【学乱】戻らねど 移ろい 惑い 足掻き 溺れ
ムジカ・トラス
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シナリオID:894
オープニング
「……これで、確認もとれた」
パンクリアース学園の専科棟の一室に、吐息のような声が落ちた。
畏れと疲労が滲んだ声であった。声の主は、白犬のハーフビーストである。年の頃にして15程度。痩せた身体の傍らには、いくつもの植物が並ぶ。錬金系の教師に頼み込み、熱意を買われてあてがわれた一室は、彼にとっては一城に等しいものだった。あるいは、砦といってもいい。
その一室の扉が、ぎいと音を立てて開いた。
「結果は出たかな、デル」
「グリスワルド先生」
入ってきたのはヒューマンの男性だった。生まれの高さを表すように、ローブのところどころには刺繍があり、着崩れもしていない。グリスワルドは、貴族という生まれではありながら、王党派の教師である。
「ええ、出ました。やはり、規則性はたしかなものだと言えそうです」
「そうか」
言葉とは裏腹に、デルと呼ばれた少年――デルクリウスの表情は硬い。少年の横顔を伺いながら、グリスワルドは苦笑をこぼす。
「大発見だろうに、浮かないね」
「……成果がでたことは嬉しいです。ですが」
デルクリウスは手元の羊皮紙を見つめ、呟いた。
「僕は、この成果を報告するべきなのでしょうか」
「……残念ながら、そうだろうね」
グリスワルドは苦笑を崩さずに、こう続けた。
「だが、急ぐ必要はないかな。君のこれは私の目から見ても先進的に過ぎるし……時期も、良くない。学園は最近荒れているからね。私の保身という点で考えても、そう思うよ」
「例の……学園長就任、ですか。僕にはよくわからないですが……先生のお立場は、分かります」
頭を振ったデルクリウスを、しばし静かに見つめていたグリスワルドであったが、
「とまれ、心情、折り合いの問題であるならば、私は答えを持ち合わせていない。父君のことは、私だって痛ましく思っているからね。……だから、納得するまでは悩んだらいいさ。こういう研究をしている人物に心当たりはないし、仮にいたとしても、君にとっては問題はないわけだしね……そうだ!」
さも、良案を思いついたように手を叩く。
「せっかくだし、冒険者兼聴講生の人々に聞いてはどうかな。彼らは学園関係者であると同時に、冒険者であり、ギルドの規約下にある」
「冒険者……」
「君にとって、いい話が聞けるかもしれないしね。どうだろうか?」
●
パンクリアース学園内の教室の一つ。
他言厳禁の依頼を受けて集まった冒険者たちに向け、白犬のハーフビースト、デルクリウスは口を開く。
「集まってくれてありがとう。僕はデルクリウス。この学園の4年生で、グリスワルド先生のもとで主に学んでいる。さて、早速だけど、僕の話を聞いてほしい」
そう言って、いくつかの『さやに収まったままの豆』と、いくつもの籠を取り出すと、それらを教壇に並べていく。籠にはなんらかの生き物が入っているらしく、忙しなく動き回っている気配がする。
「君たち冒険者には、色々な出自の者たちがいると聞いている。だったら、混血児についても見たことはあるんじゃないかな。ゴブリンを除いて、我々人類は混血をした場合でも、必ずどちらかの性質しか受け継がれない」
理解を待って、続ける。両の手で一本ずつ指を立てて交差させる。
「稀ではあるけれど、関連するもので先祖返り、というものがある。親同士はヒューマンなのに、ハーフビーストの子が生まれてしまう、みたいなものだね」
婚姻、出産の流れを指で描きながら、
「これが例えばリーンエス王国でおこると、困ったことになる。貴族の子としてヒューマン以外が生まれた場合、その家は貴族として立ちいかなくなることが通例だ。これにはその子孫に渡り、他種族が生まれてくる可能性があることが大きい。他家との婚姻は成らず、貴族としての振る舞いはたちまち困難になってしまう……のは、まあ想像できるかな。王国の貴族社会は、ヒューマン至上主義だから、ということで飲み込んで欲しい。ともあれ、本題はこれからだ」
そうしてまた、一つずつ指を立てながら、続けた。
「僕たちは普通、多かれ少なかれ、『親』の性質を受け継いでいる。種族もそう。顔つきもそう。毛質……髪質とかもそうかな。卑近な例だと胸の大きさや毛の薄さとかもあるだろうね。そんなの当たり前だって? そう、当たり前なんだよ」
ささやくように、言う。
「種族の混血がどう現れるか以外は、ね」
―・―
「僕がしていたのは、平たくいえば『先祖返り』の研究なんだ。先祖返りはなぜ起こるのか。それは本当に混血によるものだったのか、とか。そこで、最初に黒いネズミと、白いネズミを交配させてみた。最初は茶色いネズミが生まれたんだけど、それを色々組み合わせてると、ものすごく少ないけれど、もとの黒いネズミも白いネズミも生まれたりもした。ほとんどは茶色だったけどね」
そういって籠をひらくと、そこには3種類のネズミがばらばらに収められていた。
「もう一つ。このサヤを剥いてほしいんだけど……そう。さっきのネズミと同じように、入っている豆の色がバラバラだろう? こういうことを通して、『受け継がれるコト』にはいくつかの決まりごとがあるって解ったんだ」
そうしてデルクリウスは困り顔で、「ちょっと難しかったかもしれないけれど」、と言いおいて、
「僕が知りたかった事実を簡単にまとめると、『先祖返り』は、その種族の血が入っていた可能性が限りなく高い。でも、それが引き継がれ続ける可能性は、代を追うごとにどんどん少なくなっていくことに裏付けがとれたんだ。種族の混血に関わる要因は……多分、ゴブリンの例をみてたらそれなりにたくさんあると思うんだけど、それでも、6代ぐらいかければ相当少なくなる、と思う。理屈の上ではね」
一息に告げ、そうして深く、ため息を吐く。
