夜の贈り主

革酎

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シナリオID:1255

オープニング

●木彫りの猫
 リーンエス王国西部、ディズル大湿地帯に程近い商業街メーンス。
 ある蒸し暑い夜、東ディズル手工芸商会の年若い女性事務員ティオリー・メロットは、自宅の軒先で妙な物音を聞いた。誰かが玄関前までやってきて、何かを置いていった様な気がしたのである。
 ティオリーの現在の家はかつて祖父母が住んでいた古い石造りの小宅で、ここ十数年は空き家になっていたのを、三カ月前に里帰りした折、貯金をつぎ込んでほぼ二束三文で買い戻したものだった。
 間取りは板敷の寝室と食堂兼台所の土間、厠、浴室のみで、玄関先に誰かが近づけば、寝台に居てもその靴音が分かる程の狭さだった。
(こんな夜中に、誰だろう……?)
 変に度胸のあるティオリーは、全く臆することなく玄関扉を押し開いた。見ると、路面へと降りる石段に小さな木彫りの猫の置物が放置されていた。
 誰が、何の目的で置いていったのかは分からないが、ここに置いてあるということは、ティオリーへの贈り物だということだろうか。
 不思議ではあったが、しかし悪い気はしなかった。ティオリーは幼少の頃から猫グッズを集めるのが好きだったからだ。名前も顔も知らない誰かがティオリーの好みを把握して、贈り物として置いて行ってくれたのだろうか――理由は分からないが、ティオリーはひとまず受け取ることにした。

 翌朝、ティオリーは出勤前に玄関先でしばし佇み、誰かが接触してくるかと待ち構えた。しかし通り過ぎるのは顔馴染みのご近所さんや首輪をつけたどこかの飼い犬ぐらいであり、それらしい人物は遂に現れなかった。
 そしてこの奇妙な贈り物は不定期に続いた。二週間で七個の木彫り猫が届いたのだが、いずれも手作りで微妙に形や表情、色合い等が異なり、バラエティーに富んでいた。
(誰だろう……せめて一度ぐらい、お顔を拝見したいのに……)
 そして出来れば、お礼もいいたい。もっといえば、一緒に食事でも、などと思ったりもする。
 きっとシャイなひとなんだな、とティオリーは勝手に想像を巡らせていた。チャンスがあれば置いていくところに遭遇したいと思ったが、時間も曜日もばらばらで、ティオリーが靴音に気付いて玄関扉を開けた時には、もう夜の闇の中へと姿を消してしまっている。
 何とも、もどかしい二週間だった。
 ところが三週間目に入った直後、状況が一変した。木彫り猫は毎晩、届くようになったのだ。しかしその品質は明らかに劣化しており、中には猫と呼んで良いのかどうかも判然としない物まであった。
 しかも、以前の様に靴音を響かせることがなくなった。更にいえば、息遣いが妙に荒くなっている様な気がする。どう考えても普通ではない。
 こうなってくるとティオリーも流石に不安が込み上げてきた。彼女は思い切って、勤務先の支所長に相談することにした。

