T.M.R! (とっても迷惑なReptile)
夜帷かもめ
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シナリオID:1258
オープニング
エラトゥーン都市同盟の湖水地方、ローレラウラ。『真珠の首飾り』の二つ名を頂くこの地方には、巨大なローレラウラ湖を臨む観光都市がいくつか存在する。往時は王国貴族や帝国の上級軍人なども避暑に訪れたこれらの街々は、湖から吹く風を受けて夏でもほかの地方に比べて涼しい。今年もまた、夏本番を前にリゾート目当ての観光客を受け入れるべく、街の住人らはそぞろな気を抑えつつ歓迎の準備を進めていた。
――はずだった。
●
「撤退! 撤退だーッ!」
水兵らの怒号が、湖面に反射した。直後、穏やかだった水面にいくつもの水柱が立つ。轟音と共に飛沫を跳ね上げたソレは、彼らの乗る船を軽々と宙へとひっくり返す。船から放り出された水兵は受け身を取る事も適わず、硬い水面へと叩きつけられた。衝撃で肺から空気が押し出される。打ち身の衝撃で身体がバラバラになりそうだ。這う這うの体で身に着けた装備を脱ぎ捨てると、水兵らは必死で岸へと向かって泳いでいった。
そんな彼らの姿を、感情の見えないギョロつく瞳が見つめていた。
●
「恥を忍んで依頼させていただく。あのマーマンを討伐して欲しい」
ローレラウラ水軍の士官が、ギルドを訪れたのは早朝。受付が開くやいなやの事だった。疲れた様子で依頼票へ必要事項を記入しながら、ギルド職員の質問へと答えていく。
「マーマンの数は?」
「一体だ――恐らく。とはいえ、漕ぎ寄せようとするや否やで船をひっくり返されたから他に何がいてもおかしくはない」
「なるほど。問答無用で襲ってきたのですね」
「襲ってきた……それは少し正確ではないかもしれない。あのマーマンは歌っていただけだ。ただ、奴が歌うと巨大な水柱が立つ。湖面が荒れる。周囲を船で通行できなくなるのは、これからの季節だと特に困るだろう?」
「――あぁ、そう言えば。確かにそれは困りますね。特に攻撃を仕掛けてきたという訳では無いんですね」
「直接的な攻撃は受けていない。水柱を派手にブチ上げるアレを、攻撃と見做さないのであれば……だが」
「場合によっては、交渉も可能でしょうか?」
「どうだろうか? マーマンは総じてそこまで知能が高くないし、そもそも言語が通じないだろう。中途半端に追い払って、また戻ってこられても困る。遺恨なく討伐しておいてもらえるとありがたいが」
「うーん、そうですねぇ。そこは依頼を受けた授恵者の判断に任せましょうか。これまで出てこなかったマーマンが、岸に近いところへ現れた。それにも何か原因があるかもしれませんし」
「――それで構わない。これが依頼票だ」
「確かに受け取りました」
受け答えをしながらもてきぱきと書類を整えた水軍士官は、ギルド職員が書類を受理したことを確認してから立ち上がる。
「いや……それにしても、今年は暑いな。こうして日陰にいても、限界だ」
服の胸元を煽いで風を送り込む、その首筋に水玉の汗が所狭しと浮かんでいた。
●
『行ッテシマッタ』
泳ぎ去るヒューマンの姿を見て、彼は呟いた。繁殖期だというのに、番がいない焦りが彼を焦がしていた。夏、それはロマンスの季節である。集落でも繁殖に向けた求愛活動が盛んに行われている。彼が居た集落の場合は即ち、歌。
愛する相手に向けて思いの丈を送り、返す。その響きが重なった場合に女性側が男性側の求愛を受け入れたとする――それがしきたりだった。
だが、彼の歌に対して返ってくる柔らかな響きは無かった。代わりにあったのは、心無い言葉。
『キモイ』
『なんかヒューマンみたいだし男らしくない』
『服なんか着込んで変わってる』
生まれた時から周囲との違いにはうすうす気が付いていた。鱗やヒレがあるのは周りの子と同じだったが、伸びた手足には水掻きに加えて鋭い爪。長く伸びた尾も魚のソレとは少し異なっている。集落の中から捨てられる事こそなかったが、居心地の悪さは常に彼と共にあった。
そんな彼だからこそ、求愛に答えてくれる相手がいる筈もなく。やりどころのない胸の裡のこの想いを、ただ歌に乗せてぶつけるしかできなかった。
水面と同じように、彼の心の中にも波が揺れている。
解説
マスターより
リプレイ
「あれか……」
「あれなんですよ」
依頼主とコンタクトを取った授恵者らは、岸から件のマーマンの様子を確認する。今日も派手に水柱が上がっているので、船の航行は大回りを余儀なくされていた。
「大道芸なら大したもんだが、こうも無差別じゃ溜まったもんじゃねぇなぁ」
パヴェル・A・サムルガチェフが零した感想を聞きつけた依頼主は、我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「しっかし、何でわざわざこっちに近づいて歌ってるのかね」
バーネット・フォーサイスの疑問はもっともだ。これまで問題にならなかったのは、棲み分けが出来ていたからだろう。
何か、人里へ接触しなければならない理由があるのだろうか?