「……勘がいい人は解ったかもしれないけれど、僕も貴族に生まれた混血児だ。嫡子として、正妻との間に生まれたのがハーフビーストの僕だった。幼少期は父母のもとで過ごせたけれど、周囲の貴族たちに感づかれてから風評が立ってね。王家の計らいで貴族の末席に名を連ねてはいられるけれど、正室には別な女性があてがわれたよ。僕がこの研究に着手したのは、それが誤りだったのではないかという願いもあったんだ。……だからこそ、悩んでいる。僕は、この成果を公表すべきかどうか、を」
両手。ヒューマンのそれとは似ても似つかぬ爪。研究の邪魔だと短く毛を刈った腕を見つめる。
「この研究成果は、意義があるものだと思うよ。でも……でも、僕の存在は、全く救われることはなかったんだ。望まれず生まれてしまった先祖返りの子は、血の選別のために確実によりわけられることになる。法則が見つかったとしても、産んだ両親だって、そういう目にあうだろう。だったら、両親の苦悩も、両家の混乱も、全て正しく救いようはなかったことになる。僕や、僕のような人間や母さんが、ちゃんとした立場であの家に残れた可能性は文字通りなくなってしまう」
デルクリウスは微笑みを湛えていた。引きつりながらも。
「……調べれば調べるほど、僕が望んでいた結果は得られなかったよ。この成果は僕にとっては不要なものだった、と。そう思えて仕方がないんだ。だから……」
ぽつり、と呟いた。
「思うことでも、感想でも、体験したことでも、友人達のことでもなんでもいい。君たちの話を聞かせてくれないかな。……僕は出不精で、研究ばかりしていたから、周りのことを知らない。ただただ疲れてしまって、自分がどうしたいかすらも決めかねているんだ」
パンクリアース学園の専科棟の一室に、吐息のような声が落ちた。
畏れと疲労が滲んだ声であった。声の主は、白犬のハーフビーストである。年の頃にして15程度。痩せた身体の傍らには、いくつもの植物が並ぶ。錬金系の教師に頼み込み、熱意を買われてあてがわれた一室は、彼にとっては一城に等しいものだった。あるいは、砦といってもいい。
その一室の扉が、ぎいと音を立てて開いた。
「結果は出たかな、デル」
「グリスワルド先生」
入ってきたのはヒューマンの男性だった。生まれの高さを表すように、ローブのところどころには刺繍があり、着崩れもしていない。グリスワルドは、貴族という生まれではありながら、王党派の教師である。
「ええ、出ました。やはり、規則性はたしかなものだと言えそうです」
「そうか」
言葉とは裏腹に、デルと呼ばれた少年――デルクリウスの表情は硬い。少年の横顔を伺いながら、グリスワルドは苦笑をこぼす。
「大発見だろうに、浮かないね」
「……成果がでたことは嬉しいです。ですが」
デルクリウスは手元の羊皮紙を見つめ、呟いた。
「僕は、この成果を報告するべきなのでしょうか」
「……残念ながら、そうだろうね」
グリスワルドは苦笑を崩さずに、こう続けた。
「だが、急ぐ必要はないかな。君のこれは私の目から見ても先進的に過ぎるし……時期も、良くない。学園は最近荒れているからね。私の保身という点で考えても、そう思うよ」
「例の……学園長就任、ですか。僕にはよくわからないですが……先生のお立場は、分かります」
頭を振ったデルクリウスを、しばし静かに見つめていたグリスワルドであったが、
「とまれ、心情、折り合いの問題であるならば、私は答えを持ち合わせていない。父君のことは、私だって痛ましく思っているからね。……だから、納得するまでは悩んだらいいさ。こういう研究をしている人物に心当たりはないし、仮にいたとしても、君にとっては問題はないわけだしね……そうだ!」
さも、良案を思いついたように手を叩く。
「せっかくだし、冒険者兼聴講生の人々に聞いてはどうかな。彼らは学園関係者であると同時に、冒険者であり、ギルドの規約下にある」
「冒険者……」
「君にとって、いい話が聞けるかもしれないしね。どうだろうか?」
●
パンクリアース学園内の教室の一つ。
他言厳禁の依頼を受けて集まった冒険者たちに向け、白犬のハーフビースト、デルクリウスは口を開く。
「集まってくれてありがとう。僕はデルクリウス。この学園の4年生で、グリスワルド先生のもとで主に学んでいる。さて、早速だけど、僕の話を聞いてほしい」
そう言って、いくつかの『さやに収まったままの豆』と、いくつもの籠を取り出すと、それらを教壇に並べていく。籠にはなんらかの生き物が入っているらしく、忙しなく動き回っている気配がする。
「君たち冒険者には、色々な出自の者たちがいると聞いている。だったら、混血児についても見たことはあるんじゃないかな。ゴブリンを除いて、我々人類は混血をした場合でも、必ずどちらかの性質しか受け継がれない」
理解を待って、続ける。両の手で一本ずつ指を立てて交差させる。
「稀ではあるけれど、関連するもので先祖返り、というものがある。親同士はヒューマンなのに、ハーフビーストの子が生まれてしまう、みたいなものだね」
婚姻、出産の流れを指で描きながら、
「これが例えばリーンエス王国でおこると、困ったことになる。貴族の子としてヒューマン以外が生まれた場合、その家は貴族として立ちいかなくなることが通例だ。これにはその子孫に渡り、他種族が生まれてくる可能性があることが大きい。他家との婚姻は成らず、貴族としての振る舞いはたちまち困難になってしまう……のは、まあ想像できるかな。王国の貴族社会は、ヒューマン至上主義だから、ということで飲み込んで欲しい。ともあれ、本題はこれからだ」
そうしてまた、一つずつ指を立てながら、続けた。
「僕たちは普通、多かれ少なかれ、『親』の性質を受け継いでいる。種族もそう。顔つきもそう。毛質……髪質とかもそうかな。卑近な例だと胸の大きさや毛の薄さとかもあるだろうね。そんなの当たり前だって? そう、当たり前なんだよ」
