【球祭】グランスパーダ・トライアウト
革酎
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シナリオID:1732
オープニング
リーンエス王国の一部の貴族の間では、野球なる球技が流行っている、らしい。
真偽の程は定かではないが、少なくともレオポルド・グラハイム伯爵が主催するグラハイム・リーグ(略称グ・リーグ)という素人野球リーグが存在することは確かである。
このグ・リーグには以下の四チームが参加している。
ルドル・フォラー・カルツロンド伯爵のチーム『ファルシオンズ』
マグラウリー・メルゲンガー伯爵のチーム『エストックス』
ヘルマス・ジーロー伯爵のチーム『スケールス』
キャゼル・ベルティック伯爵のチーム『マーシーズ』
素人野球とはいいながらも、各チームはそれぞれのホームグラウンドを持ち、試合そのものも細かく定められたルールに則って実施されている。
球審と塁審は各貴族家の家士から選抜され、それぞれが徹底的にルールを叩き込まれ、ミスジャッジが発生しない様にと厳しく教育されているのだという。
グ・リーグの歴史は意外と古く、グラハイム伯爵の先々代辺りから続いているというから、案外侮れない。
野球という球技が王国内にどこまで知れ渡っているかは定かではないが、チームを持つ四家とグラハイム家では毎年シーズンに突入すると、結構な盛り上がりを見せているとの由。
そして今年も各チームが45試合ずつを戦い、メルゲンガー伯爵のエストックスが二位以下に3ゲーム差をつけて優勝し、シーズンを終えた。
ところが昨年から続いている帝国周辺の激動の影響か、各チームとも引退者が続出しており、新たなメンバーを募集せざるを得ない状況に追い込まれていた。
そこでグラハイム伯爵は王都グランスパーダの郊外にある運動場で合同入団テスト、所謂トライアウトを実施することにした。
そしてこのトライアウトには授恵者の参加も認められる運びとなった。但し、試合中に於いては、授恵者は冒険者としてのあらゆる技能と装備の使用が禁じられる。飽くまでも野球選手としての能力だけで勝負しろ、という訳だ。
勿論授恵者ならば身体能力面で一般人に優るのでは、という懸念もある。
だが野球は、そんな単純な競技ではない。
例えば投手の場合、授恵者としての筋力全開で直球を投げれば、縦スピンが強過ぎる為に球の上部に逃げる空気量が極端に増加した結果、本塁上でホップしてしまい、ただ打ち易いだけの棒球と化す。
変化球に於いても同様のことがいえる。授恵者が本来の力を目一杯発揮して変化球を投げると、回転が強過ぎる為に本塁よりも遥か手前で変化してしまい、軌道が大きく逸れて極端なボール球になってしまう。
直球にしろ変化球にしろ、本塁上でキレのある球にするには、重力と空気抵抗を程良く利用しなければならない。これらを上手く扱うには、程々の力で投げる必要がある為、寧ろ授恵者の方が如何に力をセーブするかという課題が付きつけられる格好となる訳だ。
打者にしても同様で、授恵者として力一杯バットを振り回せば、必要以上にバットがしなり、ミートポイントが微妙にずれる。打球というものはタイミングを合わせ、芯で捉えなければ上手く飛ばない。こちらも矢張り、授恵者としての筋力や瞬発力を全開させれば良いというものではなく、矢張り力をどこまで上手くセーブ出来るかがポイントとなる。
つまりこの素人野球の一番の醍醐味は、一般人と授恵者がほぼ対等の立場で戦うことが出来る、というところに尽きるだろう。
グランスパーダ・トライアウトと命名された合同入団テストの申込用紙は各冒険者ギルドにも配布された。
果たして、新たなスター選手候補は現れるのだろうか。
解説
マスターより
リプレイ
リーンエス王国の王都グランスパーダの真冬は、今年に限っていえばよく冷える日が例年よりも幾分多い様に感じられる。
特に寒波が襲来した日などは、町中は林立する建物やひとびとの往来で多少気温の下がり方は緩やかかも知れないが、ひとたび町を出ると吹きっさらしの上に放射冷却による気温低下が凄まじい。
郊外に位置する野球用グラウンドも、冷え込みが一段と激しかった。
そんな中で対抗草野球グラハイム・リーグ(略称グ・リーグ)の合同新人入団テスト、所謂トライアウトが実施される運びとなった。今年のトライアウト参加者は11名、いずれも授恵者ばかりである。
