甘露の粒を摘み取る日
屋守保英
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シナリオID:242
オープニング
「ワイン用のブドウ収穫の、お手伝いの依頼が入っていますよ」
「踊る小熊亭」の受付嬢、ハーフビーストのクサンドラ・ファンフリートは、大きな耳をぴこんと揺らしながら冒険者たちに微笑んだ。
その言葉を聞いて、何人かがおや、という表情をする。収穫祭は半月も前に過ぎた。それなのにこんな折に、ワイン用のブドウを収穫する?
不思議そうな顔をする彼らに、クサンドラが肉球のある指を一本立てた。
「リーンエス王国の北部の山沿いにある、ボリエ村って皆さんご存知です? ……そう、あの甘口ワインの銘酒『カステール』を醸す、リーンエス北部きっての銘醸地です」
彼女の言葉に、何人かの冒険者が手を打った。
リーンエス王国北部の山岳地帯に隣接して、いくつかの村がある。そのうちの一つであるボリエ村は、ワインの生産で有名な村だ。
山沿いで日当たりが良く、また寒冷な気候のこの村では、とても甘いブドウが育つ。このブドウの果汁を絞り、熟成と発酵を経て作られる甘口ワインは、王国の外でも有名だ。
「はい、つまりそういうこと。今回のお仕事はそのボリエ村で行ってもらいます。いいなぁ……あたしあそこのワイン大好きなんですよ、『アプランド』とか。ギルドのお仕事が無ければなぁ……」
説明をしながら、カウンターに突っ伏すようにしてクサンドラが呻く。そう言えば彼女はワインが好きな酒飲みだったか。「カステール」よりグレードが落ちるが「アプランド」もいいワインだ。気持ちは分かる。
ふるふると頭を振ったクサンドラが、そっと顔を上げて説明を再開した。
「それはそれとして。ブドウの収穫はそこそこの人数が必要なので、冒険に慣れていない人でも歓迎です。ピクニック気分で参加して、ブドウ収穫をしてくれればいいですよ」
曰く、冒険者になりたての者でも村側は大歓迎らしい。戦闘もなく、大きなトラブルの情報もない。新人でも安心して参加が出来るだろう。
「収穫が終わった後は、村伝統の昼食でもてなしてくれるそうです。焼き立ての丸パン、ハムとチーズ、そして塩。あとは先月収穫したブドウで作ったブドウジュースに、昨年仕込んだ一年もののワインも出してくれるそうですよ」
そう話しながら、クサンドラがまたも悔しそうに爪を噛んだ。ワインだもの。呑みたいんだろう、彼女はやはり。ギルドの仕事が無ければ同行したのに、という心の声がバシバシ聞こえてくる。
ともあれ、目の端を拭った彼女はカウンター前から離れた。手にはもちろん、依頼の説明を記した用紙。
「そんな感じですね。じゃ、この依頼掲示板に貼り出しておきますので、詳しい内容はそっちを見てくださいねー」
そうして尻尾を振りながら掲示板の方に向かう彼女の、嬉しそうだが悲しそうな背中を、冒険者たちはぽかんとして見送ったのだった。
解説
マスターより
リプレイ
リーンエス王国の北部、山沿いに位置するボリエ村。
山岳地方の晩秋特有の凛とした、冷えた空気を吸い込みながら、ゲルダ・クラインは目を細めつつ言った。
「ボリエ村のワインは美味しいって、前にお父様がおっしゃっていました」
その言葉に、コルネリウス・アーラが小さく目を見開く。
「ゲルダさんのお父様も、ワインを?」
コルネリウスの言葉に、ゲルダがハッとした表情を見せた。すぐに頭を振り、慌てた様子で声を張る。
「いいえ、いいえ。分からず屋のお父様なんて知りません……でも、ワインを飲んだ時のお父様、嬉しそう、でした」
知らない、と言いながらもきっちり感想を述べる辺り、この少女も色々と、思うところはあるのだろう。
そんな彼女の隣で、レシュノルティア・ピオジェレラは力強く拳を握る。
「酒! 酒を造る葡萄は、大事ね!!」
「晩秋の実りです! きっとよく熟して甘いことでしょう……最高ですね!」
エフィルミアも一緒になって、喜びの声を上げた。スィーリーンもうっすらと目を細めて、視界に映る広大なブドウ畑を見つめた。
「甘いブドウですか……美味しそうですね。収穫、頑張ってお手伝いさせて頂きます」
甘く、味の濃いブドウ。ワイン用だから生食用とは、きっと味わいも大きく異なることだろう。エフェルミアの隣に立つノノアも、沸き立つ気持ちを抑えられない様子だ。
