【聖祭】夜天に捧ぐ
京乃ゆらさ
コメント 5
シナリオID:1693
オープニング
冬にもかかわらず揺籃に包まれるが如き仄かな暖かさを感じる夜の森はどこか夜天の向こうへと繋がっているかのようで、暗闇の恐怖と安心感が同居した不思議な雰囲気を感じさせた。
この季節でも生命力溢れる木々。その樹上には太い幹と枝葉を活用した家が建てられ、主要な枝と枝の間には簡素な橋すらも架けられている。地上には集会所などの幾つかの建物と広場と畑があるだけで、生活の中心は樹上であろうと容易に想像がついた。
フィルエス大森林はリシルドを源流としたイルレダ氏族の住まう里。そこは、大いなる森と調和した小さな集落だった。
少し前に大森林で起こった枯死騒動を止められていなければ、きっとイルレダ氏族がこの地で聖霊節を迎えることもなかったに違いない。そう思えばこの光景もより一層美しく見えた。
この――フィルエスの樹上集落を彩るテラリウムのランタンの灯り。持ち込めた数に限りがあった為、アキュアリスタなどと比べれば質素な輝きだけれども、数が少ないからこそ感じられる心地良さのようなものがここにはある。
「ささ! 皆さんもうちたちの聖霊節を楽しんでください! って言っても特別オイシイご飯とかはないですけどね! 音楽! うちは音楽がウリなので! 音に耳を傾けたり、皆さんも演奏してみたりしてもいいかもです!」
――そんな控えめな雰囲気も何のその、エルフ娘のナルイ・ニム・イルレダが冒険者に笑いかける。
冒険者たちは彼女のあまりにも元気な物言いにそれぞれの反応を示すと、ここに来ることになった依頼を思い返す。
『フィルエス大森林の故郷にテラリウムのランタンを届けたい』
そんな、故郷思いの依頼を……。
●ナルイ・ニム・イルレダは故郷に流行を届けたい
今年の聖霊節はテラリウムのランタンなるものが流行りらしい。
リブラネスタの一角は聖霊節が近付くにつれ少しずつランタンの灯りで彩られ始め、どんどんと非日常感を増してゆく。さらにはどこぞにあるランタンのアーチをカッポーが手を繋いでくぐれば幸せになれるとか何とかいうご近所の噂話まで耳に入ってしまえば、それはもう心は聖霊節一色になった。
「う、うちも誰かとアーチ……てアーチってどこにあるん!? てか一緒にくぐる人いないし!」
ナルイ・ニム・イルレダ(94歳)、悲しみの一人ツッコミであった。
幸いにも周囲には誰もいなかった為、今後のご近所付き合いに支障は出ないものの、自身の心だけは誤魔化せない。
(おうち帰りたい……)
それは久々に湧き上がった気持ちであった。
ここ10年……いや20、ではなく確か50年ほど帰郷していなかったが、たまには帰ってみるのもいいかもしれない。
ナルイは自身の緑がかった藍色の髪を指にくるくる巻きながら考える。
しかし50年ぶりとなると、ただ手ぶらでふらっと帰るのは敷居が高い。いや50年程度なら大丈夫か? いやだが手紙の一つも出してなかったのは少々まずかったかもしれない。
思い悩んでいたナルイの目に映ったのは、リブラネスタを彩るランタンだった。ていうか最初から目に入っていた。
(……今年の、流行り。流行り……!?)
街の流行を伝えに帰る! これはどうだろう?
イルレダ氏族はエルフ全体として見ればやや開明的な部類に入る。外の者の移住やら商売やらに関しては厳しいが、外の文化は学びたいという傾向が強い。特に音楽。
であればこそ今年の街の流行!
何故かやたら出回り始めたテラリウムのランタンなるものを持ち帰り、これが外の文化だと得意顔で広めるのだ。これなら実家にも堂々凱旋できるのでは?
そうと決まれば早速ランタンを買いに行かなければ。ナルイは意気揚々と近所の雑貨屋に行ってみるも件のランタンはなし。首を傾げつつ次の店に行くが、そこにもない。
それなら、と街で情報が集まりがちな場所の一つである冒険者ギルドで訊いてみると、なんと例のランタンは神匠の仕掛けというではないか。しかも素人の扱いでは光が3日保てばいい方だという。
3日。それではリブラネスタから普通に旅をしてもフィルエス大森林まで辿り着けない。少なくともナルイには無理だ。これでは街の流行を伝えるとかいう言い訳、もとい大義名分がなくなってしまう。
俯いたナルイに提案してきたのは、さっきから相談に乗ってくれていた受付嬢だった。
「故郷にランタンを届けてほしいという依頼を出して、自分も同行すればよいのでは? それならビッグオウムが使えますし」
目からウロコがぽろりと落ちた。
●イルレダの樹上集落にランタンを添えて
夜の樹上集落を照らすのは地上広場で焚かれた唯一の篝火と、各所に設置されたテラリウムのランタン。
暗闇と同居するような仄明るい樹上回廊では、イルレダ氏族のエルフたちがしっとりと騒いでいる。どうやら祭りであろうとも大声ではしゃぐのは慎む習慣のようで、ナルイだけがこの氏族で異端であったらしい。
けれど音楽となると話は別。
弦楽器や笛、打楽器の奏者たちが篝火を囲って演奏し、静かな森に溶けてゆくような音を響かせている。イルレダに伝わる歌だろうか、時に歌唱も加わって聴く者を飽きさせない。
これほどの技術があるなら、冒険者が飛び入りで音楽を奏でても即興でついていけそうだ。
一方で樹上に目を向ければ、屋台などはなく料理には期待できそうにないものの、酒や果汁は長から全員に提供されるようで、ナルイによる外の話を聞きながら飲んでいるらしかった。
ランタンを届け終えた現状、冒険者がやらねばならないことはない。
ナルイらに加わって様々な話を披露するのも楽しそうだが、せっかくの樹上集落をゆっくりと満喫するのも手ではある。
幾つもの枝を繋ぐ樹上回廊はぽつぽつと置かれたランタンに照らされ、森の中にぽっかりと浮かぶ別世界のよう。場所によっては1人で雰囲気を楽しんだり、2人きりで内緒話ができたりする所もあるだろう。
さらにこの回廊は集落で最も高い樹にも繋がっているようで、そこを上れば観測所――という名の展望台があるのだとか。と言っても大森林全体を見渡せるような高さではなく、この周囲より少し高い程度らしいが。
しかしそれでも、大地の森と天上の夜空の狭間でランタンに彩られた展望台は、いかにも雰囲気が良さそうだ。
