【虚飾】Title/母なる胸像
キャラクターノベル制作 むぎあき納品 2023年11月13日 19時25分58秒
リベラ商会を『イカれた天秤』と謗る人間は一帯の財界で後を絶たない。
狂った秤も使い様によっては、などと不遜な物言いをする輩をも、ディオール家は惜しまずその皿の上に踏み込ませてきた。
「重視すべきは生まれる利。零れもの受け取る者達にとって、商会が何を扱おうが然程重要ではない――違いますかな?」
見慣れない顔の“職人”はローザリカ・L・ディオールに持参した“品”を披露しながら、八方からの刺し貫くような視線など気にも留めず饒舌に売り込みを続ける。
偶然、その日商会の責任者として留守を預かっていた薔薇髪の女は小さく溜息を吐き、ただ首を横に振った。
「どうぞお帰りを」
「お気に召しませんでしたか」
ローザリカはそれ以降男に言葉を投げ掛けなかった。それは慈悲でなく、温情であったのだ。
■
(寝苦しい)
瞼は閉じたままに、ローザリカは息苦しさを疎んだ。知らぬ心地ではない。責務であったり、世情や異変、親しい者の悲報。想い人のこと。
あらゆる形の無いものが、乙女の細い首を締め付る。そんな夜を幾度も超えて、しかしローザリカは此処にいる。
あれしきの事で萎れるような軟な花であってはならないと、己が身を立てていたはずだった。
じくり。
「……ん……」
身体の何処かが甘く痺れた。
――ぷつん。
「ひっ――!?」
間髪入れず、冷たく尖った何かが両肩を貫いた。反射的に抗おうとして余計な激痛が全身を駆け巡る。目を見開けば、寝台ごとローザリカを貫くようにして細身の鉄杭が打ち込まれていた。
何故、誰が、如何様にして。
(いや、そんなことどうでも――)
逃げなければ、どうやって?
少しでも身動げば骨が押しやられ、脳天に火花が飛ぶような痛みに焼かれる。無意識に息を殺していたローザリカ。そんな彼女の手足を、天蓋の外から伸びた手が抑え付けた。
暗闇に慣れた目に見えたのは、細い枯れ枝のような幾つもの手が自身の四肢をシーツの上に縫い付けている光景。
その上から覆いかぶさるように、肩に刺さったのと同じ鉄杭を握る巨大な手が、月光で煌めく切っ先を振りかざす一瞬であった。
「が、かはっ……あ――ぎっ、ぃ……ッ!」
醜い、これが自分の喉から出る声か。
血生臭い。背にしたシーツがぐっしょりと濡れて、ネグリジェにも染み渡る。
純白の寝台はローザリカの肌を残して、一面の赤に満たされていた。
(僕は――死ぬのか、こんな、わけもわからないものに)
殺される。
厭だ、厭だ、と子供のように泣き叫びたくてたまらない。
なのに、息を吸う事もままならない。身体中の熱が失われていく。
灰色の手指たちはといえば、ローザリカを穿つ杭から溢れるものを指に掬い取り、血塗れのネグリジェを破り、はだけさせたのちにその肌をなぞる。
二の腕の中ほど、臍の上を横断する線を。そして胸元に円を描いて。爪先から滴らせる紅で目印を引くように。
目線を落とせば、くっきりと引かれた線が浅い呼吸に合わせて上下しているのが見える。
(まさか)
遠くから重く硬い何かを引きずるような音がする。
■
「――嘘だ」
夢ならば覚めてくれ。誰か僕を起こしてくれ。
鏡に映る自分の姿から目を逸らせられるのであれば、否、この際目を潰してしまってもいい。
『お美しい。貴女もそう思いませんか、ディオール嬢』
乱れていた彼女の髪を灰色の腕がそっと撫で、整えていく。
鏡の向こうには見慣れた光景が映っている。当然だ、ここはローザリカの部屋なのだから。何度も向き合ってきたお気に入りの三面鏡、薄明かりに照らされた部屋の中には既に彼女の姿は無い。
――正確に言おう、ディオール伯爵家令嬢、ローザリカと呼ばれた人間はもういない。
ごとり、ごとりと小刻みに独りでに動く胸像。
「認めない。こんなの……!」
胸像には余分な部分を切り落とされ、胸から下を陶器の台に置き換えられた哀れな女。
鎖骨の下にはぽっかりと穴が開き、ここに薬を仕込む事で香炉としても使えるのだとか、あの気色の悪い男は自慢げに――
ああ、見覚えがある。趣味が最悪なだけの精巧な作り物だと甘く見た自分をローザリカは呪った。
これがその代償だというのか? ――ふざけるな、無茶苦茶だ!
『永遠の美しさは乙女であれば誰しもが夢見るものです。貴女とていずれ分かりますよ。そう、永遠です。貴女を手に入れる男たちに代わる代わる愛され続ける。それこそが至福の喜びであり、私の願いでもありますから』
ローブ姿の男は呻く胸像の口に轡を噛ませ、いとし子に差し伸べるような手つきで抱き上げる。
見開いた目から涙を零す“作品”を入れた箱の蓋が、ゆっくりと閉じられて――
■
――ローザリカお嬢様!
夢。
聞き慣れた声に呼び起された自分、余程酷い顔をしていたのだろう。
不安げに佇む侍女に気の利いた言葉を掛けてやる猶予はなかった。
――ただの夢だ、怯えるべくもないだろう?