早朝からグラウンド脇のダッグアウトに集合した授恵者達は、何箇所かに分かれて薄い煙を上げている焚き火の前から離れられなかった。
「寒いから暖かくしてこいとはいわれましたけど、こんなに冷えるとは思ってもみなかったですね」
防寒具を何枚も着込み、若干着膨れしてしまっているコルネリウス・アーラだが、それでも強い寒風が吹き抜けていったりすると一瞬ぶるるっと身震いしてしまう。
同じ様に防寒対策ばっちりなアルベルト=V=シュタールシュヴェーアトは、帝国北部のドカ雪季節に比べればまだマシだ、と苦笑を漏らした。
「この辺も確かに寒いといえば寒いが、大雪が積もることは少ないだろうから、まだ過ごし易い方なんじゃないか」
アルベルトの言葉に、そんなものですかとコルネリウスは何ともいえぬ表情を返したが、その視線は焚き火に鉄串を突っ込んでいるリディリディ・トゥラ・イェレミースに釘付けになっていた。
どうやらリディリディはこの朝っぱらから焼き芋、ではなく焼肉に興じようとしているらしい。肉汁が滴る美味そうな匂いが周辺に漂い始めている。
「あの……そんなに欲しいのでしたら……おひとつ、如何ですか?」
引きつった表情で鉄串を眺めていたルベア・ベルニに、リディリディが警戒感たっぷりの口調で問いかける。本当ならこれは全部私のお肉ですけど、といわんばかりの表情だ。
対するルベアは、
「いや……遠慮しとくわ」
と静かに頭を振った。ルベアが鉄串を凝視していたのは別段焼肉にありつきたいと思っていた訳ではなく、朝からよくこんな胃に重そうなものが食べられるな、という驚きの念からであった。
「にゃっほー! ねぇ、コルネはどこ希望するか、もう決めたの?」
その時、隣の焚き火からサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブが左手を振ってきた。右手には焼き芋。やっぱりこれが正統派スタイルだよなあと誰もが思うが、あまり食い過ぎると肝心な時に放屁が止まらなくなるので要注意だ。
それは兎も角、コルネリウスは出来ればエストックスを希望したい旨を答えた。するとサフィラは隣で同じ様に焼き芋を頬張っているハヤト=ガラン=ヴォルファングの肩を叩きながら、
「んじゃあ、リーグ戦始まったらライバル同士だね!」
と笑顔を返してきた。ちなみにサフィラもハヤトも、ファルシオンズへの入団を希望していた。
傍から見ればカップル入団ということになるのだろうが、ハヤトは、
「いや、そんなんじゃねーし」
と妙に否定していた。
それからまだもう少しばかり歓談の時間が続いたが、そこへ厚手のコートを纏ったルドル・フォラー・カルツロンド伯爵がゆったりと歩を寄せてきた。曰く、今回のトライアウト参加者は全員が野球に関しては全くの素人ということもあり、ポジション別のレクチャー会が先行して開催されることになったらしい。
カルツロンド伯爵は投手部門を、そしてマグラウリー・メルゲンガー伯爵が捕手部門、ヘルマス・ジーロー伯爵が内野手部門、キャゼル・ベルティック伯爵が外野手部門をそれぞれ担当する様だ。
これらのポジション別レクチャー会では野球ルールの基礎とポジション毎に要求される守備技能、打順毎に期待される打撃内容等が約二時間程度をかけて、じっくりと教え込まれるらしい。
授恵者達はグラウンドに隣接するクラブハウスへと呼び集められ、四つの部屋に分かれてのレクチャー会に臨むこととなった。
午前十時を過ぎた頃になって、寒さも漸く落ち着いてきた。体を動かさない場合は防寒具を手放すことなど到底無理だが、グラウンド上で白球を追いかけるうちに体も温まってくるだろう。
勿論、入念なウォームアップは絶対に必要だ。体を十分に温めないまま臨んでしまうと、怪我や事故が起こり易くなる。投手はブルペンでしっかりと肩を作り、野手と捕手は右翼ポールと左翼ポール間を何度も往復するランニングで全身の筋肉を解した。
今回のトライアウトはふたつのチームが編成出来る程の参加者が集まらなかった為、試合形式ではなく、シート打撃で審査される。
シート打撃とは、実戦を想定した打撃練習を指す。