●謎の贈り主を探せ
 元々ティオリーはグランスパーダでとある商会の事務職に勤めていたが、メーンスへ帰ることにしたのは母親の死が切欠だった。郊外の墓地に母の亡骸を埋葬した時、メーンスの街並みや近郊の風景が随分懐かしく感じられた為、思い切って生活の場をここに移そうと決心したのである。
 メーンスで就職活動を始めたティオリーは、ディズル大湿地帯に広大な手工芸ネットワークを築こうとしている東ディズル手工芸商会の将来性に期待心を抱き、事務員募集の呼びかけに応じた。
 東ディズル手工芸商会メーンス事務支所長イリオはティオリーの経歴審査と簡単な面接を経た上で、彼女の採用を決めた。いわば、イリオはメーンスに於ける働き口を確保してくれた恩人の様な人物である。
 イリオはリザードマンの部族ルアダルで工房組合代表を兼任する人物で、冒険者ギルドともそれなりのコネを持っていたことから、ティオリーは彼に相談すれば間違いないと判断した。
「何だか狙われているっていうか、誰かに監視されている様な気がするんです」
「ふぅむ……そりゃあ確かに気味が悪いな。若い女性のひとり暮らしにストーカーだなんて、危なっかしいにも程がある」
 イリオは早速ティオリーを伴ってメーンスの冒険者ギルドへと足を運んだ。応対に現れた受付嬢ネイオ・フリンクは事情を聞きながらも、募集告知に書き出す内容を手早く纏めてゆく。
「それは何とも気味が悪いですねぇ……分かりました。頼りになる冒険者を掻き集めてみましょう」
 ネイオの笑みに、ティオリーはやっとひと心地ついた様な気がした。
「ところで、それが例の木彫りの猫、ですか?」
「あ、はい。一応何かの役に立つかと思って、持ってきたんですが……」
 目ざとく気づいたネイオがティオリーの手の中にある品を指差すと、ティオリーは受付カウンター上に問題の品をそっと置いた。
 すると、たまたま玄関ロビー脇の待合用ソファーに腰かけていたひとりのリザードマン男性が立ち上がり、足早に近づいてきた。
「ちょっと見せて貰って良いかな?」
 このリザードマン男性は魔術を駆使する冒険者で、結界術に関しても造詣が深い、とネイオが紹介した。リザードマン魔術師はバクスターと名乗った。
「こいつは、結界補強の術具だな。急激な補強が利かないタイプの結界にはよく使われる代物だ」
「け、結界補強!?」
 ティオリーは思わず声が裏返ってしまった。何故そんなものが幾つも贈られてくるのか、何の心当たりも無かったからだ。しかしバクスターはティオリーの顔を真正面からじっと覗き込み、眼光鋭く煌めかせた。
「お嬢さん……君は魔術の素養がありそうだが、近親者に魔術師は居なかったかね?」
 ティオリーは分からない、とかぶりを振った。亡くなった母親は親類縁者については、幼少の頃から余り詳しくは話してくれなかったそうだ。

 数日前。
 漆黒の闇の中で、男は木彫りの猫を握り締めたまま、粗末な寝台に横たわっていた。
「セトル……私はもう、駄目だ……後は、頼まれて、くれるか……」
 男の腕が、板敷きの床に向かってだらりと落ちた。その手から、木彫りの猫が音を立てて落ちる。セトルはその様子をじっと凝視していた。
 床には他に幾つもの木彫りの猫が散乱している。どれも中途半端な出来栄えで、どう見ても未完成の代物ばかりであった。
「そうか、セトル……分かってくれるか……頼もしいなぁ、お前は……」
 男の声は、そこで途切れた。声のみならず、その生命活動すらも停止していた。
 セトルは悲しげに低く鳴いた。そしてその瞳は、後のことは任せろといわんばかりに爛々と輝いていた。

解説

状況:  PCの皆様はメーンスの冒険者ギルドで依頼を受けた直後からスタートします。 解決目標:  謎のストーカーの正体を暴き、ティオリーを安心させてあげて下さい。 NPC:  主なNPCは東ディズル手工芸商会の事務支所長を務めるリザードマンのイリオと女性事務員ティオリー・メロットです。調査の過程でメーンス在住のモブNPCが登場することもあるでしょう。  尚、リザードマン魔術師バクスターは別件依頼が先約で入っている為、本件には余り深く関わってはきませんが、冒険者ギルドで声をかければ助言ぐらいはしてくれるかも知れません。

マスターより

 皆様、こんにちは。  贈り物を届け続けるストーカーという内容でご希望を頂いたショートシナリオRをリリース致します。  誰が何の目的で木彫りの猫を贈り続けていたのか。調査方法はPCの皆様にお任せします。是非ともこの不気味な贈り主を探し出し、謎を解き明かして下さい。

