【音旅】旋律を求めて
崎田航輝
コメント 14
シナリオID:1833
オープニング
埃の中に、音楽の町の歴史は眠っている。
倉庫に山と積まれた文献から、新しい資料が見つかるたびに――青年町長サンドロはそれを実感する。
中には綺麗なままの楽譜も見つかって……過去の音楽と直接触れ合う気分になれるのは、仕事とはいえ楽しい事だった。
「……おや?」
と、そんな最中に別の資料の山が崩れ、また古い文献が目にとまる。
それを手にとったサンドロは……はっとする。
「この楽譜は――」
そこに書かれているのは、馴染みのあるメロディ。
ただ、それとは別に、サンドロは驚くべき情報が記載されているのを発見して――急いでその付近の文献に目を通し始めていた。
●ルーツ
――音楽の町、エルセント。
王国西部に位置するそこは嘗て内戦の影響によって、音楽を禁止されていた町だ。
だが最近、冒険者達の働きによって住民達の意識にも変化が起こり、徐々に賑やかで楽しい姿になりつつある。
道を歩めば楽器の音が聞こえ、歌が響く……そこはまるで音の楽園だった。
「そもそもここは、かなり古くから楽器職人が楽器を作り、音に関する催しが行われていた……歴史の上でも音楽の町なんです」
サンドロはそう、招いた冒険者達へ説明をしていた。
エルセントの町長邸である。
ギルドを通して冒険者にここへ来てもらったのは、他でもない依頼の為。そのいきさつを話す為、サンドロは幾つかの資料を見せていた。
まずは、「冒険者の皆さんのおかげで町に音楽が溢れ始めました」と礼を述べてから。
「町が楽しくなってきてから……最近、僕は改めてここの歴史を調べ始めているんです」
サンドロが町長になったばかりの頃、まだ町には内戦の名残があった。
外は静謐に包まれ、音楽に関する文献も倉庫などの奥深くに押し込められていた。
町の資料も一部はそれと一緒に暗がりに追いやられていて……サンドロ自身、町の歴史を学んだのも町長になって暫く経ってからだった。
「それで、今も少しずつ資料を探しては勉強をしているんですけれど――」
そこでこんな物を見つけたんです、と。
サンドロが示したのは一揃いの楽譜だった。
「これは“楽しいひと時のための弦楽”という曲です」
今は舞踏会などで演奏される事も多い、美しい曲だという。
古くから奏でられていた事も間違いなく……サンドロが見つけた以外にも、新旧の楽譜が町の各所で発見されていた。
町の中では有名な曲であり、言わば歴史を越えた“馴染みの曲”だ。
ただ、とサンドロは続ける。
「この曲……エルセントの他所では聞かれないようで」
町の何者かが作曲したらしいとは言われているが――古い資料にも作曲者は載っていなかった。
老齢の者も、「自分が子供の頃からあった曲だ」と述べており……町の誰も、この馴染みの曲の作曲者を知らなかった。
それが、と、サンドロはその楽譜を示す。
「ようやくそのヒントが掴めたんです」
その楽譜は、同じ曲でも最も古く書かれたらしきものだった。
「ここに作曲者についてメモがあります」
サンドロが見せた部分には、明確な作曲者名が書かれている訳ではない。
ただ、楽譜の執筆者として「マルコ・オルブレノ」という人物名が載っており、“作曲”の欄に――『樹海、蒼の畔にて』と一文が記されていた。
「僕はこのマルコという人物が、樹海で作曲をした……と考えたんですが」
サンドロは言いながら、別の文献を見せる。
「どうやら、それも違うようなんです」
それはマルコ・オルブレノが書いたらしい、紀行文である。
かなり古く、擦れている部分も多いが――確かに読める部分もあった。
曰く――
――私は蒼の畔にて、この旋律を教えて貰った。
――後に発表した小品は、この一部を譜面におこしたものである。
●依頼
「……どうですか」
サンドロは期待と浮き立った心を表情に出していた。
マルコ・オルブレノは蒼の畔という場所やその近くで、何者かに曲のヒントを貰った。そしてそれを幾つかの曲に残していたらしい。
そして“楽しいひと時のための弦楽”にも、蒼の畔の一文がある。
「この曲は、サウゼル大樹海にいた何者かが作ったのかも知れません」
ただ、紀行文を読み解いてみると、それが樹海の中でもかなりの奥地だった事が判る。
「とても、人が暮らせる場所ではないでしょう」
だとしたら、何者がマルコに旋律を教えたのか。
古い話だ。今はもう何の情報も残っていないかも知れないけれど。
