時の娘の祈り
キャラクターノベル制作 伊治納品 2023年11月05日 09時22分21秒
●
風が吹き、庭園の赤が揺れる。
(熱情が見頃らしいが……控えておいた方が良いか)
先の依頼で重い傷を負ったシルヴィア・A・カペルは静養を余儀なくされている。
この為、当代『蒼玉侯』は次代『蒼玉侯』へ数日の公務中止を命じ、シルヴィアも万全の状態になるまでは自室で体を休める優先させていた。
(華焔の涯の目にはどう映っていただろうね)
魂を焼き尽くせるだけの炎――私達はまだ最後まで終わっていないから、どうか見届けてほしい。
……そう、最後は必ず止めてみせる。
「シルヴィア様」
そこへ侍女が一礼してやってきた。
「研究所より今年の新作の薔薇が咲いたと報告がございます。シルヴィア様が静養されているゆえ、お慰めになればと鉢植えを献上しておりますが、お運びしてもよろしいでしょうか」
「頼むよ」
侍女が一礼し、シルヴィアの前を一旦辞する。
次に戻ってきた時にはワゴンの上に鉢植えの薔薇が乗っていた。
カップ咲きの薔薇は赤だ。中心部は鮮やかな紅だが、花弁が開くごとに赤が薄まり、花弁の先は完全に色がない純白だ。花弁が重なるのも相まって複数の色が重なっているようにも見える。
――まるで、
「シルヴィア様?」
「ああ、すまない、綺麗な色合いで感心していた」
シルヴィアは侍女へ微笑を向ける。
静養の身である為、侍女が再び辞した後シルヴィアは新作の薔薇を見る。名称は『時の娘』とするらしい。
今日明らかになっていない真実も時と共に明らかになるかもしれない。その明らかになった真実が、やがては奇跡へ繋がるかもしれない――そういう想いが込められたものだとか。
なるほど、良い意味だ。
「……時の娘はいつか必ず真実へ導いてくれるだろう」
シルヴィアは目を閉じる。
そう、時の娘に導かれる真実に出会う為にはその日までにこの身を癒さなくては。
●
静養を初めて3日目――
シルヴィア自身も優れたヒーラーであるが、静養の身である為、青薔薇のヒーラーへ自身の治療を一任し、心身の回復に専念していた。
「傷が残らないようで良かったよ」
冒険者である以上怪我は避けて通れるものではない。怪我を恐れて躊躇して目的を達成することができるような事態でもなかった。
けれども――治らなくても問題ないという話でもない。
シルヴィアは本日の問診を受けた後、今日から庭園の散歩の許可が出たことを聞いた。
「良かった。この3日、ずっと部屋にいたから外の空気を吸いたいと思っていた」
最初の1日はベッドで横になり、睡眠中心だった。
昨日はベッドから身を起こし、研究所の鉢植えの薔薇を愛でたり、自身の思考の整理に時間を費やした。
けれども、3日目となれば冒険者としての本来の動きは難しくとも外の空気を吸いたくなるものだ。
シルヴィアは『蒼玉侯』の許可も得たので、侍女を数人伴い、庭園へ向かった。
「……流石にアベリアは終わっているね」
「そうですね、一昨日には」
アベリアは開花時期が長く、花の領地であるカペルにおいては祭の主役として扱わないものの、常連さんとして領民の多くが慣れ親しんでいる花だが、この季節にその長かった開花時期が終わるのだ。
また会う日まで挨拶をしておきたかったが、こればかりは仕方がない。
「ここでセテスだったら残念な思いを込めて一曲奏でる所なんだが」
「演奏はまだ腕に負担がかかるとのことでございます」
「セテスが演奏するのは否定しないんだ」
「事実を否定して何になりましょうか」
シルヴィアのフィドルを手掛けた楽器職人セテスはヴェルクリエに留学した経緯を持つ優秀な若手職人だが、感情が高ぶると曲を奏でまくるという変わった一面を持つ。
今回の一報を聞いた時もセテスは取り乱して曲を奏でまくり、そんな彼を見て取り乱し踊り狂う嫁共々ちょっとした騒ぎになったらしい。
シルヴィアは報告しか聞いていないが、容易に想像できる。静養が終わったら顔を見せて安心させてあげよう。
「そうじゃないと、彼らの新婚生活が大変になりそうだからね……」
次代『蒼玉侯』としては、それはちょっとどころではなく困る。
翌日の静養4日目には軽度の運動や数時間程度書類に目を通す許可が下り、冒険者であり次代『蒼玉侯』シルヴィアへ戻る時を進めていく。
そうして、静養5日目を迎えた。
●
朝、シルヴィアは何の問題もなく目覚めた。
朝食を摂り、軽い運動や書類仕事をこなした後、シルヴィアを訪れたアーカネラの最後の問診を受け、昼過ぎに冒険者として、次代『蒼玉侯』としての復帰に問題なしとお墨付きを貰う。
「5日も休まなくてはいけなかったけど」
シルヴィアはその果実筒を見、呟いた。
けれども、今の自分には必要な5日間だった。
時の娘よ、どうか真実を導きたまえ。
尽きることなき焔の先に青い薔薇の未来を。
炎は消えようとも、君が生きた軌跡は共にある。