「確認するが、直接攻撃されたわけではないんだな?」
ナハティガル=ラーが依頼主へと念を押す。言葉を選ぶように、だがはっきりと依頼主もそれを認めた。
水柱が立ち上ると船が通行できず、支障があるのは確かだ。だが、見ての通り船の有無に関わらずマーマンは歌い、結果として水柱が発生する。因果関係を理解して、積極的に水上交通を妨害するために歌っているというのであれば話は別だが……今のところ、それを示すような証拠はないのだ。
「でも、はた迷惑であることには変わりありませんよ。用心しないと……」
珍しく、少し強い語気でリディリディ・トゥラ・イェレミースが警戒を促す。意志の有無はともかく、なるべく早く対処が必要な事に変わりはない。相手に敵意が無いからと言って、手心を加えるわけにはいかないのだ。
「――悲しげな歌。もしかしたら、お友達が欲しいのかな?」
大家族の出身であるエルシー・サリバンにとっては、湖面を震わせるように低く、空に響かせるように高く、高低を付けて歌うマーマンの様子が何やらもの言いたげに感じられてならなかった。件のマーマンの興味を惹くことが出来れば、あるいは対話も出来るだろうか?
「その辺りは全部、エルシーや皆に任せますわ! あたしはマーマンが近づいてきた場合に、アナタ達の安全を確保することにします」
デイジー・ロックウェルは錆ひとつない大剣を手にして、力強く言い切った。騎士の家に連なる者として、今目の前に困っている民がいればそれを救わないという選択肢はないのだ。細かい事はともかく、その揺るぎない意思があれば何事も達成できると彼女は信じている。
「やり方はお任せしますが、出来るだけ早く、確実にお願いします」
授恵者らへと頭を下げると、依頼主はそういってギルドを後にした。
●OONAMI
「本来の住み家を離れて、あんな小島でひとり立っているなんて。何か、事情があるのかもしれませんが……ここからでは分かりようがありません」
リディリディはため息を吐く。こちらに何かを訴えるにしても非常に中途半端な――煮え切らない、マーマンの存在は只々迷惑なだけである。きっちりと退治して、リゾートバカンスを楽しめるようにしなければ。
「まあ、そうだな。これ以上居座られちゃ困るし、悪いがいなくなってもらうしかないか」
きっちりと、仕事はやり遂げなければならない。バーネットもそれに同調した。
岸からの遠目では、さすがに授恵者らの視力をもってしてもマーマンの仔細を確認することは出来なかった。分かった事といえば、精々が青緑っぽい色合いをしていることぐらいである。
専用のスキルでもあれば話は変わったかも知れないが、無いものはしょうがない。
「とりあえず、話が出来る距離に近づかないといけませんわね」
「船で行くのは無理そうか……逆に、こっちに来てもらうか?」
デイジーの言葉を受けて、バーネットが後を引き継ぐ。水の中がマーマンの縄張りなら、陸の上はこちらの領域だ。出来る事なら、交渉をするにしても有利な場所で臨みたかった。
「無益な殺生は避けたいところだ。まずは、対話からだな」
ナハティガルの呟きに異論がある者はいない。銀の鬼の通り名を持つ彼とて、いや――彼だからこそか。むやみやたらと剣を振るうだけがその能ではない。