「“楽しいひと時のための弦楽”は、町のルーツの一つとも言える曲です。それがどうやって作られたのか……僕は知りたいんです」
だから――樹海へ向かいその足跡を追ってくれませんか、と。
場所は樹海北東方面から、南東へ進んだ奥地。
「それ以上の情報は、紀行文から手に入れた僅かなものしかありませんが……」
ここに書かれた事が確かなら、マルコへ美しい旋律を齎した何者かがそこにいたはずだ。
「痕跡だけでも、見つけられれば嬉しいです」
無論、樹海は危険地帯。
一度に奥地を目指す必要はないし、危険であれば引き返して欲しいともサンドロは言う。
「これは僕のわがままです。それでも音楽の町の為に――力を貸して下さい」
そうして冒険者達は、雄大な樹海の入り口に立つ。
そこで聞こえるのは、風音ばかり。
美しい弦楽を齎す誰かが、そのずっと奥にいたのだろうか。
時間の壁と人知を越えた環境に阻まれて、今はそれを窺い知る事も出来ない。
故に冒険者達は歩み出す。
その先に待つ旋律は――
解説
マスターより
リプレイ
緩やかな冬の風が、枝葉をさざめかす。
その中で冒険者達は森へと踏み入っていた。
今周りにあるのは、変哲のない自然の景色と音だけれど。
「『蒼の畔にて、この旋律を教えて貰った』……なんて、不思議で素敵な響きですわね」
仄かな期待を抱くように、ネーヴェ・グラヌローザは口を開く。
シグルド・オルセンも歩みながら頷いて。
「蒼の畔という名も、詩的な表現だ。さてはて――」
どこにあるのやら、と。
彼方を見据えるように前方を見つめていた。
名に見合う場所が、その先にあるだろうか。
それはまだ判らない。故にこそ……エルナ・クルプファルツの足取りは軽やかだ。
「音を探す旅! なんだか素敵ですね!」
「うん」
ルーンス・ラグネルも同じ心で表情を和らげ、改めて前を見据える。
自分達が辿るのは、曲の足跡だ。
「……楽しそう」
そうして皆は木々の更なる奥へ、入り込む。
最初に訪れたのは、闇だった。
木立による狭い道を抜けた先。
暗漠森林――そこに広がる光の無い空間に、サイラスは視線を巡らせている。
「外光が入らない環境かな」
夜煌石の首飾りを灯してみると、木々が密集しているらしい。
「これが絡み合って壁と天井になってるんだね」
「夜以上の暗さだな」
シグルドも目を凝らして見回す。暗視を発揮して、ようやく景色が窺えるほどだった。
「少し、広く照らしてみようか」
と、槌を翳すのはイズル・M・ヴォルゴール。
瞬間、先端から光の球が生まれ、暗闇を明るく照らし出していた。
すると見えるのはどこまでも続く森だ。
「視界の面を抜きにしても、歩きやすい環境はと言えないな」
セリオス・オーガストは言いながら……故にこそ注意深く先を窺う。
すると暗視を活かした上でも、木々が壁となって遠方までは望めない事が判るから。
「警戒して進む必要はありそうだ」
「では、まず先を見てきますね!」
と、斥候として先行するのはエルナ。こちらも暗視で木陰も確認しつつ……ある程度を進んでから声を響かせる。
「ひとまず問題ありません! ただ、変わった砂利道になってるみたいです!」
皆がそこへ歩むと、確かに地面が一面、砂利になっている。
足を踏み入れると――ざらりと、耳障りなほどの音が響いた。
「周りの音を掻き消す大きさだな」
セリオスは確かめつつ見回す。
或いは索敵に不利になるだろうと思っての事。
すると砂利の少ない場所もあって……セリオスはそこを通るようなルートを提案し、皆も同意してそちらへ進むことにした。
ただ――
「少し、不思議だね」
と、砂利を見下ろすのはキオルティス。
見た目には普通の砂利が、そうとは思えぬ音を発する事が気にかかっている。
サイラスは紀行文に改めて目を通していた。
「この辺り、読める所は殆ど無いんだけど」
でも、と頁に指を滑らす。
「ここの砂利に何らかの言及をしてるのは確かだよ」
即ち、マルコも砂利が気になっていた、という事だ。
皆が一度足を止めると――
「調べるなら、照らそう」
イズルが言って、改めてその一帯を明るい光で詳らかにした。
その状態で見ても、砂利にしか見えないが……キオルティスが特に密度の低い場所を踏んでみた時の事。
「さっきと少し、聞こえ方が違うね」
キオルティスは道中、音に注目して聞こえたものを細かに記していた。それと照らし合わせて考えても……今の音ははっきりしたものに思える。
ルーンスも、その辺りを歩んでみた。
するとからからと木琴類のような音が耳朶を打つ。
「この砂利、もしかして中が空洞なのかも」
