中年の味
キャラクターノベル(グループ)制作 革酎納品 2023年10月21日 09時52分49秒
●
夜のヴィント、とある酒場。
大勢の客で賑わう店内の、その一角だけが微妙な空気に包まれている。
ふたり用の卓で、サシで飲む中年授恵者二名。
一方は、ディレイン・オールドケイジ。そしてもう一方は、マクシミリアン・ミルド。
今宵この両名は、ヴィント郊外に於ける対幽界分樹戦の勝利を祝おうと酒の席を設けた。誘ったのはディレインだったが、この席で雄弁に喋りまくっているのは寧ろマクシミリアンの方だった。
マクシミリアンは未だ鮮明に残っている記憶の中からディレインの治癒師としての秀逸な技量や、レイウェスト・バルダス皇子の指揮官としての人望、或いは彼に付き従う多くの冒険者達の武勇伝について、実に事細かく語り続けた。
これに対しディレインは言葉少なに相槌を返すばかりで、まともな台詞が出てこない。結果、マクシミリアンが一方的に喋りまくり、ディレインは聞き役に徹している様な構図が出来上がってしまっていた。
「えぇ、まぁ、うん」
赤ら顔で快活に笑うマクシミリアンに対し、ディレインは幾分引きつった苦笑で応じた。
実際のところディレインが困っているのは相手に対してではなく、自分自身に対してであった。
(どうにも、やり辛いなぁ)
正直なところ、どう接すれば良いのか分からない。帝国近衛連隊長相手に如何様な態度で臨むべきなのかという点で、大いに戸惑っていたのである。
(今まで、若い子ばっかりだったからなぁ)
ふと、そんな困惑が脳裏を過った。
●
先の戦いでマクシミリアンはディレインに対し、
「マクシミリアンじゃ長ったらしいからさ、マックスで良いよ」
などと軽い調子で述べた。
ところがディレイン自身がその呼び方をすることに幾分の抵抗感を覚えてしまっていた。
相手は天下の帝国近衛連隊長殿である。同じ依頼で肩を並べたからといって、流石にいきなり馴れ馴れしく接することも出来ず、それまではマクシミリアンさんと呼び、節度ある態度を保っていた。
それが大人の作法というものであろう。
しかし同時に、マクシミリアンには同年代ならではの親しみも感じている。正直なところディレインの周囲には(実年齢は兎も角)若者が多く、ひとり年長のおじさん枠という体で振る舞うことが多かった。
そして現在。ほとんど初めてといって良い同年代の友人が出来た。それが目の前の男である。別段そこまで難しく考える必要も無さそうなのだが、ディレインのこれまでの人間関係からすると、これは大いに戸惑って良い案件だろう。
(距離の詰め方が、分からない……)
今や身内認定したといっても過言では無いマクシミリアンに対し、今更ながら言葉遣いや距離感の選択に困り切ってしまっていた。
これまでマクシミリアン程の圧の強さで迫られたことも無かった為、自分の方から一歩踏み込むことにも躊躇しているという部分も少なくなかった。
●
しかし、全くの無言に陥るという訳でも無い。
マクシミリアンが示す観点には同年代として大いに共感出来るし、40を迎えた今だからこそ理解出来る部分もあった。
「いやぁ、けど少しばかり前に出過ぎたな。ああいう時は若い連中に任せて勢い付けるのが定石なんだがね」
対幽界分樹戦での己のハッスルぶりを反省するマクシミリアン。
以前のディレインなら小首を傾げたかも知れないが、今ならばマクシミリアンがいわんとしていることも大いに理解出来た。
今回の戦いは人類側が敵を圧倒したから良かったものの、戦況が膠着していたり、或いは劣勢に押し込まれている時は若い兵に勢いを付けさせ、自分達ベテランは彼らが足元を掬われぬ様に的確なサポート役に徹する方が流れを引き寄せ易いという。
「流石で……流石その通り。マクシミ……マック……連隊長殿の見識は、そのぅ、お見事」
軽い緊張感を背筋に感じながら恐ろしく不自然な応えを返すディレイン。今のマクシミリアンはすっかり出来上がっている為に全く気にも留めなかったが、何度も言葉に詰まるその姿は普段ならば到底見ていられない。
ディレインをよく知る若い友人達が今の姿を見たら、さぞ驚くことだろう。
それ程に今のディレインには全く余裕が無かった。
と、そこへウェイトレスの年若い娘が追加のオーダーを取りに来た。
この時、ディレインは入店する前にマクシミリアンと交わした下りを思い出した。
「俺さぁ、この店じゃその辺によく居る普通のおじさん冒険者で通してんだよ。お前さんもそのつもりで接してくれよな。近衛連隊長なんてことが知れて場の空気が変に緊張しちまったら、美味い酒も何だか味気無くなっちまう」
入店直後はマクシミリアンがひと通りのオーダーを預けた為、ディレインが口を出す必要は無かった。しかし今のマクシミリアンは若干呂律が廻っていない。