「大きな声でここから呼んだら、もしかして来てくれるかな?」
「どうでしょう? やってみる価値はありそうですが、あまり期待過ぎてもどうかと」
交流に積極的なエルシーに対して、リディリディはさほど乗り気ではない。亜人相手、という印象が強いのだろうか。
「おぉ、結構似るもんだなぁ」
「これならマーマンもこっちに興味を持つかもしれないな」
パヴェルやバーネットが感嘆の声を漏らした。
「どう? 自分でもよく出来たと思うんだけど」
得意げなエルシーが、腰に纏った薄布を摘まんでひらひらと動かして見せる。離れた場所から見れば、それは魚のヒレかのように見えた。デイジーとリディリディ。二人の女性陣の助けを借りて、エルシーはマーメイドに見えるように仮装したのだ。
沖の小島が見える岸辺の岩に座れば、遠くから見る分にはマーメイドが番となるマーマンを誘う姿に見える事だろう。
「――これぐらい離れれば大丈夫か」
「そうね。この距離なら何かあっても駆けつけられると思うわ」
岩陰から顔を覗かせて、ナハティガルとデイジーが頷く。エルシーを取り囲むように、数十メートルほど離れて他の授恵者らはマーマンから見えない位置に隠れていた。声帯模写でマーメイドの歌声を装い、サウンドボマーで離れた小島にいるマーマンにまでその声を届けようというのが彼らの選んだ作戦だった。
エルシーが他の授恵者と少し距離を取っているのは、見える距離にいるとマーマンを警戒させてしまうだろうと言うのが一点。それと、あまり近すぎるとサウンドボマーで拡大された歌声がうるさすぎるという問題点があった。
(上手くいくといいですね)
リディリディは杖を握り、様子を見守る。パヴェルやバーネットもそれぞれ魔法が届く位置にいるはずだ。
あいも変わらず、マーマンの歌に合わせて湖面は激しく荒れている。今日も問題のマーマンは聞く者がいない歌を独りで歌っていた。
「さて、なんとなくの意味が分かりそうな気もするんだが……」
バーネットは沖から聞こえる歌に意識を集中する。何か、訴えているような。そんな印象を彼は受けると同時に、奇妙な感覚を覚えた。
(――少し、訛ってるのか?)
これまでの授恵者としての経験で、バーネットはある程度の亜人語を理解することができる。もちろん、亜人は人族ほどにしっかりとした言語体系を持っている訳ではなく、二語、三語文程度の意思疎通にも事欠く程度のものだが。
それにしても、マーマンの歌、あるいは言葉はたどたどしいように彼には感じられた。それは、離れた場所で聞いていたナハティガルも同じであった。二人が同じ印象を持つということは、その認識はおよそ間違いがないものであるように思える。
怪訝な顔をするナハティガルやバーネットへ視線を寄越し、エルシーが頷く。彼女の準備も出来たようだ。それを見て、二人も懸念を押し殺して警戒態勢を新たにした。
『るーるーらー♪ らんらんるー♬』
静かに、ゆっくりとエルシーが歌い始める。沖からのマーマンの声に合わせて、やや高く。重ねるように、追いかけるように湖畔にハーモニーを響かせていった。
(どうかな。マーマンの反応は……?)