内部に更に小さな砂利のようなものがあり……踏むと衝撃で鳴るのだろう。
シグルドは物珍しそうに砂利を取り、からりと鳴らした。
「まるで、楽器だな」
砂利の音は一粒一粒大きさも高さも異なる。砂利の多い場所では、数十の音が一度に鳴って濁り、耳障りに聞こえたのだろう。
「――でしたら」
と、ネーヴェは少し思い至ったように先を見る。
砂利の特に少ない場所ならどうかと思ったのだ。そこを見つけて注意深く、歩んでみると……からん、ころん、からん。
「わぁ、ちょっと音楽みたいに聞こえます!」
エルナは明るい声音で、自分も歩んでみる。
ころん、ころん、からん。無論、歩み方によって響きは異なるが……これが一定のメロディを奏でる場合も、あるだろう。
樹海そのものが音楽を奏でているのかも知れない――ネーヴェにエルナ、皆もそう考えている部分はあった。
もし、マルコもここでそれを知ったとしたら。
「それを曲のヒントにしたかもな」
サイラスの言葉に、皆は頷く。
それから、キオルティスは歩んでいて音階が聞き取れる場所は重点的に記録。ネーヴェもマルコの楽譜と照らし合わせながら、耳を澄ませて進んだ。
と――イズルは不意に嗅覚で違和感を捉える。
(これは……)
仄かに甘いような香り。
或いは何かの花の蜜に似ていて――それが動いているのだと判った。
「何かが近づいてきている」
「歩みを止めてくれ」
セリオスの言葉に皆が応じると……キオルティスが遠くの羽音に気づいた。
「蜂、みたいだ。でも大きい」
「敵だな」
程なく、セリオスもエーテルの波を走らせて補足した。
闇から現れるのは、翼の如き羽を持った蜂の魔獣。
数は三体、既にこちらへ敵意を向けている。
「やるしかないか」
呟いたイズルは、決めれば迷わずに。直後には声と共にエーテルを解き放ち、皆を淡く耀く光に包む事で能力を上昇させた。
同時、キオルティスは疾駆し跳躍。鮮やかな剣捌きで刺突を繰り出すと、暗器での一撃も加えて一体の体力を削りゆく。
「頼めるかい」
「ああ」
次いで、キオルティスに応えたセリオスが弓を引く。
立ち位置は後方を保ち、敵に狙いをつけさせぬまま。木の陰から正確な一矢を放ち、一体を四散させた。
残る蜂はこちらへ迫りくるが……前面に立つシグルドは退かず防御態勢。
蜂がそのまま針を突き刺してこようとも――
「下がらないさ」
ガントレットをはめた腕で滑らすように、その一撃をうまく逸らして威力を抑える。
それでも無傷とは行かないが、シグルドは一歩も後退せずに。
「攻撃は任せるぞ」
「了解です!」
声を返したエルナが杖を振るい、美しい光球を闇に浮かべていた。
刹那、眩く注ぐそれが二体の蜂を巻き込むと――
「続かせて頂きます」
ネーヴェも短杖を翳し、清廉な燦めきを鋭い光弾と成して射出。雨と降らせて二体を追い込んでゆく。
その頃には、ルーンスが祭刀にエーテルを流動させていた。
凝集された光は、闇を翔けてサイラスの体へ。その知覚力を鋭敏に研ぎ澄ませて――
「お願いするね」
「ああ」
頷いたサイラスが竜花琴――楽器を兼ねたその弦を真っ直ぐに引き絞る。瞬間、放った射撃が蜂を連続で貫き、二体を塵とした。
闇が一層、静まってゆく。
数刻の行軍を続けた一行は、木々に囲まれた比較的安全な場所で留まり、野営をする事に決めていた。
「これで問題ないだろう」
と、セリオスはゲルを広げて、枝葉をまぶす形でカモフラージュする。
イズルも周りを見てきてから戻ってきた。
「水源も傍にあるし、ここなら水も自由につかえそうだ」
「じゃ、食事の準備も始めよう」
言ってサイラスは荷を下ろし、用意したものを取り出していく。
シグルドもまた干し肉を並べて。
「これくらいで、足りるか」
「うん。それじゃあ、作ろうか」
石を置いた上に鍋を設置するのはキオルティス。そこに水を注ぎ、皆が持ち寄った食料を煮てスープにした。
干し肉の一部は炙ってそのまま食べられるようにして――食べられそうな野草も軽く茹でてから食卓に並べる。
「まだ先は長そうだ、英気を養っていこう」
シグルドの言葉に、皆も頷いて。スープに肉、野草サラダを頂き栄養をとってゆく。
味は、美味だ。
日中、長く行軍を続けてきたその疲れも癒えてゆくようで。皆は暫しサバイバルの味を楽しみ……ゆっくりと時を送る。
サイラスはその間、改めて紀行文に目を通していた。
「見た感じ、この森林にはあまり文量が割かれてないかな。抜けがあるだけかも知れないけど、ここの旅路はそれほど長くならないかもね」