常春のフィルエス大森林で聖霊節を寿ぎ、揺籃の夜を過ごす。
いつものように街で過ごすのとは少しだけ違う、緩やかな時の流れを感じる一夜――。
この季節でも生命力溢れる木々。その樹上には太い幹と枝葉を活用した家が建てられ、主要な枝と枝の間には簡素な橋すらも架けられている。地上には集会所などの幾つかの建物と広場と畑があるだけで、生活の中心は樹上であろうと容易に想像がついた。
フィルエス大森林はリシルドを源流としたイルレダ氏族の住まう里。そこは、大いなる森と調和した小さな集落だった。
少し前に大森林で起こった枯死騒動を止められていなければ、きっとイルレダ氏族がこの地で聖霊節を迎えることもなかったに違いない。そう思えばこの光景もより一層美しく見えた。
この――フィルエスの樹上集落を彩るテラリウムのランタンの灯り。持ち込めた数に限りがあった為、アキュアリスタなどと比べれば質素な輝きだけれども、数が少ないからこそ感じられる心地良さのようなものがここにはある。
「ささ! 皆さんもうちたちの聖霊節を楽しんでください! って言っても特別オイシイご飯とかはないですけどね! 音楽! うちは音楽がウリなので! 音に耳を傾けたり、皆さんも演奏してみたりしてもいいかもです!」
――そんな控えめな雰囲気も何のその、エルフ娘のナルイ・ニム・イルレダが冒険者に笑いかける。
冒険者たちは彼女のあまりにも元気な物言いにそれぞれの反応を示すと、ここに来ることになった依頼を思い返す。
『フィルエス大森林の故郷にテラリウムのランタンを届けたい』
そんな、故郷思いの依頼を……。
●ナルイ・ニム・イルレダは故郷に流行を届けたい
今年の聖霊節はテラリウムのランタンなるものが流行りらしい。
リブラネスタの一角は聖霊節が近付くにつれ少しずつランタンの灯りで彩られ始め、どんどんと非日常感を増してゆく。さらにはどこぞにあるランタンのアーチをカッポーが手を繋いでくぐれば幸せになれるとか何とかいうご近所の噂話まで耳に入ってしまえば、それはもう心は聖霊節一色になった。
「う、うちも誰かとアーチ……てアーチってどこにあるん!? てか一緒にくぐる人いないし!」
ナルイ・ニム・イルレダ(94歳)、悲しみの一人ツッコミであった。
幸いにも周囲には誰もいなかった為、今後のご近所付き合いに支障は出ないものの、自身の心だけは誤魔化せない。
(おうち帰りたい……)
それは久々に湧き上がった気持ちであった。
ここ10年……いや20、ではなく確か50年ほど帰郷していなかったが、たまには帰ってみるのもいいかもしれない。
ナルイは自身の緑がかった藍色の髪を指にくるくる巻きながら考える。
しかし50年ぶりとなると、ただ手ぶらでふらっと帰るのは敷居が高い。いや50年程度なら大丈夫か? いやだが手紙の一つも出してなかったのは少々まずかったかもしれない。
思い悩んでいたナルイの目に映ったのは、リブラネスタを彩るランタンだった。ていうか最初から目に入っていた。
(……今年の、流行り。流行り……!?)
街の流行を伝えに帰る! これはどうだろう?
イルレダ氏族はエルフ全体として見ればやや開明的な部類に入る。外の者の移住やら商売やらに関しては厳しいが、外の文化は学びたいという傾向が強い。特に音楽。
であればこそ今年の街の流行!
何故かやたら出回り始めたテラリウムのランタンなるものを持ち帰り、これが外の文化だと得意顔で広めるのだ。これなら実家にも堂々凱旋できるのでは?
そうと決まれば早速ランタンを買いに行かなければ。ナルイは意気揚々と近所の雑貨屋に行ってみるも件のランタンはなし。首を傾げつつ次の店に行くが、そこにもない。
それなら、と街で情報が集まりがちな場所の一つである冒険者ギルドで訊いてみると、なんと例のランタンは神匠の仕掛けというではないか。しかも素人の扱いでは光が3日保てばいい方だという。
3日。それではリブラネスタから普通に旅をしてもフィルエス大森林まで辿り着けない。少なくともナルイには無理だ。これでは街の流行を伝えるとかいう言い訳、もとい大義名分がなくなってしまう。
俯いたナルイに提案してきたのは、さっきから相談に乗ってくれていた受付嬢だった。
「故郷にランタンを届けてほしいという依頼を出して、自分も同行すればよいのでは? それならビッグオウムが使えますし」
目からウロコがぽろりと落ちた。
●イルレダの樹上集落にランタンを添えて
夜の樹上集落を照らすのは地上広場で焚かれた唯一の篝火と、各所に設置されたテラリウムのランタン。
暗闇と同居するような仄明るい樹上回廊では、イルレダ氏族のエルフたちがしっとりと騒いでいる。どうやら祭りであろうとも大声ではしゃぐのは慎む習慣のようで、ナルイだけがこの氏族で異端であったらしい。
けれど音楽となると話は別。
弦楽器や笛、打楽器の奏者たちが篝火を囲って演奏し、静かな森に溶けてゆくような音を響かせている。イルレダに伝わる歌だろうか、時に歌唱も加わって聴く者を飽きさせない。
これほどの技術があるなら、冒険者が飛び入りで音楽を奏でても即興でついていけそうだ。
一方で樹上に目を向ければ、屋台などはなく料理には期待できそうにないものの、酒や果汁は長から全員に提供されるようで、ナルイによる外の話を聞きながら飲んでいるらしかった。
ランタンを届け終えた現状、冒険者がやらねばならないことはない。
ナルイらに加わって様々な話を披露するのも楽しそうだが、せっかくの樹上集落をゆっくりと満喫するのも手ではある。
幾つもの枝を繋ぐ樹上回廊はぽつぽつと置かれたランタンに照らされ、森の中にぽっかりと浮かぶ別世界のよう。場所によっては1人で雰囲気を楽しんだり、2人きりで内緒話ができたりする所もあるだろう。
さらにこの回廊は集落で最も高い樹にも繋がっているようで、そこを上れば観測所――という名の展望台があるのだとか。と言っても大森林全体を見渡せるような高さではなく、この周囲より少し高い程度らしいが。
しかしそれでも、大地の森と天上の夜空の狭間でランタンに彩られた展望台は、いかにも雰囲気が良さそうだ。
