【遺剣】魂の色
望月誠司
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シナリオID:1804
オープニング
人には歴史があるという。
その手に握られた――には、魂が籠められているのだという。
誰が呼んだか授恵者、十余名の冒険者達は今日も今日とて白い雪が吹雪く中、山野より迫り来る無数の漆黒達と対峙し得物を振るっていた。
群れだ。
夥しい数の魔獣の群れが極寒のシルトラースの山麓に立つ小村を襲っていた。
純白に白く白く荒れ狂う雪の奥より、黒い影達が飛来する。
漆黒の毛皮と黄金の瞳を持つ狼に似て、しかし非なる――普通の狼は背中から翼や蛇などを生やしてはいない――魔獣である。
以前に近隣の山脈では獣達の生存競争が熾烈になっていたのが確認されていた。
大地の力の枯渇から山内の実りが乏しくなっている為だ。
この狼型の魔獣達も恐らく、山脈内の縄張り争いから押し出されて来た者達なのだろう。
フード付きの襤褸外套に身を包んだ痩せた矮躯のゴブリンが振り向きざまに剣を振るう。
銀の閃光、白い吹雪を斜め裂いて走った刃は、飛来した漆黒の狼型魔獣の首を一刀の下に断裂して斬り飛ばした。
回転しながら狼の頭部が宙を舞い、鮮血が散り、噴出して、白い闇の中に赤が混じってゆく。
ゴブリンの少年は雪を蹴散らしつつ風の如く駆けた。方向を転換、白い粉状の雪を巻き上げて、横滑りしながら左右の手に握る双剣を嵐の如くに振るう。吹雪の奥から次々に飛来する黒い影達が断たれ、赤色を白の中に混ぜながら雪の大地へと堕ちてゆく。
彼の名はグォウリン、ゴールディ出身の冒険者だ。
シルトラース帝国とは何の縁もゆかりもなかった。
帝国出身だという冒険者の男と組むまでは。
『――いつか帝都に帰るのだ』
彼の相棒はそれが口癖だったが、再び故郷の土を踏む前に、帝国の大地を汚すクリーパーの群れと戦って死んだ。
今際の際に、
『連れていってくれ』
とゴブリンの少年へと剣を託して。
彼が今も振るい吹雪の中に血風を巻き起こしている双剣の片割れは、他ならぬその形見の剣である。
『――帝都にたどり着いたら、答えも見つかるかもしれませんね』
冒険者の一人は『それで結局、何になるのか』という疑問を抱いていた少年へとそう言った。
どうして既に死んだ男の剣を、既に滅びた瓦礫の都へと、突き立てにゆかねばならぬのか、グォウリンにはわからない。
瓦礫の都に辿り着いた時にどんな答えが待っているのか、グォウリンにはわからない。
けれども、そうしなければグォウリンは気が済まないのだ。
だから、彼は今日も今日とて帝国の村を襲う脅威を斬り捨てる。それが帝都へと続く道だと信じているからだ。
彼にはそのような背景、過去、つまりは『歴史』がある。
しかし、それは彼だけに限った話ではない。
今、この場で並んで得物を振るい、白い闇の奥より迫る漆黒の群れと戦い続けている十名の冒険者達にも『歴史』はあるのである――
道には歴史があるという。
人には歴史があるという。
その手に握られた力には、魂が籠められているのだという。
解説
マスターより
リプレイ
――マリイ・パルティスには目が四つある。
二つは己自身の目、そして残り二つはエーテルリンクを結んでいるコルデラのものだ。
白い狼が雪上にて四つ足を駆動させ跳ねるように駆けながら、首を巡らせ吹き荒れる吹雪の奥へと、顎を大きく開いて吼え声をあげている。
その身には周囲から魔獣と間違えられる事がないようにとマリイよりマントが着せられていた。
白狼を追って、吹雪の奥より影達が飛来する。漆黒の毛皮と黄金の瞳を持つ、体長1m程度の狼型の魔獣だ。背中からは翼と蛇とが生えている。
「来ます!」
エンライトを浮かべ白い闇を照らす銀髪金瞳のエルフ娘は、周囲の仲間達へと声をかけつつ、手に持つ暗黒色の弩を構えた。
鋭い音と共に黒い呪具より魔宿の矢が飛び出し、迫る黒狼の眉間に突き立つ。
黄金の瞳から光が消え、赤い舌をだらしなく伸ばしながら一体が雪上に墜落する。
命中。
しかし小刻みに手は震えていた。
(この寒さ……帝国に帰ってきたなって)
白い息を吐き出しかじかむ手で次矢をクロスボウに装填しつつ、以前は帝国で暮らしていた仕立て屋の娘は思う。
戦う理由。
正直、分からない。帝国に限らず、マリイには。
行きたい場所はあった。だが、別に今戦わなくても良い。
授恵者だからそうするべきかな、という思いはあったが――
だから、今してることは、師や周りの人々、本で読んだ正しいことの真似でしかない。