リプレイ

●謎に迫れ
 リーンエス王国西部の商業街メーンスに所在する冒険者ギルド。
 その受付ロビー脇の待合スペースで、依頼主たるティオリー・メロットと、彼女の付添人である東ディズル手工芸商会メーンス事務支所長イリオの両名は数名の冒険者達と共に応接卓を囲んでいた。
 この冒険者達はリザードマン魔術師バクスターを除いて、いずれもティオリーからの調査依頼を正式に受諾した授恵者達である。
 ティオリーは調査依頼を出すに際し、もう少し情報が必要かもしれないと考え、自宅に一旦引き返して贈られてきた木彫り猫を全て冒険者ギルドに持ち運んできた。更に、何かのヒントがあるかも知れないということで、自宅の不動産売買契約書や見取り図、周辺地図等も持ってきている。
 これらの持参品は全てイリオからのアドバイスによるもので、流石に冒険者ギルドとは付き合いが深いだけのことはあった。
「では、拝見しますね」
 ミア=リゼルが一番最初に贈られてきたものと、昨晩贈られてきたものをそれぞれ左右の手に取り、じっと凝視した。見た目の出来栄えは、まるで別物だ。だが確かに、これらふたつの木彫り猫は同じ原理で魔術的な細工が施されている様に見える。
「どうですか? やっぱり、同じ系統の術具でしょうか?」
 横合いから、ハルハン・ツァガーンナルが長身を折り畳む様な格好で身を乗り出した。腰をぐいっと曲げており、幾分窮屈そうな姿勢にも見えるのだが、本人はもうすっかり慣れているのか涼しい顔だった。
「はい……同じ方式ですね」
「残留思念は……生憎だけど、ほとんど読み取れないね」
 ミアの傍らで、別の木彫り猫を手に取っていたメアが残念そうにかぶりを振る。矢張り時間が経ち過ぎている所為か、何らかの強い想いが籠もっている程度のことは何となく読み取れたが、それ以上のことは一切分からなかった。
 ツァガーンナルはここで、バクスターに視線を転じた。
「ティオリーさんの住まいに結界があるとして、その性質を判断する手段はあるでしょうか? ティオリーさんに有害なものか、そうでないかは判別しておきたいです」
「流石にこれだけじゃあ、分からんね。現地に行って直接調べてみないことには」
 バクスターは自身が取り組もうとしている依頼書に視線を落としつつ、小さくかぶりを振った。ツァガーンナルも、それもそうかと諦めて肩を竦めた。
 するとそこへ、町中へと聞き込み調査に出ていたコハクとヴァン・ローラントが引き返してきた。
 コハクは目撃者の有無を、そしてヴァンは工芸品店や木工工房での聞き取り調査に出たのだが、いずれも不発に終わっていた。
「改めて思ったんだけど、これ本当にストーカーなのかな?」
 ティオリーや他の面々と同じく応接卓に席を取るや、コハクは自身の個人的な直感を素直に述べた。ティオリーの感覚からすれば相当に不気味なのだろうが、話を聞けば聞く程、贈り主からは悪意がほとんど感じ取れないような気がしたのである。
「手紙も無く、頑なに顔を見せないことから、ティオリーとの接触は絶対に避けようとしている。にも拘らず、ティオリーのことを大切に思っているということは何となく伺えるな」
 ヴァンはイリオの隣りに席を取って腕を組み、天井を見上げた。そしてティオリーに、深夜の音について再度質問を重ね、自らの推理を一部披露した。
「靴音が消え、荒い息遣いということから……最近この木彫り猫を運んできているのは、犬か狼の可能性があるな。だから、靴音がしなくなった」
 その場の誰もが、成程と頷き返した。ヴァンは更に、贈り主の身に何かが起きたのかも知れない、と付け加えた。この最後のひと言に関しては、本当にただの推測に過ぎないのだが。
 その時、それまでずっと沈黙を通していたルベア・ベルニが、一枚の書面を応接卓上にそっと差し出しながらティオリーに訊いた。
「ねぇ……父親について、何か聞いたことや知っていることはある? バクスターさんの話じゃ、アナタには魔術の素養があるって話だけど、アナタの母親もそうだったの?」
 ルベアの問いに、ティオリーは本当に何も知らないといった調子で弱々しくかぶりを振った。
 その傍らでコハクはティオリーが何かを隠しているのではと疑っていたが、ティオリーには嘘をついている様な素振りは何ひとつ感じられなかった。
 だがその一方で、ティオリーの瞳はルベアが差し出した書面に釘付けとなっている。その書面は、ルベアが冒険者ギルドを介して取り寄せた、ティオリーの母親の婚姻届であった。
「お母様の名前はカーディナ、そしてお父様の名前はショレーザウ……このショレーザウってひとだけど、冒険者ギルドに記録があったわ」
 曰く、過去にメドゥの指先に所属していた魔術師だ、というのである。既に組織を抜けたことまでは分かっているが、その後の消息は掴めていないらしい。
「クリーパーについて研究してたみたいね。で、その研究が失敗してどこかの町で大事故を引き起こしたから、今でも一応は手配がかかったままのようだけど」
 ティオリーは心底、驚いた様子だった。だが更に別の驚きが、ルベアの言葉からもたらされた。
「それはそうと……この見取り図、おかしくない? この構造だと、寝室の奥に変な空間が隠れていることになるんだけど」
 ティオリーが持参した自宅の見取り図と周辺地図を見比べていたルベアは、該当部分を指差した。
「成程……結界がここに隠されているのかも知れない」
 ヴァンのこのひと言で、ティオリーの自宅を調査しようという運びになった。

