血が繋ぐ
キャラクターノベル(グループ)制作 夜野はずみ納品 2023年10月14日 16時19分20秒
弛みなど無かった。それでも戦場と言う物に絶対はない。如何に徹底して対策を立ていても、なお滑り込むようにその瞬間は訪れる。それは刃の形をしていた。その煌きを眼にした時、トゥーリは後方に跳んで歯を食いしばった。刃は腕の肉を抉るように風の護りを貫通して、肉を破り、右の肋骨をいくつか切断した後に食い込んで止まった。
「トゥーリ殿!?」
「うぅ!」
ハリス・アル・ターミルの動揺を無視するように激痛を堪え、そちらの方に跳躍する。追撃はない。フェイサル・セイフが祭刀を以て斬り込んだためだ。
ずる、ぬめった刃が抜ける。泥に血の球が吸われて、黒いしみになった。
リザードマンのある氏族における重要人の奪還中に発生した乱戦下である。授恵者として熟練と言えども少数であれば想定内の負傷だ。
戦士としてのハリスはその事を判断出来ていた。私人としてのハリスは、震える程の怒りを感じていた。轟、と対手を腕力で吹き飛ばす。戦闘が終わるまでに時間はさほど掛からなかった。
●
戦闘が終結してしばらくの後。蝋燭が照らす中、比較的高い椅子を並べた場所にトゥーリが寝かされている。フェイサルは傷の状態を診た。
(ヒールの回数が残っていれば治せたのだが)
激戦であった。ヒーラーであるトゥーリやフェイサルですら接近戦をするほどの乱戦を敵は仕掛けてきた。それは重要人物を連れ帰る際に、奪還されるのならば殺してしまえば良いと言う思想から発生した戦闘であり、その激戦の間にそれぞれのスキルは使い切っているからこその手技を使うことにした。
(骨が覗いている)
ぼたぼたと滴る血の流れの中にぱっきりと圧し斬れた白を見てフェイサルは目を細めた。トゥーリは負傷直後から終結まで無理をして動き、終わると同時に倒れた。授恵者と言えども血を流せば相応の悪化が見込まれるのに、無理をしたものだ、とリザードマンの男は感嘆する。
とにもかくにも血を止めねばならない。持ち歩きの仕事道具より乾いた木綿を取り出し、蝋燭の火で炙った後に傷口を削った青銅で出来た棒で摘んで抑えた。
じわじわと白が血に侵食されていく。その間にフェイサルは水を弾く素材の動物の内蔵を加工した手袋を嵌めて、傷口に手を入れた。骨の切断面に触れて、ゆっくりと引いて、切断面同士を付けた。後にヒールを掛けた際に速やかに骨が接着し、切断面が盛り上がるように癒合できるようにする。
乱暴だが授恵者間であるのならば的確な処置だった。同様に素早く断ち切られた骨を再生させる。神業とは言えないが、その速度は熟練の手技と言えた。
(異物は……ああ、やはりか)
傷口の中には骨の欠片がいくつか散らばっていた。青銅のピンセットを炎であぶり、振って冷ましてから摘出する。
(無理に外から治療をすると体内に残る事もあるからな)
戦闘中ならばともかく、現状周囲は安定している。授恵者は確かに回復に優れているが、こうした細かい事柄がいつか身体に影響を与えないとも限らない。
授恵者の力は永遠では無いのだ。この治療もそうだが、もしも失った時に障害が残れば、きっと、友らは悲しむだろう。
血に染まった木綿を繊維が残らないように抜き、動物の腸から作られたハープ糸で太い血管を縫い合わせて、傷口を絹糸で縫合する。
そこまで終わらせて、フェイサルはゆっくりと息を吐いた。
●
「手は尽くしたぞ、ハリス。もう間もなく目覚めるだろう」
幕を開けて出てきたフェイサルの疲労を滲ませた声にハリスはガバッと顔を上げた。分かり辛いと称されるリザードマンの表情ですらはっきりと憔悴が見て取れる。
「わかっては居ると思うんだが、絶対はないぞ」
「それでも、誓ったのです」
護る、と。護られるだけの頑是ない子供ではないと理解していてもなお、その身、心までも。それを破ったのだと口にするハリス。
「たまに思うんだが、お前というやつは酷く傲慢だな」
事情を感じ取りながらも斟酌はしないフェイサルはさっくりと言う。切り捨てると言うよりは友を案ずるような切れ味の言葉だった。
「……とは言え、これ以上なにか言っても仕様がない。お前は今晩は彼女の傍で、手でも握ってやれ。……問題が起こったら少し離れたところに居るから呼べ」
「感謝します」
足早に幕を開けてトゥーリが居るところに行くハリスの背を見て、フェイサルは肩をすくめた。医を使う者は命をつなげることは出来るが、心を救うことは出来ない。それは恋人であったり、家族であったり、友や仲間の領分である。フェイサルはハリスの友であるが、今回は相応しくない、と言うだけ。
「それはそれとして、俺はひとつ嘘をついたが」
もう既に患者は目覚めていて、ちょっと焚き付けたなどと言うことは黙っておいた。いい加減奥手で初心な友らの恋路の進展も願っているので。
「結局のところ、人の特効薬は人でしか無い」
フェイサルは呟いて、部屋から距離を取るべく歩き出した。
●
『トゥーリ、無理をしないのが私達への助けになる。ここは遠慮なくハリスに甘え』
咳払いを一つ。
『頼るように』
フェイサルはそう言って退出した。トゥーリは痛む身体を抱えつつふんすと息を吐いた。
(よぉしやるぞやるぞ!)