――実際の心はどうしようもなく浅ましい。
白い闇の奥より迫る黒影を迎え撃つように白い光が荒れ狂っている。眩い稲妻が炸裂している。
気合の声や悲鳴と共に黒狼達の身が爆ぜ断たれ、宙に飛び散る赤色が世界を染めてゆく。
(怖い)
胸の奥より冷たいものが迫り上がって来る。
マリイは正直、戦うのは苦手だ。痛いのは嫌だ。クリーパーも魔獣も人も怖い。自分が命を奪うことも、怖くて怖くて仕方がない。
震える手で荒く白い息を吐き出しながら、金色の瞳で黒影達を見据え、装填したクロスボウにエーテルを収束させてゆく。
――何より、どれだけ戦っても、多くの命を救っても、マリイの大切な人は戻ってこないから。
あれほどまでに羨ましいと思っていた授恵者の力なのに、今更だと。
(なのに、どうしてかなぁ)
己でも疑問に思いつつも、それでもマリイは眼前を睨み引き金を絞った。
放たれた弩矢が宙で炸裂し、巻き起こった指向性を伴う衝撃波が一直線上を突き抜け、群がる黒狼達を次々に薙ぎ払い撃ち落としてゆく。
目の前で人が襲われていたら助ける。寝覚めが悪いからだ。それはマリイにとって当然だった。
けれども、態々ここに出向いてまで戦う理由が、自分でも分からない。
(いつか……分かる日が来る?)
再び素早くクロスボウに弩矢を装填する。
駆ける愛狼を追う黒影へと弩の照準を合わせ構える。
銀髪のエルフ娘は金色の瞳で白い闇の奥を睨み据え、鋭く弩矢を撃ち放った。
●
「これだけ厚着をしても寒いものは寒いな。魂まで凍えそうだ」
ガッコウが白い息を吐きつつ両手で鋼斧の柄を持ち直し、具合を確かめるように握り締めている。
ゴブリンロードとリザードマンのハーフの男は、サーマルアイを使用して周囲の温度差を視覚化していた。
どこもかしこも凍てついているが、その中に紛れて無数の熱源が動いている。うちの三つ程が宙を渡り、ガッコウへと迫り来る。
男は鋼の斧に眩く輝く光を纏わせると刃と成し、縦横無尽に振り回した。
荒れ狂う光の嵐が、迫る熱源達を切断し、宙に熱い液体を噴出させながら雪上へと堕ちてゆく。
――戦う理由。
――冒険者を続ける理由。
それは単純だった。
ガッコウは昔から救世主になるのが夢だったのである。
弱きを助ける、悪事を挫く、その他の善行を積む。
道すがらにそれを行うのもよいが、ギルドというのは効率的だった。
戦うというのは救世主になるための手段に過ぎない。
しかし――これしか生きる術を知らないともいえた。
――集団に属さぬ者が日銭を稼ぐのは難しい。
混ざり者を受け入れる場所は多くない。
ガッコウが元いた寺院はもうあの場所にはないだろう。
(戻る場所など無いのだ)
食うためには、戦えと言われた相手と戦う他ない。
――本当はただ殺したいから刃を握っているのではないか。
そんな疑問が鎌首をもたげ、白い闇の奥より黒い影が迫る。
ガッコウはエーテルを全開に、迎え撃つよう裂帛の気合と共に戦斧を一閃した。
空を断ち、唸りをあげて振り下ろされたダマスカスの刃が、漆黒の狼を頭部から尻まで真っ二つに割って抜けてゆく。
割れた獣の身より生臭く熱い液体がほとばしり、雪とガッコウとを染めてゆく。
(俺の身体の半分は不純な血が流れている)
その血がガッコウに背徳的な力を与え、ガッコウを支配する。
つまりは、本能の赴くままに戦っている。
(そこに意味など無い)
脳裏に暗く赤く浮かんだ言葉と共に歌声が聞こえた。
英雄の物語だ。
伝承歌。
その旋律はガッコウを救ってくれる。
――悪い怪獣は退治され、良い怪物には救いが与えられる。
全てが勧善懲悪ではないが、自分の結末を見ているようで、だからガッコウは、物語の主人公のように戦う。
あぁ、そういえば。
ふと、思い出す。
「また語り部の君の名前を聞き忘れていたな……」
額の左右より一対の角――ただし左は根元から折れている――を生やす男は、呟きつつ戦斧を握り直し、再び雄々しく振り上げ、迫る影の群れへと突撃した。
●
190cmを超える長身の、全身鎧に身を固める半獣娘が、マントを着込み、対雪装備で雪を踏み締め立っていた。
ハルハンの子ツァガーンナルである。
耳をそばだてる。
吹雪の風に混じって獣の息遣いの音がする。
足場が悪い。迫り来る敵の群れに対し、ツァガーンナルは身を低く前傾に、重心を落として暴風の名を持つハルバードを担ぐように構える。
ツァガーンナルが戦う理由は、憧憬と恐怖だ。
両親の冒険譚を聴いて育ち、幼い頃より憧れた。
(いつか、ボクも!)