「いっぱい頑張るわ。でも美味しそうね……摘み食いは良いのかな?」
「これだけあったら、ちょっとくらいはいただいてもいいかもしれないわね。でも、落ちてるの食べるとお腹壊すわよ、ノノアさん」
アヴェラ・ウッチェロがノノアの顔を見上げながら、くすりと笑う。エフェルミア、ノノア、アヴェラの仲良し三人組でやってきた今回の依頼。一緒の時間を過ごせることが、彼女も楽しみな様子だ。
ニール・ロブラリアもマントの襟元を直しながら、ブドウ畑を眺める。
「ブドウが生ってるところ、ブドウ畑。初めて見るかも」
「私もです。本では見たことがありましたが、木を直接見るのは初めてです……宝石のようですね」
「本当に宝石みたいです……か、果汁を絞るとはいえ、丁寧に収穫した方が良いですよね」
コルネリウスも彼女に同調すれば、リディリディ・トゥラ・イェレミースも少し戸惑いがちに口を開いた。
後で潰すことにはなるだろうが、傷つけずに収穫をするのは大事なことだ。ブドウの劣化にも繋がってしまう。
シャロン・ラ・モリエールがぐっと身体を伸ばしながら、にこやかに笑った。
「それにしても、冒険者のお仕事ってなんでこうも美味しい食事付きなのが多いのかしら」
「まったくだな! 美味いメシが食えるってんだから、頑張るぜ!」
マシロ・ロスコも彼女に同調しながら笑みを見せると、セヴラン・クアルトが口元を緩めながら二人に声をかけた。
「分かりやすく、喜んでもらえる報酬だからね。冒険者にとって、美味しく金のかからない食事は何よりも嬉しいものさ。そうだろう?」
「ははっ、そうだな!」
セヴランの言葉に、マシロもシャロンも笑う。確かに、仕事にあたって食事つきとなれば、それに惹かれるものは多いだろう。美味しい食事は分かりやすい報酬だ。
と、他の参加者を眺めながら、唯一の男性であるセヴランが口角を持ち上げる。
「いやぁしかし、これはほぼ黒一点って奴かな」
ここまで女性陣ばかりが集まるとは、彼自身予想していなかったところもあっただろう。唯一の男手、しっかり働かねば。
「さーて、頑張りましょ! たくさん食べても、たくさん動けばノーカン!」
「はい、しっかり働きましょう」
シャロンが拳を突き上げると、リディリディがうっすら笑いながら同意する。そうして彼女たちは、ボリエ村の人々が待つブドウ畑へと歩き出した。
●ワイン用のブドウは糖度も高い反面酸味も強い
ボリエ村のブドウ畑は四区画に分かれており、それぞれ収穫時期をずらして栽培している。
その四区画の一つ、最も収穫時期を遅くする畑の前で、村民が説明を始めた。
「今回皆さんに収穫をお手伝いいただくブドウは、ここの区画の畑一面となります」
「うわ……思っていたより広いわね」
「これはなかなか、骨が折れそうだなぁ」
アヴェラがその広大さに呆気に取られる横で、セヴランも側頭部に手を置く。これは確かに、冒険者の人手を借りないとなかなか大変だ。
と、ニールが右手を高く上げる。
「あの、収穫して大丈夫かどうかって、どうやって見分ければいいですか?」
「ええ、それは聞いておきたいです」
スィーリーンも一緒になって手を上げた。確かに、まだ収穫には適さないブドウがあるかもしれない。選定の基準を知るのは大事だ。
村民がこくりと頷いて、冒険者たちに説明を始める。
「ブドウの果皮の表面に、こんな風に白い粉がふいているものがあります。ブルームと言って、ブドウの中の糖分が水分と一緒に出てきて固まったものです。房の下の方にある粒にまで、ブルームが付着しているブドウを選んで収穫してください」
そう話しながら、村民が手近なところにあったブドウの房を一つ切り取り、冒険者の前に掲げてみせる。確かにこのブドウは、下の方の粒にまで白いブルームが付着している。
なるほど、と冒険者が頷いたところで、村民の手がブドウの房の下の方に伸びた。
「それと、もう一つ……」
「あら、取っちゃっていいの?」
レシュノルティアが驚きに目を見張る。村民は手の中のブドウの粒を一つ、もいで取ったのだ。
そのブドウの粒を顔の横に掲げながら、村民が笑う。
「はい、下の方の一粒を取って、食べてみてください。甘さと酸っぱさ、双方が強く、かつバランスが取れていることが大事です。これも見分けるポイントになります」