ハリスは誠実で紳士な男だ。しかし、女の子としては大事にされ続けると言うのは宝石を箱に入れて愛でるようなものである。周目に晒さなければ石塊と変わらない。大事にするのは、嬉しいけれども本意ではない。
「トゥーリ殿」
「やっほー、ハリス……どうしたの」
そうしてどうしてやるかと考えていたのだが、ハリスが思ったよりも悄然としていたのを見て、少しだけ考えを引っ込める。
「面目がありません」
彼は、泣いていた。ぼたぼたと大粒の涙をこぼし、己の情けなさを責めていた。
「私は、貴女を護ると誓ったのに、護れなかった……」
トゥーリは、その姿を見て、可愛いなと思う。弱っているところすら、そう感じてしまう。ずるいな、とすら思う。ほんの少しの八つ当たりですらある感情。
(もう、本当に負けだよ)
ひょい、とトゥーリは左手をハリスの頬に添えた。涙を指先で拭い。
(ざらざらしてる)
掌を後頭部に添えて、抱き寄せた。ハリのある乳房の感触がしてハリスは慌てたが、彼女は温かかった。血の気は少し足りず、普段よりは低いけれども、確かにそれは生きていなければ感じられない存在感だった。
「え、あ、トゥーリ殿?」
「ハリス。ワタシの命はワタシの物だよ」
「お、あ……は、はい。わかってはいます」
「だけど、時間はたくさんあげる。恋人だから」
生きている。生きているということがわかると、少しだけ赦されるような気がした。そんな事はないのだけれど。トゥーリは肌の温もりを自ら離して、息をついた。ハリスは慌てて彼女の瞳を見た。女の好きな仕草だった。
「お、あ…その、身体はもう……?」
「……まだちょっと、身体が痛いよ」
(いたた、は少しわざとらしいもんね、それに)
「そ、それは大変です……!」
(もう十分だし)
慌てるハリスの声には悔恨も慚愧もなく、心配だけが滲む。それで良かったので、主目的に移ることにした。男というものは最後には女には勝てないように出来ているのである。
「ハリスさんにお世話してもらったら早く治るかも」
「なるほど、確かに動かなければ治りが早いと、とフェイサル殿も仰っていました」
「違うよ?」
トゥーリはにこにこと笑う。少し血の気が少ない顔にハリスの脳裏に警鐘が鳴り響いたが、無視した。今更彼女が己に危害などは加えないだろうし、この警鐘もまた彼女が生きていなければ感じることがなかったと思えば心地よさすらあったからだ。
「沢山、甘えさせて欲しいって言ってるんだよ」
「……ど、どうすれば」
「それは、考えて欲しいな」
ハリスは。少し考えて。そっと彼女の頬を掌で包んで、ほんの少しだけ耳に顔を近付けてささやいた。
トゥーリはその言葉を聞いて、蕩けるように笑ってわがままを口にする。
「足りないよ」
「では、しっかりと癒えた後に」
「いじわるだ」
「……お嫌でしたか?」
「ううん、もう少し早くしてほしかっただけ」
「……今後、鋭意努力させていただきます」
「気長に待ってる……でも、2人分の時間だからね」
「わかっては、います」
「ハリス」
「はい、どうしました」
「疲れたから寝る……寝るまでは手をにぎってて」
「いえ、起きるまで握っていましょう」
真面目くさった、だけれどそれを本当に
続けるんだろうなと言う納得と安心をともに、トゥーリはゆっくりと眠りについた。安心しきった、子供のような寝顔を見て、ハリスは。彼女の手のひらに祈るように口を寄せた。
「トゥーリ殿!?」
「うぅ!」
ハリス・アル・ターミルの動揺を無視するように激痛を堪え、そちらの方に跳躍する。追撃はない。フェイサル・セイフが祭刀を以て斬り込んだためだ。
ずる、ぬめった刃が抜ける。泥に血の球が吸われて、黒いしみになった。
リザードマンのある氏族における重要人の奪還中に発生した乱戦下である。授恵者として熟練と言えども少数であれば想定内の負傷だ。
戦士としてのハリスはその事を判断出来ていた。私人としてのハリスは、震える程の怒りを感じていた。轟、と対手を腕力で吹き飛ばす。戦闘が終わるまでに時間はさほど掛からなかった。
●
