【夢魅】最期の覚悟を
広大野人
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シナリオID:1737
オープニング
●
エクエスは独特の文化を持つシャルガネ居住区に訪れていた。
見慣れない建築様式や服装。なにより、地区の雰囲気そのものに驚く。
「確か……この先でしょうか?」
綺麗に折り畳まれたメモを握り締めて、エクエスが向かったのは居住区の端。
そこだけは人里から外れて小さな集落を形成していた。
「お邪魔します。ゲンナイさんからの紹介で訳あってお訪ねしました」
集落の入口で呼びかけると、一番近い茅葺屋根の家から一人の老婆が姿を現した。
この地方独特の服装だが、エクエスが見ても分かるほどボロボロの古着姿だ。
「連絡は受けておる。此処から出て行った者とはいえ、何かの縁。ようこそ、記憶を失くした異国の剣士殿よ」
どうやら、絡繰り師ゲンナイは根回ししてくれていたようでエクエスはすんなりと集落に入る事ができるようだった。
ゆっくりとした足取りで案内されたのは集落の中心部。
そこには一際大きな屋敷があった。導かれるままエクエスは屋敷の中へと入る。
「……あの……集落の方々は?」
「皆、農作業や漁に出掛けていますじゃ……この集落は訳あって貧しくてな……」
何か理由があるのだろうが老婆はその事を告げず、屋敷の奥へと進む。
仕方なくその後を追って、ある襖の前に辿り着く。
老女は仰々しく襖に向かって頭を下げてから、静かにそっと襖を開いた。
「リィミア様でございます。コゴウジ家の姫君でした」
貧しい集落とは思えない豪華な布団の上で眠っている女性の事だろう。
艶やかな黒髪と僅かに紅色した肌を持つ若い娘。ずっと寝ているという話が本当なのかと疑いたくなるほどだ。
「私が訪れる理由を、ゲンナイさんからは?」
「聞いております。故に案内致しました。リィミア様の覚醒は我等、コゴウジ家の悲願。何卒、よろしくお願い致します」
ゲンナイの話によるとずっと寝たままの『眠り姫』という話だ。
冒険者に起こされるまでエクエスもずっと寝たままだった。
だからこそ、何か解決の糸口があるかもしれない。
エクエスは老婆の言葉に頷くと『眠り姫』に近づき、胸元で組んでいる手に触れた――。
●
次の瞬間、エクエスは全く別の空間に居た。
「え……!?」
周囲に何も無い空間。そんな視界の正面に『眠り姫』が仁王立ちしている。
「この場に人が訪れるなど久々。どうやら、異国の者のようだが?」
サイドテールに結んだ黒髪と桃色の瞳が特徴的な若い娘。
先程まで寝ていた女性と同一人物なのだろうが、思った以上に威風堂々としていた。
「エクエスと言います。ゲンナイさんの紹介で貴女に会いに来ました」
「知らない名だが……家の者なのでござろう。して、要件は?」
「私も、貴方と同様、ずっと寝たままだったのです」
そう前置きしてからエクエスは事情を説明する。
起きる前の記憶を失くした為、記憶を甦らせる術を探している事を。
「……なるほど。記憶を戻す術に繋がるかどうか分からないが――その助けにはなるかもしれない」
「それだけでも助かりますが……今、この状況が、その一端なのですね?」
「ご名答。今、エクエス殿は『想夢の宝玉』の力でこの場に居るのでござろうが……詳細な話を省くと、リィミアと意識を共有しているような状態だ」
寝ている時に見る『夢』のような状況という事かもしれない。
「『想夢の宝玉』が持つ作用によって、自身の内面を知る事ができる。記憶の有無関係なしに」
「その記憶が正しい保証はあるのですか?」
エクエスの質問にリィミアは即答で応えた。
「無い。故に、助けになるかもしれない……という程度の話だ」
「分かりました。それでも私は大丈夫です。早速、お願いします!」
身を乗り出すように宣言したエクエスの態度にリィミアは頷くと首に飾ってある『想夢の宝玉』に触れる……が、効果は表れなかった。
「……この場に居るのにエクエス殿は授恵者ではないようでござるな? 宝玉の力を発揮させるには授恵者でなければならない」
「私ではダメなのですか……」
「知り合いに頼むというのも手だ。同じ場に居れば、何か見れるかもしれない」
それはつまり、冒険者が同席していれば良いという事なのだろう。
『場』から追い出されるように夢から醒めたエクエスは冒険者ギルドの支部へと大急ぎで向かうのであった。
●
集まった冒険者達の前でリィミアは微笑む。
「ようこそでござろう。集った授恵者達をリィミアは歓迎しよう!」
『眠り姫』の話によるとこの『場』には、授恵者とエーテルとの親和性が高い人が入れるらしい。
「この状態はリィミアが遺跡で見つけた『想夢の宝玉』が引き起こしている。リィミアが醒める事なく寝たままなのは宝玉の力によるもの。宝玉に蓄えられているエーテルが消費されればリィミアは起きる事が出来るでござろうが……そこは気にしなくても良い」
起こして欲しいのか起こして欲しくないのかよく分からない物言い。
その理由は彼女の次の台詞で分かった。
「宝玉のエーテルを消費させるには、宝玉が魅せる『夢』と向き合わなければいけない……それは時にとても辛い事でもある。リィミアはそれを他人に強いたくはないのでござる」
「一応、依頼でお越しいただいているので……」
エクエスが補足するように告げる。
ここまで来て逃げる冒険者もいないだろう。
「そうなのか? ならば、各々が向き合うでござろうか」
ニヤっと『眠り姫』は笑った。
可愛い顔立ちをしているが、まるで悪魔のような笑顔だった。
「『想夢の宝玉』が魅せる最初の『夢』は……己の『最期の時』だ。死ぬ間際に垣間見える自身の想い……そこに向き合えば良い。そう、ただそれだけ……」