一般にフリー打撃は各打者がそれぞれ打撃投手と対戦する形で好きな場所、好きなタイミングで打撃練習に専念することが出来る。フォーム固めやタイミングの取り方に主眼を置いた練習法だ。
これに対しシート打撃とは実戦さながらの形式で行われる練習法である。練習場所は実際の打席であり、打者は投手と捕手のみならず、各ポジションに就いた野手をも相手にしなければならない。しかし守る方も打者だけに集中することは出来ない。というのも、実戦を想定する為に、走者を塁に置くからだ。飛球ならば犠飛を警戒し、ゴロならば進塁打を防ぐことも視野に入れなければならない。
但し今回のトライアウト内シート打撃では、カウントは全てノーボール・ノーストライクから開始される。通常シート打撃では打者が打席に入った時点で既にある程度のカウントがあるものとして開始される。例えばツーボール・ワンストライクで走者一塁という状況を想定し、その場合にバッテリーはどう攻めるのか、そして打者はどの方向を狙って打つのかを、それぞれが考えて臨むのが本来のシート打撃なのだが、今回に限っては受験する各打者には少しでも多くの投球を経験させたいというのが、各チームの編成担当者からの要望だった。
●打者vsバッテリーの静かなる心理戦
いよいよトライアウト開始だ。
シート打撃の最初の打者はバーネット・フォーサイス。遊撃手希望で右投げ左打ち。当然、打席も左だ。
一塁走者には俊足のアルマ・ヴァレンタイン、そして二塁走者には投手ながら出塁と進塁に成功したという体でフリーダ=ブロムヴィストがそれぞれ入った。
マウンド上にはライナ・フレイヴァルツが立ち、バッテリーを組むのはフロマーシュ・ダイヤドロップ。一死一二塁という状況からのスタートだ。
各守備位置はそれぞれ一塁手アルベルト、二塁手ルベア、三塁手メルゲンガー伯爵、遊撃手ハヤト、左翼手リディリディ、中堅手サフィラ、右翼手コルネリウス。
尚、コルネリウスは投手志望だが、肩の強い投手は右翼手も務まるという理論から、このシート打撃では兼任右翼手を臨時に任される運びとなった。
そして球審が、バーネットの打席入りと同時にプレイを宣告した。
やや踏み込んだ位置に立つバーネットをちらちらと見遣りながら、フロマーシュは相手が三塁線へのゴロ狙いであることを即座に見抜いた。
(ここで欲しいのは三振か、一塁線へのゴロですね。ライナ様、外角は全てボール球でいきましょう)
フロマーシュは初球、外角低めへのドロップカーブで様子を見ることにした。
(良いよ、マーシュ。外は厳しく突いて、逆に内は甘めで誘ってみよう)
フロマーシュのサインに頷き返しながら、ライナはグラブの中で球を握った。二塁走者は無視し、一塁走者だけを視線で殺しておきながら、ライナは第一球を投じた。
判定はボール。ゆったりとした縦の軌道を描くカーブだ。
悠然と見送ったバーネットだが、しかしこの初球で、自身の狙いが相手に見透かされていることを漠然と悟った。
(出来れば遊撃手の一番深いところに転がせればベストなんだがな)
三遊間に強い打球を放てば、三塁手は打球処理を優先する為、刺殺の為に三塁に入ることは出来なくなる。そうなれば二塁走者の三塁への進塁が容易になる。更に遊撃手の守備位置の最も深い位置に転がせれば打者走者であるバーネットは十分一塁に間に合う上に、一塁走者の二塁封殺も防ぐことが出来るかも知れない。
野球は基本的に、失敗のスポーツだ。と同時に考えるスポーツでもある。打つ側は状況に応じて打撃方向を絞り込み、守る側は一球毎、カウント毎に守備位置を変えて打者と走者を封じ込める最善策を取らなければならない。
二球目は内角高めの直球、それもかなり甘いコース。明らかに誘い球だが、バーネットの踏み込んだ位置では詰まらされてしまう。仮に当てても、ぼてぼての一塁線ゴロだ。バーネットは敢えて見送り、これでワンボール・ワンストライクとなった。
次いで三球目。ここで要されるのは所謂、決め球だ。素人考えでいけば、決め球はアウトに仕留める球だと思われがちだが、実際は違う。ツーストライクにすることで打者を心理的に追い込めば、後はアウトに討ち取るだけである。だからこそ、ツーストライク目を取るのが最も難しく、そして最も重要なのだ。
フロマーシュのサインに頷き返してから一瞬の間、そして投球。
