シスターの憂い 1
森乃ゴリラ
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シナリオID:1216
オープニング
身なりからしてどこぞのシスターである。大きくスリットの入った服と、やや濃い目の化粧を除けば至って普通のシスターだ。
「依頼をお探しですか」
穏やかな声色が耳朶を打つ。真っ赤な唇から紡がれたのは確かな問いだ。
あなたがそれに返答しようとする、それよりも早くシスターは口を開いた。
「――失礼致しました、わたくしの名はリグ・ウィジャン・アウスシュタッテンと申します。お気軽にシスターリグとお呼び下さい。……実は孤児院の手伝いを探しておりまして、今からそちらの掲示板に貼らせてもらおうと思っていたのです」
シスターリグはそう言うと一枚の紙をあなたに見せた。
タイトルは『孤児院の手伝い募集』、内容は子供達の遊び相手や食事の支度、孤児院の清掃や修復などといった事が書かれている。
「こちらの孤児院はわたくしが働いている場所ではありませんが、お忙しいシスターメアリーに代わり、わたくしが依頼を持ってきたのです」
孤児院の管理者であるシスターメアリーは初老の女性である。
今回は急ぎの用事があり、募集を知り合いであるシスターリグに任せたのだという。
「謝礼はあまり出せませんが……もし宜しければこちらのご依頼、受けては頂けないでしょうか?」
シスターリグは眉を下げ、あなたに依頼を持ちかけた。
解説
マスターより
リプレイ
「私はグレイブ・ヤード。見ての通り怪しいものではありますが……皆さんの敵ではありませんよ?」
穏やかな声色が子供達の耳朶を打つ。
グレイブの全身を覆い隠すような恰好に驚いている子もいるが、中には興味が掻き立てられた子もいるらしい。子供達は仮面の奥に潜む目を垣間見ようと少しだけ首を傾げてみたり、グレイブの周りをうろうろとしている。
「怪しいと思われるかもしれません。ですが、この世界には様々なヒトがいます。珍しいからといってじろじろ見たりしてはいけませんよ」
グレイブが一人一人に目を合わせ、優しく注意をすると子供達はパッと表情を切り替える。
「ごめんね」「ごめんなさい」「ごめん……」
子供達は口々に謝罪の言葉を述べた。
「大丈夫ですよ。ですが他の方にもしてはいけません、嫌がる方もいらっしゃいますからね」
丁寧で分かりやすい説明は子供達にも届いたのだろう。
小さな同意や頷きが波のように広がっていった。
「ではまず……お名前を教えて下さい。なんとお呼びすれば良いのか分かりませんからね。それから、将来的に何がしたいのか教えて頂けると助かります」
「どうしていっぱい聞くの?」
子供の一人が不思議そうに尋ねた。
「そうですね……あなたのお名前は?」
「ユユ」
「そう、ユユさん。教えて下さって有り難うございます。お名前を知らなければ呼ぶ時に困ってしまいますからね。将来の事については……教えて頂けると、あなたの事を一つ知る事ができますから」
仲良くなるためには必要でしょう。そう告げれば、ユユはもじもじしながら教えてくれた。
「あたしはシスターメアリーみたいになりたいの」
「それは素晴らしいですね。どうしてか聞いても?」
「いつも優しくしてくれるから。優しくて、つよくて、あたしたちの事を可愛がってくれるから」
ユユがそう言うと他の子たちも自分の名前や将来の事を教えてくれた。
中には思いつかない子や、戸惑う子もいたが、グレイブの話を聞いて悪いヒトではないと判断してくれたようだ。
自己紹介が終わってもグレイブの周りには子供達の輪が残っている。
中には我慢できず遊びにいってしまった子もいるが、残っている子らはグレイブに懐いてくれたようだ。
「お兄さんは遊んでくれるの?」
「それも良いかもしれません。でも……まずは今よりも、もっと楽しく過ごせるようにしましょう」
グレイブが子供達と共にやってきたのは孤児院の入り口付近である。
入り口の扉には小さな穴や、ヒビが蜘蛛の巣のように広がっていた。
「今日はここを補修しましょう」
「ほしゅうってなに?」
「直す、といったほうが分かりやすいかもしれません。風の強い日や、雨の日なんて大変でしょう?」
「たしかに」「いつも寒いもんね」「虫もはいるし」
子供達はワアワアと孤児院の現状を語ってくれた。
「それから掃除もします。皆さんで住んでいる場所ですからね」
「……でも、やったことないよ」
小さな子が困り顔で呟いた。
「できますよ、今日は私もいますからね。さあ、皆さんで準備をしましょう」
グレイブは子供達に掃除用具の場所や、余っている木材がないか尋ねた。
箒や桶、布きれなどは問題無くある。補修用の板が少し足りないかもしれないが、とりあえず塞ぐことはできそうだ。
「掃除は上からやっていきましょう。ここの補修は背の高い……そうグウェンさん、あなたにお任せしますね」