ささやくように、言う。
「種族の混血がどう現れるか以外は、ね」
―・―
「僕がしていたのは、平たくいえば『先祖返り』の研究なんだ。先祖返りはなぜ起こるのか。それは本当に混血によるものだったのか、とか。そこで、最初に黒いネズミと、白いネズミを交配させてみた。最初は茶色いネズミが生まれたんだけど、それを色々組み合わせてると、ものすごく少ないけれど、もとの黒いネズミも白いネズミも生まれたりもした。ほとんどは茶色だったけどね」
そういって籠をひらくと、そこには3種類のネズミがばらばらに収められていた。
「もう一つ。このサヤを剥いてほしいんだけど……そう。さっきのネズミと同じように、入っている豆の色がバラバラだろう? こういうことを通して、『受け継がれるコト』にはいくつかの決まりごとがあるって解ったんだ」
そうしてデルクリウスは困り顔で、「ちょっと難しかったかもしれないけれど」、と言いおいて、
「僕が知りたかった事実を簡単にまとめると、『先祖返り』は、その種族の血が入っていた可能性が限りなく高い。でも、それが引き継がれ続ける可能性は、代を追うごとにどんどん少なくなっていくことに裏付けがとれたんだ。種族の混血に関わる要因は……多分、ゴブリンの例をみてたらそれなりにたくさんあると思うんだけど、それでも、6代ぐらいかければ相当少なくなる、と思う。理屈の上ではね」
一息に告げ、そうして深く、ため息を吐く。
「……勘がいい人は解ったかもしれないけれど、僕も貴族に生まれた混血児だ。嫡子として、正妻との間に生まれたのがハーフビーストの僕だった。幼少期は父母のもとで過ごせたけれど、周囲の貴族たちに感づかれてから風評が立ってね。王家の計らいで貴族の末席に名を連ねてはいられるけれど、正室には別な女性があてがわれたよ。僕がこの研究に着手したのは、それが誤りだったのではないかという願いもあったんだ。……だからこそ、悩んでいる。僕は、この成果を公表すべきかどうか、を」
両手。ヒューマンのそれとは似ても似つかぬ爪。研究の邪魔だと短く毛を刈った腕を見つめる。
「この研究成果は、意義があるものだと思うよ。でも……でも、僕の存在は、全く救われることはなかったんだ。望まれず生まれてしまった先祖返りの子は、血の選別のために確実によりわけられることになる。法則が見つかったとしても、産んだ両親だって、そういう目にあうだろう。だったら、両親の苦悩も、両家の混乱も、全て正しく救いようはなかったことになる。僕や、僕のような人間や母さんが、ちゃんとした立場であの家に残れた可能性は文字通りなくなってしまう」
デルクリウスは微笑みを湛えていた。引きつりながらも。
「……調べれば調べるほど、僕が望んでいた結果は得られなかったよ。この成果は僕にとっては不要なものだった、と。そう思えて仕方がないんだ。だから……」
ぽつり、と呟いた。
「思うことでも、感想でも、体験したことでも、友人達のことでもなんでもいい。君たちの話を聞かせてくれないかな。……僕は出不精で、研究ばかりしていたから、周りのことを知らない。ただただ疲れてしまって、自分がどうしたいかすらも決めかねているんだ」
解説
パンクリアース学園4年生のデルクリウスに、思ったところをお話ください。
●状況
貴族の間に生まれたデルクリウスは、自身がハーフビーストであったが故に生家が大変な目にあい、彼自身も苦労を強いられてきました。
事実上貴族としての振る舞いはできていませんが、学園で学ぶことを許され、入学しています。
デルクリウスは自身の生まれについて検討するべく、両親の知人でもあるグリスワルドのもとを訪ね、学び、研究をはじめたようです。
デルクリウスが発見したことは、これまで漠然と理解されていた「遺伝」について、その法則をきっちりと整理し、遺伝学の祖とも言える重要なものですが、一方で、彼自身の生い立ちや現状を変える手立てには一切なりませんでした。
このことにデルクリウスは自傷された形となって視野狭窄中。一方で、貴重な発見であることも解っていることから、その扱いに惑うています。
デルクリウスが最終的にどのような結論を出すかは定まっていません。
このシナリオでは、「この成果を報告する」「報告しない」という結論がこの依頼の成否/成功度に関わることはありません。
冒険者のみなさまの、みなさまらしい言葉をかけていただけたら幸いです。
●つまり
「遺伝」は法則ですが、受け継がれるものはそればかりではないはず。
PCの皆様は何かをかたり、デルクリウスは聞き役に立つ、という構造です。
基本的に1:1での対話となります。
デルクリウスは批評したりもしないですし、自分を翻意させたり納得させてくれと言っているわけでもありませんので、どうぞお気軽にご参加ください。
●その他
「遺伝」をモチーフにしている話ですが、理解は不要です。
今回扱っているような内容について効率よく調べたい、知っておきたい方は、以下を参照ください。
・「メンデルの法則」:遺伝学の入り口。デルクリウスが見つけた法則はこちらに準じます。
・「バッククロス(戻し交配)」:ある生物の特性を別な生物に引き継がせる、交配の方法論です。
マスターより
お世話になっております。ムジカ・トラスです。
めんどくせえ男だなあと思いましたか? そうですね!
でも「これ言われたらキレる地雷」とかはないので安心して踏み抜いていってください!
アニエピカでハーフエルフとかがいない設定を考えたときからやりたいなーと思いながら過ごしていたので、弓月MSが主幹を担当してくださった【学乱】にあわせてリリースさせていただきました。
結果によって、すこしだけ、今後のアニエピカストーリーに影響が加わります。
思いの丈や、思い出話、生い立ち、今こそ革命の時! などなど、キャラクターらしさあふれるお話が書けたら良いなあと思っております。
よろしければどうぞ!