シルヴィアは花を携え往く。
彼女が彼女であるが故に。
風が吹き、庭園の赤が揺れる。
(熱情が見頃らしいが……控えておいた方が良いか)
先の依頼で重い傷を負ったシルヴィア・A・カペルは静養を余儀なくされている。
この為、当代『蒼玉侯』は次代『蒼玉侯』へ数日の公務中止を命じ、シルヴィアも万全の状態になるまでは自室で体を休める優先させていた。
(華焔の涯の目にはどう映っていただろうね)
魂を焼き尽くせるだけの炎――私達はまだ最後まで終わっていないから、どうか見届けてほしい。
……そう、最後は必ず止めてみせる。
「シルヴィア様」
そこへ侍女が一礼してやってきた。
「研究所より今年の新作の薔薇が咲いたと報告がございます。シルヴィア様が静養されているゆえ、お慰めになればと鉢植えを献上しておりますが、お運びしてもよろしいでしょうか」
「頼むよ」
侍女が一礼し、シルヴィアの前を一旦辞する。
次に戻ってきた時にはワゴンの上に鉢植えの薔薇が乗っていた。
カップ咲きの薔薇は赤だ。中心部は鮮やかな紅だが、花弁が開くごとに赤が薄まり、花弁の先は完全に色がない純白だ。花弁が重なるのも相まって複数の色が重なっているようにも見える。
――まるで、
「シルヴィア様?」
「ああ、すまない、綺麗な色合いで感心していた」
シルヴィアは侍女へ微笑を向ける。
静養の身である為、侍女が再び辞した後シルヴィアは新作の薔薇を見る。名称は『時の娘』とするらしい。
今日明らかになっていない真実も時と共に明らかになるかもしれない。その明らかになった真実が、やがては奇跡へ繋がるかもしれない――そういう想いが込められたものだとか。
なるほど、良い意味だ。
「……時の娘はいつか必ず真実へ導いてくれるだろう」
シルヴィアは目を閉じる。
そう、時の娘に導かれる真実に出会う為にはその日までにこの身を癒さなくては。
●
静養を初めて3日目――
シルヴィア自身も優れたヒーラーであるが、静養の身である為、青薔薇のヒーラーへ自身の治療を一任し、心身の回復に専念していた。
「傷が残らないようで良かったよ」
冒険者である以上怪我は避けて通れるものではない。怪我を恐れて躊躇して目的を達成することができるような事態でもなかった。
けれども――治らなくても問題ないという話でもない。
シルヴィアは本日の問診を受けた後、今日から庭園の散歩の許可が出たことを聞いた。
「良かった。この3日、ずっと部屋にいたから外の空気を吸いたいと思っていた」
最初の1日はベッドで横になり、睡眠中心だった。
昨日はベッドから身を起こし、研究所の鉢植えの薔薇を愛でたり、自身の思考の整理に時間を費やした。
けれども、3日目となれば冒険者としての本来の動きは難しくとも外の空気を吸いたくなるものだ。
シルヴィアは『蒼玉侯』の許可も得たので、侍女を数人伴い、庭園へ向かった。
「……流石にアベリアは終わっているね」
「そうですね、一昨日には」
アベリアは開花時期が長く、花の領地であるカペルにおいては祭の主役として扱わないものの、常連さんとして領民の多くが慣れ親しんでいる花だが、この季節にその長かった開花時期が終わるのだ。
また会う日まで挨拶をしておきたかったが、こればかりは仕方がない。
「ここでセテスだったら残念な思いを込めて一曲奏でる所なんだが」
「演奏はまだ腕に負担がかかるとのことでございます」
「セテスが演奏するのは否定しないんだ」
「事実を否定して何になりましょうか」
シルヴィアのフィドルを手掛けた楽器職人セテスはヴェルクリエに留学した経緯を持つ優秀な若手職人だが、感情が高ぶると曲を奏でまくるという変わった一面を持つ。
今回の一報を聞いた時もセテスは取り乱して曲を奏でまくり、そんな彼を見て取り乱し踊り狂う嫁共々ちょっとした騒ぎになったらしい。
シルヴィアは報告しか聞いていないが、容易に想像できる。静養が終わったら顔を見せて安心させてあげよう。
「そうじゃないと、彼らの新婚生活が大変になりそうだからね……」
次代『蒼玉侯』としては、それはちょっとどころではなく困る。
翌日の静養4日目には軽度の運動や数時間程度書類に目を通す許可が下り、冒険者であり次代『蒼玉侯』シルヴィアへ戻る時を進めていく。
そうして、静養5日目を迎えた。
●
朝、シルヴィアは何の問題もなく目覚めた。
朝食を摂り、軽い運動や書類仕事をこなした後、シルヴィアを訪れたアーカネラの最後の問診を受け、昼過ぎに冒険者として、次代『蒼玉侯』としての復帰に問題なしとお墨付きを貰う。
「5日も休まなくてはいけなかったけど」
シルヴィアはその果実筒を見、呟いた。
けれども、今の自分には必要な5日間だった。
時の娘よ、どうか真実を導きたまえ。
尽きることなき焔の先に青い薔薇の未来を。
炎は消えようとも、君が生きた軌跡は共にある。
シルヴィアは花を携え往く。
彼女が彼女であるが故に。