グウェンは孤児院の中では割と年齢のいった子だ。
あと数年経てば働きに出てもおかしくないくらいの子供である。
「……補修、やったことねえんだけど」
「大丈夫ですよ、ほら。他の子をご覧なさい」
子供達は自分なりのできそうな事を探しながら掃除や補修に回っていた。
中には上手くできていない子もいるが、周りの子らがサポートしながら立ち回っている。
「上手くできねえのにやるのか?」
「大事なのは上手くやる事では無く、自分でもできる事を増やす事です。それが貴方たちの将来にも繋がりますから」
「将来……」
「ええ、あなたは将来何をやりたいか分からないと言っていましたよね。それはこの一歩です」
「これが?」
「ええ、例えば……ここではハンマーと釘を使います。上手くなっていけば、大工のような仕事に就けるかもしれません」
尤もそれはまだ先の話である。
だが、これを機に興味が育つ事もあるだろう。それに何かと生活に密着しているスキルでもある。今後何かあった場合、この経験を生かす事ができるのだ。
グウェンは暫く考え、ハンマーを手に持った。
釘を持つ手が少し震えているが、元々体力のある子なのだろう。大きな板を難なく抱えながらトントンと打ち付けていく。
「上手ですね。もし今後必要であれば他の子にも教えてあげて下さい」
「……将来に繋がるから?」
「そうです。それがグウェンさんの……ひいては他の子の今後に繋がりますから」
グウェンは小さく笑ってくれた。
トントンと釘を打つ音が鳴り響く。掃除の手が少しずつ広がっていく。
グレイブはそれを眺めながら子供達の様子を見つつ、時には褒め、時には指摘しながら子供達の『できる事』を増やしていった。
●
「はーい、皆、こんにちは。おねえさんはエミリアっていうわ!! ちょっとの間だけど、今日はよろしくね!!」
エミリア・シバの快活な声が孤児院に響き渡る。
その周りにはエミリアに興味を持った子供達が集まっていた。
「あそんでくれるの?」
小さな子が問う。緊張しているのか、おどおどした様子だ。
「うん、遊ぶのもやるんだけど……最初はまず、お勉強からしよう!!」
エミリアは小さな子の目線に合わせて屈んだ。
勉強と聞いて嫌な顔をした子供がいたが、エミリアはそれを見逃さなかった。
「でもね、勉強すると……シスターメアリーのお買い物のお手伝いができるようになるわよ?」
小さな子はそれを受けて目を輝かせた。
他の子供達も「ほんと?」と興味を持ってくれたようだ。
「勿論!! それに、あなたたちが大きくなった時にとっても役に立つんだから」
今のうちに計算や読み書きができるようになれば、大きくなった時、少しでも騙される確率は減るだろう。
孤児院の出身というだけで蔑まれ、給料を誤魔化されてしまうかもしれない。
酷ければ知らぬうちに犯罪に巻き込まれてしまった、なんて事もそう珍しくはないのだ。
「それに、文字が読めれば本が読める。知識をどんどん増やすことができるわ」
それはいずれ生きるための力となる。
得られれば子供達の未来は、今よりももっと輝かしいものに変化していくはずだ。
「さあ、それじゃあお勉強をするわよ!! 本を読める子や、計算が分かる子がいたらおねえさんと同じく先生側になってもらえたら嬉しいわ!!」
エミリアは用意していた紙とペンを掲げ、子供達を机の周りに集めた。
簡単な計算や読み書きは覚えさせるのも、覚えてもらうのにも苦労するものだ。
特に今日は一日だけの授業である。中々覚えてもらえず、つまずいてしまう子もいる。
一人一人丁寧に見てあげるのは大変骨が折れる作業だ。
しかし、今日はエミリア以外にも先生がいた。
読み書きや計算のできる子が率先して先生役を担ってくれたおかげである。
「これは?」「それはこうやってやるんだよ」「こっちも教えて」「あのね……」
子供達は頑張って教え合っている。それでも分からない時はエミリアに聞きにきてくれるのでとても進みが早い。
元々勉強したかった子もいるが、中にはシスターメアリーの役に立ちたいという原動力だけで頑張っている子もいる。初めにシスターメアリーの事を話したのは正解だったようだ。
「……うんうん、そうやって忘れないように教えてあげてね」
おねえさんがいなくなった後も、続けられるように。
習慣として残ってくれれば、きちんとした仕事に就けるかもしれないし、自分達のやりたい事にも繋がってくれる。
そうすればここはもっと楽しい場所になってくれるはずだ。
「よーし、お勉強ばかりだと息が詰まっちゃうでしょうし……身体を動かすのも大事よね?」
エミリアが声を掛ければ、子供達は期待するような眼差しで彼女の言葉を待った。
「鬼ごっこの勝負とかしてみる? おねえさんこれでも鉄級冒険者なのよね!!」
子供達から歓声が上がった。中には冒険者に興味を持っている子もいるらしい。
