あなたをここに導くのは
キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2023年12月29日 09時00分46秒
刺繍は貴族令嬢としての嗜みのうちだ。ローザリカ・L・ディオールもまたその例に漏れず、慣れたものである。
手元のハンカチに刺している図案は、小鳥と薔薇だ。愛しい婚約者への贈り物である。
刺繍は貴族令嬢としての嗜み――ではあるのだが、ローザリカはこういったものを婚約者へ贈ったことがなかった。
いや、正確には、頻度がそう高くないだけだ。今回が初めてではないし、ずっと昔にも贈ろうとした。それはまだローザリカが幼く、針の扱いが未熟だった頃のことだ。
真白いハンカチに、拙いながらもできるだけ丁寧に刺繍を施した。それを手に、しかし渡しているところを他の誰かに見られるのは気恥ずかしくて、婚約者を連れ出した――今思えば、あの事件がよぎるからと、今までできるだけ避けていたのかもしれない。
ローザリカは少しの間手を止めたが、すぐに刺繍を再開した。
もう、昔の私たちではない。今は自信を持って、そう言えるから。
椅子に深く腰掛けて糸を変え針を変え、もくもくと刺し続けていたローザリカは、開け放した窓に小鳥が降り立つ気配に顔を上げた。
冬の風をはらんで広がるカーテンの影から出てきたのは、しかしローザリカの予想を裏切り、見知らぬ小鳥だった。越冬のために北から渡ってきたのであろう駒鳥は、ここはどこだと言わんばかりに、頻りに小首を傾げている。
長時間同じ姿勢でいたために凝り固まった体をついでに動かそうと、ローザリカは刺繍を中断して立ち上がる。
「愛らしい姿だ。迷ったのかな?」
幼さ故なのか、それとも人に慣れているのか、理由はわからないが、駒鳥はローザリカが近づいてもまったく恐れを見せない。ローザリカがそっと手を差し出すと、駒鳥は何度か小さく跳ねるようにして移動し、様子を窺う。それにもまた警戒というよりは、好奇心が優っているような雰囲気だ。
「お前のような子は、きっとすぐに食われてしまうな。鷹や猫や、」
――狼犬などに。
一瞬脳裏をよぎった光景に、ローザリカは思わず手を引っ込めて胸元に寄せた。そして過去の記憶を払いのけるように、何度か頭を振った。
「……あっ!」
そうしている間に、駒鳥は机の上に放置されたハンカチに近づいていた。先ほどまでローザリカが刺繍をしていたものである。ローザリカは慌てて駆け寄ると、ハンカチの上に置いたままだった針を針山に刺し直した。
「危ないじゃないか。……いや、適当に放置していた僕が悪いんだが」
ローザリカが裁縫道具を安全な場所に移している間にも、その駒鳥は悠々と室内を歩き回る。そしてハンガーにかけられたあるものに気づくと、羽ばたいてそれに突進した。
駒鳥が向かったのは、ローザリカがハンカチとは別に用意していたタペストリーだった。まだ刺している途中だが、図案の一部が鮮やかな木の実か何かに見えたのだろう。
当然啄むことができるわけもなく、勢い余って弾き飛ばされた駒鳥は絨毯の上に尻餅をつき、やはり小首を傾げている。ローザリカは目を瞬いて様子を見ていたが、ぷっと噴き出した。
「ふっ……くく。もしかして、木の実と間違えたのか。僕の腕もなかなかということかな」
ローザリカは駒鳥に近づくと、両手で優しく掬い上げる。
「だが諦めてくれ。これは彼に贈るものだから、お前にはあげられない」
そう言いながら眼裏に浮かぶのは、彼のはにかんだ笑顔だった。
贈り物を嬉しいと喜んでくれた。こういうのは好きじゃないと思っていた、とも言われたが――彼は気づいていないのだ。彼が笑ってくれると、その笑顔を自分にだけ向けてほしいと願うから、向き合ったのだ。
タペストリーに描かれているのは薔薇園であり、ここに小鳥を加えれば完成だ。小鳥が誰を象徴するのかは、もはや言わずとも伝わる。
「……そういえば」
そこで、ローザリカは思案した。駒鳥は確か『幸せを運ぶ鳥』として知られていたはずだ。
ある時代には、花嫁が自ら織って刺したタペストリーを嫁ぎ先に持ち込む習わしがあったという。それに『幸せを運ぶ鳥』はきっと、お誂え向きだ。
ローザリカは駒鳥を肩に乗せ、タペストリーを撫でた。