次の瞬間、冒険者達の視界が眩いばかりの光に包まれるのであった。
●約束の欠片
乾いた音を立てて私が荒野に弾き落とされた。
視界の中に私を振るっていた剣士が倒れている。
ここが私達の辿り着いた先というのか……まだ這い寄るもの共が跋扈しているというのに……。
「終われない……私はまだ君と共に戦うと……」
倒れている剣士に呼び掛ける。
さぁ、立ち上がって私を持って。
クリーパーを焼き払う光を放って。
でないと……私と君の約束は――。
懇願するような想いを踏み砕くように、クリーパーが迫る。どうやら、最期の時が迫っているようだ。
「……私の力。ただで得られるとは思わないでほしいよ」
刹那、暗雲を貫くような眩い光が爆ぜた。
全てが白熱に消えて……そこで、私は夢から醒めるのであった。
エクエスは独特の文化を持つシャルガネ居住区に訪れていた。
見慣れない建築様式や服装。なにより、地区の雰囲気そのものに驚く。
「確か……この先でしょうか?」
綺麗に折り畳まれたメモを握り締めて、エクエスが向かったのは居住区の端。
そこだけは人里から外れて小さな集落を形成していた。
「お邪魔します。ゲンナイさんからの紹介で訳あってお訪ねしました」
集落の入口で呼びかけると、一番近い茅葺屋根の家から一人の老婆が姿を現した。
この地方独特の服装だが、エクエスが見ても分かるほどボロボロの古着姿だ。
「連絡は受けておる。此処から出て行った者とはいえ、何かの縁。ようこそ、記憶を失くした異国の剣士殿よ」
どうやら、絡繰り師ゲンナイは根回ししてくれていたようでエクエスはすんなりと集落に入る事ができるようだった。
ゆっくりとした足取りで案内されたのは集落の中心部。
そこには一際大きな屋敷があった。導かれるままエクエスは屋敷の中へと入る。
「……あの……集落の方々は?」
「皆、農作業や漁に出掛けていますじゃ……この集落は訳あって貧しくてな……」
何か理由があるのだろうが老婆はその事を告げず、屋敷の奥へと進む。
仕方なくその後を追って、ある襖の前に辿り着く。
老女は仰々しく襖に向かって頭を下げてから、静かにそっと襖を開いた。
「リィミア様でございます。コゴウジ家の姫君でした」
貧しい集落とは思えない豪華な布団の上で眠っている女性の事だろう。
艶やかな黒髪と僅かに紅色した肌を持つ若い娘。ずっと寝ているという話が本当なのかと疑いたくなるほどだ。
「私が訪れる理由を、ゲンナイさんからは?」
「聞いております。故に案内致しました。リィミア様の覚醒は我等、コゴウジ家の悲願。何卒、よろしくお願い致します」
ゲンナイの話によるとずっと寝たままの『眠り姫』という話だ。
冒険者に起こされるまでエクエスもずっと寝たままだった。
だからこそ、何か解決の糸口があるかもしれない。
エクエスは老婆の言葉に頷くと『眠り姫』に近づき、胸元で組んでいる手に触れた――。
●
次の瞬間、エクエスは全く別の空間に居た。
「え……!?」
周囲に何も無い空間。そんな視界の正面に『眠り姫』が仁王立ちしている。
「この場に人が訪れるなど久々。どうやら、異国の者のようだが?」
サイドテールに結んだ黒髪と桃色の瞳が特徴的な若い娘。
先程まで寝ていた女性と同一人物なのだろうが、思った以上に威風堂々としていた。
「エクエスと言います。ゲンナイさんの紹介で貴女に会いに来ました」
「知らない名だが……家の者なのでござろう。して、要件は?」
「私も、貴方と同様、ずっと寝たままだったのです」
そう前置きしてからエクエスは事情を説明する。
起きる前の記憶を失くした為、記憶を甦らせる術を探している事を。
「……なるほど。記憶を戻す術に繋がるかどうか分からないが――その助けにはなるかもしれない」
「それだけでも助かりますが……今、この状況が、その一端なのですね?」
「ご名答。今、エクエス殿は『想夢の宝玉』の力でこの場に居るのでござろうが……詳細な話を省くと、リィミアと意識を共有しているような状態だ」
寝ている時に見る『夢』のような状況という事かもしれない。
「『想夢の宝玉』が持つ作用によって、自身の内面を知る事ができる。記憶の有無関係なしに」
「その記憶が正しい保証はあるのですか?」
エクエスの質問にリィミアは即答で応えた。
「無い。故に、助けになるかもしれない……という程度の話だ」
「分かりました。それでも私は大丈夫です。早速、お願いします!」
身を乗り出すように宣言したエクエスの態度にリィミアは頷くと首に飾ってある『想夢の宝玉』に触れる……が、効果は表れなかった。
「……この場に居るのにエクエス殿は授恵者ではないようでござるな? 宝玉の力を発揮させるには授恵者でなければならない」
「私ではダメなのですか……」
「知り合いに頼むというのも手だ。同じ場に居れば、何か見れるかもしれない」
それはつまり、冒険者が同席していれば良いという事なのだろう。
『場』から追い出されるように夢から醒めたエクエスは冒険者ギルドの支部へと大急ぎで向かうのであった。
●
集まった冒険者達の前でリィミアは微笑む。
「ようこそでござろう。集った授恵者達をリィミアは歓迎しよう!」
『眠り姫』の話によるとこの『場』には、授恵者とエーテルとの親和性が高い人が入れるらしい。
「この状態はリィミアが遺跡で見つけた『想夢の宝玉』が引き起こしている。リィミアが醒める事なく寝たままなのは宝玉の力によるもの。宝玉に蓄えられているエーテルが消費されればリィミアは起きる事が出来るでござろうが……そこは気にしなくても良い」
起こして欲しいのか起こして欲しくないのかよく分からない物言い。