「それならありがたい」
キオルティスは言いながら、疑問も抱いてはいる。
「ただ、魔獣も出てきたし危険な旅ではあるよね。ここを進んでいけたなら、マルコさんも授恵者だったのかな」
「可能性はあると思うよ」
ルーンスもまた用意した写しを読んでいる。
「その辺りの事は、あんまり言及されてないけど……。でも、危険地帯を歩むのに慣れているような印象は受けるから」
故にこそ、旅慣れたマルコが蒼の岬でこれまでにない感動を受けたらしいのが、興味を惹き付ける。
ただ――そのヒントはもう自分達も掴んでいた。
「この紀行文……この暗漠森林で何かを決心して、奥を目指す事にしたみたいに読めるんだ」
「砂利の音、か」
ルーンスに応えるように、イズルは今も近くにあるそれに目をやった。
あれからまた、足音が旋律的に響く場所も発見していた。
もしそれがマルコの曲と一致したら――旅路そのものが旋律を教えたという証左の一つにはなるだろう。
「マルコさんの楽譜、何か演奏してみようか」
「素敵ですね! 私も合わせていいですか!」
エルナの言葉にイズルが頷くと、まずは二人で“楽しいひと時のための弦楽”を。
イズルがバイオリンで美しい旋律を紡ぎ始めると――エルナがフルートの伸びやかな音色を重ね、ハーモニーを奏で出す。
それにキオルティスも竪琴を爪弾き、清廉なリズムを加える。
『――』
そしてネーヴェも歌を口ずさみ、透明感のあるメロディを重ねていった。
それは名に違わぬ、楽しげで穏やかな曲だ。
シグルドは周囲への警戒を欠かさぬながらも……暫しそのアンサンブルに心を委ねるように、耳を澄ませている。
(いい曲だ)
ただそれは、環境音からヒントを得たにしては複雑な曲でもあった。
一度止めると、ネーヴェもそれを気にして別の楽譜に目をやる。
「先刻の音色からヒントを得たのならば……もう少し短く、音の少ない曲でしょうか」
「似ているのを探してみます!」
エルナも自分や皆がメモした砂利のメロディを、マルコの譜面と見比べて類似箇所がないか探してみた。
すると――
「あっ、こちらはどうでしょうか!」
取り出したのは、束の中では見つけるのも難しい、たった一枚の楽譜だ。
覚書である事の他に詳細は書かれていないが、夜の散歩をイメージする旋律らしい。
キオルティスが竪琴で音符を追ってみると……皆は少し目を合わす。
正確にとは言わないが、一部に酷似する部分があったのだ。
「やっぱり。……マルコさんはここで砂利が不思議な音を鳴らすと知って、書きとめて――それから自分の知らない音楽があると期待して、更に先を目指したのかもしれない」
キオルティスの言葉が正しいかはまだ判らない、けれど。
「少しずつでも――紐解いて参りたいですわ」
ネーヴェの言葉にも皆は心同じく頷いた。
その後、交代で見張りをしながら就寝。無事に朝を迎えると行軍を再開する。
森は道筋も無かったが、紀行文を参考にしながら――イズルが植物共感の能力を発揮。
木々の生育が鈍くなってゆく方向を目指すことで、段々と闇が晴れてきた。
「ようやく出口か」
「不思議な場所だったね」
イズルの言葉にルーンスは応え、前へ。
明るくなってゆく方向へ歩み、木々が開けた先へ出ると……そこで陽光が差し込んだ。
●奏音
「これは――」
セリオスは僅かに瞳を細め、視界に映る景色を観察する。
広がっているのは、長大な丈の草が茂る空間だった。
「木じゃないんだ……」
ルーンスは風にゆらゆらと靡くそれを見つめる。頭上まで遥かに伸びながらも、鮮やかな翠が映える葉であった。
密生しているようで、視界は悪い。
ただ、真上を仰ぐと草の間から青空を望む事は出来た。
イズルはそこでも共感能力を使い、草を幾つか調べてみる、と。
「これも一本一本、微妙に生育状態は違うな。栄養の豊富な土壌の上では、草の密度が高い……と言えそうだ」
現状では、その度合による景色の微妙な変化しか、手がかりはない。
「上から眺めてみましょうか!」
と、そこでエルナがペットのリスに草を登らせ、頂上を目指してもらう。
かなりの長さを誇る草だが、それでも登れる限界まで行くと周囲を望める程度の視界を得る事は出来た。
そうやって前方を確認すると、どこまでも草の茂る光景が続いているようだが――
「確かに、沢山草があるところとそうでないところが分かれているみたいです!」
「上から確認してもらえるなら、迷いはしないか」
シグルドも言って空を眺めている。
