【秋祭】祖霊捧げる収穫祭
Reyo
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シナリオID:144
オープニング
授恵者たちが無事に大鹿の狩猟を終えた都市国家も、まさに収穫祭の当日を迎えようとしていた。
都市国家の中心、普段は露店が開かれている広場には所せましと並んだいくつもの屋台。
広場にそこかしこに立てられた動物の頭蓋骨を利用した燭台には蝋燭の灯がゆらゆらと揺れ、収穫祭という非日常を演出していた。
「手羽先、唐揚げ、鶏料理ならウチに任せておくれ! 1皿1ゴールドだ!」
「秋のフルーツをたっぷり使った果実酒はどうだい? 今年は桃がたくさん獲れたから桃を漬けたミードが安いよ! 他にもリンゴ酒、ブドウ酒もあるよ!」
屋台を開いた者たちの呼び込みの声は様々。
供されるのは祭りを楽しむための一品料理に限らず、塩漬け肉をはじめとする冬に備えるための品もちらほら見かけられた。
そういった冬支度の面も備える収穫祭の参加者は都市国家の住人に限らず、キャラバンや冒険者の一団といったロスガリア大陸を股に掛ける者も見える。
そして、屋台で込み入った広場の中心には祭壇がひとつ。
都市国家に居を構えた店がそこに供えているのは、ウル=アルティスへと捧げる祖霊料理だ。
数々並んだ祖霊料理の中でも特に目立っているのは、巨大な大鹿の首から上を剥製にした飾り物を目印にした鹿肉の塩釜焼だろう。
その他にも、まるまると肥った鶏の丸焼きや、祭りらしいカラフルなソースの付いた合い挽き肉の腸詰めなど、大量の肉料理が供えられている。
祭壇に添えられた看板には『祈りと共に、ご自由にお取りください』の文字。
参拝した人々は看板に従い、ある者は短い儀礼的な祈りを、ある者は長く本格的な祈りを捧げて祖霊料理を頂いていく。
この都市国家の祭りは月末を跨ぐようにして数日続く。冒険者がひと時の休みとして滞在し、祭りを楽しむには十分な時間だろう。
解説
マスターより
リプレイ
いよいよ収穫祭が始まる日の夜明け前。
大鹿を狩猟したメンバーの1人であるギーゼラは、まだ何も供えられていない祭壇を訪れていた。
「ふふ……うふふ」
うっとりとした表情のギーゼラが抱えているのは、胴体と同程度の大きさを誇る大鹿の首の剥製である。
丁寧な処理が施されたそれは、誰が見ても大鹿の体格とそこに由来する狩猟の困難を思い起こさせる見事な仕上がりだ。
「あぁ、角を折らずに捕まえられてよかった! 毛並みも……くふっ! 現地で丁寧に整えた甲斐があります」
ギーゼラが剥製に頬ずりすれば、冷たさ以外は生きている時と変わらない柔らかな毛皮の感触。
「おっと……愛おしいのは確かですが、既に『彼』は飾られる身。こうやって直前まで私の手元に置かせてもらったのも我儘なのですから」
ひとしきり毛皮の感触を堪能した後、ギーゼラは剥製を祭壇中央へと飾り付けた。
勇壮な角と、何よりもそのサイズが祭壇を訪れる人の目を惹くことは間違いないだろう。
飾り付けた剥製を見上げ、ギーゼラはニマリと深い笑みを浮かべる。
(捕われ、身を繕われ、その末に殺される。ねぇ、貴方の恐怖はどこまで続きましたか? 最期まで抗ったのでしょうか、諦めたのでしょうか?)