●結界の目的
 ティオリーの自宅までは、徒歩で10分弱の道程だった。閑静な住宅街で、殊更に何かおかしな気配が漂っている様には思えなかった。
 冒険者達はティオリーの案内で宅内へ踏み込むと、すぐに問題の箇所――寝室奥の壁へと直行した。
「ここ……隠し扉があるね」
 コハクが隠された掛け金を外して、板壁の一部を器用に取り外した。その奥から、地下へと続く薄暗い石段が姿を現した。
 ティオリーの父がクリーパー研究に携わっていた事実を鑑み、まずは前衛としての戦闘能力を持つツァガーンナルが石段へと踏み込んだ。その後にコハク、ルベア、ヴァンと続き、最後尾にメアとミアが並ぶ。
 狭い地下室へと辿り着いた一同は、床に描かれた魔法陣を発見した。どうやら、これが結界らしい。淡い光を放つその領域の中心に、人間とほぼ同じ大きさの蜘蛛型クリーパーが身を縮めていた。
「見ろ……魔法陣の外側にまで、鉤爪で這った様な跡がある」
 ヴァンが、比較的新しい鉤爪の痕跡が魔法陣の外側近くにまで伸びている事実に気付いた。だが目の前のクリーパーは随分大人しく、とても魔法陣の外へ飛び出そうという勢いは見せない。
「結界が補強されたから、大人しくなったんですね」
 ミアの推測は恐らく正しい。だが、こんな物騒な怪物をいつまでもここに留め置いておく理由は無い。ツァガーンナルが斧を携え、ヴァンが弓を構えた。ふたりは一応警戒はしたが、結界に封じられているクリーパーは全く抵抗することも無く、ふたりの手であっさりと仕留めることが出来た。
「ボク達にとってはどうってことない敵だったけど、ティオリーさんにとっては命の危険にも繋がる脅威になっただろうね」
 ツァガーンナルが得物を腰の革ベルトに吊り下げながら、やれやれとかぶりを振った。ともあれ、これで謎のひとつは解けた。木彫り猫の贈り主が結界を強化して封じようとしていたものは、この地下に隠されていたのである。
「後は贈り主の特定だね」
「恐らく、地下のクリーパーが斃された事実は知らないだろうから、今日も木彫り猫を持ってくるだろうな」
 低い地下の天井を見上げるメアに、ヴァンが頷き返す。今夜はこの宅外で張り込み、木彫り猫の贈り主と初めての邂逅を果たさなければならない。
「その前に、ちょっと匂いを追いかけてみます。もしかしたら、もっと早い段階で贈り主の居場所が分かるかも知れませんし」
 それだけいい置いて、ツァガーンナルは石段を駆け上り、宅外へと飛び出していった。
 他の冒険者達も一旦地下室を出て、ティオリーに事の次第を説明することにした。まだ贈り主の正体は特定出来ていないものの、彼の人物はティオリーをクリーパーから守ろうとしていた――その事実だけは間違いが無いとして、彼女に伝えてやる必要があった。