常春のフィルエス大森林で聖霊節を寿ぎ、揺籃の夜を過ごす。
いつものように街で過ごすのとは少しだけ違う、緩やかな時の流れを感じる一夜――。
解説
▼目的
フィルエス大森林、イルレダ氏族の樹上集落で聖霊節を楽しむ。
▼状況
時刻は夜から深夜。天候は晴れ。星々はくっきりと綺麗に見える。
テラリウムのランタンを集落に届ける依頼を受けて集落に赴き、飾りつけまでした後の自由時間となる。
本来の依頼は既に終えている為、各自で集落の夜を楽しんでよい(翌朝に帰途につく)。
イルレダ氏族の樹上集落にはPCを除けばエルフしかいない。
移住や商売等の話には排他的だが、外の文化に関してだけは興味津々である為、PCであれば打ち解けるのは難しくないだろう。
特に音楽には並々ならぬ関心があり、自分たちの音楽にもこだわりがあるようなので、音楽のできる人相手にはすぐに音で語りかけてくる。
集落の料理には期待できないが、PCが作って振る舞うことは可能。
イルレダが音で語るならこちらは味で語れ。
また、あえてフィルエスのいつもの味を求めることも一応可能。大森林出身者なら各自の故郷と味付けは異なるにしても少し懐かしい気分になれるかもしれない。
樹上回廊や展望台等の様子はOP本文参照。
ランタンに照らされた樹上回廊で雰囲気に浸る、という光景を最初に思い浮かべて書いたシナリオなので、存分に活用してほしい。
が、全然使わずにみんなでワイワイ音楽やったりお肉を焼いたりしてもよい。MSは泣かない。
▼イルレダ氏族
リシルド(夜天)の傍流氏族。イルレダとは星の音を意味するらしい。
その為「うちたちは音楽で一旗揚げるぞい!」と思っている。
ナルイ・ニム・イルレダ
エルフ。女性。94歳(若い)。授恵者。
40代で外の文化を学んでくると集落を飛び出し、以降は大陸を旅して回っていた。
帝国崩壊とその後の授恵者の動きからリブラネスタが文化の坩堝になると予想、今はリブラネスタで暮らしている。
依頼を出すに至った経緯等はPC情報としてよい。
▼その他
依頼成功度は各々が各々らしく過ごせたかによる。
知り合いと2人でというのも勿論良いが、1人でもきっと色々できるはずなので、何か遊んでほしい。
ナルイには接触してもしなくてもよい。
フィルエス大森林の聖霊節を楽しむことが重要かと思われる。
マスターより
どうもです。京乃です。
簡単に言えば、森の中の樹上集落でのんびりする依頼です。
枝と枝の間にちょっとした橋が架かっていたりして、なかなか面白い所だと思います。
ツリーハウス、私は作ったことないんですが、こういうの見るのは楽しいですよね。浪漫が輝いてます。
検索してみるとツリーハウスに限らずトンデモナイ所に宿を建てたりしている画像が出てきますが、作るのは無理、そういう所に泊まりに行くのも大変、というわけでせめて話の中で作ってみようかと!
ただ流石に世界樹にツリーハウスを作る勇気はありませんでした。
そういえば……天霧りに消ゆる幽界樹も樹、なんですよね……(ごくり)
それではよろしくお願いします。
リプレイ
地上の篝火と樹上の洋灯が夜を彩り、静けさに寄り添う音楽が森に溶ける。
大森林、星音の聖霊節はしめやかで心地良い、春の夜のようだった。
「美しいのです……」
樹上回廊から夢見心地で仄かな光を見回すのはララノアである。頬を上気させ眼鏡の奥の瞳を潤ませる彼女は見る者の庇護欲を大層刺激するが、彼女に言い寄る者はいない。
何せ傍でアティ・メイ・マシアが固まっているからだ。
「す、すごい……こんな……」
アティは回廊端から下を見て、ひっと顔を引き攣らせる。
腰から砕けて手すりに掴まる彼女は、見目こそ麗しいものの残念な子感が強い。そりゃ声をかける雰囲気になんてなる筈なかった。
アティとララノアの視線が絡み、アティは咄嗟に言い訳を口走る。
「こ、怖い訳じゃないぞままままだ慣れっ慣れてないだけだ慣れちゃえばこんなもの平気、ほ、ほんとだぞ」
めっちゃ早口だった。
幻想的な光景を以てしても中和できない気まずさだ。通りすがったサイラスは後に語る。
そのサイラスは竜花琴を手に里の職人を探し歩いていた。
樹上建築が主流のここなら独自技術が発展しているかもしれない。ぜひとも語り明かしたかった。そんな熱意を胸に男は樹上で人が最も集まる集会所を目指す。
一方同じくらい情熱を燃やしナルイ宅に向かうのはカイン・ステラ。ただその胸に宿るのはオカン魂だ。
「酒がある、歌もある。だったら飯だ。美味しい料理……パンケーキ……」
洋灯の灯る回廊を足早に歩きながらカインは料理を考える。こんな事もあろうかと空間袋には調味料入りの鍋がある。量を作るには食材を貰う必要があるが、薬草塩との交換でいけるだろう。
パンケーキと呟きつつ突き進むカインの姿は地味に怖いが、回廊から景色を楽しんでいただわとサラには空腹を思い起させるものでしかなかった。
「おなか、すいた、ね」
「訊いてみるか」
お腹を擦るサラを見やり、だわは森人に尋ねてみる。すると集会所なりナルイの家なりに行けばいいとの事。だわはサラにそれを説明しつつ、通りがかる森人を眺める。
(サラへの隔意が見えない)
悪くない休息になりそうだ。だわが思った時、サラは一大決心をしたが如く声を上げた。
「ここの、料理もたべたい、けど、パンケーキもいい、な」
「解った。追うぞ」
だわとサラは菓子に釣られカインを追う。
●微睡
樹上から観る景色は夢のようで、張り詰めていた心が溶かされてゆくのをララノアは自覚した。
森の暗闇の中に浮かぶ小さな揺り籠。子守唄のように優しく寄り添う音楽。優しい世界に包まれて、ララノアの胸はじくじくとした疼痛に軋みを上げた。
みるみる視界が歪む。熱いものがこみ上げて一筋だけ零れた。息が詰まる。声が漏れる。何もかも忘れて大声でしゃくり上げてしまいそう。
ララノアはしかし、全ての痛みを呑み込んだ。はらはらと落ちる涙は止められないけれど、間違ってもあの人を責めるような心が自分に生まれないようにと。
(私に初めて世界をくれた人……私を覚えてくれた人……)
本当はこんな景色を一緒に見たかった。色んな所に一緒に行きたかった。声を聴きたかった。心に触れたかった。今となっては幻のような光景が浮かんでは消えてゆく。