外角への直球に、バーネットは待ってましたとばかりにスイングしたが、しかし手元で更に外角へと微妙に変化した。直球だと思ったのは、ほぼ同じ球速で投じられたツーシームだった。外に引っ掛けてしまった打球は高々と内野上空に舞い上がる。この瞬間、インフィールドフライが宣告された。
落ちてきた球は、二塁を守っていたルベアのグラブにすっぽりと収まった。
インフィールドフライとは無死又は一死で、走者一二塁若しくは満塁で内野が守備位置をほぼ変更することなく捕球出来る飛球を打ち上げた場合の、特殊なアウト宣告だ。一見すると守備に有利なルールの様にも思えるだろうが、実際は攻撃側を利する為のルールである。
仮に内野の飛球を内野手がわざと捕球せずに落下させた場合、各走者は次の塁に走らなければならなくなる。しかし球は内野にあるから、内野手は球をすぐに拾い上げてダブルプレーを容易に完成させることが可能となる訳だ。
つまりインフィールドフライは守備側が簡単にダブルプレーを完成させるのを妨げる為のルールといえる。ダブルプレーが無くなれば、攻撃側はアウトひとつを余分に取られることもなくなる訳だから、その分、攻撃の機会をひとつ余分に得ることが出来るというものである。
今回の勝負ではバーネットは二塁飛球で討ち取られたが、先述した様に野球は失敗のスポーツだ。どんなに優秀な打者でも三割打者と呼ばれ、十回打席に立てば七回は凡退するのが普通だ。三打席に一度でも安打を放てば優れた打者の仲間入りとされる競技である。
バーネットは特に気を落とすことも無く、淡々と打席を去った。これが野球である。
一方、初めての打者対戦を無事に終えることが出来たライナとフロマーシュは、この時一瞬だけ緊張を和らげて笑顔を交わし合った。僅か三球だけであったが、凄まじいまでの緊張感がふたりを押し潰そうとしていたのである。
これもまた、野球であった。
●真剣勝負
次に打席に入ったのは、アルマである。バーネットと同じく左打席だ。今度のシチュエーションは二死二三塁で、一打出れば一気に二点入るものの、討ち取られればイニングチェンジという場面だ。
また、守備位置と走者にも変更が生じた。先程討ち取られたバーネットは遊撃手に入り、押し出された格好のハヤトは三塁走者に移った。二塁走者にはフロマーシュ。
マウンドに上がったのはライナに代わってフリーダだった。リディリディが捕手の位置に入り、空いた左翼手にはジーロー伯爵が入った。
プレートに足をかけながら、フリーダは起床時に得た啓示を思い出していた。
(今日のフリーダちゃんには猛虎魂を感じるとのことですが……どういうことでしょう?)
答えはまだ、出ていない。取り敢えずはリディリディが構えるミット目掛けて、磨きに磨いた直球を投げ込むだけである。
目指せストレートゴリラ――よく分からないが、フリーダは啓示に従うことにした。
一方のリディリディは、受験の為とはいえ、コルネリウス以外の投手と組むことになろうとは全く予想にもしていなかった。それでもやるべきことは、全力でやる。でなければ合格など覚束ない。
捕手は座っていれば良い楽なポジションだというリディリディの当初の期待は、ものの見事に突き崩されてしまった。
確かに守備の間は座っている時間が長いが、その一方で頭脳が要求される。
捕手は扇の要と呼ばれる様に、守備に於いてはグラウンド上の監督とも称されるポジションなのだ。また捕球術も求められ、ワイルドピッチは仕方が無いとしても、走者三塁でパスボールなどは死んでも許されない。
(まぁ、何とかなるでしょう……それにブロムヴィストさんの球種は直球だけみたいですし……)
だがその直球が恐ろしい程に切れがあり、そして速い。フリーダ曰く、与えられた啓示からのヒントで猛虎ストレートと呼んでいるらしいが、正直リディリディにはどうでも良かった。
対するアルマは、背が低い。つまりストライクゾーンが恐ろしく低いということになる。アルマ自身はこの体格の小ささを武器にして四球連発を狙っている様だが、野球はそんなに甘くない。背が低い場合は単純にストライクゾーンが低くなるだけで、審判は高低を然程に狭めてはくれない。極端に打者有利となる条件は、審判の裁量である程度排除されるのである。
事実、リディリディが要求した極端に低いコースは二球とも、ストライク判定だった。
(えー? あんなに低いのに?)