リプレイ
●
「デルクリウス殿ォ!」
バァン! と戸が開き、パァン! と音を立てて閉じられた。それに伍する大音声が室内で弾ける。
「私は今、非常に感動しています!!」
飛び込んできた男、名をハリス・アル・ターミルという。農業と戦場で培われた大喝が、デルクリウスに叩きつけられた。
ハリスは今、このとき、農家の代弁者であった。農業と畜産にも転用可能な法則に、ターミル魂、否、リザードマン魂に火が灯る。
「いずれ有用な形質を選んで発現させることもできましょう。作物であれば、美味と病害への強靭さを備えたもの……家畜ならばより早く、より大きく育つもの……」
すでに、ハリスの脳内では候補が無限に浮かんでいるのであろう。熱弁も止まない。
「これが傷ついた世の人々にどれ程の恩恵になるか! 今は濃厚や畜産も覚束ないような環境にも適応できる種が作れる可能性もあるのです!」
「……」
顔と言葉の圧に押され、デルクリウスは何も言えずに引いていた。
これが、農家と研究者の距離感だった。
―・―
望む形質を有する種を生み出そうとするならば、茫漠な施行と、
「選別が必要になるけど、君の論は正しいね」
と、デルクリウスは言う。ともすれば、数百年というレベルで新種の開発が早まる可能性すらある。そうなれば、防げる悲劇があるはずだ、とも思う。
ハリスは語気を落として、こう告げた。
「……私は、『どう生まれたか』ではなく『どう生きたか、何を成したか』でこそ、人は測られるべきと考えます。己の意思で大花にも毒草にも転ずるのが人なのだと」
それがリザードマンの思想だ。家柄や、それに依る悲喜劇はどうにも馴染まない。
ただ、惜しんではいた。
事実は、事実だ。この研究の内容もそう。この研究に依る未来も、そう。
何より。
「この研究は紛れもなく貴方が成したもの。故に使い途は貴方が決めるべきです。ですが、何もせず闇に葬られれば……全て確実に『無』に転ずる。私はそれを惜しいと思う心を禁じ得ないのです」
デルクリウスの目を真っ直ぐに見つめたハリスの瞳には、悼みにも似た色があった。その選択を蔑ろにすることは決してしないと思わせる真摯も、また。
そのことにデルクリウスは、小さな声で感謝を告げた。
●
シニング・W・テュパラはどこか居心地が悪そうに頬をかいていた。学舎、という独特な気配がどうにも肌に馴染まない。眼前の
「これはまあ、ダチの話だけどさ」
―・―
一人の少女が、ハーフビーストの民族に生まれた。
時折生まれる白い虎は、神聖な子として扱われる風習があった。
神の加護があろう。強靭無比なる戦士となろう。
――これまでのように。
最初はよかった。武技を修めることはできた。
しかし、その身体は、一族の期待にかなうことは終ぞなかったのだ。
その爪も牙も、膂力も速度も。武威を示すに足る体躯も得ることはかなわなかった。
本人も希求したのだろう。その姿が、呼び水となったのかもしれない。
じきに期待は落胆へと変わった。部族の神威に陰りが差した。
「尾を切り捧げ、巫女とせん」
勇武はもはや求めまい。しかし、穢された神性を清めねばならない。
部族は、「彼女」を見ることはなかった。
だから。彼女は。
―・―
「そんでそいつは、アタシと路地裏で知り合ったって訳だ。んなとこ、いられねぇよな」
「そのご友人は、ご存命なのかな?」
「ああ」
それまで、フードの下で翳っていたテュパラの表情が微かに輝いた。少女らしい柔らかさと、強さを含んだ表情で。
「楽しくやってるよ」
「……それは、良かった」
「ま、お前とは逆だけど、生まれで苦労したって話だな。取り返しはつかねぇけど……白く生まれたって、特別でもなんでもないってことだろ?」
「ああ。例外は、無いこともないだろうけれど」
デルクリウスの頷きに、テュパラは微かに吐息をこぼす。
「ならまあ、ちょっとは減るのかもな。そういうのも。良い所も悪い所もなくなるから、一概に良いとは言えねぇけどな。それに……」
――もう、取り返しがつくものではない。
続く言葉は、胸中に留めることにした。
別段、誰かが救われるわけではない。
少女は路地裏から戻ることはない。あの落胆や失望が翻ることも無い。
故郷は彼女を顧みなかった。少女は、故郷を捨てた。
この知識が受け容れられたとしても、何も、変わることはない。
何より。
少女にはもう、居場所があるのだから。
だから、テュパラは。
「でも、結局いつかは誰かが暴くんだろうし、せっかくのもんなんだから、掲げてしまえばいいんじゃねぇの?」
本当に気軽な口調で、こう告げたのだった。
●
続いて、ハーフビーストの男が足を踏み入れた。少しばかり草臥れた表情や装いの割に、その物腰は丁寧で。
鵜鬱鷹 浩之と名乗ったハーフビーストは、デルクリウスと向かい合ったまま、深々と頭を下げた。両の手を太ももに置くその仕草は、シャルガネの流儀にならうもの。そのまま、続ける。
「貴方の研究のおかげで長年まことしやかに語り継がれておりました我が家の言い伝えの信憑性が高まりました」
―・―
シャルガネ風の名字のハーフビースト曰く。『鵜鬱鷹』には、本家がある。
「ワタシの祖先は、ヒューマンだったというものです」
遡ること6代前。本家、ヒューマン同士の夫婦の間にハーフビーストの子が生まれることとなった。乳飲み子は勘当され、乳母の養子となる。その際に本家の名字を与えたという言い伝えがあるのだという。