取り戻せない現実がララノアの胸をひどく苛む。切なくて、寂しくて、胸が張り裂けてしまいそう。心の柔らかい所に居座って、優しい針で時々刺してくるのだ。
(皆もこんな想いを……乗り越えてるのかな)
優しいお姉さんも元気なお友達も。もしそうならなんて強いんだろう。この痛みを越えて自立し今を生きる。その美しさが今は解る。そして自身もそうありたいと思った。
恨み言なんてない。責めようなんて思わない。あるのはただ後悔と感謝だけ。
夢も痛みも恋も想いも、全部微睡に溶かしてしまおう。
「あの人に幸せが訪れますように」
今はまだ苦しいけれど、だからこそ声に出して幸せを希う。それが今のララノアにできる精一杯の背伸び。
「ふぅ……落ち着いた、多分」
「!?」
そんな時、背後から突然聞こえてきたのはアティの声だった。まさかずっと高所を怖がっていたのか。恐る恐る振り返ると、彼女が心なしか顔を上向きにして立っている。
(へ、変な事言ってないでしよね私!?)
焦るララノアをよそにアティは目を輝かせこちらを見た。
「この灯りに人の幸せを願う。清廉な人だな」
何か誤解されてる!
純粋な瞳がいたたまれず、ララノアは逃げ出した。
●先輩
1人取り残されたアティは美しく彩られた回廊を改めて見回し、感嘆の声を漏らした。
(凄い、な)
星灯りも樹上の家々も、何もかもが故郷と違う。同じ大森林の集落なのに。外の世界だけじゃない、森の中にだって知らなかった世界がある。その事実にアティは背筋が震えた。己の世界が拡がる感覚。どこか不安で、でもそれ以上に胸が高鳴る。
(樹上建築……自分の集落でもやれたら楽しそうだ)
回廊の床板を踏み、軋む音を噛み締める。きし、きしり。踏み出す度に音が鳴り、気付けばアティは上を向いたまま歩き続けていた。
(もっと色々見て回って、土産話とかできるように……なりたい)
ここだけではない、どこかへ。
(やっぱり冒険者、なってよかった、な。こういうのを沢山経験したかったんだから)
そう思うと無性に何かがしたくなってくる。と思案に暮れていたら、ふと回廊の先に何やら人の集まっている所を見つけた。
こんな時は情報収集に限る。何故ならそれが冒険者っぽいから。
アティが喜び勇んでそこに行くとそこには――。
「ナルイ、さんは、ここを出てどれくらいに?」
集会所で依頼人を見かけたアティは、巻き込まれて森人達に外の話を幾らかした後、休憩中にナルイに話しかけた。
「自分は昨年だから、えっと、41の時に出て……」
「くっ……う、うちも……年だから同じくらいかな?」
「え?」
「……年だから」
「え?」
「…………」目を逸らしたナルイがぽつりと呟いた。「……50年。40ちょいから」
「……え?」
50年。いや森人的には別に長すぎはしないが実際言われると圧がある期間だ。アティは己の緑髪を意味もなく指でくりくりした。
「じゃあもう、外にいる方が長かったり、する?」
「う、煩いなっ」
アティは「ぜ、全然、若いですね」と下手なフォローを入れ、先輩に尋ねた。
「ねぇナルイさん、もっと話をきかせてくれないですか。自分はもっと、この集落の事を知りたいんだ」
●職人談義
アティらが盛り上がる一方、同じ集会所の片隅にサイラスもいた。
何人かと車座になって酒を酌み交す。中央に置かれたチョコと氷砂糖はサイラスの持ち込みで、珍しい甘味に同席者の心も簡単に溶かされている。
「あー、つまりだ。あんたらは強度や何やの計算をしてない?」
「いや、している。樹に訊くのだ」
「は? あ、植物共感?」
「違う。霊が教えてくれる」
「?」
確か霊と交感できる者は重要人物になる筈だが、その人が建築に携わるのか?
さっぱり話が通じない。いや霊なり何なりに訊きながら木工する技術もそれはそれで有用だが、サイラスが聞きたいのはそういう事ではない。サイラスは話を変えてみた。
「じゃ、そこら中に彫られてる紋章は何なん? 橋の両端に必ずあるよな」
「あれは集落の護りだ。魔を祓うと言われている」
「お、いいね。結界とか出るんかな。弓なんかにも彫ったら霊験あらたかっぽい」
「……弓と言えば、お前のそれ。ずっと気になっていた」
「竜花琴? 触ってみる? 変に弄らないなら大丈夫だが」
「頼む」
漸く職人談義らしくなってきた。サイラスはにやりと口角を上げ、互いの作品を見せ合う流れに持っていく。弓や短剣等の日用品からこの集会所の構造まで、幾つもの作品を肴に飲んで食べて語る。時を忘れて技術を学ぶ、最高の瞬間だ。
何なら今から皆で鍛冶場で鉄を打ちたい気分だったが、そうすると本気で徹夜になってしまう。
暫く語り明かしたサイラスは断腸の思いで話を区切り、職人らの席を抜け出した。後でまた来ると約束して。
「さて、折角だしこいつで交ぜてもらってくるか」
実演してくれば職人も喜ぶだろう。サイラスは集落に響く穏やかな調べを聴きながら、地上の篝火へ向かった。
●郷土
むぐむぐと口を動かすと豆と薬草の香りがした。
少しずつ飲み込んで次の料理をちょびっと取れば、今度は歯応えのある兎肉と茸の煮込み。美味しいけれど、サラは肉を噛み切れず大きいまま嚥下する事になった。
ごくり。
隣のだわが声をかける。
「無理したら詰まるぞ」
「だい、じょぶ」
果汁を一口飲み、サラは再び料理に挑みかかる。豆、草、茸。サラがむぐむぐするうちに食べ終えただわは、息を吐いて頷いた。
「どうしたの?」
「素材の味が活かされていて美味かったな、と。お前はどうだ」
「えと。おばあちゃんの味。ちょっと、似てる、かも……」
「……、そうか。一緒に暮らしていたのだったか」
こく。サラが頷いて微笑むと、だわは眉根を寄せてサラを見た。一見険しい顔だけれどサラにはそこに優しさがあるのだと解る。きっと自分が変な顔をしたんだろう。
だわの瞳は涼やかなのにあったかい。おにいちゃん特有の能力かもしれない。
「えへ。ちょっぴり懐かしい味。レシピ、聞いて、みたい」
「だな。だがその前にパンケーキだ。カインが期待しとけと言っていた」
「うん」
今度は自然と笑みが零れたのが、自分でも解った。
●パンケーキ
(ならご期待に沿えるようやってやるか!)