くふ、くふ、と発作のような笑みが漏れても、時刻故にギーゼラの奇行を気にする者はいない。
「今でも思い出せます。首を斬られ、血を抜かれ、刻々と迫る死と直面した貴方の瞳が!」
ギーゼラの脳裏に浮かぶのは、無慈悲に迫る命の刻限への恐怖だけでなく、誇り高い野性の輝きを秘めた大鹿の瞳。
己の命が終わることに絶望もしていた。
しかし、己の身が喰われることで賄われる命があることを誇りにもしていた。
「残念なことにどちらか一方に染まりはしませんでしたが――己が終わる絶望と、連綿と命が続くことへの希望の混ざり方は最高でした!」
一呼吸を置き。
「誇り高き大鹿の希望と絶望を捧げましょう! ああ、狩猟神よ、他者を捧げ己の繁栄を願うヒトの生き汚さをどうかお許しください!」
ギーゼラの祈りは未だ微睡む街と薄暗い空に吸い込まれ、木霊することなく消えた。
●狩人たちの収穫祭
祭りが始まると、とたんに都市国家内には活気が満ち始めた。
噂では、周辺の農村からの訪問や隊商の商人たちも含めれば一時的に都市国家の人口は3倍近くまで膨れ上がるという。
そんな客人の中には、収穫祭を楽しみに大鹿狩りからこっちを『狩人の憩い亭』に滞在した授恵者たちの姿もあった。
さて、宿の主人への挨拶を済ませた3人の授恵者たち――エリザ・A・ミシャール、クレア・エクレール、ショコラが『狩人の憩い亭』を後にしたのは朝食時を少し過ぎた頃だ。
授恵者たちとしては十分な余裕を設けた出立だったのだが……普段であれば仕事場に向かう者しか見かけない表通りは既に人でごった返していた。
「これは……祭壇で祈りを捧げてから、と思っていたけど。辿り着くのにも一苦労だねぇ」
エリザがそう零すのも無理もない。
「ショコラ、はぐれないようにボクと手を繋ごう?」
「はいです!」
数日を同じ宿で過ごしたこともあり、彼女らの言葉遣いは互いに気安。
「アタシが先導するよ。くれぐれも気を付けてね」
上背のあるエリザとクレアの2人で小柄なショコラを挟むようにして表通りに出る3人。
しかし、流れに乗ってしまえば予想よりも群衆の動きは早かった。
初日という事もあり、3人と同様に祭壇に参拝してから屋台を回ろうと考える者も多いのだろう。
そのまま人波に揉まれること約10分。
「ほぉ……」
「うわぁ……」
「凄いです!」
表通りを抜けて中央広場に出た3人の前に広がるのは、表通り以上の熱に満ちた数々の屋台。
「おや、あれは」
更に、エリザの呟きに沿って視線を巡らせれば遠目からも目立つ高所に飾られているのは授恵者たちで狩猟した大鹿の剥製である。
「あれ、ボク達が狩った大鹿なのです! すごく目立つのです!」
「本当だね! ギーゼラさんに見せて貰った時も大きいって思ったけど、遠くからでもこんなに目立つなんて」
狩りに参加した授恵者の中でも若い方に入るショコラとクレアには、飾られた剥製の偉容が嬉しかったのだろう。
感嘆の声をあげる2人を微笑ましく振り返りつつ、エリザは参拝者用の順路へ皆を連れ行く。
今度はそこまで待たされることもなく、すぐに祭壇の前まで辿り着くことが出来た。
まずは祭壇で祈りをお願いします、というスタッフの言葉に従い三者三様な祈りの姿勢を取る3人。
(今回の狩猟の成功に感謝を――あと、フラっと修行の旅に出かけたアイツが無事に帰ってきますように)
堂に入った姿勢で祈るエリザ。
(えーっと……今年も、冬を越えられる実りと恵みをありがとうございました!)
こういった場に不慣れなのか、クレアはちらちらと周囲を伺いながら見よう見まねで手を組んでいる。
(これからも美味しいものが食べられますように、あと、素敵な冒険ができますように、なのです)
ショコラは懸命な表情で純粋な祈りを捧げている。
そして、祈りが終われば祖霊料理の出番である。
「はふぅ。ボク達で狩った大鹿を食べるの、楽しみだったのです!」
「ね! 昨日の夜から控えめにしといたから、ボクもお腹ぺこぺこだよ。他にもローストチキンや腸詰めでしょ? どれから食べようかなぁ」
一目散に祖霊料理の供されたテーブルに駆け寄ったショコラとクレアが、どれから手を付けたものかと贅沢な悩みに首を捻る。