怖いのは――そう、こんな吹雪の日。
迷子になった事がある。
吹雪の中で襲われて、守って貰った。
勇気づけられたのだ。
あの大きな背中に追いつきたくて――授恵者という力を得たら、その力がまた怖くなって。
一歩進んではまた止まってばかり。
けれども。
誰かを守るたびに、この力も怖がらずに済むようになってきた。
一歩ずつ進んで、背中に追いついて。
そうしたら、またきっと――二人に会えると、信じている。
シルーン・サルヒより眩い光が噴出した。伸びる光が刃を形成してゆく。
黒影がツァガーンナルへと迫り、しかしその突進が、見えない壁に阻まれるかのように鈍る。殺界だ。
――何があっても、今度はボクが守れるようにって!
ツァガーンナルは踏み込み裂帛の気合と共にまさしく暴風の如く斧槍を凄まじい勢いで振り回した。
幾条もの光の筋が走り、漆黒の狼達が次々に光刃に叩き斬られ撃墜されてゆく。
――それが、ツァガーンナルが戦う理由。
吹雪で終わりが見えない戦いは、辛くて、寒くて、怖い。
正直、逃げてしまいたいと思う己だっている。
けれど、ツァガーンナルの後ろには守るものがあった。
(――絶対に、通しはしません!)
まだまだ数を減らさない黒影の群れを睨みつつ、白い闇に対して立つ。
一度でも退いてしまったら、もう一度立ち向かえる程、己は強くないから。
一度でも退いてしまったら、絶対に後悔する。
守れる力があるのに、無力な自分に戻るのは、絶対に、嫌だった。
「だから、ボクのワガママで、君たちを殲滅します……!」
ツァガーンナルは吹雪の中を駆けると、襲い来る狼達に向かいハルバードを嵐の如く振るった。
●
戦の前、
『グォウリンは形見の剣をかつての仲間の故郷に届けるってんだろ? そりゃ、邪魔する奴等はさっさと片付けちまわねーとだな!』
ハヤト=ガラン=ヴォルファングはそう笑って言っていた。
何のために戦うのか。
(人それぞれの事情ってもんがあるしな)
白い雪舞う吹雪の中、外套に身を包んだ銀髪の妖鬼が、身を低く前傾に風を裂いて矢の如く駆けている。
ツァガーンナルの脇を抜けて来る黒影へと迫ると跳躍、宙にて黒狼と交差ざまに逆手に握る忍刀を一閃。一刀のもとに斬り捨てる。
雪上に着地した青年は卓越したバランス感覚で転倒を避け、再び駆け出す。
ハヤトが今、戦っているのは帝国崩壊の影響で行方知れずになっている両親を探す、という理由があった。
父は銀狼のハーフビーストで元帝国軍指揮官だった。母はゴブリナでシルバードのファミリー出身だ。
崩壊時に帝国にいたあの二人ならば、難民を助けたりクリーパーや魔獣どもと戦っているはずだった。
傭兵団を作り名を挙げてゆけば、いつか二人の耳にも届くかもしれない。
ハヤトはそう思って戦いの日々を続けている。
しかし、それはそれとして――
「目の前で起こる不幸は阻止しねぇわけにゃいかねーからな!」
白い風よりも速く駆ける男は、探知用のエーテル波動を走らせて雪のヴェールの彼方に存在する敵達を感知すると、積雪を巻き上げながら弧を描くようにドリフトして方向転換、吹雪の中に燃える石火の如く機動してゆく。
雪の大地を蹴って跳躍、宙空にて魂に宿る狼鬼の本能を解放、紅雷纏う籠手と具足とを旋風の如く振り回し、空飛ぶ黒狼を叩きのめし、撃墜してゆく。
「ブレイブファング傭兵団ここにありだぜッ!!」