台所で2人の会話を漏れ聞いたカインは、気合いを入れて焼きにかかった。タネは3種。木の実と薬草塩を混ぜ込んだもの。野菜と醤油の旨味を活かしたもの。そして苺と花のジャムをかけるもの。
カインがマイ鍋で次々生地を焼いていくと、すぐ家中に甘い香りが漂い始めた。後ろで盛り上がるサラの声につい「できたのから持ってけ!」と声をかけてしまう。
孤児院でも子どもが目を輝かせてカインの料理を待っている事がある。そいつらの嬉しそうな声を聞くのは何ともむず痒く、心地良い。
(だからってこんな所でまでオカンやんのは我ながらどうなんだ?)
木べらでカァンと鍋の淵を叩くカインだが、別にいいかとも思う。自分の料理で森人を唸らせるのも楽しそうだし、何より――、
(コレと引き換えにここのレシピ貰う……ッ!)
作れる料理を増やす。それは料理人にとって無上の喜びである。
カインは郷土料理を片手間に摘みつつ素早く生地をひっくり返し、ふんわり食感に仕上げて大皿に移す。湯気立つそれにとろりとジャムを落せば完成だ。
「ほら、どんどん食べろ」
「あり、がと。おいしい、よ?」
「そりゃどうも」
2人の手元には既に十分積まれている。ならばとカインは大皿を手に集会所へ向かう。熱の篭った台所から外に出ると涼しい風が吹き抜けた。
さて森人の口に合えばいいんだが――と不安を感じたのも束の間だった。
何しろすれ違う全員が足を止め凝視してくるのだ。流石に悟る。むしろ年長者が多い筈の森人が子どもに見えてカインは笑った。
「ぞろぞろついてくんな。量はあるから」
「むぅ……」
カインは大皿を集会所中央に置いてノビをした。やいのやいの煩くなり始めた連中の輪から抜け出し、夜空を仰ぐ。
(一仕事した後は気分良いな。……ああ、そうだ)
いつもの料理で忘れかけたが、聖霊節だった。
ふと思い立ち、カインは夜空に祈りを捧げる。地の恵みあってこそ星を見上げる余裕もあるのだから。
「ありがとうございます、ってな」
●幸せを願う
弦と笛と木箱から紡がれる穏やかな音色が篝火を誘って星空へ抜けていく。
誰もが音を楽しんでいる快い世界。目を瞑ってそれに浸っていたララノアは、緊張する事もなくごく自然にそこへ加わっていた。
優しい声、なんて言われる歌声。自分では自信のなさの表れとも思えるけれど、もし本当にそう聴こえるならそれはきっと母と育て親のおかげだとララノアは思う。
惜しみなく愛を注いでくれた人達。失った心を思うとまだ苦しいけれど、歌っていれば癒される気がした。
(……歌を辿れば、母様について判るでしょうか)
両親も森のどこかに住んでいたのか。何があったのか。訊けなかった沢山の事。今はもう話す事もできない。
ララノアは両手を胸の前に組み、ひたすらに紡ぐ。
(判っても判らなくてもいい……だって、私は、愛されていますから)
目を開き、篝火を見る。そして周りの奏者達。気付けばそこにサイラスもいて、琴を爪弾いていた。視線を交す。やや口角を上げた彼と合せ、ララノアは音を震わせる。
(母様の祈りと幸せの願い歌……森に響きますように……)
楽しくて切なくて幸せで、溢れそうな愛の歌を、皆に。
●ぽかぽか
「星空へ向かう道、みたい」
展望台へ向かう道すがら、サラが目を輝かせて言った。
だわは改めて洋灯に照らされる回廊を眺める。仄明るい道が螺旋を描き上に続く光景は魂が迷わぬ為の誘導灯のよう。
だわは己の手を引き先導するサラの背を見た。
「そうだな。展望台と言うが、星を観測する所なのだろうか」
「お星さまで、季節を読むのだって、聞いた事ある、よ」
サラが体ごと振り返って得意げに言ってくる。こけるぞ。だわが返すと、サラは慌てて手に力を込めた。
展望台は、天地の狭間で揺蕩う2人だけの世界だった。
優しい音楽が遠く響き、夜風が枝葉を揺らす。
「ふわ、ぁ……」
「……綺麗だ」
サラが天を仰ぐ横でだわは光を探す。空には月と星の、森には洋灯の灯りが暗闇に浮かんでいる。サラの手を強く握ろうとすると、サラはその手を抜け出し前に出た。天に手を翳す姿は儚げで、しかしその印象は次の瞬間に霧散する。
「んっ、んぅ~!」
手を伸ばしぴょんぴょん跳ねるサラ。星を掴もうとしている……。
「取れたか?」
サラがこちらを向き、眉根を寄せ首を振る。
「お星さま、落ちてきそうなのに、届かない」
困ったように笑う彼女が隣に戻ってくると、ふと気付いたように首を傾げてこちらを見上げた。
「どうした、の? 落ち着かない、の?」
「……いや」だわは視線を外し、「光を、見ていた。焚火とは違う灯を……」
「へんな感じ? ふわふわ、ぽかぽか、あったかくなる感じか、な」
「どこか浮き立つような」
「だったら、わたしも、そう。おんなし、だね、だわおにいちゃん」