その理由は彼女の次の台詞で分かった。
「宝玉のエーテルを消費させるには、宝玉が魅せる『夢』と向き合わなければいけない……それは時にとても辛い事でもある。リィミアはそれを他人に強いたくはないのでござる」
「一応、依頼でお越しいただいているので……」
エクエスが補足するように告げる。
ここまで来て逃げる冒険者もいないだろう。
「そうなのか? ならば、各々が向き合うでござろうか」
ニヤっと『眠り姫』は笑った。
可愛い顔立ちをしているが、まるで悪魔のような笑顔だった。
「『想夢の宝玉』が魅せる最初の『夢』は……己の『最期の時』だ。死ぬ間際に垣間見える自身の想い……そこに向き合えば良い。そう、ただそれだけ……」
次の瞬間、冒険者達の視界が眩いばかりの光に包まれるのであった。
●約束の欠片
乾いた音を立てて私が荒野に弾き落とされた。
視界の中に私を振るっていた剣士が倒れている。
ここが私達の辿り着いた先というのか……まだ這い寄るもの共が跋扈しているというのに……。
「終われない……私はまだ君と共に戦うと……」
倒れている剣士に呼び掛ける。
さぁ、立ち上がって私を持って。
クリーパーを焼き払う光を放って。
でないと……私と君の約束は――。
懇願するような想いを踏み砕くように、クリーパーが迫る。どうやら、最期の時が迫っているようだ。
「……私の力。ただで得られるとは思わないでほしいよ」
刹那、暗雲を貫くような眩い光が爆ぜた。
全てが白熱に消えて……そこで、私は夢から醒めるのであった。
解説
●目的
夢の中で想いと向き合う
●状況
冒険者達はそれぞれ別々に『想夢の宝玉』の力によって不思議な夢を魅ます。
題材は『死の間際が迫った時の心境』となります。
夢の中の状況は【絶対に避ける事ができない『死』が訪れる】状況となります。
それがどのような内容かは、プレイングで大まかに決める事ができます。
例として幾つか提示している中から選んでも構いません。
・強敵あるいは大量のクリーパーと戦い戦死する。
・自身が犯罪者(冤罪含む)として公的な組織の者達(王国騎士等)によって討たれる。
・山や海など自然の中で遭難死する。
・馬車に衝突されたり落下物が当たったりして事故死する。
・老衰で死ぬ。
大事なのは【絶対に避ける事ができない『死』が訪れた】時に、どんな覚悟や想いを持って『死ぬ』かです。
その想いに至るまでの心境の動きが『想夢の宝玉』に蓄えられているエーテルを消費させます。
●条件
『夢』なので本当に死ぬ事はありません。
『夢』なので設定に多少無理があってもなるべく沿うようにしますが困難な場合はアドリブ対応とします。
『夢』なのでそれが真か嘘かは誰にも判別できません。
能力や武装などは寝る時の状態が反映されていますが、夢の内容によっては変更可能です。
●重要
夢の中で、NPCや他PCを登場させたい場合、名前表記はせずにふんわりと表現します。なお、このシナリオに限り、当MSが管理するNPC以外のNPCを指定させたい場合は、参照リプレイを指定して下さい。
描写は原則、個人毎にシーンを分けます。
『夢』の内容は参加した冒険者全員に共有される事になります(覚えているかいないかは自由です)。
●その他
状況によってはアドリブ対応が多くなる場合もありますのでご了承下さい。
エクエスが紐付けされていますが、相談卓では質問への回答も含め挨拶は致しません。
マスターより
おはようございます。当依頼にて31作目となった広大野人です。
連作していた【神双】の続きとなる【夢魅】(ゆめみ)です。全5話を予定していますが、これまでのシナリオに参加されていなくとも問題はありません。
さて、貴方の最期はいかがなものでしょうか?
力の全てを出し切って悔いのない終わり方でしょうか? それとも後悔ばかりの最期でしょうか? 死にたくないと叫ぶか、あるいは死を受容して終わるのか、否定して終わるのか……PC設定の掘り下げとしてご参加いただいても大丈夫です(キャラノベと違い、内容はともかく、そんな夢を見たという事自体は正史扱いになりますし)。
ご参加、お待ちしております。
リプレイ
●コルネリウス・アーラ
人の命を喰らう醜悪なクリーパー共に囲まれている。
一人、また一人と悲鳴を上げながら敵に飲み込まれていく。
退路はなく、エーテルも使い果たした。もはや、助かる術は何一つ無い。
必死の抵抗の末、最期の一人となったコルネリウスを嘲笑うように音を発するクリーパー共にへ向け、言い放つ。
「あなた達なんかに、私の命はあげない」
幾体もの敵を斬り伏せてきた剣を逆手に持ち、力の限り、胸元へと突き刺した。
この命に触れる事が出来るのは、自身と自身が許した愛する人だけだから。
仰向けになって大地に倒れた――視界に煌めく夜空が広がり戦場に似合わないほど美しい。
(父さん、私も兄の元へ先立つことを、どうか許して下さい)
寂し気に笑って話す義父の姿を思い出す。
異種族の子を護り、育て、慈しむ事をやめずにいるそんな義父。
『皆、私より先に逝ってしまうんだ』
また、哀しませる事になる……自身が出来る筈だった、たった一つの親孝行さえしてあげられない。
夜空に輝く星々に見守られながら遠のいていく意識の中、愛する人の名を呼んだ。
「……ごめんなさい」
貴方は、私に永く生きて幸せになってと願ってくれたのに。
願いを叶えられなくなる。貴方は何度も泣いてしまうとだろうけど、せめて、少しでも沢山笑って過ごして欲しい。
(……あ、でも、私の事は忘れないで、ずっとずっと愛していて欲しいです……私、ヤキモチ妬きなので)
愛する人を残して逝ってしまう身勝手さの上に、我儘だとは思うけど。
