貸し切り、スパリゾート・アルパカ!
キャラクターノベル(グランド)【B】貸し切り、スパリゾート・アルパカ!制作 アルパカコネクト運営納品 2023年08月30日 12時00分00秒
スパリゾート・アルパカ。
輝くビーチに青い海、極上の癒しの空間。その場所で五百蔵 栞はぐったりと疲弊していた。
新人にコネクションづくりは必須! と先輩に連れられ大勢の記者に囲まれながらの慣れない挨拶回りに只管邁進する時間だった。
スタントマンとして体力に自信はあるがこれは精神的な疲弊だ、物が違うし質も違う。表に疲れを見せるべきでないこの状況も一層疲労に拍車をかけている。
インタビューは、正直苦手だ。自分の役について理解はしていてもまだ話せないことも多いうえ、ネタバレは厳禁と強く言い含められている。
周りを見渡せば目につくのは同じように取材を受ける面々。どれも、自分とは違い堂々としている。
そう、例えばあそこの——。
ICHIと言えばマルチタレントとして今や老若男女が知る人物だ。
今日この場においては明坂壱之丞を演じる俳優として匂坂沙羅役の二人、姚芽衣と姚博文と共にインタビューに応じている。
「では、お三人から見てお互いの役の印象は……」
スッと向けられたマイクにも動じず揃って柔らかく微笑む姿は実に慣れたものを思わせる。
「壱さんは掴めない人って印象かな。沙羅が見捨てないって決めた時点である意味決まってたのかも。絆されちゃった」
口火を切ったのは姚芽衣、簡潔に答えそっとICHIへと目配せ。インタビューには話の流れが必須だ、淀みなく質問のボールをパスしていく。
「沙羅ちゃんっていかにも壱之丞が好きそうなタイプでしょ。気も強くて、自分を持ってて、絶対に壱之丞の想定通りに動いてくれない感じ」
この手のありがちな質問に対しての返答なら、お互い事前に打ち合わせるまでもない程度には場数を熟している。が、面白みもまた必要だ。
「気は強いけど女の子らしいところもあって、可愛いひとだよな」
聞いていた流れにさらりと付け加えられた言葉。一瞬だけ流れが止まる。
「……芽衣、照れてら、でも褒めるなら本業の方も褒めて貰えりゃもっと嬉しいけどな?」
こほん、と誤魔化すように隣に座る片割れを足先で制しながら、うっすらと熱を持った首元を隠すように髪を整える。
「仕事の関係の筈なのに、いつの間にか恋愛フラグ立ってて驚いたわね」
え、そう? とICHIがわざとらしく表情を崩す。驚いたような、それでもおどけたような雰囲気で。
「新進気鋭のピアニストと訳ありの支援者……っていう互いに利用しあうビジネス関係って聞いてたのに、支援契約成立後わりとすぐの登場回の台本で恋愛色が見えて、まぁそうなるよな~って。だから俺はいつの間にかって感じじゃなかったなぁ」
とユーモアも交えながら。歓談は進む。
「出演者の多い作品ですがダブルキャストは珍しいですね」
マイクを向けられ朗らかに笑うのは姚博文だ。
「ピアノシーンがバンバン増えたから引っ張り込まれました! 俺ら、手のサイズ感そっくりなもんで」
芽衣と手を合わせ、ほらね。と笑う。これは雑誌には乗らないだろうインタビュアー向けの仕草。
「ちょっとくらいなら芽衣も弾けるんだけどさ。実際どうよ俺の演奏、聞いてて結構違いってわかるものなの?」
ほんの少しだけふざけたように、ICHIへと向けられた質問をマイクが追いかける。そうだなあ、と言いながら少しだけ体を前に傾けて。
「俺は好きだよ、あなたの演奏」
そっと、乗せるように、低く甘く囁かれた言葉に会場が一瞬水を打ったように静まり返る。ひとつ遅れて、小さな悲鳴と快活な笑い声。
一方で、同じ新人にも取材慣れしている人物は当然いる。
監督から異例の大抜擢を受けたと噂の新人アイドル満月。彼女の姿には早くも大物の貫禄が窺えた。
新人記者の緊張した面持ちを見抜き、自分も軽く姿勢を正す。
「役への思い入れ……深月・未散は、兄に恋するひたむきな少女って聞いてたんですけど」
一字一句を逃すまいとする記者に合わせ、会話の速度を落とす。
「蓋を開けて見れば、そんな言葉じゃ収まらないキャラで」
「兄は兄じゃなくて誘拐犯だし、恋どころかストーカーだし。どっちが真の加害者だって大混乱」
慣れない質問に考えながら話しているという風に。それでも最後は明るく笑顔を乗せて。
取材を終える頃には新人記者の緊張もすっかり解れていたそうな。
「この間はNG連発してすみません……」
山下・エミリア・加恋。上梨 鳳果を演じる若手俳優だ。同じく若手俳優のトーマと共にブースでインタビューを受ける彼女にカメラの中の溢れるような自信は見当たらない。
「いや、加恋ちゃんはやっぱり演技が上手いから」
それで目立ってしまうのだ、とすかさずフォローという名の合の手を入れる。
撮影で頻繁に顔を合わせる彼女の性質はどことなく理解していた、二の句を継がせる前に自分から質問してしまう。
「演技が上手いと言えば。最近は特にうまいって褒められてたよ。何かコツでもあるの?」
「ええと……最近はアナウンサーの役とか、刑事役とか。色々チャレンジしてる感じです」
へぇ! と記者に代わって質問役を滑らかに引き受ける。このコミュニケーションの高さは国内外での活躍で培った物だろうか。
「忙しいよね。大学の講義もあるんでしょう?」
「学校も役作りの材料になるんじゃないかって。最近は色々、周りを観察するようになってますね。でも、それを言うならトーマさんも、周りを見る力が凄いなって……」
「私はこの役がとても気に入ってるから。皆に負けたくない気持ちが強いだけかな。東鬼朱王は来日して初めての台詞のある役で、思い入れも強くて」
質問者が入れ替わり、立ち代わり。和やかにインタビューが進んでいく。
「千堂さくらです。今回お声がけいただけたこと、本当に嬉しく思います」
「リュビです! 普段はアイドルとしてファンの皆さんに愛を届けています!」
明るい声がインタビューブースに響き渡る。
もう少し声を落として、と小花衣 恋役、千堂さくらと鹿郷二明役のRUBIがそれぞれスタッフから注意を受け、さざ波の様な笑いが広がった。
5人でのインタビュー。その上、私生活に謎の多い俳優として知られる彩華クロト役の咲夜が質問に答えるという事で他の場所よりも記者の数が多く、ブースは賑やかな様相を呈している。
共演してみてどうだったか。苦労したところ、役作りで気を付けようと思ったこと。現場で面白かったこと。
人数が多いこともあるだろうが、息の合った5人の前ではそれほど踏み込んだような質問がないにもかかわらず始終朗らかな様子が崩れる様子も見られない。
質問は控えめに雑談を多めに。そうしているのは記者へのサービスか、それとも無用な質問を省くための策略か。ともあれ和気あいあいとした様子でインタビューは続く。
「素敵な方々ばかりで学ぶ事が多かったです! 現場も楽しくて、これから会えないのが寂しいくらい」
「役者としては初めてが多く、学ばせていただく機会が多かったです。僕も役の彼と同じで人に関わるのは好きなので、めっちゃ楽しく演じました!」
はきはきと答える千堂に続いてすかさずRUBIが回答する。前のめりな二人であるが、喋りすぎるなどというような失態は侵さないあたりやはり取材には慣れている。
マイクを渡す時に「次、橘さんどうですか?」などと一声かけるあたりには、今にかかわらず撮影時や普段からも仲良くしているのだろう和やかさが伺えた。
その後は橘ヒヨリがおっとりとした手つきで渡されたマイクを柔らかく指で包み、二人が上げた速度をゆっくりと落とすように答える。
「私が演じる由春紬は、そうですね……自分と共通する部分も多く楽しかったです」
出だしは簡潔に、でも語りたいことは沢山あるのだというように言葉を続けて紡いでいく。
「少し不思議な空気感の子だなと思いながら、似ているところも全然違うところもあって……役作りは悩む所も多かったですね」
「楽しかったところは、皆と部活みたいにワイワイしながら撮影出来たところ。咲夜くんにはよくツッコまれたなあ」
ふふ、と撮影中となんら変わらない橘のマイペースな笑顔に苦笑しながら、話題を向けられた咲夜がマイクを持つ。
言葉を考える少しの間、心地よい沈黙。シャッターの切られる音だけが微かに響く。両手に持ったマイクを指の間で撫でるように回してから言葉を始めた。
「確か……大学生役は久々だったかな? それにしても、皆に対してだけじゃなくて、この役は「こんなやつおらんやろ!」と最初からツッコミしかなかったね」
「自分自身から遠い性格の役を演じるのは役作りが難しいけど、周りも個性的な役の子が多くて撮影の合間のお喋りは特に楽しかったよ」
さらりと躱すように滑らかな回答をしてさっさと次にマイクを渡す。うんうんと頷きながら聞いていた有馬 裕樹がマイクを取り零しかける姿に会場が笑いに包まれた。
「ええと、この日月菊ノ進という役はあまりないパターンだったから最初は少し戸惑ったというのが正直な所かな」
柔らかな声で質問に答えていく、これまでの撮影を思い返すように確かな言葉を重ねてゆく。
「本当に、楽しかったよ。次はどう演じてやろうなんて思うし……それに皆さんのような素敵な方々からも話が聞けて勉強になるからね」
それから。と一度、言葉を切りはにかむ様に共演者たちの方を見る。
「とても、得るものの多い撮影だったと思ってる。できる事ならこの五人で、いつかまた同じように撮影にのぞめる日が来ることを、願ってるよ」
その表情に黄色い悲鳴が微かに上がり、今日一番のフラッシュが焚かれたのは言うまでもなかった。
こちらでは記者からマイクを向けられる二人の姿。
「卒業、と言えば……」
御巫千代さん演じる御巫ちとせ、六条春枝さん演じる六条春美のどちらもそれぞれこれまでの場所を卒業する、という転機を迎える役どころだったわけですが、演技の上で気を付けられたところなどは——。
堅苦しい質問に対して場の雰囲気は不思議と柔らかだ。というより返答がない、すわ事故かと思ったその時にようやく回答が戻される。
「あまり気負わずに演じられたと思います。私たちは特に、他の人とは違ってそこまで役作りに苦労しなかったというか」
そうよねえ千代ちゃん。とおっとりと答えるのは六条春美役の六条春枝。横に座る千代ちゃんと呼ばれた少女に首を傾げて見せる。
「はい、春枝さん私もそこまで無理せず役に入り込めたと思います。でも、色々と気を付けてたところは――なんですか? 春枝さん」
回答の途中に急に手に触れてきた温度に、咄嗟に言葉を止める。手を握ってきたのはどこか不機嫌そうな六条だ。
「千代ちゃん。春枝さんじゃなくてぇ……」
唇を尖らせ、何かを待つように自分よりもはるかに年下の彼女をジッと見る。ありふれたやり取りなのだろうか、返されるのは素っ気ない言葉だ。
「春枝さんはお姉ちゃんじゃないです」
うわぁん。とワザとらしい声を上げ、記者達に向き直る21歳。
「千代ちゃんが最近そっけないの……反抗期かしら?お姉ちゃんちょっと寂しい」
その後、彼女は13歳によしよしされながらインタビューを受けたという事だ。
護国マコト役・坂品 健次郎。
作品内外で多彩な演技を熟す彼目当てに来る取材陣も多く、今日も当然インタビューの列ができている……筈だった。
予定されたブース前にちらりと姿を見せた彼は、挨拶もそこそこにこの場を立ち去ってしまったのだ。
どういうことかと困惑の空気に包まれる会場ではあったが、暫くするうち納得と諦めの溜息が場を満たしていく。
そう、予定されていた時間には同作品で東尾しづ演じる子役の舞台挨拶がブッキングしていたのだ。
記者であれば当然役者の事はある程度知っている、彼がどれだけ彼女を推しているのかも。
誰だよスケジュール組んだやつ。と取材陣から怨嗟の声が聞こえたとか、聞こえなかったとか。
【執筆:杞】
「Dianaさん来たーっ!」
ファンミーティングゾーンでグッズを握った腕が何本も振り回される。彼らのお目当てはDiana=Scaaliger。実写版『ホワイトレター』では華奢な体をぴしっと制服に包み、物静かでときに激情を顕わす元異端審問官……という各方面の性癖を撃ち抜く演技が好評だったが、素顔の彼女はファンサービスも真摯に取り組む朗らかな人物だ。整理された列からまず差し出されたのは水着写真集で、これが一番好きで、黒×紫ってのがまた、くっ……と身を捩るファンの開いたページに彼女は快くサインをしてやった。
「これからもよろしくお願いいたします」
「はいぃぃぃぃぃぃー!!!」
ファンたちのどよめきに崩れかけた眼鏡の陳列を、ハニー&ビーの妹の方、ハニーが押さえる。そこは彼女の獣性を満たす私設撮影ブースで、声を当てた熊蜂の超完成度自作コスプレで立った彼女が通りがかる俳優女優に声をかけまくっているのだ。
「一寸そこの美形さん。この眼鏡、絶対似合いますよ?」
お礼は結構、最強ショットを即お送りします! と迫れば、立ち止まった声優仲間の福津 晴人は水色レンズ越しの笑顔を自分のSNSに共有、Goodが300つくころには狩野 諒太も自前の眼鏡と地獄のようなクソダサTでTLを沸かせフォロワーを20増やした。……win-win。
「やっぱり美形と眼鏡は比翼連理……! あっ」
この喉からマジで熊蜂の声出てんの? と疑う限界ボイスで彼女が次に引き留めたのはゼファーだった。彼は謎に包まれすぎた俳優で、今日も登場するとは誰も思っていなかったことだろう。
「ああ……気が向いたので」
蠱惑的な微笑みを振り撒いた彼は陳列の中からひとつを取り上げる。黒暗としては細い縁の眼鏡が常だったが、この未来的なシルエットも良く似合った。これだけ見事に雰囲気を変える役者に会うのは自分の長い芸歴のうちでも稀だ、と見ていた晴人の讃嘆の声にゼファーは会釈して応じた。
「私など、まだまだですよ」
いい出会いに、と彼らもまた写真を撮り始めた後ろから。
「はっ! あっすみませんっ」
上ずった女性の声がして、どん、とゼファーの背に何か当たった。振り返ればLumie=Ver=Beataが竪琴を抱えて蹲っている。彼女はこの先のステージで、『ホワイトレター』劇中で歌っていた曲を生演奏で披露することになっているのだ。ずいぶん前から発声練習やチューニングをしていたようだが、見るからに緊張していた。
「いつも歌ってた……あれ聴けるんですね!」
「いつもの歌なら、いつも通りに」
晴人とゼファーはあわあわと説明する彼女を歓迎し、深呼吸させる。
「そ、そうですね、いつも通り歌えばいいだけ……だいじょうぶ、だいじょうぶ」
ありがとうございます! とまた走っていったLumieの姿が大扉の向こうへ消え、しばらくするとライブが始まる歓声がした。
諒太はファンに手を振る姿をカメラマンに撮らせたあと非公開エリアに入った。彼の人気の秘訣は個性的なビジュアルと中身のゆるさで、今日も“注目若手合同インタビュー”なんて、連続でひっかけられているドッキリ番組の新作かと一応疑ってみたものの記者の差し入れた桃ゼリーですっかり懐柔されている。
「『電脳戦潜アプリェーリ』のジノ、好評ですね」
「あれはアクションがかなり大変でしたね。何せ僕、運動神経なくて」
「そうそう、日常シーンでも動ける人っぽさを見せないといけないから」
隣でアイドルバンド“ornis”のキーボード、エトスも同意する。彼もアプリェーリでかなりのアクションをこなし、『ホワイトレター』でもパルクールまがいの動きやバイクの操作に苦しめられたひとりである。
「そっちも大変そうでしたね」
「もう毎日あざだらけで」
顔は絶対怪我すんなって無茶言われて、とカメラにふたりでポーズを撮りながらエトスは人懐っこい笑みを浮かべる。
「ところで……」
はいOK、と言われたその視線は諒太のTシャツに下がった。バンドのグッズデザインも手がけるアーティストの彼には、その世紀末ファンシーの煮凝りみたいな柄もまた興味の対象だった。
「あ、いります?」
「いりません」
賑やかな合同インタビューの隣では、ソファに掛けた品のいい男女の対談が進められている。来海柘榴は紅茶に口を付け、記者に呉羽時雨が話すのを聴いていた。
「どうしてもこの役は欲しくて」
ミュージカル俳優のふたりは『東京インソムニア』で共演している。もともと出演していた柘榴の仕事相手役のオーディションを勝ち抜いたのが新人の時雨だった。
「相馬は椿さんに初め冷たい態度だったんですが、今はアイドル活動のビジネスパートナーみたいになってるのが素敵だなって。あ、芝居のことなので平気だったのに、こうして口にするとなんとも……」
「椿は初対面では少し驚いたかもしれないけれど、彼の真面目な取り組みがわかれば最高のものを返すわ。それがようやく噛み合って回り始めたコンビかなぁって。相馬さんがどう変わって行くのか、椿も私も楽しみにしてる」
自分と重ねてしまったのだろう、一旦舞台を降りればはにかんだ表情を見せる時雨に、憧れの先輩である柘榴が小さく“頑張れ”の拳を突き上げた。彼がクッションをたまらずぎゅうと抱きしめれば、それも撮ってもらったら? と追い打ちが掛かった。
「来海さん、それは僕の――というか相馬の――キャラクターが! ああ、でも彼の心境や変化には勇気づけられますよね。先輩に追いつけない焦りに満ちた心から、椿さんによって徐々に自分を取り戻すことができて、頑張る。……だからそのうち、クッションくらい抱っこするかも」
記者はそれはファンが大騒動ですね、と請け合った。
「では来海さん、改めて呉羽さんの印象を伺っても?」
「彼がすごく懐いてくれてるのは嬉しいわ。でも、歌で共演する機会がほぼ無いのが残念なのよね」
だって彼はあんなに歌えるし、私だってちょっとは歌えるわけでしょう? と柘榴はウインクする。折から聞こえてきたのはライブで歌っているLumieの声。その少し異国情緒漂うメロディをスキャットした彼女は時雨の肩を叩いた。
「だから、次は舞台の上で共演したいわ。きっと楽しいもの!」
「そうですね、ぜひ! この来海さんの美声を視聴者に届けられないのは本当に残念ですし、ミュージカルでは……」
柘榴は、どうせ歌わないならと適当な配役にアテレコでお茶を濁さなかった制作班の理解には感銘を受けたものだ。だから引き受けたのだが、時雨のように自分を目標としてくれる人にはそれがとても歯がゆいのもわかる。そしてその彼のような気持ちこそが、椿があの物語の中で沈み切らずに居られる原動力ではないかとすら思っている。うんうん、と自己の思索に頷いた彼女は、その間もずっと話していたらしい時雨に微笑みかけた。
「……なんなら拡大版で……そう別にお仕事シーンでも。舞台での来海さんといえば、去年の」
「痛だぁーーーーい!!」
若干虚ろになっていた記者の目の焦点が、突然の絶叫にきゅっと定まって衝立の裏に向かった。
衝立のこちら側はリラクゼーションエリアになっている。
先ほどの絶叫の主、メルシエ未奈美はその中で今まさに足つぼマッサージを受けていた。この後は盛装してパーティーへ、その前の貴重なリフレッシュタイムも彼女ら人気者は取材の嵐から逃れられない。
「主役はダイバー達で、シャルロットはチョイ役ですけど痛ぁ!」
彼女は侵蝕対策室職員の、いつも居る気になるお姉さん枠だ。老婆に肝臓のツボを刺激されながら悶絶する彼女の隣で、巨漢に施術されていた我妻 芯も身を捩る。
「おぎゃぁぁぁ」
おぎゃぁ? 一瞬集まった視線はすぐ散らばる。その出所が『ソーンさん』の公式コスプレイヤーだと皆気付いたからだろう。
「このキャラすっかり怪異扱いなんだよな」
ボクはサンダルで疲れちゃった一般デスクワーカーだけど、と芯は苦笑する。『ホワイトレター』作画チームの一員にしておまけ漫画キャラのモデルかつそのコスプレを頼まれる身とあっては、キャラクターが憑依する瞬間もまれによくあるのかもしれない。
「そういうキャラがぁ痛あ! ……いるから、他のキャラも立ってくるんでしょうね痛ぁい!」
そう思うかい? 足を拭いた芯は、気を紛らわせるように話しかけてきた未奈美が、それでも記者の質問に丁重に答えるのを面白く見ていた。
「インソムニアも同じダイバーでも人それぞれ……様々な生き方を見ることができるのも魅力ですね……ぇ痛!」
リラクゼーションエリアにあるのは足つぼだけではない。奥の方には本格的なエステサロンが開かれていた。並んだベッドに俯せになっているのはファティマとノエル、同じ声優事務所の先輩後輩コンビだ。
「は~、『ホワイトレター』よかったですね~! 参加できて幸せだったぁ」
そうじゃないとこんなすごいとこで先輩とエステなんて、ね! とファティマがはしゃぐ。ソシャゲのアイドルキャラで売れてきた彼女は、今回の、少し毛色が違って重みのある役を先輩に相談しながら作り上げてきたのだ。
「え、終わってないでしょう? まだ収録あるし、まだまだ楽しみよ」
枕に顔をはめたままノエルが笑う。彼女には十八番の少年で、ファティマにからむ役があとから当てられた。後輩の成長を身近で感じながらの収録はとても嬉しいものだった、と本編を終えた今彼女は振り返る。
「お相手役の人って俳優さんでしょう? あの感じも新鮮でいいわよね」
「そう、そう……! それです! 最初はもっと自分が端役だと思ってて……でもまさかのまさかで出番増えそうなので、今後とも宜しくお願いします!」
「うん、宜しくね、お姉ちゃん! なぁんてね」
ふたりが出たところで、やっとファンたちから解放されたDianaがエステの受付をしていた。
「あらDianaさん」
「ノエルさん、ファティマさん」
「オイルのがすっごく良かったですよ」
じゃあそれを、と丸を付ける彼女に手を振ってホールに出たふたりに、スタッフが飲み物のトレイを運んできた。迷っていると、上からオレンジを取る手がある。言わずと知れたオレンジ星人の晴人だ。
「あーっお久しぶりですおふたりとも!」
にこやかに挨拶した彼はくいとグラスを傾けると、視界の端を横切ったオレンジ色に腰を浮かせた。
「そのケーキどこにありました?」
突然話しかけられたヴィクトール アーベントロートは、それでも穏やかな顔のまま廊下を指す。ノエルたちも誘った晴人を連れて、彼はテラスへ向かうガラス扉を開いた。
しっかりした日差しの中に僅かな涼しさが混じる午後。花の匂いのする風の中、そこには彼らを労う、身長ほどもあるトロピカルなケーキがテーブル上にそびえたっていた……らしい。
「ムース、スポンジ、好きなところを切ってもらえて、トッピングも自在でした」
チョコレートと蜂蜜と、と律儀に教えてくれるヴィクトールの声が申し訳なさそうに響く。
「……完全に過去形になってしまって……」
「間に合わなかった……ってエトス君?!」
珍しく走ってきた諒太が目ざとく、彼がムースの最後のひと口を無情にも口に入れるのを見つけた。
「美味かった」
「あああ私も食べっ……ねぇ次! 次もありますよね!」
さらに遅れて、眼鏡ブースの大荷物を抱えて転がってきたハニーが崩れ落ちる。
パカッ……パカカッ……
その声が届いたか、テラスの端の白い扉からアルパカに牽かれたケーキが現れた。
「黒い」
「黒」
「不気味ですね」
「こわ」
「えっ……と。『インソムニアイメージのブラックココア&ベリーケーキ』だそうです」
気を取り直したハニーが説明を読む。手を打った晴人が後を引き受けた。
「てことはさっきのが『ホワイトレター』の……うん、こっちでも改めて、みなさんお疲れ様、それから今後ともよろしく、ですね!」
【執筆:九弐ニデル】
●
「いた! 本物のバーシーさん……!」
「ホントだ。声かけてくればあ?」
有名人相手の売り込みが一段落したバーシーを、離れた柱の陰から『エンジェル』ことマリアが覗いている。妹の『ミーニャ』ことカメリアが冷めた様子でマリアを煽るも、姉は余裕がない表情であわあわと左右を見る。
「ひ、1人じゃ無理!」
「こう言う時こそ演技でしょーが。クールなセレブらしくしゃんとしなさいよ」
「無理無理無理~。一緒に来てよ~!」
すっかり地が出ている姉に、カメリアはため息をついた。確かに、出演者としてみてもバーシーが脚本を書いた回は面白かったが、だからと言ってエンジェル&ミーニャ姉妹の売りはクール&セレブリティ。作り上げたイメージを損なってはいけない。
「はぁ、仕方がないなあ……」
「やった! カメリア大好き!」
「ちょっとマリア! ちゃんと『エンジェル』っぽくしててよね!」
姉妹で騒々しいバーシーに近づけば、人目も惹く。考えようによってはチャンスだと、カメリアは思考を切り替えた。セレブ姉妹としての演技を見せつつ語る様子が誰かに注目して貰えれば、他の作品での出演も増えるかもしれない。
「おや、エンジェルとミーニャじゃないか。クランクアップ以来かな?」
「お、お久しぶりでしゅ!」
「お姉さま、噛んでますわよ……」
姉の第一声からキャラづくりの崩壊を感じつつも、負けない。カメリアの戦いはこれからである。
●
「アメリア、バーシーの奴に厄介な仕事を押しつけられたんじゃねぇだろうな?」
「いえ、そのようなことは……」
「なら良いけどよ。アメリアのためなら俺は何でもする。愛しているからな」
嵐のように去っていったバーシーとは別の意味で、アメリアはディエゴ・ヴォルテッソとの距離感に困っている。21世紀に普通に育った少女であるアメリアの恋愛常識にそぐわぬ年齢差が悲しいすれ違いを起こしていることを、ディエゴは知らない。
「今朝方もそう仰っていませんでしたか?」
「はて、そうだったっけか? ま、良いじゃねぇか、減るもんじゃなし」
(今日はもう、朝のことも覚えていない?)