村民の言葉に、スィーリーンとアヴェラ、ノノアが表情を緩めた。つまみ食いしちゃおうか、と思っていたら、味の確認のためならしてもいいと言う。これは役得だ。
「味見してもいいんですね、ありがたいです」
「やったね、アヴェラさん」
「よかったわね、ノノアさん」
喜ぶ彼女たちを微笑みながら見つめて、村民が手を伸ばすのは畑の端、背負い籠が大量に積まれた箇所だ。
「収穫したブドウは、この籠の中に入れて運んでください。だいたい一列分くらい収穫すれば、籠はいっぱいになると思います。一杯になったら畑のこの場所まで、運んできてください」
「了解です、その仕事は私がやりますね!」
「僕もそこをお手伝いしよう。女性だけでやるには大変だ」
その仕事に率先して手を上げたのは、シャロンとセヴランだ。男手のセヴランと、運動量の多い仕事をしたいシャロン。ちょうどいいと言えるだろう。
冒険者たちが籠を背負い、収穫用のはさみを手にしたところで、村民がパンと手を打った。
「それでは、よろしくお願いします。昼間になったら、一度休憩を入れましょう」
その言葉を受けて、冒険者たちが畑のあちこちへと向かっていく。
まず手近な垣根へと向かったマシロが、たわわに実ったブドウの房を軽く持ち上げながら目を輝かせた。
「冒険者ってのは、こんな仕事もあるんだなー」
目の前にある綺麗なブドウ。粒は光を反射してキラキラ輝いている。表面には下の粒まで白い粉がふき、甘そうだ。
思わずよだれが口の中に溢れるが、彼女は小さく頭を振る。
「……い、いけねぇ。これは依頼、これは依頼……でも一房につき一粒なら、味見していいって言ってたし……」
一粒なら。味見の一粒なら大丈夫だと言われていた。その言葉を信じて、マシロは目の前の房の一番下の粒を、そっともいだ。そのままそれを口の中に入れて、一気に噛み潰す。
と。
「~~っ、すっ、ぺぇぇぇぇ! あ、でも甘ぇ……」
鮮烈な酸味が口の中を駆け巡った。それと同時に弾けるような甘さも、口の中に広がっていく。
予想以上の酸味に悶絶するマシロに、ニールが苦笑しながら声をかける。
「ワイン用のブドウは、甘さも強いけど酸っぱさも強いって、本当なんだね」
「すっぺぇ……それに皮も固くて分厚いし、食べづれぇ……」
口を忙しなく動かすマシロが、ニールに視線を向けつつ話した。
ワイン用のブドウは生食用のブドウと違い、皮が分厚く身離れも悪い。種も大きく、一般的には食べにくいものだ。しかしこの皮の分厚さが、種の大きさが、良いタンニンを生み出し、味わい深いワインを作り出す。
「うん。でもこの味の強さが、いいワインを生むんだろうね……あ、甘いこれ」
ニールも苦笑しながら、実ったブドウの一つから実をもぎ取る。口に含むと、その甘味の強さに目を小さく見開いた。
別の垣根では、リディリディとコルネリウスが一緒になって、慎重に丁寧にブドウを収穫していた。
「てきぱきするのは自信が無いですが、その分丁寧に……」
「リディリディさん、どうですか?」
ゆっくりと丁寧にブドウの枝にはさみを入れていくリディリディだが、枝の硬さもあってなかなか思うように収穫できない。声をかけてくるコルネリウスにも、力なく首を振った。
「難しいですね……丁寧に収穫しようとしているんですが、はさみがなかなか入らなくて……」
「分かります、枝、結構硬いですよね」
そう話しながら、コルネリウスも肩をすくめる。作物の収穫というのは、なかなか思い通りにいかないものだ。
と、近くの別の垣根から、少女たちの元気な声が聞こえてくる。
「きゃー酸っぱーい!」
「エフィルミアさん、大丈夫ですか?」
「あら、そんなに酸っぱいの?」
「きゃっ!?」
あの声は、エフィルミア、ノノア、アヴェラの三人だろう。きゃいきゃい楽しく話しながら収穫をしているらしい彼女たちの声に、コルネリウスが目を細める。
「……楽しそうですね」
「はい、若々しくていいな、って思います」
リディリディも目を細めて、微笑ましいものを聞くようにしながら笑った。その達観した物言いに、コルネリウスがおや、と思いながら彼女を見る。
「若い……と言っても、リディリディさん、確か……」
「はい、でも、エルフとしてはまだまだ年若い方ですから」
64歳の彼女。年月を経てはいるが、エルフとしては年若い。自分も精神的には少女の心持ちだが、やはり実際に若い子を見るのはいいものだ。