「まずはショコラも楽しみにしている大鹿の塩釜焼からだろう。それにしても、良い香りだねぇ……一体、どんな調味料を使っているのやら」
片手で簡素な祈りを捧げつつ、エリザが手早く人数分確保したのは件の塩釜焼だ。
大鹿のバラ肉を様々な香草と共に塩釜で蒸したそれは、ジビエにありがちな生臭さをまるで感じさせない逸品。
「ありがとうエルザさん。ボクもいくつか取ってくるね」
「ボクは飲み物を貰ってくるのです。お肉の油はジュースですっきりさせるのです!」
クレアとショコラもエリザに倣って3人分の食事を確保しはじめれば食卓はすぐに一杯になった。
「木の実ジュースだけじゃなくてモツ煮込みもあったのです!」
「豚肉と山菜のスープもあったよ。本当にいろいろな食べ物が供えられてるねぇ」
「2人とも、食べきれる量にするんだよ?」
各々の店が提供している祖霊料理には、祈りだけでなく店の威信も込められている。
採算度外視で技術や調味料の用いられた祖霊料理は紛う事なき逸品であった。
「そういえば、2人はこれからどうするんだい?」
祖霊料理に一通り舌鼓を打ち終えた頃、エリザが残る2人に問うたのは今後の予定である。
「ボクはこのまま食い倒れなのです! お肉は満喫できたので、次は屋台でフルーツやお菓子を狙うのです!」
「んー、ならボクもショコラと一緒に屋台を回ろうかな? 呼び込みをやってた桃のミード、結構気になってるんだ」
食い気を示すショコラとクレアに、エリザは「若いねぇ」と漏らす。エルフの中では若い方のエリザも100歳を越えて暫くだ。
「なら、アタシはここでお別れだね」
「あれ、エリザさんは何か用事があるの?」
寂しそうに眉をハの字にするクレア。
残念ですぅ、というショコラの頭を撫でながらエリザが言うには、祖霊料理の味付けを自宅でも試してみたいのだという。
「思い立ったが吉日、って言うだろう? それに『狩人の憩い亭』の主人に頼めば、下拵えのやり方を教えてもらえたり鹿肉の残りを分けてもらったりもできるかもしれないから」
その即断即決はエリザが長年の傭兵稼業で養ってきたエルフらしからぬ時間感覚だが、クレアとショコラにはむしろ判りやすい。
授恵者同士ならまたどこかの仕事で会うこともある、と挨拶は手短に。
祭壇の前で別れてクレアとショコラは屋台へ、エリザは来た道を戻るように『狩人の憩い亭』へと向かうのであった。
●収穫祭のお土産は?
賑やかな人混みの中でも珍しいことに「すいません」と屋台の主に呼びかける2つの声が重なった。
「っと、ごめんなさい。あなたから先にどうぞ?」
「いやいや、こちらこそすまない。こういう時はレディファーストだろう?」
土産物、という看板を掲げた屋台の前でカチあったのはリサ・ベイカーとティラミス・ノーレッジの2人である。
「それに……仕事帰りらしい同業者に順番を譲れないほど、狭量なつもりはないからね」
どこか気障な物言いをするティラミスだが、それもリサが遠慮しなくていいようにという彼なりの配慮だろう。
「ふふ、かっこいい猫さんね? じゃあ、お言葉に甘えて」
微笑んで受け入れたリサも、ティラミスの配慮を理解している。
「お土産になりそうな食べ物を探してるんです。何かお勧めはありませんか?」
そう店主に尋ねるリサの体は少しばかり前のめりで、この収穫祭を心から楽しんでいるのが見ているだけでも伝わってくる。
店主から「帰りにどれくらい掛かるんだい?」と問われ「リブラネスタまでだから、それなりに」と応じるリサを後目に、ティラミスの方は土産屋台の店頭に並んだ品々を物色している。
そうすると、店主の手が伸びたのは丁度ティラミスが見ていたジャーキーの束である。
「土産物となれば、この束がお勧めだよ。ほら、ここでは『祖霊料理』があるだろ?」
滔々と店主が語る売り文句によれば、件の束は祖霊料理を造る際にどうしても残ってしまう端切れ肉や同種の肉を集めて造った『ミックスジャーキー』だという。
今年は目玉である大鹿の塩釜焼に因んで味付けは塩味を軸にタレの類は控えめにしたシンプルな仕上げ。
祖霊料理を直接頂く程ではないが、どういった種の肉が供されているかの雰囲気を味わう事の出来る自慢の商品らしい。