 そして、夜になった。
 ヴァンとメア、コハク、ルベアの四名でティオリー宅の玄関を視界に収められる街角の陰に身を潜め、ツァガーンナルとミアは屋内で待機した。
 万が一、贈り主がティオリーに害を為す存在だった場合に備え、彼女を護衛する手が必要だったからだ。
 ちなみに、ツァガーンナルが昼間に実行した匂いの追跡は不発に終わっていた。どうやら犬の匂いだということまでは分かったのだが、大通りへ出たところで他の匂いが大量に混ざり込み、とてもではないが選別して追跡するというところまでには至らなかったのである。
 結局、他の面々と同じく夜に張り込んで、贈り主と接触する以外に方法は無い、ということになった。
 ティオリーも、日付が変わる頃までは頑張って起きていたが、クリーパーが斃され、更には冒険者達が守ってくれているという安心感があった為か、睡魔に襲われて敢え無くベッドの中に轟沈した。
 ツァガーンナルとミアは、ティオリーの穏やかな寝息に苦笑を浮かべたが、それも彼女が冒険者達を全面的に信頼してくれているという証左に他ならない。ふたりは何があっても絶対にティオリーを守り抜くと、それぞれに気合を入れ直した。
 やがて、月が傾き始めた深更。
 遂に、贈り主が姿を現した。

●解決、そして新たな家族
 通りの向こうから、淡い月明かりを浴びて一匹の犬が姿を現した。
 コハクがティオリー宅の木窓を叩く。中から顔を見せたツァガーンナルは、くんくんと鼻を利かせて、現れた犬の匂いと、昼間に追跡した匂いが同じであることを確認した。
 これで裏が取れた。矢張りあの犬だ――ヴァン、メア、ルベアの三人は犬が木彫り猫を咥えているのを見届けてから、三方から囲む様な形でティオリー宅の玄関先へと間合いを詰めてゆく。
 犬が木彫り猫を玄関先の石段上にそっと置いたのを見て取ってから、ヴァンとメアが動物交感を試みた。
「怖がらないで……僕はメア。ティオリーを守る為に調査しているんだ」
 メアが犬の頭をそっと撫でる。犬は尻尾を振って、小さくひと吠え返した。犬の方からも、敵意は全く感じられなかった。
「俺達は敵ではない。君の飼い主のところに、案内して欲しい」
 ヴァンが言葉を繋げる。犬は大人しそうな声で鳴いてから、もと来た方向へと小走りに駆け始めた。ところがその途中でふと立ち止まり、冒険者達に振り向く。
 一緒について来い、ということなのだろう。
 宅内のツァガーンナルとミアも危険は無いと判断してティオリー宅を飛び出し、他の面々と一緒に犬の後を追った。