リディリディにそんな感情を向けられているとは露知らず、仲良し三人組がブドウの収穫をしながらきゃいきゃいはしゃいでいる。
「急に舐められたからびっくりしました!」
「うふふ、ごめんなさい、つい」
「つい、ですか」
騒ぎの発端は、エフィルミアの指についたブドウの果汁を、唐突にアヴェラが舐め取ったことだった。ブドウは酸っぱいし、急に指を舐められたし、びっくりし通しのエフィルミアである。
反省の色がそんなに濃くないアヴェラに対し、一回り以上も年の若いノノアがアヴェラの口にもいだブドウの粒を押し込む。
「そんな我慢の出来ないアヴェラさんには、こうしちゃいます」
「んむっ……んーっ、甘くて酸っぱい」
ブドウの鮮烈な甘さと酸っぱさに目を細めながらも、アヴェラの内心では別のところに意識が持っていかれていた。
即ち、ブドウの粒を押し込む時に一緒に口の中に入って来た、ノノアの指である。
「(ああ……ノノアさんの若くて瑞々しい指が、ブドウと一緒に私の口の中に……いい……)」
「アヴェラさん?」
「んっ」
心ここにあらず、と言った様子でノノアの指をしゃぶりだしたアヴェラに、ノノアが冷たい目を向けながら指を引き抜く。まずい、やりすぎた。
苦笑するアヴェラとノノアに対し、エフィルミアがそのはさみを以て次々とブドウの枝を切り取り、背に負った籠に放り込んでいく。今のところ、ちゃんと収穫の仕事をしているのはこの中では彼女だけだ。
「ほら、遊んでないで収穫しますよ! 熟したブドウを見極める能力! 素早く繊細な収穫さばき! シーフとして当然の能力です!」
発破をかけられながら、ノノアとアヴェラも収穫作業を再開する。と、アヴェラの視線が不意に、ブドウを持ち上げるエフィルミアの指に向かう。
「(エフィルミアさんの指も、力強くて長さもあって……ああ、さっき舐めた時の味がまだ口の中に……いい……)」
指フェチと言っても過言ではないアヴェラ、その性的嗜好が発露しそうになって再び手が止まる。それを見逃すほどノノアは甘くなかった。
「アヴェラさん、手が止まっていますよ」
「あら、ごめんなさい」
きっぱりと注意されて、ぺろりと舌を出しながらアヴェラが作業を再開する。他の面々に遅れないようにしなくては。
収獲作業はどんどん進み、ものの一時間で三分の一くらいの畑からブドウが収穫されていた。ゲルダ、レシュノルティア、スィーリーンの三名も、的確に、着実に収穫作業を進めていく。
「こちらの籠、一杯になりました。新しい籠を持ってきますね」
「スィーリーンさん、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
スィーリーンがブドウで一杯になった籠を地面に下ろし、新しい籠を取りに畑の外に向かう。置いておいた籠は、シャロンかセヴランが回収してくれるだろう。
そして、収穫の方はと言うと。
「んー……そこっ!」
レシュノルティアが迅速に、かつ丁寧に、目まぐるしい速度ではさみを振るってブドウを収穫していた。看破による目利きで収穫に適したブドウを探し、寸分の狂いもなくはさみで枝を断っていく。
キャッチしたブドウを優しく籠の中に入れながら、彼女は笑う。
「いいわね、粒も大きいし、つやもある。美味しそうなブドウだわ」
「レシュノルティアさん、さすがの早業です……!」
ゲルダがブドウを籠の中に入れていきながら、感嘆の声を漏らした。レシュノルティアのおかげで進捗は上々だ。おまけに彼女は疲労してきても自分で回復が出来る。
「ちょっと疲れてきたわね、ヒール!」
ヒールをかけて、気力は充分。傷を癒す以外の効果があるわけではないが、ますます元気になったレシュノルティアが声を張る。
「酒造りはね、大事なのよ!! その手伝いをする以上、手を抜けないじゃない!! さあ次、行くわよ!!」
「は、はい!」
「すごい気合の入り様ですね……」
ゲルダとスィーリーンは、彼女の気迫とやる気に呆気に取られながらもついていく。と、ふとスィーリーンの目に留まるブドウが一房。
「綺麗なブドウです……少し味見してもいいでしょうか」
皮に張りがあり、ブルームも十分。粒の大きさも見事だ。きっと美味しいことだろう。
一番下の粒をもぎ取り、口に含む。くっきりとした甘さと芳醇な酸味が口いっぱいに広がった。
「ん、甘い……けれど同時に酸っぱい」
そうしてスィーリーンは目を細めながら、そのブドウの房を持ち上げる。繋がる枝にはさみを入れながら、一言。