以前に相談した友人(看護師)が言っていた。ソレはまだ元気な人にも起きるのだ、と。鍛え上げられた筋肉に、(多分)自前の白い歯でニカッと笑うディエゴとて、例外ではないはず。
(若い頃のお知り合いのどなたかを重ねていらっしゃるのでしょうか。普段、お世話になっているのですから話を合わせて差し上げないと……)
彼はWL作画チームを支えてきた大事な仲間の一人。アメリアは寛容な笑顔で愛の言葉を受け流し、スマートフォンへ細い指を滑らせた。
●
東京インソムニアにて同名で出演の化良・応介だが、今日の役回りはパーティの広報担当。参加者へのインタビュアーである。できれば他の作品の関係者の声を聴きたい、と志願したらしい。通訳兼案内として、三カ国語を駆使するイリス・ユヴランに協力を依頼している。交渉の結果、報酬はイリスが興味を引かれていた様子のリラクゼーションの体験チケット(応介の自腹)。初めて会ったのだが、お友達価格である。
「最初に撮るのは誰が良いんだろう、ユヴランさん」
「そうですね。映像的にも『AnnihEpica』らしい扮装の、あちらの方はいかがでしょう? あまりお話を伺う時間は無さそうですが」
イリスが示したのは、これぞまさにファンタジー、といった外見でファンサービスに勤しむ男女の姿だった。
「よし、もう一度やるから少し離れてくれよ? ……ハァッ!」
「何度見ても、斧の取り回しじゃないだろ、あれ!?」
ディアンが作中の名シーン、自慢の大斧を振り下ろす動きをゆっくりめに見せると、童心に帰ったファンが歓声を上げる。
「『……私は近衛第三隊を預かるメリッサ・レンフィールド。別に覚えていただく必要はございませんわ』」
「おお、メリッサちゃんだ! ずっと再登場を待ってたのにー!」
メリッサ・レンフィールドは優雅なカーテシーと共に劇中のセリフを再現する。実際の作品ではこのセリフしか出番が無い彼女だが、プロローグの『帝国滅亡』での存在感は一部のコアなファン層で話題になった。後に襲い来る敵を食い止めて戦死していたという情報が確定した時には、抗議の署名活動が行われたとか。
「お、広報さんか。メリッサ、一枚撮っといて貰おうぜ」
「宜しいですわよ」
登場シーンが欠片も被っていない強キャラ二人が劇中のコスチュームで背中合わせに立ち、画面へと鋭い視線を送る。このイベントの広報に相応しい夢の競演だ。一方、ファンサービスよりも交流を主とした俳優たちは、各々顔見知りと固まって話していた。
「お久しぶりです!」
「電脳戦潜のクランクアップ以来やね。また背ぇ伸びたんちゃう?」
「成長期ですからね、まだ伸びますよー」
朗らかに挨拶を交わすコニー・ブラッドリーとナハティ藤岡。終盤まで尺のない状況で、恋を演じる二人の打ち合わせは熱い。
「デレはたまに見せるのが良いんですよ!」
「そやけど、アイツの心情って、ゲルダちゃんと違うて見えにくいやろ?」
「回数じゃなく落差で攻めましょう。普段やらない分、二人っきりの時にデレッデレの甘声で囁いてくれるとかどうですか?」
そんな内輪の会話には応介だけだと入りにくいところだが、現場で知り合いの居るイリスが間に入る。
「すみません、ナハティさんとコニーさん。広報なのですが、少しお話をお伺いして良いでしょうか」
イリスに声を掛けられた両名は一瞬でモードを切り替えた。
「広報やったら、もう撮影が終わった電脳戦潜の話にしよか? 俺、実はもうちょっと攻めたキャラやりたかってん」
電脳漫才バトラーをやりたいと直訴したが門前払いだったと嘆くナハティ。
「あはは、その話ですか? お話を聞いてわたしも練習してたんですよ! なん、でや、ねーん! って」
「ちゃう、それゴルフの練習や」
超巨大武器で突っ込む練習をしていたというコニーがカメラの前で練習の成果を見せてくれる。いきなり濃い裏話が聞けて、応介もニコニコであった。と、そんなところに嵐が襲い来る。
「俳優さんは全員知ってますけれど、知らないお顔です。……さては、あなたが映画のプロデューサーさんですね!」
「え。ちが……」
「皇子と! レイウェスト皇子とトーラちゃんはこの先どうなるんですかー!?」
会場の熱気に充てられたのか、ぐるぐる目のトーラが応介に迫る。できるなら首を掴んでがくんがくんしたかったのだろうが、身長差が激しいのでスーツの第三ボタンあたりを握りしめる形になっていた。可愛い。
「……イリスちゃん、あの人Pじゃねぇよな? 誰?」
「別作品の俳優さんで、今日は広報で回っていらっしゃる応介さんです」
横では、ハヤト=ガラン=ヴォルファング役だった翔狼がイリスから事情を聴きだしていた。しばらくして誤解も晴れ、顔を真っ赤にしているトーラへ応介がマイクを向ける。
「え、ええと。レイウェスト皇子推しです! ライバルは手ごわいですけど、頑張ります! あ、あくまでも作中の話、ですよ?」
小さい体で両腕をぶんぶん振りながら宣言する姿は、周りからも微笑ましく見つめられていた。一方、状況を理解した翔狼はイリス同様に手伝いを申し出る。
「仕事で大勢女優さんにアプローチできるとか、やらないわけがない」
力仕事なら任せておけ、と機材を軽々運ぶ翔狼はディアンの次世代の肉体派俳優だ。スタントやCGを使わないスタイルは、古い映画通からの受けもよい。お供を増やして向かった次の人だかりには、ロジーヌとジョエルのヴェルジー夫妻がいた。
「結婚の切欠はこの作品なんだ。『AnnihEpica』は俺にとって縁結びの神かな」
「ふふ、幸せです。お腹の子はもうすぐ8か月かしら?」
「来週の水曜日に8か月になるよ」
「教えてくれてありがとう、あなた。今は安定しているのだけど、こういう席でお酒が飲めないのは少し残念ですわね」
「うん。駄目だからね。欲しいドリンクや食べ物があったら言って。取ってくるからさ」
セクシー系の俳優と美女の電撃結婚がお茶の間を賑わせたのはもうずいぶん前だ。今も変わらず仲睦まじさをアピールする2人に、俳優仲間の翔狼がジト目を向ける。
「今でこそこうだけど、妊娠初期の頃はロジーヌ少し荒れてたよな?」
そう聞けば、ジョエルがみるみる萎れた。妊婦が不安になるのは初めての子の時は仕方が無いし、ロジーヌが特に酷かったわけではない。が、旦那のジョエルの方は当時を思い出すだけで泣けてくる様子だった。
「ああ、やっぱり周りから見ても分かるくらい辛かったんだよな。俺、何もできなくって。その頃は自分の情けなさに泣いてばかりでさあ……」
「でも、そんな姿を見ていると悪阻も忘れてしまって、彼への愛しさで胸がいっぱいになったのよ」
「ロジーヌ……」
感極まった様子のジョエルの背後に高速回転する尻尾が見えたような気がしたが、彼の役はヒューマン。翔狼とは違い、役柄の上でも尻尾はない。
「可愛いでしょう彼、独占しちゃってごめんなさいね」
くすくす笑うロジーヌは幸せ一杯の様子であった。
●
挨拶周りも終え、プライベートゾーンに引っ込んでから、改めて【白椿】の四人組+一匹は祝杯を挙げていた。エルドラゴ以外は20歳未満なので、手にしているのはトロピカルなジュースである。
「ここからが正念場だな。現場でも作品でも、皆で協力して乗り越えていこう!」
「うん。アニエピカもいよいよ最終回が間近だもんね……」
エルドラゴが音頭を取ると、グラスを合わせたピピが感慨深げに頷いた。足元でにゃあとタマさんが鳴き、さらに横からこつんとグラスが2つ。
「今年も皆と集まれて嬉しいよ」
「ボクも、皆と一緒にパカデミー賞に参加できて嬉しいんだよ」
「うん。また来れるように次の仕事も頑張ろう」
若葉の声にピピが勢いよく頷く。次の年への抱負を口にした薙と、乾杯の音頭を取ったエルドラゴもまとめて抱き着いたピピは、ドリンクを一気に飲み干すと嬉しそうにプールへと走り出した。元気いっぱい楽しむ様子に、周囲の客も微笑ましげだ。
「ボク、泳げるようになったんだ!」
「すごいじゃないか! っと、滑ると危ないからゆっくり行くんだぞ!」
心配げなエルドラゴへ頷いて最後は歩調を落とし、ゆっくり水へ入るとばちゃばちゃと泳ぎだす。見守る他の三名の飲み物はまだ半分は残っていた。
「お、上手くなったじゃん」
「……ね、日が落ちたらちょっと抜けない?」
のんびり眺める若葉へ、薙が小声で囁いた。そんな恋人たちのやり取りが聞こえてか否か、デッキチェアのエルドラゴは泳ぐピピから目を離さない。何かあったらすぐに助けに入ろうと身構えつつ、片手はくつろぐタマさんの背を撫でていた。
「見ててねー!」
「見てるぞ」
「見てる見てるー!」
ときどき足をついてから手を振ると皆から帰る言葉にどや顔を返し、再びピピは水柱を上げ始める。実に楽しそうな様子に、最後まで心配そうだったエルドラゴもほっと力を抜いた。
「この後はビーチボール? バナナボートも楽しそうだし、一通り色々遊ぼうよ」
元気に言う薙に、疲れたら一緒に昼寝も悪くないな、とエルドラゴが返す。わかったような顔で猫がにゃあと鳴いた。
●
「フレンド登録してある俺のパーティ、アメリアのに属性合わせてコンボキメれるようにしといたからよ、周回の足しに使ってくれや」
デイリー消化程度は済ませたいと画面に向かうアメリアへ、ディエゴは当たり前のようにそう告げた。
「あら。いつもありがとうございます。これなら、行動力を使い切るのにもそう時間は掛かりませんね。……電子機器は巧みに使いこなしているのに、不思議なものですわ」
喜ぶアメリアの横顔を、まさか老化の進行を疑われているとは知らぬディエゴは満足そうに見守っている。見守りつつも周囲の確認も行うという器用な事をしていたディエゴは、遠くで【白椿】が乾杯に使っているトロピカルドリンクに目を留めた。
(ノンアルカクテルか。今から注文すりゃあ、ちょうど周回終わったあたりで出来上がる。あとは話題か……。今日だと、撮影の話に興味がありそうかね)
ディアンやハヤトといったアクション俳優に目が行っていたことも気づいている。自身が「白き悪魔」役でこなしたスタントの話題なら、アメリアは喜ぶだろうか? などとあれこれ気を回しているディエゴにアメリアは気がつくことはないまま、快適な一日を過ごすのであった。
●
一方、『AnnihEpica』出演俳優を渡り歩く応介の旅はまだ続く。顔の広い翔狼が声を掛けたのは、アドリブで父の息子のサイズをばらしたコニーとそれ以来、下半身に注目されるようになったルースの親子である。
「ち、父の事は尊敬していますし、役でもオフでもとっても素敵なパパなんですよ」
「それは嬉しいですが、皆様にご迷惑をお掛けした事には関係ありません。本当に、申し訳なく思っております」
下半身丸出し変質者に遭遇したシーンでの「父さんの方が大きい」発言はコニーのアドリブである、と公表されており、それは実際にそうではあるのだが、だとするとそのアドリブは何から出たのか、と言う問題になる。この父さんとは、コニーの父であるルースなのか、コルネリウスの父であるフェアロスなのか。更に言うなら、比較して小さいと言われたのは役柄上のモノなのか、変質者役個人のモノなのか。謎は深まるばかりである。
「……ええと、つまり、実際に変質者役の方よりも……?」
「ノーコメントで……」
応介の確認に困ったように眉を下げるルースだが、コニーと共演できること自体は嬉しいらしい。子が親と同じ仕事を目指してくれるのは嬉しいことですよ、と言われてもインタビュアーの応介も、イリスも翔狼も独身なのでわからない。が、二人の幸せそうな様子は見れば分かった。
「そう言ってくれるお父さんは羨ましいですね、コニーさん」
「でしょう!」
「ところで、このあとあっちのサウナに行かないか? そこの優劣はハッキリさせておきたい」
「ええと、その話題を広げるのは止めておきましょう。誰も幸せになりません」
イリスとコニーが笑顔で言葉を交わす。その脇では、話題的に男のプライドを刺激されたらしい翔狼がルースにやんわりと謝絶されていた。ルースの表情が話題にうんざりした作り笑顔なのか、それとも絶対勝者の余裕の笑みなのかは、応介には分からない。が、別に分かる必要が無いと言えば、それはそう。
●
「やっぱり、演じるって楽しいですよ!」
鳴上 旭は笑顔で言う。もともと声優畑だが、『AnnihEpica』以降少しづつ俳優の仕事も増えているのだという。
「身長柄、どうしてもできる役が少ないんですけれど、いろいろチャレンジしていきたいですね」
「鳴上さん、前向きですごいんなぁ。うちも、何か頑張らんとさぁ」
同じく『AnnihEpica』が俳優デビュー作の春咲 翼が、感心したように頷いている。声の仕事の経験はあった旭と違い、翼は正真正銘のデビュー組。以前はスポーツ選手だったが負傷により引退し、女優に転向したという異色の経歴の持ち主だ。
「まだこっちに仲の良い友達おらんに、また話してくれると嬉しいさ」
「こちらこそ!」
などと言葉を交わしつつ、訪れたのはケーキコーナー。スパ設備に目が行ってしまうが、バイキングコーナーも充実しているのだ。せっかくだからと着飾って参加したものの、知らない人ばかりの空間で疲れた翼が癒しを求めて向った先は和菓子コーナー。さすがにセレブなパーティであり、質もよい。
「ん、これは美味しいさ。見た目も可愛いし、どこのお店か聞いたらお土産にできんね?」
「あ、本当です。スタッフさんに聞いたら教えてくれるでしょうか」
二列向こうで2人の会話を耳にして、波多 光希が口元をほころばせた。劇中の役柄『デゼスポワル』役で一緒にいた子役たちが目敏く見つけて覗き込む。
「ありゃ、光希くんなんか嬉しそうー」
「ちょっと嬉しそう!」
「え、そうかな?」
光希は『デゼスポワル』の中では年長ゆえに、年下の子らに揶揄われる機会はそう多くはない。口角が上がっているといわれて手で触れてみれば、確かにそのようだった。
(実家の話は、口にしない事にしてるけど。でも、美味しいって言われるのは嬉しいかな)
翼が絶賛し旭もうなずいていたのは、実家の老舗和菓子屋の新作である。和の物に縁深い光希の次の目標は東京インソムニアへの出演だとか。万が一スタッフが見つからないようなら、マイルールを破ってこっそり教えるくらいは良いだろうか、などと悩んでいた。
●
日が暮れた波打ち際では、薙と若葉が並んで星空を見上げていた。
「最初の方にも海のシーンがあったね」
「あったね、一緒に貝殻を探して……、懐かしいなぁ」
懐かし気に過去を振り返る。光る貝殻に、あの日も今日のような綺麗な星空だった。思い出話で穏やかな時が過ぎる合間に、「……また海に行きたいね」と、緊張で少し背筋の伸びた薙が口にする。その僅かな堅さに、若葉は気づいたかどうか。
「……うん、2人でまた行こう」
眩しい笑顔でそう返した若葉の手を、薙が嬉しそうに取る。その手を、若葉がそっと握り返した。肩を寄せた恋人達は、寄せては返す波音と降るような星空に包まれている。
ちょうど同じころ、早めに家路につく俳優の中に、ディアンの姿があった。幸福そうな恋人達が見えたわけではないだろうが、遠くの海岸へ愉しそうに目をやるとため息を一つ。
「ああ、本当に……。夢みたいな映画だったぜ」
「お兄ちゃん、遅い。お土産はー?」
再び前を向けば、迎えに来てくれた両親と妹が手を振っていた。
【執筆:紀藤トキ】
●ビーチの片隅にて
実写版ホワイトレターに出演した実力派中学生俳優、瓶子 晶。彼は今、先輩俳優安藤シンの、ある練習に付き合っていた。
「ワシの女になれ」
「……」
シンの言葉に、晶は思わず口を噤む。
「……すまん」
シンが両手で顔を覆って謝った。怖さに定評のある容貌で、以前は特撮の悪役、今は任侠物で活躍するシン。だが今やっているのは、シンのプロポーズの練習だった。
晶はうーんと唸る。憧れの大先輩を手伝えるのはとても嬉しい。だからこそ言わねばならぬこともある。
「組長の口説き、って感じで僕はすごく好きなんですけど、プロポーズとしてはその、ダメですね……」
シンが顔を覆ったまま小さくなる。
「いやうん。わかっとる。今のは冗談じゃ。テンパっとるんじゃ……」
「まずその任侠設定から離れません?」
シンは覆った手の下でもごもごと台詞を確認し、よっし、と顔を上げた。
真剣な眼差しで、想いを込め、言葉を紡ぐ。
どうにか言い終えて、口を閉じた。
「……今の、今のすごく良かったです! 最後ちょっと照れちゃいました」
これがリアルな大人の恋愛かあと笑顔になった晶に、シンも顔を緩め安堵の息。深く吸って、ゆっくり吐いて、シンに言った。
「練習相手ありがとな。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい。頑張って!」
新たな縁を結ぶため、いざ。
***
「急にプロポーズ始まったと思ったら」
「練習でしたねー」
「上手くいくと良いですねぇ」
明本 魅美と定松 督は、いかつい俳優がそわそわしながら出陣したのを微笑ましく見送る。魅美は督に振り返り、話を続ける。
「で、こっちも練習というか相談なんですけど……あ、でも今オフか」
すみません別の日にと言いかけた魅美の言葉を遮る督。
「別に良いですよ。時間あるんですし」
「そう? じゃあお言葉に甘えて。次やるやつ、適当にアドリブ入れろって指示入ってたじゃないですか。みゅみゅあんなら貫君に頭突き一択かなって」
「あーなるほど。それじゃあれだ、頭突き直前に一瞬顔が近づいて、貫が見惚れちゃって、回避とかもできないわけね」
「顔が急接近したら確かにそうなりますよね」
「もう貫は完全に浮かれてる感じだ」
督の言葉にふむふむと頷き、魅美も自分の役の思考を辿った。子役上がりの身、もはや子供の頃から慣れ親しんだ作業である。
「みゅみゅあんのほうはいつも通りを装いつつ、心の中では浮かれる貫君に苛々してる感じで……あ、ちょっと練習しておきます? 頭突きのとこ」
「……練習は……止めとこう……撮影前にこぶできたらほら、怒られるし」
スーツアクター志望だったこともある督。アクションの課題で頭突き込みの流れを一人で練習中、うっかり巨大なたんこぶをこさえた在りし日を思い出し、思わず遠い目をするのだった。
●懇談パーティ会場にて
松川ユウは、事務所の先輩が挨拶回りに行っている間、会場の端をふらりと歩く。
闘病から復帰後のハードな初仕事が響いて体が重い。このパーティーも狩野の誘いでなければ出席しなかっただろう。
会場の片隅で壁へ背を預けて休んでいると、体格の良い赤毛の外国人が来た。実写版ホワイトレターに出演したヴェルディオ・ビーツ。シリアスな戦闘シーンを盛り上げた外国人役者。原作キャラと同姓同名で、顔まで似ていて大人気という話は松川も聞き知っている。
「俺もここでひと休みして良いか?」
流暢な日本語で話しかけてきたヴェルディオに、松川は微笑を返した。
「ええどうぞ。お気遣いなく」
ヴェルディオが会場を眺めていると、向こうの女優が振り向いて満面の笑み。視線の先、親しげに手を振り返したのは隣の役者。なるほど。
「『お似合い』というんだったか、こういうの」
「え?」
「彼女、とても嬉しそうだったから」
「棗さんが僕を、ってことですか? まさか。あの人にはもっといい人がいますよ。頼りになる先輩なんです」
「ああ、可愛がってもらってるってやつか」
「そうそう」
笑い合った後はお互い喋らず、一時の憩いを心地良く共有。シャンパングラスを傾けるヴェルディオは、俳優らが挨拶を交わす眺めにホワイトレターの世界を重ねた。
(“俺”があの世界にいたとして、何かを成し遂げられたんだろうか)
特務局員のヴェルディオは戦い続け、友らと進み続けた。
(俺には俺の道がある、か。歩いた跡が道になるとも言うしな)
声優に女優にと活動の幅が広い狩野棗は漸く挨拶回りを終え、松川と合流。
「お待たせ。ごめんね、本調子じゃないのに。体大丈夫そ?」
「ええ。ゆっくりさせていただいてるので」
にこりと笑む松川を見て、やたらと心が踊ってしまう。
