく言い放てば、アルダナブは唇を綻ばせる。
「使い潰される者の惨めな姿、強い者に頼り集る浅ましい姿、どれもこれも面白いじゃない。エルタニンの住人達はホント扱いやすくていい狩り場だったわ」
そして赤い珠のついた杖を振るい、雷光のような物を呼び出す。誰一人それを越えらえないのをいいことに、彼女は悠然と微笑んだ。
「ふふっ、里長たちに言っても誰も信じないわよ。彼らはみんな私のお人形なんだもの。嘘だと思うならやってみなさい」
「しゃらくせぇ!」
サイラスが『大蛇身』をアルダナブ目掛け振るうも、彼女は身を翻して走っていく。冒険者達は追いかるも、彼女は地下集会場の奥にあった通路へと走っていく。
どうにか追いかけたものの、外に出た所で一同はアルダナブを見失ってしまった。トーラは出てきたところを見、表情を険しくする。
「これ……」
彼女が見つけたのは、墓地が見える場所。どうやらここは墓地へ続く道の途中らしい。
サイラスはキオルティス達を見、ありがとうな、と礼を述べる。
「それで、どうするっすか? アルダナブは逃げちまったし……」
「とりあえず調査できる部分を調査しようじゃないか」
ダムドの問いに、キオルティスが肩を竦める。ダムドはとりあえず地下集会所と外に通じる通路について簡単に書いておくことにした。
「どうしたの!? 急に姿が見えなくなったから……」
里に戻ったトーラを出迎えたのは、焦った様子のアルマ。その後ろにはユアンとコトヌシも一緒である。トーラが事情を説明すると、アルマ達は息を飲んでいると、とコトヌシが「里長の元へ!」と提案した。
4人が里長の家へ駆け込むと、里長が不審そうな顔で姿を現した。そしてトーラがサイラスたちの身に起こった事を説明するも彼は鼻でそれを嗤った。
「吸血鬼? アルダナブ殿が?」
肩を竦めるのは彼だけではない。周りにいた者達もトーラの言葉を信じていないようだった。だが、一部のエルフ達は表情を険しくする。何か思い辺りがあるのだろうか?
「授恵者様方、アルダナブ殿はそんなものではありませんよ。話がそれだけならば、どうぞお泊りの家へお帰り下さい」
里長はそれだけ言うと部屋の中に戻っていく。そして、部下達が里長に駆け寄ろうとするコトヌシ達の間に入り、拒絶されてしまった。コトヌシは深いため息を吐き、部屋の奥に消えた里長へ言った。
「私は、冒険者殿を信じます。最近の父上は、どうも信用ならない」
「コトヌシさん……」
アルマは、その悲しくも鋭い怒りに燃えた目に、何とも言えない表情を浮かべた。
情報を共有した冒険者達はエルタニンを発ち、一路護衛組と合流するべくルクバトに向かった。アルマはコトヌシも誘ったが、彼は首を振りエルタニンに残った。
ルクバトに到着した一同は護衛組と合流し、調査結果を報告する。と、ミィア達は「やはり」と表情を曇らせた。
「実は、長老の一人が証言したんです。アルダナブが里長に噛みついているのを見た、と」
「でも、彼は……」
アルマが困惑した様子で言うも、直ぐに表情が厳しい物になる。彼女は思ってしまったのだ。もしかしたら、里長も……?
「アルダナブが逃げたのは気になりますが、今はギルドへの報告が先でしょう」
「長老たちの事も気がかりだね」
エルの言葉にエルシーも頷き、一同は一旦調査を終え報告書を纏める事にした。
(終)
マスターコメント
みなさま、お疲れさまでした。
今回、皆さんの調査により
・距離を離せば洗脳が解除される
・『祭事役』しか入れない倉庫の地下に集会所っぽいものを見つけた。
・アルダナブが吸血鬼であった
上記について解り、大成功となりました。
ルクバトに行った3人の長老は、一旦そこに保護されることになりました(体調は徐々に回復しつつあります)。
アルダナブは逃走しましたが、エルタニンの人々に変化はありません。
コトヌシはどうにかできないか足掻いてみるようですが……。
ともかく、情報は出ました。
皆さまお疲れさまでした。
また縁がありましたらよろしくお願いします。
イベントシナリオ難しい 報酬:標準9 / 5〜25人
2022年05月17日 15時31分23秒 公開
大成功
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー 3に行こうかと。掃除ついでにジャマーが何か影響与えるか試すつもり
エル、です。どうぞ、よろしく。 1、に行こうかと、思い、ます。
アルマだよ、どーぞよろしくねー 前回ちょっと目を引いたっぽいし今回は3のほうにいこうかなあと
シーフのトーラです。 今のところ(2)の表明がないのでそちらに行きますね。
シーフのダムドだ。 掃除をしながら双波を使って調査するよ『2』
エルシーだよ、ヨロシクね。 今迄の関りがあるので【3】でエルタニンの皆と大掃除するね。
ごめんよ『1』に変更させてね。
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 我は【2】に行くつもりだ、紋章知識で紋具の類いがないか調べてみるつもりだ。