「それに元が保存食だからね。きちんとすれば半年くらいは持つよ」
「それじゃあそれを……うーん、5束ちょいだい!」
「毎度あり!」
リサが脳裏で数えたのは個人か、集団か。
お嬢ちゃん可愛いからおまけね、といって店主が代金と引き換えに差し出した紙包みはそれなりの持ち重りがした。
「お待たせ、猫さん」
「それほどでもないよ、それに――」
リサの笑みに肩を竦めるティラミス。
「アンタのお陰で、オレもいい話が聞けた。店主、オレにもそのミックスジャーキーを頼む。そうだな……こっちも5束で」
陽気な返事と共に手早く店主がジャーキーを包んで寄越す。
さすがに目の前で客を区別はできないのか、ティラミスに差し出された包みもそれなりの重さがあった。
「な? オレもちょっと得ができたってことさ」
そう言ってティラミスがウィンクを投げれば、リサはころころと笑って応える。
「ふふ、一本取られちゃったわ……ね、面白い猫さん、良ければご一緒していい?」
「オレでよければ、勿論。さすがに1人で回るには屋台が多すぎるからな」
旅は道連れ、とはよくいったもので。
「オレはティラミス。アンタは?」
「私はリサよ。ねぇ、ティラミスさん、私は向こうの方は回ったんだけど……」
「丁度オレとは逆側か。それなら、お互いに気に入った店を薦めあうのはどうだ? 美味いものを安く、とはいえそれを収める腹加減にはどうしても限りがあるからな」
「いいわね! せっかくだもの、楽しんで行きましょう?」
たまたま祭りの中で出会った2人は、意気投合して屋台巡りを大いに楽しんだという。
●楽しむ者への歓声
収穫祭の中心地である広場には、屋台の隙間を縫うようにしていくつかの休憩所兼立食台が設けられている。
ベンチと食器類を置くための机からなるこじんまりとした空間は祭り全体から見れば小さくとも、酔いを醒ますなり、連れ立った者同士で屋台飯を肴に話し込むなりには十分な広さだろう。
「すごいわ……とっても活気があるのね!」
だが、屋台の呼び込みに誘われるがまま、人の流れに乗ってアンネエルカが辿り着いた場所は少しばかり妙な様相を呈していた。
「あら? あれは一体……?」
何かを囲むようにして出来上がっているのは人混みというより人垣。
そこから漏れ聞こえてくるのは「おい、すげえぞ」「まだいけるのか……?」といった感嘆と困惑のミックスされた囁きだ。
「何かのイベントかしら? ごめんなさい、私も見せてもらえるかしら?」
ここで物怖じすることなく輪に加わるのは、アンネエルカの好奇心が成せる技だろう。
人垣に紛れたアンネエルカが見たのは――。
「……ふぅ」
タンっ、と気味の良い音を立てながらジョッキを机に下ろすエルフの姿であった。
垂れ下がった長耳が先端まで真っ赤なことから既に大量の酒を呑み干していることは確実。
加えて、何よりも目を惹くのは立食台に積み上げられた途方もない数の空き皿だ。
積まれた皿を前に楚々とした所作で口元を拭うエルフの名は、リディリディ・トゥラ・ イェレミース。
「鶏の照り焼きバジルソース添えと、あのお店の鶏モモの焼き鳥は絶品ですね……後でもう3皿ほど行きましょう」
リディリディは懐から取り出した懐紙に酔いを感じさせない筆致で何事かを書きつけ、空き皿の類を始末するとそそくさと立食台を離れた。
群衆たちが畏れ敬うような態度で道を空けるのは、リディリディの食事量に驚嘆しての事だろう。
そこに。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「……私、ですか?」
アンネエルカは億すことなく声をかけた。
リディリディが振り返るまでに少し間が空いたのは、自分が話しかけられているとは思わなかったからだろう。
「そうよ! さっき何か書きつけてらしたでしょう? 屋台のお勧めだったら是非教えてほしいの」
「お勧め、と言っても……まだ、全部の店を回ったわけじゃないので……」
食事の様子とは真逆に、どこかおどおどした調子で応じるリディリディ。
しかし、謙遜を込めたリディリディの辞退はアンネエルカの好奇心を煽る結果となった。