機嫌良く酒を楽しんでいる近衛連隊長を助ける意味でも、ここは演技に徹する必要があった。
●
ディレインは腹を括った。
「さてマックス、次は何にしようかねぇ?」
「んー、そうだなぁ。肉はさっきたらふく食ったし、今度は野菜系で攻めるか」
極々自然なやり取りだった。
友人同士の中年ふたりが、普通に酒を楽しんでいる――誰の目から見ても、その様に映っただろう。
「でも苦手な野菜があるって、いってなかったっけ?」
「あ~、そうだそうだ。あんまり刺激の強いのは駄目かもな。酒の味が分からなくなるし」
あらかた希望が出そろったところで、ディレインがウェイトレスに追加のオーダーを申し入れた。
そうして厨房へと去ってゆくウェイトレスの後姿をちらりと見遣ってから、ディレインはどこか拍子抜けした様な感覚に襲われた。
「あれ、こっちも空っぽじゃないか。お代わり欲しいな」
「あぁはいはい。それも頼んでおくよ」
木製ジョッキを覗き込むマクシミリアンに、ディレインは肩を竦めて苦笑を返した。
いつの間にか、緊張感が消えていた。
しかし相手は矢張り、帝国近衛連隊長。親しき中にも礼儀ありではないが、矢張り一定の節度を持って接しなければならないと己に釘を刺した。
その上で、もう少し態度を崩そう。それがマクシミリアンの希望でもあるのだから。
(案外、やれば出来るもんだね……)
結局のところ、ディレインに決意を促したのは己自身のやりにくさや困惑を、相手に対する気遣いが上回ったからであろう。
●
店を出る頃には、マクシミリアンは千鳥足と化していた。
仕方無くディレインが肩を貸す。
「マックスは精神的な圧も凄いけど、質量的な圧も半端じゃないなぁ」
「そらお前、俺はこんなガタいだしよぉ」
筋肉の峰で覆われた頑健な体躯は、それなりに重い。その体重の半分近くをディレインの肩に預けつつ、マクシミリアンは若干無責任にからりと笑った。
「よし、じゃ二軒目だ。もうちょっと静かで落ち着いたバーがあるんだ」
「おやおや……医者の立場からいわせて貰えば、深酒はお勧め出来ないんだけどなぁ」
頭上から酒臭い息を容赦無く浴びせかけられながら、ディレインは苦笑を返した。
「堅いこというなよ先生。さぁ行こぉぜぇ。そこの角曲がったとこだからよぉ」
結局、ふたりしてマクシミリアン御用達のバーへ足を運ぶことになった。
ディレインはずっしりと重くのしかかる巨漢を懸命に支えつつ、歩を進めた。
たまにはおっさんふたりで飲み明かすのも悪くない。
夜のヴィント、とある酒場。
大勢の客で賑わう店内の、その一角だけが微妙な空気に包まれている。
ふたり用の卓で、サシで飲む中年授恵者二名。
一方は、ディレイン・オールドケイジ。そしてもう一方は、マクシミリアン・ミルド。
今宵この両名は、ヴィント郊外に於ける対幽界分樹戦の勝利を祝おうと酒の席を設けた。誘ったのはディレインだったが、この席で雄弁に喋りまくっているのは寧ろマクシミリアンの方だった。
マクシミリアンは未だ鮮明に残っている記憶の中からディレインの治癒師としての秀逸な技量や、レイウェスト・バルダス皇子の指揮官としての人望、或いは彼に付き従う多くの冒険者達の武勇伝について、実に事細かく語り続けた。
これに対しディレインは言葉少なに相槌を返すばかりで、まともな台詞が出てこない。結果、マクシミリアンが一方的に喋りまくり、ディレインは聞き役に徹している様な構図が出来上がってしまっていた。
「えぇ、まぁ、うん」
赤ら顔で快活に笑うマクシミリアンに対し、ディレインは幾分引きつった苦笑で応じた。
実際のところディレインが困っているのは相手に対してではなく、自分自身に対してであった。
(どうにも、やり辛いなぁ)
正直なところ、どう接すれば良いのか分からない。帝国近衛連隊長相手に如何様な態度で臨むべきなのかという点で、大いに戸惑っていたのである。
(今まで、若い子ばっかりだったからなぁ)
ふと、そんな困惑が脳裏を過った。
●
先の戦いでマクシミリアンはディレインに対し、
「マクシミリアンじゃ長ったらしいからさ、マックスで良いよ」
などと軽い調子で述べた。
ところがディレイン自身がその呼び方をすることに幾分の抵抗感を覚えてしまっていた。
相手は天下の帝国近衛連隊長殿である。同じ依頼で肩を並べたからといって、流石にいきなり馴れ馴れしく接することも出来ず、それまではマクシミリアンさんと呼び、節度ある態度を保っていた。
それが大人の作法というものであろう。
しかし同時に、マクシミリアンには同年代ならではの親しみも感じている。正直なところディレインの周囲には(実年齢は兎も角)若者が多く、ひとり年長のおじさん枠という体で振る舞うことが多かった。
そして現在。ほとんど初めてといって良い同年代の友人が出来た。それが目の前の男である。別段そこまで難しく考える必要も無さそうなのだが、ディレインのこれまでの人間関係からすると、これは大いに戸惑って良い案件だろう。