ハヤトは団員であるツァガーンナルと連携し、群がる黒狼達を蹴散らしてゆくのだった。
●
「村の皆さん! まだ戦闘中です! 家屋からは出ないでください!」
吹雪が吹き荒れる中、ブロンドのポニーテールを靡かせながら女神官が雪上を駆けつつ、光輝く棍を振るっている。ボルガニスク神殿の神官戦士ロゼットだ。
鈍い音と共に漆黒の狼の顔面に棍が激突し、黒狼が錐揉むように回転しながら吹き飛んでゆく。
扉を僅かに開いて隙間から様子を窺っていた村人が慌てて扉を再び閉めた。
ロゼットは自身へとサイドヒールをかけて傷を癒しつつ家々が立ち並ぶ路地へと飛び込んだ。肩越しに振り向く。追って来ている黒狼の一体へと祭棍の先端を向けエーテルを収束、力を解き放つ。
次の刹那、力は光の矢となって宙を裂いて飛び黒狼の腹に激突、爆裂と共に悲鳴をあげながら魔獣が鮮血をぶちまけ墜落する。
さらに迫る魔狼の爪に対し女神官は盾を翳した。表面と爪先とが激突し耳障りな音を巻き起こし火花を散らしながら抜けてゆく。ポニーテールの女神官は滑って転倒せぬよう巧みにバランスを保ちつつ盾を払うようにして魔獣を押し返した。間髪入れず光輝く棍を振り下ろして殴打、黒狼が吹き飛んで雪上に転がってゆく。もう一体はいつの間にか現れたハヤトが短刀を振り下ろしてその頭部を貫いていた。
「傷を癒すわ」
ロゼットは言って、ハヤトへと暖かい光を飛ばした。妖鬼の青年の身に生じていた傷が癒されみるみるうちに塞がってゆく。
「サンキュー」
「こちらこそ。まだ遠吠えが聞こえるし、すぐに次が来そうね」
「ああ、まだまだこれからみてーだな。気合入れ直してくぜ!」
ハヤトは礼を言うと再び疾風の如くに駆けてゆく。
ロゼットは路地の出口へと向かう。左手に持つ盾を見た。
『人を守り、人を癒し、人を救え』
神の教えの一句だ。盾の内面に彫り込まれている。
それは、敵ではなく己に向けられた言葉だった。
――神殿で学んだ時は当たり前のことだと、ただ言葉だけを覚えた。
けれども冒険者となって初めての大きな戦いで、ヴァイセントラフ砦を襲った万を超えるゾンビ、打ち破った後で亡骸を片付ける兵士の表情、亡骸に家族を探す人々を見た時、ロゼットはこの言葉の重さを改めて知った。
守れない人。
癒せぬ心の傷。
心からの言葉でも救えない悲しみがある。
それを知った。
けれども、その上で、この教えを己の信仰の道標にしようと、ロゼットは決めたのだ。
広い場所へと出れば、またすぐに黒い影達が群れを成して迫り来る。
「……さあ、どこからでも来なさい!」
ブロンドポニーテールの女神官戦士は盾を左手にエーテルを解放し、右手に握る光輝く祭棍を振るった。
●
遠い昔に焼き付いた眩い光は、今でも鮮明に心の中に残っていて
わたしの中に芽生えるはずの恐怖をやさしく消していく。
(今のわたしには、護るための力がある)
吹雪の中、小柄な少女が村の入口に槍と盾を手にして立っていた。
ゲルダ・クラインである。
荒れ狂う風の音が聞こえる。
狼達の吼え声が聞こえている。
少女から放たれたエーテル波動がゲルダの身を光輝かせてゆく。
――神から授かった、不思議な力。
127cmの小さな身には重すぎるはずの槍も、身長ほどの大きさの盾も、最初こそ戸惑ったが、今ではもう、手足のように扱えている。
――わたしにできることは、なに?
黒い影達が迫って来る。
――わたしがすべきことは、なに?