「すごいわ、屋台を全部回るつもりなのね! ねぇ、よろしければご一緒してもいいかしら? ……っと、ごめんなさい、自己紹介を忘れていたわ。私はアンネエルカよ。あなたは?」
「えっと……リディリディ、です」
「リディリディさんね! どこのお店まで回ったの? 私は向こうの方で――」
リディリディは完全にアンネエルカのペースに呑まれてしまい、なし崩しに屋台巡りを承諾させられてしまう。
「ふふ、ここまで遠出してきて良かったわ。そうでもしないと、美味しい料理にも、リディリディさんにも会えなかったんですもの」
「そ、そう? ……なら、いいです、けど」
流される形となったリディリディだが、アンネエルカの満面の笑みに微笑み返すあたり、満更でもないらしい。
「ええ! 好きなもの、素敵なものに出会う機会は貴重だもの。さ、それじゃあ行きましょうリディリディさん。屋台を回って色んなものを楽しみながらお土産も探さなきゃ」
「お土産、なら……向こうの塩漬け肉が、美味しかったですよ。それに――」
アンネエルカに手を引かれつつ、リディリディが視線を向けるのは広場中央の祭壇。
「2人、居れば……祖霊料理も、寄り道、できるかなって」
「お土産話ってことね、私も大賛成よ!」
2人の少女が人混みに消える。
全ての屋台を制覇した者が出たと噂になるのは、収穫祭が終わりを迎えるころである。
●祭壇での出会い
日程も中程を迎え、旅人や隊商の入れ替わりや遅い到着を経て収穫祭は最大の盛り上がりを見せていた。
「ごめんなさい、こちらにお邪魔してもいいかしら?」
「ああ、どうぞどうぞ! 皿を除けるのを待ってくれるかい?」
そんな中、祭壇近くの祖霊料理用立食スペースで出会ったのはノノアとフィーレン・ステオラーズの2人である。
片やノノアはお土産や保存食を鞄に詰め込んでおり、収穫祭を一通り回り終えた後。
片やフィーレンはこれから収穫祭を回ろうか、という段。
装いからして帝国風のノノアと王国風のフィーレンといろいろと対称的な2人であった。
「凄い人出ね、ここの収穫祭は」
ノノアの語り掛けは祖霊料理の1つである腸詰めを齧りながら。
「……ああ、俺もびっくりしたよ。父の領地でも、ここまで大きい祭りとなると数えるくらいしかないから」
大鹿の塩釜焼に豪快にかぶりついていたフィーレンの返答が遅れたのは、相席したノノアから話しかけられるのを想像していなかったからだ。
「そうなのね。大きいとは思ってたけれど、そんなに凄いとは知らなかったわ」
ぱりっ、とノノアの口元で腸詰めが弾ける。
「規模もだけど、この塩釜焼もだね。今年は冒険者ギルドにも要請が来て、手伝いが駆り出される程の大物だったらしいし」
フィーレンの手元にあるのは大鹿のバラ肉だ。
食べやすさを考慮してか、骨の付いたままのソレから予測できる元のサイズは途方もない。
「そういえば鹿狩りの依頼が出ていたものね。ここの依頼だったの……」
「その口振りだと、君も冒険者ギルドに?」
「ええ。今日も仕事の途中にここに寄ったの」
「そりゃあいいタイミングだね。これだけ丁寧に調理された肉料理は普段はなかなか手が出ない」
ノノアが冒険者ギルドの話に相槌を打てば、互いに冒険者ギルドに席を置く授恵者であることが伝わったのだろう。
フィーレンも相好を崩して会話に意欲を見せる。
「名もなき神も含めて、こういう行事の時にしか振る舞われない料理は多いからね。神殿でしか食べられないこともあるけど、ここではお祈りをすれば誰でも食べられる。良いことだよ」
「わたしも聞いた時に驚いたわ。お祈りをするだけで特別な料理が食べれるだなんて」
フィーレンの視点はやや為政者の庶子としてのものが混ざっていたが、軍人を両親に持つノノアにとっては自然と頷けるものだった。
祖霊料理を味わいながらの会話はぽつぽつと続き……。
「お祈り、といえばあなたは何を祈ったのか聞いてもいいかしら?」
「――まぁ、ありきたりさ。食べ物に恵まれた1年への感謝と、来年以降もよろしくお願いします、っていう感じの」
その中で話のタネとして投げ込まれたノノアの問いに、フィーレンは少しだけ間をおいて答える。