嬉しそうに両手を繋ぎ笑いかけてくるサラに、だわは「お前もか」と返す。
美しくも落ち着かない光。不愉快ではないが何か言いようのない不安があった。だがサラが同じだと言うのなら。
「……良かった」
繋いだ手からサラの温もりが伝ってくる。
天地の灯りは揺らめけど、サラの瞳に宿る光は確かにそこにある。だわはひとつ息を吐き、穏やかな光に浸った。
<了>
――普段と少しだけ違う聖霊節。
春の如き大森林の夜は更けゆくも、冒険者達の夜はまだ終らない。
大森林、星音の聖霊節はしめやかで心地良い、春の夜のようだった。
「美しいのです……」
樹上回廊から夢見心地で仄かな光を見回すのはララノアである。頬を上気させ眼鏡の奥の瞳を潤ませる彼女は見る者の庇護欲を大層刺激するが、彼女に言い寄る者はいない。
何せ傍でアティ・メイ・マシアが固まっているからだ。
「す、すごい……こんな……」
アティは回廊端から下を見て、ひっと顔を引き攣らせる。
腰から砕けて手すりに掴まる彼女は、見目こそ麗しいものの残念な子感が強い。そりゃ声をかける雰囲気になんてなる筈なかった。
アティとララノアの視線が絡み、アティは咄嗟に言い訳を口走る。
「こ、怖い訳じゃないぞままままだ慣れっ慣れてないだけだ慣れちゃえばこんなもの平気、ほ、ほんとだぞ」
めっちゃ早口だった。
幻想的な光景を以てしても中和できない気まずさだ。通りすがったサイラスは後に語る。
そのサイラスは竜花琴を手に里の職人を探し歩いていた。
樹上建築が主流のここなら独自技術が発展しているかもしれない。ぜひとも語り明かしたかった。そんな熱意を胸に男は樹上で人が最も集まる集会所を目指す。
一方同じくらい情熱を燃やしナルイ宅に向かうのはカイン・ステラ。ただその胸に宿るのはオカン魂だ。
「酒がある、歌もある。だったら飯だ。美味しい料理……パンケーキ……」
洋灯の灯る回廊を足早に歩きながらカインは料理を考える。こんな事もあろうかと空間袋には調味料入りの鍋がある。量を作るには食材を貰う必要があるが、薬草塩との交換でいけるだろう。
パンケーキと呟きつつ突き進むカインの姿は地味に怖いが、回廊から景色を楽しんでいただわとサラには空腹を思い起させるものでしかなかった。
「おなか、すいた、ね」
「訊いてみるか」
お腹を擦るサラを見やり、だわは森人に尋ねてみる。すると集会所なりナルイの家なりに行けばいいとの事。だわはサラにそれを説明しつつ、通りがかる森人を眺める。
(サラへの隔意が見えない)
悪くない休息になりそうだ。だわが思った時、サラは一大決心をしたが如く声を上げた。
「ここの、料理もたべたい、けど、パンケーキもいい、な」
「解った。追うぞ」
だわとサラは菓子に釣られカインを追う。
●微睡
樹上から観る景色は夢のようで、張り詰めていた心が溶かされてゆくのをララノアは自覚した。
森の暗闇の中に浮かぶ小さな揺り籠。子守唄のように優しく寄り添う音楽。優しい世界に包まれて、ララノアの胸はじくじくとした疼痛に軋みを上げた。
みるみる視界が歪む。熱いものがこみ上げて一筋だけ零れた。息が詰まる。声が漏れる。何もかも忘れて大声でしゃくり上げてしまいそう。
ララノアはしかし、全ての痛みを呑み込んだ。はらはらと落ちる涙は止められないけれど、間違ってもあの人を責めるような心が自分に生まれないようにと。
(私に初めて世界をくれた人……私を覚えてくれた人……)
本当はこんな景色を一緒に見たかった。色んな所に一緒に行きたかった。声を聴きたかった。心に触れたかった。今となっては幻のような光景が浮かんでは消えてゆく。
取り戻せない現実がララノアの胸をひどく苛む。切なくて、寂しくて、胸が張り裂けてしまいそう。心の柔らかい所に居座って、優しい針で時々刺してくるのだ。
(皆もこんな想いを……乗り越えてるのかな)
優しいお姉さんも元気なお友達も。もしそうならなんて強いんだろう。この痛みを越えて自立し今を生きる。その美しさが今は解る。そして自身もそうありたいと思った。
恨み言なんてない。責めようなんて思わない。あるのはただ後悔と感謝だけ。
夢も痛みも恋も想いも、全部微睡に溶かしてしまおう。
「あの人に幸せが訪れますように」
今はまだ苦しいけれど、だからこそ声に出して幸せを希う。それが今のララノアにできる精一杯の背伸び。
「ふぅ……落ち着いた、多分」
「!?」
そんな時、背後から突然聞こえてきたのはアティの声だった。まさかずっと高所を怖がっていたのか。恐る恐る振り返ると、彼女が心なしか顔を上向きにして立っている。
(へ、変な事言ってないでしよね私!?)
焦るララノアをよそにアティは目を輝かせこちらを見た。
「この灯りに人の幸せを願う。清廉な人だな」
何か誤解されてる!