「……美味しいです」
他方では、シャロンとセヴランが畑の各地から回収してきた、ブドウが山と積まれた籠を持って畑の入り口に戻ってきていた。
「一杯になった籠を持ってきました!」
「よっこいしょっと。ブドウもだいぶ溜まって来たね」
「ありがとうございます。この調子なら、昼頃には収穫も終わるでしょう」
二人から籠を受け取った村民が笑顔を見せる。冒険者たちの活躍によって、収穫の進捗は予想以上に順調だ。
籠から木桶に開けられたブドウが、見事な輝きを放っている。そして空になった籠を受け取り、シャロンが再び畑の中に駆けていった。
「よーしまだまだ運びますよー! 目一杯運動して美味しいご飯を食べるんです!」
凄まじいやる気だ。美味しいごはんというものは、かくも人間を動かすものだろうか。
苦笑したセヴランが、籠を手にしつつ木製のコップをいくつかと、水袋を手に取る。
「さて、僕も行ってこようかな。コップと水袋、お借りしますね」
「はい、どうぞお持ちください。皆さん仕事をして喉が渇いているでしょうから」
朝から収穫作業にかかっているから、疲れ始めている人はきっといるだろう。そんな彼女たちにも元気に働いてほしい、セヴランの配慮だった。
そうして彼は、コルネリウスとリディリディが作業する垣根へと入っていく。
「コルネリウスさん、リディリディさん、お疲れ様。喉は乾いていないかい?」
「あ、セヴランさん。ちょうどよかった、一度休憩を入れようと思っていたところだったんです」
「ありがとうございます、いただきます」
水袋からコップに水を入れ、そのコップを二人に渡すセヴラン。冷たい水が喉を潤し、二人がほうと息を吐く。
「どういたしまして。それにしても随分収穫したね」
そう話しながらセヴランが垣根を見回した。二人の背負う籠はブドウで一杯、垣根のブドウの木についている房は、もうほとんどない。
にっこり笑いながら、コルネリウスとリディリディが頷いた。
「はい、ここらへんの垣根はもう全部収穫しました」
「あとは、あちらの方を収穫すれば、ほとんど終わり、でしょうか?」
そう言いながらリディリディが目を向けるのは、奥の方の垣根だ。あそこはまだ誰も手を付けていない。そこのブドウを収穫すれば、作業は一段落だ。
にっこり笑ったセヴランが、空の籠を降ろして彼女たちが使っていた籠を持ち上げる。
「了解だよ。じゃ、こっちの籠は持って行くから」
「よろしくお願いします」
そうしてセヴランは再び、満杯の籠を畑の入り口に持っていくべく歩き出した。
別の場所ではシャロンが、エフィルミアたち三人のいるところに顔を出していた。
「エフィルミアさんにアヴェラさん、進み具合どうですかっ?」
「あ、シャロンさん」
「この辺りはもうすぐ終わります!」
応対したのはエフィルミアとアヴェラだ。彼女たちもブドウの収穫をほとんど済ませ、あともう少しで全部収穫し終えるというところ。
ブドウの籠はまだ半分ほどといったところだ。交換は不要だろう。
「はーい。もうすぐ頼まれた区画の収穫は終わりそうですね!」
「そうね、もう少し頑張らないと」
シャロンがにっこり笑うと、アヴェラも肩を回しながら頷いた。
と、そこできょろきょろとシャロンが周囲を見回す。ノノアの姿が見あたらない。
「了解です! ところでノノアさんは?」
「呼んだかしら?」
ノノアの名前を出すと、隣の垣根の方からノノアが顔を出した。そっちの方で一人作業をしていたらしい。
「あ、そちらに。どうですか?」
「ちょうど私の籠が一杯になったところよ。持って行ってくれるかしら?」
「分かりました!」
ノノアが背に負っていた籠を下ろすと、シャロンがすぐさまそれを持ち上げる。
これなら、昼食をお腹いっぱい、美味しく味わうことが出来そうだ。今からとても楽しみだった。
●ワイン用ブドウは種が大きい
収獲作業を終えて、太陽がちょうど頭の真上に上った頃。
畑のそばに用意された大テーブルに、冒険者たちは座っていた。目の前には焼き立ての丸パンと山盛りのハムとチーズ、それと塩。
収獲作業の音頭を取っていたボリエ村の村長が、張りのある声で冒険者に呼び掛ける。
「それでは、収穫も終わったことですし、昼食にいたしましょう。皆さんのおかげで助かりました」
「待ってました!」
「あ、取り皿とか運びますね!」