彼女は息遣いに神経を集中させながら、同時に微かに聞こえる歌に耳を澄ませる。言葉が通じない亜人との、歌によるコミュニケーション。相手がどのようにこちらの意図を受け取っているか、それを直接的に判断する方法はない。
ただ、相手の歌声の変化や素振りを見ながら、臨機応変に対応するしかないのだ。想像以上に神経を使う作業が続く。
「あっ!?」
デイジーは息を呑んだ。陸からの歌に応えるように歌っていたマーマンだが、何かを思ったかのように水に飛び込んだのだ。まだ波の残る水面に、ややあってマーマンの頭が覗く。どうやらこちらへ向かって泳いできているようだ。
更に誘うように歌い続けるエルシー。
パヴェルはエルシーの護衛に向かえるように、少し距離を詰めた。バーネットはぐるりと回り込んで、上陸したマーマンの背中を抑えられる位置へと移動する。マーマンが泳ぎ始めた今ならば、陸上の様子は察知されにくいだろう。
マーマンが陸へと泳ぐその間に、素早く授恵者らは警戒と迎撃の準備を整えて半包囲の態勢を取った。
ざばり、と水をかき分けてマーマンが陸へと上がる。
「マーマンにしてはヒューマンに近い体つきをしているな。それに――何だ……服を着ているのか?」
「特異個体かもしれませんね」
見慣れた亜人とは少し異なるマーマンの姿に警戒を強くするナハティガルとリディリディ。大きく突き出した顎に細い眼。鱗はごつごつとして、光沢感があるというよりは岩のような印象を受ける。
前情報なく、その姿を見ればそれはそう、まるで――。
「リザードマンに見えるなぁ?」
パヴェルが呟いた通り、敵性種族ではない者のように見えた。
「セクシーなポーズってこうかな? マーマンの好みってよく分からないよね」
エルシーは試行錯誤しながら岩の上でしなを作る。察するに、オスらしいそのマーマンが自分に向かって寄ってくるということは――恐らく恋系の欲求や悩みがあるのではないか。
(いや、付き合うとかは現・実・的に無理! ――だけど)
敵対の意思がないのであれば、可能な限り平和的に解決したい。だからこそ彼女は自ら囮役に立候補したのだ。マーマンへと流し目を送りながら、彼女は歌い続ける。二十メートル、十メートル……五メートル。真っすぐに、マーマンはこちらへとやってきていた。
「迷惑な歌を歌って、船の行き来を邪魔するだなんて。あなた、ヤル気ありますの? ありませんの?」
恐れを知らず正々堂々と。
デイジーはエルシーへと歩み寄るマーマンの行く手を遮り、その鼻先へと手にした剣を突きつけた。亜人であれば人々への害を為すというもの納得は行くが、それがリザードマンであるとなれば話は別だ。浮かんだ疑問を胸の裡に留めておくことは、騎士として公明正大であることを善しとする彼女には出来ない。
『――グゥアゥオ!』
横合いからの闖入者に困惑するマーマンは、唸り声をあげて一歩後ずさる。その一歩を、すかさずデイジーが詰める。
「ハッキリしなさいッ! こっちから行くわよ!?」
剣の切っ先が、マーマンの鼻面を掠めた。
「あっ!?」
事態が動いたのは一瞬だった。
デイジーの剣幕に圧されてか、マーマンがその鋭い鉤爪の付いた腕を振るう。それは、彼女の胴を薙ぎ、胸鎧の留め具を弾き飛ばしながら肉へと深く食い込んだ。その勢いのままに、デイジーは吹き飛ばされる。一撃で戦闘不能に近いダメージを負った彼女は、脇腹を抑え身体をくの字に折り曲げていた。
「やりやがったな!」
「やっぱり意思疎通なんて無理だったのでは……」
バーネットとリディリディがそれぞれに杖を握る。逃しはしないとバーネットが放った輝く光球は、マーマンの身体へと纏わりつく。
そこへ、リディリディの放った光の矢が深々と突き刺さった。弱い小型のクリーパーであれば一撃で戦闘不能に至らしめる威力を持つリディリディの攻撃を受け、マーマンは苦悶の声を漏らす。
「まだ動くか――」
マーマン同様にスタティックフィールドの影響を受けたナハティガルが、デイジーを助け起こした。岩陰に隠していた弓を手に取ったエルシーも、炸光矢でマーマンの退路を断たんとする。
授恵者らからの攻撃を受けたマーマンは、よろめきながら、だが確実に湖へと戻っていく。長い尾を振って砂を巻き上げ周囲を囲む授恵者らの視界を閉ざすと、咆哮を上げる。沖から岸に向かって押し寄せた大波が砂を洗う混乱に乗じて、マーマンは湖への中へと戻っていった。
「逃げられちまったなぁ」
沖を見つめるパヴェルの言葉通り、波間にマーマンの頭が見え隠れしている。やがて、すい――と水中へとそれが消えたかと思うと、後には陽の光を照り返す水面だけが残されていた。
●とまどい
「リザードマンだろうな、あれは」
ナハティガルがぼそりと言った。間近でその姿を見て、確信するに至った。
「でも、言葉は通じなかったよね」
「気迫が足りなかったのですわ。気合をもっと私が籠めていれば――!」
エルシーは首を捻る。傷を癒したデイジーは、しきりに悔しがっていた。言葉が通じなくとも気合と気迫でなんとかできると思っていたが、もしかしたら、勇み足だったかもしれない。思っていた以上に、相手が強かったというのもある。
意思疎通を試みるにしても撃退するにしても、もう少し作戦を考える必要があった。相手は、手ごわい。何度も攻撃を受けつつも倒れなかったことから考えると、あるいは授恵者なのかもしれない。
「マーマンではなくリザードマンだったとして」
どうすればいいでしょうか? リディリディが問う。依頼主のリクエストは、「マーマンの撃破あるいは撤退」である。水上交通の障害が無くなれば良い。だが、その方法は?