「この環境なら一応、太陽の向きで進行方向も確認出来る。ひとまずは、後ろの森から離れる方向にいくか」
皆もそれに同意し、歩み始めた。
密度の分布を地図代わりにして、方向を定めつつ。ルーンスは一定間隔で拾った枝を置いて、道筋も可視化してゆく。
セリオスは索敵を続けながらも、ふと見回した。
「ここには何か、音楽的なものはなさそうか?」
「いえ! ちょっと待って下さい!」
と、周りに意識をやっているのはエルナ。今も耳朶を打つ音に、注目していた。
それはさらさらと風が草を揺らす音。
キオルティスも歩み進むにつれて、それが気になったところだった。
「微妙に草の分布が違うからかな――さっきよりも少し、音階があるように聞こえない?」
「……そう、ですね。言われてみれば」
ネーヴェも頷く。
意識しなければ、風音と草が触れ合う環境音でしかない。だが先刻より、今鳴る音の方が音楽的になっている感覚はあった。
その内にそれは……複数の音階が織りなす、流動的な和音となってゆく。
サイラスはエルナ達がメモする譜面を見つつ、再びマルコの楽譜を捲る。先刻のように曲と一致する箇所がないか確認するためだ。
「んー、この辺りかな?」
と、目を留めたそれもまた、覚書のようなもの。
マルコの署名が走り書きされただけで曲名もないが……和音が目立つのが分かる。
記号も多く書かれており、細かなニュアンスを記録しようとしたらしい事も窺えた。
ネーヴェはトップノートを中心に声で追ってみて――
「確かに、似ています」
和音はかなりの数が連なっている。ここで聞こえるものの“先”も記してあって……皆はそれを追うように歩み出す。
「音を辿って進むなんて、なんだかワクワクしますね!」
「こうしてみると、環境から曲を作ったのは間違いなさそうかな」
サイラスは呟きながら――それでも、今聞こえる音だけに注目はしない。視線をつぶさに走らせ、ないかと調べるのは生き物の痕跡だった。
結果として自然音がヒントになったのは事実らしいと判ったが……何かに“旋律を教えてもらった”という表現を考えると、やはりその可能性もあると思うから。
――と。
「これは……生き物の毛かな」
サイラスは細いそれを見つけて拾う。透けて見えるほど細く、色も分からないが――どうやら人のものではないらしかった。
「蜂以外にも生物がいるのは、確かか」
ひとまずそれは保存する事にして――先へ。
「お腹すかない? 軽い食料、あるよ」
ルーンスがショートブレッドにドライフルーツを用意すると、皆でありがたく頂きつつ。
警戒も欠かさず、時折現れる蜂を撃退しながら――楽譜の終わりに辿り着く頃には、草原を抜けて視界が開けていた。
●澄音
見えたのは苔むした景色が美しい、自然地帯だった。
ただ、少し先から川が道を分断しており――対岸が遠方である事が窺える。
川は深く、容易に渡れそうもないが……シグルドは見渡して、川面がところどころ、小島のように凍結している事を見つけた。
「あの氷の上を進むしかないか」
一番近い氷に乗ると、人が乗れる程度の厚さはあるようだ。
ただ、不安定には違いなく――セリオスは足元の感触を確かめつつ後続へ振り返る。
「焦れば落ちるな。確実に進もう」
皆は頷き、注意深く氷上を進み始めた。
緩やかに川面を漂う氷同士は、時折近づいては離れてゆく。一行は可能な限り接している部分を渡り、距離があって見えにくい場所は――
「待っててね」
ルーンスが拾っておいた石を投げた。
それが沈まず、跳ね返って転がるのを見ると……皆は頷き合い、跳躍してその氷へと渡ってゆく。
比較的安全な、大きな氷があれば――
「こちらを命綱に」
と、ネーヴェがそこに蜘蛛糸を固定して、保険をかけた上で進行。定期的にそれを繰り返す事で、皆で川に流されずに進めた。
――と。
道中、エルナがはっと気づく。
水流と氷同士がぶつかる、微細な音が耳に入ったからだ。
それは連なって、絡み合い。
「音階に聞こえます!」
「ここでも、か」
イズルは視線を巡らせる。
それはやはり、鋭敏な聴覚の持ち主でない限り、意識しなければ気づかない程度のものである。
ただ……一度気づけば、これまでのものよりもはっきりと特定の高さの音を発していると判った。
それは単純な音階ではあったけれど。
「面白いね。ちゃんと調の中で動いてる」
かなり規則性があるよ、と。
キオルティスはそれもしっかりと記して残してゆく。
まるで透明な鉄琴を鳴らしたような、濁りない音色だ。
耳を澄ますエルナは――
(音の鳴る川……夢で見たような……?)