(実は背が伸びますように、っていうのも込みだけど……さすがにこれを口外するのは恥ずかしいしね)
「そういう君は?」
「家族の無事、かしらね」
「なるほど、大事なことだ。特に最近は色々と情勢も動いているし」
咳払いをひとつ。
いつの間にか2人の皿は空になっていたのも丁度いい区切りとなった。
「楽しい食事だったよ――俺はフィーレン。フィーレン・ステオラーズだ。よければ、貴女の名前を伺っても?」
「こちらこそよ、ステオラーズさん。わたしはノノア。もし一緒にお仕事をすることがあれば、どうぞよろしくね」
握手を交わし、別れる2人。
フィーレンとノノアの縁がこれからも続くかどうかは、まさに神のみぞ知る、であった。
●果実と酒と、それから肉
リオネル・パストラルがそのリザードマンに声をかけたのは、屋台の品書きを前にどこか悩んだ雰囲気を感じ取ったからだ。
「よう、その店だとコレがお勧めだぜ」
気軽に声掛けはリオネルの気性と、祭りの陽気な雰囲気が故。
リオネルの声に振り返ったリザードマン――スィーリーンも祭りの雰囲気にどこか浮かれた表情である。
「コレ、というのは……?」
「ああ、桃を漬けたミードだよ」
これな、といってリオネルが掲げる盃には濃い黄色の液体。
甘い蜂蜜の匂いに紛れるのは桃のすっきりとした香り。
その2つで彩られた蜂蜜酒は酒精を嗜む者にとってはこの上なく芳醇なものであったが。
「ありがとうございます。けれども、私、お酒は飲まなくて」
「おっと、こりゃ失礼」
丁寧に酒を辞したスィーリーンに、リオネルはしまったという表情で額を押さえる。
「あー、それなら――」
申し訳なさげに鬣を掻きながらリオネルが注文するのは秋の果実の蜂蜜漬けだ。
「さっき俺も食ったんだけどな、果物の酸味と蜂蜜の甘さがちょうどいいぞ」
「そうなのですか。果物は好きですから、嬉しいです」
にこりと笑って店主に代金を支払おうとするスィーリーンを遮り、リオネルが素早く貨幣を差し出す。
「酒が飲めないアンタに酒を勧めた詫びだよ、奢らせてくれ」
「よろしいんですか? ええと……」
「リオネルだ」
「リオネルさん、ですね。私はスィーリーンと言います」
2人が簡単な自己紹介を終える間に店主が蜂蜜漬けを盛り終えて差し出してくる。
薄い黄色をした蜂蜜の中に一口サイズに切られた様々な果実が沈む様は、ちょっとした琥珀や宝石のように輝いて見えた。
「ありがとうございます――確か、桃のミードでしたか? 彼にもそれを1杯お願いします」
蜂蜜漬けを受け取りがてら、スィーリーンが注文するのはリオネルのための1杯だ。
「いいのかい?」
「悩んでいた私に声をかけて下さったお礼です。それに、恵みを分かちあうための収穫祭で奢られっぱなしというのは礼を欠くでしょう?」
ふんす、とスィーリーンが鼻息を漏らす。
少々頬が赤らむのは、脳裏で『憧れのあの人ならば、きっとこうやって礼を示すはずだ』と妄想が捗っているからだろう。
「ふむ……そういうことなら、ありがたく受け取っておくか」
ぐっ、と盃の残りを呑み干して次の1杯を受け取るリオネル。
良い飲みっぷりだ、とスィーリーンが注文した1杯を差し出す店主の顔も明るい。
「これを空けたら、次は水か何かで酔い覚ましだけどな。出先で酔い潰れる訳にもいかねぇ……っと、肴も新しいのを頼まなきゃな」
肩を竦めたリオネルが酒の肴を求めて近場の串焼き屋台に足を向けた。
「ああ、リオネルさん。そちらのお店でしたら、是非一度レモンソースを試してみるのをお勧めします」
「おう、そりゃあ良いことを聞いた」
すると、立食台で丁寧に果実を摘まんでいたスィーリーンから、最初にリオネルがしたような『お勧め』の声が飛ぶ。
「というわけで、適当に頼む。もちろん、スィーリーンのいう通り、レモンソースでな」
アイヨー、と串焼き屋台から気のいい声が返り、数分としないうちにリオネルの手元に届けられたのは小皿に乗せられた鶏モモと鶏皮の串焼きが2本ずつだ。
「これは流石に手が埋まるな……」
串焼き、とのことで串を持ってかぶりつくような大振りなものを想像していたリオネルであったが、予想以上に小振りな串焼きに意表を突かれたらしい。
