三つの心が交わる時

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2023年10月20日 10時05分22秒


「どうしてもっと早くいってくれなかったのっ!?」

 頭の上から声が降ってくる。

「私はちゃんと報告しましたよ。トゥーリ殿が聞いていなかったのではないですか?」

 お返事は股の下から。

「そんなことないよっ! ワタシがハリスさんの言葉を聞き逃すわけないじゃない! だから、ハリスさんがお話してくれなかったんだよっ!」
「そんなことはありません。私がトゥーリ殿に報告を欠かさないのは貴殿もよくご存じでしょう。ですから、報告は必ずしておりますよ」
「聞いてないっ!」
「言いました」
「聞いてないっ!!」
「言いました」

 ハラハラと舞い落ちる埃に囲まれながら、ハリス・アル・ターミルに肩車されたトゥーリははたきで絶賛お掃除中。

「どうしよう、お料理の準備も中途半端だし、お掃除はまだまだ終わらないし……! ハリスさん、約束の時間まであと何分!」
「食事を共にと誘いましたので、正午より半刻前――――あと5分ですね」
「あと5分ですね――――じゃないよっ!? 急がなきゃ! ハリスさん、今度は階段の下!」
「わかりました……とはいえ、このまま移動するのは危険なのでは?」
「そんなこと言ってる時間ないよねっ!?」
「ふむ、確かに。では、落ちないようにしっかりと掴まっててください」

 棚の上の掃除を片付けて、次に行ってと頭上で指示を出すトゥーリに、ハリスは肩車をしたまま階段へ向け移動を開始した。

 新居は二人で住むには十分な広さがある。前の住人は5人で住んでいた家族もあったらしい。部屋は沢山あるし、リビングは広いし、キッチンは機能的だ。そんな間取りもこの家を選んだ決め手になった。まあ、広いので掃除は大変だが。
 それにこの新居は建物自体が古く年季が入っている。日常的に補修(メンテナンス)は必要だし、埃や蜘蛛の巣がいつの間にか溜まっていたりする。
 それでも、ようやく手に入れた安住の場所だ。いくら手がかかっても大切に住もうと二人で決めた。

「邪魔をする。ここはハリス氏とトゥーリ氏の新居と聞いたのだが、あって――――ふむ、間違いないようだな」

 ハリスに肩車されてはたきを指揮棒代わりにしていたトゥーリの姿を目撃して、フェイサルの口元は自然とほころぶ。

「うわぁぁっ!? フェイサルさん来ちゃったよ!」
「ようこそ、フェイサル殿。道中迷いませんでしたか?」
「迷いませんでしたか――――じゃないってば! まだ全然準備が終わってないのに! 大切なお友達のせっかくの初訪問がこんなのなんて、ワタシどうすればいいのっ!?」
「別にいいではありませんか。トゥーリ殿も取り繕うような間柄ではありませんし、ありのままを見せれば」
「そういう問題じゃないっ! ハリスさんは相変わらず女心を何もわかってないんだからっ!」
「お、女心、ですか……? 女心の何が友人の訪問に関係するのでしょう……?」
「そういうとこっ!」
「申し訳ありません、どのあたりがどう関係するのか――――って、暴れないでくださいっ! 危ないですよ!」
「もう下ろしてっ! フェイサルさん来たのにお掃除してるわけにいかないでしょ! それにご飯だって、まだ途中なんだからっ!」
「わか、わかりましたから、どうか落ち着いてくださいっ! この辺りにはまだ荷解きしていない荷物が――――あっ」

 ――――ドーーーンッ!!!

 崩れる荷物。もうもうと立ち上がる埃。

「ふ、二人とも、大丈夫かっ!」

 立ち込める埃の中に、小さなうめき声を聞いたフェイサルは慌てて声をかけた。

「だ、大丈夫です」
「うぅ……ひどい目にあったよぉ……」

 徐々に晴れてきた煙の向こうに、腰を押さえる友人と頭をさするその恋人を確認し、フェイサルはほっと胸をなでおろす。

「フェイサル殿、申し訳ない。お見苦しいところをお見せしました」
「いや、気にしないでくれ。それよりも賑やかにやっているようで安心した」
「はは、そうですね。日々楽しくやっています」
「それは重畳。それで、私はお邪魔させてもらってもいいのだろうか?」
「あっ、もちろんだよっ! ようこそフェイサルさんっ!」

 ようやく埃の落ち着いた室内で、ハリスとトゥーリは笑顔で友人を迎え入れた。

●
 すぐに仕上げちゃうから待っててね、と言い台所に向かったトゥーリと別れ、ハリスはフェイサルをリビングへ案内した。
 リビングへと招かれたフェイサルは、チェストに乗っていた空の花瓶をハリスに借りると、持参した花束を活ける。

「私としてはありのままを見てもらおうと思ったのですが、トゥーリ殿が『新居にお招きする最初のお客様だよっ! それもフェイサルさんだよっ!』と思いのほか張り切りまして」
「そうか、それはなんとも光栄なことだな。生活も随分と落ち着いたようだ」
「そうですね。まだ完全にというわけではありませんが、共に新生活を楽しんでいますよ」
「うむ、それはこの家を見てみればよくわかる」