だって……。
自分に言い訳するように想いが巡る。
幾度も伝えても、溢れ出る気持ちは、伝えきれないから。
「愛しています」
沢山、伝えたい。そして、いっぱい愛でられたい。絶対に忘れられないほどに。
死の間際だからこそ、もっともっと……貴方に心にいつまでも響くように――。
(ほら、やっぱり、後悔ばかりが残ってしまう。置いて逝くのなんて、ダメですね……)
夜空に見守られながら、コルネリウスは微笑みながら旅立つのであった。
●ハヤト=ガラン=ヴォルファング
聴こえてくるのは想い人の声。
夏の砂浜で大きい城を作った事、水を飛ばしてはしゃいだ事、縁日で誰もが驚く腕前を見せた事、二人で一緒に眺めた花火が綺麗だった事……そんな二人の想い出話なのは、ぼんやりと分かった。
(……あぁ、そうか……)
身体の自由が利かない理由だ。
あらゆる敵を葬ってきた筋肉の鎧で包まれた腕や脚は、枯れ木のように細かったからだ。
もう剣を握る事はおろか、戦場に立つ事も、愛する人を抱き締める事もできない程に弱くなった己の身体。
これが老衰か……避ける事が出来ない死がいよいよ目前に迫っているようだ。
ずっと温かく握られていた自分の手に雫が落ちる。
横を見れば、褐色の肌の女性が居た。星々のように輝かしい金髪と透き通る様な蒼碧の瞳は、いつまでも美しい愛する人だ。
(……なんだ? よく……聴こえなく……なってきた……ぞ……)
愛しい人が、碧い瞳に涙を湛えて語り掛けている事は分かる。
擦り切れた魂を撫でるような心地良い声だ。
(……あぁ、もっと、この優しい声を……)
いつまでも聞いていたい。
夏の太陽に包まれているような愛する人の香りと共に――。
(しのびねぇな……)
想い人の哀しそうな顔にそう思う。
どうやら、愛する人を置いて先に逝くようだ。
数え切れない戦場を、苛烈極まる戦いをこれまでずっと駆け抜けてきた。
死線を越えた事も一つや二つではない。何度も死の淵を彷徨った事もあった。
それでも、生還してきた。どんなに強大な敵が立ち塞がっても勝ち続け、奇蹟に奇蹟を重ねて。
(寿命ってやつには、流石の俺でも勝てないのか……)
天下無双の戦士でも人の定めには逆らえないらしい。
世界が白く輝いていく中、ただただ、想い人を見つめる。
(ああ、愛しいひとよ……俺がいなくなったら、最初の夜だけ泣いてくれ……)
君は無邪気で明るい元気な笑顔が一番似合っているから、哀しんでずっと泣いていて欲しくはない。
それに、この魂は君の中で、君を護り続ける。
もう、離れる事はないのだから――。
●ララノア
覚えのある森の中の小屋と温かく優しい後ろ姿。
胸の中に広がった想いが言葉になった。
「オババ様……?」
懐かしく恋しい顔が届いた声に振り向こうとした直後、暗転が無慈悲に訪れた。
騒がしい人々の群れが雑多で不快な音を響かせて迫って来て、ララノアは止まらない憎悪に覚える。
途端に業火に包まれる小屋。
「オババ様、まってて、今助けるから!」
悲痛な叫び声は彼らに塞がれて――どうしてと思う。
なぜ、こんなに酷いことが出来るのか、オババ様はわたしの……。
人々は笑顔を向かてくる。
「モウ、ダイジョウブダヨ」
地獄のような仕打ちをしておきながら、なぜこうも笑えるのか。
誰もが同じ顔と声を向けて来て、囲うように迫る。
「違う……違います。わたしの望みはこんな事では!」
恐怖を塗りつぶしていくどす黒い気持ちが、なんたるかを、ララノアは憎しみだと理解した。
際限のない深淵にも届く猛烈な意思の流れ。
(今なら……この人々を全員……)
思うがままに握り締めた杖。
が、次の瞬間、ララノアは立ち木に縛られていた。
次から次に飛んでくるのは大小さまざまな石。
額に直撃した血が飛び散り、千切れた衣服を汚した所で、ララノアは自分が人々から責められていると分かった。
(そう、ずっと代わりたかった……オババ様の代わりに死ぬべきは私だったのに……)
強く握り締めていた手を緩める。
オババ様だけではない。優しい人々を罪人にしてしまった。だから、私がいなくなればいい……。
「ダレモワルクナイ、私以外は……」
存分に投げられた石は止み、ずらりと剣先が並ぶ。
受け入れるようにララノアは顎を僅かに上げた。
(私は、誰も憎みたくないのです……オババ様もきっとそう望んだはずだから……)
人々の罪もオババ様の痛みも全てを引く受けよう。
オババ様はそんな自分を優しく抱き締めてくれるだろうから。
次々に身体を貫く剣。視界に真っ赤に染まり、意識が遠のいていく中――懐かしい声がララノアを抱き締めるのであった。
●エミリア・シバ
「どんな状況だって、おねえさんは諦めないし、手の届く人はできるだけ助けるわ」
そんな台詞が脳裏に浮かび、エミリアはフフっと笑った。
今とは状況は全然違うが、あの街でエクエスに告げた言葉だ。
(『おねえさん』よく言ったわ、上出来ね。『私』だったら言えなかった言葉だもの)
繰り出された鋭い刺突を紙一重で避けつつ踏み込んだエミリアが群れを成す屍人に斬撃を叩き込んだ。
倒された屍人共が床と言う床に積み重なっていく。
「おのれ……おのれ……」
呪詛を響かせて屍人が次から次に現れる。
その顔に見覚えがない訳ではなかった。なぜなら、屍人共はエミリアが『始末』してきた者達だからだ。
いくら倒しても呪いや怒り、恨みと共に立ち向かってくるのだ。戦況が好転する事はなく、逃げ場もない。
けれど、エミリアは諦める事を良しとしない。
「おねえさんは、殺めてきた人達よりも多くの人を助けたい」
心の奥底から願う、成すべき事。
それは贖罪ではない。
多くの人々を助けたとしても、殺めた者達は生き返らないし、彼ら彼女らの気持ちが晴れるわけでもない。