しかし、記録が残るわけでもない。家同士の繋がりが残っているわけでもない。あるのはただ、浩之たち、鵜鬱鷹の係累がハーフビーストとして生まれ、生きてきたという事実だけだ。
浩之が自分自身の半生を振り返っても、思う所はある。だからこそ、この話は「生まれがハーフビーストでなければ」と自身の境遇を嘆くような恨み言だと思ってもいた。単なる与太話の類だと。
それが有り得る話だったと今日、分かった。
浩之の心に降り積もった痛みや澱みは、長い年月を経ても残り続けている。ハーフビーストに対する差別を浴びてきたことは変わらない。
それでも、浩之はこう言った。晴れやかに。
「デルクリウスさんの研究のお陰でこの言い伝えもただの与太では無い可能性が出ました事を、嬉しく思います」
「……」
デルクリウスには、返すべき言葉が見つからなかった。この話が残りながらよも与太話だとせざるを得ない状況は、どれほどのものだっただろう。真実だったとするならば、その話は誰にとっての拠り所だったのかもしれない、とも思えた。
自己否定的だった。
それを笑って話せることが、デルクリウスには理解できなかったのだ。
「本当の所は結局わかりませんけど、それでもワタシの先代が嘘つきでは無かったと思える事は嬉しく……幼少期より他の方々に言われ続けていた事もこの研究成果によって少し報われた気がします」
最後に一つ、シャルガネ風のお辞儀をして、浩之は帰っていった。
晴れやかな顔つきを、決して崩すことのないままに。
●
依頼だからね、と。ルチル・プルメリア・グレイハーツはひと語り。金に見合う情報を下ろすのはルチルの流儀に適うものものだから、忌避感などあるはずもない。
「王国貴族は血統を重んじるきらいがある。この話もそんなよくある話だ」
――そいつの母は貴族の娘、父は異種族の旅人だったのさ。
―・―
種族も、身分も違う二人は仲良くなり、子供を身籠った。よくある悲劇だ。そして、二人はよくある結末を迎えた。
娘の親である貴族は怒り、旅人を謀殺。さらに外聞を恐れて娘を誰にも見えない場所へと幽閉した。
産まれたのがヒューマンであれば、という期待もあったのだろう。
「……ま、そうではなかったのかもしれないがね」
いずれにしても、そうはならなかった。母親は幽閉されたまま、赤子の処遇が問題となった。
『せめて、この子だけは』。
後顧の憂いを絶たんとした両親であったが、最終的には娘の願いを受け容れ、命を奪うことなく、捨てられることとなる。
「その子は今は幸せに暮らしているようだよ。『育ての親たちが優しかったから、自分が不幸とは思っていない』、とね」
母と引き離された子は、今もなお母が幽閉されていることを知っているそうだ。
そのうえで、産みの親のことを哀れとも思っているらしいとルチルは添えた。
―・―
これは、告発に似ていた。
毒だ、とも思った。甘く危険なそれ。
「思いのままに生きる事が何故否定されないとならないんだろうね?」
「……仕方がないだろう。ヒューマンではないからだ」
「アンタは理不尽を感じたから研究を進めたはずだろう?」
「……」
返す言葉もない。デルクリウスは、諦めたかったからこそ、研究に取り組んだのだから。
その様を見据えたルチルは語調を緩めて、静かに言う。
「せっかく出た成果だ。これを種に貴族社会で居場所を得てもいいし、貴族社会で得た居場所が全てでないと知ってもいいんじゃないかい。何にせよここで人生の広がる芽を断つのは早すぎる」
「……」
―・―
育てば、大木を揺らし得る。
仕組みの正しさは、ルチルにとっては考慮の外だ。
「抵抗を続ければいつしかアンタも報われるはずだよ。研究成果はそのための武器さね」
そもそも。
情報屋が情報を摘むなど、ありえるはずもない。
「なんなら、アタイも一枚噛もうか?」
「いや」
即答だった。
「今、君に関わると痛い目を見ると思う」
これにはルチルが笑わされる事となった。
●
「デルクリウスさんは、外の世界のことをご存知ですか?」
「……と、いうと」
ルアンナ・ミュラーの問いに面食らうデルクリウスだったが、続く言葉に合点がいった。
「今、世界では多種族の人々と交流する機会が多くなっています。授恵者が増えたこと、ビッグオウムでの輸送、帝国の崩壊……種族を跨いでの婚姻も、子供も増えていると思います」
世界はひらいている、と。ルアンナは告げていた。その帰結として、未来を示す。
「貴方のような事例はどんどん増えてきて、貴族も王家も、これを無視できなくなるんじゃないかな、と。私は思うんです」
―・―
「そもそも、自身が本当に純血のヒューマンであるかなんて、証明のしようがないですし、自分の家にも先祖返りの子が産まれる可能性だってあるわけですよね」
まさにその結果であるデルクリウスは苦い顔をした。
「……それでも、忌避するのが今の貴族社会だからね」
「だったら、いつか変わるんじゃないかなって……思うんです」
デルクリウスのような例が増えることは、あくまでも結果だ。社会の流れは、授恵者の増加を端緒として、加速度的に異種族同士の交歓を増加させる。
「……」
正直、引きこもりの研究者だったデルクリウスには全く無い視点だった。
「……本当に、異種族と子を為すのが増えるのかい」
時流が変わったとして、貴族に影響を与え得るのか、確信が持てなかった。
「え、そうですよ」
当たり前でしょう、と言われて少年は唸った。デルクリウスが自身の社会経験不足を痛感しているのを、ルアンナは、
――デルクリウスさん……さてはコミュ障ですね……?