 犬が案内したのは、メーンス西の河川に接する倉庫地区だった。
 何の変哲も無い古びた石造りの小さな住宅。犬は玄関下部に設えられたペット用出入口の板を鼻先で押し開けて、宅内へと入ってゆく。
 冒険者達が後に続いて粗末な木製扉を押し開くと、死臭が漂ってきた。
 メアがランプを掲げると、奥の一室でひとりの中年男性がベッドに横たわったまま、絶命していた。死後数日は経過しているだろうか。
 板敷きの床やテーブル上には、木彫り猫が大量に散乱している。
 テーブル上のものはそれなりの出来栄えだったが、床に散乱しているものはいずれも不格好で、中には猫と思えないような造形のものまであった。
「成程……床の上のものを咥えてきたから、途中で急に見た目の品質が落ちてしまったのですね」
 ミアは漸く合点がいったと頷く。犬では、テーブル上の木彫り猫にまで目が届かなかったのだろう。
 その一方でコハク、ルベア、ヴァンは書棚やテーブルを捜索し、この人物の身元に繋がるものが無いかを探した。
「これ……日記だね」
 ルベアが書棚から一冊の文書を取り出す。そこにはこの遺体がショレーザウであることが示されていた。
 ショレーザウは、日記の中でひたすらに後悔していた。娘に対して、父であると名乗り出ることが出来なくなった己の過去の愚行を悔いていた。
「ティオリーさんが猫グッズ大好きなのも、相当前から知っていたみたいですね」
 ルベアがところどころ読み上げる日記の内容から、ツァガーンナルは思わず溜息を漏らした。ショレーザウは娘を陰から見守るばかりでなく、彼女の嗜好や性格までしっかり把握していたらしい。
「ティオリー宅の図面と、例のクリーパー……それから、あの結界についての技術書だな」
 ヴァンが別の資料を、ミアとツァガーンナルに差し出した。中盤まではクリーパーの研究内容ばかりが続いていたが、途中から結界術を如何にして強化し、維持するかの方法論にすり替わっている。恐らく、娘のティオリーがあの家に引っ越してきたのを知り、慌てて結界補強へと舵を切ったのだろう。
「どうやら、不治の病だったみたいだね。自分の死期を悟りつつも、何とか娘を守ろうとした」
 ルベアは日記をそっと閉じた。そして、己の父親について想いを馳せた。
「僕には両親がいないから……ちょっと羨ましいな」
 メアは足元で大人しく座っている犬に、ご褒美の動物おやつを差し出した。犬は、美味そうに咥えた。

 翌日、冒険者達はティオリーを伴ってメーンスの冒険者ギルドに足を運んだ。
 そこでまず、ショレーザウが既に故人となっていた為、手配を解除するようにと申し入れた。また、ティオリー宅の地下で小型クリーパーを討伐したことも。
「ところで、犬を飼う気はない?」
 メアに話を振られ、ティオリーは戸惑いを見せたが、ルベアが日記の内容から、この犬の名がセトルであることを告げた。
 セトルはティオリーの中に前の主人だったショレーザウの面影を見出だしたのかも知れない。ティオリーに対して尻尾を振り、元気に数度吠えた。
 メアもヴァンも、セトルがティオリーと一緒に住みたい意思を持っていることは、既に確認済みだった。
「それは悪くないかもね。今まで父親の代わりにあなたを守ってきたんだから、その恩返しはしないと」
 コハクが背中を押したことで、ティオリーも漸く、腹を決めたようだ。ティオリーがセトルを抱き上げると、セトルは物凄い勢いでティオリーの頬を舐め始めた。
「こんにちは、セトル。これから宜しくね」
 母を亡くし、陰で見守ってくれていた父も遂に最期まで会うことは出来なかったが、この新しい家族がきっとティオリーの心を明るく照らしてくれるだろう。

マスターコメント

 皆様、御苦労様でした。  父親への考察、運び主が犬であることの看破、そして結界の謎を見抜く為の洞察など、実に的確でした。  今後ティオリーとセトルは仲の良い家族として、共に過ごしていくことでしょう。
ショートシナリオR

ショートシナリオR易しい 報酬:標準6 / 4〜6人

2021年08月12日 20時52分27秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. ハルハン・ツァガーンナル