ここで屍人に殺されても彼らの呪詛は止まらないだろう。
同時に放たれた短剣を幾本か弾く……捌き切れなかった一本が右脚に突き刺さった。
「……ただ、家のために、殺すだけのために生まれてきたっていうのも癪じゃない」
他の誰でもない自身に向かってエミリアは告げると、刺さった短剣をへし折った。
「だから、これからの人生は真逆にしてやるって決めたの」
呼吸を整えて迫って来る屍人共を見つめる。
腰を低く落とした。
「ごめんなさいとしか言えないし、自分勝手だけれども……」
屍人共が一斉に飛び掛かってきたのに合わせエミリアも強く踏み込んだ。
「死が待っているだけだろうと、ただ黙って貴方達に殺されるということはできないわ」
左手の短剣が屍人の喉元を貫くと同時に肘から先を引き抜かれる。
次は膝を砕かれるが……満身創痍でも戦う事を止めない。
「諦めないわ」
指一本でも動くのなら、いや、身体が活動を続ける限り――。
エミリアは文字通り、最期まで戦い続けるのであった。
●ネーヴェ・グラヌローザ
辛うじて人の形を保った巨大な這者が横一列になって迫る。
放たれるのは全てを貫き、焼き尽くしてしまう恐るべき光線。
仲間を守るべく、ネーヴェは無数の光の筋へと身を挺して飛び込んだ。
「くっ、手強いですね……。大丈夫、です……」
振り絞って出した台詞とは裏腹に身体が動かない。
見れば、横腹がごっそりとなくなっている。麻痺しているのか痛みはない。なるほど、これでは力が入らない訳だ。
庇った仲間は無事だったようで、ネーヴェの身体を優しく受け止め、大地に降ろすと這者に向かって立ち向かっていく。
戦場に残されたネーヴェはどこまでも透き通った青い空を眺めた。
「記憶の無い私は、一度、死んだようなもの……だからでしょうか、不思議と怖くはないですね」
この命を返すだけの事だから。
身体中のエーテルが粒子となって空へと昇っていく。もう長くは保たないだろう。
「……エルフである私は、本来ならあなた達を見送る側、だったでしょう……ふふ、逆になってしまいましたわね……」
長命な種族だからこそ、見届ける事は覚悟していただけあって、それが叶わない事は心残りであった。
けれど、同時に幸いでもあると思う。
「ここにあなた達がいなくて良かった」
残される事の辛さも知っているから。
最期の力を振り絞ってブローチを握り締めた。
「ごめんなさい。どうか、あなた達は、生きて……」
徐々に薄れていく意識の中、色々な想い出が次々に遡っていく。
あなた達と過ごした日々は、やがて自分の知らない事を映し流す。
(懐かしい……)
どうして忘れてしまっていたのだろうか。
この景色と人々の事を。
訪れる死が失われた記憶の欠片を呼び起こしたのだろうか。
(ああ、私を迎えに来て下さったのですね。ええ、ようやく思い出しましたの……)
心の中はこの青空にように清々しい。
人々の微笑みに応えるよう、ネーヴェは天に向かって腕を伸ばした。
「今、そちらへ参りますから……私を、連れて行って――」
直後、天から降り注いだ光が世界の全てを包み込むのであった。
●ミア=リゼル
晴れているのに叩きつけるような飛沫に打たれ、茶髪の少女はよろめいた。
幾人もの冒険者達が倒れ、大量の血が雨と交じり、大地の全てを染めている。そこに自身の血も流れている事を少女は理解していた。
(手当……しなきゃ……)
傷ついている人々を助けないといけないのに身体に力が入らない。
崩れ落ちる華奢な身体を背後から支えられた。
聴き慣れた声で呼びかけられる名は……そう、せんせいがくれた名――。
「せんせい、わたし……できたわ。いうとおりに……かんぺきに……」
地面に伏している者は全て、少女が倒したものだ。
少女を支える老人紳士には分かっていたようで、少女の濡れた頭を優しく撫でてくれる。
「よくやった。後は我が始末をつけよう」
少女と老人紳士に対峙するように王国騎士と半獣人の冒険者が怖い顔を向けて立っていた。全身傷だらけだがそれは――わたしが負わせたものだ。
「「ミア……」」
二人の声が重なる。
それが自身に向かって掛けられた言葉だと理解するのに、少女はやや時間を要した。
「ミア――なんだったかしら……」
とっても懐かしい気持ちになれる響き。
けれど、その正体は分からないままだ。
(せんせい……わたし、せんせいのおやくに、たてたかしら……)
台詞に出すには遅すぎたようで口からは声どころか息もでない。
老人紳士は少女を支えていた手を離して剣を構えた。支えを失った少女は、成す術もなくゆっくりと倒れる。
(たとえ、死んでも嬉しいの……わたし……しあわせよ)
せんせいなら二人に勝てるだろうから。
時間の流れが緩やかになったように世界が動いていく。激しい雨ですら雫に見える中、王国騎士と半獣人に刺された所だけが自己主張するように強く痛みを発した。
(痛くて、苦しくて、悲しいの……せんせいさえ、さいごに……そばに……いてくれるのなら……)
笑顔で死ねるはずだったのに、なにか違う。
心の中に広がったのは底の見えない寂しさ。
(どうして……かしら……せんせぃ……ぉしえ……て……)
激しい剣戟の結末を見届ける前に、少女の意識は深い闇へと落ちていくのであった。
●最期を越えて
試練に対して気合を入れて臨んだハヤトだったが、起きた時にはすっかりと夢の内容を忘れていた。
頬を伝っている涙に首を傾げる……そんなに哀しい夢だったのだろうか。
「なんだったか覚えてねぇが、これで良いんだな?」
夢を見ているだけで依頼が達成できる――とは限らないだろうから。
この依頼の道先案内人とも言えるリィミアは眠ったままなので今すぐ成果を聞けないのは残念だ。