「スィーリーン、ちょっとお邪魔していいか?」
「ええ、どうぞ」
食べ歩きを断念するリオネルの申し込みをスィーリーンは快諾した。
各々が蜂蜜漬けを串焼きを食べ終えるまでの間、2人の間ではお勧めの屋台を挙げる会話が途切れることはなかった。
●両片思いの青春
まだ昼食時を迎える前ということもあってか、収穫祭は賑わいながらもそこまで混雑していない。
それは祖霊料理の捧げられた祭壇でも同様で、ラセリ=リエ―ブルとマリア・C・クロードの2人が訪れたのが祭りの日程も終わりの方が近いことと相まってほとんど並ぶことなく参拝することが出来ていた。
「命を糧とすることをお許しください」
祈りの様式は様々。
マリアが示したやり方はウル=アルティスの信者とは異なる方法であったが、そういった細かいところをうるさく指摘するような者も祭りの場であれば居ない。
ラセリもまた、横に並んだ幼馴染の作法を真似て祈りを捧げていたが……。
(これからの冒険に、神さまの加護と幸がありますように。それと――)
ちら、とラセリが薄目を開いて見るのは真面目に祈りを捧げるマリアの姿。
(お祭り、ですから。ちょっと贅沢なことを祈っても良いですよね? いつか、マリアと両想いに……いいえ、僕がマリアへの気持ちをきちんと告げられるよう、勇気を)
キリっとした姿勢で静かに祈る幼馴染の姿に相好を崩しつつ、ラセリが願うのはあと一歩を踏み出すための勇気だ。
一方、ラセリの方も祈りの言葉の最後に「ラセリが大きなけがをしたりしませんよう、お守りください」と心中で付け加えているのだが……互いの心の内を知らぬ者同士では、どうしても伝わり切らない秘めた思いというやつである。
「さ、お祈りはこれくらいにして。ラセリ、祖霊料理を頂きに行きましょう?」
「ん、うん」
祈りを切り上げるマリアに従い、ラセリも祭壇を後にする。
「そういえば、ラセリは何をお祈りしたの?」
「僕は冒険の無事、かな?」
「もう、ラセリったら。日々の糧への感謝は忘れてないでしょうね?」
「ちゃんと祈ったさ! そういうマリアこそ、ちゃんと狩猟神さまのお名前で祈った?」
「当然です。ラセリとちがって、そういうところでうっかりはしませんもの」
「言ったなァ」
供えられた祖霊料理を皿に盛りながらの会話は幼馴染らしい気安さ。
昼食の邪魔にならない程度に量を抑えた祖霊料理は、あっという間に2人の腹に消えた。
「ああ美味しかった。マリアはどれが気に入った?」
「やっぱり、大鹿の塩釜焼かしら」
腹を満たすには少々物足りないが、話題には十分。
「鹿肉はいろいろな屋台も出してるんだって。ちょっとお昼には早いけど――」
「お昼ご飯、でしょう? 私もそう思ってたわ。案内は任せても?」
「もちろん!」
空き皿を片付け、祭壇広場を後にする2人。
ラセリの案内は前もって収穫祭のあれこれを村の大人から(マリアには秘密にしながら)聞いておいたこともあり、そつがない。
祭りの陽気に乗せられたラセリが桃のミードを注文しようとした時にはさすがにマリアからのブレーキがかかったが……そういった事も2人にとってはいい思い出だろう。
「そういえば、さっき名産品とかがあればって言ってたよね? 向こうの方にお土産物とかの屋台が固まってるんだって!」
「そうなの? なら、次はそっちに行きましょう!」
様々な屋台を梯子してはしゃぎまわる2人。
とはいえ、昼時に入り始めればどうしても人混みの密度は増していきどうしても移動は遅くなる。
「……っと、マリア、ちょっとこっちに」
そして混雑が増せば互いを見失いやすくもなる。
その中でラセリが自然とマリアの手を取って引き寄せたのは、果たして意識しての事かそれとも天然か。
「あ、ありがとう、ラセリ」
幼馴染がふと見せた男らしさにぐらりとマリアの心が揺れる。
「はぐれたら大変だから」
「ええ、頼りにしてるわ」
マリアは努めて平静を装いながらラセリの手を握り返す。
遅々とした歩みの中でふとした触れ合いに幸せを感じながら、2人の収穫祭は過ぎていくのであった。
●僧兵の祈祷
ハッタ・ムラムラがジャイアントパンダ神から『たまには他の神に祈るのも良いかもしれないよ』との天啓を受け、その都市国家を訪れたのは収穫祭の最終日であった。