マシロが手を叩き、シャロンが取り皿やカトラリーを運ぶために立ち上がり。
そうして準備が整えば、冒険者の手が食事に伸びた。
「果実の香りもいいけど焼きたてのパンの匂いもいいな。贅沢な報酬だ」
丸パンを割ったニールが、芳醇な小麦の香りに目を細める。と、村民の何人かが冒険者のそばにワインとジュースの瓶を手にしてやってきた。
「昨年仕込んだワインをどうぞ。未成年の皆様にはこちらを」
コルネリウス、レシュノルティア、リディリディ、セヴラン、アヴェラ、マシロのコップには一年もののワインが、ゲルダ、スィーリーン、エフィルミア、ノノア、シャロンのコップにはブドウジュースが注がれる。
そして最後、ニールのコップにワインが注がれようとしたところで。
「あ、すみません……普段お酒を飲まないので、ボクにはブドウジュースをお願いします」
「あら、かしこまりました。飲みたくなりましたらワインもお出ししますので、言ってくださいね。他の成人済みの方々も、ブドウジュースが飲みたくなったらお出ししますよ」
ニールの言葉を聞いて、すぐさまブドウジュースの瓶を取り出す村民だ。早速セヴランが「飲み比べがしたい」と所望してブドウジュースも注いでもらっている。
改めて、伝統の昼食の始まりだ。パンにかじりつき、ハムを、チーズを口に運んでいく冒険者たち。
「んーっ、美味しいー!」
「パンと塩の、シンプルながらも味わい深い組み合わせ、堪らないね」
「ハムもチーズも美味しいです! この村で作っているんですか?」
口々に飛び出す「美味しい」の声。そしてそこに加わる、辛口の赤ワインとブドウジュースの味わい深さ。本当に至福の味わいだ。
ニールがブドウジュースのおかわりを注ぎに来てくれた村民に、笑顔で声をかける。
「この村のワインは甘口ワインが有名だけれど、辛口ワインもなかなか味が濃くて美味しいらしいね」
「ええ、そうなんです。『カステール』や『アプランド』の影に隠れがちですが、今日皆さんにお出ししている『ヴィッテベルフ』も人気が高いんですよ」
ニールの言葉に頷いた村民が、自慢げにワインのボトルを取り出した。「ヴィッテベルフ」はボリエ村の醸す辛口赤ワインの中では、特に名が知られているらしい。なんでも知る人ぞ知る銘酒なんだとか。
と、エフィルミアが唐突に後ろを振り返った。
「はっ、ノノアさんが近くに。魅惑のもふもふ尻尾……!」
「どうしたの、エフィルミアさん?」
ちょうどそこでは、パンのおかわりを貰いに行くノノアが、皿を手にしてエフィルミアの後ろを通りがかるところだった。
唐突に、ノノアに向かってエフィルミアが頭を下げる。その手にはいつの間に確保していたのか、収獲したブドウの一房。
「くっ、こ、これで……一もふさせてください!」
「ふふ、仕方ないわね」
ブドウを受け取ったノノアが、エフィルミアの前に尻尾を差し出した。食事をほっぽり出して、エフィルミアがノノアのボリュームのある尻尾に抱き付く。
「はぁぁこれが生もふ……! 高級毛布よりレベルが高い……真のもふ……!」
「あ、エフィルミアさんだけずるい。わたしもノノアさんの尻尾、もふもふさせて」
「いいですよ、どうぞ」
そうしたらノノアの元に、アヴェラもやって来た。彼女も彼女でノノアの尻尾が目当てらしい。
ノノアの尻尾のもふもふを堪能する二人を見て、コルネリウスがはーっと息を吐いた。
「……楽しそうですね」
「仲睦まじくしているのはいいことです」
彼女たちの姿を見ているリディリディも、にこやかな笑顔で頷いた。既にワインは三杯目、リディリディの長い耳は赤く色づいている。
「ところで、リディリディさん、大丈夫ですか? 耳が真っ赤ですけれど……」
「ん、ああこれですか? 全然平気ですよ。すぐ赤くなっちゃうんですよね」
コルネリウスが心配して声をかけるも、リディリディは平気な顔だ。「あまり強い方ではない」と言っていた彼女だが、その実うわばみでガバガバ飲める。体質的に酒には強い方らしい。
そんなリディリディが視線を向けるのは、彼女の隣に立つレシュノルティアだ。こちらも既に三杯目。ちびちびと味わうように飲んでいるが、その飲むペースが随分早い。
「レシュノルティアさんも、大丈夫ですか、随分飲んでらっしゃいますけれど」
「私は全然平気よ。お酒は大好きだし」
しかしリディリディの問いかけに、レシュノルティアも涼しい顔だ。しかもこちらは赤くなってすらいない。さすが、うわばみスキル持ち。