(距離の詰め方が、分からない……)
今や身内認定したといっても過言では無いマクシミリアンに対し、今更ながら言葉遣いや距離感の選択に困り切ってしまっていた。
これまでマクシミリアン程の圧の強さで迫られたことも無かった為、自分の方から一歩踏み込むことにも躊躇しているという部分も少なくなかった。
●
しかし、全くの無言に陥るという訳でも無い。
マクシミリアンが示す観点には同年代として大いに共感出来るし、40を迎えた今だからこそ理解出来る部分もあった。
「いやぁ、けど少しばかり前に出過ぎたな。ああいう時は若い連中に任せて勢い付けるのが定石なんだがね」
対幽界分樹戦での己のハッスルぶりを反省するマクシミリアン。
以前のディレインなら小首を傾げたかも知れないが、今ならばマクシミリアンがいわんとしていることも大いに理解出来た。
今回の戦いは人類側が敵を圧倒したから良かったものの、戦況が膠着していたり、或いは劣勢に押し込まれている時は若い兵に勢いを付けさせ、自分達ベテランは彼らが足元を掬われぬ様に的確なサポート役に徹する方が流れを引き寄せ易いという。
「流石で……流石その通り。マクシミ……マック……連隊長殿の見識は、そのぅ、お見事」
軽い緊張感を背筋に感じながら恐ろしく不自然な応えを返すディレイン。今のマクシミリアンはすっかり出来上がっている為に全く気にも留めなかったが、何度も言葉に詰まるその姿は普段ならば到底見ていられない。
ディレインをよく知る若い友人達が今の姿を見たら、さぞ驚くことだろう。
それ程に今のディレインには全く余裕が無かった。
と、そこへウェイトレスの年若い娘が追加のオーダーを取りに来た。
この時、ディレインは入店する前にマクシミリアンと交わした下りを思い出した。
「俺さぁ、この店じゃその辺によく居る普通のおじさん冒険者で通してんだよ。お前さんもそのつもりで接してくれよな。近衛連隊長なんてことが知れて場の空気が変に緊張しちまったら、美味い酒も何だか味気無くなっちまう」
入店直後はマクシミリアンがひと通りのオーダーを預けた為、ディレインが口を出す必要は無かった。しかし今のマクシミリアンは若干呂律が廻っていない。
機嫌良く酒を楽しんでいる近衛連隊長を助ける意味でも、ここは演技に徹する必要があった。
●
ディレインは腹を括った。
「さてマックス、次は何にしようかねぇ?」
「んー、そうだなぁ。肉はさっきたらふく食ったし、今度は野菜系で攻めるか」
極々自然なやり取りだった。
友人同士の中年ふたりが、普通に酒を楽しんでいる――誰の目から見ても、その様に映っただろう。
「でも苦手な野菜があるって、いってなかったっけ?」
「あ~、そうだそうだ。あんまり刺激の強いのは駄目かもな。酒の味が分からなくなるし」
あらかた希望が出そろったところで、ディレインがウェイトレスに追加のオーダーを申し入れた。
そうして厨房へと去ってゆくウェイトレスの後姿をちらりと見遣ってから、ディレインはどこか拍子抜けした様な感覚に襲われた。
「あれ、こっちも空っぽじゃないか。お代わり欲しいな」
「あぁはいはい。それも頼んでおくよ」
木製ジョッキを覗き込むマクシミリアンに、ディレインは肩を竦めて苦笑を返した。
いつの間にか、緊張感が消えていた。
しかし相手は矢張り、帝国近衛連隊長。親しき中にも礼儀ありではないが、矢張り一定の節度を持って接しなければならないと己に釘を刺した。
その上で、もう少し態度を崩そう。それがマクシミリアンの希望でもあるのだから。
(案外、やれば出来るもんだね……)
結局のところ、ディレインに決意を促したのは己自身のやりにくさや困惑を、相手に対する気遣いが上回ったからであろう。
●
店を出る頃には、マクシミリアンは千鳥足と化していた。
仕方無くディレインが肩を貸す。
「マックスは精神的な圧も凄いけど、質量的な圧も半端じゃないなぁ」
「そらお前、俺はこんなガタいだしよぉ」
筋肉の峰で覆われた頑健な体躯は、それなりに重い。その体重の半分近くをディレインの肩に預けつつ、マクシミリアンは若干無責任にからりと笑った。
「よし、じゃ二軒目だ。もうちょっと静かで落ち着いたバーがあるんだ」
「おやおや……医者の立場からいわせて貰えば、深酒はお勧め出来ないんだけどなぁ」
頭上から酒臭い息を容赦無く浴びせかけられながら、ディレインは苦笑を返した。
「堅いこというなよ先生。さぁ行こぉぜぇ。そこの角曲がったとこだからよぉ」
結局、ふたりしてマクシミリアン御用達のバーへ足を運ぶことになった。
ディレインはずっしりと重くのしかかる巨漢を懸命に支えつつ、歩を進めた。
たまにはおっさんふたりで飲み明かすのも悪くない。