「――俺は、もう一回。アイツと話をしてみたいと思う」
バーネットは静かに、だが一言ひとことに力を籠めて、そう宣言した。一度目の対話は失敗した。だが、手応えが無かったわけじゃない。
「向こうさんもギリギリまで手を出してこなかったわけだしなぁ……」
分かり合えない敵ではないと思う。思いたい。パヴェルの言葉の通り、マーマンだってそう感じていて欲しいと――授恵者らはもう一度マーマンへ対話を試みる事を決めた。
●悲しみのマーマン
傷が、痛む。だが、それよりも心が痛かった。
『嫌ワレタノカナ』
初めて見るマーメイドだった。何を歌っているのか、その言葉は理解できなかった。だが、彼女の歌声は彼の胸を深く打った。
だから、彼は陸を目指し、彼女の下へとたどり着きたかった。言葉を交わせば、分かり合えるような。そんな幻想を抱いていた。
『何ガ、ダメ?』
拒絶されることは慣れている。群れのマーメイドからも、さほど変わらない反応を受けているから。だが、その理由が分からない。
同じマーマンなのに。
どうして?
波のしじまに懊悩が沁みこんでいった。
●マーマン・イン・ザ・レイク
次の日も、マーマンは湖に現れた。
「かなり回復しているようですわ」
デイジーが目を凝らしてその様子をうかがう。
前日の傷が完全に癒えた訳ではないのだろう、その動きは遅い。だが、マーマンは昨日と同じように小島へ上がり、歌を歌っている。昨日と変わらず、水柱が立つ。
授恵者らは舟での接近を避け、ウォーターウォークを活用して水の上を歩いて湖上の小島へ接近しようと考えていた。小回りが利き、散開などもやりやすい徒歩の方が舟よりも危険性が低いと判断したのだ。
「準備、できたかよぉ?」
パヴェルが一同へと問いかける。今回はマーマンを可能な限り刺激せぬよう、武器は可能な限り持ち出さないことを事前に彼らは確認していた。
その代わりにせめて刺激することが少ないようにと、マーマンの姿に似せて布や革マントを活用して背ビレや尾ビレのように見える装飾を身体の各所へと取り付ける。水中での行動や水柱による被害、万が一の戦闘を考慮に入れて、水着を持っているものはその下へと着込んでいた。
パヴェルにリディリディ、バーネットが手分けして水歩きの魔法を全員へと掛ける。仮に小島への上陸に手間取ることがあっても十分に掛け直しができるだけの態勢を整え、授恵者らは湖へと一歩を踏み出した。
「あ、ちょ、間に合わな……!」
バーネットが宙を舞う。揺れる水面にバランスを崩したその隙に、水柱に巻き込まれてしまったのだ。
「私も水着を着てくればよかったかな」
懸命に走りながらエルシーは隣のデイジーへと声を掛ける。
「ほん――とう、に! その通りですわ」
丁寧に獣脂を塗りこんだ胸甲は水を吸うことは無い。だが、水着と比べて重く、嵩張るのは否めない。静かに歩くのであれば問題もないだろうが、こうも荒れる水面を水柱に巻き込まれないように歩くとなると想定以上の苦戦を強いられた。デイジーの息も上がろうというものだ。
(水中に引きずり込んだり、戦闘を仕掛けて来ないだけマシ……でしょうか)
軽快に走りながらリディリディは思う。水泳には多少なりと自信があるとはいえ、水中での生活を営んでいるマーマンほどではない。ここは相手のホームグラウンドなのだ。もし、戦闘をすることになったら不利は避けられない。そんな事態だけは避けたかった。
ナハティガルとパヴェル、次いでリディリディがまず小島への上陸に成功した。こちらを真っすぐに見つめながらも、後ずさるマーマン。昨日の記憶が過ったか、いますぐにでも水に飛び込んで逃げてしまいそうな様子のマーマンにナハティガルが声を掛けた。
『オレタチ・テキ・チガウ』
