甘き夢見し生誕に

キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2023年11月02日 17時58分28秒

●パーティは踊る
 ディオール伯爵領、領都グラン・ディオ。
 貴族であると同時に商会を営むディオール本邸は、必然的に商人の出入りが多い。

 ましてやそれが、ローザリカ・L・ディオール(一人娘)の誕生日などであれば尚更と言えよう。
 元々『中立派』な都合上、同家は比較的『集権派』台頭による風向きの影響が小さい事もあり。

 ここぞとばかりに関係を結びたがる商人達はこぞって誕生パーティへの招待状を求めた。
 勿論、ディオール伯爵家の側もこれを篩には掛けた。……掛けたが、しかし。

 何と言っても、招待を求める商家の数が例年の数倍では済まない。許容範疇外(キャパオーバー)だ。
 
「あー、もう! 家(ぼく)がこんなに窮地に陥っているって言うのにジュストの奴は……っ!」

 野暮用につき夜会からしか顔が出せそうも無いんだ、ごめんね――――と。
 ことほど左様な文意が認められたヴェルジー伯爵家次男からの手紙を読み返し。

“全くこの大事な日に仕方の無い婚約者殿だ。まあ、僕は出来る女だからね、これも先行投資さ。了承したよ”

 などと、薔薇の茶器を傾けながら余裕の返事していた時期がローザリカにも確かにあった。
 しかし、女心と秋の空。ローザリカは割り切りの良い精神の持ち主だ。

 何故自分が追い詰められているのに婚約者殿は傍に居てくれないのか。
 と、変節した所で誰が責められよう。もう3時間も挨拶し続けたのだ。

「いつでも麗しく愛らしい私のお嬢様、そろそろ午後の部に入ります……!」

 白兎を思わせる、普段は周囲に愛らしさを振り撒いて恥じる事無き侍従の黒リボンがヘタレている。
 来たのだ。"奴ら"が。午後第一陣という絶好機を逃さんと集団陣形(スクラム)を組んだ次の商人達が……!

「~~~っ! この埋め合わせ絶対させるからなジュスト……っ!!!」

 スカートの裾を乱さぬように、淑女歩きでローザリカが雄々しく彼女の戦場へと再突入する。
 追い詰められた時彼女を奮い立たせるのは、やはり愛する人の名なのである。

●秋は深く夜は遠く

「――――兄様たちは本当に流石だな……」

 真っ白に燃え尽きたローザリカが私室に運ばれて来た。震える足は生まれ立ての小鹿の様だ。
 朝一番から既に数百組という単位の商人と、その商人が紹介したいという誰それと。

 その誰それが語る誰とも最早知れない遠縁の貴族についてはもう記憶が怪しい。
 興味が無い、何時終わるかも分からない話を、無限に聞かされると人は壊れる。

 生粋の貴族令嬢であるローザリカだ。普段の夜会であればここまで消耗はしない。
 しかし誕生日、彼女は"主役(メインホスト)"である。本来なら一瞬たりと席を辞するなど許されない。

(おかしいな……僕だって、今日を楽しみにしていない訳でも無かった筈なのに)

 見世物小屋の猿にでもなったような気分だ。貴族として、それが必要だと言う事は分かる。
 商売とは人と人との繋がりを指し、こういう些細な催しが時にその繋がりを補強することも。