むくりと起きたミアが目をこすりながら呟く。
「皆さんの見ていた夢と混じって、どんな内容だったか……んんん……でも、なんだかとても悲しいです」
あの二人に今すぐ会いたい。
そんな気持ちなる。何故かは分からないけれど。
同意するようにネーヴェが頷いた。
「生憎と、どのような夢だったかは殆ど覚えておりませんが……懐かしいものを見たような気が致します。エクエス様はいかがでしたか?」
夢は記憶が創り出すものと聞いた事があるので、記憶を失っている人達にとっては何かしらの切欠に成り得ると思っているからだ。
エクエスは少しうな垂れると、隣のベッドで寝ていたエミリアに手を掴んだ。
「どうしたの? エクエスちゃん」
「私も夢の内容をよく覚えていないのですが、なぜか握ってて欲しくて……」
エクエスにとっては嫌な夢だったのだろうか。
夢とはいえ自分の死を体験するのだから辛い訳がない。
そんな中、ララノアは落ち着いた表情を浮かべていた。
(偉かったねって、最期に聞こえた気がします……その声だけで、私は十分です……)
もう二度と聞く事ができない声をまた聞けたのは夢の中だからこそだろう。
辛く哀しい夢だったが、そこは嬉しく思える。
そんな仲間達の様子をコルネリウスは胸に両手に当てて眺めていた。
愛おしい人を脳裏に浮かべる。
(後悔しないように普段からもっと沢山伝えておくべきでしょうか……)
夢ではなく本当の最期が来る前に、そう気がつく事が出来たのは、ある意味、一つの成果、なのかもしれないのだから。
人の命を喰らう醜悪なクリーパー共に囲まれている。
一人、また一人と悲鳴を上げながら敵に飲み込まれていく。
退路はなく、エーテルも使い果たした。もはや、助かる術は何一つ無い。
必死の抵抗の末、最期の一人となったコルネリウスを嘲笑うように音を発するクリーパー共にへ向け、言い放つ。
「あなた達なんかに、私の命はあげない」
幾体もの敵を斬り伏せてきた剣を逆手に持ち、力の限り、胸元へと突き刺した。
この命に触れる事が出来るのは、自身と自身が許した愛する人だけだから。
仰向けになって大地に倒れた――視界に煌めく夜空が広がり戦場に似合わないほど美しい。
(父さん、私も兄の元へ先立つことを、どうか許して下さい)
寂し気に笑って話す義父の姿を思い出す。
異種族の子を護り、育て、慈しむ事をやめずにいるそんな義父。
『皆、私より先に逝ってしまうんだ』
また、哀しませる事になる……自身が出来る筈だった、たった一つの親孝行さえしてあげられない。
夜空に輝く星々に見守られながら遠のいていく意識の中、愛する人の名を呼んだ。
「……ごめんなさい」
貴方は、私に永く生きて幸せになってと願ってくれたのに。
願いを叶えられなくなる。貴方は何度も泣いてしまうとだろうけど、せめて、少しでも沢山笑って過ごして欲しい。
(……あ、でも、私の事は忘れないで、ずっとずっと愛していて欲しいです……私、ヤキモチ妬きなので)
愛する人を残して逝ってしまう身勝手さの上に、我儘だとは思うけど。
だって……。
自分に言い訳するように想いが巡る。
幾度も伝えても、溢れ出る気持ちは、伝えきれないから。
「愛しています」
沢山、伝えたい。そして、いっぱい愛でられたい。絶対に忘れられないほどに。
死の間際だからこそ、もっともっと……貴方に心にいつまでも響くように――。
(ほら、やっぱり、後悔ばかりが残ってしまう。置いて逝くのなんて、ダメですね……)
夜空に見守られながら、コルネリウスは微笑みながら旅立つのであった。
●ハヤト=ガラン=ヴォルファング
聴こえてくるのは想い人の声。
夏の砂浜で大きい城を作った事、水を飛ばしてはしゃいだ事、縁日で誰もが驚く腕前を見せた事、二人で一緒に眺めた花火が綺麗だった事……そんな二人の想い出話なのは、ぼんやりと分かった。
(……あぁ、そうか……)
身体の自由が利かない理由だ。
あらゆる敵を葬ってきた筋肉の鎧で包まれた腕や脚は、枯れ木のように細かったからだ。
もう剣を握る事はおろか、戦場に立つ事も、愛する人を抱き締める事もできない程に弱くなった己の身体。
これが老衰か……避ける事が出来ない死がいよいよ目前に迫っているようだ。
ずっと温かく握られていた自分の手に雫が落ちる。
横を見れば、褐色の肌の女性が居た。星々のように輝かしい金髪と透き通る様な蒼碧の瞳は、いつまでも美しい愛する人だ。
(……なんだ? よく……聴こえなく……なってきた……ぞ……)
愛しい人が、碧い瞳に涙を湛えて語り掛けている事は分かる。
擦り切れた魂を撫でるような心地良い声だ。
(……あぁ、もっと、この優しい声を……)
いつまでも聞いていたい。
夏の太陽に包まれているような愛する人の香りと共に――。
(しのびねぇな……)
想い人の哀しそうな顔にそう思う。
どうやら、愛する人を置いて先に逝くようだ。
数え切れない戦場を、苛烈極まる戦いをこれまでずっと駆け抜けてきた。
死線を越えた事も一つや二つではない。何度も死の淵を彷徨った事もあった。
それでも、生還してきた。どんなに強大な敵が立ち塞がっても勝ち続け、奇蹟に奇蹟を重ねて。
(寿命ってやつには、流石の俺でも勝てないのか……)
天下無双の戦士でも人の定めには逆らえないらしい。
世界が白く輝いていく中、ただただ、想い人を見つめる。
(ああ、愛しいひとよ……俺がいなくなったら、最初の夜だけ泣いてくれ……)
君は無邪気で明るい元気な笑顔が一番似合っているから、哀しんでずっと泣いていて欲しくはない。
それに、この魂は君の中で、君を護り続ける。
もう、離れる事はないのだから――。
●ララノア