記憶はぼんやりしているけれど、そんな不可思議な感覚も得るようで。その音を追うようにまた進み始めた。
と、今度はまた別の音が聞こえる。
それは大きな水音と、鋭い爪が氷を咬む異音だった。
「前だ」
と、指したのはシグルド。
視線の先、氷から氷へ跳んで動く影があった。
鋭利な牙に爪、捕食者の眼光を持つ狼。否、狼にも似た――紛れもない魔獣だ。
イズルは素早く見回し、戦いは避けられないと即断。
「皆、準備を」
言いながら自身も深く息を吸い――呼気と共にエーテルを拡散させ、皆の能力を引き上げて戦闘態勢を整える。
頷くセリオスも、迷いなく。既に番えた矢に濃密なエーテルを込めていた。
魔獣は一歩一歩、高速でこちらへ迫りくる。だが氷の上を渡るなら、そのルートは絶対に予想する事が出来る。
故にセリオスは惑わずに。刹那、射撃を敢行し――魔獣が氷面に着地した瞬間、その足を鋭く貫いた。
「今だ」
「判りました!」
魔獣が傾いだタイミングで、応えるのはエルナ。
光を渦のように凝集させ、眩くも鮮やかな魔弾を射出。魔獣の体を穿ち体力を抉り取る。
苦渋の呻きを零す魔獣。だが斃れずに再び跳躍してエルナを狙おうとした――が。
「通さないよ」
立ちはだかるのがサイラス。しっかりとエルナをカバーし、牙の一撃を受け止めた。
とはいえ、その余波で川に落とされるが――
「大丈夫か」
「問題ないよ」
イズルに応えたサイラスは、瞬間的に焔のような揺らめきを翼と成して水から飛び出る。
そしてそのまま魔獣へ。高速の体当たりで、逆に相手を川へ突き落とした。
その間にイズルが魔力を治癒の燦めきにして、サイラスへ。減ったばかりの体力をしっかり回復させてゆくと――
「後は任せてもいいか」
「うん」
声を返すルーンスが軽く意識を集中。
力強く明滅する光を生み出すと、それをキオルティスへ注ぎ……その力を増大させた。
「ありがとう」
キオルティスは言いながら疾駆。
水から出ようと藻掻く魔獣へ、的確な刺突を加えて追い込んでゆく。
魔獣はそれでも殺意をなくさず、氷へ這い出してくるが――前面に立つシグルドが、牙撃をしかと真正面から受け止めていた。
その威力は強力なものだが……シグルドは倒れず反撃の刺突。膚を抉って瀕死にさせた。
「あと少しだ」
「判りました。ならば、私が」
そっと言ったネーヴェが、光球を降らす。
鮮烈に燦めくその光は狙い違わず魔獣を貫き、撃破していった。
川を渡りきると、長閑な空気の流れる一帯に辿り着く。
安全らしいと判断して――皆はそこにキャンプを張る事にした。
テントを作り、寝床や薪も用意して。一通りの設営が終わると皆もそこで休息を取る。
「このくらいでいいかな」
と、サイラスは仕留めた魔獣の肉を処理して焼いている。軽く味見をすると十分に美味で、良い食料になりそうだ。
皆も持ち寄った食料を調理し、空腹を満たす。
セリオスは軽く息をつくと、周囲を見渡していた。
「まだ先は長いが。ひとまずは十分な距離は稼げたろう」
「そうだね。順調に行けば蒼の岬も遠くはないかも」
ルーンスも紀行文を読みつつ頷く。この調子であれば、数度の遠征で紀行文に書かれている地を網羅出来そうでもあった。
「で、さっきの音だけど」
サイラスがマルコの楽譜を取り出すと、キオルティスは頷いて――メモしたものを取り出して見比べていく。
「似てるのは、これかな」
と、着目した一枚もまたスケッチのような楽譜。
ネーヴェはそれを声で再現するように、丁寧に一音一音、音符を追ってゆく。
『――』
「確かに川で聞いた音の通りですね!」
エルナは記憶にも新しいそのメロディが、ネーヴェの歌と一致する事を保証する。
これだけ同じ事が続けば、マルコが旅路から旋律を得ていた事は確実と言えるだろう。
「ただ、これらは全部別の曲なんだね」
キオルティスは譜面を見て呟く。