 そう言ってフェイサルは改めて新居を見渡した。
 新居にはハリスの農具やトゥーリの採集道具がきれいに並べられており、彼らの生活の基盤がここにあるのだと実感させられる。
 なにより共に過ごしたこの2年で得た様々な『思い出』が飾られているのが、フェイサルにとってもとても嬉しかった。『生』に振り切った二人の新生活の場が、フェイサルの胸をどうしようもなく温めるのだ。

「……それにしても、トゥーリはすっかり新妻の佇まいだな。」
「はい、私には勿体ないほどの『良妻』ですよ」

 二人はまだ婚姻を結んでいない。なのになんの照れもなくそう言い切ったハリスに、フェイサルは改めて喜びをかみしめる。

「おまたせっ! あれ、どうしたの?」

 そんな二人の元へ料理を運んできたトゥーリが、妙に和やかな雰囲気に首をかしげた。

「いえ、なんでもありません。配膳を手伝いますね。どうやら、トゥーリ殿は脚を痛めたようですので」
「え……?」

 ハリスは驚くトゥーリににこりと微笑みかけると、席を立ち台所へ入っていく。

「あ、あはは……やっぱりハリスさんにはわかっちゃうかぁ」
「あの時か」

 皿を机に並べつつ苦笑するトゥーリに、フェイサルが確認した。

「うん、さっき落ちた時にちょっと捻っちゃったみたい。でも全然大丈夫だよ。冒険している時に比べたら大したことないし、何なら自分で治せるから」
「そうはいきません。捻挫は癖になります。ですよね、フェイサル殿」

 そこへ料理を持って戻ってきたハリスが、フェイサルに同意を求める。
 フェイサルはゆっくりと頷くと、すぐに自分のカバンに手を突っ込んだ。

「見せてくれるか」
「えっと、だから大した怪我じゃ……」
「捻挫は癖になる。無理やり押さえつけてもいいが、どうする?」
「うっ……。オネガイシマス」

 フェイサルからもハリスと同じことを言われ、トゥーリは大人しく怪我をしている足を差し出した。

●
 幸いトゥーリの怪我は大したものではなく、安静にしていればすぐに良くなるものだった。

「どうしてヒールじゃないの?」

 治療を終え道具をしまうフェイサルに、トゥーリは改めて聞いてみた。
 フェイサルには医術の心得があるが、自分と同じヒーラーであり、回復の術の扱いにも長ける。この程度の怪我であれば、ヒール一つで完治してしまうだろう。なのに、フェイサルはあえて時間のかかる一般的な治療を行った。

「トゥーリは我々の持つこの力を不思議だとは思ったことはないか?」
「え?」
「我々授恵者は、天より力を与えられた。それはとても特別なことだ。しかし、我々が授かったこの力とは一体なんだ? この力は本当に我ら自身の力なのか?」
「え、えっと……」

 フェイサルの言葉の意味をうまく理解できず、トゥーリは助けを求めるようにハリスを見る。

「授恵者の力は天恵であり、本来我々が持ちうる力ではありませんでした。しかし、何の因果か我々は持ってしまった、神の力を。しかし、神はいつまで我らに力を貸してくれるのでしょう」
「それって、どういう……」
「ある日突然、授恵者となったのなら、いつか突然、授恵者でなくなる可能性もあるとは思いませんか?」
「……あ、だからヒールを使わないで」

 ハリスの言葉がヒントになったのか、気付きを得たトゥーリが顔を上げた。
 二人は言葉の裏で問いかけている。もしこの力が無くなった時、自分たちには何が残るのかを。
 それは経験であり、力に頼らない技術であると。
 ハリスには農業の知恵と技術があり、フェイサルには医術と薬草知識がある。
 それは天から授けられた力とはまったく関係ないものであり、彼らが努力の末に自ら身に着けた力だ。

「実にリザードマンらしい考えでしょう?」

 ハリスは微笑みながら、得心のいったトゥーリに問いかけた。

「さぁ、そろそろ食事にしましょう。お二人と交わす会話は何事にも代えがたい幸福ではありますが、このままでは会話に勝るとも劣らないトゥーリ殿の手料理が冷めてしまいます」

 ハリスは考え込むトゥーリの背にそっと手を当て、目の前に並べられた豪勢な食事を見る。

「それに、今日はゆっくりしていけるのでしょう、フェイサル殿」
「ああ、そのつもりだ」
「でしたら、会話の楽しみは食後に取っておきましょう。よろしいですね、トゥーリ殿」
「うん、そうだね。せっかく頑張って作ったんだもん、一番大切な友達のフェイサルさんにおいしく食べてほしいな」
「それは光栄なことだ。では、遠慮なくいただくとしよう」

 フェイサルはトゥーリに軽く頭を下げると、取り分けられた料理に手を伸ばした――――。

 世界は大きな転換点へ向け突き進んでいる。転換点を越えた人類がどうなるか、それはまだ誰にもわからない。
 しかし、この三人はたとえ世界がどのような結末を迎えようとも、またこうして机を囲んで話をし、笑うだろう。それだけは、神の意志に左右されない、確定された未来なのだと信じて――――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0