覚えのある森の中の小屋と温かく優しい後ろ姿。
胸の中に広がった想いが言葉になった。
「オババ様……?」
懐かしく恋しい顔が届いた声に振り向こうとした直後、暗転が無慈悲に訪れた。
騒がしい人々の群れが雑多で不快な音を響かせて迫って来て、ララノアは止まらない憎悪に覚える。
途端に業火に包まれる小屋。
「オババ様、まってて、今助けるから!」
悲痛な叫び声は彼らに塞がれて――どうしてと思う。
なぜ、こんなに酷いことが出来るのか、オババ様はわたしの……。
人々は笑顔を向かてくる。
「モウ、ダイジョウブダヨ」
地獄のような仕打ちをしておきながら、なぜこうも笑えるのか。
誰もが同じ顔と声を向けて来て、囲うように迫る。
「違う……違います。わたしの望みはこんな事では!」
恐怖を塗りつぶしていくどす黒い気持ちが、なんたるかを、ララノアは憎しみだと理解した。
際限のない深淵にも届く猛烈な意思の流れ。
(今なら……この人々を全員……)
思うがままに握り締めた杖。
が、次の瞬間、ララノアは立ち木に縛られていた。
次から次に飛んでくるのは大小さまざまな石。
額に直撃した血が飛び散り、千切れた衣服を汚した所で、ララノアは自分が人々から責められていると分かった。
(そう、ずっと代わりたかった……オババ様の代わりに死ぬべきは私だったのに……)
強く握り締めていた手を緩める。
オババ様だけではない。優しい人々を罪人にしてしまった。だから、私がいなくなればいい……。
「ダレモワルクナイ、私以外は……」
存分に投げられた石は止み、ずらりと剣先が並ぶ。
受け入れるようにララノアは顎を僅かに上げた。
(私は、誰も憎みたくないのです……オババ様もきっとそう望んだはずだから……)
人々の罪もオババ様の痛みも全てを引く受けよう。
オババ様はそんな自分を優しく抱き締めてくれるだろうから。
次々に身体を貫く剣。視界に真っ赤に染まり、意識が遠のいていく中――懐かしい声がララノアを抱き締めるのであった。
●エミリア・シバ
「どんな状況だって、おねえさんは諦めないし、手の届く人はできるだけ助けるわ」
そんな台詞が脳裏に浮かび、エミリアはフフっと笑った。
今とは状況は全然違うが、あの街でエクエスに告げた言葉だ。
(『おねえさん』よく言ったわ、上出来ね。『私』だったら言えなかった言葉だもの)
繰り出された鋭い刺突を紙一重で避けつつ踏み込んだエミリアが群れを成す屍人に斬撃を叩き込んだ。
倒された屍人共が床と言う床に積み重なっていく。
「おのれ……おのれ……」
呪詛を響かせて屍人が次から次に現れる。
その顔に見覚えがない訳ではなかった。なぜなら、屍人共はエミリアが『始末』してきた者達だからだ。
いくら倒しても呪いや怒り、恨みと共に立ち向かってくるのだ。戦況が好転する事はなく、逃げ場もない。
けれど、エミリアは諦める事を良しとしない。
「おねえさんは、殺めてきた人達よりも多くの人を助けたい」
心の奥底から願う、成すべき事。
それは贖罪ではない。
多くの人々を助けたとしても、殺めた者達は生き返らないし、彼ら彼女らの気持ちが晴れるわけでもない。
ここで屍人に殺されても彼らの呪詛は止まらないだろう。
同時に放たれた短剣を幾本か弾く……捌き切れなかった一本が右脚に突き刺さった。
「……ただ、家のために、殺すだけのために生まれてきたっていうのも癪じゃない」
他の誰でもない自身に向かってエミリアは告げると、刺さった短剣をへし折った。
「だから、これからの人生は真逆にしてやるって決めたの」
呼吸を整えて迫って来る屍人共を見つめる。
腰を低く落とした。
「ごめんなさいとしか言えないし、自分勝手だけれども……」
屍人共が一斉に飛び掛かってきたのに合わせエミリアも強く踏み込んだ。
「死が待っているだけだろうと、ただ黙って貴方達に殺されるということはできないわ」
左手の短剣が屍人の喉元を貫くと同時に肘から先を引き抜かれる。
次は膝を砕かれるが……満身創痍でも戦う事を止めない。
「諦めないわ」
指一本でも動くのなら、いや、身体が活動を続ける限り――。
エミリアは文字通り、最期まで戦い続けるのであった。
●ネーヴェ・グラヌローザ
辛うじて人の形を保った巨大な這者が横一列になって迫る。
放たれるのは全てを貫き、焼き尽くしてしまう恐るべき光線。
仲間を守るべく、ネーヴェは無数の光の筋へと身を挺して飛び込んだ。
「くっ、手強いですね……。大丈夫、です……」
振り絞って出した台詞とは裏腹に身体が動かない。
見れば、横腹がごっそりとなくなっている。麻痺しているのか痛みはない。なるほど、これでは力が入らない訳だ。
庇った仲間は無事だったようで、ネーヴェの身体を優しく受け止め、大地に降ろすと這者に向かって立ち向かっていく。
戦場に残されたネーヴェはどこまでも透き通った青い空を眺めた。
「記憶の無い私は、一度、死んだようなもの……だからでしょうか、不思議と怖くはないですね」
この命を返すだけの事だから。
身体中のエーテルが粒子となって空へと昇っていく。もう長くは保たないだろう。
「……エルフである私は、本来ならあなた達を見送る側、だったでしょう……ふふ、逆になってしまいましたわね……」
長命な種族だからこそ、見届ける事は覚悟していただけあって、それが叶わない事は心残りであった。
けれど、同時に幸いでもあると思う。
「ここにあなた達がいなくて良かった」
残される事の辛さも知っているから。
最期の力を振り絞ってブローチを握り締めた。
「ごめんなさい。どうか、あなた達は、生きて……」
徐々に薄れていく意識の中、色々な想い出が次々に遡っていく。
あなた達と過ごした日々は、やがて自分の知らない事を映し流す。