“楽しいひと時のための弦楽”はその内容からも、長い旅路によって構成されていると思っていたが――
「“蒼の畔にて”と書かれている事を考えれば……やはりそこで聞いた旋律が中心なのかも知れませんね」
ネーヴェは楽譜を眺めながら、確かめるように口にする。
おそらくはそこでも、自然から旋律を得たのだろう。ただ、それは今まで聞いたものよりも、もっと複雑な何かである事も間違いない。
「弦楽にした理由も、その辺りかも知れないな」
イズルは呟く。
持続音が多く、時にテクニカルで、和声も巧みな一曲。それを再現するのに適していたのだろう、と。
「この先で、その起源に会えるなら――」
楽しみだ、とイズルは期待感を抱く。
「そのためにも、ここはしっかり休んで……まずは帰還だな」
シグルドの言葉に皆は同意し、見張りをしつつ就寝。
日が昇る頃、皆は旋律の響く環境を背に――人里へと帰ってゆく。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2022年01月28日 15時50分14秒 公開
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー 森林はランタンとか暗視が欲しいのはあるけど、索敵の為に音を抑えられる様にしたいな。 エリアサイレンス連打だと移動速度死ぬし。砂利を避けるとか無難かね? 草原は上から見れるとなんとかなりそうなんだけども、あんまり無いし草を踏み折りながら行く感じかね?密度の違いが何かヒントかも知らんが。 川はシンプルに落ちないがベストだろなと。温度耐性とかあれば落ちても軽減出来そうだけど。 戦闘に関しては蜂が森林では聴覚と視界、草原では草で視界不良の状態になるのが厄介だなと。とはいえそれ以外は異常も無いし普通の敵って感じか? 川の狼が氷上を動き回るのが面倒だろうけど、突き飛ばして水に落とせば動きが鈍ったりするかね? 捜索に関しては聴覚系あった方良さそうやね。超聴覚とか?後音階から演奏とか音楽に纏わるスキルは多少でも補正ありそう? 後は暗視持ちなら森林地帯捜索向きそうやね。光源持ちだとどうしても明かりの範囲しか見れなかったり、色も関係あったら光源の光の色次第ではとなるし。
ヒーラーのルーンス・ラグネルだよ。よろしくね。 森林は超聴覚は確実につけてくので、外敵の接近に少しは反応できるといいけど。暗視は持ってるけどランタン持っていく人がいるなら外すし、皆暗視つけてくなら暗視つけてくよー 草原は木の高さほどの草ってあるけど、草なんだ……すごいね。 川は川の流れと氷同士がぶつかった音を耳に拾って危ない箇所は避けて歩くしかないかなぁ。 戦闘は支援中心になると思うよ。
ウォーリア、シグルド・オルセンだ。よろしく頼む。 基本は明かりもあるにはあるが、暗視の方がいざという時に動きやすいだろうから、基本そっちで。もう一つのスキルはちと考えてみる。 戦闘はまぁ基本的に壁か。ヒーラーも充分そうだし、ヒールは外して攻撃用のアクティブスキルにしておこうか。
ヒーラーのイズルです。よろしく。 スキルは超嗅覚と植物共感で確定だと思う。 植物共感は植物と会話できる訳じゃないが、森や草原を抜けるのに役立つと思う。 戦闘に関しては攻守両用になると思う。 解説を読むと、行軍期間が長いけど荷物はどうしようか? 明かりはエンライトを持ってくつもりだけど、ランタンも必要だったら持っていく。 後、持ち運べる小型楽器を一個持っていくつもりだ。 スキルの演奏は乗せれないが、実際に引いてみてわかることもあるかもしれない。 目的地のキャンプ設置場所や移動の休憩中に借りてる譜面を引いてみようと思ってる。