凍てつく風が吹いている。
ゲルダは吹雪の中にエメラルド色の目を凝らし、耳をそばだて、頭脳を回転させてゆく。
(魔獣が村の方々を襲う気配は……現状では、なさそう)
冷静に。
冷徹に。
合理的に勝ち筋を計算してゆく。
(それなら……一匹でも多く、倒さなきゃ)
少女は白い闇の奥から迫る黒い影を見据え、体を半身に槍を構えた。
穂先より眩い光が噴出し、長く伸びて、輝きの刃を生み出してゆく。
「ここから先は、一歩も通しません」
少女の緑瞳が見つめる先、白を割って無数の黒影達が飛び掛かって来る。
が、その前進が急停止する。不可視のエーテル領域と激突したのだ。魔獣達の動きが止まると、ゲルダは光を噴出する槍を嵐の如くに連続して閃かせた。
眩き光の槍刃が、群がる狼達を斬り飛ばしながら抜けてゆく。
真っ赤な色が宙に散って、断たれた黒い骸が白雪に堕ちてゆく。
――護る。
わたしが、そうしてもらったように。
誰かを護れるわたしであるために。
槍が振るわれて光が翻り、骸の山が築かれ、白い大地が赤く染まってゆく。それでも黒い影の群れが次から次へと押し寄せて来る。
攻め難しと見てゲルダを無視して頭上を飛び越えてゆく個体も出てきていた。槍を一閃して衝撃波を飛ばし一体を撃墜するも、何体も頭上を抜けられてゆく。しかし少女は焦らなかった。仲間が居るからである。
広がった霧の中に雷撃が荒れ狂い、迂闊に踏み込んだ黒狼達が消し飛ばされてゆく。祈雷だ。
手の届かぬ場所は信じて任せ、焦らずに目の前に集中する。
ゲルダは冷静だった。既にただ単純に強大な力を得ただけの存在では無い。紛れもなく戦士だった。
矢の如く急降下してきた黒狼の爪を盾を頭上に翳して受け止める。身を低く前傾に重心を意識して雪を踏み締め転倒をさける。黒い影達が津波の如くに押し寄せて来る。
少女は槍の先端より光を噴出すると螺旋を描くように旋回させ、群がる黒影達を薙ぎ払った。
●
他方、
(こんな数の魔獣の群れが、縄張り争いに負けて出てくるってなぁ……山脈の方に残ってるのはどんな奴らなんだかな)
戦いが始まった時、フリックの脳裏にはそんな疑問が浮かんでいた。
大怪獣でも棲んでいるのだろうか。
(ま、降りてこねぇなら関係ねえけど)
自ら立ち入らぬ限り、関わり合いになる事はないだろう。山脈の奥深くに用など発生しえない、普通は。
「そんじゃあ……『縄張りを守れなかった』者同士、不毛な潰し合いといこうか」
茶色の髪の小柄なハーフリングの男は青い瞳で、吹き荒れる白雪に浮かぶ黒影達を睨むと、右手に握る宿り木の短杖よりエーテルを解き放ち、己の背後に稲妻の嵐を巻き起こした。
家屋の方へと抜けられないようにする為だ。
(そこだ)
ゲルダの頭上を抜けて来ようとした黒影へと杖を向けると閃光を撃ち放つ。光に貫かれた翼有る狼が鮮血と肉片を散らしながら雪の大地へと落下してゆく。
迂闊な範囲攻撃の使用は控えていた。味方を巻き込みたくない。いつ終わるとも知れぬので、大技の配分を間違えないようにしたいというのもある。
だから狙うのは明らかにまとまった群れが遠くにいるのが把握できた時だけだ。
(しかし、群れ、群れか……)
フリックは青瞳を細めて白闇を睨む。
この魔獣の生態は分からなかったが、群れてる以上は繋がりがある筈で――一族、家族だったりするのだろうか?