「ふむ、ジャイアントパンダ教に限らず、名の有無に関わらず並べて等しく神に祈る……それもまた均衡か」
ハッタの信じる所に拠れば究極の平穏をもたらすのはGP神であるが、その途中に様々な神の助力もないとは言い切れない。
「祈る先もバランス良く……なるほど、GP神は今日も良くおれを導いてくださるらしい」
僧兵らしく祈りは厳粛かつ厳正に。
ハッタが長々と祈りを捧げる間に、幾人もの参拝者が手短な祈りを捧げて祖霊料理の机へと去って行く。
〆となる感謝の言葉をウル=アルティスへと捧げ、ついにハッタの祈りが終わりを迎えた。
「ふむ、おれが祈っている間に何人も来たようだな」
重畳、重畳と漏らしてハッタは満足そうな笑みを浮かべる。
そもそも、ハッタが大陸中を行脚する理由は『布教』と『祈りの習慣化』だ。
祈る習慣が収穫祭という形で根付いているのは、ハッタにとってとても好ましい。
「さて、それじゃあ祖霊料理を頂くとしようか」
機嫌上々に祖霊料理の机へと向かうハッタであったが、流石に最終日ともなると供えられた量も些か寂しい。
が、裏返せばそれほどに多くの人々が祭壇に祈りを捧げるべく参拝したということだ。
「大地と、自然の恵みと、人々の信仰心に、感謝を」
食前の祈りは短くまとめ、ハッタは大鹿の塩釜焼にむしゃりと齧りつく。
丁寧な調理が施された鹿肉は、ハッタの知る限り旬の笹に負けず劣らず美味であった。
「おっと、忘れる所だった」
祖霊料理を一通り平らげたハッタが再び祭壇へと参る。
ハッタが供えるのは1枚の木板。
来年の収穫祭もまた盛り上がりますように、と記されたそれはパンダ絵というハッタ最高の捧げものだ。
「お納めくだされ、ウル=アルティスよ」
2度目の祈りもまた、厳粛に。
敬虔な祈りは、必ずや神の元へと届いたことだろう。
マスターコメント
イベントシナリオ易しい 報酬:少ない15 / 4〜15人
2020年11月07日 10時34分33秒 公開
参加者
ハッタ・ムラムラ
ショコラ
エリザ・A・ミシャール
アンネエルカ
ティラミス・ノーレッジ
スィーリーン
リサ・ベイカー
- イェレミース トゥラ リディリディ
ノノア
ギーゼラ
フィーレン・ステオラーズ
ラセリ=リエ―ブル
マリア・C・クロード
クレア・エクレール
- パストラル リオネル
相談掲示板
ティラミス・ノーレッジだ、宜しく頼むぜ。 特に考えて無いが【1】で食べ歩く予定だ、せっかくの祭りだし懐に優しい今だからこそ楽しまないとな!
ノノアよ。よろしくね。 わたしは美味しいものを食べたいので屋台巡りなどを予定していますが、お誘いなどは歓迎ですわ。(美味しい物が食べれる事が楽しみで、尻尾をぶんぶんしている)
No.3
屋台・・・。 あ!リディリディといいます。 ど、どうぞよろしくお願いします。 えっと、その・・・。 【1】で屋台を巡ろうかと思っています。 出費をあまり心配しなくていいので、あの・・・楽しみです。
ハッタだ。世話になる。 祈りと言えばおれ、おれと言えば祈りだ。 つまり「2」に顔を出すという事になる。
スィーリーンと申します。 よろしくお願いします。 【1】で屋台を回ろうと思います。 桃がたくさん獲れたとの事ですし 果物も色々ありそうですね。楽しみです。
No.6
リオネルだ。せっかくだから色々食べて回りたいね、で【1】の予定だ。 見かけたらよろしく頼むよ。
エリザだ。せっかく自分たちで(前のシナリオで)捕った祖霊さまだしねぇ。 これを食べて帰らない法は無いだろうってことで【2】に参加するつもりだ。 いやぁ、楽しみだ。行き会った人らはよろしく頼むよ。
ギーゼラです。よろしくお願いします。 僕は狩った者として、ハンティング・トロフィーを確認に行きたいので 【2】に参加します。 あぁ!大鹿は素敵な供物となったのですね! 生け捕りにされた大鹿にとって、死は解放だったのか、絶望でしかなかったのか。 もう何も映さなくなってしまった瞳に、最後に宿っていたものはなんだったのか。 ふふふ、想像するだけで…私とっても興奮してしまいます!