戦闘が終結してしばらくの後。蝋燭が照らす中、比較的高い椅子を並べた場所にトゥーリが寝かされている。フェイサルは傷の状態を診た。
(ヒールの回数が残っていれば治せたのだが)
激戦であった。ヒーラーであるトゥーリやフェイサルですら接近戦をするほどの乱戦を敵は仕掛けてきた。それは重要人物を連れ帰る際に、奪還されるのならば殺してしまえば良いと言う思想から発生した戦闘であり、その激戦の間にそれぞれのスキルは使い切っているからこその手技を使うことにした。
(骨が覗いている)
ぼたぼたと滴る血の流れの中にぱっきりと圧し斬れた白を見てフェイサルは目を細めた。トゥーリは負傷直後から終結まで無理をして動き、終わると同時に倒れた。授恵者と言えども血を流せば相応の悪化が見込まれるのに、無理をしたものだ、とリザードマンの男は感嘆する。
とにもかくにも血を止めねばならない。持ち歩きの仕事道具より乾いた木綿を取り出し、蝋燭の火で炙った後に傷口を削った青銅で出来た棒で摘んで抑えた。
じわじわと白が血に侵食されていく。その間にフェイサルは水を弾く素材の動物の内蔵を加工した手袋を嵌めて、傷口に手を入れた。骨の切断面に触れて、ゆっくりと引いて、切断面同士を付けた。後にヒールを掛けた際に速やかに骨が接着し、切断面が盛り上がるように癒合できるようにする。
乱暴だが授恵者間であるのならば的確な処置だった。同様に素早く断ち切られた骨を再生させる。神業とは言えないが、その速度は熟練の手技と言えた。
(異物は……ああ、やはりか)
傷口の中には骨の欠片がいくつか散らばっていた。青銅のピンセットを炎であぶり、振って冷ましてから摘出する。
(無理に外から治療をすると体内に残る事もあるからな)
戦闘中ならばともかく、現状周囲は安定している。授恵者は確かに回復に優れているが、こうした細かい事柄がいつか身体に影響を与えないとも限らない。
授恵者の力は永遠では無いのだ。この治療もそうだが、もしも失った時に障害が残れば、きっと、友らは悲しむだろう。
血に染まった木綿を繊維が残らないように抜き、動物の腸から作られたハープ糸で太い血管を縫い合わせて、傷口を絹糸で縫合する。
そこまで終わらせて、フェイサルはゆっくりと息を吐いた。
●
「手は尽くしたぞ、ハリス。もう間もなく目覚めるだろう」
幕を開けて出てきたフェイサルの疲労を滲ませた声にハリスはガバッと顔を上げた。分かり辛いと称されるリザードマンの表情ですらはっきりと憔悴が見て取れる。
「わかっては居ると思うんだが、絶対はないぞ」
「それでも、誓ったのです」
護る、と。護られるだけの頑是ない子供ではないと理解していてもなお、その身、心までも。それを破ったのだと口にするハリス。
「たまに思うんだが、お前というやつは酷く傲慢だな」
事情を感じ取りながらも斟酌はしないフェイサルはさっくりと言う。切り捨てると言うよりは友を案ずるような切れ味の言葉だった。
「……とは言え、これ以上なにか言っても仕様がない。お前は今晩は彼女の傍で、手でも握ってやれ。……問題が起こったら少し離れたところに居るから呼べ」
「感謝します」
足早に幕を開けてトゥーリが居るところに行くハリスの背を見て、フェイサルは肩をすくめた。医を使う者は命をつなげることは出来るが、心を救うことは出来ない。それは恋人であったり、家族であったり、友や仲間の領分である。フェイサルはハリスの友であるが、今回は相応しくない、と言うだけ。
「それはそれとして、俺はひとつ嘘をついたが」
もう既に患者は目覚めていて、ちょっと焚き付けたなどと言うことは黙っておいた。いい加減奥手で初心な友らの恋路の進展も願っているので。
「結局のところ、人の特効薬は人でしか無い」
フェイサルは呟いて、部屋から距離を取るべく歩き出した。
●
『トゥーリ、無理をしないのが私達への助けになる。ここは遠慮なくハリスに甘え』
咳払いを一つ。
『頼るように』
フェイサルはそう言って退出した。トゥーリは痛む身体を抱えつつふんすと息を吐いた。
(よぉしやるぞやるぞ!)