(懐かしい……)
どうして忘れてしまっていたのだろうか。
この景色と人々の事を。
訪れる死が失われた記憶の欠片を呼び起こしたのだろうか。
(ああ、私を迎えに来て下さったのですね。ええ、ようやく思い出しましたの……)
心の中はこの青空にように清々しい。
人々の微笑みに応えるよう、ネーヴェは天に向かって腕を伸ばした。
「今、そちらへ参りますから……私を、連れて行って――」
直後、天から降り注いだ光が世界の全てを包み込むのであった。
●ミア=リゼル
晴れているのに叩きつけるような飛沫に打たれ、茶髪の少女はよろめいた。
幾人もの冒険者達が倒れ、大量の血が雨と交じり、大地の全てを染めている。そこに自身の血も流れている事を少女は理解していた。
(手当……しなきゃ……)
傷ついている人々を助けないといけないのに身体に力が入らない。
崩れ落ちる華奢な身体を背後から支えられた。
聴き慣れた声で呼びかけられる名は……そう、せんせいがくれた名――。
「せんせい、わたし……できたわ。いうとおりに……かんぺきに……」
地面に伏している者は全て、少女が倒したものだ。
少女を支える老人紳士には分かっていたようで、少女の濡れた頭を優しく撫でてくれる。
「よくやった。後は我が始末をつけよう」
少女と老人紳士に対峙するように王国騎士と半獣人の冒険者が怖い顔を向けて立っていた。全身傷だらけだがそれは――わたしが負わせたものだ。
「「ミア……」」
二人の声が重なる。
それが自身に向かって掛けられた言葉だと理解するのに、少女はやや時間を要した。
「ミア――なんだったかしら……」
とっても懐かしい気持ちになれる響き。
けれど、その正体は分からないままだ。
(せんせい……わたし、せんせいのおやくに、たてたかしら……)
台詞に出すには遅すぎたようで口からは声どころか息もでない。
老人紳士は少女を支えていた手を離して剣を構えた。支えを失った少女は、成す術もなくゆっくりと倒れる。
(たとえ、死んでも嬉しいの……わたし……しあわせよ)
せんせいなら二人に勝てるだろうから。
時間の流れが緩やかになったように世界が動いていく。激しい雨ですら雫に見える中、王国騎士と半獣人に刺された所だけが自己主張するように強く痛みを発した。
(痛くて、苦しくて、悲しいの……せんせいさえ、さいごに……そばに……いてくれるのなら……)
笑顔で死ねるはずだったのに、なにか違う。
心の中に広がったのは底の見えない寂しさ。
(どうして……かしら……せんせぃ……ぉしえ……て……)
激しい剣戟の結末を見届ける前に、少女の意識は深い闇へと落ちていくのであった。
●最期を越えて
試練に対して気合を入れて臨んだハヤトだったが、起きた時にはすっかりと夢の内容を忘れていた。
頬を伝っている涙に首を傾げる……そんなに哀しい夢だったのだろうか。
「なんだったか覚えてねぇが、これで良いんだな?」
夢を見ているだけで依頼が達成できる――とは限らないだろうから。
この依頼の道先案内人とも言えるリィミアは眠ったままなので今すぐ成果を聞けないのは残念だ。
むくりと起きたミアが目をこすりながら呟く。
「皆さんの見ていた夢と混じって、どんな内容だったか……んんん……でも、なんだかとても悲しいです」
あの二人に今すぐ会いたい。
そんな気持ちなる。何故かは分からないけれど。
同意するようにネーヴェが頷いた。
「生憎と、どのような夢だったかは殆ど覚えておりませんが……懐かしいものを見たような気が致します。エクエス様はいかがでしたか?」
夢は記憶が創り出すものと聞いた事があるので、記憶を失っている人達にとっては何かしらの切欠に成り得ると思っているからだ。
エクエスは少しうな垂れると、隣のベッドで寝ていたエミリアに手を掴んだ。
「どうしたの? エクエスちゃん」
「私も夢の内容をよく覚えていないのですが、なぜか握ってて欲しくて……」
エクエスにとっては嫌な夢だったのだろうか。
夢とはいえ自分の死を体験するのだから辛い訳がない。
そんな中、ララノアは落ち着いた表情を浮かべていた。
(偉かったねって、最期に聞こえた気がします……その声だけで、私は十分です……)
もう二度と聞く事ができない声をまた聞けたのは夢の中だからこそだろう。
辛く哀しい夢だったが、そこは嬉しく思える。
そんな仲間達の様子をコルネリウスは胸に両手に当てて眺めていた。
愛おしい人を脳裏に浮かべる。
(後悔しないように普段からもっと沢山伝えておくべきでしょうか……)
夢ではなく本当の最期が来る前に、そう気がつく事が出来たのは、ある意味、一つの成果、なのかもしれないのだから。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
まさかプレイングで泣いてしまうとは!
そのぐらい、インパクトがあった皆様の行動にちゃんと応じられたかどうか不安ではありますが……依頼の達成度としては『大成功』となります。
夢ではありますので、あくまでも仮の話だとは思うのですが、皆様、よく考えていただけたと思います。
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会があれば冒険者の方々のご参加の程、お待ちしております。
ショートシナリオ易しい 報酬:標準6 / 4〜6人
2021年12月28日 00時06分18秒 公開
大成功
相談掲示板
ヒーラーのミア=リゼルです。よろしくお願いしますね。 今回は個別に…とのことであるので、ご挨拶のみで失礼いたします。実際に命を落とすことはないとのことですが……皆さん無事に戻られますよう。