(……もしそうだとしたら、オレよりは上等な連中だ)
そんな思いが、胸をかすめる。
フリックは先天的な授恵者であり、かつては帝国で授恵者として兵士をしていた。
帝国崩壊時、家族に避難を促した後は帝国兵として生存者の救出に従事していた。
そして家族は、避難中にクリーパーに襲われ死亡した。
生存者の救出にあたったのは帝国兵として正しかった筈だ、当時の己の判断は。
けれども家族よりも『兵としての己の見栄』を己は守ったのではないか――そんな事も、思うのだ。
だが、しかし、そうだとしても、
(――見逃すわけにはいかねえ)
杖を向ける。エーテルが収束してゆく。
家族も見捨てた上に、元兵士としても失格なことをしたら、生きてはいけない。
「だからまあ、悪いが先に逝っといてくれ」
先端から蒼白く燃える閃光が撃ち放たれた。一閃が宙を灼き、空を舞う狼が堕ちてゆく。
「やることやった後ならオレも迷わずそっちにいけるだろうし、その時は恨み言もいくらでもきいてやる」
フリックの歴史は確かにある。
その歴史を終える場所は決めているつもりだ。
だから――そこまでは止まれないのだ。
●
他方、
(さ、寒い……防寒着を着ていても寒い……)
白い息を吐き出しながら、白髪を背中で一本の三つ編みにした褐色肌の青年が、左右の手に握った二本の短剣を振るっている。
砂漠の民ファイサル・アル=ファルドだ。リーンエス王国が東イグノ砂漠の出身である。
(『北の冬は勇猛な戦士であっても心が折れる』と師匠に聞いてましたが本当に寒い……)
故郷の気候とはまさしく対極、天と地程に違う。
砂漠の民にこの氷点下の極寒の吹雪はきつかった。
しかし、
――でも師匠だったらこの白銀の世界でも普段と変わらない動きで剣を振るうだろうな。
同時にそんな思いも脳裏に浮かぶ。
流水のように自在で、疾風のように鋭く。
どこまで鍛えればあそこまで辿り着けるだろうか。
肌に刺さる雪がつらい。
でも、頑張らなければ。
外套に身を包んでいる青年は震える手で左右の双短剣を構え直した。
このまま震えていたら師匠の剣が格好悪くなってしまう。それは困る。
咆哮が轟いた。
黒い影が白い吹雪を割って牙を剥き、上空より小柄な少女の側面を狙い急降下して来る。
ファイサルは雪を蹴って高々と跳躍すると、爆発的にエーテルを解放、宙を滑るようにスライドしてゆく。エアーライドだ。
金色に瞳を輝かせる砂漠の民は、吹雪の宙空にて身を回転させ、伸ばされた黒狼の爪を交差ざまにかわしつつ、二連の短剣で斬りつける。
鈍い手応えと共に黒毛と骨肉とを斬り裂いて突き抜け、赤色を撒き散らしながら狼が白雪に落ちる。
ファイサルも着地し、勢いで積雪を巻き上げながらも優れたバランス感覚で平衡を保ち転倒を避けてゆく。
囲まれぬよう機動し続けつつ視線をやれば、群がる黒影に対しゲルダが光を槍に宿して嵐の如くに振り回し次々に赤色に爆砕していた。
「うわちっちゃいのにつよい」
授恵者は体格に囚われない存在ではあるが、しかし長身のファイサルの腹程度までしか背丈がない少女が大槍を振り回しているのは、なかなか視覚的に強烈である。
「負けてはいられませんね……」
褐色肌の青年は三つ編みにした白銀の髪を靡かせ金色に瞳を光らせつつ、エーテル波動を放って敵の位置を感知すると、再び空へと舞い上がり滑るように機動した。吹雪の宙にて左右より迫る二体の黒狼の爪牙をすり抜けるようにかわしざま、左右の短剣を竜巻の如くに振るい、翼持つ魔獣達を白い大地へと鮮やかに斬り堕としてゆく。
――この剣が師匠が生きた証。
師匠から貰った沢山のものの中でも、一番の自慢だから。
●
(敵を殺せばいいのか。分かりやすくて良い)
黒い外套に身を包んだブロンドの男が雪上を駆けつつ胸中で呟いた。白い闇を睨む瞳の色は青い。だわと呼ばれる青年だ。
吹雪が荒れ狂っている。
外套に身を包んでいても寒い。
あいつがくれたマフラーが有難かった。
漆黒の影達が迫り来る。
位置感覚で敵味方の間合いを量る。戦術眼で定めた位置へと滑るように踏み込む。両手に握る棒へとエーテルを巡らせる。
だわが持つ棒よりシアンブルーの光が噴出し、長大な刃を形成した。だわへと向かい急降下してきた黒狼達が見えない壁に激突したかの如くに止まる。
青年は黒いマントを竜巻の如くに舞わせつつ眩く蒼く輝く光の刃を振り回した。
蒼光が荒れ狂う白の空間を断裂し、途中に在った黒い影達をも真っ二つに断ち切り突き抜けてゆく。
鮮やかに赤い血の華が無数に咲き乱れた。
無感情な青い瞳が吹雪の中で光っている。
――だわは魔物が嫌いだった。
根絶やしにしたい程の憎悪がある。されど感情に囚われる事なく的確に対処していく。
"兵器"と呼ばれても構わなかった。
生まれ育った村は魔物に奪われた。
復讐のため入った領軍でだわに良くしてくれた隊長とその隊をまた同じ魔物に奪われた。
次の被害を防ぐには先に殺すしかない。
――どうやって殺す?