「お姉さんをつかまえたら、ボクも冒険者になれる?」
「ふふふ、どうかな? でも……お姉さんガチでやるわよ?」
「よーし、お姉さんをつかまえるぞー!!」
「あたしも!!」
子供達は紙とペンを机に置き、一斉に立ち上がった。
「それじゃあお庭に行くわよ。よーい、ドン!!」
孤児院の庭には楽しそうな声が広がっていた。
一生懸命追いかける子や、仲間と結託して捕まえようとする子。
疲れてしまったのか遠くで応援している子など様々である。
エミリアは子供相手とはいえ手を抜かなかった。
勝負である以上、手を抜くのは失礼だと考えていたためである。
子供達にもそれが伝わっているのだろう。追いかけている子供達の表情は明るく、時々悔しそうな顔が混じっている。
それでも腐ったり愚痴ったりする者などいなかった。
みな、エミリアを一人の大人として信用しているからである。同じ土俵に立ち、一生懸命遊んでくれていると思っているからだ。
「お姉さん、はやすぎ!!」
「言ったでしょう。鉄級冒険者なんだって」
「これくらいできないとダメかー」
「まけるなー!! 左右からはさんで……あ、かわされた!!」
楽しそうな声色はどこまでも広がっていく。
エミリアが捕まることはついぞなかったが、勝負に負けた子供達の顔はいたく満足そうなものであった。
●
「ハルハン・ツァガーンナルです。みんなよろしくね?」
ハルハンは子供達の前に立ち、大きな身体を屈ませた。
子供達は身長の高いハルハンにどう接していいのか悩んでいたが、視線があったことで少しだけ緊張が解けたらしい。
それでもまだ様子を窺っている子の姿も垣間見えた。
ハルハンはやや考える素振りを見せ、掌をそっと差し出した。
彼女の掌にはヒューマンでは見られない肉球が備わっている。柔らかそうな弾力のあるそれを見て、一人の女の子が声をあげた。
「にくきゅうだ……!!」
「触ってみる?」
ハルハンの言葉に少女はおずおずと指先を伸ばした。
触れてみた肉球は弾力があり、指先をそっと押し込めば柔らかに押し戻してくれる。
ふにふにと触ってみるとこれがまた心地よい。少女は笑顔でハルハンの肉球の感触を楽しんだ。
そうしていると、他の子も興味を持ったのだろうか。
おずおずと指先をハルハンの肉球へと伸ばす。
「やわらかい、すごい!!」「ボクもさわってみたい!!」
子供達はハルハンを取り囲むように集まっていく。大きな彼女を怯えていた子も、その輪に加わる事となった。
子供達と打ち解けたハルハンは暫く子供達と触れあい、修繕作業に乗り出した。
普段手入れの行き届かぬ場所が良いだろう。例えば、屋根の上とか。
ハルハンは子供の一人を肩車しながら屋根の上を眺めていた。
すると屋根の上から冒険者のジープが顔を覗かせる。
「あ、修理ですか?」
「はい、様子を見に来たのですが、どんな感じになっています?」
「そうですね……」
ジープは屋根の上をざっと見渡した。
屋根にはいくつか穴が空いている。大きさはそれほど酷くないので、ジープの持ち込んだ木材で事足りるだろう。
だが、厄介なのはパッとみて分からないような場所だ。
屋根の内側が痛んでいるかどうかは剥がしてみないと分からない。
かといって全ての屋根を一度剥がそうとすれば時間も手間も掛かってしまう。
「場所の目星が難しいかもですね」
ジープが困り顔で告げると、ハルハンはピンと来たのか耳を立てた。
「わかりました、それじゃあ行きますね!!」
ハルハンはジープが掛けておいたハシゴに手を掛けた。
子供を肩車したままである。そのままするすると上り、屋根の上に立つ。
「穴以外で雨漏りしている場所、わかりますか?」
ハルハンは子供に尋ねた。
「うん……ええとね、もうちょっと先のところ」
ハルハンは子供の指示通りに屋根の上を歩いて行く。
つま先で押してやると鈍い感触が伝わってきた。恐らく腐敗しているのだろう。
「あ、じゃあこれで印を付けてもらえますか?」
ジープは用意した小箱の中からチョークを取りだし、ハルハンに差し出した。
「わあ、有り難うございます。他にも雨漏りする場所はありますか?」
「えっとね、……あっち。あそこからね、お水がちょろちょろってながれてくるんだ」
ハルハンは子供の指示通り雨漏りポイントへと移動していく。
「それじゃあ私も修理をしていきましょう、今回はご主人様には無理を言っちゃいましたし……」
この依頼を受けるにあたり、ジープは乗り気で無いご主人様に「普段は年齢が近い人や年下の人達とあんまりお近づきになる機会がないから」とお願いをしたのである。
その代わりとしてよこされたのが『孤児院がどうもボロボロらしいからジープは修理を頑張ってもらえる?』という命令である。
ご主人様からの命令とあれば気合いが入るというもの。
やる気満タン!! 絶対に頑張ってみせる!!