一瞬左打席内で小首を傾げたアルマだが、本来ストライクゾーンは、大雑把にいえば打撃態勢にある打者の胸元から膝頭までの本塁上の空間を指す。如何にアルマの体格が小さいとはいっても、膝までの高さが相当に低いから、投手としては本塁に叩きつけるぐらいの感覚で投げれば大体ストライクゾーンの高さに収まるというものであった。
リディリディはアルマが四球狙いであることを、そのタイミングの取り方の遅さや本塁からやや離れた位置での打撃態勢から、早い段階で見抜いていた。
こりゃ拙い、とアルマも軌道修正せざるを得ない。あの低さでストライクを取られてしまうなら、簡単には四球が奪えなくなる。であれば、バットを振るしかない。
だがフリーダは左投げの本格速球派だ。盗塁及び走塁のスペシャリストタイプのアルマからすれば、非常に相性が悪い相手だった。
それでも今回に限っていえば、この相性の悪さが吉と出た。アルマが放った打球は完全に差し込まれていたものの、ふらふらと上がった白球は内野と外野の間にぽとりと落ちた。所謂ポテンヒットだ。
そしてここからの勝負が、これまた面白かった。打球が上がった瞬間に猛チャージをかけていたサフィラが、捕球と同時に投球態勢に入っていたのである。
一方、三塁走者のハヤトは俊足であり、盗塁技術も少しは磨いていたのだが、しかし走塁技術は並程度に過ぎなかった。
盗塁は相手バッテリーと戦う為の技術だが、走塁は相手野手と戦う為の技術だ。ハヤトはサフィラの返球と戦えるだけの足を用意していなかった。打撃も盗塁もルーキーとしては十分に仕上がっていたハヤトの唯一の弱点を、サフィラが上手く突いた格好だった。
ハヤトが本塁に到達するよりも一瞬早く、サフィラの矢の様なダイレクト返球がリディリディのミットに収まっていた。この時の見事な返球を、カルツロンド伯爵はアローリターンと呼んでいた。
「ぐわー、ちくしょー。全然良いとこ無しじゃねーかよー」
「にゃ! このサフィラ様から本塁を奪おうなんて十年早いよ!」
本塁と二塁付近の間で交わされる会話に、グラウンド内外はどっと沸いた。
結局このシート打撃では、アルマはフリーダとリディリディのバッテリーに安打という形で勝ったものの、サフィラの鬼返球で失点は阻止された。野球はチーム競技である以上、点が入らなければ、それは守備側の勝利といえるだろう。
●野球の怖さと深さ
三人目の打者はアルベルトだった。
そして彼の代わりに、フロマーシュが一塁手に入った。フロマーシュは捕手志望だが、チーム事情で捕手が一塁手を兼任することはよくある話である。今回も編成担当者がフロマーシュの野手としての適正も見ておきたいとの希望を出していた為、臨時で一塁守備に就いたという訳であった。
左翼手にはアルマが入った。先程までは走者と打者、つまり攻撃側だけで動いていた為、守備側に就くのはこの時点が最初だった。アルマは守りでも良いところを見せなければと、気合十分だ。
今回は、走者は居ない。アルベルトが相手ならば走者が居ようが居まいが、投手は打者に全力で集中しなければならない。普通に打てば複数塁打確実という破壊力なのだから、それも当然の話であった。
マウンドに立ったのは、やっと投手としての出番が廻ってきたコルネリウス。捕手のリディリディも本来のバッテリーが組めるということもあり、先程までとは少しばかり顔つきが変わった。
右打席に入ったアルベルトには、何ともいえぬ威圧感があった。当たれば場外、とまではいかないまでも、相当遠いところまで打球を運ぶ力があるのは、目に見えて分かった。
アルベルトのコンセプトは『当たれば必ずホームラン。ロマン砲の助っ人外国人』いうことらしい。リーンエス王国内の野球リーグに対して、帝国民としての立場で参戦するから外国人枠、ということなのだろう。
「さぁゼッコーチョー! 月に向かって打つぜ!」
打棒のヘッドを場外に向けて高々と指すアルベルトだが、今は昼間なので月はどこにも見えない。
一方のコルネリウスは、アルベルトの打つ気満々な様子とは対照的に至ってクールだ。
(ボール遊びは兄や弟達としたことがありますけれど、競技としては初めてですね)
だがこの日に備えて、ある程度の練習は積み重ねてきた。今では速い直球とスライダーの二球種を操るまでに成長している。
更にもともと、冒険者としては壁役を担当することが多かった彼女は、肩の強さにも自信があった。
(やるからにはスターになれるよう頑張らないと、ですね)