件の魔物の名は"水の災害"ティフォネ。
馬鹿でかい水の蛇。
ただ通過しただけでも甚大な被害をもたらし、故に"災害"と呼ばれた。
水は恐ろしく柔軟で、凍らせても蒸発させても無駄だ。
今できることは奴の習性を利用して進路を逸らすことだけ。
――どうやって殺す?
後方から黒い影が飛来する。
音に反応し振り向く。
鈍く輝く爪牙が迫る。
黒外套の青年は精神を鋼の如く研ぎ澄ませると、恐怖に揺らぐ事なく真っ向から蒼光の剣を頭上、拳上がりに振り上げた。
蒼い刃と黒狼の爪とが激突して爪が弾かれ斜め後ろへと流れてゆく。だわは防御動作を即座に攻撃予備動作に転じ間髪入れず剣を巻き打ちで振り下ろした。
蒼の一閃が走り抜け、黒狼が両断され鮮血を散らしながら雪上に堕ちてゆく。
青年は最小限の動きで踏み込み、再び剣より蒼光を噴出させると嵐の如くに無数の剣閃を繰り出した。
瞬く間に宙に赤い華が咲いてゆく。
だわと呼ばれる青年は、氷のような瞳で、なにものにも囚われる事なく、機械のように正確に、炎のように苛烈な殺戮の嵐を巻き起こしてゆく。最高効率で魔物を斬る為だけにすべてを捧げた人の激情の化身のように。激しい程に、止まって見えた。
――だわは"災害"を殺す方法を探し続けている。
見つけたい。
もう己のように囚われる者を生まないように。
●
大切な人たちを守るために、戦うと……
自分の失われた過去や記憶と向き合うと決めた。
六年前、目覚めた時、ミア=リゼルにはそれまでのすべての記憶がなかった。
失われた記憶を取り戻すための手がかりを得るために――それは帝国に限った事ではなく――足を伸ばすことは厭わない。
(もっと、強くなりたい)
迷うことがないように。
迷えば大切な人が傷つくから。
白い雪が逆巻く凍てつく風に乗り踊るように舞っている。
黒い影が吼え声をあげていた。
待ち受けるのがどんな過去であれ、私が『私』であることができるように。
大切な人に、悲しい思いをさせないために。
大切な人たちを、置いていってしまうことがないように。
「そのために、私の中に……確かな道標が必要なのです」
ミルクティー色の髪の華奢な少女は、小花の装飾が施された細剣を振り上げると声と共にエーテルを解き放った。
ミアと周囲の仲間達が淡い光に包まれ身体能力が向上してゆく。勇鳴だ。
ミアは前線へと展開してゆく仲間達と敵の様子を見据えつつ天に向かい祈りを捧げた。
白い嵐に混じって霧が出現し広がってゆく。
ゲルダの頭上を飛び越え後衛へと迫ってきた黒影達が霧の中へと踏み込んだ瞬間、眩く光輝く爆雷が荒れ狂った。
猛烈な雷が黒狼達を焼き焦がし、消し飛ばして、白い大地へと叩き落としていった――
黒狼達の数は夥しく、無限に湧き出て来るのではないかと思われしものがあったが、冒険者達の奮戦によってやがて目に見えて数を減らしてゆき、疎らになると遠く尾を引く吼え声が鳴り響いて、黒狼達は踵を返し白い雪の中へと消えていった。
戦後、村を守り切った冒険者達は、暖炉に火が入れられている村長宅へと戻った。
各々振る舞われた暖かいスープ等を胃に入れ人心地ついている中、グォウリンは暖炉前で真剣な表情で揚げ物にレモンを絞ってかけている少女に言われた事を思い出していた。
――またお会いできて嬉しいです。その後、お変わりありませんか?