「……すごいですね、お二人とも」
呆気に取られるコルネリウスだ。気を取り直して自分もワインのコップを手に取ると、ちょうどなくなるところだった。
思っていたよりも飲んでいたらしい。ちょうどワインのおかわりを注ぎに来た村民にも笑顔で応対する。
「それにしても、美味しいワインですね。お酒を飲む機会は少ないのですけれど、とてもいいです」
「瑞々しい果実の香りに爽やかな草の香り、そして程よい酸味と強い甘味。実に素晴らしい」
「うんうん! んぐっ、こんな飲みやすくて美味しいんだな、この村のワインって!」
「あら、ありがとうございます」
セヴランが、マシロが、口々に褒める言葉を村民に向けると、嬉しそうに彼女が笑って頭を下げる。やはり、自分の地元のものが褒められるのは嬉しいのだろう。
その言葉に同調するように、ゲルダとシャロンが声を上げる。
「ブドウジュースも、美味しいです。すごく甘くて」
「はい! 瑞々しくて、甘い中にも酸っぱさがあって、美味しいです!」
「こんなに甘いブドウジュース、初めて飲みました」
「あらあら、皆が喜ぶわ。ありがとうございます」
スィーリーンも笑って言えば、村民がさらに表情をほころばせる。
と、皆の話を聞いて興味を引かれたのか、ニールが村民へと視線を向けた。
「……折角だから、少し味見してみようかな、ワインも」
「味見されます? では、こちらをどうぞ」
その言葉を聞いて、取り出される新しいコップ。そこにワインを少量注いでニールに渡すと、ゆっくり口をつけたニールが目を見開いた。
「……美味しい」
その言葉を聞いて、くやしそうにテーブルを叩く人物がいた。今現在19歳、あともう半年するまでワインを飲めないエフィルミアである。なんという生殺し。
「くっ、飲めるようになる半年先が、今から待ち遠しいです……!」
「早く飲めるようになるといいですね、エフィルミアさん」
ノノアが苦笑しながらエフィルミアの肩を叩く。こればかりは、時間が過ぎるのを待つしかない。
と、これまたワインを飲み進めていたセヴランが村民に目を向けた。
「ところで、この村ではブドウ踏みはやるのかい?」
「ブドウ踏み?」
聞きなれない単語に、ゲルダが首を傾げる。その言葉に頷いて、セヴランが解説を始めた。
「木桶の中に収穫したブドウを入れて、足で踏んで果汁を出すんだ。伝統的なワインの作り方さ」
彼の話に、皆が興味を持って視線を向けていく。視線を集めたところで、彼の隣に立つ村民が大きくうなずく。
「はい。私どもの村でもブドウ踏みをしてワイン用のブドウを砕いていますよ。昼食の後にその様子をお見せしますね」
その言葉に、会場がわっと沸き立った。収獲して、食事もいただいて、さらに醸造の一工程を間近で見られる。なかなかない体験だ。
と、シャロンがそこではたと手を上げる。
「あ、そうだ。じゃあそのブドウの絞りガラとか、分けてもらったり出来ないでしょうか? 染物に使いたいなって……」
「ええ、いいですよ。いつもは絞りガラは畑の肥料にしてしまうんですが、有効活用していただけるなら幸いです」
村民の答えに、パッと表情を明るくするシャロン。するとこの流れに乗っかってか、リディリディが小さく手を上げた。
「あ、あの……それと聞きたいんですけれど、お土産用にワインを買って帰ることって出来ますか?」
「そうですよね、クサンドラ様、あんなにワインを飲みたがっていらっしゃいましたし」
その言葉を聞いてスィーリーンも頷く。依頼を受注する際のクサンドラの言葉を聞いて、ワインを買えたらお土産にしよう、と考えていた者は多かった。エフィルミアとマシロも声を上げる。
「私も友達へのお土産にしたいです!」
「俺も買う! ワイン美味かったしな!」
そして食事が終わった後、冒険者たちはブドウ踏みの準備が整うまでの間に村のお土産屋に案内された。そこで並ぶ「カステール」、「アプランド」、「ヴィッテベルフ」、などなど。様々なワインを購入しては笑い合う彼女たちだ。
「ふふ、クサンドラさんの驚く顔が、目に浮かぶようだね」
「そうね、きっと喜んでもらえるわ」
「やっぱり、ワインは人を笑顔に出来るんですね!」
セヴランが言えば、アヴェラも、ゲルダも頷いて。
そしてコルネリウスも、お土産屋から見えるブドウ畑を見ながら、感慨深げにつぶやいた。