ヒーラーのネーヴェ・グラヌローザと申します。どうぞ宜しくお願い致します。 暗視……と思いましたが、イズル様がエンライトを持ち込まれるご様子ですので、汎用2枠目は別のものを持てないか考えてみようと思います。荷物の話が出ましたし、マジカルポケットでも良さそうですね。 戦闘に関しては、回復は十分に手が回りそうですので、私は魔法攻撃中心で行こうと思います。 同じく、実際に奏でてみて分かることも御座いましょう。私は汎用1枠に歌唱スキルを持ち込むつもりです。
エルヴンシューターのエルナです!皆さまよろしくおねがいしますね! >個人行動 スキルは超聴覚と暗視にするか、超聴覚と位置感覚にするかで悩んでいる感じですね! 前者なら主に『暗漠森林』での斥候役! 後者なら主に『風草原生地』で、リスさんに風草上から見渡してもらっての眺めと合わせてのルート取りをやれるかなと! 私も譜面とにらめっこしながら進みたいですね! 恐らく全部のエリアでなる音が作曲の元になっているのかなとこっそり予想していたりするので、『風草原生地』の正解ルートも楽譜が教えてくれそうな気がしています! フルートではありますが、私も楽器を持っていく予定です! 日数を考えると、水や食糧なども必要でしょうし、残りの持ち物についてはもう少し考えてみようと思っています!
・・・・ん、シューターのセリオスだ、よろしく頼む とりあえず今回は言われてるように視覚聴覚に割と不利そうだな 俺も暗視は持っていくとして、位置感覚にしておこうかと。 超聴覚は持っていくのが何人かいそうだし、ホークアイでカバーするつもりだからな 音階に関してはそっちはさっぱりそうなのでできそうなやつに任させてもらおう
No.8
※敬称略 セリオス 暗視、位置感覚 エルナ 超聴覚、暗視or位置感覚 ネーヴェ 歌唱、マジカルポケット?、魔法攻撃中心 イズル 植物共感、超嗅覚、戦闘時攻守両用 シグルド 暗視、?、戦闘時壁 ルーンス 超聴覚、?(明かり所持者有)、戦闘時支援 てな感じでええ? 俺は竪琴代わりにもなるので弓持ってく予定。一応演奏?と物収納用マジカルポケットor全体的にフワッと使えそうな幸運の星。 後酒でいいなら飲み物はそこそこ持ち運ぶと思われ。
遅くなってごめんね! シーフのキオルティスと言うよ。今回は宜しく。 >汎用スキル そうだね…まず1枠目を超聴覚にするか暗視にするかで迷い中。 更に2枠目を演奏にするかマジカルポケットにするかいっそ資料検索かで迷ってる。 なるべくマルコさん…だっけ、彼に近しい状況で現地に赴きたいな、と思ってるんだけど …現状分かっているこんなシビアな環境にマルコさんは良く行けたなー…とか。 彼も授恵者だったのかな? >持ち物 スキル云々関係無く、どちらにせよ、愛用の竪琴は持って行くつもり。 マジカルポケットを持って行くなら一通りの野営用の装備も持って行きたい所。
サイラスまとめありがとう。 灯があるなら暗視じゃなく、資料検索にするよ。
持ち物は水とマントにしたけど、食物の方が良いなら持ち替えようと思ってる。 楽器は、“楽しいひと時のための弦楽”なんで今回は弦楽器にした。 (フレーバー「1メートル未満の楽器」なのでプレにはバイオリンと書きました 戦闘はエンライト使うと目立ちそうだから森だと狙われやすくなるかな? なので、ちょっと防戦寄りになってます。
おっと遅くなってすまない。 暗視ともう一つは一応戦術眼にしておくよ。
とと、すっかり日が空いてしまいました……! 私は超聴覚と暗視で行こうと思います! 『暗漠森林』では斥候役として、先行して敵さんを見つけますね! アイテムは食材として迷宮お肉セットを持っていこうと思います! 後は川に落ちた方の為にロープか母蜘蛛糸のロープを持っていこうと思っています!
すっかり間が空いてしまい、また出発直前の発言になってしまい申し訳ありませんでした。 汎用は歌唱と記憶術に致しました。 現地では皆様よろしくお願い致します。力を合わせて頑張りましょう。