ジープは持ち込んだものを屋根に並べていった。
かなりの大荷物であったが、普段から野営道具一式や水袋を背負って旅している身としては、この程度の荷物など軽いうちにはいる。
「穴は塞いで……こっちは剥がして新しく……屋根はそこまで手間にならないかな。雨漏りが防げればとりあえず良いわけですし。問題は壁ですかね」
ジープが悩んでいると印を付け終えたハルハンと子供が戻ってきた。
子供の表情は明るい。どうやら印を付けて回っているうちに良いお手伝いができたと満足してくれたようだ。
「印をつけ終わりました。ボクも屋根の手伝いをしましょうか?」
「あ、それじゃあ屋根の修理全般を任せてもいいですか? 壁の方にも手をつけたくて」
「分かりました。ちょっと待っててくださいね」
ハルハンはそう言うと一度したまで降りていった。
肩に乗せていた子供を降ろし、お礼として小さな飴を手渡す。
子供も満足したのだろう。ハルハンに手を振って庭先へと走って行った。
「お待たせしました。ここはボクにお任せ下さい」
ハルハンはジープから資材や消耗品を受け取り、修繕準備を整えていく。
「ここが終わったら壁の修復も手伝いましょうか?」
「あ、それなら食事のほうを手伝ってほしいです」
食事には共に来た冒険者があたっている。一人では大変ですから、とジープは続けた。
「分かりました。ここが終わったら食事の手伝いにも行きますね」
「よろしくです」
ジープは屋根の修理をハルハンに任せ、壁の修復のために下へと降りた。
木材の壁はどこもガタがきているのだろう。
隙間がかなり目立ち、中には穴のように崩れてしまった箇所がある。
このままでは風だけではなく、害虫害獣が通り抜けてしまうだろう。
「木材だけでなく……よりはスタッコで塞いだほうがいいかな?」
スタッコは優れた建築材料だ。石灰があれば粘土や砂と混ぜ合わせ、強度の高い外壁を作ることができる。
施工期間が一日しかないので綺麗な色合いまで整えるのは難しいが、水や風に強い壁が手に入るのだからそこは我慢してもらおう。
ジープは鼻歌交じりで木材の壁にスタッコを塗り込んでいく。
乾くまで時間を要するが、一度乾いてしまえばかなり長持ちしてくれる材質だ。
一人でここを切り盛りしているシスターメアリーの助けにもなってくれるだろう。
「あとは、扉の立て付けとか、床のきしみなんかも見ておきたいですね。でも……軽微なものなら後回しでも良いかも」
暮らしの水準を上げるのであれば、やはり寒さや安全対策が優先だろう。
ジープがどこを重点的に修理していくか悩んでいると、物珍しい顔で子供達が寄ってきた。
「これ壁になるの?」
指さしたのはスタッコが入った桶だ。どうしてドロドロしたものが壁になるのかピンと来ないようだ。
「そうですよ。乾くと、とっても丈夫になるんです。これで寒い思いをしなくても大丈夫ですよ」
ジープがえっへんと胸を張ると、子供の表情が輝いた。
「ほんと? 寒いときはたいへんなんだ……」
「うん、しっかり直してあげるね。だからもうちょっと離れてくれると嬉しいな」
ジープがやんわり移動を促すと、子供達は「うん」と小さく呟き、少しだけ距離を置いた。ほんの一歩である。
注意通り離れてはくれたが、それ以上下がることはなかった。
何か期待する眼差しをこちらに向けている。
「……もしかして一緒にあそびたいのかな?」
ジープが問えば、子供達はうんうんと大きく頷いた。
「じゃあ後で一緒に遊ぼうね!! 実は修理道具以外にぬいぐるみも買ってきたのです、ご主人様には内緒ですけど……夕ご飯までには終わらせるから待っててね」
ジープが内緒ですよ。と続ければ、子供達は人差し指を口元に当て「ナイショ」と言ってその場から楽しそうに去って行った。
「ふふ、何して遊ぼうかな~? それに晩ご飯も楽しみです」
ジープは一緒にやってきた仲間の顔を思い浮かべた。
夕飯は仲間が振る舞ってくれる。今日の御飯はなんだろうか。子供達も気に入ってくれるだろうか。
そこまで考え、首を振るう。
今は楽しみを取っておいて修理に集中しなければならない。
このままのんびりしていたら中途半端に終わってしまうかもしれないのだから。
「よーし、頑張ります!!」