 けれど、責任感と義務感で自分を走らせられる限度は既に超過していた。
 好奇の視線に晒され続けると、まるで自分の中の何か大切な物が削れて行く様な気がするのだ。

「お、お嬢様ぁ――――っ!」

 侍従が呼んでいる。夜会の開始まであと2時間を切った。もう一踏ん張りだ。
 椅子から立ち上がろうとした瞬間、姿勢を崩し視界が転じた。

 疲労故だろう。"転ぶ"――――と、覚悟して受け身を取ろうとした、その腕を。

「――――お待たせ、ロゼ」

 救い上げる様にして掴み、引き上げたのが誰であるのか。声を聴かずとも瞭然だった。

「――――待たせ過ぎだよ、ジュスト」

 感謝と意地の天秤は、今回も後者に傾いた様だった。抱負の達成は、終わりを目前に尚遠く。

「ごめん、予定よりは早く到着したと思ったんだけれど」

「今日という日は……可愛い婚約者の為に一年前から空けておくべきじゃないかな?」

 自分で言って照れては世話は無い。なので、断固冷静さを保ちつつ。
 告げてのけたローザリカの言に。ジュスト・ヴェルジーが軽く眉を上げ、全くだと柳眉を下げる。

「そうだね、来年の今日は一日全て君に捧げると約束するよ」

「それは光栄だ。序でにもう一つ埋め合わせをお願いして良いかな」

 私室で、手と腰を支えられた状態。と言うのも侍従が踏み込んで来たら大騒ぎになるだろう。
 姿勢を整えたローザリカは、白手袋をかなぐり捨てて掌を差し出した。

「一緒に逃げよう」

「……う、ん?」

 最愛の婚約者相手でも、そうかなるほど。とならない提案は、ある。

●夕陰に咲く

「これ以上君との時間をあの欲に目が眩んだ猪の群れの世話に浪費するなんて絶対御免被る。
 ジュストは良いのか? 精も根も尽き果てた僕と夜会で踊って君は満足だと? 僕は嫌だね!」

 まさにローザリカ渾身の我儘である。本来であれば諫め宥め透かして納める所だろう。
 けれど今日は誕生日――――彼女の言を借りるなら、可愛い婚約者の誕生日。
 
 責任感の強い彼女がこうまで乞うのだ。これはもう――――

「お姫様の仰せのままに」

 ――――惚れた弱み、と言う奴ではないだろうか。

「あっ、はははは! これはお父様お母様から後で間違いなくお説教かな……!」

 渋る侍従と服を取り換えたローザリカが、グラン・ディオを一望出来る物見窓に腰掛ける。
 領都内ではどう足掻いても騒ぎになる為、結局は街の外れへと進路を切るしか無かった訳だが。

 昔は随分遠く感じた特徴的な建造物――――方尖塔(オベリスク)へ、2人は一度も休まず辿り着いていた。

「今更だとは思うけれど、俺は前々からロゼはお転婆だと思っていたよ?」

「前って何才頃の事さ。言わせて貰うけれど素行の怪しさなら婚約者殿には到底及ばないからな……!」

 そも。こんな我儘を言って良いと。そんな事をしてもきっと赦してくれると。
 そう信じられる人など他には思い浮かばない。その為に、彼が常々心を配ってくれていること。

 自分には見せないように無茶をしている事にも――――本当は薄々気付いているのだから。

「まあ、とは言っても夜会までには戻らないと――――……」

 傾いた陽射しが丘稜の陰へと差し掛かり、稜線に滲むと一際鮮やかな紅が射す。
 夕焼けに照らされたローザリカの姿は、まるで陽の中へ融けてでも行くかのようで。

 ジュストは衝動的にその手を取り、咄嗟に腕の中へと引き寄せていた。
 突然抱きしめられた側のローザリカは驚きの余り暫し瞳を瞬かせていた――――が。

 おずおずと背に手を回し、思わず浮かびそうになった笑いを嚙み殺す。 

「何だいジュスト。お姉さんに甘えたくなったかな」
 
「君はとても綺麗だから。いつか世界の方が、何かの間違いだと気付いてしまうんじゃないかと思ったんだ」

「……もう、傍を離れるつもりは無いよ。……ふふ。今日は僕の誕生日なのに、狡い男――――」

 言葉とは裏腹に、ローザリカが擦り寄る様に頬を寄せる。
 けれど、其処で折角の思い出の贈り物(初めて踊った曲のオルゴール)を律儀に白兎の侍従に預けてしまったのがジュストという男であり。

「あー、ロゼ。そう言えば贈り物があったんだけど」

 浮かんだ言葉は、強く引かれたネクタイと、赤い唇に塞がれて。

「確かに、受け取ったよ」

 陽射しが途絶えたその瞬間、間違いなく2人は世界で最も近くに居た。
 その生誕と出逢いの奇跡に、ただ互いの幸いのみを願って。

 ■

 尚、誕生日のローザリカは婚約者殿からの贈り物(プレゼント)を幾つ受け取っても良い物とする。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0