狂った秤も使い様によっては、などと不遜な物言いをする輩をも、ディオール家は惜しまずその皿の上に踏み込ませてきた。
「重視すべきは生まれる利。零れもの受け取る者達にとって、商会が何を扱おうが然程重要ではない――違いますかな?」
見慣れない顔の“職人”はローザリカ・L・ディオールに持参した“品”を披露しながら、八方からの刺し貫くような視線など気にも留めず饒舌に売り込みを続ける。
偶然、その日商会の責任者として留守を預かっていた薔薇髪の女は小さく溜息を吐き、ただ首を横に振った。
「どうぞお帰りを」
「お気に召しませんでしたか」
ローザリカはそれ以降男に言葉を投げ掛けなかった。それは慈悲でなく、温情であったのだ。
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(寝苦しい)
瞼は閉じたままに、ローザリカは息苦しさを疎んだ。知らぬ心地ではない。責務であったり、世情や異変、親しい者の悲報。想い人のこと。
あらゆる形の無いものが、乙女の細い首を締め付る。そんな夜を幾度も超えて、しかしローザリカは此処にいる。
あれしきの事で萎れるような軟な花であってはならないと、己が身を立てていたはずだった。
じくり。
「……ん……」
身体の何処かが甘く痺れた。
――ぷつん。
「ひっ――!?」
間髪入れず、冷たく尖った何かが両肩を貫いた。反射的に抗おうとして余計な激痛が全身を駆け巡る。目を見開けば、寝台ごとローザリカを貫くようにして細身の鉄杭が打ち込まれていた。
何故、誰が、如何様にして。
(いや、そんなことどうでも――)
逃げなければ、どうやって?
少しでも身動げば骨が押しやられ、脳天に火花が飛ぶような痛みに焼かれる。無意識に息を殺していたローザリカ。そんな彼女の手足を、天蓋の外から伸びた手が抑え付けた。
暗闇に慣れた目に見えたのは、細い枯れ枝のような幾つもの手が自身の四肢をシーツの上に縫い付けている光景。
その上から覆いかぶさるように、肩に刺さったのと同じ鉄杭を握る巨大な手が、月光で煌めく切っ先を振りかざす一瞬であった。
「が、かはっ……あ――ぎっ、ぃ……ッ!」
醜い、これが自分の喉から出る声か。
血生臭い。背にしたシーツがぐっしょりと濡れて、ネグリジェにも染み渡る。
純白の寝台はローザリカの肌を残して、一面の赤に満たされていた。
(僕は――死ぬのか、こんな、わけもわからないものに)
殺される。
厭だ、厭だ、と子供のように泣き叫びたくてたまらない。
なのに、息を吸う事もままならない。身体中の熱が失われていく。
灰色の手指たちはといえば、ローザリカを穿つ杭から溢れるものを指に掬い取り、血塗れのネグリジェを破り、はだけさせたのちにその肌をなぞる。
二の腕の中ほど、臍の上を横断する線を。そして胸元に円を描いて。爪先から滴らせる紅で目印を引くように。
目線を落とせば、くっきりと引かれた線が浅い呼吸に合わせて上下しているのが見える。
(まさか)
遠くから重く硬い何かを引きずるような音がする。
■
「――嘘だ」
夢ならば覚めてくれ。誰か僕を起こしてくれ。
鏡に映る自分の姿から目を逸らせられるのであれば、否、この際目を潰してしまってもいい。
『お美しい。貴女もそう思いませんか、ディオール嬢』
乱れていた彼女の髪を灰色の腕がそっと撫で、整えていく。
鏡の向こうには見慣れた光景が映っている。当然だ、ここはローザリカの部屋なのだから。何度も向き合ってきたお気に入りの三面鏡、薄明かりに照らされた部屋の中には既に彼女の姿は無い。
――正確に言おう、ディオール伯爵家令嬢、ローザリカと呼ばれた人間はもういない。
ごとり、ごとりと小刻みに独りでに動く胸像。
「認めない。こんなの……!」
胸像には余分な部分を切り落とされ、胸から下を陶器の台に置き換えられた哀れな女。
鎖骨の下にはぽっかりと穴が開き、ここに薬を仕込む事で香炉としても使えるのだとか、あの気色の悪い男は自慢げに――
ああ、見覚えがある。趣味が最悪なだけの精巧な作り物だと甘く見た自分をローザリカは呪った。
これがその代償だというのか? ――ふざけるな、無茶苦茶だ!
『永遠の美しさは乙女であれば誰しもが夢見るものです。貴女とていずれ分かりますよ。そう、永遠です。貴女を手に入れる男たちに代わる代わる愛され続ける。それこそが至福の喜びであり、私の願いでもありますから』
ローブ姿の男は呻く胸像の口に轡を噛ませ、いとし子に差し伸べるような手つきで抱き上げる。
見開いた目から涙を零す“作品”を入れた箱の蓋が、ゆっくりと閉じられて――
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――ローザリカお嬢様!
夢。
聞き慣れた声に呼び起された自分、余程酷い顔をしていたのだろう。
不安げに佇む侍女に気の利いた言葉を掛けてやる猶予はなかった。
――ただの夢だ、怯えるべくもないだろう?