ご主人様にもらった命令を思い出し、ジープは小さく拳を突き上げた。
●
「ふぅ、屋根はこんな感じで大丈夫ですよね」
屋根の修理を終えたハルハンは小さく息を吐いた。
中々骨の折れる作業であったが、手を入れたお陰で雨漏りの心配はなさそうだ。
「さてと……後は食事ですね」
ハルハンは道具を全て下ろし、小さな厨房へとやってきた。
そこに居たのはユリである。
「お手伝いしに来ました」
「助かります、先ずはお昼ご飯を作ろうと思っていまして」
太陽はまだ東の空にいる。真上に来るまではまだ時間がかかりそうだが、今からという事は時間のかかる物を作るのだろうか。
「何を作るんですか?」
「お昼のサンドイッチと、夕ご飯用のソーセージを考えていまして」
ソーセージは時間こそ必要だが、手間としてはそれほど大変ではない。
今のうちに仕込んでおけば昼ご飯に出す事もできるだろう。
「あ、それなら……皆さんと一緒にしましょう」
「良いですね。そちらはお任せしても?」
「はい、大丈夫です」
ハルハンは外で遊んでいた子供達を呼び寄せ、小さな厨房に入ってもらった。
「今日は皆さんにも手伝ってもらいますからね」
言えば子供達は大きく頷いてくれた。
元々シスターの手伝いをしてきた子もいるのだが、中には初めて手伝う子もいるらしい。
「手伝いたいんだけど、シスターメアリーは忙しいから……あんまり教えてもらえなかったんだ」
そう教えてくれたのは先ほど肩車をしてあげた子だ。
できる事が増えて嬉しい。そんな事を言いながら葉物野菜をちぎってくれた。
たどたどしい手つきのせいか形は不揃いだが、役に立ちたいという心持ちはとても立派だ。
「うんうん、これからは手伝ってあげるといいよ。あ、ソーセージの肉はゆっくり詰めてね。その芯は硬くて食べづらいから避けてあげてください」
ハルハンは子供達に基本的な料理を教えつつ、注意点を挙げていく。
食材について教えてあげれば今後も役立ててくれるだろう。そうすれば、ここを管理しているシスターメアリーの手伝いにもなる。彼女の負担も減るだろう。
「君たちも立派に働けてるんだよ。……だからいっぱい色々な事を学んでね」
ハルハンは笑顔で子供達を褒めながら、子供達の成長を願った。
●
「ではあちらは任せて……こちらは夕飯の仕込みをしておきましょうか。ふふ、最近はたくさんの料理を作る機会がなかったので久しぶりに腕が鳴りますね」
料理好きのユリはそう零し、ご主人様の言葉を思い出した。
『野営中ではできないようなおいしいのを作ってね』
仰せつかった任務はこうである。
元々乗り気ではなかったご主人様に少し無理を言って今回の任務を引き受けてもらった。
代わりに下されたこの命令だけは絶対に守らなければならない。
ご主人様の期待を裏切ることなく、満足のいく美味しいものを作る。
それがユリの任務である。
「メニューは……ホワイトシチューを作りましょう。あとは掃除……ですね。前職の経験が生きます、前職自体はトラウマですが……」
ユリはぶるりと身体を震わせた。
嫌な事は忘れてしまおう。今は料理を作って――。
ユリが段取りを考えていると、厨房には新たに数名の子供達がやってきた。
やや距離を置き、ユリやハルハン達の様子を窺っている。
「えっと……お腹が空きましたか?」
問えば子供の一人は困った顔で答えてくれた。
「あのね、チビたちのご飯とミルクが欲しいんだ」
子供のいう『チビたち』というのは孤児院の中でもより小さな子供、赤ん坊たちである。
数はそう多くないので依頼を持ち込んだシスターリグが対処しているらしいが、どうにも世話で手一杯となりミルクや食事の用意をしている間もないという。
「普段はどんな感じで用意しているのか教えて下さい」
「えっとね、ミルクが必要な子にはパンに浸してミルクだけを少しずつあげているんだ。食べられる子は……うん、パンがゆが多いかな」
「分かりました。それならば用意できます。……そうだ、あなたたちも赤ちゃんのお世話をしてあげてくれませんか?」
「あたしたちが?」
普段は手伝っても料理を運ぶくらいなのだろう。
子供達は明らかに困惑していた。
「慣れない事は大変ですよね。でも、助け合っていかなければなりません」
今はシスターメアリーが面倒を見てくれる。