純粋な瞳がいたたまれず、ララノアは逃げ出した。
●先輩
1人取り残されたアティは美しく彩られた回廊を改めて見回し、感嘆の声を漏らした。
(凄い、な)
星灯りも樹上の家々も、何もかもが故郷と違う。同じ大森林の集落なのに。外の世界だけじゃない、森の中にだって知らなかった世界がある。その事実にアティは背筋が震えた。己の世界が拡がる感覚。どこか不安で、でもそれ以上に胸が高鳴る。
(樹上建築……自分の集落でもやれたら楽しそうだ)
回廊の床板を踏み、軋む音を噛み締める。きし、きしり。踏み出す度に音が鳴り、気付けばアティは上を向いたまま歩き続けていた。
(もっと色々見て回って、土産話とかできるように……なりたい)
ここだけではない、どこかへ。
(やっぱり冒険者、なってよかった、な。こういうのを沢山経験したかったんだから)
そう思うと無性に何かがしたくなってくる。と思案に暮れていたら、ふと回廊の先に何やら人の集まっている所を見つけた。
こんな時は情報収集に限る。何故ならそれが冒険者っぽいから。
アティが喜び勇んでそこに行くとそこには――。
「ナルイ、さんは、ここを出てどれくらいに?」
集会所で依頼人を見かけたアティは、巻き込まれて森人達に外の話を幾らかした後、休憩中にナルイに話しかけた。
「自分は昨年だから、えっと、41の時に出て……」
「くっ……う、うちも……年だから同じくらいかな?」
「え?」
「……年だから」
「え?」
「…………」目を逸らしたナルイがぽつりと呟いた。「……50年。40ちょいから」
「……え?」
50年。いや森人的には別に長すぎはしないが実際言われると圧がある期間だ。アティは己の緑髪を意味もなく指でくりくりした。
「じゃあもう、外にいる方が長かったり、する?」
「う、煩いなっ」
アティは「ぜ、全然、若いですね」と下手なフォローを入れ、先輩に尋ねた。
「ねぇナルイさん、もっと話をきかせてくれないですか。自分はもっと、この集落の事を知りたいんだ」
●職人談義
アティらが盛り上がる一方、同じ集会所の片隅にサイラスもいた。
何人かと車座になって酒を酌み交す。中央に置かれたチョコと氷砂糖はサイラスの持ち込みで、珍しい甘味に同席者の心も簡単に溶かされている。
「あー、つまりだ。あんたらは強度や何やの計算をしてない?」
「いや、している。樹に訊くのだ」
「は? あ、植物共感?」
「違う。霊が教えてくれる」
「?」
確か霊と交感できる者は重要人物になる筈だが、その人が建築に携わるのか?
さっぱり話が通じない。いや霊なり何なりに訊きながら木工する技術もそれはそれで有用だが、サイラスが聞きたいのはそういう事ではない。サイラスは話を変えてみた。
「じゃ、そこら中に彫られてる紋章は何なん? 橋の両端に必ずあるよな」
「あれは集落の護りだ。魔を祓うと言われている」
「お、いいね。結界とか出るんかな。弓なんかにも彫ったら霊験あらたかっぽい」
「……弓と言えば、お前のそれ。ずっと気になっていた」
「竜花琴? 触ってみる? 変に弄らないなら大丈夫だが」
「頼む」
漸く職人談義らしくなってきた。サイラスはにやりと口角を上げ、互いの作品を見せ合う流れに持っていく。弓や短剣等の日用品からこの集会所の構造まで、幾つもの作品を肴に飲んで食べて語る。時を忘れて技術を学ぶ、最高の瞬間だ。
何なら今から皆で鍛冶場で鉄を打ちたい気分だったが、そうすると本気で徹夜になってしまう。
暫く語り明かしたサイラスは断腸の思いで話を区切り、職人らの席を抜け出した。後でまた来ると約束して。
「さて、折角だしこいつで交ぜてもらってくるか」
実演してくれば職人も喜ぶだろう。サイラスは集落に響く穏やかな調べを聴きながら、地上の篝火へ向かった。
●郷土
むぐむぐと口を動かすと豆と薬草の香りがした。
少しずつ飲み込んで次の料理をちょびっと取れば、今度は歯応えのある兎肉と茸の煮込み。美味しいけれど、サラは肉を噛み切れず大きいまま嚥下する事になった。
ごくり。
隣のだわが声をかける。
「無理したら詰まるぞ」
「だい、じょぶ」
果汁を一口飲み、サラは再び料理に挑みかかる。豆、草、茸。サラがむぐむぐするうちに食べ終えただわは、息を吐いて頷いた。
「どうしたの?」
「素材の味が活かされていて美味かったな、と。お前はどうだ」
「えと。おばあちゃんの味。ちょっと、似てる、かも……」
「……、そうか。一緒に暮らしていたのだったか」
こく。サラが頷いて微笑むと、だわは眉根を寄せてサラを見た。一見険しい顔だけれどサラにはそこに優しさがあるのだと解る。きっと自分が変な顔をしたんだろう。
だわの瞳は涼やかなのにあったかい。おにいちゃん特有の能力かもしれない。
「えへ。ちょっぴり懐かしい味。レシピ、聞いて、みたい」
「だな。だがその前にパンケーキだ。カインが期待しとけと言っていた」
「うん」
今度は自然と笑みが零れたのが、自分でも解った。
●パンケーキ
(ならご期待に沿えるようやってやるか!)
台所で2人の会話を漏れ聞いたカインは、気合いを入れて焼きにかかった。タネは3種。木の実と薬草塩を混ぜ込んだもの。野菜と醤油の旨味を活かしたもの。そして苺と花のジャムをかけるもの。
カインがマイ鍋で次々生地を焼いていくと、すぐ家中に甘い香りが漂い始めた。後ろで盛り上がるサラの声につい「できたのから持ってけ!」と声をかけてしまう。
孤児院でも子どもが目を輝かせてカインの料理を待っている事がある。そいつらの嬉しそうな声を聞くのは何ともむず痒く、心地良い。
(だからってこんな所でまでオカンやんのは我ながらどうなんだ?)
木べらでカァンと鍋の淵を叩くカインだが、別にいいかとも思う。自分の料理で森人を唸らせるのも楽しそうだし、何より――、
(コレと引き換えにここのレシピ貰う……ッ!)