と得心していた。
「ですので、私は未来で産まれる子供達の境遇が改善される可能性があるとおもっています。まあ……しばらくして落ち着いたら、が良さそうですけど」
ルアンナは現在の学園の状況と、少年に対しても配慮も有していたようであった。
―・―
ルアンナは最後に、自らの産まれについて告げた。
かつて自分が、ルアンナ・セラフィアスであった頃のこと。生家の所業からつながる、自らの半生を。
デルクリウスの秘密に応えるためでもあったが、彼の心の病理に適うと思ってのことだ。
生い立ちに傷があっても、居場所を見つけることができる。
そんな彼女が勧めたものは――。
「卓上遊戯部……」
「地位も種族も関係なく集える場所として、お勧めしますよ。気晴らしになりますから」
その後、デルクリウスが体験入部に向かったかどうかは、
●
「初めまして、デルクリウスさん。私はザザ=ステルヴィナ、今日は宜しくお願いするわ。そして――」
艷やかな微笑みを浮かべるザザの顔には、かすかな翳りが落ちていた。デルクリウスを見つめるその目にも、苦いものがあった。そこにわずかに沁みる畏れを、デルクリウスは見た。
直感が、確信に変わるころ。
「私も貴方と同じ、『取り替え子』……先祖返りよ」
ザザは髪をかきあげ、その両耳を曝した。
―・―
ザザの親兄弟は皆、ヒューマンだった。
そのなかで、ザザだけがエルフとして生を受けた。ザザの存在は、すぐさま不和の呼び水となった。
勿論、ザザも謂れなき扱いを受けた。両親も、兄弟も、誰も彼もが不幸になった。
ただ、ザザがエルフとして生まれただけ。
取り替え子であったというだけでザザの血族を取り巻く状況は激変し――その矛先はザザへと向けられた。
―・―
「本人も、周囲も、誰もが幸せにはならない存在……誰も悪い事はしていないのに、ね……」
「その気持ちは、痛いほど分かるよ。分かってしまった、とも言えるが」
「……そう。あなたも同じなのね」
自分がどうして、その種族として生まれてきたのか。
それを知ることを、どうしても希求してしまう。
「私たちの先祖には……どこかで、血が混じっていたのかしら?」
「それは、間違いないと思う。遠くなればなるほど、確率は低くなるけれど、そうでなければ、僕たちはこうして生まれるはずはなかった」
何かの間違いでこうして生まれることがあるのならば、まだ、良かった。
続く言葉を飲み込んだデルクリウスに、ザザは微笑を返す。
「……けれど、ルーツを知れたことで、少しだけ気持ちは楽になったわ」
「だとしたら、良かった」
絡む視線の中、先程まで沈みこんでいたものが、少しだけ取り除かれているように思えて。
「……本当に、良かったよ」
「一つ、聞きたいのだけど。異種族婚の場合、種族別に生まれる子供の確率とかは違ってくるのかしら」
「残念ながら、それについての答えを持ち合わせていないんだ。ただ」
「ゴブリンだけが、混血が可能なことが……気になるのよね。彼らは人類としては、私たちと違っていうと新しい、ということになるのかしら」
「ああ」
デルクリウスは、その白犬の顔をわずかに曇らせた。
「最初に言ったとおり、『ヒトの混血』だけが理屈に合わないんだ。そしてその理屈でいうと、ゴブリンは人類では、ない。君の考えている通りだと思う」
●
この日、デルクリウスは様々な言葉を、過去を、思いを聞いた。
研究の成果は学園の騒動が落ち着いたころにでも話したいと言い、冒険者たちと別れた。
――いつか、違う形で日の目を見ることもあるかもしれない。
「デルクリウス殿ォ!」
バァン! と戸が開き、パァン! と音を立てて閉じられた。それに伍する大音声が室内で弾ける。
「私は今、非常に感動しています!!」
飛び込んできた男、名をハリス・アル・ターミルという。農業と戦場で培われた大喝が、デルクリウスに叩きつけられた。
ハリスは今、このとき、農家の代弁者であった。農業と畜産にも転用可能な法則に、ターミル魂、否、リザードマン魂に火が灯る。
「いずれ有用な形質を選んで発現させることもできましょう。作物であれば、美味と病害への強靭さを備えたもの……家畜ならばより早く、より大きく育つもの……」
すでに、ハリスの脳内では候補が無限に浮かんでいるのであろう。熱弁も止まない。
「これが傷ついた世の人々にどれ程の恩恵になるか! 今は濃厚や畜産も覚束ないような環境にも適応できる種が作れる可能性もあるのです!」
「……」
顔と言葉の圧に押され、デルクリウスは何も言えずに引いていた。
これが、農家と研究者の距離感だった。
―・―
望む形質を有する種を生み出そうとするならば、茫漠な施行と、
「選別が必要になるけど、君の論は正しいね」
と、デルクリウスは言う。ともすれば、数百年というレベルで新種の開発が早まる可能性すらある。そうなれば、防げる悲劇があるはずだ、とも思う。
ハリスは語気を落として、こう告げた。
「……私は、『どう生まれたか』ではなく『どう生きたか、何を成したか』でこそ、人は測られるべきと考えます。己の意思で大花にも毒草にも転ずるのが人なのだと」
それがリザードマンの思想だ。家柄や、それに依る悲喜劇はどうにも馴染まない。
ただ、惜しんではいた。
事実は、事実だ。この研究の内容もそう。この研究に依る未来も、そう。
何より。
「この研究は紛れもなく貴方が成したもの。故に使い途は貴方が決めるべきです。ですが、何もせず闇に葬られれば……全て確実に『無』に転ずる。私はそれを惜しいと思う心を禁じ得ないのです」
デルクリウスの目を真っ直ぐに見つめたハリスの瞳には、悼みにも似た色があった。その選択を蔑ろにすることは決してしないと思わせる真摯も、また。
そのことにデルクリウスは、小さな声で感謝を告げた。
●
シニング・W・テュパラはどこか居心地が悪そうに頬をかいていた。学舎、という独特な気配がどうにも肌に馴染まない。眼前の
「これはまあ、ダチの話だけどさ」
―・―
一人の少女が、ハーフビーストの民族に生まれた。
時折生まれる白い虎は、神聖な子として扱われる風習があった。
神の加護があろう。強靭無比なる戦士となろう。
――これまでのように。
最初はよかった。武技を修めることはできた。
しかし、その身体は、一族の期待にかなうことは終ぞなかったのだ。
その爪も牙も、膂力も速度も。武威を示すに足る体躯も得ることはかなわなかった。
本人も希求したのだろう。その姿が、呼び水となったのかもしれない。
じきに期待は落胆へと変わった。部族の神威に陰りが差した。
「尾を切り捧げ、巫女とせん」
勇武はもはや求めまい。しかし、穢された神性を清めねばならない。
部族は、「彼女」を見ることはなかった。
だから。彼女は。
―・―
「そんでそいつは、アタシと路地裏で知り合ったって訳だ。んなとこ、いられねぇよな」
「そのご友人は、ご存命なのかな?」
「ああ」
それまで、フードの下で翳っていたテュパラの表情が微かに輝いた。少女らしい柔らかさと、強さを含んだ表情で。
「楽しくやってるよ」
「……それは、良かった」
「ま、お前とは逆だけど、生まれで苦労したって話だな。取り返しはつかねぇけど……白く生まれたって、特別でもなんでもないってことだろ?」