だが、彼女は一人でここを切り盛りしているという。
万が一にでも彼女が倒れてしまえば……ここに居る子供達は大変な思いをする事になるだろう。
「私もできる事は手伝います。だからあなた達も手伝ってくれませんか」
ユリが柔らかく微笑めば子供達は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「うん、てつだうよ。なにをしたらいいの?」
「ではまず――」
ユリは赤ちゃん達の離乳食とミルク、それから浸す用のパンを用意してあげた。
子供達にそれを運んでもらい、赤ちゃんの面倒を見ているシスターリグに色々教えてもらうよう念を押した。
これで手伝いに対する意識も変わってくれるだろう。
そうすればこの孤児院はもっと良くなる。自分たちでできる事も増え、将来に繋がっていくのだ。
「……よし」
ユリは小さく頷き、大きな銅鍋を用意した。
持ち込んだバターを鍋の中に放り、小麦粉と牛乳を入れてから鉄製の三脚に乗せる。
少しずつふいごを使いながら火を立ててやり、火加減を調節するためにいくつかを脇へと避けた。火加減は見極めが難しい。均等に火が広がるよう丁寧に調節し、中身が焦げぬように混ぜていくと銅鍋の中身がトロトロとした液体へと変化していく。ホワイトソースのできあがりである。
「後は……野菜とソーセージを入れれば完成ですね」
ユリはちらりとハルハンの方に目を向けた。
子供達によるサンドイッチ作りは順調らしい。
不揃いなサンドイッチが木皿の上にたくさん並んでいた。
ソーセージの方も殆どできたようだ。後は風にあててあげればシチューに入れることができる。
「あの、おねえさん」
子供の一人がサンドイッチの乗った木皿を持ってきた。
「これおねえさんに食べて欲しくて……」
「ありがとう、頂くわね。……そうだわ、それを持っていって欲しい場所があるのだけれど」
ユリは子供達に頼み、サンドイッチの皿をいくつか用意してもらった。
●
「報酬少ないし、あんまり気乗りはしないのよね」
そう零したのはナタリア・サフィエリだ。
「うちの子たちが張り切っちゃってやりたがるし……まぁ、結局依頼を受ける事にしたのは私だけど」
ジープとユリの頼みを聞き入れ、いざやってきたものの、当のナタリアは何をするか未だ決めかねているところであった。
とりあえずとして二人には食料や調味料の買い付け、大工仕事を任せてはみたものの……。
「手持ち無沙汰なのよねぇ」
現場にいながらも何もせず散策をしているだけでは恰好がつかない。
ナタリアはふらふらと孤児院を探索し、とある部屋で足を止めた。
「……ふーん、本は結構あるのね」
立ち寄ったのは小さな図書室だ。
大きな書架には年代やジャンルがバラバラの書物が並べられている。
どの本も古いが、それなりには読まれているようだ。
「おねえさんも本を読みに来たの?」
そう尋ねたのは図書室に居た男の子だ。
よくみれば室内には幾人かの子供達が間隔を空けて本を読んでいる。
「あんた字は読めるの?」
「ううん、でも絵が綺麗だから見ているんだ」
ほら、と男の子は一冊の本を差し出した。
よくある絵本の一つである。ページの半分に絵が描かれており、残り半分は文章が敷き詰められていた。
「ここって字を読める子はどのくらいいるのかしら」
「うーん、半分……もいないかな」
となると、室内にいる他の子供も文字を読んでいるか怪しいときたものだ。
男の子と同じく、絵だけを見ている可能性もある。
「……ふーん」
ナタリアは男の子の本を取り上げる。
近くのテーブルにつき、男の子を手招いた。
「ここの字は『月が昇る頃』って書いてあるのよ」
「え、そうなんだ。だからお月様の絵が大きいんだね」
男の子は嬉しそうに絵と文字を見比べていた。
「あんたの名前は?」
「ダージェ」
「その発音だと……こう書くわね」
ナタリアは持っていたメモ紙にダージェの名前を書き連ねる。
「この字は覚えておきなさい、名前を書くっていうのは大事なことよ」
ほら、とナタリアはメモを男の子に手渡した。
「ボクの名前……じゃ、じゃあこの文章は?」
「それは『夜の湖畔』」
「これは夜って読むんだ。じゃあこっちも夜だね」