でも後輩を可愛がる以上のこの想いは、なんとか隠さねばならない。彼はタレント、スキャンダルで彼の道を邪魔してはいけないのだ、絶対に。
自分に釘を刺す。ともすれば笑み崩れそうになる顔を隠すように、松川の横に並んで言った。
「気をつけないとね。今が一番大事な時期なんだから」
健康に仕事にと難しい道を行く彼を、近くで支えたいから。
***
「……ということがありまして」
「へえ。それで?」
クールなモデル刹那にしおしおと弱音を聞いてもらっていた、ハーフの若手俳優山下・エミリア・加恋。
「どうしても思い切れなくひえっ狩野棗さん!」
突然視界に入った声優の顔に思わず名前を口走り、慌てて刹那に向き直る。が。
「狩野棗? 電脳戦潜のファラーシャとかやってる人!?」
刹那のテンションと口数と喋る速さが跳ね上がっていた。加恋は目を丸くして、刹那はしまったという顔をした。互いのアニメ好きを知り、以降のお喋りは遠慮無し。
「狩野さんのラジオご存じですか?」
「知ってる! 先週の聖地巡礼の話は神だったな」
「意気投合ポイントそこなの? ってもう楽しくって」
「あとなんでアルパカの被り物持ってきてたんだスタッフ」
「ほんとに。あ、そういえばこの前……」
加恋がスマホで画像を見せた。
「ゴンドラ? 日本だよな……もしかしてホワレの作画スタッフが取材したってやつ!?」
また早口になった刹那に、加恋が頷いた。
「ロケ先で丁度体験会があって、ロケの後で乗せてもらったんです」
「うわああ良いなあああ!!」
心底から羨ましがっている様子の刹那に思わず笑った加恋だったが、刹那の肩越しに見つけた役者の顔にまた飛び上がった。
「せせ刹那さん、後ろにホワレの実写とアニメ兼任の、あのあの!」
「えっマジ!? 誰!? あっほんとだハブリエルさん!!」
***
今、誰かに呼ばれたような。ハブリエルが振り返る。こちらを見ていた日本人の役者たちに、歌劇団出身の女優らしい完璧な笑顔を披露して手を振り、また歩き出した。
足がドレスの裾に引っかかる。
「おっと」
壮年ディレッタントの役の動きが体から抜けていない。
「ハブさん? ハブさんですよね?」
また呼ばれた。ぱっと振り向くと、よく共演した動物プロダクションの調教師、コピアナの姿があった。
「コピちゃ……いやコピアナさん! ケオケオも!」
こっそり付けていたあだ名でうっかり呼んでしまった。今度は足元に気をつけながら駆け寄り、わーっと声を上げながら腕を広げれば、コピアナも嬉しそうに腕の中へ飛び込んでくる。二人はぎゅっと思い切りハグ。肩にワオキツネザルのケオケオを乗せたまま、コピアナが顔を上げた。
「あの、撮影では本当にお世話になりました。バタバタしてきちんとお礼も言えてなくて」
「こちらこそとても助けられたわ、本当に有難う。勿論ケオケオもね!」
「わ、なんだか役とは全然雰囲気違って驚きました」
「ふふ、確かに」
「でもケオケオは気づいてたみたいです」
「そうなの?」
「ええ。だって撮影の時からずっと、とっても懐いてましたもの」
「そっかぁ」
動物を見るプロの言葉に嬉しくなるハブリエル。
「ケオケオはほんとに賢いなぁ。また遊ぼうね」
肩でご機嫌なポーズになっているケオケオの頭を順に撫でる、ハブリエルとコピアナ。何の因果か、ケオケオだけでなくコピアナまで出演したホワイトレター。貴重な時間をハブリエルと共に過ごせて良かったなと思いながらコピアナはケオケオにおやつを渡していた。
***
バイキングのデザートにチーズケーキが無いとキーキー文句を言う少女が居た。四歳から芸能界で活躍する佐波しとりである。
笑って話を聞いてやっているのは壮年の映画俳優、一 錦。
「そんなに食べたかったんだ、チーズケーキ」
「メニューに載ってたから楽しみにしてたの!」
「ってことは余程人気だったんだな。ウェイター呼んで追加があるか訊いてみるか」
「そこまでしなくていいわよっ! 私が食いしん坊みたいじゃない!」
むきー! と怒るしとりは、どこからどう見てもただの駄々っ子。錦は堪らず、その色香漂う美貌をくしゃりとさせ、ふっふと笑った。
「ん? 君、もしかして『しとりん』か。こんなところで会えるとは」
ファンの間でのあだ名で呼ばれ、しとりが癇癪を引っ込める。やってきたのはホワイトレターで活躍したベテラン、加藤。その穏やかな顔に浮かぶ喜色を見て取り、同じ業界かつ年上のファンは貴重、と、しとりは即座に猫を被った。
「はい、佐波しとりです! 初めましてー!」
「初めまして。スーツアクターの加藤だ。……そちらの方はもしかして、昔バンドマン役で映画出てなかったかな」
その言葉に、懐かしい、と錦が微笑を返す。
「『Rock-On』でしょうか」
「そう、それだ。お会いできて嬉しいよ」
一頻り話をして、しとりと錦は交換する名刺にサインを書いて渡す。初老の紳士は嬉しそうにそれを受け取り、待ち合わせ場所へ向かったのだった。
加藤が会いに向かったのは、ふんわりお嬢様系俳優ディアディア、そして加藤の弟子で爽やか新米スーツアクター&スタントマンの忍足がいるコミュニティ広場。
「やあ、また皆さんと会えて嬉しいねえ」
「今年もまたできるんですよね」
穏やかに言う加藤に、ディアディアがにこにこしてそう言った。頷く加藤。
「彼らの物語はまだまだ続くからね。忍足、本編で掴んだ感覚は残ってるかい」
「勿論です。というか、サザリくんのアクションのお陰で僕自身の動きの幅が広がった気がします!」
「どんどんアクション上手くなってましたものね」
「へへ、有難うございます。お二人のバトルも凄かったなぁ」
ディアディアは普段の物腰柔らかな雰囲気からは想像もつかぬほど運動神経が良く、特務局員ならではの難しいスタントも自らこなしていた。
「加藤さんのお陰です。本当にやりやすかったんですよ」
ディアディアはそう言って加藤に礼を言い、手元のバッグからカードの束を取り出した。その中から二枚を二人に渡す。
「はいこれ、お手紙です」
「おや、どうもありがとう」
「ぼ、ぼくにもですか! 有難うございます!」
「他にもいっぱい、私とスタッフの皆さんで書いたんです」
「お、すごい。渡しきれなかったら霊障が大変なことになりそうな枚数だな」
茶目っ気たっぷりに言う加藤。
ディアディアが笑う。
「きちんと配達するので大丈夫です。よっしゃ、そんじゃこれ届けてくる!」
最後は『リディア』の口調で言って、人の海へと向かっていった。
「この後どうする?」
「特に予定は……あ、加藤さん、あっち盛り上がってますよ! ライブステージですって、ああいうの興味あります?」
「有るとも。さっき、映画のバンドマン役をやっていた俳優に会ってね。懐かしくなってしまった」
「へえ!」
「あとあの子にも会った、佐波しとり」
「『しとりん』!?」
「おや、同胞だったか」
「え、え!? あの、どこに!」
「あはは、懇談会場に居たよ。そっちから行こうか」
「是非!」
この一年で得た経験と人脈がまた広がる気配に、忍足はわくわくしながら頷いたのだった。
【執筆:柊コウタ】
スパリゾート・アルパカの宴会場ではキャスト同士の歓談を目的とした立食パーティーが開かれていた。
中央に数々の料理、端にバーカウンター、料理を取り巻くように円卓がいくつも並び、シャンパンやワイン、ジュースなどをトレイに乗せたウェイターがテーブルを回っている。
メディア立ち入り禁止エリア内のオーシャンビューの宴会場で、キャストたちはまったりとしつつも、セレブリティなパーティーを楽しんでいた。
「すみません、こちらよろしいですか」
ウェイターからシャンパンの入ったフルートグラスを受け取ったランドルフは、大勢で賑わうテーブルに顔を出した。
「ランドルフさんじゃないか、もちろんだとも」
長谷部 勉は吹き替えの仕事で共演したことがあるランドルフを覚えており、にこやかに右へ半歩ずれて、彼の場所を作って招く。
「ありがとうございます」
スマートにテーブルの仲間入りを果たしたランドルフは、同じ卓の面々を見回した。
「皆さん、『東京インソムニア』の共演者か、場違いだったかな」
と頭を掻くランドルフ。彼は『ホワイトレター』の声優としてこの場に招待されているので、出演作品が違うのだ。
「いいえ、とんでもない。歓迎しますよ。ランドルフさん、久しぶりですね」
同じく吹き替えで共演経験のある輪呑 幸が対面で落ち着いた微笑みでフォローする。
「このローストビーフは召し上がりましたか? 逸品ですよ。とても上手に火が通っていて、しっとりとしているし、ソースも美味しいです」
幸が自分の皿に乗るローストビーフを指す。
「幸は役でもプライベートでも料理好きだもんな」
と頷く、子役あがりの暮明 小路(音無 小路)は、他人に興味をひかれる性分のため、幸自身も『料理人の輪呑 幸』役と同じく料理が好きなことを知っている。
「ええ、料理演技指導は、プライベートでも勉強になりました。でも、料理人設定より『乱歩というPNを持つ推理小説同好会の一員』という設定のほうが、俺は気に入ってるんですけどね」
「へえ、そうなのか。当て書きとは聞いていなかったんだが、偶然の一致かな」
脚本家、月森 時雨は目を瞬かせた。彼の書いた脚本を、奇しくもこの卓の全員が演じたことがある。
「当て書きといえば、九十九さんが役でも無口なのも当て書きだったのか? 心情を語るシーンを書く時、口調に悩んだのを思い出した」
と時雨は九十九 一を仰ぎ見た。一のほうが背が高いので、自然とそうなる。
一は、さあ? と言うふうに肩をすくめた。眼差しで感情を読もうにも、彼の瞳は髪で隠れて窺いしれない。
「九十九さんはほんと、ミステリアスッスね。そういや今日、アンタの声、ひとつも聞いていない気がするッス」
呆れて小路は肩をすくめる。
時雨の書いた回で、一が心情を語るシーンは、めったに聞けない一の声が聞けたということで『バズった』くらい、一の発声はレアだ。
「逆に俺がやってる音無 小路はやべぇヤツッスよね~。当て書きとは真逆っての?」
小路が演じているのは『犯罪したい気持ちを報道することで誤魔化す』役だ。
苦笑しつつ小路は、幸おすすめのローストビーフをつまんだ。
「……加里生さん、大丈夫か? 貴方もあまり話せていないだろう?」
勉が右隣の加里生 煙に耳打ちする。共演しつつも犬猿の仲たる妻以外には人当たり穏やかなベテラン俳優こと勉は、周囲への気遣いも完璧だ。
「あ、い、いや、大丈夫だ。楽しんでる」
少し硬い面持ちでシャンパンを傾けていた煙は、慌てて首を横に振る。
煙は、特撮のサブキャラで芸能界デビューし、端役を渡り歩き、ついに『東京インソムニア』で一花咲かせたという経歴を持つ。俳優としてのキャリアはまだまだ短い煙は、並み居るベテランの中で緊張気味なのだ。
「ならいいが、あまり気負わずにな」
と勉は微笑み、軽く煙の背を叩いた。
「ありがとう。……あれ、向こうでなにか始まるのか?」
煙は笑顔で気遣いに礼を言うも、勉の背中越し――会場の中央あたりで撮影機材を持つスタッフが何人か集まりだしたのに気づいた。
「ん? 報道陣か? ここはメディア禁止のはずだが……」
「なんでしょうね」
勉とランドルフも煙の視線を追い、自然、他の面々もそちらを見やった。
カメラの前に笑顔で立つ男は、ハツラツとした声をあげた。
「どうも! ファンの皆さん、『東京インソムニア』化良・応介役の化良・応介です! 今日は、特別企画ライブ配信として、キャストの皆さんにお話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。そして」
化良・応介に向けられていたレンズが、隣のリリアに向く。
「アシスタントのリリアよ、よろしくね」
クールな表情で、リリアは視聴者へと手を振った。
「俺、出演している『東京インソムニア』はもちろんですけど、『ホワイトレター』も大ファンなので、今日のアシスタントが『ホワイトレター』のリリアさんなのも嬉しいんですよね」
応介はニコニコとリリアに笑いかける。
「なんたって、あの『奇蹟の150人』のひとりですからね、リリアさんは!」
リリアは『ホワイトレター』での役を高く買ってもらって、面映そうであった。
ンンッと咳払いして、照れを払ったリリアはいつも通りのクールな少女に戻り、進行を続けた。
「では、早速インタビューを始めるわ。まずは……アルフラミンゴ君よ」
とリリアが指す方角に、ばたばたと走ってくるアルフラミンゴ君の着ぐるみがいる。
「まだ撮影が残ってるの? やめてくれぇ!」
と大騒ぎで走っているアルフラミンゴ君の中身は、スーツアクターの桃井翼。
別件で着ぐるみを着せられているらしい。
「ようやく撮影が終わったから着ぐるみとおさらばできるぜ! と思ったのによォ!」
「普段のアルフラミンゴ君とは違いますね」
作中の彼しか知らない応介はあっけにとられている。
翼は、応介の横のカメラマンに気づくと近寄ってきた。
「あっ、カメラ! せめて俺の顔出してくれよォ! 俳優だぞこっちは!」
『アルフラミンゴ君に中の人などいません』という視聴者コメントが弾幕のように流れる配信画面を見せたリリアに、翼は悲鳴をあげ、悠々と歩いてくる白いドレスの女性に泣きついた。
「やだーっ! ほのかちゃん! 雨崎ほのかさん!? 助けてくれ~!」
雨崎ほのか(ホノッカ・ピオヴェッロ)は、あらあらと口元に手を当てる。
せっかく翼とお忍びでスパリゾートに来たと言うのに、暫く見失ったと思っている間に、彼はアルフラミンゴ君と化してしまったらしい。
外の報道陣から『桃井さんとの関係は?!』と問い詰められても、うふふと涼しい笑顔で受け流して、
「ケーキバイキングとかあったら行きたいなぁ」
と、立食パーティーにやって来たというのに……せっかくのお忍びスパなのに、これでは大騒ぎのてんやわんやだ。
しかしながら、助けを求める翼を見捨てないのがほのかだ。アルフラミンゴ君を庇うように、カメラと彼の間へとにこやかに割って入ると、ほのかはレンズに向かって笑顔で投げキスした。
突然のたっぷりファンサービスを受け、蜂の巣をつついたような騒ぎになる配信画面を満足気に見て、ほのかは翼の手を引く。
「さ、いきましょー。ケーキバイキングだよー」
「待って!? 着ぐるみ脱がせて?! アルフラミンゴ君、ケーキ食べられないフラよ!」
頑張ればアルフラミンゴ君姿でも食べられるが、こんな場所でくらいは生身で飲食したい翼であった。
時は少し前後して、パーティー会場の外、ほのかにあっさりフラれてしまった報道陣は、メディア立ち入り禁止エリアの境界線ギリギリで、蔵伊戸 獅子夫(レグルス・クライトン)と来栖 瑠那(ルナ・クライスト)のカップルを取り囲んでいた。
「何? 週刊誌!?」
「はい! 馴れ初めなど色々お聞かせください!」
『ホワイトレター』の共演後、電撃交際が発表された二人にぜひともコメントしてもらいたいと、今度ばかりは逃さぬ構えの記者たちに、獅子夫は苦笑して、瑠那を見やる。
デキる女は週刊誌対応もちゃんとする――瑠那はにこやかに、
「実は今作が初の共演ではないのでございます」
と切り出した。
「子役時代に一度だけ、共演しておりまして」
瑠那が報道陣に話しているのを見て、獅子夫も安心して話を継いだ。
「そうなんだ。まさかあの子と十数年経ってからこうして再会するとはな」
「監督、私たちの事知ってたのかしらね?」
「どうだろうな」
と見つめ合い、二人の世界を作ってしまうカップルに、記者もニコニコと、
「おふたり、とってもお似合いです!」
と言いながらボイスレコーダーを向けている。
「ええ、俺たち、いいパートナーになれそうです」
それじゃあ、と切り上げて、獅子夫は瑠那と連れ立って立食パーティー会場へと消えていく。
「ふふ、浮気したら許さないわよ」
という瑠那の声を聞いた記者たちは、アツアツだなぁと微笑ましく彼らを見送るのだった。
獅子夫と瑠那がパーティーを楽しみ始めた頃、特別企画ライブ配信のマイクは、聖愛理(Ary Cantus)に向けられていた。
「Ary Cantus役の聖愛理です! 『ホワイトレター』、無事終わってよかったです! でも沢山言いたいことがあるんですよ! 台本、ちょっとずつしか渡されなくって!」
とカメラに向かって愚痴を言う愛理の隣で、ヤークート・シャマー(ナーディル)は首を傾げた。
「どうして?」
十一歳のヤークートは、同じくらいの年頃の愛理について回っている。
「『生の反応が欲しいんだよね』ですって。なんですか! もう! 私もAryちゃんと一緒にハラハラしちゃいましたよ! あ、ヤークートさんはどうでした?」
愛理はヤークートに話をふった。
「ナーディル? そうだなぁ、基本的にエキストラだと思ってたから、メインシーンがあって驚いた」
朴訥とした片言で話す役を演じているが、ヤークート自身は流暢に話せる。
「ヤークートさんは、母語でも話してたけど、あれは?」
アラブ系イギリス人のヤークートなので、そのどちらかの公用語だろうか。などと配信のコメント欄が喧々諤々となるが、ヤークートの回答は予想外であった。
「両親の出身部族の言葉」
そうなんだ! と愛理と視聴者は初耳情報に驚くのだった。
「わ、こっちくる……かも」
クロエは、徐々に近づいてくる特別企画ライブ配信のスタッフ達にソワソワと周囲を見回す。
役では若いながらもしっかり者を演じるクロエだが、当の本人はあがり症でビビリなのだ。もしかしてインタビューを頼まれるかも……と思うと、クロエは緊張で食べている唐揚げの味もわからなくなる。
うぅ、と小さく呻くクロエに聡く気づき、
「もし来たならせっかくなんだし、インタビューに答えてあげなよ。ん? 何を話せばって? ……そうだなぁ、クロエちゃんはどんな人も演じられるんだし、演技論とかさ」
本業はコメディアンの佐々木 草二郎は、案ずるより産むが易しとクロエを励ました。
「えぇえ……こんな所にいてもいいのかなって不安なのに」
とクロエは絶望的な表情を浮かべる。
「演技論なんて……バステンさんみたいに立派なのは……」
とクロエがこそっと見やる先、ダニエル・ファン・バステンは、演技について熱い想いを懐き、名悪役として数多くの作品に出演してきた実力派俳優だ。
彼と劇団を同じくすることを、クロエは誇りに思っている。
「ん? そんなに気に病むな」
こそっと見やったはずなのに、ダニエルはすぐに視線に気づくと、体ごと彼女の方を向き、演技ではめったに見せることのない笑顔を向けた。
「大丈夫だ、クロエ。演じるときに心がけたことや気をつけていること、役に対する想いを話せば良いんだからよ」
同じ劇団に所属する者として彼女の実力は知っている、とダニエルは深く頷く。
尊敬する先輩に太鼓判を押されたクロエがようやく安堵の表情を浮かべたのを認め、笑みを深くしたダニエルは、今度は草二郎に水を向けた。
「それよりあんた、こんな所に居ていいのか? 大事な家族と来てんだろう?」
家族愛あふれるコメディアンとして有名な草二郎は、このスパリゾートにも家族を招待している。
「ははは、きっと向こうは向こうでエステにスパにと忙しくしているさ。もちろんパーティーがお開きになればそちらに行くよ。でも折角の機会なんだ……今は、二人と楽しみたいんだよねぇ」
草二郎は朗らかにワインを干した。
「見てよ、須藤さん。あっちのテーブルにいるの、安藤聖美とハリエット・クラドックだよ。周囲の大物オーラにあてられちゃうね」
菊水 理斗は、先日自分の担当になった新人マネージャーに話しかけた。
「そうですね。しかし菊水様も今をときめく俳優なのですから、決して負けておりません」
須藤さんこと須藤 メアリは、理斗のために持ってきたカナッペの皿を渡しながら、フォローを慇懃無礼キワキワで放つ。
しかしメアリが言うのも、嘘ではない。理斗とて、邦画やバラエティで売り出し中の俳優だ。
「ふふ、須藤さんの方が堂々としてて貫禄あるよね」
ぱくりとカナッペを一口で食べ、理斗は甘いフェイスであざとく笑った。