「ああ。例外は、無いこともないだろうけれど」
デルクリウスの頷きに、テュパラは微かに吐息をこぼす。
「ならまあ、ちょっとは減るのかもな。そういうのも。良い所も悪い所もなくなるから、一概に良いとは言えねぇけどな。それに……」
――もう、取り返しがつくものではない。
続く言葉は、胸中に留めることにした。
別段、誰かが救われるわけではない。
少女は路地裏から戻ることはない。あの落胆や失望が翻ることも無い。
故郷は彼女を顧みなかった。少女は、故郷を捨てた。
この知識が受け容れられたとしても、何も、変わることはない。
何より。
少女にはもう、居場所があるのだから。
だから、テュパラは。
「でも、結局いつかは誰かが暴くんだろうし、せっかくのもんなんだから、掲げてしまえばいいんじゃねぇの?」
本当に気軽な口調で、こう告げたのだった。
●
続いて、ハーフビーストの男が足を踏み入れた。少しばかり草臥れた表情や装いの割に、その物腰は丁寧で。
鵜鬱鷹 浩之と名乗ったハーフビーストは、デルクリウスと向かい合ったまま、深々と頭を下げた。両の手を太ももに置くその仕草は、シャルガネの流儀にならうもの。そのまま、続ける。
「貴方の研究のおかげで長年まことしやかに語り継がれておりました我が家の言い伝えの信憑性が高まりました」
―・―
シャルガネ風の名字のハーフビースト曰く。『鵜鬱鷹』には、本家がある。
「ワタシの祖先は、ヒューマンだったというものです」
遡ること6代前。本家、ヒューマン同士の夫婦の間にハーフビーストの子が生まれることとなった。乳飲み子は勘当され、乳母の養子となる。その際に本家の名字を与えたという言い伝えがあるのだという。
しかし、記録が残るわけでもない。家同士の繋がりが残っているわけでもない。あるのはただ、浩之たち、鵜鬱鷹の係累がハーフビーストとして生まれ、生きてきたという事実だけだ。
浩之が自分自身の半生を振り返っても、思う所はある。だからこそ、この話は「生まれがハーフビーストでなければ」と自身の境遇を嘆くような恨み言だと思ってもいた。単なる与太話の類だと。
それが有り得る話だったと今日、分かった。
浩之の心に降り積もった痛みや澱みは、長い年月を経ても残り続けている。ハーフビーストに対する差別を浴びてきたことは変わらない。
それでも、浩之はこう言った。晴れやかに。
「デルクリウスさんの研究のお陰でこの言い伝えもただの与太では無い可能性が出ました事を、嬉しく思います」
「……」
デルクリウスには、返すべき言葉が見つからなかった。この話が残りながらよも与太話だとせざるを得ない状況は、どれほどのものだっただろう。真実だったとするならば、その話は誰にとっての拠り所だったのかもしれない、とも思えた。
自己否定的だった。
それを笑って話せることが、デルクリウスには理解できなかったのだ。
「本当の所は結局わかりませんけど、それでもワタシの先代が嘘つきでは無かったと思える事は嬉しく……幼少期より他の方々に言われ続けていた事もこの研究成果によって少し報われた気がします」
最後に一つ、シャルガネ風のお辞儀をして、浩之は帰っていった。
晴れやかな顔つきを、決して崩すことのないままに。
●
依頼だからね、と。ルチル・プルメリア・グレイハーツはひと語り。金に見合う情報を下ろすのはルチルの流儀に適うものものだから、忌避感などあるはずもない。
「王国貴族は血統を重んじるきらいがある。この話もそんなよくある話だ」
――そいつの母は貴族の娘、父は異種族の旅人だったのさ。
―・―
種族も、身分も違う二人は仲良くなり、子供を身籠った。よくある悲劇だ。そして、二人はよくある結末を迎えた。
娘の親である貴族は怒り、旅人を謀殺。さらに外聞を恐れて娘を誰にも見えない場所へと幽閉した。
産まれたのがヒューマンであれば、という期待もあったのだろう。
「……ま、そうではなかったのかもしれないがね」
いずれにしても、そうはならなかった。母親は幽閉されたまま、赤子の処遇が問題となった。
『せめて、この子だけは』。
後顧の憂いを絶たんとした両親であったが、最終的には娘の願いを受け容れ、命を奪うことなく、捨てられることとなる。
「その子は今は幸せに暮らしているようだよ。『育ての親たちが優しかったから、自分が不幸とは思っていない』、とね」
母と引き離された子は、今もなお母が幽閉されていることを知っているそうだ。
そのうえで、産みの親のことを哀れとも思っているらしいとルチルは添えた。
―・―
これは、告発に似ていた。
毒だ、とも思った。甘く危険なそれ。
「思いのままに生きる事が何故否定されないとならないんだろうね?」
「……仕方がないだろう。ヒューマンではないからだ」
「アンタは理不尽を感じたから研究を進めたはずだろう?」
「……」
返す言葉もない。デルクリウスは、諦めたかったからこそ、研究に取り組んだのだから。
その様を見据えたルチルは語調を緩めて、静かに言う。
「せっかく出た成果だ。これを種に貴族社会で居場所を得てもいいし、貴族社会で得た居場所が全てでないと知ってもいいんじゃないかい。何にせよここで人生の広がる芽を断つのは早すぎる」
「……」
―・―
育てば、大木を揺らし得る。
仕組みの正しさは、ルチルにとっては考慮の外だ。
「抵抗を続ければいつしかアンタも報われるはずだよ。研究成果はそのための武器さね」
そもそも。
情報屋が情報を摘むなど、ありえるはずもない。
「なんなら、アタイも一枚噛もうか?」
「いや」
即答だった。
「今、君に関わると痛い目を見ると思う」
これにはルチルが笑わされる事となった。
●
「デルクリウスさんは、外の世界のことをご存知ですか?」
「……と、いうと」
ルアンナ・ミュラーの問いに面食らうデルクリウスだったが、続く言葉に合点がいった。
「今、世界では多種族の人々と交流する機会が多くなっています。授恵者が増えたこと、ビッグオウムでの輸送、帝国の崩壊……種族を跨いでの婚姻も、子供も増えていると思います」
世界はひらいている、と。ルアンナは告げていた。その帰結として、未来を示す。
「貴方のような事例はどんどん増えてきて、貴族も王家も、これを無視できなくなるんじゃないかな、と。私は思うんです」
―・―
「そもそも、自身が本当に純血のヒューマンであるかなんて、証明のしようがないですし、自分の家にも先祖返りの子が産まれる可能性だってあるわけですよね」
まさにその結果であるデルクリウスは苦い顔をした。
「……それでも、忌避するのが今の貴族社会だからね」
「だったら、いつか変わるんじゃないかなって……思うんです」
デルクリウスのような例が増えることは、あくまでも結果だ。社会の流れは、授恵者の増加を端緒として、加速度的に異種族同士の交歓を増加させる。
「……」
正直、引きこもりの研究者だったデルクリウスには全く無い視点だった。
「……本当に、異種族と子を為すのが増えるのかい」
時流が変わったとして、貴族に影響を与え得るのか、確信が持てなかった。
「え、そうですよ」
当たり前でしょう、と言われて少年は唸った。デルクリウスが自身の社会経験不足を痛感しているのを、ルアンナは、
――デルクリウスさん……さてはコミュ障ですね……?