    ハルハン・ツァガーンナルです。 よろしくおねがいします! 届けられる木彫りの猫。不思議な話ですね。 耳と鼻は利くので、何か手がかりがないか、探せると思います

  2. ミア=リゼル

    こんにちは、せんせいはここ…ではないですね。せんせい、いないです… ヒーラーのミア=リゼルです。どうぞよろしくお願いいたしますね。 予定より早く依頼が返ってきたのでスキルとか取るだけならできそう…フンスフンス 取っておいてほしいスキルなどありましたらお申し付けくださいね。 さて、木彫りの猫は結界補強のための術具…ですか。 一般人がそうそう作れるものではないでしょうし、魔術師と目されているようですから、これだけでも随分と絞り込めそうです。なんのためにこんなものを贈ってきたのかは謎ですが…それも調べないといけませんね。魔法知識などが役に立つでしょうか…?

  3. メア

    僕はメア。今回はよろしくね。 不思議な事件だよね……概要を読んだ感じだと、ティオリーの父親の話がまったく出てきてないのが気になるかな。 もしかしたら関係があるかもしれないし、僕は彼女の父親について、町で聞き込みしたいと考えているよ。 スキルはあまり持ってないんだけど、残留思念感応と動物交換を持っていこうかな。 他にも必要なものがあれば取るようにするね。

  4. ヴァン・ローラント

    探偵をやっているヴァンだ。 届けられるのは毎回猫の置物、そしてある時から劣化したものになったと…。 この家に住んでたっていうティオリーの祖父母の交友関係から当たってみたい。

  5. ルベア・ベルニ

    めちゃくちゃ遅くなったわね……ルベアよ、宜しく。 何のための結界補強……なのかしらね。 私も読んだ感じ、父親が出てないのがちょっと気になったけど。 ティオリーの家の中でなにか手がかりが得られないかをあたってみるつもり。

  6. コハク

    ごめん、遅くなった。 シーフコハク、よろしくだよ。 皆が言っている通り父親が出てこないのは気になるのけど、仮にオープニングの段階で母の事は乗せていて父の事には触れていないというのは意図的な所も感じるから想定として 1 元々母子家庭に近く、父の存在を最初から覚えていない 2 何らかしらの事情があり語りたくない の二つと仮定すると1はともかく2になった場合の事も想定して【話術】【洞察】があっても良いと思う。 木彫りの猫に関しては術具という事で【魔法知識】【紋具知識】【看破】があれば何かに気付けるかと。 周辺の聞き取りの際にも同じく【看破】【話術】【洞察】があるのが良いかもしれない。 …とまぁ簡単に上げてみたけれどあくまでこれは個人的な意見になるしスキルも重要だけど、プレの質によってはスキルを超える行動も出来る時があるし(特にこういう調査系は)自分が動きたいような流れで良いとは思う。 あくまでコハクのスレはー…まぁ何かの目安として。

  7. コハク

    あ、連投になっちゃうけど。 メアが上げていた中の一つにあった動物交感だけど多分オープニングの最後にいた【セトル】という存在は大方猫だとは思うけど、あれ多分PL情報だからコハク達はわかってない前提で動かなきゃいけない……はず? 周辺の聞き取りと一緒に動物にも聞き取りを、という名分の元であれば持って行っても違和感はなさそうなのかなーとかは思ったり。 最後にコハクの立ち回りとしては多分聞き取り(街の人、依頼主)も木彫りの調べも両方動けるから手薄な所に回る予定と宣言しとく

  8. メア

    コハクはアドバイスありがとう。 そうだね、確かにPL情報を落とし込む工夫は必要そう。 このあたりプレイング工夫してみるね。 動物がどこかにいないか探すつもりではいるんだけど、探す系のスキルは積めそうにないから、もし可能なら誰か持って行ってくれると助かるな。

  9. ミア=リゼル

    コハクさん、ありがとうございます。プレイング、忘れずに提出しなくては…! 動物を探す系のスキル…ですか。波系スキルがそれに当たるのでしょうか…あるいは街の人に聞き込むのもいいかもしれませんね

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0