「……今度は、友人と訪れたいですね。きっともっと、楽しい時間を過ごせると思うから」
後日。
冒険者がリブラネスタの「踊る小熊亭」に帰還した後、クサンドラは勿論彼女たちを出迎えたのだが。
彼女たちから差し出された、麻袋に収まった数本のワインを見て、歓喜の声を上げたとか、上げなかったとか。
マスターコメント
イベントシナリオ易しい 報酬:標準12 / 4〜12人
2020年11月29日 14時05分14秒 公開
参加者
相談掲示板
ノノアよ。よろしくね。 絡む方がいましたらご一緒できますわ。いなかった時はシュバババと作業をしますわ。 後は落ちてるのはつまみ食いしてもいいのよね……?(じゅるり)(小声で呟き食べる気満々)
アヴェラよ。よろしくお願いしますわ。 あら、ノノアさん。そういう事でしたらご一緒してもいいかしら。 ふふ、食欲が漏れているわよ。
コルネリウスです、宜しくお願いします。 まだ何をやるか考え中ですが、収穫をメインにしたいと思っています。
スィーリーンと申します。よろしくお願いします。 収穫のお手伝い頑張りますね。 あと、もしワインを買えるならクサンドラ様へのお土産にしようかなと。
おっと食欲がダダ漏れしてしまいましたわ。(よだれを拭く) アヴェラさんご一緒ありがとうですわ。わたし定住(コミュニティ)が無いので、細かくは相談できませんが、戦闘以外のアヴェラさん本来のお姿とか見られるのね。(ネタやキャラ性格をフルに出すのは可能よ。と目で合図をする) 他にもご一緒する方や、ちょっと絡むなどは歓迎よ。(餌付けやら尻尾モフモフやら大抵は拒否しないわと思っている)
ノノアさん、ありがとうございますわ。 本来の姿、ね。なら堪能させてもらうかもしれないわね。(ノノアさんの指をちらりと見ながら) わたしもノノアさんと同じスタンスだから、もし良かったら絡んできてくださいね。
(アヴェラさんの表情が変わったのを確認する)おおぅ。こちらが本来のお姿……わたしも言ったからには全力で応じるわ。(ちらりとした目線が尻尾を見ているのか違う所を見ているのか、どっちなんだろう?と感じていた)
エフィルミアです!よろしくお願いしますっ。 酒場店員としてお酒の調査は大事なお仕事です!という体で飲みます!! 飲むのもお仕事ですからね!しょうがないですよねっ。 あ、もちろんメインのブドウ収穫もしっかりやりますので!安心してください! ノノアさん、アヴェラさん!よろしければ絡みにいってもいいでしょうか!(挙手) アヴェラさんは何を堪能するのか分かりませんが、私も堪能して貰っても大丈夫です!(きりっ)(※好きにして頂いてかまいません) あと収穫頑張って、賄賂(ブドウ)でノノアさんのしっぽを一もふさせて貰えると嬉しいです…!もふもふが…欲しいです…!
ゲルダです。ゲルダ・クラインと申します。 ええと、ご一緒される皆様は、どうぞよろしくお願いいたしますね。 葡萄収穫のお手伝い、頑張りますね。お昼ご飯も葡萄のジュースも、とっても楽しみです。
(エフィルミアさんの挙手を見て)エフィルミアさん大丈夫ですわ。一緒に楽しみましょうですわ。 そして賄賂!まさに禁断の果実ですわね。そんな物でわたしの意思が動くと……思います。(素直に尻尾を差し出す)もふもふは少し恥ずかしいですが大丈夫ですわ。
エフィルミアさんもよろしくお願いしますわ。ええ、楽しみましょうね。 ふふ、収穫するために葡萄へ伸びるお二人の指……(ごくり) ノノアさんの尻尾、確かに触り心地良さそうね。
マシロだ。 収穫の手伝いなんてのもあるなんて、冒険者の依頼ってのは幅広いものだなー。 今の所、特に何するってわけでもないが収穫は頑張らせてもらうんでどーぞよろしく。
ニール・ロブラリア。よろしくね。 収穫に励むとして、ワインの味、気になるな……。
No.14
あの・・・、遅くなりました・・・。 リディリディといいます。よろしくお願いします。 ワインはどういった味なのでしょう・・・、楽しみです。 私も少し頂こうと思っています。 あ、いえ・・・。そ、その、収穫も頑張ります。
アヴェラさんも尻尾を狙っている!触っても大丈夫ですわ。(尻尾ぶんぶん)
間が開いちゃってすいませんー!(ずさーっ) ノノアさん、アヴェラさんオッケーありがとうございます! 皆で楽しみましょうねっ。