「ボクも見習わなくちゃ」
キメ顔だったが、メアリの表情は微動だにしない。
めろめろと担当に夢中にならないプロ意識と、事務所がいま売出し中の俳優を手厚く接待せよという社命を受けている割に媚びもしない凛とした態度に、理斗は内心感心する。
「とんでもございません。菊水様、お飲み物のおかわりはいかがですか」
感心されているとはつゆとも知らぬメアリは、中身が減ってきている理斗のグラスに目ざとく気づき、すかさず尋ねた。
「じゃあ、甘めのカクテルを。……そういう態度、信用してるよ」
バーカウンターへカクテルを取りに行こうとするメアリの背に、理斗はそっと声をかける。彼女に聞こえたのかどうか。
理斗たちの視線に気づかず、安藤聖美(那珂湊・沙夜)とハリエット・クラドック(リタ・ロイ)は優雅にワイングラスを傾けていた。
「……酔ってきちゃったわ」
まだワインは一杯目だし半分も減っていないが、聖美はテーブルにグラスを置くと、通りがかったウェイターのトレイからオレンジジュースを取って飲み始める。
「聖美は下戸が過ぎるわ。酒好き夜遊び大好きの役をやっているのに」
「役と本人は違うのよ」
と反論する聖美。演じる『那珂湊・沙夜』は金持ちだが、本人は一般家庭出身だというところも含めて違う。今でこそ聖美は世界クラスの女優だが、元はと言えば庶民なのだ。
「クラドックさんだって、自分はセレブだけど家賃を気にしてる役じゃない。というか、貴方が大酒飲みすぎるのよ」
「え?」
え? ではない。聖美がようやくグラスの三分の一を飲んだ間に、ハリエットは片手ではきかない数のグラスを明けている。
「外の風でも浴びない? この会場からテラスに出られるわ。海でも見ながら話すのはどう?」
ハリエットは、手に持っていたグラスを空にしてから、聖美を促して共に海に面したテラスへと消えていった。
「む。……美女とご相伴を……と思ったが一歩遅かったか」
ローディー(R・D)はさほど惜しくもなさそうにハリエットたちの背を見送る。
「ん? セレブ女優たちは……。挟まるのは野暮ってか」
ローディーの上司兼相棒役のジャン=D=ジョンソンが、彼の視線を追って納得の表情を浮かべた。
ジャンは役者として『東京インソムニア』に出演しているが、ドラマに出資した社長でもある。社長という身ながら名演をみせたということで、今話題の人物だ。
一方、ローディーは本名を含む全てが謎という役者、役でもデキる男ながら名は偽名で現職以前の経歴は不明という謎ばかりの人物。
「外に週刊誌の記者がいたな。俺もインタビューを受けたが……。君は、謎に包まれたローディーに迫る! なんて感じで追いかけ回されなかったのか?」
ローディーは薄く笑って酒を干す。
「……神秘性も男の魅力ってやつだ」
「はは、うまくやったようだな」
「ジョンソンは?」
「俺か? 作品についてコメントを求められたからな、こう言っておいた。『俺個人としても、この作品には可能性を感じてますよ』とな」
ジャンはそう言うと、ウインクしてみせた。
「はい、二枚目撮るよ~! こっち向いて~」
MOKARA(モカラ・ファミーユ)は陽気な声をあげ、スマホのレンズを共演者たちに向ける。
公式用の写真をたくさん撮りたいMOKARA、十七歳の役を演じているが本人はアラフォーだ。
「待ってください。このカクテルと一緒に撮ると映えるのでは?」
杏璃(ソル=アンリ・ファミーユ)はMOKARAをいったん制止し、一同に色とりどりのノンアルコールカクテルを配る。
グラスの縁に飾られたバナナにクローブが差してあり、まるでイルカのように見える可愛らしいドリンクだ。
「はぁ~、なまら垢抜けた飲み物だぁ」
田舎訛りがまだ抜けない似留 守(ニルス・ファミーユ)は、キラキラしたバエバエの飲み物に目を白黒させている。
「会場もキラッキラしてると、飲み物もキラッキラだなやぁ。負けずにキラッキラしねぇと事務所に叱られちまうべ」
顔は傾国と称されるレベルに整っており、最近は漫画・アニメ・ゲームを原作とする舞台で活躍する俳優として人気を博している守。
演技と違って写真は訛りが映らなくて助かる、と守はグラスを持ったまま、改めてMOKARAの向けるスマホレンズに笑顔を向けた。
「もっと寄って寄って~。はい、さーん、にー……」
MOKARAが『いち』と言う前に、わーん! と泣きながらアロエ(アロマ・ファミーユ)が彼らのテーブルに駆け寄ってきて、突っ伏した。
「どこいってたの? あんまりうろうろしてると迷子になるよ! パーティーに浮かれて悪い人に引っかかっちゃ駄目なんだから。……どうしたの」
幼いながらカクテルドレスにサングラスと精一杯の背伸びをしているねあ(ネア・ファミーユ)は、十二歳らしいツンツンしつつも可愛いおしゃまな口調でアロエに尋ねた。
「ねあさん! 聞いてくれます?!」
がばぁっと顔を上げたアロエは、渡りに船とばかりに話し始めた。
「ふふっ、ここはスパリゾートでしょう。急募、夫! いざプールへ! 水着で未来の旦那様を悩殺するのです。来週の芸能誌トップは清純派女優アロエ♡熱愛発覚で決定です! って思って……思って……」
つまりはナンパ全敗ということだった。なお、清純派女優はあくまでアロエの自称だ。
「わーん! ヤケ酒よ!!」
「残念でしたね、アロエ。私もヤケ酒には付き合いますから」
すっと流れるような動作でウェイターから杏璃にリレーされたシャンパンを、アンカーのアロエ選手、見惚れる速度で一気飲み。
この後、ザルのアロエのヤケに付き合った結果、杏璃は見事に酔い潰れるのだが、それはまた別の話。
「ヤケ酒? ジュースでもいいっぺか?」
杏璃がアロエを慰めていると、守もグラス片手に寄ってきた。
「ありがとう~! ファミーユの皆~! 私に手頃な殿方を紹介してぇ! 乾杯~!」
「乾杯~!」
微笑ましい様子をMOKARAは、にこにこと撮影する。
もちろんこれは公式にはアップせず、個人的に保存だ。
「アロエも帰ってきたし、改めて公式アップ用の写真も撮ろうよ!」
MOKARAは今度こそ、とレンズを向ける。
MOKARAを見て、自分もSNS用の写真が欲しくなったねあは、しゅばっと自撮り棒を取り出した。
「ほら、ねあも自撮りあげるんだから皆ももっと寄ってよね!」
「少々お待ちを!」
アロエも女優、さっきまでのグシャグシャな顔をハンカチでひと撫ですれば、皆様御存知の清楚な美女に元通り。
アロエに加え、元モデルの杏璃、顔の整ったニルス、明るく可愛い童顔のMOKARAと綺麗どころが、愛らしいねあの周りに集まって、はいパシャリ。
SNSにあがった『ファミーユ家の写真』はもちろん大バズリしたのだが、端っこにLucille・Rouxらしき人物が見切れていたので別の意味でも話題になった。
Lucilleは『東京インソムニア』で毎話どこかにちらっと映っているという、知る人ぞ知るマニアックな役を演じている。局地的に人気のバイプレイヤーだ。
ドラマ放映後には、SNSで必ずハッシュタグ『今日のルシールを探せ』として、画面キャプチャが盛り上がる。
以上の事情で、ファミーユ家の写真は、『今日のルシールを探せ』番外編だ! と『東京インソムニア』界隈でもバズったのであった。
また、特別企画ライブ配信でもLucilleが要所要所で見切れていたため、配信アーカイブは『今日のルシールを探せ』カルト編としてファンの間で大いに人気を博したという。
【執筆:ほふる、】
スパリゾート・アルパカ、プールサイド。趣向を凝らした大小のプールの傍にはセレモニー用の特設ステージが設けられ、一帯は華やかに着飾った招待客で賑わっている。
「リゾート丸ごと貸切なんて凄いよね!」
同業者達の屯するテーブルに歩み寄り、園田 久実子は言った。役柄も含めてジャージ姿が目印のような久実子だが、今日は水着の上から上着を羽織った祭典仕様の出で立ちだ。お疲れ様です、と冷えた紅茶のグラスを掲げて、三島ブレンが応じた。
「お一人ですか?」
「ううん。夫と一緒に来たんだけど、はぐれてしまって」
「それは、見つかるといいですね……」
同じテーブルの反対側で、田村 花がおずおずと口を挟んだ。プールサイドには飲み物が完備されており、関係者達は思い思いにパーティーを楽しんでいるようだ。
そこへ――撮影機材を担いだスーツ姿の男が一人やってくる。
「ご歓談中失礼します。広報担当の化良・応介といいます。少しお話を聞かせてもらえませんか?」
「あれ? あなた、以前どこかで……」
首を傾げたブレンの表情にはっとして、眼鏡の青年は少しだけ照れ臭そうに頭を掻いた。
「一応、俺も出演してはいるんですけどね。元々は作品や役者の皆さんが大好きで……今日も、皆さんの姿を画面の向こうのファンの人達に届けたくて志願したんです」
それで、とマイクを差し出して、応介は続けた。
「早速ですが、皆さんはどういうきっかけで『インソムニア』に?」
問われればついと手元のグラスを呷って、ブレンは言った。
「こう見えて、元スタントマンでして。階段落ちのプロ、なんて言われて――戦隊モノの撮影で、高い所からプールに落ちたりもしましたね。その辺を買われて、ウルザード役に拾って頂いたんですよ」
最近は他作品のアクション指導なんかもしています、と笑えば、応介は興味深そうに頷いた。それに続けて、久実子が語る。
「僕は『インソムニア』の主題歌を歌ったのがきっかけかな。それからエキストラになって、役をもらって……感慨深いよね。きみは?」
「あ、わ、私はあくまで裏方なんですよ! でも……」
衣装や小道具の制作、手配を担当する花は、その仕事ぶりで評判のスタッフだった。それは今でも変わらないのだが――。
「ハナ役の演者さんがドタキャンしちゃって。代打ってことで私が出たら、なんか受けちゃったんです。私が出た回を録画して親戚中で鑑賞会してて、恥ずかしくて……」
両手で顔を覆いながら、けれども、出演したこと自体は後悔していないと花は続ける。
「衣装の動きやすさとか、丈夫さとか、画面映えとか……現場でしか判らないことも沢山あって、凄く勉強になりましたから」
正に、人に歴史あり。せっせとメモを取りながら、もっと教えて下さいと応介は言った。好きなものに一生懸命なその姿は、まるで少年のように輝いている。
「ところで、乃木平さんは朔真さんを尊敬されているとのことで……」
「! 聞いて頂けますか?」
記者の質問に食い気味に応じて、壇上の娘は満面の笑みを浮かべた。そしてたおやかな口調から一転、興奮気味に語り出す。
「スピンオフ作品の『アポカリプス・ゼロ』はご存知です? 女性役という所ばかり注目されていましたけれど、それより何より朔真さんの惚れ惚れするような身のこなし! あの作品では、それがよく出ていたんです」
乃木平 乙女。『東京インソムニア』で同名の役を演じる演技派女優は、共演のアクション俳優、朔真の身体能力に相当、惚れ込んでいるらしい。実際、スタントを使わない迫力あるアクションで評価を得る朔真もまた注目を集める若手の一人なのだが――真横でこうも褒めそやされるのは、少々むず痒い。
こほんと小さく咳払いして、朔真は言った。
「まあそれはともかく……観る人の思い出に残る作品に一役買えていれば、俺は嬉しいですよ」
続けようと思えばいくらでも続けられるのだが、今日はこの位にしておこう。居並ぶ記者達に視線を合わせ、乙女はにこりと笑って言った。
「インソムニアはまだまだ続きます。これからの二人の関係の変化を、皆さんも楽しんで下さいね」
「そうですね。乙女……乃木平さんの好演と合わせて、期待してて下さい」
そう言って、二人は一礼した。息の合った仕種はまるで、画面の中の二人が外の世界に飛び出してきたかのようだ。
一方その頃、隣接ステージ。
「あの二人、付き合うんだ? って思いましたよ、台本渡された時」
鈴を鳴らすような声色で、八木響子は淡々と記者の質問に応じていた。その隣には、このほど作中で晴れて恋人と相成った相手役、玄野 翔の姿も見える。はははと鷹揚に笑いながら、翔は重ねた。
「だよねえ、オヤジ目線になっちゃうけど、鏡子ちゃんほんとにいいの!? って思わずツッコミ入れたっけ」
見た目こそ二十代と見紛うほどに若々しいが、この男こう見えて子持ち、かつ業界歴四半世紀を超える色々な意味で経験豊富な大御所だ。その彼に相応しい相手役として、この数年で実力派女優として頭角を現し始めた響子が抜擢されたのだが――。
飛び交う質問に記者達の顔を見渡し、片眉をひそめて響子は言った。
「相手の役が実際いたら、ですか? いえ……彼、多方面に危ないお兄さんですので、現実にいたらはちょっと……まあ、顔は好きですけど」
「えっ、褒められちゃった。ホントに好きになっちゃ駄目だよ?」
「ご心配頂かなくても大丈夫です」
すげなく応じれば『だよね』と一頻り笑ってから、翔は記者達へ向き直った。
「俺は……どうだろうねぇ。あの子を満足させてあげられるほど刺激的でもないし」
目の前にしてみないと分からないけど、と含みを持たせて、大御所は悪戯っぽく片目を瞑った。ドラマを彩る俳優達の零れ話は、まるで尽きる気配がない。
「杏子は普段とちょっと毛色の違う役柄でしたね。悪女というよりは色気のある強い女性な感じですから……」
記者達が見守る壇上に三人の俳優達が座っていた。向かって左端には、ドラマ内でIT会社STLNの社長『鴨井 蓮』役を務める俳優の郡上清司。その隣には、蓮の従兄で服飾デザイナーの『嵯峨 鳩羽』役、夜兎。そして今まさに右端で語っているのは、二人の縁戚の伯母で作家の新橋 杏子を演じる柳 律である。
「書く物に関しても、しっかりした基準があるんだろうなぁと。ハッピーエンドの解釈は難しいですけどね」
自分が『良い』と思ったものを譲らずに貫く、そういう強さが『杏子』にはあるのかもしれない――そう言って、律は妖艶に口角を上げた。二人はどうと水を向ければ、夜兎が大きく手を挙げる。
「俺は本業ドラマーなんだけど、面白そうだから引き受けたんだ。そしたらまさかのデザイナー枠で笑ったよな! 鳩羽の我が道を往く感は素の自分にも通じるものがあるから、その『軸』のところ把握したら演技の方はどうにかなったけど――でも、ホラーでビビれ怖がれってのは難しい!」
「夜兎さんはホラーお得意ですからね」
からりと笑って語る同い年の『従兄』に釣られるように口許を和らげつつ、清司は後を次いだ。
「私はこれがデビュー作なので、最初はあまり色々と考える余裕はありませんでした。こんな所に呼ばれる日が来るなんて思ってもみませんでしたし……何しろ本職は、樹木医なもので」
芸能界のような華やかな世界には凡そ縁がないものと思っていたと、人好きのする穏やかな笑みで男は語る。その表情は、役柄で演じる豪快な姿とは対照的だ。ちらりと二人の共演者に視線を送って、清司は続けた。
「蓮は根本的に他者に興味がない人間なんです。でも、親戚はまたちょっと違う位置にいて……そういう自分に懲りずに付き合ってくれたことに関しては、多少は感謝してるんじゃないかな」
「鳩羽からすりゃ蓮は振り回しても何だかんだ付き合ってくれる相手って認識だな。逆に杏子姉は逆らえない人。気が合う時は爆走すると思う」
「ふふ、振り回してすみませんね。でも、当然の如く二人を巻きこんでくのは、断られないと思ってるからなのかもしれません――断られたら、それはそれで彼女は自分の道を進んでいくと思うんですけれど」
互いに交わす視線には、長らく共演してきた三人の間だけにある信頼や尊敬の念が秘められている。
なるほど、と会話を一度引き取って、一人の記者が質問を重ねた。
「作中では御親戚関係の皆さんですが、プライベートでの交流もあるんでしょうか?」
「プライベート……そうですね」
丸眼鏡の向こう側の深緑の瞳を巡らせて、清司は少し考えてから応じた。
「夜兎さんは付き合いやすいですね。柳さんも、良い人なんですが……たまに心配になります」
「心配、とは」
どういう意味でしょうと首を傾げる律には、心当たりがないらしい。分かる、と笑って、夜兎が重ねた。
「柳さんはうん、演技はすげぇの演技は。憑依型っての? ギャップが凄くて、初めて見た時はびっくりしたわ」
「そういう夜兎君は、こう見えてしっかり者ですよね。色々と、注意もしてくれましたし……」
「ちょっと、あんまキャラじゃないこと言わないでもらえます?」
わざとらしい困り顔で夜兎は笑ったが、律はただ『本当のことなので』と返し、そして続けた。
「郡上くんは、真面目で良い子だなぁと思います。真面目過ぎて時々、それこそ心配になりますが……」
「あー、それな。真面目だからこそ休め? ってなんだよな。休憩時間も資格の勉強してたし……」
ちゃんと寝てる? と尋ねれば、はにかむように眉を下げて清司は黒い髪を掻いた。
「お蔭さまでなんとか。体調を崩すと皆さんにご迷惑をお掛けしてしまうので、そこだけは気をつけるようにしていますね」
「いや、ホントそういうとこだぞ清司君」
ともあれ――誰一人欠けても成り立たないのが、ドラマというものだ。彼ら自身は勿論、裏方のスタッフも、誰もが今日この場に集えたことは純粋に喜ばしい。共演者の二人、そして居合わせたすべての関係者に穏やかな眼差しを送って、律は言った。
「ここにいる皆で、これからも頑張っていきたいですね」
終わらない物語を、これからも皆で。願いを懸けて仰ぐ夏空は、どこまでも澄み渡っている。
移ろうスポットライトに照らされて、役者達が入れ替り立ち代りステージへ登っていく。インタビューに答える知人の姿を壇上に見つける度に、遠野 花音は惜しみない拍手を贈った。無防備な頬に何やら冷たい物が触れたのは、その時のことである。
「楽しんでいるか?」
振り返った女の眼前へハイビスカスの花咲くグラスを差し出して、遠野 北都が尋ねる。声の主が良人と気づくや否や円かな瞳を耀かせ、花音は大きく頷いた。
「うん、とても楽しいわ! 北都さんはどう?」
「俺はまあ、それなりに。元々、こういう場所は得意じゃないんだ……けど、花音が一緒だから」
苦手な人混みも、彼女と一緒ならば悪くない。そう思えてしまうのだから、我ながら単純なものだと北都は苦笑する。
アクション俳優の北都と、平凡だが一生懸命な一般人役の花音。役者としては畑違いでありながらも、『東京インソムニア』の中で夫婦役を演じる内に自然と付き合いは深まり、先日、二人は名実共に夫婦となった。今の彼らがあるのは正に、このドラマのお蔭と言ってもいいだろう。
困ったように微笑う翡翠の瞳を愛おしげに見つめて、花音は受け取ったグラスを手に囁いた。
「ありがとう、北都さん。……これからも、よろしくね?」
ずっと一緒よと穏やかに、告げる目元が花色に咲む。どんな試練も乗り越えて、ドラマの中の二人のように寄り添い支え合って生きていけたなら――それはきっと幸せなことだと思う。
【執筆:月夜野サクラ】
「海だー!」
イタリア生まれ日本育ちの子役キャロライン・ジーン(カジカ)は今、アニメ版『ホワイトレター』のカジカ役としても活躍している。
「この日の為におしゃれな水着を用意したんだ! 泳ぐぞ!」
大人の付き合いから抜けられない両親を置いて、元気波打ち際へ駆けて行く。
だが照明があるとは言え、夜の海はちょっと怖い。
迷っていると、背後でテンションMAXの声が上がった。
「スパリゾートですって!!!」
普段は遊園地のスタッフとして働いているNは、実は伝奇ドラマ『東京インソムニア』の出演者。
その過密スケジュールの故か、近頃のNには中々羽を伸ばす機会がなかった。
「丁度いい機会ですからフィーバーしますよ!!! おっ、其処に見えるはスイカじゃありませんか!!!」
しかもご丁寧に専用の棒と目隠しも添えてある。
「任せてください、Nちゃんが見事に割って魅せますよ!!!」
公式ルールに則り、目隠しをして5回と2/3回転――
「3回転半でも目が回りますね???」
そしてナビが不在の致命傷。
だがその時、天の声が!