そう、礼儀正しく一礼して微笑しミア=リゼルはたずねて来た。
預かった剣のお手入れは、きちんとしています? と。纏う外套は襤褸でも剣だけは磨き上げているのがグォウリンである。
していると答えると、それは良かったと少女は言って、これ良かったらどうぞ、と砥石をくれた。有難く貰っておいた。
その後、数言会話をかわした後に彼女は言った。
「亡くなった人のことを、忘れないように。そういう儀式なのだと……私は思います」
人々の食事の喧騒をBGMに、グォウリンは血と脂を落とした剣を砥石で磨きつつ呟いた。
「儀式、か……」
形見の剣は暖炉の炎光を照り返して橙色の閃光を放った。
(忘れないように、というのはわからないが、儀式というのは、確かにそうなのかもしれないな)
妖鬼の少年はその赤瞳で光を見つめつつ胸中で述べ、一つ頷くと鞘に剣を滑らせるように納めたのだった。
マスターコメント
ロングシナリオ易しい 報酬:標準10 / 6〜10人
2022年01月25日 03時44分52秒 公開
相談掲示板
フリックだ、キャスターやってる。 戦闘としては、まあとりあえず目の前のやつをぶっ飛ばし続けろ、しかなさそーだな、これ。 (演出的な意味で)範囲魔法の使い処考えるぐらいか、オレは。
ヒーラーの神官戦士ロゼット、よろしくね。 目の前の相手しか見えなさそうだものね…。 サーマルアイでも持ってれば見えるかもしれないけど、 冒険者と魔獣、住人の見分けがしんどそうかしら。 範囲魔法…広場に陣取って、魔獣が溢れてきたらドカン、とか? 私は心情も戦闘も半々で欲しいから、どっちも頑張るわ。 目の前のを棍術で殴って、飛んでるのは魔矢で撃ってるかな。 >戦闘描写 単独行動でも良いけど、乱戦無双のお約束で、 倒した敵の数を競い合って「お前もやるな!」とか、 背中を合わせて「後ろは任せた!」みたいな共闘プレイも 楽しそうだから、そういうの好きな人いたらよろしくね。
シーフのファイサル・アル=ファルドです。 どうぞよろしくお願いします。 見えないところは捜波を頼りにしてみますが、駄目ならとにかく目の前の敵を頑張る感じで。 掛け合いは楽しそうなので盛り込んでみます。 範囲魔法は吹雪が弱まってよく見える時に発射する感じですかね?
ゲルダです。よろしくお願いします。 ……そう、ですね。難易度的にそこまで深く考えなくても大丈夫かな、とは思いますが 雪が積もっているので、転ばないように足元に注意する必要はありそうかな、というのと 氷点下……極寒の中での戦闘になりますので、防寒の対策があったほうが良いかなと。 >個人行動 わたしも、心情に半分程度ぐらい使う予定ですが。 後ろのほうに村があって、わたしたちが狼を退治しないと襲われてしまうんですよね。 ですので、エーテルブレードと殺界改を組み合わせて可能な限り多くの敵を足止めする、といった行動になるかなと。
ヒーラー、ミア=リゼルです。よろしくお願いしますね。 私は回復安全地帯の形成に努めようかと… あるいは今回敵味方がはっきりしていますから、祈雷の使用も考えています。
ガッコウだ、ヒーラーをしている。よろしくな。 注意すべきようなことは既に話題に上がっているので俺は触れなくともよいだろう。 戦闘面は今のところ索敵のサーマルアイと範囲攻撃の薙ぎ払い以外は 特に考えていないので、持っていくスキルで要望があれば言ってくれ。
魔獣はもう村内にも入り込んでいるみたいだし、 私は家々の並んでる路地の方で、移動しつつ撃退をしてるわ。 魔獣は狼型だけど、翼もあって飛べるみたいだから 地上戦の戦い方やスキルは、使い方に気をつけて、かな。 >防寒 道具欄にマントだけでも入れておくとマシかもね。
ボクは、殺界かシーザーロアで引きつけつつ。ですね 広場などで迎え撃つ感じになりそうです! 共闘も楽しそうですね! ある程度は盛り込んでみたいですし、誰かのカバーもできるようにがんばります!
遅くなってすみません、シューターのマリイです。よろしくお願いしますね。 戦闘> 私も半々か、心情寄りになるかなと思います。 戦闘に関してはペットや捜波で敵を探しつつ、 音や匂いで引き付けられたらな、と思います。
そろそろ出発が近いか。俺のことはだわとでも呼んでもらえれば。よろしく頼む。 こちらは半々かな。 迷わないよう位置感覚でも準備して範囲攻撃が基本になるか。
遅くなっちまってすまねぇ! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだよろしくな!!
視界の悪さは《双波》で索敵しつつカバーしてみるつもりだぜ。