「そうよ。同じ文字を探しながら覚えていきなさい。文字の読み方さえ分かれば、それを手がかりに他の文章も読み進められるでしょう。分からなければ辞書も引きなさい」
ナタリアは書物の群れから辞書を取り、男の子に渡してやった。
「おねえさん文字を教えてくれるの?」「アタシの名前を書いて!!」「これなんて読むの?」
いつの間にかナタリアの周りには子供達が集まっていた。
「待ちさない、順番よ」
ナタリアは一人一人の面倒を見ながら臨時教室を開いた。
気がつけば図書室に居た子だけではない。よそからも子供達が集まり、ナタリアに教えを請うていた。
「質問攻めは疲れるわね……二人とも大丈夫かしら」
ナタリアはふぅ、と息を吐いた。
ジープには重労働を、ユリには大人数の食事を任せていた。
二人も子供の世話に追われていないだろうか。ナタリアは少しだけ彼女らが心配になる。
「はぁ……疲れてきたから余計なこと考えてきちゃった」
ナタリアがかぶりを振ると、図書室には新しい子供がやってきた。
その手にはサンドイッチの皿が握られている。
「冒険者のお姉さんたちとつくったの。良かったら食べてね」
ナタリアの前に子供達が作ったサンドイッチが置かれた。
どれも形は不揃いで具材の偏り具合が凄く、溢れているもの数多くあった。
あまり美味しそうには見えない。しかし、監修者がいたのならばそこまで酷いものでもないだろう。
ナタリアは崩れそうなサンドイッチを手に取った。
一口含めば、瑞々しい野菜と加工肉の味わいが広がっていく。
「悪くないわよ」
ナタリアが呟けば、運んでくれた子供達はキャッキャと声を上げる。
「でも形はもう少し整えたほうがいいわ。分からなければ周りの大人に聞きなさい」
「うん、わかった!!」
「さ、あんた達も食べなさい。食べたら文字の練習……もいいけれどエーテルについても教えてあげるわ。エーテルの流れが見える子はいるかしら?」
ナタリアが問えば、子供達は嬉しそうに手を上げ、彼女の教えてくれる知識を喜んで吸収していった。
●エピローグ
日は暮れ、ランプに明かりが灯る頃。
シスターメアリーは孤児院に戻ってきた。
既に冒険者の姿は無い。子供達が眠りについたのを見て、シスターリグに後の事を任せて去って行ったようだ。
「リグ、今日はどうでしたか」
「良い感じだったぜ。冒険者の残していったシチューもあるから食っちまいな」
リグ・ウィジャン・アウスシュタッテンは昼間とは違い、粗野な言葉遣いでシスターメアリーの言葉に応える。
彼女も慣れているのだろう。リグの言葉遣いには触れず、本題を切り出した。
「やはり寄付は頂けませんでした」
「街の財政、そんなにやばかったか?」
「いえ、変わりはありません。ですが……みな、口を揃えて言うのです」
悪いがアンタの所へは寄付をできない、と。
「へぇ、どういう心変わりかねぇ」
街の住民はいつだって孤児院に優しく接してくれた。
寄付だけではない。温かい言葉や物資の提供までしてくれたほどだ。
それが徐々に途絶えてしまったのだ。
「……私達は、これからどうすればいいのでしょうか」
シスターメアリーは悲痛な面持ちを浮かべた。
このままでは年を越すのも難しくなってしまう。
そうすれば子供達はどうやって生きていけば良いのだろうか。
「メアリー、それ以上考えるんなら明日にしな。寝て、起きて……それでも気になるってんなら……あたしがまた依頼を出しにいってやるからよ」
マスターコメント
ショートEX易しい 報酬:少ない6 / 6〜10人
2021年08月05日 21時11分40秒 公開
相談掲示板
グレイブ・ヤードです。 子供の相手でよろしければ多少は 力仕事もお手伝いしましょう
ハルハン・ツァガーンナルです 子どもたちのお世話と、孤児院の修繕、頑張りましょう! 人が増えたら、子どもたちのお世話と、修繕と。手分けできたら良いですね。
大人が見られない分、子供たちの相互協力も欲しいものですね・・・。 これについては難しい面もあるかと思いますが、13歳(最年長)であれば多少は動けないかと思っています。 ・・・まぁ、事情を鑑みれば大人の言うことを受け入れづらいとは思いますが
難しい点は「あくまで一日」という点ですねえ。 ・補修についても一時的なものが限度? ・掃除はなんとかできるかもしれない ・子供たちは多種多様 ・・・ほんと人手が欲しいところですね。