「こっちだ!」
見事に破れたスイカを頬張り、キャロラインはNの腕を引いて次の目標へ。
「あっちでなんかステージやってるぞ!」
『東京インソムニアの来期主題歌を担当するアーティストは――』
鳴り響くドラムロール、走るスポットライト。
授賞式後の重大発表に、会場は沸騰する。
そんな喧騒を逃れて漸く今、アイドルグループ「SKY」の4人はリゾート仕様に着替えて、メディア立ち入り禁止エリアに腰を落ち着けていた。
「流石インソムのネームバリューは凄いな」
リーダーの畔上 蒼翔が、ビーチに並んだデッキチェアに身を投げる。
新曲リリースの予告会見であれほどの騒ぎになったのは初めてだ。
「新メンバーの発表も効いてたよな!」
傍らのテーブルに4つのグラスを置きながら、結城・晴天が言う。
「発表って言うか、僕だけシルエットだったけどね」
件の4人目、注目の新メンバーが小さく笑う。
天野川・煌、芸名を「星 あきら」という、訳あって正体を隠し男装で活動する最年少の16歳だ。
彼の顔出しは、ドラマの放送と同時に解禁される予定だ。
「ま、それはそれとして!」
晴天が「いかにも」な感じに南国の花が飾られたグラスを皆に勧める。
「夏だ! バカンスだ! リゾートだ! とりま乾杯しよ、乾杯!」
「わ、おいしそー! 僕もトロピカルドリンク飲むー!」
3人が盛り上がる中、ただ遠野 昴流だけは皆のノリと展開について行けず、いつもの無表情で立ち尽くしていた。
「……何故スパ……?」
「いいなあ、スパとか大好きだぜ!」
「いや蒼兄、スパって温泉……」
「勿論それもあるが、ここは海水浴も乗馬もテニスもスケボーもボルダリングも出来るぞ!」
「蒼兄ほんと身体動かすの好きだよな……」
昴流の困惑などお構いなしに、晴天がグラス片手にポーズを取る。
「そーしさん撮って撮ってー!」
「写真? じゃあみんなそこに並べー! あ! きらは水濡れに気をつけろよ」
「大丈夫、濡れても透けないし!」
でも秘密がバレかねないから温泉は行かない。炎上ダメ絶対。
「……は? 写真?」
昴流は相変わらず流れに乗れていない――と思ったら今度は晴天がステージ発見!
「そんなん行くしかなくね?」
「じゃあひとつ歌うか!」
「……は? ステージ?」
「よし、晴天! 昴流のそっち掴んでくれ!」
「行こうぜすばるん!」
「いや、ちょっと待って、ここでーっああもう!」
蒼翔と晴天にワッショイされて、昴流はステージへ強制連行。
「ほらアレだよ、我らが新メンバーあっきーのお披露目も兼ねて……つかこーゆー場所で一度ライブやってみたかったんだよなー!」
「僕も歌って良いの?」
「まあここなら構わんだろ」
「やったあ!」
「新曲、みんなアカペラでもいけるよな?」
蒼翔の声に、あきらと晴天が「おーっ!」と返す。
「いくぞー!」
昴流は無反応が同意の印、歌が始まってしまえばもう半ばヤケだ。
(晴天も蒼兄もノリが良すぎ……きらもか……皆タフだな……)
などと思いつつ、実は一番ノリノリに見えたかもしれない。
ステージを堪能したキャロラインは、Nと別れて露天風呂へ。
そこには――
インソムニアで同名キャラを演じる八上 ひかりの首から上だけが、タライに入ってぷかぷか浮いていた。
「びゃっ!?」
その叫びに、生首が顔を上げる。
「生首じゃないよ~、デュラハンだよ~」
確かにひかりの夜の姿はデュラハンだ。
だがそれはドラマの話であって、特殊撮影やCGでそう見せているだけ……じゃ、ないの?
もしかして、本物?
「アイルランドから出稼ぎに来てるんだよ♪」
おっと、それ以上近付いちゃいけないよ、呪われるからね?
「なーんて」
タライの上で生首がくすくす笑う。
「もう、ひかりちゃん人が悪いんだから」
黙って成り行きを見守っていたモエカ・カワムラが、少し困ったように苦笑を浮かべた。
「あの子びっくりして逃げちゃったよ?」
「でも子供の夢は守れたでしょ? これからドラマ観るの楽しくなるよ、あれ本物なんだーって」
勿論、ひかりの生首化にはカラクリがある――撮影でも、ここでも。
あまり近寄られると、それがバレてしまうのだ。
「あの子、ホワレに出てるよね」
「アニメ版にね」
因みにモエカも声優として出演している。
「そのうち共演出来るかもね、ひかりちゃんもどう?」
そんなお喋りをしながら夜は更ける。
「いい月夜だね~、モエカちゃん♪」
「ホント、心が落ち着くね~」
でもそろそろのぼせそう。
「お風呂から上がったら、かき氷食べに行かない?」
「賛成♪」
二人は揃って立ち上がる。
湯気がとても良い仕事をしたそうな。
貸切露天風呂では、7人の俳優達が水着姿で話に花を咲かせていた。
黒い海パンで見事に割れた腹筋を際立たせているのは近衛ティム(近衛・巧)。劇場版『電脳戦潜アプリェーリ』でTMSCOAE-2 “タクミ”を、インソムでは巧を演じる日伊ハーフの日本育ちだ。
少し離れて足先だけで湯と戯れているのは、ティムの実妹ブランカ。アプリェとインソムで同名のキャラを演じるイタリア育ち、白い髪と肌に赤いビキニが良く似合うミステリアス美人――と思いきや、素顔は明るいお姉さんだった。
「ねえ、今クチを開くと残念とか思わなかった?」
足先で軽く飛ばした飛沫が、頭に手拭いを乗せた陽気なおじさん、楽一(ダーヴィト・バルシュミーデ)に降りかかる。
「思ってないよ!?」
「知ってる。でもさ、その顔見ると何故か突っかかりたくなるのよね」
「それは、わかります」
「えっ!?」
隣でぽつりと漏らした白人ハーフの若手俳優、真白リオン(ラルス・バルシュミーデ)の一言に、楽は思わず涙目になりかけた。
「リオンくんは真面目で礼儀正しい好青年だと思ってたのに」
「いえ、話しかけやすいって意味です。撮影の時も楽さんが一緒だったから……」
「そうそう、楽さんのおかげですごく楽になって。あ、これダジャレじゃないですよ?」
リオンの背後から顔を出したのは、ゆるふわ愛され系の若手女優、双子の妹真白ルミナ(ホープ・ウィスタリア)だ。
「そう? 僕すごい顔してなかった? 映像作品は初めてだったから緊張しちゃって」
楽は普段、舞台俳優として活躍している。それがアプリェのD3-vit役に抜擢されたのは、ついこの春の事だった。
LA-7-s役のリオンとは何故か馬が合い、撮影中に意気投合。その流れで7-Rays役のルミナともよく話すようになった。
その縁でか、楽はダーヴィト、リオンはその養子ラルス、ルミナは陽気な郵便配達ホープ役として、2.5次元舞台に出演が決まっている。
「有田さんも一緒ですよね!」
ルミナに話を振られ、隅っこで不動の姿勢でお湯に浸かっていた有田 未華子(クレセント・アーシェンティア)は驚いて飛び上がった。
「えっ、あっ、はい!」
彼女は普通のカフェで普通に働いていたら何故か芸能界にスカウトされ、気が付けばホワレのラジオドラマ版でクレセントの中の人になっていたという、異色の経歴の持ち主だ。
その後アプリェでは三日月役で顔出し出演、そして遂にクレセント役で舞台に立つ事が決まっている。
「いや、なんかすごい先輩方ばっかりで! あたしみたいな運が良いだけのぽっと出がこの場にいて良いんでしょうか!」
「未華子君は謙虚で可愛いわね」
ひっそりと湯に浸かっていた杏樹(アンジュ・レイン・ミラー)が、何か眩しいものを見たように目を細めた。
「運だけで役が取れるほど、この世界は甘くないわよ。実力だけでもどうにもならないけどね」
さすが芸歴◯十年の遅咲き女芸人、言葉の重みが違う。
そんな彼女もインソムのアンジュ役を得て、近頃では俳優としての知名度も上がっている。
「ありがとうございます、杏樹さん!」
水面に顔を打ち付ける勢いで頭を下げた未華子は、顔を上げるや急にふにゃっと背中を丸めた。
「実はアプリェの撮影中、武器を壊しすぎて小道具さんにめっちゃ怒られたんですよね……だから舞台とか無理って、本番で何か壊しちゃったらって」
「ああ……加減がね、難しいんですよね」
しみじみと頷くあたり、ティムも相当にやらかした覚えがあるらしい。
「あと、僕はワイヤーアクションで着地ずれて川に落ちました」
失敗談を笑いで誤魔化してみたが、未華子の表情は晴れなかった。
そこで舞台のベテランに話を振ってみる。
「楽さんは逆パターンですよね」
「うん、僕は慣れもあるだろうけど舞台の方が楽かな。本番で使う道具はそうそう壊れたりしないし」
「ビットを想定した撮影どうでした?」
「あれね……説明されても最初はピンと来なくて大変だったよ。完成した映像見てやっと理解できた。最新技術ってすごいよね」
「そうか、舞台はその場で全て完成ですもんね」
「その緊張感にまず絶えられません……!」
未華子の声が震える。
「何度リテイク出しても怒られるだけで済んだあの頃が懐かしいです!」
それを聞いて、ルミナがちらりとリオンを見る。
交わされた視線に気付いたティムが二人に話を振った。
「突撃配信シーンの掛け合い、息ぴったりで凄かったですよね」
「あ、それ私も見た!」
「近衛さん、ブランカさんも見てくれたんですね。嬉しいけど恥ずかしいなぁ……」
「そう、テンポ良くしたくて二人で猛練習したんです」
「なのに二人とも結構リテイク出したんですよね」
「男女の双子ってそんなに息合わないですよね」
ルミナが諦めたように首を振る。
ただ、二人で「「ねー」」と言う時だけは息ぴったりな不思議。
「そうそう。見てきたものが違ったりするせいか、自然には合いませんよねぇ」
深々と頷きながら、ティムはブランカを見た。
「私もインソムでティムと共演した時は、そりゃもうリテイク量産したわよ」
「間の取り方が致命的に噛み合わなくて」
「そんなシーンに限ってカメラが長回しなのよねっ」
「まあでも、結局は上手く行ったんだから」
まだ不安げな未華子に楽が言った。
「舞台も同じだよ、稽古で失敗すればするほど本番は上手く出来るんじゃないかな」
その言葉に感銘を受けたのは、寧ろ傍で熱心に耳を傾けていたいたリオンだったかもしれない。
「インソムと言えば」
お喋り好きなティムが、今度は杏樹に話を振る。
「天ノ川鉄道の、見ましたよ。あれ演技難しくなかったですか?」
「そうなのよ! まずさ、間が持たないの。一人コントやってるだろって? あれとは別物」
「そうそう。僕も慣れるまで苦労しました」
二人は一人芝居特有の難しさを語り続け、やがて話は脇道に逸れ始める。
「良かったよあれ、猫喫」
「ありがとうございます、見て貰えてたとは……」
「猫派としちゃ外せないでしょ、事務所の後輩も出てたし」
「猫に声当てるの楽しかったです、猫かわいい……」
「同意」
尊みが過ぎる、猫。
「一人芝居といい動物へのアテレコといい、変わった演出が多いのよねインソム」
杏樹が「いい勉強にはなるけど」と言った所で、未華子の叫びが間欠泉の如く噴き出した。
「先輩方助けて下さい! 次の水泳がバラエティで金槌なんです!」
なるほど大体わかった。
「潜るのから苦手ですか?」
「何ですかそれ美味しいんですか!?」
「わかりました」
ティムはにこりと微笑んだ。
「向こうのプールで特訓しましょうか」
コーチが6人もいれば、きっとすぐ泳げるよ!
「わあ! お兄ちゃん! プールだよ! プール!」
「結構広いな、理世滑るなよ?」
夜のプールは暗く静かな大人の時間、ではない。
少なくともその一角は昼間のように明るく照らされ、プールサイドにはカラフルな光が舞い、水中ではイルカやウミガメ、熱帯魚の群れが泳ぎ回っていた。
「えっ、これ本物!?」
白のフリル付きの水着を着た常磐 理世は、プールサイドから水の中を覗き込む。
赤い月が水面に揺れた。
「ホログラムか何かだろ。あんまり乗り出すと落ち――」
ばっしゃーん!
兄の常磐 月渉が言い終わる前に、理世は頭からプールにダイブしていた。
(まあいいか、泳ぎに来たんだし)
微笑をひとつ零す間に、理世は水面から顔を出す。
「お兄ちゃんの言った通りだったよ! すうって通り抜けちゃうの! でも綺麗!」
暫く泳いで水から上がり、理世はサングラスと帽子で顔を隠したお忍びスタイルで見守る兄の隣に腰を下ろした。
「お兄ちゃんは泳がないの?」
「後でな」
水着には着替えたが、今は妙にテンションの高い妹を心配するのが兄の務めだ。
プールサイドで飲食とお喋りを楽しんでいると、海の方からドーンという音が聞こえてきた。
「ん? 花火もあるのか?」
「行こう、お兄ちゃん!」
理世は兄の手を引いて、音に向かって駆け出した。
(思ってたのと違うな)
人気のない場所でのんびり休もうと思ったのに、夜のプールは昼間のように明るく、カラフルな光が踊るパリピ空間だった。
プールサイドに立った明本吏桜(明坂 桜侍)が移動を考え始めた、その時。
「桜侍さん、来てたんだね!」
役名で呼ばれ、吏桜は思わず役に入ろうとする。が、特に素と変わった所はないのだった――職業が俳優兼ユニセックスブランドの専属モデルという点を除けば。
「なんてな、リオもきてたんだな、お疲れさま」
「こんばんは、リオ」
現れたのは、モデルのエルフィー・ルイス(オリヴァー・ウッド)とアイドルのリリィー・ルイス(ソフィア・ウッド)の兄妹。
役としても兄妹を演じているが、素の二人は役の印象とは随分違う。
いや、エルフィーが妹ラブなのは同じか。
「俺もリリィーが来るって言うから心配で……」
「お兄ちゃんついてこなくてもいいんだけど」
リリィーの方は、兄に対して随分な塩対応だ。
「役と同じでしょ、過保護なの」
「……なんだよ、幾つになっても心配だろ」
返事はない。
「今ちょっと反抗期なんだ」
エルフィーは吏桜の耳元でそう囁いたが、それは多分違う。
今のリリィーは吏桜に興味津々、それ以外は眼中にないのだ。
(役として一緒に行動することは多いけど、現場以外で会うこともないし)
それどころか、吏桜とは仕事以外の会話を殆ど話した覚えがなかった。
「これから仲良くできると嬉しいな」
リリィーの言葉に吏桜が反応する前に、空気を読まないエルフィーが言った。
「そうだ、リオも一緒に遊ぼうぜ」
兄を見つめる妹の視線が痛い。
(面白ぇ)
一方通行の二人は新鮮だ。
吏桜がじっと観察していると、どうやら三人で遊ぶことに話は落ち着いたようだ。
「じゃ、遠慮なく」
撮影では死ぬほど遊んだが、台本外ではこれが初めてだ。
吏桜は真っ先にプールに入ると、いつかの撮影と同じように二人に向かって容赦なく水をぶっかけた。
「きゃ、冷たい!」
「リリィー大丈夫か、すぐに上がって身体を温め――」
「冷たくないだろ、温水プールだ」
「気分の問題よ」
リリィーは何故か兄に向かって、盛大な水飛沫を浴びせた。
「大地 奏名は女遊びで有名な、手慣れた頭脳派俳優である。泣かせた女は数しれず、だが実は――」
「嘘ナレーションやめろ腹黒天然役者」
何か余計な事を言いかけた天国 こころの背後から腕を回し、奏名はその首を思い切り締め上げる。
「やめて二人とも、私のために争わないで!」
天国 コハクが無意識に修羅場台詞を放つが、勿論奏名は本気ではない、半分位は。
「ばーか、お前の為じゃねえよ」
「俺は違うけどカナは――」
「なあココ、この頚椎180度捻ったらどうなると思う?」
「ごめんカナちゃん、ギブギブ」
この仲良し二人組とコハクは、共にドラマ出演中の子役出身実力派俳優と頭脳派俳優、そして実力派新人である。
今回は三人で親睦を深めようと、水着でプールに乗り込んできたのだが――
「ならどっちが今夜遊ぶ女を手早く釣れるか勝負といくか、ココ」
気が付けばコハクを置き去りに、何故かそういう話になっていた。
「いいよ、その勝負乗った。負けた方がバーのボトル奢りね」
めっちゃ笑顔で煽るこころがこの勝負で負けることは絶対にない。
中身は腹黒天然なのに見た目は真面目なイケメンで女に困った事がないから?