ハリスは誠実で紳士な男だ。しかし、女の子としては大事にされ続けると言うのは宝石を箱に入れて愛でるようなものである。周目に晒さなければ石塊と変わらない。大事にするのは、嬉しいけれども本意ではない。
「トゥーリ殿」
「やっほー、ハリス……どうしたの」
そうしてどうしてやるかと考えていたのだが、ハリスが思ったよりも悄然としていたのを見て、少しだけ考えを引っ込める。
「面目がありません」
彼は、泣いていた。ぼたぼたと大粒の涙をこぼし、己の情けなさを責めていた。
「私は、貴女を護ると誓ったのに、護れなかった……」
トゥーリは、その姿を見て、可愛いなと思う。弱っているところすら、そう感じてしまう。ずるいな、とすら思う。ほんの少しの八つ当たりですらある感情。
(もう、本当に負けだよ)
ひょい、とトゥーリは左手をハリスの頬に添えた。涙を指先で拭い。
(ざらざらしてる)
掌を後頭部に添えて、抱き寄せた。ハリのある乳房の感触がしてハリスは慌てたが、彼女は温かかった。血の気は少し足りず、普段よりは低いけれども、確かにそれは生きていなければ感じられない存在感だった。
「え、あ、トゥーリ殿?」
「ハリス。ワタシの命はワタシの物だよ」
「お、あ……は、はい。わかってはいます」
「だけど、時間はたくさんあげる。恋人だから」
生きている。生きているということがわかると、少しだけ赦されるような気がした。そんな事はないのだけれど。トゥーリは肌の温もりを自ら離して、息をついた。ハリスは慌てて彼女の瞳を見た。女の好きな仕草だった。
「お、あ…その、身体はもう……?」
「……まだちょっと、身体が痛いよ」
(いたた、は少しわざとらしいもんね、それに)
「そ、それは大変です……!」
(もう十分だし)
慌てるハリスの声には悔恨も慚愧もなく、心配だけが滲む。それで良かったので、主目的に移ることにした。男というものは最後には女には勝てないように出来ているのである。
「ハリスさんにお世話してもらったら早く治るかも」
「なるほど、確かに動かなければ治りが早いと、とフェイサル殿も仰っていました」
「違うよ?」
トゥーリはにこにこと笑う。少し血の気が少ない顔にハリスの脳裏に警鐘が鳴り響いたが、無視した。今更彼女が己に危害などは加えないだろうし、この警鐘もまた彼女が生きていなければ感じることがなかったと思えば心地よさすらあったからだ。
「沢山、甘えさせて欲しいって言ってるんだよ」
「……ど、どうすれば」
「それは、考えて欲しいな」
ハリスは。少し考えて。そっと彼女の頬を掌で包んで、ほんの少しだけ耳に顔を近付けてささやいた。
トゥーリはその言葉を聞いて、蕩けるように笑ってわがままを口にする。
「足りないよ」
「では、しっかりと癒えた後に」
「いじわるだ」
「……お嫌でしたか?」
「ううん、もう少し早くしてほしかっただけ」
「……今後、鋭意努力させていただきます」
「気長に待ってる……でも、2人分の時間だからね」
「わかっては、います」
「ハリス」
「はい、どうしました」
「疲れたから寝る……寝るまでは手をにぎってて」
「いえ、起きるまで握っていましょう」
真面目くさった、だけれどそれを本当に
続けるんだろうなと言う納得と安心をともに、トゥーリはゆっくりと眠りについた。安心しきった、子供のような寝顔を見て、ハリスは。彼女の手のひらに祈るように口を寄せた。