駒鳥に導かれた彼が、薔薇園を訪れる。それを見た彼は、今度はどんな表情で、どんな言葉で、喜んでくれるだろうか――そんなことを、考えながら。
手元のハンカチに刺している図案は、小鳥と薔薇だ。愛しい婚約者への贈り物である。
刺繍は貴族令嬢としての嗜み――ではあるのだが、ローザリカはこういったものを婚約者へ贈ったことがなかった。
いや、正確には、頻度がそう高くないだけだ。今回が初めてではないし、ずっと昔にも贈ろうとした。それはまだローザリカが幼く、針の扱いが未熟だった頃のことだ。
真白いハンカチに、拙いながらもできるだけ丁寧に刺繍を施した。それを手に、しかし渡しているところを他の誰かに見られるのは気恥ずかしくて、婚約者を連れ出した――今思えば、あの事件がよぎるからと、今までできるだけ避けていたのかもしれない。
ローザリカは少しの間手を止めたが、すぐに刺繍を再開した。
もう、昔の私たちではない。今は自信を持って、そう言えるから。
椅子に深く腰掛けて糸を変え針を変え、もくもくと刺し続けていたローザリカは、開け放した窓に小鳥が降り立つ気配に顔を上げた。
冬の風をはらんで広がるカーテンの影から出てきたのは、しかしローザリカの予想を裏切り、見知らぬ小鳥だった。越冬のために北から渡ってきたのであろう駒鳥は、ここはどこだと言わんばかりに、頻りに小首を傾げている。
長時間同じ姿勢でいたために凝り固まった体をついでに動かそうと、ローザリカは刺繍を中断して立ち上がる。
「愛らしい姿だ。迷ったのかな?」
幼さ故なのか、それとも人に慣れているのか、理由はわからないが、駒鳥はローザリカが近づいてもまったく恐れを見せない。ローザリカがそっと手を差し出すと、駒鳥は何度か小さく跳ねるようにして移動し、様子を窺う。それにもまた警戒というよりは、好奇心が優っているような雰囲気だ。
「お前のような子は、きっとすぐに食われてしまうな。鷹や猫や、」
――狼犬などに。
一瞬脳裏をよぎった光景に、ローザリカは思わず手を引っ込めて胸元に寄せた。そして過去の記憶を払いのけるように、何度か頭を振った。
「……あっ!」
そうしている間に、駒鳥は机の上に放置されたハンカチに近づいていた。先ほどまでローザリカが刺繍をしていたものである。ローザリカは慌てて駆け寄ると、ハンカチの上に置いたままだった針を針山に刺し直した。
「危ないじゃないか。……いや、適当に放置していた僕が悪いんだが」
ローザリカが裁縫道具を安全な場所に移している間にも、その駒鳥は悠々と室内を歩き回る。そしてハンガーにかけられたあるものに気づくと、羽ばたいてそれに突進した。
駒鳥が向かったのは、ローザリカがハンカチとは別に用意していたタペストリーだった。まだ刺している途中だが、図案の一部が鮮やかな木の実か何かに見えたのだろう。
当然啄むことができるわけもなく、勢い余って弾き飛ばされた駒鳥は絨毯の上に尻餅をつき、やはり小首を傾げている。ローザリカは目を瞬いて様子を見ていたが、ぷっと噴き出した。
「ふっ……くく。もしかして、木の実と間違えたのか。僕の腕もなかなかということかな」
ローザリカは駒鳥に近づくと、両手で優しく掬い上げる。
「だが諦めてくれ。これは彼に贈るものだから、お前にはあげられない」
そう言いながら眼裏に浮かぶのは、彼のはにかんだ笑顔だった。
贈り物を嬉しいと喜んでくれた。こういうのは好きじゃないと思っていた、とも言われたが――彼は気づいていないのだ。彼が笑ってくれると、その笑顔を自分にだけ向けてほしいと願うから、向き合ったのだ。
タペストリーに描かれているのは薔薇園であり、ここに小鳥を加えれば完成だ。小鳥が誰を象徴するのかは、もはや言わずとも伝わる。
「……そういえば」
そこで、ローザリカは思案した。駒鳥は確か『幸せを運ぶ鳥』として知られていたはずだ。
ある時代には、花嫁が自ら織って刺したタペストリーを嫁ぎ先に持ち込む習わしがあったという。それに『幸せを運ぶ鳥』はきっと、お誂え向きだ。
ローザリカは駒鳥を肩に乗せ、タペストリーを撫でた。
駒鳥に導かれた彼が、薔薇園を訪れる。それを見た彼は、今度はどんな表情で、どんな言葉で、喜んでくれるだろうか――そんなことを、考えながら。