最近何かと世話になることが多かったメルゲンガー伯爵の前で、良いところを見せたい。その為には、アルベルトをここでしっかり討ち取らなければならないだろう。
一球目、リディリディは外角低めの直球を要求した。多少ボール気味でも構わない。一発のある長距離砲相手に初球からストライクゾーンで勝負するのは、余りに危険であった。
速度と切れのある直球で、リディリディはアルベルトの様子を見た。このタイミングの取り方は、明らかに直球狙いである。
バッテリーは即座に攻め方を決めた。スライダー中心にカウントを稼ぎ、後は状況を見て三振を狙うか、ゴロで討ち取るかを考える。間違っても飛球になる高めの勝負は避けなければならない。
しかし綱渡りの様な勝負でもあった。アルベルトはコースを問わず、どんどんバットを振ってくる。多少タイミングが合わずとも、一瞬ひやりとする様な大飛球をファウルゾーンに打ち込んでいった。
カウントはノーボール・ツーストライクとバッテリー側に有利だが、少なくともコルネリウスには心理的な余裕は微塵にも無かった。
(追い込んだは良いものの……心理的に苦しいのは寧ろ、投げる方ってところかしら)
一二塁間で守備に就いているルベアは、腰を落として身構えつつもコルネリウスの心境を密かに分析した。例え守備に就いている間であっても、自分ならどう打つかという具合に思考を巡らせていたのである。
出塁率を重視するルベアにとっては、色々な投手の投球術を少しでも多く間近で見て、己の打席に活かす必要があった。
この後、コルネリウスは三球続けてコースを外し、フルカウントとなった。ここでリディリディがタイムを取り、マウンドへ向かった。この時の投手心理は、ひと言でいえば絶体絶命であった。
投手心理というものは面白いもので、スリーボールからフルカウントになった場合は攻めの気分で投球に入ることが出来る。あと一球で四球という場面からツーストライクを取ったことで、勝負出来るという前向きな気分になるからだ。
しかし逆に、ツーストライクからフルカウントになった場合は次の一球はどうしてもストライクが欲しいという追い詰められた心境に陥ってしまう。
同じフルカウントでも、そこに至る経緯が異なれば投手心理も打者心理もがらっと変わるのが野球の面白いところであり、そして怖さでもあった。
だが勝利の女神は、コルネリウスとリディリディに微笑んだ。
アルベルトは長打力こそ非凡ながら、バットコントロールは凡庸だった為、打ち損じてしまった。打球は逆方向への鋭いライナー性だったが、そこはルベアの広い守備範囲の中だった。
内角は厳しく、外角は甘めに誘うという長距離打者への基本に則ったバッテリーの攻め方のお陰で、ルベアもポジショニングが楽だったのだが、それにしてもこの守備範囲の広さはひとつの武器といって良い。
そのルベアが、次の打者に入る。出塁を徹底して意識する彼女はまた別の意味で、厄介な打者だ。
そしてマウンドを預かるのは引き続き、コルネリウスだった。
アルベルトは長打力を警戒すれば良かったが、ルベアはシュアな打撃を志すミート重視の打者だ。走者が居る場面では寧ろ、ルベアの方が面倒な相手となるだろう。
足が速い上に、妙な打撃姿勢で右足を振り子の様に振るタイミングの取り方は、捕手リディリディの目から見ても狙い球が分かり辛い嫌な相手だった。
●来季へ向けて
その後もシート打撃は野手と捕手全員がひと通り打席に入った。
安打を放ったのはルベア、サフィラ、ハヤトの三人だけで、長打は一本も出なかった。野球初心者同士の対戦では、投手が有利となるのは仕方の無いところであろう。
しかし各チームの編成担当者は、ただ成績だけを見ている訳ではない。
打者であれば打席に入る際の狙いや、状況に応じたチームバッティングを心掛けるかどうかが見られる。
一方、投手であればカウントの組み立て方や、どの球を打たせるのかという思考法も試験対象となる。ただ投げて討ち取れば良いという発想では、とても合格出来るものではないのだ。
野球は失敗のスポーツであり、考えるスポーツでもあるが、それ以上に確率のスポーツという色合いが最も強い。成功率の高い策を選び、その策を実行に移せる技術があるかどうか。野球選手に求められるのは、まさにそういう部分であった。
それでも、今回トライアウトに臨んだ授恵者達は非凡な才能の持ち主であるといって良い。
試験工程完了後、全員がそれぞれ希望するチーム、希望するポジション、希望する背番号で受け入れられることが発表された。
カルツロンド伯爵のファルシオンズにはサフィラ、ハヤト、アルマ、バーネットの四人が入団することとなった。