伝わるかどうかは分からないが、伝わって欲しいと願いながらゆっくりと語り掛ける。その言葉に合わせて、リディリディやパヴェルも武器を置く。今日は戦闘する意思はない。そう伝えるためのジェスチャーだった。
そうこうする間に、遅れていた三人も合流する。エルシーの姿を見て、マーマンは少し踏みとどまるような素振りを見せる。昨日の出会いは最悪だったが、彼女に興味があるのは間違いないらしい。
『オレ・ナハティガル・ゴブリンダ。オ前ノ名ハ?』
記憶にあるマーマンの言葉を頼りに、ナハティガルは言葉を継ぐ。
「昨日は、ごめんなさい。アナタに何があったか分からない……というか、相変わらず何言ってるか分からないけど。貴方は貴方のままで良いと思うわよ」
デイジーも、マーマンの瞳を見据えてそう話しかけた。昨日は敵意を向けられた相手からそのような対応を受けて戸惑うマーマン。
「今すぐに逃げるって訳じゃなさそうだな」
バーネットが言う通り、昨日よりも少しずつだが授恵者らとマーマンの距離が近くなっている。少なくとも、いきなり襲い掛かられる心配はなさそうだった。
「――歌おうよ」
そう言って、今度はエルシーが先に歌い始めた。
「そうだな。俺も手伝おう」
背負ったバックパックから横笛を取り出し、ナハティガルも頷く。
『ゴブリン・ガッキ・トクイ。オマエ・ウタ・トクイ。ウタウ』
湖上に、音が響く。やがて、そこにもう一つ声が重なった。誰かを求め、恋焦がれる行き場のない歌ではなく、響かせ合い、相手を認めるための歌が。
(特に、不快な感じはしませんね)
リディリディは内心で安堵の息を漏らした。マーマンの歌が、水柱を起こす以外の効果――例えば、精神へ悪影響を与えるような――があれば厄介だと彼女は警戒していた。だが、今のところその兆候はない。
相変わらず水柱はそこかしこで立ち上がっているが、先ほどまでよりはその勢いは激しくない。歌の違いか、それともマーマンの精神状態か。いずれにしても水柱は毎回同じように発生するという訳ではないらしい。上手くすれば、制御することも出来るかもしれない。
『ココカラ・離レテ欲シイ・離レ無イト・キケン』
一曲演奏を終えて、ナハティガルはマーマンへと改めて話しかけた。今なら、こちらの要求を伝えられるのではないか。
だが、マーマンはその瞳でナハティガルを見つめるばかり。どうやら、正しくこちらの言葉を理解しているわけではなさそうだ。
「アナタが水柱を起こすと、あたしたちが困るのよ」
デイジーがそう言うと、マーマンは何を勘違いしたか、また歌い始める。慌てて、リディリディやパヴェルがそれを止めた。
「あー……それが困るんだわ」
ナハティガルと共に身振り手振りで『水柱はやめて欲しい』と訴えると、マーマンは悲し気な表情をする。
「歌うこと自体がダメって勘違いしているんじゃないでしょうか……?」
「それはあるかもなぁ」
言葉が通じないコミュニケーションの難しさを実感するリディリディやパヴェル。結果として引き起こされていた水柱は迷惑だが、歌声自体は本来は問題がない。だが、その厳密なニュアンスを伝えきることは少々難しいようだった。
『夏ノアイダダケ』
ナハティガルがそう言うと、マーマンは目を伏せた。
「きっといつか、報われるはずよ」
伝わっているかどうか分からないが、そんなことは些細なことだ。デイジーも悲し気なマーマンに、声を掛けずにはいられなかった。
「ごめんね?」
エルシーが項垂れるマーマンのその手を取って、しっかりと握る。驚いたようにマーマンは二度、三度と瞬くと、やがて水の中へと帰っていった。
「解決――したのだろうか」
「しばらく様子を見た方が良さそうですわ」
分かり合えた部分もあるかもしれないが、全てが伝わったわけではないだろう。確実に意図を理解してもらえたか、数日残って判断しようと授恵者らは話し合い、岸へと戻ることにした。