いいえ、実は奏名がコハク一筋だからです。
(まったく、コハちゃんの想いを知ってて目の前でそういうこと言うんだもんなあ)
悪い男を演じる本人は大人の余裕を気取っていても、双方の想いを知るこころには小学生並としか思えない。
(ま、高みの見物を楽しませて貰うさ)
ここで小学生並その2、恋愛経験ゼロの振り回されウブ少女が、よせばいいのに割って入る。
「カナさんもココさんもまた女遊びして! 弄ばれる女神様が可愛そう……こうなったら」
奏名の相手に立候補してみる?
いいえ、その恋心に自覚はないのです。
「ほう、じゃあお前が今晩俺の部屋にでも来るか」
「~~~っ!!?」
奏名に腰を抱き寄せられ、赤面少女は全力で首を横に振る。
「コハちゃん、そこは他の女に先越されたくないならいい子に首を縦に振らなきゃ、ね」
こころに耳打ちされて、首の往復運動はますます激しさを増した。
「おーおー、役者本人もお子ちゃまなこって」
今後の展開、ドラマと共に見逃せないね!
「スパリゾートなのじゃ~~!」
久遠慈 るるかはプールサイドを激走する。
「るるちゃんはいつでもどこでも天真爛漫ウキウキはっぴーDayなのじゃ!!」
プールサイドで穏やかに見守るエレオノール・リベルテの「転ぶよ?」という簡潔かつ適切だが止める気は多分ない指摘にも耳を貸さず、元気に走る。
「だって水に入ったらせっかくの可愛い水着が見えなくなるのじゃ!」
着てるだけでテンション爆上げだけど、どうせなら皆に見せたいじゃない。
「兎殿も一緒にれっつごーなのじゃ!」
兎の手を取り、また走る。
「プールは走るするとこます? 兎おぼえたです!」
それ違う、覚えたらアカン。
「兎くん、プールは泳いで遊ぶ所だよ。久遠慈くんもね?」
「わかってるのじゃ、これは準備運動なのじゃ!」
プールサイドから声をかけた霞花 菊久郎に対して、るるかはそう言い張った。
「けどもう充分なのじゃ! 兎殿、いざ飛び込むのじゃ!」
「えっ、ひゃわわっ」
どぼーん!
「あっはは、気持ちいいのじゃー!」
水面からざばっと顔を出し、るるかは菊久郎を手招きする、
「そんな気合入った格好しおってからに、霞花殿も泳ぐ気満々じゃろ?」
確かに、水着に浮き輪、ゴーグルにイルカのフロート、ビーチボールまで揃えて泳ぐ気がないとは言わない。
けれど――
「ほら、今だけ代わりに一緒にいてあげるよ、遠慮なく遊んどいで?」
気怠そうに腰を上げたエレオノールが、菊久郎に向かって手を差し出す。
「うん、ありがとう。お留守番よろしくね」
大事な人形をその手に託し、菊久郎はそろりと水に入った。
「あれ、足が着く!」
深そうに見えたが、実際はるるかの胸あたりまでしかない。
「これなら安心だね」
とはいえ、万一に備えて浮き輪は必須のカナヅチくんだった。
「あれ、ところで兎くんは……?」
さっきから声がしないけど大丈夫?
と思ったらうつ伏せでぷかぁしてたよ!
「うわわわ兎殿ぉぉぉ!」
「だ、だいじょぶます……ちょっと水、飲ん……けほっ」
シリアスだったら危なかったけど、コメディだから問題ないな!
兎をフロートに乗せて、ビーチボールできゃっきゃし始めた三人を見守りつつ、エレオノールはブッフェで取ってきたスイーツをつまみながら、デッキチェアでのんびりまったり。
ドレスのような水着は水着の役割を完全に放棄しているが、ドレスなので問題はない。
その目の前に、無言ですっと差し出されるカットフルーツ。
見れば珍しくほろ酔い加減の八重 謳華が、やたらとニコニコしながら「あーん?」と言っていた。
その圧に何故か逆らえず、エレオノールは素直に口を開ける。
なんか悔しいのでケーキであーん返しをしてやったら、ますますニコニコになった。
やがて遊び疲れた三人は、プールサイドの立食パーティに潜り込む。
知らない人沢山のパーティに、兎はドキドキ!
「でもブッフェで好きなもの選んでお持ち帰り出来るのじゃ!」
山盛りトレイを手にエレオノールの所に戻ると、ニコニコでスイーツをつまんでいるダル絡みお兄さんが待ち構えていた。
着物の前を少しはだけた涼し気な装いに、菊久郎は「セクシーお兄さんだ!!」とあわあわドキドキ。
フルーツのあーんは平気だったけど、おでこにちゅうでドキドキメーターが振り切れました。
「ここは何とも面白可笑しい空間ですねぇ。お酒は飲み放題だし、美味しいスイーツもいっぱい、美女にはちゅうし放題ですよぅ」
最後のそれは違うと、エレオノールに容赦なく押し返される謳華。
だが少年少女は優しかった。
「るるちゃん可愛いから、ほっぺでも良いのじゃぞ?」
「兎も! 兎も!」
でもそれ、犯罪なのでは……?
「……俺らキッズって歳じゃないだろ」
「えー? 俺は寧ろ子供に還りたいよ、ねえ春華ちゃん?」
「優斗さん大丈夫よ、ここ年齢制限とかないもの」
「そういう問題じゃ……」
「ねえねえ、すごい大きなウォータースライダーあるよ、ぼくあれやりたいな」
そこはウォーターパークと銘打った、キッズに人気の室内プール。
巨大ドーム内に、スライダーや波のプール、流れるプールに水上アスレチックなど、様々な遊べるプールが詰め込まれている。
しかも今日は、彼等だけの貸切だった。
「それなら優斗も恥ずかしくないよね?」
「べつに、恥ずかしくなんか……」
いつもニコニコ朗らかな志筑 浩紀(一ノ瀬 和真)の言葉に、志筑 優斗(一ノ瀬 和真)はぶっきらぼうに答えてそっぽを向いた。
「ゆーくんってば、ツンデレだねー」
おっとりのんびり、ちょっぴり天然な七瀬 亮(滝原 レオン)が言えば、七瀬 春華(滝原 レオン)も「ねー!」と応える。
ドラマで優斗は和真、兄の浩紀はその夜の姿アインを、亮はレオン、妹の春華はその夜の姿ノワールを演じる四人は、プライベートでも付き合いがある。
特に亮と優斗は『ゆーくん』『亮』と呼び合うほど仲が良く、浩紀も春華を妹のように可愛がり、春華はストレートに「浩紀さん大好き!」だ。
「あはは、おいで春華」
「おにいちゃん待ってよー!」
七瀬兄妹は志筑兄弟を置いてさっさと走り出す。
スライダーの階段を駆け上がり、亮は足から、春華は頭から突っ込む形で滑り降りた。
ぐるぐると螺旋状に流されて、最後は軽くぽいっと空中に投げ出されて着水。
ソフトランディングの概念はない。
「いったぁーい! もう一回!」
「ゆーくんもこっち来なよ、楽しいよ」
水にぷかぁしながら、亮がひらひら手招きする。
だが優斗は返事をしなかった。
「ほら優斗、亮くんが呼んでるよ」
「……俺はいい」
浩紀に言われても、半袖パーカのフードを目深に被ったまま気のない返事。
だが足の指は正直に、今にも走り出しそうにピクピク動いていた。
「じゃあこっち」
いつの間にか背後に忍び寄った亮が、優斗の腕を引っ張った。
「紐なしバンジージャンプ、楽しそうだよ」
「いや待て、それただの高飛び込みだろ!?」
「春華もこれはパスだって」
勢いに押されて台のてっぺんまで上がってしまった優斗は、下を覗き込んで青くなる。
「死ぬだろこれマジで」
大丈夫、安全を考慮した高さです。
「……えいっ!」
「ちょ、亮!」
背中をドンと押されるも、どうにか踏みとどまり――しかし、そこにトドメの一撃が!
「行っておいで」
ちょん。
「兄貴まdぅわあぁぁぁ……っ」
どぼーん。
続いて躊躇なく飛び込む二人、つよい。
「ねーねー浩紀さん、あそぼ!」
水から上がろうとした浩紀に春華が手を差し伸べる。
「ん、じゃあ遊ぼっか春華ちゃん」
アスレチックが良いかな?
「ゆーくん、生きてる?」
大丈夫だね、じゃあ次は激流下りで!
賑やかなバーベキュー会場の一角。
「あの、ちょっと聞いて貰っていいですか」
生肉が身を捩り、ジュウジュウと叫びを上げて焼かれていく様子をじっと見つめながら、新人俳優山城 春(沢田・烈司)が呟いた。
それは殆ど独り言で、本人も反応は半ば期待していなかったのだが。
「山城さん、どうしたんですか?」
有田 奈々(滝原 まどか)が真っ先に気付いて、心配そうに声をかけてくれた。
その途端に周囲からも「なに?」「どうした?」と声がかかり、春は忽ち先輩達に囲まれてしまった。
「いや、あの……」
その顔ぶれに気圧されたのか、春は思わず口ごもる。
だが奈々先輩の心配オーラが却って心配になり、思い切って口を開いた。
「知りませんでした、役作りがあんなに大変だなんて……」
春は元々、ドラマCDで沢田を演じる声優だった。
その縁でドラマでも沢田の昼の姿を演じる事になったのだが、役作りの為の食事制限が死ぬ程辛かったらしい。
「おまけに痩せたら声が変わってしまって、今度はその調整が……」
「山城さん、大変そうでしたもんね」
奈々が眉を思い切りハの字にする。
「私も……10歳以上年上のお姉さんの役なんて初めてだったので……」
3歳から芸能活動をしている子役の奈々は、現在12歳。
歳のわりには控えめで大人しく、年上に見られる事は多いが、19歳男子のお姉ちゃんを演じる苦労は察するに余りある。
「年上の人に『お姉ちゃん』って呼ばれるから、なんだかドキドキしちゃって。でも、これも演技の勉強になるしいいかなって」
「年齢の表現って結構厳しいですよね」
郡上 清司(鴨井 蓮)がしみじみと頷く。
キャラ作りは自分の経験や訓練でカバー出来る部分も多い。
「流石にプログラミングは専門外なので、基礎だけ勉強して後は……という感じですが」
だが年齢は、自分が本当にその歳にならないと実感として理解出来ない部分があると、清司は身を以て実感していた。
「役の方が年上ですし、表情難しいんですよ。元々役者志望でもないですし。従妹に騙されました」
彼も蓮役がデビューだから、俳優歴は春と同じ位か。
「……本業? 庭師ですよ。樹木医資格が漸く取れました」
役と本人のギャップと言えば、この人を抜きには語れないだろう。
「みゅみゅあんは私と違いすぎるから、演じるのにすごくカロリー消費するのよ」
子役上がりの上品な美人女優、明本魅美(明坂 みゅみゅあん)は頬にそっと手を当てて淑やかに微笑んだ。
「声張ったり派手なアクションや顔芸披露したりテンション上げたり……撮影の度にすごく疲れるわ」
無茶な増量とそれ以上に無茶な減量など、本気で命の危険を感じた事もある。
「でも、やりがいはあるわね」
子役から大人の俳優へと飛躍する為には不可欠なステップでもあるしと、魅美は余裕の笑みを見せながら食べ続ける。
主に肉。この辺りは役と通じるものがあるかもしれない。
「食べて動くのが美の秘訣だもの」
「俺もアクション得意だし、名前に忍が入ってるから忍者ッスかイイッスよー! とは言いましたけど」
苦笑を浮かべる爽やか好青年は、特撮俳優の壱忍人(服部・閑蔵)23歳。
戦隊系でレッド役を演じた事もある、ちびっこにもママにも人気の正統派ヒーロー役者だ――いや、だった。
軽く二つ返事で引き受けた閑蔵は、汚い忍者を全身全霊で体現するようなキャラだった。
「良い子の皆はごめんなって」
センシティブの塊のような設定の役柄は面白いが、悩みもある。
演じる事自体には、さほどの苦労も抵抗もないのだが。
「もう二度と正統派ヒーローのオファーが来ないんじゃ……とかね」
そんな不安を押し流すように、酒をグイグイあおる元ヒーロー。
「いや、返り咲きますから!」
「みんな色々苦労してるんだね」
芸歴10年程の俳優、中村 冬哉(奈喜良 待雪)がお肉ばかりバクバク食べながら言った。
その端正な顔立ちと明るく気さくな気性のせいか、これまでは恋愛ものへの出演が多めで、ホラーや伝奇ものとはあまり縁がなかったのだが。
待雪役でオファーが来たのは、やはりその顔立ちが要因だろうか。
「いや、でも人形みたいな美形ってハードル高いなって思ったよ」
黙っていればという条件が付くなら、そう難しくはないのだろうが。
「待雪くんって何ていうか笑顔で無表情なキャラじゃない、あの表情で固定っていうのは中々辛かったかな」
撮影アップ後は毎回、顔が筋肉痛になってマッサージが必要だったとか。
「ねえ、翔は?」
冬哉はひたすら肉や野菜を焼きまくる網奉行と化した藤崎 翔(藤崎 此岸)に話を振った。
「私ですか?」
実家がハワイアンレストランを経営する彼は、答えながらも奉行の勤めは疎かにしないサービスの鬼だ。
「私は歌やダンスのレッスンが大変でした。特にボイトレが意外とハードで」
彼はそれまで、スタント兼俳優として数々の夢魔を演じて来た。
その演技が監督の目に留まり、此岸役に抜擢されたのだが。
「怪人態と人間態は求められる事が違う部分も多くて……あ、冬哉さんと魅美さんは野菜も食べてくださいね。お酒も美味しいですよね、でも忍人さんは程々に」
肉と野菜がバランス良く乗った皿を忍人に手渡し、奈々のコップにはジュースを注ぎながら、翔は話を続ける。
「でも、役作りって楽しいから」
そう、結局はそこなのだ。
「俺、役者舐めてたかも」
それまで「やっとまともな食事ができる~!」と張り切っていた春は結局、何も食べずに聞き入っていた。
「ありがとうございます。こういう話、身内じゃあんまり――」
「ぜーんぶ聞こえてたけどねー?」
「ひぇ!?」
背後から甘い声がかかり、春は思わず飛び上がる。
「春くんなかなかこっち来てくれないから、痺れ切らして迎えに来ちゃったよ」
振り返ればそこに、世話焼き陽キャお兄さん双海 陽(仮名 零音)がニコニコしながら立っていた。
仮名と沢田はどちらも昼夜それぞれに演者がいる。仮名の場合は二卵性双生児の兄・陽が昼の姿、弟の 双海 滉(仮名 零音)が夜の姿を担当していた。
「春くん水臭いなー、そういうのは身内にこそ真っ先に相談するものだよ?」
「いや、でも身内だからこそ甘えては――」
「寧ろ春くんに甘えて貰えなかったら俺、死んじゃうけど?」
「そ、それは困ります!」
そんな話をしながら、二人は自分達の「巣」に帰り着く。
「あ、お帰りなさぁい」
戦隊番組出身の演技派役者なのに、普段は生きる気力が薄い甘え上手の滉が、沢田の夜姿を演じる境 千紘(沢田・烈司)にぺったり張り付いたままふにょふにょと手を振った。
「ごはん来てるよぉー」
そこはデリバリーOKのプライベートスペース。
「僕は人が多い所、苦手でー……千紘さんいてくれて助かりましたぁ」
訳:苦手だが自ら場所を変える気力もなく、ただ水切れを起こした花のように萎れて行く滉を見るに見かねて、千紘がセッティングしました。
「僕、そんな優しい千紘さんが大好きですぅ」
滉から向けられる特大の矢印。
千紘がそれに気付いているのかいないのか、その顔から読み取る事は出来ない。
(千紘さん全方位からモテモテだもん、きっと経験豊富なんだろうなぁ)
彼はスタント兼スーツアクターで、人付き合いはいい、ガタイもいい。
表情は固く言葉少なだが、頭の中では色々考えている、眼鏡の似合うイケメンだ。
モテない要素が見付からないが、交際関係は伏せているというミステリアスな所もいい。
「さあ、食べよう。折角の料理が冷めてしまう」
「千紘さんが食べさせてくれないと嫌」
「滉くん、人前だよ」
「残念、身内しかいませんでしたぁ」
「おやおや、あっちは難航してるねー」
弟達の方を楽しげに眺めつつ、陽は春と二人だけの空間を作ろうとする。
「春くん今日は沢山食べなー? ほらあーん」
その自然な動作に、春は素直に口を開けた。
「あー……ってすみません! いや、普段“仮名くん”にお世話してもらってる癖が抜けなくて!」
「いいんだよー? 俺がそうしたいんだからさー」
ニコニコ笑いながら、こちらもまた特大の矢印を向けて来る。
「俺、春くんの事大好きだなって。ねぇ、ドキドキした?」
「また揶揄ってるんでしょ。本気にしちゃったら……困りません?」
「なんで困るのー?」
にっこにっこ。
ファッションモデルの全力笑顔は、破壊力絶大だった。
全体的に明るく楽しく賑やかなスパリゾートの中にも、静かに落ち着ける場所はある。
人目につかず、声も漏れにくいそんな場所で、挨拶回りを終えた水鳥川 利弦と橘 冬真が甘い時間を過ごしていた。
利弦も冬真もインソムの登場人物だが、いずれもそれを演じる俳優の本名と同姓同名になっている。
「確かオファーが来た時、役名はまだ決まってなかったんだよな」
利弦(芸名:碧 立樹)が言うと、冬真(芸名:山崎 トーマ)が少し考えて軽く首を傾げた。
「私はオファーが来た時にはまだ本も出来ていなかったと聞いたが」
二人の出演が先に決まり、彼等の素に合わせて脚本家がアテ書きした結果、名前も素のままになったというのが真相だという話もある。
ただ勿論、現実の二人と全てが同じというわけではない。
ドラマでは互いを友達と呼び続けて一部視聴者をもだごろびったんさせているが、現実では――
「何にしろ、この作品に出会えて良かった」
月明かりだけが照らす無人のプールサイドで、利弦が他の誰にも見せない笑顔を冬真に向ける。
だが冬真はその指先で利弦の顎先をくすぐり、息のかかる近さで囁いた。
「違うだろ?」
「……トーマに出会えて、良かった」
「よろしい」
正解のご褒美は、甘くて深いキス。
「トーマは世界一格好良い」
「私のリツは可愛くて美人だ」
二人の影が重なる。
邪魔をする者は、誰もいない。
舞台版ホワレでエルメリンダを演じる俳優、セルピエ(エルメリンダ・メレンデス)は戸惑っていた。
つい先程まで賑やかな人の輪の中にいた筈なのに、気が付けば相方役のグラン(サフィーロ)と二人きりでバーのカウンター席に座っている。
マスターや他の客達の存在感が全く感じられないのは、グランの押せ押せオーラが全てを跳ね返しているせいだろうか。
ちらりと横を見れば、子犬のように真っ直ぐな瞳がセルピエの視線を捉えた。
「あの、グランくんは私といて楽しいのですか?」
思わず問いかけると、輝く笑顔で即答される。
「セルピエさんといれればどこでも楽しいっす!」
「あ、そうなんですね……」
原作では確かに、二人は晴れて恋人同士となった。
けれど現実は違う。
セルピエは元子供番組の歌のお姉さんで、その意味では子供に慕われるのはとても嬉しい。
けれどこの子供は、抜群の運動神経に元気な振舞いで人気な元体操のお兄さんだ。
しかも幼少期にテレビ越しに見たセルピエに初恋、それを美しい思い出にする事を断固拒否し、彼女を追いかけて子供番組から俳優へと転身を重ねて来た猛者である。
セルピエの困惑ぶり、おわかり頂けるだろうか。
「貴方は本物の、サフィみたい」
「……俺がサフィーロなら、“エル師匠”とは一生一緒っすね?」
意中の人を確実に射止める為にグランがせっせと埋める外堀に、自ら大量の土砂を投下するセルピエ。
原作同様、末永くお幸せに?