と得心していた。
「ですので、私は未来で産まれる子供達の境遇が改善される可能性があるとおもっています。まあ……しばらくして落ち着いたら、が良さそうですけど」
ルアンナは現在の学園の状況と、少年に対しても配慮も有していたようであった。
―・―
ルアンナは最後に、自らの産まれについて告げた。
かつて自分が、ルアンナ・セラフィアスであった頃のこと。生家の所業からつながる、自らの半生を。
デルクリウスの秘密に応えるためでもあったが、彼の心の病理に適うと思ってのことだ。
生い立ちに傷があっても、居場所を見つけることができる。
そんな彼女が勧めたものは――。
「卓上遊戯部……」
「地位も種族も関係なく集える場所として、お勧めしますよ。気晴らしになりますから」
その後、デルクリウスが体験入部に向かったかどうかは、
●
「初めまして、デルクリウスさん。私はザザ=ステルヴィナ、今日は宜しくお願いするわ。そして――」
艷やかな微笑みを浮かべるザザの顔には、かすかな翳りが落ちていた。デルクリウスを見つめるその目にも、苦いものがあった。そこにわずかに沁みる畏れを、デルクリウスは見た。
直感が、確信に変わるころ。
「私も貴方と同じ、『取り替え子』……先祖返りよ」
ザザは髪をかきあげ、その両耳を曝した。
―・―
ザザの親兄弟は皆、ヒューマンだった。
そのなかで、ザザだけがエルフとして生を受けた。ザザの存在は、すぐさま不和の呼び水となった。
勿論、ザザも謂れなき扱いを受けた。両親も、兄弟も、誰も彼もが不幸になった。
ただ、ザザがエルフとして生まれただけ。
取り替え子であったというだけでザザの血族を取り巻く状況は激変し――その矛先はザザへと向けられた。
―・―
「本人も、周囲も、誰もが幸せにはならない存在……誰も悪い事はしていないのに、ね……」
「その気持ちは、痛いほど分かるよ。分かってしまった、とも言えるが」
「……そう。あなたも同じなのね」
自分がどうして、その種族として生まれてきたのか。
それを知ることを、どうしても希求してしまう。
「私たちの先祖には……どこかで、血が混じっていたのかしら?」
「それは、間違いないと思う。遠くなればなるほど、確率は低くなるけれど、そうでなければ、僕たちはこうして生まれるはずはなかった」
何かの間違いでこうして生まれることがあるのならば、まだ、良かった。
続く言葉を飲み込んだデルクリウスに、ザザは微笑を返す。
「……けれど、ルーツを知れたことで、少しだけ気持ちは楽になったわ」
「だとしたら、良かった」
絡む視線の中、先程まで沈みこんでいたものが、少しだけ取り除かれているように思えて。
「……本当に、良かったよ」
「一つ、聞きたいのだけど。異種族婚の場合、種族別に生まれる子供の確率とかは違ってくるのかしら」
「残念ながら、それについての答えを持ち合わせていないんだ。ただ」
「ゴブリンだけが、混血が可能なことが……気になるのよね。彼らは人類としては、私たちと違っていうと新しい、ということになるのかしら」
「ああ」
デルクリウスは、その白犬の顔をわずかに曇らせた。
「最初に言ったとおり、『ヒトの混血』だけが理屈に合わないんだ。そしてその理屈でいうと、ゴブリンは人類では、ない。君の考えている通りだと思う」
●
この日、デルクリウスは様々な言葉を、過去を、思いを聞いた。
研究の成果は学園の騒動が落ち着いたころにでも話したいと言い、冒険者たちと別れた。
――いつか、違う形で日の目を見ることもあるかもしれない。
マスターコメント
ご参加ありがとうございました!
とてもステキなプレイングと、キャラクターらしいお話の数々に、デルクリウスはなにか思うところができたようでした。
皆さまにも、なにか変化をもたらせるようなお話となっていましたら幸いです。
ショートシナリオ普通 報酬:標準6 / 4〜6人
2021年05月25日 22時58分19秒 公開
大成功
相談掲示板
相談までする事はないが一応挨拶をね。 情報屋のルチルだ。よろしく。
キャスターのザザ=ステルヴィナよ。 個人的に思う所があって……この依頼に参加させて貰ったわ。 今回はヨロシクね。
ハリスと申します。どうぞ宜しく。 ああ、私は今、猛烈に感動しております…! まさか次代へと受け継がれる要素に斯様な法則性が存在しようとは…。 さらにこれを応用発展させれば、日々より良き品種を創らんと奮闘していた我ら ディズルの農民、いえ、この世界全ての農業に革新的な飛躍をもたらす筈!! 無論、農業のみならず畜産や医療なども多大な恩恵に与ることでしょう! この素晴らしい研究が人知れず闇に葬られるなど、断じてあってはなりません。 教授殿の言われるように難しい時期ではあるのでしょうが…是が非でも公開して 頂けるように全力で直訴するつもりでおります!!
鵜鬱鷹 浩之と申します。 ワタシも少し思うところがあり、参加させていただきました。 今回はよろしくお願いします。
一応挨拶だけおーっすっと アタシはテュパラだ、よろしくなー ま、だいたい思う事ある奴ばっかしだろうな アタシも人のこと言えねーし