●Catch the HEART
『ル゛ール゛ーラ゛ー♪』
ローレラウラの街並みに、何やら調子外れの歌が響いていた。
「何の騒ぎさぁ!?」
宿の外、往来での騒ぎを聞きつけてパヴェルは跳ね起きる。まだ街が起きるには少し早い時分。人々の声は恐怖半分、困惑半分と言ったところか。授恵者らは身繕いもそこそこに宿を飛び出す。
――そこには。
「どうして!?」
エルシーが叫ぶ。彼女の瞳には、慣れない足取りでよたよたと歩きながらも、高らかに愛の歌を歌いあげるマーマンの姿があった。
「どうやら好かれたようだな」
「……なるほど。昨日の」
合点がいった顔でナハティガルとバーネットはエルシーの肩を叩き、宿の中へと戻っていく。
「解決、と言っていいんでしょうか」
リディリディは首を捻る。マーマンは歌っている。だが、湖は荒れていない。依頼人の要求は満たされた――気がする。
「解決でいいんじゃないの? 多少のズレは些細な事よね!」
デイジーがそう言うと、そんなものかとリディリディも頷きかけた。
エルシーの姿を認めたマーマンはエルシーに向かって走ってくる。
「全然些細じゃないッ!?」
もう一度エルシーは叫んで、通りの向こうへと逃げていった。
マスターコメント
ショートEX難しい 報酬:標準6 / 6〜8人
2021年08月21日 08時47分27秒 公開
参加者
パヴェル・A・サムルガチェフ
- イェレミース トゥラ リディリディ
バーネット・フォーサイス
ナハティガル=ラー
エルシー・サリバン
デイジー・ロックウェル
相談掲示板
頭数は揃ったな。 キャスターのバーネット・フォーサイスだ。 まぁ、よろしく頼むわ。 とりあえず決めるべきは、撃破を狙うか撤退でも良しとするかだな。 マーマン側の諸々の背景とか知りようが無いから、撃破を目指しても問題は無いだろうが、 積極的に敵対しようとしている訳でもないし、それで倒すってのもまぁかわいそうではある。 ただ、意思疎通が中々に難しいだろうし、どうやってお互いの事情を説明し合うかが難点だな。
おはようございますー。 シューターのエルシーだよ、ヨロシクね。 >頭数 足りなくてもそろそろ進めないと間に合わないなぁって見てたので 開始してくれてありがとうだよ。 >マーマン側の諸々の背景とか知りようが無いから 動きを考えるにあたって、心情も邪魔をしてたのだけど 多少、割切って考えられそう…(感謝感謝) 事情を示し合うにしても戦うにしても、先ずはお近づきにならないとって思うので キャスターのお二人どちらかにウォーターウォークをお願いしたいけど良いかな? 出来たら接近して歌おうと思うの…(コメディだから) 歌で不協和音を発して、歌の波長が合う相手がここには居ないと判らせるのと 倒す勢いで攻撃もして……遠くに行って貰いたいなぁって思ってたよ。 (もしお亡くなりになっても仕方ない、仕方ない……仕…シク) ※文章の繋がりが変で直しました。
No.4
あの・・・、キャスターのリディリディです。 よ、よろしくお願いします。 今回の依頼は最低人数が6人なので、あと2人ですね。 どなたかが入ってくださると良いのですが。 ただ、サリバンさんの仰る通り、そろそろ始めないといけませんね。 「人ひとりがようやく立てるくらいの小島に立って」ということなので、岸から船で行く事が前提なのでしょうか。 ただ、転覆させられると困りますね・・・。
そうか、相手の土俵(湖)に立って戦う必要はないよね……いっそ、岸に呼び寄せようか? サウンドボマーと歌声と合わせて響かせて 最低でも岸から攻撃が届く距離に来てもらえれば私たちは安定した足場で戦えるよ。 (どちらのスキルも持ってないですが、取得して+3位ならできます) それに、マーマンも泳ぎつつだと歌い難いかも?