実はこの四人共、全員が盗塁への意識が強い足のスペシャリスト指向だった。同一チーム内から盗塁王候補が四人も出るというのも珍妙な話だが、この四人が加わったことで来季のファルシオンズは機動力野球を前面に押し立てたチームへと変貌するであろうことが、何となく予感された。
メルゲンガー伯爵のエストックスにはコルネリウスとリディリディの両名が入団。コルネリウスは今後先発要員として起用されるのか、或いは連投が可能な肩の強さを買われてセットアッパーを託されるのかは、現時点ではまだ何も分かっていない。一方のリディリディは間違い無く、正捕手候補であった。そのリード技術と頭脳は目を見張るところがあった。試合中に肉を食うのを我慢すればもっと良い選手になるだろう。
ジーロー伯爵のスケールスはアルベルト、フリーダ、ルベアの三人が入団し、攻守でバランスの取れた補強となった。ルベアでチャンスメイクし、長打力のアルベルトで走者を返す。奪った点はフリーダの火を噴く様な剛速球で守り抜くという、オーソドックスなスタイルのチーム構成が期待出来るだろう。
そしてベルティック伯爵のマーシーズにはライナとフロマーシュの気心知れたバッテリーが入団となった。
多彩な球種を操るライナは先発向きで、球種の多さは駆け引きの上手さにも繋がる。フロマーシュも捕手としては思考力が十分に鍛えられている為、ライナとのバッテリーでは毎回クオリティースタートが期待出来るだろう。
各選手の入団契約後、クラブハウスでは早速ユニフォーム作製の為の採寸へと入った。
「ライナ様、いよいよですね」
紫を基調としたマーシーズのユニフォームサンプルを手に取りながら、フロマーシュは嬉しそうに笑った。
初めて触れる競技ではあったが、ライナと共に練習を重ね、阿吽の呼吸で連携出来る程に技術を高めてきたのである。その努力が報われたのだ。嬉しくない筈が無い。
ライナもまた喜びを噛み締めていたが、しかしここからがスタートである。ベルティック伯爵から聞いた話では春先のキャンプを経てから、暖かくなる頃にシーズンが始まるらしい。来季は試合数が増える予定だとも聞いており、先発登板数が従来よりも増えることになるだろうとの由。
狙うは最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の三冠だ。が、その為にはフロマーシュの協力が不可欠だ。投手部門のタイトルは捕手無くしては獲得出来ないのだ。
「……よし。やってやろう。絶対に優勝だ」
普段はクールなライナからは珍しく、気合の籠もった台詞が放たれた。それだけ本気だということだろう。
その傍らでアルマは、『折角だから』という軽い気分で参加した野球がここまで面白いとは、想像にもしていなかった。今後、ファルシオンズは足の速い選手で塁上を引っ掻き回すことになるだろうが、その中でアルマ自身はどこまで貢献出来るだろうか。
「打撃の方も、もうちょっと鍛えた方が良いかもなー」
足には絶対の自信があるものの、体格を利用した四球狙いはシーズンでは通用しないことが分かった。となれば、次に鍛えるべきは打撃である。こちらはまだまだ伸びしろがあるといって良い。或いはバーネットの様に選球眼を磨いてみるのも一興だろう。
やがてトライアウト参加者達は採寸を終え、ユニフォームサンプルに袖を通して再び、グラウンドへと出た。野球選手としての第一歩を実感するには、矢張りユニフォーム姿でグラウンド上に立つのが一番だろう。
「あれ、女子にはホットパンツスタイルもあるのか?」
ファルシオンズの女子用ユニフォームにはロングパンツ、ハーフパンツ、ホットパンツスタイルの三種があることを、ハヤトはこの時初めて知った。サフィラが着込んでいたのは、ホットパンツスタイルだった。
「歩兵団の赤も良いけど、野球の白も良いよね!」
褐色の健康的な足で盗塁をどんどん重ねてゆくというサフィラの想像は、或いは現実になるかも知れない。サフィラ自身は野球は初めてだが、技術を素早く吸収するポテンシャルの高さは誰もが認めるところだった。
ハヤトも守備範囲と足ではサフィラに負けない自信はあったが、今回のトライアウトでは本塁上でサフィラの返球に刺されている。この借りを返すにはサフィラを上回る盗塁数で彼女に勝つしかないだろう。
「しかし偶然ってのはある意味、怖いな。こんなに盗塁好きばっかりが同じチームに入るもんか?」
何げにいちゃついているサフィラとハヤトを眺めながら、バーネットは驚くというよりも幾分呆れた調子で肩を竦めた。機動力野球は決して悪くないが、盗塁王争いが同一チーム内でとなると、変な緊張感が生まれる。