宮藤 涼(三船 裕司)は、インソムで裕司役を演じた実力派俳優である。
それまでの彼は、演技力には定評があるが話題性には乏しかった。
その理由のひとつに、普段の彼が寡黙で無表情、他に興味を示さない唯我独尊である事が挙げられるだろう。
そこに投げ込まれた「24歳という年齢で見事に17歳の学生を演じきった」という事実が、彼の知名度を一気に押し上げた。
だがそれでも、彼の態度は変わらない。
ただ一人に対する例外を除いて。
安斎 司沙(諏田 洸輝)は今をときめくアイドルだ。
人気もそこそこ出始めた18歳の今、洸輝役に抜擢されて俳優デビュー、順風満帆の芸能人生活をエンジョイしている――と、傍目には思われていた。
しかし。
「司沙さん、俺と食事に行こう」
「え、ええ……この会場内で、なら……」
「いや、プライベートで会いたいんだ」
涼は共演者の司沙に心を惹かれていた。
しかし司沙は仕事では元気キャラで売っているが、素は大人しく控えめな少女だ。
つまり涼の勢いが怖い。
お付き合いは仕事上だけにしてほしい。
「えっと、お誘いは嬉しいですけど……プライベートはちょっと……」
「そうか、いつでもいいから会おう」
涼の耳には都合の良い部分しか聞こえていなかった。
「俺はいつでも大丈夫だ、お前の都合にあわせるぞ」
「ひぃっ……そ、そんなこと言われても困りますよ……」
「誰かが助けを求めています」
夜の散策を楽しんでいたソフィ・リンダール(リディリディ・トゥラ・イェレミース)は、ふとその足を止めた。
「またなの?」
隣を歩いていたロニャ・オルソン(ツィーラ・イェレミース)が振り返り、あからさまに不満げな声を上げる。
好奇心旺盛なせいか、トラブルや厄介事にもすぐにクビを突っ込むこの同郷の俳優が、ロニャはあまり好きではない。
その理由の大部分は、ソフィが自分と違って穏やかで優しく、特にダイエットもしていないのに体重が変わらずスタイルも良いから、という理不尽なものだが、この性格にも一因がある。
「さっきだって勘違いで火に油注いだばっかりでしょ、少しは反省してよね」
「ですが今度は……」
言い終わらないうちに、ソフィは声の方へと駆け出して行く。
「ああ、もう!」
ロニャは渋々その後を追った。
ソフィは24歳、ロニャは20歳、共にスウェーデン人の俳優で、『AnnihEpica』では双子の姉妹を演じている。
ロニャは正直、もうこのコンビを解消したかった。
けれど故郷を出て一年になる今も日本語が殆どわからないロニャには、彼女と離れては生きて行けない自信がある。
なのにソフィはそんな彼女を「いつも努力していてとても良い子」だと過大評価しているようで、それもまたコンプレックスを刺激して来るのだ。
「ねえ、下手に関わると却って拗らせる――」
だが今回は幸いだった。
ソフィの到着を目前にして、トラブルはそれぞれのマネージャーによって解決されたのだ。
とりあえず、今の所は。
「向こうの騒ぎ、どうにか収まったみたいですね」
パーティ会場の喧騒から離れ、静かなプールサイドで休憩していたアンナ・セラーズ(ルアンナ・ミュラー)は、真っ赤なカクテルをそっと口に運ぶ。
姿は見えず、会話の内容も聞き取れなかったが、何か出演者同士のトラブルがあったらしい。
「後腐れがなければ良いのですが」
アンナが呟くと、傍らで控えめな声が答えた。
「大丈夫だと思いますわ。そんな時の為にマネージャーが付いているのですもの」
ジュディ・ライヒアルト(マルグリット・ライヒシュタイン)の口調は、彼女が演じた吸血鬼のお嬢様言葉とよく似ている。だがそこに高圧的な響きはなかった。
ジュディはスポンサー企業の社長令嬢、つまり正真正銘のお嬢様なのだ。
そしてコネで映画デビューを果たした接待枠でもある。
だから最初、誰も彼女の演技には期待していなかった。
ルアンナ役で共演したアンナでさえ、正直地雷だと思っていた位だ。
だが撮影を通じ、彼女の演技力は本物だと知った。
女優に対する思いの強さと、本気で演技の勉強に取り組んでいた事も。
「これ、吸血鬼のキスって言うんですよ」
アンナは赤い液体を掲げて見せる。
「こちらはヴァンパイアですわ」
ジュディが掲げたのは白いカクテルだ。
そのままグラスを合わせ、一気に飲み干す。
「いつかまた、違う作品でも共演してみたいですね」
アンナの言葉に返された笑顔に、演技の影はなかった。
そこには闇と静けさだけがあった。
ただプールの水面に映る月だけが、そこが真の闇ではない事を教えてくれる。
その月が、揺れて千切れて波間に散る。
光は来瞳 諄の濡れた髪に纏い付き、その輪郭を煌めきで彩った。
諄は水から上がり、光を纏ったそのままの姿でプールサイドに歩を進める。
そこで影のように蹲る夫、長谷部 勉の傍らに立った。
「……少し派手すぎやしないか」
夫は妻が選んだ水着に苦言を呈してみるが、言葉は彼女の耳を素通りして消えた。
「たまにはソーダ水のような刺激も必要でしょう?」
そう言って、妻は夫の傍らに置かれた冬色のクリームソーダに手を伸ばす。
そのまま隣に座った諄に、勉は憎々しげな視線を向けた。
二人は犬猿の仲。
けれど別れる選択肢はない。
勉はその身体で妻を隠すように体勢を変えた。
自由な気風を好んで娶りはしたが、阿婆擦れを抱いた思いは無い。
(見世物等にして堪るものか)
周囲には他の誰もいなかった。
だが遠く静かに見守る月さえも、彼女に淫らな視線を送る出歯亀としか思えない。
影になり、髪に纏う光さえ消えた闇。
けれど滴る雫は勉の支配を逃れ、自由に転がり、再びその身に光を宿す。
諄はグラスに浮かぶペーパームーンのように白いアイスを匙で掬い、悪戯げにわらった。
「その水着、素敵だ」
「ありがとう、先輩♪」
ハーフの学生俳優ツバキ・ブラウ(シンディー・ホシカ)は、その均整の取れた肢体を白いビキニに包んで波打ち際を歩いていた。
「こういう所で、水着で男の人と楽しむってこと、やってみたかったの」
傍らを歩く先輩俳優、リューイ=ヴァレンシュタイン(リューイ=ヴァレンゴルト)に笑いかけると、ツインテールにした金髪が揺れてふわりと甘い香りが漂う。
「俺は予行演習の相手ってわけだな」
リューイはそう言うが、そうではない。
「本当にただ、こうしてみたかっただけよ?」
役柄としてはツバキ演じるシンディーの方が先輩だが、実際にはリューイ役の彼に助言を請う立場だ。
だからこうして、まるで普通の友達か恋人のように彼と過ごすこと自体が、ツバキにとっては新鮮で稀有な出来事だったのだ。
「……そうか」
リューイは少し居心地が悪そうに目を逸らす。
自分をその相手に選んでくれ、水着姿を披露してもいい相手と慕ってくれている事が、嬉しくもこそばゆいような心地だった。
さて、ここでツバキさんの脳内ビジョンを覗いてみましょう。
(筋肉☆ 筋肉☆)
ウォーリア役として鍛えたリューイの筋肉をひたすらに鑑賞する、残念な乙女の姿がそこにありました。
(役では半裸で訓練とかあるけど、そういう時ってあんまりじっくり見られないじゃない?)
いつもお世話になっている事に感謝はしているけれど、それはそれ。
暫く歩くと、突然ズシンと腹の底に響くような音が響き渡った。
空に広がる光が大輪の花を咲かせ、二人の顔を照らす。
浜辺はいつの間にか、花火を楽しむ人々で溢れ返っていた。
「すごいね、お兄ちゃん」
「ああ、こんな近くで見るのは久しぶりだ」
月渉と理世が思い出に浸るように夜空を見上げる。
「たーまやー!」
キャロラインの元気な声が、花火と共に空に打ち上がった。
【執筆:STANZA】
輝くビーチに青い海、極上の癒しの空間。その場所で五百蔵 栞はぐったりと疲弊していた。
新人にコネクションづくりは必須! と先輩に連れられ大勢の記者に囲まれながらの慣れない挨拶回りに只管邁進する時間だった。
スタントマンとして体力に自信はあるがこれは精神的な疲弊だ、物が違うし質も違う。表に疲れを見せるべきでないこの状況も一層疲労に拍車をかけている。
インタビューは、正直苦手だ。自分の役について理解はしていてもまだ話せないことも多いうえ、ネタバレは厳禁と強く言い含められている。
周りを見渡せば目につくのは同じように取材を受ける面々。どれも、自分とは違い堂々としている。
そう、例えばあそこの——。
ICHIと言えばマルチタレントとして今や老若男女が知る人物だ。
今日この場においては明坂壱之丞を演じる俳優として匂坂沙羅役の二人、姚芽衣と姚博文と共にインタビューに応じている。
「では、お三人から見てお互いの役の印象は……」
スッと向けられたマイクにも動じず揃って柔らかく微笑む姿は実に慣れたものを思わせる。
「壱さんは掴めない人って印象かな。沙羅が見捨てないって決めた時点である意味決まってたのかも。絆されちゃった」
口火を切ったのは姚芽衣、簡潔に答えそっとICHIへと目配せ。インタビューには話の流れが必須だ、淀みなく質問のボールをパスしていく。
「沙羅ちゃんっていかにも壱之丞が好きそうなタイプでしょ。気も強くて、自分を持ってて、絶対に壱之丞の想定通りに動いてくれない感じ」
この手のありがちな質問に対しての返答なら、お互い事前に打ち合わせるまでもない程度には場数を熟している。が、面白みもまた必要だ。
「気は強いけど女の子らしいところもあって、可愛いひとだよな」
聞いていた流れにさらりと付け加えられた言葉。一瞬だけ流れが止まる。
「……芽衣、照れてら、でも褒めるなら本業の方も褒めて貰えりゃもっと嬉しいけどな?」
こほん、と誤魔化すように隣に座る片割れを足先で制しながら、うっすらと熱を持った首元を隠すように髪を整える。
「仕事の関係の筈なのに、いつの間にか恋愛フラグ立ってて驚いたわね」
え、そう? とICHIがわざとらしく表情を崩す。驚いたような、それでもおどけたような雰囲気で。
「新進気鋭のピアニストと訳ありの支援者……っていう互いに利用しあうビジネス関係って聞いてたのに、支援契約成立後わりとすぐの登場回の台本で恋愛色が見えて、まぁそうなるよな~って。だから俺はいつの間にかって感じじゃなかったなぁ」
とユーモアも交えながら。歓談は進む。
「出演者の多い作品ですがダブルキャストは珍しいですね」
マイクを向けられ朗らかに笑うのは姚博文だ。
「ピアノシーンがバンバン増えたから引っ張り込まれました! 俺ら、手のサイズ感そっくりなもんで」
芽衣と手を合わせ、ほらね。と笑う。これは雑誌には乗らないだろうインタビュアー向けの仕草。
「ちょっとくらいなら芽衣も弾けるんだけどさ。実際どうよ俺の演奏、聞いてて結構違いってわかるものなの?」
ほんの少しだけふざけたように、ICHIへと向けられた質問をマイクが追いかける。そうだなあ、と言いながら少しだけ体を前に傾けて。
「俺は好きだよ、あなたの演奏」
そっと、乗せるように、低く甘く囁かれた言葉に会場が一瞬水を打ったように静まり返る。ひとつ遅れて、小さな悲鳴と快活な笑い声。
一方で、同じ新人にも取材慣れしている人物は当然いる。
監督から異例の大抜擢を受けたと噂の新人アイドル満月。彼女の姿には早くも大物の貫禄が窺えた。
新人記者の緊張した面持ちを見抜き、自分も軽く姿勢を正す。
「役への思い入れ……深月・未散は、兄に恋するひたむきな少女って聞いてたんですけど」
一字一句を逃すまいとする記者に合わせ、会話の速度を落とす。
「蓋を開けて見れば、そんな言葉じゃ収まらないキャラで」
「兄は兄じゃなくて誘拐犯だし、恋どころかストーカーだし。どっちが真の加害者だって大混乱」
慣れない質問に考えながら話しているという風に。それでも最後は明るく笑顔を乗せて。
取材を終える頃には新人記者の緊張もすっかり解れていたそうな。
「この間はNG連発してすみません……」
山下・エミリア・加恋。上梨 鳳果を演じる若手俳優だ。同じく若手俳優のトーマと共にブースでインタビューを受ける彼女にカメラの中の溢れるような自信は見当たらない。
「いや、加恋ちゃんはやっぱり演技が上手いから」
それで目立ってしまうのだ、とすかさずフォローという名の合の手を入れる。
撮影で頻繁に顔を合わせる彼女の性質はどことなく理解していた、二の句を継がせる前に自分から質問してしまう。
「演技が上手いと言えば。最近は特にうまいって褒められてたよ。何かコツでもあるの?」
「ええと……最近はアナウンサーの役とか、刑事役とか。色々チャレンジしてる感じです」
へぇ! と記者に代わって質問役を滑らかに引き受ける。このコミュニケーションの高さは国内外での活躍で培った物だろうか。
「忙しいよね。大学の講義もあるんでしょう?」
「学校も役作りの材料になるんじゃないかって。最近は色々、周りを観察するようになってますね。でも、それを言うならトーマさんも、周りを見る力が凄いなって……」
「私はこの役がとても気に入ってるから。皆に負けたくない気持ちが強いだけかな。東鬼朱王は来日して初めての台詞のある役で、思い入れも強くて」
質問者が入れ替わり、立ち代わり。和やかにインタビューが進んでいく。
「千堂さくらです。今回お声がけいただけたこと、本当に嬉しく思います」
「リュビです! 普段はアイドルとしてファンの皆さんに愛を届けています!」
明るい声がインタビューブースに響き渡る。
もう少し声を落として、と小花衣 恋役、千堂さくらと鹿郷二明役のRUBIがそれぞれスタッフから注意を受け、さざ波の様な笑いが広がった。
5人でのインタビュー。その上、私生活に謎の多い俳優として知られる彩華クロト役の咲夜が質問に答えるという事で他の場所よりも記者の数が多く、ブースは賑やかな様相を呈している。
共演してみてどうだったか。苦労したところ、役作りで気を付けようと思ったこと。現場で面白かったこと。
人数が多いこともあるだろうが、息の合った5人の前ではそれほど踏み込んだような質問がないにもかかわらず始終朗らかな様子が崩れる様子も見られない。
質問は控えめに雑談を多めに。そうしているのは記者へのサービスか、それとも無用な質問を省くための策略か。ともあれ和気あいあいとした様子でインタビューは続く。
「素敵な方々ばかりで学ぶ事が多かったです! 現場も楽しくて、これから会えないのが寂しいくらい」
「役者としては初めてが多く、学ばせていただく機会が多かったです。僕も役の彼と同じで人に関わるのは好きなので、めっちゃ楽しく演じました!」
はきはきと答える千堂に続いてすかさずRUBIが回答する。前のめりな二人であるが、喋りすぎるなどというような失態は侵さないあたりやはり取材には慣れている。
マイクを渡す時に「次、橘さんどうですか?」などと一声かけるあたりには、今にかかわらず撮影時や普段からも仲良くしているのだろう和やかさが伺えた。
その後は橘ヒヨリがおっとりとした手つきで渡されたマイクを柔らかく指で包み、二人が上げた速度をゆっくりと落とすように答える。
「私が演じる由春紬は、そうですね……自分と共通する部分も多く楽しかったです」
出だしは簡潔に、でも語りたいことは沢山あるのだというように言葉を続けて紡いでいく。
「少し不思議な空気感の子だなと思いながら、似ているところも全然違うところもあって……役作りは悩む所も多かったですね」
「楽しかったところは、皆と部活みたいにワイワイしながら撮影出来たところ。咲夜くんにはよくツッコまれたなあ」
ふふ、と撮影中となんら変わらない橘のマイペースな笑顔に苦笑しながら、話題を向けられた咲夜がマイクを持つ。
言葉を考える少しの間、心地よい沈黙。シャッターの切られる音だけが微かに響く。両手に持ったマイクを指の間で撫でるように回してから言葉を始めた。
「確か……大学生役は久々だったかな? それにしても、皆に対してだけじゃなくて、この役は「こんなやつおらんやろ!」と最初からツッコミしかなかったね」
「自分自身から遠い性格の役を演じるのは役作りが難しいけど、周りも個性的な役の子が多くて撮影の合間のお喋りは特に楽しかったよ」
さらりと躱すように滑らかな回答をしてさっさと次にマイクを渡す。うんうんと頷きながら聞いていた有馬 裕樹がマイクを取り零しかける姿に会場が笑いに包まれた。
「ええと、この日月菊ノ進という役はあまりないパターンだったから最初は少し戸惑ったというのが正直な所かな」
柔らかな声で質問に答えていく、これまでの撮影を思い返すように確かな言葉を重ねてゆく。
「本当に、楽しかったよ。次はどう演じてやろうなんて思うし……それに皆さんのような素敵な方々からも話が聞けて勉強になるからね」
それから。と一度、言葉を切りはにかむ様に共演者たちの方を見る。
「とても、得るものの多い撮影だったと思ってる。できる事ならこの五人で、いつかまた同じように撮影にのぞめる日が来ることを、願ってるよ」
その表情に黄色い悲鳴が微かに上がり、今日一番のフラッシュが焚かれたのは言うまでもなかった。
こちらでは記者からマイクを向けられる二人の姿。
「卒業、と言えば……」
御巫千代さん演じる御巫ちとせ、六条春枝さん演じる六条春美のどちらもそれぞれこれまでの場所を卒業する、という転機を迎える役どころだったわけですが、演技の上で気を付けられたところなどは——。
堅苦しい質問に対して場の雰囲気は不思議と柔らかだ。というより返答がない、すわ事故かと思ったその時にようやく回答が戻される。
「あまり気負わずに演じられたと思います。私たちは特に、他の人とは違ってそこまで役作りに苦労しなかったというか」
そうよねえ千代ちゃん。とおっとりと答えるのは六条春美役の六条春枝。横に座る千代ちゃんと呼ばれた少女に首を傾げて見せる。
「はい、春枝さん私もそこまで無理せず役に入り込めたと思います。でも、色々と気を付けてたところは――なんですか? 春枝さん」
回答の途中に急に手に触れてきた温度に、咄嗟に言葉を止める。手を握ってきたのはどこか不機嫌そうな六条だ。
「千代ちゃん。春枝さんじゃなくてぇ……」
唇を尖らせ、何かを待つように自分よりもはるかに年下の彼女をジッと見る。ありふれたやり取りなのだろうか、返されるのは素っ気ない言葉だ。
「春枝さんはお姉ちゃんじゃないです」
うわぁん。とワザとらしい声を上げ、記者達に向き直る21歳。
「千代ちゃんが最近そっけないの……反抗期かしら?お姉ちゃんちょっと寂しい」
その後、彼女は13歳によしよしされながらインタビューを受けたという事だ。
護国マコト役・坂品 健次郎。
作品内外で多彩な演技を熟す彼目当てに来る取材陣も多く、今日も当然インタビューの列ができている……筈だった。
予定されたブース前にちらりと姿を見せた彼は、挨拶もそこそこにこの場を立ち去ってしまったのだ。
どういうことかと困惑の空気に包まれる会場ではあったが、暫くするうち納得と諦めの溜息が場を満たしていく。
そう、予定されていた時間には同作品で東尾しづ演じる子役の舞台挨拶がブッキングしていたのだ。
記者であれば当然役者の事はある程度知っている、彼がどれだけ彼女を推しているのかも。
誰だよスケジュール組んだやつ。と取材陣から怨嗟の声が聞こえたとか、聞こえなかったとか。
【執筆:杞】
「Dianaさん来たーっ!」
ファンミーティングゾーンでグッズを握った腕が何本も振り回される。彼らのお目当てはDiana=Scaaliger。実写版『ホワイトレター』では華奢な体をぴしっと制服に包み、物静かでときに激情を顕わす元異端審問官……という各方面の性癖を撃ち抜く演技が好評だったが、素顔の彼女はファンサービスも真摯に取り組む朗らかな人物だ。整理された列からまず差し出されたのは水着写真集で、これが一番好きで、黒×紫ってのがまた、くっ……と身を捩るファンの開いたページに彼女は快くサインをしてやった。
「これからもよろしくお願いいたします」
「はいぃぃぃぃぃぃー!!!」
ファンたちのどよめきに崩れかけた眼鏡の陳列を、ハニー&ビーの妹の方、ハニーが押さえる。そこは彼女の獣性を満たす私設撮影ブースで、声を当てた熊蜂の超完成度自作コスプレで立った彼女が通りがかる俳優女優に声をかけまくっているのだ。
「一寸そこの美形さん。この眼鏡、絶対似合いますよ?」