作れる料理を増やす。それは料理人にとって無上の喜びである。
カインは郷土料理を片手間に摘みつつ素早く生地をひっくり返し、ふんわり食感に仕上げて大皿に移す。湯気立つそれにとろりとジャムを落せば完成だ。
「ほら、どんどん食べろ」
「あり、がと。おいしい、よ?」
「そりゃどうも」
2人の手元には既に十分積まれている。ならばとカインは大皿を手に集会所へ向かう。熱の篭った台所から外に出ると涼しい風が吹き抜けた。
さて森人の口に合えばいいんだが――と不安を感じたのも束の間だった。
何しろすれ違う全員が足を止め凝視してくるのだ。流石に悟る。むしろ年長者が多い筈の森人が子どもに見えてカインは笑った。
「ぞろぞろついてくんな。量はあるから」
「むぅ……」
カインは大皿を集会所中央に置いてノビをした。やいのやいの煩くなり始めた連中の輪から抜け出し、夜空を仰ぐ。
(一仕事した後は気分良いな。……ああ、そうだ)
いつもの料理で忘れかけたが、聖霊節だった。
ふと思い立ち、カインは夜空に祈りを捧げる。地の恵みあってこそ星を見上げる余裕もあるのだから。
「ありがとうございます、ってな」
●幸せを願う
弦と笛と木箱から紡がれる穏やかな音色が篝火を誘って星空へ抜けていく。
誰もが音を楽しんでいる快い世界。目を瞑ってそれに浸っていたララノアは、緊張する事もなくごく自然にそこへ加わっていた。
優しい声、なんて言われる歌声。自分では自信のなさの表れとも思えるけれど、もし本当にそう聴こえるならそれはきっと母と育て親のおかげだとララノアは思う。
惜しみなく愛を注いでくれた人達。失った心を思うとまだ苦しいけれど、歌っていれば癒される気がした。
(……歌を辿れば、母様について判るでしょうか)
両親も森のどこかに住んでいたのか。何があったのか。訊けなかった沢山の事。今はもう話す事もできない。
ララノアは両手を胸の前に組み、ひたすらに紡ぐ。
(判っても判らなくてもいい……だって、私は、愛されていますから)
目を開き、篝火を見る。そして周りの奏者達。気付けばそこにサイラスもいて、琴を爪弾いていた。視線を交す。やや口角を上げた彼と合せ、ララノアは音を震わせる。
(母様の祈りと幸せの願い歌……森に響きますように……)
楽しくて切なくて幸せで、溢れそうな愛の歌を、皆に。
●ぽかぽか
「星空へ向かう道、みたい」
展望台へ向かう道すがら、サラが目を輝かせて言った。
だわは改めて洋灯に照らされる回廊を眺める。仄明るい道が螺旋を描き上に続く光景は魂が迷わぬ為の誘導灯のよう。
だわは己の手を引き先導するサラの背を見た。
「そうだな。展望台と言うが、星を観測する所なのだろうか」
「お星さまで、季節を読むのだって、聞いた事ある、よ」
サラが体ごと振り返って得意げに言ってくる。こけるぞ。だわが返すと、サラは慌てて手に力を込めた。
展望台は、天地の狭間で揺蕩う2人だけの世界だった。
優しい音楽が遠く響き、夜風が枝葉を揺らす。
「ふわ、ぁ……」
「……綺麗だ」
サラが天を仰ぐ横でだわは光を探す。空には月と星の、森には洋灯の灯りが暗闇に浮かんでいる。サラの手を強く握ろうとすると、サラはその手を抜け出し前に出た。天に手を翳す姿は儚げで、しかしその印象は次の瞬間に霧散する。
「んっ、んぅ~!」
手を伸ばしぴょんぴょん跳ねるサラ。星を掴もうとしている……。
「取れたか?」
サラがこちらを向き、眉根を寄せ首を振る。
「お星さま、落ちてきそうなのに、届かない」
困ったように笑う彼女が隣に戻ってくると、ふと気付いたように首を傾げてこちらを見上げた。
「どうした、の? 落ち着かない、の?」
「……いや」だわは視線を外し、「光を、見ていた。焚火とは違う灯を……」
「へんな感じ? ふわふわ、ぽかぽか、あったかくなる感じか、な」
「どこか浮き立つような」
「だったら、わたしも、そう。おんなし、だね、だわおにいちゃん」
嬉しそうに両手を繋ぎ笑いかけてくるサラに、だわは「お前もか」と返す。
美しくも落ち着かない光。不愉快ではないが何か言いようのない不安があった。だがサラが同じだと言うのなら。
「……良かった」
繋いだ手からサラの温もりが伝ってくる。
天地の灯りは揺らめけど、サラの瞳に宿る光は確かにそこにある。だわはひとつ息を吐き、穏やかな光に浸った。
<了>
――普段と少しだけ違う聖霊節。
春の如き大森林の夜は更けゆくも、冒険者達の夜はまだ終らない。
マスターコメント
皆さま、メリーユールフェス! 京乃です。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
24日、25日、皆さまどのようにお過ごしでしょうか。私はこのリプレイの最後の推敲をしたりクリスマスログインボーナスをもらったりしています。
偉い人はこう言いました。当日は混むから前後でそれらしいことをしとけ、と。至言ですね。これを言い訳にすれば当日に何をしてても何かいけそうな無敵感があります。
さて、今回はカッポーのようでカッポーじゃない、ちょっとカッポーな方が来てくださいました。嬉しい。
他にも切ない恋模様の方がいれば、何かとてもパンケーキに情熱を燃やす方もおられて、大変驚きましたね。もちろんやたら怖がってた方と、もう1人の情熱的職人さんも想像の斜め上でした。
おかげでとても楽しく描かせていただきました!
MVPは悲しみを胸に前を向く方へ。
もっと泣かせてあげたくなりますよね!(にっこり)
それでは、またのご参加をお待ちしております。
ショートシナリオ易しい 報酬:標準6 / 4〜6人
2021年12月24日 22時26分16秒 公開
大成功
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー とりあえずゆっくり遊ぶ依頼だし各自好きに動くでいいかね? 何かしたい事あるなら相談に投げて見るくらいで とりま俺はフラフラ遊ぶつもりでいるのでお気になさらず。
あっ、アティだ、よろしく。 ちゃんと依頼を受けるの初めて、だけど……知らない集落に興味があって。 ナルイに話を聞いたり見て回ったり、する予定だ。
サラ、だよ。よろしく、ね。 えっと、だわおにいちゃんと、一緒に来たの。 ツリーハウス…どんなところか、な…。 …みんな、楽しい時間に、なるといい、ね。
カイン・ステラ。 よろしく。 多分なんか作ってる。
ぇとえと…ら、ララノアでし! よろしゅくお願いいたしましで!(かばちょ礼 わ、私は…集落のみなさんとお歌を歌えたらいいなって思いました!あとは色々と見て回りたいなと…今のところは、そのように考えておりまし(ぺこー