お互いに意識しない訳にはいかなくなるだろう。
「……ま、ライバルと思って切磋琢磨するしかないか」
小さくかぶりを振るバーネット。その視界内でルベアがジーロー伯爵と何か話し込んでいる。
どうやらルベアは下位打線でのチャンスメイクを心掛けたいらしいが、個人の意向はチーム事情よりも優先されることはない。選手起用は監督の専権事項なのだから、こればかりは如何ともし難いだろう。
トライアウト合格者がお互いのユニフォーム姿に歓声をあげている中、フリーダはひとりマウンドに立って、相手打者をばったばったと討ち取ってゆく己の姿を想像した。
見ると、いつの間にかアルベルトが右打席に立っている。今後は同じチームメイト同士だから公式戦で対戦することは無いだろうが、こうして打席に迎えてみると、矢張り相当な威圧感を放っていることがよく分かる。
「これからはチームメイトだな。まぁ宜しく」
打席内で軽く素振りしながら、アルベルトはにやりと口角を吊り上げた。
ところがフリーダは妙な顔つきで、幾分困った様子。何事かと小首を傾げながら、アルベルトはマウンドへと歩を寄せた。
「どうしたんだ? 何か気になることでもあるのか?」
「それがですね……啓示は私に虎になれだのゴリラになれだの、まるで一貫性が無いのです」
真剣に悩む様子のフリーダに、アルベルトはただ乾いた笑いを返すしか無かった。
マスターコメント
イベントシナリオ易しい 報酬:少ない11 / 4〜25人
2022年01月01日 08時13分35秒 公開
参加者
相談掲示板
にゃ!サフィラだよっ!みんなよろしくねっ! 野球はやったことないけど、観戦するのは好きだからルールはちょっと知ってるよっ! あたしは自慢の脚を活かして外野手とか内野手やってみよっかな!
ライナ・フレイヴァルツ、投手として合同入団テストを受ける予定だ。 チームはそうだな…どこがいいかはわからないが『マーシーズ』にしておこうか。 アピールポイントは直球を軸に多彩な変化球を操り、打者を惑わす投球術。 トライアウトの日に向けてしっかり調整して皆で無事合格できるよう頑張っていこう。
フロマーシュ・ダイヤドロップと申します。 皆様よろしくお願いいたしますっ! この度は捕手を勤めて参りたいと思いますっ。 私も今のところはマーシーズに参加予定です。 ライナ様を始め、投手の方の投球をしっかり受け止めていきながら、チームのみんなと連携して、失点を防ぐ為に尽力していけましたらっ!
No.4
リディリディです。 その、よろしくお願いします・・・。 メルゲンガー伯爵とは の縁もありましたし・・・、エストックスに参加予定です。
コルネリウスです、よろしくおねがいします。 私もメルゲンガー伯爵とご縁がありますので、『エストックス』へ参加しますね。
アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 帝国出身の俺は「助っ人外国人」扱いなのだろうか? それはともかく、俺はとりあえずまだ誰も参加表明をしていない『スケールズ』に入団しようかな ポジションは指名打者・・・ってそのポジションは無いのか、じゃあ一塁手かな。 背番号は24を希望だ、「ゼッコーチョー」と叫びながらプレーするぜ
あとGMに質問したいのですが、この依頼ではプレイングを提出するときは全てのスキルと装備品を外した状態である必要があるのでしょうか?
アルマだよ、どーぞよろしくねー。 せっかくだからボクは『ファルシオンズ』希望で。 超人うるとらべいすぼぅる!にはならなさそうだけど、 自動四球になるくらいストライクゾーンせませまになる予感…
フリーダです。よろしくお願いします。 それでは私は『スケールズ』を希望しておきます。 打者でバントでホームラン!するのも楽しそうではありますが…… とりあえず投手を希望しておきます。 背番号は9番にしておきましょう。
バーネット・フォーサイスだ。 まぁ、よろしく頼むわ。 入団希望は……『ファルシオンズ』にするかね。 ポジションは二塁手か遊撃手あたりでやるつもりだ。
No.11
ポジションというのを決めないといけませんでしたね・・・。 それでは私は・・・。 捕手にしましょう。 捕手というのは、動かないで良さそうですし・・・。
ルベアよ、宜しく。 入団希望は……『スケールズ』かしらね。 ポジションは二塁手あたりで。
ポジション事を忘れていましたね。 私は投手をしてみようと思います!