子どもたちの協力は、一日だと難しそうですね 補修は、優先順位をつけて、必要最低限はできたらいいのですが 建築やそれに関したスキルがあると、良さそうですね 人手があれば、それだけ自由にできますが、人数集まらなかったら出発できない。でしょうか
ナタリア・サフィエリとその仲間たち、お邪魔させてもらうわね。 で、入ったわいいけどあんまりできる事思いついてないのよね。 子供たちのお守りって方面なら多少はできるかなって程度なんだけれど、何か考えてみるわ。 なにか意見があったら、ちょっと言ってみてほしいわ。
お邪魔させてもらうわね、おねえさんはシーフのエミリアっていうわ、よろしくね。 おねえさんは舞踏と教導あたりで、遊び相手をしたり、簡単な読み書き…自分の名前とか簡単な計算とか教えれればーとか思って入らせてもらったわ。
あぁ、人がいらっしゃるのであれば・・・ 〇子供関係 ・文字の読み書き、筆算 シスターメアリーもいますので、筆記用具の提供で以後も続けることはできそうです。 ・舞踏など運動系 体力作りは大切だと思いますので、簡単な体操でも続けられる形にできればいいかなと思います。教導で正しいフォームとか教えやすそうですね。 ・倫理的なお話 事情を鑑みてですが、自衛にもなるお話程度は必要かもしれません。こんな詰まらない話は不要であることに越したことはありませんけどね。 ・乳飲み子らの対応 多分一番難しい。経験者が教導できるといいと思う一番の場所。専門的なものが一番必要かなと思ってます。 ・他 今はまだ思いつきませんが、警戒をとくなにかはあったほうがいいのですかね 〇孤児院関係 ・破損個所修理 天井等、重要箇所が優先される?外側に面した場所から直すべきか。 ・掃除 衛生環境が悪いと体調を崩しやすいため ・そのほか 何らかの形で寄付以外の収入源が作れればいいんですけどね。 お金じゃなくても、食料とか。
もう時間的猶予あんまりないから、今から私達3人の行動を細かく書いていくつもりだけど。 とりあえずおおざっぱな方針だけおいておくわね。 ・ナタリア まず私だけど、子供達のお世話ってことで勉強させてみようと試みるわ。 読み書きは普段からかなりの量こなしているから自信あるのよね。 まぁ、どの程度の教育レベルか分からないけど自分の名前を書けるようになったり、十の位の足し算引き算くらいができるようになるの様にって想定で動くわ。 あとはまぁ、魔法の素質とかある子がいたら生活魔法の初歩とか教えれたら面白いかも。 ・ユリ シスターメアリーがどれくらい留守なのかによるけど、昼食や夕食作りに精を出してもらうわ。 彼女なら有り合わせのものでもそこそこ以上のものは絶対作ってくれるはずよ、離乳食やミルクなんかも作れると思うけど、だからと言って乳母の真似事までできるかは分からないわね、一応できそうならやってもらうけど。 あとはまぁ、掃除なんかも含めた家事全般やってもらおうかしら、希望する子がいるならその子に教えながらとかできるかもね。 ・ジープ 私達のなかでは荷物持ちや野営係として頑張ってもらってるわ。 力持ちなのもあって、当日は補修作業などをやってもらう予定。 付け焼き刃なのは重々承知だけど、補修の参考書みたいなものを前日から読んでもらってそれでやってもらうわ。 ユリもそうだけどジープは私からの指示は何がなんでもやり遂げようとする意思が強いから、そこに期待するわ(ヤンデレLv2)。
具体的な内容としては主に孤児院関係(修理と掃除)を中心に組んでみました。 なお、私一人ではなく「孤児院の子供らと一緒に」という内容です。 自分の手で出来る、というのは経験と自信、自尊につながりますしね。 また、「子供の将来の希望」について聞き、後ほどシスターメアリーに伝えたいと思っています。 ・・・中々お世話になっている人に、今の孤児院の状況を見るととても言えないというものもありそうですしね。
遅くなりました! ボクは、孤児院の修繕でも、天井や屋根。 子供たちやシスターメアリーでは手の届かない場所を直す方で書いておきました あとは、緊張を解すために遊んだり、一緒に料理する手伝いをする感じです。