おっと、必要人数勘違いしてた。 うっかりうっかり。 >意思疎通 まぁ、やるだけやって無理なら諦める、くらいの方向性で良さそうだな。 サリバンが歌ってくれるなら、俺は亜人語適正とかで何とか向こうの意図を汲み取ってみるか。 そのうえで、あっちが岸の方に寄って来るならそれでよし、 無理ならウォーターウォークで近づく感じでいこうか。 一応、俺の方では用意しておくつもりだ。
シーフのナハティガル=ラーだ。宜しく頼む。 頭数が揃うと良いんだが…。 >マーマン PL情報ではあるが、マーマン本人に害意がないなら撤退させる方向に持って行ければと思っている。 マーマンが立っている小島に接近する場合、バーネットが言うようにウォーターウォークで水上を歩いて行くのに賛成だ。 問題は水柱をどう潜り抜けるか、だろうか? 何処まで通じるかは不明だが、俺も亜人語適性は持って行こうと思う。
おーっす。キャスターのパヴェルだ。 出発するってぇなると、あともう一人だなぁ。ま、よろしく頼むぜ。 アイアンウォールで足場、または障壁をつくるってぇのは、どぉだい? あれは術者が集中すれば、水面より上に敷くようにしたり、 浮かせて横に置けば足場になるはずなんだが。 あと『歌を中断させる』ためにって意味なら、 音で対抗するってのの他に閃光が出る術なんかも使えるかもしれねぇな。
ウォーリアのデイジーよ 冒険者としては力不足感はあるけど、まあ、頭数合わせくらいにはなるかしらね。 よろしくお願いするわ! 動きは…難しいことは無理よ! とりあえず、突っ込むかしら?
確定だね!デイジーさん、パヴェルさん宜しくね。 >難しいことは無理よ! 気にせずGOだよー! コメディだから楽しむけど、行動は精一杯に、出来る範囲で動けば良いと思ってるよ。 >アイアンウォールの足場 リプレイで見かける事があるので行けると思うの ただ耐久時間とかは私じゃ判らないから、使用に関してはお任せするねー >『歌を中断させる』ためにって意味 結果的に中断させる事になるけど、誘き寄せて意思疎通を図るのが第一目的だから 閃光とかで脅かすのは、意思疎通が無理だった時とか、仲間に危害が加わりそうな事態にして貰えると良いかも? ……ただ、この辺りはまだ煮詰め不足な感じだよね。 歌の件だけど、亜人語適正と聞いて…根本的に発声が違うかも?と不安を覚えたので 汎用は【声帯模写】と【歌唱】にしようと思うの 音量は弓で鍛えた肺活量で頑張る…! それと【サウンドボマー】自体が攻撃力?を持つので周囲への影響も考えてなのだけど ボマーの方がお勧めなら、ボマーにするから言ってねー。 流れは 歌って呼び寄せる→意思疎通→戦闘の可否 歌うが呼び寄せれない→ウォーターウォークで接近→意思疎通→戦闘の可否 こうなると思ってて良いかな?
No.11
人数は揃ったのですね・・・。 私もウォーターウォークは用意していきますが、転覆できるほどの水柱を出すことができるらしいので、私はスィフトスイマーも用意していきます。 シーウォーカーとどちらにするかは迷いましたが、深度ちょっと不明なのでそちらは使用できるかはわかりませんし。 あとは・・・、相手の手の内が読めないので、ジャマーも用意していこうかと思っています。 歌声に何らかの効果があるというのも考えられますから。
揃ったようだな。 >流れ エルシーが歌って誘き寄せを試み―― 成功⇒意志疎通の確認⇒戦闘の可否 失敗⇒ウォーターウォーク等で接近⇒意志疎通の確認⇒戦闘の可否 上記の流れで了解した。 >アイアンウォール 成程。そのような使い方も出来るんだな。<足場を作る ただ、効果時間が短いと思うので、使う際のタイミング等はパヴェルに任せたい。
ナハティガルさん、後押しありがとうね。 >出現位置ではギリギリ岸まで水柱は届かないようだが 人の声がどこまで届くかとか調べたら100mだったの。 歌唱を強化しても小島迄届かないかも知れないので【サウンドボマー】に戻したよ。 対応が間に合わないと困るので、皆に耳栓を付ける様に話すとか 皆さんに迷惑をかけないように動きを考えてプレに入れておくね。 後は水柱を避けながら接近する旨とか対策を詰め込み中。 せめてコメディらしく散れますように……。 (ごめんね、コメディが大好きなので、勝ち負けを深く考えてないんだよ。)
>流れ 今挙がっている流れで問題無いと思う。 >個人行動 一応表明通り亜人語適正は用意するとして、後は洞察で感情の機微を読み取ってみるつもりだ。 あとは必要に応じてウォーターウォークを使ったり、 荒事になればアーケインテンペスト改とスタティックフィールドで足止めって所だ。