お礼は結構、最強ショットを即お送りします! と迫れば、立ち止まった声優仲間の福津 晴人は水色レンズ越しの笑顔を自分のSNSに共有、Goodが300つくころには狩野 諒太も自前の眼鏡と地獄のようなクソダサTでTLを沸かせフォロワーを20増やした。……win-win。
「やっぱり美形と眼鏡は比翼連理……! あっ」
この喉からマジで熊蜂の声出てんの? と疑う限界ボイスで彼女が次に引き留めたのはゼファーだった。彼は謎に包まれすぎた俳優で、今日も登場するとは誰も思っていなかったことだろう。
「ああ……気が向いたので」
蠱惑的な微笑みを振り撒いた彼は陳列の中からひとつを取り上げる。黒暗としては細い縁の眼鏡が常だったが、この未来的なシルエットも良く似合った。これだけ見事に雰囲気を変える役者に会うのは自分の長い芸歴のうちでも稀だ、と見ていた晴人の讃嘆の声にゼファーは会釈して応じた。
「私など、まだまだですよ」
いい出会いに、と彼らもまた写真を撮り始めた後ろから。
「はっ! あっすみませんっ」
上ずった女性の声がして、どん、とゼファーの背に何か当たった。振り返ればLumie=Ver=Beataが竪琴を抱えて蹲っている。彼女はこの先のステージで、『ホワイトレター』劇中で歌っていた曲を生演奏で披露することになっているのだ。ずいぶん前から発声練習やチューニングをしていたようだが、見るからに緊張していた。
「いつも歌ってた……あれ聴けるんですね!」
「いつもの歌なら、いつも通りに」
晴人とゼファーはあわあわと説明する彼女を歓迎し、深呼吸させる。
「そ、そうですね、いつも通り歌えばいいだけ……だいじょうぶ、だいじょうぶ」
ありがとうございます! とまた走っていったLumieの姿が大扉の向こうへ消え、しばらくするとライブが始まる歓声がした。
諒太はファンに手を振る姿をカメラマンに撮らせたあと非公開エリアに入った。彼の人気の秘訣は個性的なビジュアルと中身のゆるさで、今日も“注目若手合同インタビュー”なんて、連続でひっかけられているドッキリ番組の新作かと一応疑ってみたものの記者の差し入れた桃ゼリーですっかり懐柔されている。
「『電脳戦潜アプリェーリ』のジノ、好評ですね」
「あれはアクションがかなり大変でしたね。何せ僕、運動神経なくて」
「そうそう、日常シーンでも動ける人っぽさを見せないといけないから」
隣でアイドルバンド“ornis”のキーボード、エトスも同意する。彼もアプリェーリでかなりのアクションをこなし、『ホワイトレター』でもパルクールまがいの動きやバイクの操作に苦しめられたひとりである。
「そっちも大変そうでしたね」
「もう毎日あざだらけで」
顔は絶対怪我すんなって無茶言われて、とカメラにふたりでポーズを撮りながらエトスは人懐っこい笑みを浮かべる。
「ところで……」
はいOK、と言われたその視線は諒太のTシャツに下がった。バンドのグッズデザインも手がけるアーティストの彼には、その世紀末ファンシーの煮凝りみたいな柄もまた興味の対象だった。
「あ、いります?」
「いりません」
賑やかな合同インタビューの隣では、ソファに掛けた品のいい男女の対談が進められている。来海柘榴は紅茶に口を付け、記者に呉羽時雨が話すのを聴いていた。
「どうしてもこの役は欲しくて」
ミュージカル俳優のふたりは『東京インソムニア』で共演している。もともと出演していた柘榴の仕事相手役のオーディションを勝ち抜いたのが新人の時雨だった。
「相馬は椿さんに初め冷たい態度だったんですが、今はアイドル活動のビジネスパートナーみたいになってるのが素敵だなって。あ、芝居のことなので平気だったのに、こうして口にするとなんとも……」
「椿は初対面では少し驚いたかもしれないけれど、彼の真面目な取り組みがわかれば最高のものを返すわ。それがようやく噛み合って回り始めたコンビかなぁって。相馬さんがどう変わって行くのか、椿も私も楽しみにしてる」
自分と重ねてしまったのだろう、一旦舞台を降りればはにかんだ表情を見せる時雨に、憧れの先輩である柘榴が小さく“頑張れ”の拳を突き上げた。彼がクッションをたまらずぎゅうと抱きしめれば、それも撮ってもらったら? と追い打ちが掛かった。
「来海さん、それは僕の――というか相馬の――キャラクターが! ああ、でも彼の心境や変化には勇気づけられますよね。先輩に追いつけない焦りに満ちた心から、椿さんによって徐々に自分を取り戻すことができて、頑張る。……だからそのうち、クッションくらい抱っこするかも」
記者はそれはファンが大騒動ですね、と請け合った。
「では来海さん、改めて呉羽さんの印象を伺っても?」
「彼がすごく懐いてくれてるのは嬉しいわ。でも、歌で共演する機会がほぼ無いのが残念なのよね」
だって彼はあんなに歌えるし、私だってちょっとは歌えるわけでしょう? と柘榴はウインクする。折から聞こえてきたのはライブで歌っているLumieの声。その少し異国情緒漂うメロディをスキャットした彼女は時雨の肩を叩いた。
「だから、次は舞台の上で共演したいわ。きっと楽しいもの!」
「そうですね、ぜひ! この来海さんの美声を視聴者に届けられないのは本当に残念ですし、ミュージカルでは……」
柘榴は、どうせ歌わないならと適当な配役にアテレコでお茶を濁さなかった制作班の理解には感銘を受けたものだ。だから引き受けたのだが、時雨のように自分を目標としてくれる人にはそれがとても歯がゆいのもわかる。そしてその彼のような気持ちこそが、椿があの物語の中で沈み切らずに居られる原動力ではないかとすら思っている。うんうん、と自己の思索に頷いた彼女は、その間もずっと話していたらしい時雨に微笑みかけた。
「……なんなら拡大版で……そう別にお仕事シーンでも。舞台での来海さんといえば、去年の」
「痛だぁーーーーい!!」
若干虚ろになっていた記者の目の焦点が、突然の絶叫にきゅっと定まって衝立の裏に向かった。
衝立のこちら側はリラクゼーションエリアになっている。
先ほどの絶叫の主、メルシエ未奈美はその中で今まさに足つぼマッサージを受けていた。この後は盛装してパーティーへ、その前の貴重なリフレッシュタイムも彼女ら人気者は取材の嵐から逃れられない。
「主役はダイバー達で、シャルロットはチョイ役ですけど痛ぁ!」
彼女は侵蝕対策室職員の、いつも居る気になるお姉さん枠だ。老婆に肝臓のツボを刺激されながら悶絶する彼女の隣で、巨漢に施術されていた我妻 芯も身を捩る。
「おぎゃぁぁぁ」
おぎゃぁ? 一瞬集まった視線はすぐ散らばる。その出所が『ソーンさん』の公式コスプレイヤーだと皆気付いたからだろう。
「このキャラすっかり怪異扱いなんだよな」
ボクはサンダルで疲れちゃった一般デスクワーカーだけど、と芯は苦笑する。『ホワイトレター』作画チームの一員にしておまけ漫画キャラのモデルかつそのコスプレを頼まれる身とあっては、キャラクターが憑依する瞬間もまれによくあるのかもしれない。
「そういうキャラがぁ痛あ! ……いるから、他のキャラも立ってくるんでしょうね痛ぁい!」
そう思うかい? 足を拭いた芯は、気を紛らわせるように話しかけてきた未奈美が、それでも記者の質問に丁重に答えるのを面白く見ていた。
「インソムニアも同じダイバーでも人それぞれ……様々な生き方を見ることができるのも魅力ですね……ぇ痛!」
リラクゼーションエリアにあるのは足つぼだけではない。奥の方には本格的なエステサロンが開かれていた。並んだベッドに俯せになっているのはファティマとノエル、同じ声優事務所の先輩後輩コンビだ。
「は~、『ホワイトレター』よかったですね~! 参加できて幸せだったぁ」
そうじゃないとこんなすごいとこで先輩とエステなんて、ね! とファティマがはしゃぐ。ソシャゲのアイドルキャラで売れてきた彼女は、今回の、少し毛色が違って重みのある役を先輩に相談しながら作り上げてきたのだ。
「え、終わってないでしょう? まだ収録あるし、まだまだ楽しみよ」
枕に顔をはめたままノエルが笑う。彼女には十八番の少年で、ファティマにからむ役があとから当てられた。後輩の成長を身近で感じながらの収録はとても嬉しいものだった、と本編を終えた今彼女は振り返る。
「お相手役の人って俳優さんでしょう? あの感じも新鮮でいいわよね」
「そう、そう……! それです! 最初はもっと自分が端役だと思ってて……でもまさかのまさかで出番増えそうなので、今後とも宜しくお願いします!」
「うん、宜しくね、お姉ちゃん! なぁんてね」
ふたりが出たところで、やっとファンたちから解放されたDianaがエステの受付をしていた。
「あらDianaさん」
「ノエルさん、ファティマさん」
「オイルのがすっごく良かったですよ」
じゃあそれを、と丸を付ける彼女に手を振ってホールに出たふたりに、スタッフが飲み物のトレイを運んできた。迷っていると、上からオレンジを取る手がある。言わずと知れたオレンジ星人の晴人だ。
「あーっお久しぶりですおふたりとも!」
にこやかに挨拶した彼はくいとグラスを傾けると、視界の端を横切ったオレンジ色に腰を浮かせた。
「そのケーキどこにありました?」
突然話しかけられたヴィクトール アーベントロートは、それでも穏やかな顔のまま廊下を指す。ノエルたちも誘った晴人を連れて、彼はテラスへ向かうガラス扉を開いた。
しっかりした日差しの中に僅かな涼しさが混じる午後。花の匂いのする風の中、そこには彼らを労う、身長ほどもあるトロピカルなケーキがテーブル上にそびえたっていた……らしい。
「ムース、スポンジ、好きなところを切ってもらえて、トッピングも自在でした」
チョコレートと蜂蜜と、と律儀に教えてくれるヴィクトールの声が申し訳なさそうに響く。
「……完全に過去形になってしまって……」
「間に合わなかった……ってエトス君?!」
珍しく走ってきた諒太が目ざとく、彼がムースの最後のひと口を無情にも口に入れるのを見つけた。
「美味かった」
「あああ私も食べっ……ねぇ次! 次もありますよね!」
さらに遅れて、眼鏡ブースの大荷物を抱えて転がってきたハニーが崩れ落ちる。
パカッ……パカカッ……
その声が届いたか、テラスの端の白い扉からアルパカに牽かれたケーキが現れた。
「黒い」
「黒」
「不気味ですね」
「こわ」
「えっ……と。『インソムニアイメージのブラックココア&ベリーケーキ』だそうです」
気を取り直したハニーが説明を読む。手を打った晴人が後を引き受けた。
「てことはさっきのが『ホワイトレター』の……うん、こっちでも改めて、みなさんお疲れ様、それから今後ともよろしく、ですね!」
【執筆:九弐ニデル】
●
「いた! 本物のバーシーさん……!」
「ホントだ。声かけてくればあ?」
有名人相手の売り込みが一段落したバーシーを、離れた柱の陰から『エンジェル』ことマリアが覗いている。妹の『ミーニャ』ことカメリアが冷めた様子でマリアを煽るも、姉は余裕がない表情であわあわと左右を見る。
「ひ、1人じゃ無理!」
「こう言う時こそ演技でしょーが。クールなセレブらしくしゃんとしなさいよ」
「無理無理無理~。一緒に来てよ~!」
すっかり地が出ている姉に、カメリアはため息をついた。確かに、出演者としてみてもバーシーが脚本を書いた回は面白かったが、だからと言ってエンジェル&ミーニャ姉妹の売りはクール&セレブリティ。作り上げたイメージを損なってはいけない。
「はぁ、仕方がないなあ……」
「やった! カメリア大好き!」
「ちょっとマリア! ちゃんと『エンジェル』っぽくしててよね!」
姉妹で騒々しいバーシーに近づけば、人目も惹く。考えようによってはチャンスだと、カメリアは思考を切り替えた。セレブ姉妹としての演技を見せつつ語る様子が誰かに注目して貰えれば、他の作品での出演も増えるかもしれない。
「おや、エンジェルとミーニャじゃないか。クランクアップ以来かな?」
「お、お久しぶりでしゅ!」
「お姉さま、噛んでますわよ……」
姉の第一声からキャラづくりの崩壊を感じつつも、負けない。カメリアの戦いはこれからである。
●
「アメリア、バーシーの奴に厄介な仕事を押しつけられたんじゃねぇだろうな?」
「いえ、そのようなことは……」
「なら良いけどよ。アメリアのためなら俺は何でもする。愛しているからな」
嵐のように去っていったバーシーとは別の意味で、アメリアはディエゴ・ヴォルテッソとの距離感に困っている。21世紀に普通に育った少女であるアメリアの恋愛常識にそぐわぬ年齢差が悲しいすれ違いを起こしていることを、ディエゴは知らない。
「今朝方もそう仰っていませんでしたか?」
「はて、そうだったっけか? ま、良いじゃねぇか、減るもんじゃなし」
(今日はもう、朝のことも覚えていない?)
以前に相談した友人(看護師)が言っていた。ソレはまだ元気な人にも起きるのだ、と。鍛え上げられた筋肉に、(多分)自前の白い歯でニカッと笑うディエゴとて、例外ではないはず。
(若い頃のお知り合いのどなたかを重ねていらっしゃるのでしょうか。普段、お世話になっているのですから話を合わせて差し上げないと……)
彼はWL作画チームを支えてきた大事な仲間の一人。アメリアは寛容な笑顔で愛の言葉を受け流し、スマートフォンへ細い指を滑らせた。
●
東京インソムニアにて同名で出演の化良・応介だが、今日の役回りはパーティの広報担当。参加者へのインタビュアーである。できれば他の作品の関係者の声を聴きたい、と志願したらしい。通訳兼案内として、三カ国語を駆使するイリス・ユヴランに協力を依頼している。交渉の結果、報酬はイリスが興味を引かれていた様子のリラクゼーションの体験チケット(応介の自腹)。初めて会ったのだが、お友達価格である。
「最初に撮るのは誰が良いんだろう、ユヴランさん」
「そうですね。映像的にも『AnnihEpica』らしい扮装の、あちらの方はいかがでしょう? あまりお話を伺う時間は無さそうですが」
イリスが示したのは、これぞまさにファンタジー、といった外見でファンサービスに勤しむ男女の姿だった。
「よし、もう一度やるから少し離れてくれよ? ……ハァッ!」
「何度見ても、斧の取り回しじゃないだろ、あれ!?」
ディアンが作中の名シーン、自慢の大斧を振り下ろす動きをゆっくりめに見せると、童心に帰ったファンが歓声を上げる。
「『……私は近衛第三隊を預かるメリッサ・レンフィールド。別に覚えていただく必要はございませんわ』」
「おお、メリッサちゃんだ! ずっと再登場を待ってたのにー!」
メリッサ・レンフィールドは優雅なカーテシーと共に劇中のセリフを再現する。実際の作品ではこのセリフしか出番が無い彼女だが、プロローグの『帝国滅亡』での存在感は一部のコアなファン層で話題になった。後に襲い来る敵を食い止めて戦死していたという情報が確定した時には、抗議の署名活動が行われたとか。
「お、広報さんか。メリッサ、一枚撮っといて貰おうぜ」
「宜しいですわよ」
登場シーンが欠片も被っていない強キャラ二人が劇中のコスチュームで背中合わせに立ち、画面へと鋭い視線を送る。このイベントの広報に相応しい夢の競演だ。一方、ファンサービスよりも交流を主とした俳優たちは、各々顔見知りと固まって話していた。
「お久しぶりです!」
「電脳戦潜のクランクアップ以来やね。また背ぇ伸びたんちゃう?」
「成長期ですからね、まだ伸びますよー」
朗らかに挨拶を交わすコニー・ブラッドリーとナハティ藤岡。終盤まで尺のない状況で、恋を演じる二人の打ち合わせは熱い。
「デレはたまに見せるのが良いんですよ!」
「そやけど、アイツの心情って、ゲルダちゃんと違うて見えにくいやろ?」
「回数じゃなく落差で攻めましょう。普段やらない分、二人っきりの時にデレッデレの甘声で囁いてくれるとかどうですか?」
そんな内輪の会話には応介だけだと入りにくいところだが、現場で知り合いの居るイリスが間に入る。
「すみません、ナハティさんとコニーさん。広報なのですが、少しお話をお伺いして良いでしょうか」
イリスに声を掛けられた両名は一瞬でモードを切り替えた。
「広報やったら、もう撮影が終わった電脳戦潜の話にしよか? 俺、実はもうちょっと攻めたキャラやりたかってん」
電脳漫才バトラーをやりたいと直訴したが門前払いだったと嘆くナハティ。
「あはは、その話ですか? お話を聞いてわたしも練習してたんですよ! なん、でや、ねーん! って」
「ちゃう、それゴルフの練習や」
超巨大武器で突っ込む練習をしていたというコニーがカメラの前で練習の成果を見せてくれる。いきなり濃い裏話が聞けて、応介もニコニコであった。と、そんなところに嵐が襲い来る。
「俳優さんは全員知ってますけれど、知らないお顔です。……さては、あなたが映画のプロデューサーさんですね!」
「え。ちが……」
「皇子と! レイウェスト皇子とトーラちゃんはこの先どうなるんですかー!?」
会場の熱気に充てられたのか、ぐるぐる目のトーラが応介に迫る。できるなら首を掴んでがくんがくんしたかったのだろうが、身長差が激しいのでスーツの第三ボタンあたりを握りしめる形になっていた。可愛い。
「……イリスちゃん、あの人Pじゃねぇよな? 誰?」
「別作品の俳優さんで、今日は広報で回っていらっしゃる応介さんです」
横では、ハヤト=ガラン=ヴォルファング役だった翔狼がイリスから事情を聴きだしていた。しばらくして誤解も晴れ、顔を真っ赤にしているトーラへ応介がマイクを向ける。
「え、ええと。レイウェスト皇子推しです! ライバルは手ごわいですけど、頑張ります! あ、あくまでも作中の話、ですよ?」
小さい体で両腕をぶんぶん振りながら宣言する姿は、周りからも微笑ましく見つめられていた。一方、状況を理解した翔狼はイリス同様に手伝いを申し出る。
「仕事で大勢女優さんにアプローチできるとか、やらないわけがない」
力仕事なら任せておけ、と機材を軽々運ぶ翔狼はディアンの次世代の肉体派俳優だ。スタントやCGを使わないスタイルは、古い映画通からの受けもよい。お供を増やして向かった次の人だかりには、ロジーヌとジョエルのヴェルジー夫妻がいた。
「結婚の切欠はこの作品なんだ。『AnnihEpica』は俺にとって縁結びの神かな」
「ふふ、幸せです。お腹の子はもうすぐ8か月かしら?」
「来週の水曜日に8か月になるよ」
「教えてくれてありがとう、あなた。今は安定しているのだけど、こういう席でお酒が飲めないのは少し残念ですわね」
「うん。駄目だからね。欲しいドリンクや食べ物があったら言って。取ってくるからさ」
セクシー系の俳優と美女の電撃結婚がお茶の間を賑わせたのはもうずいぶん前だ。今も変わらず仲睦まじさをアピールする2人に、俳優仲間の翔狼がジト目を向ける。
「今でこそこうだけど、妊娠初期の頃はロジーヌ少し荒れてたよな?」
そう聞けば、ジョエルがみるみる萎れた。妊婦が不安になるのは初めての子の時は仕方が無いし、ロジーヌが特に酷かったわけではない。が、旦那のジョエルの方は当時を思い出すだけで泣けてくる様子だった。
「ああ、やっぱり周りから見ても分かるくらい辛かったんだよな。俺、何もできなくって。その頃は自分の情けなさに泣いてばかりでさあ……」
「でも、そんな姿を見ていると悪阻も忘れてしまって、彼への愛しさで胸がいっぱいになったのよ」
「ロジーヌ……」
感極まった様子のジョエルの背後に高速回転する尻尾が見えたような気がしたが、彼の役はヒューマン。翔狼とは違い、役柄の上でも尻尾はない。
「可愛いでしょう彼、独占しちゃってごめんなさいね」
くすくす笑うロジーヌは幸せ一杯の様子であった。
●
挨拶周りも終え、プライベートゾーンに引っ込んでから、改めて【白椿】の四人組+一匹は祝杯を挙げていた。エルドラゴ以外は20歳未満なので、手にしているのはトロピカルなジュースである。
「ここからが正念場だな。現場でも作品でも、皆で協力して乗り越えていこう!」
「うん。アニエピカもいよいよ最終回が間近だもんね……」
エルドラゴが音頭を取ると、グラスを合わせたピピが感慨深げに頷いた。足元でにゃあとタマさんが鳴き、さらに横からこつんとグラスが2つ。
「今年も皆と集まれて嬉しいよ」
「ボクも、皆と一緒にパカデミー賞に参加できて嬉しいんだよ」
「うん。また来れるように次の仕事も頑張ろう」
若葉の声にピピが勢いよく頷く。次の年への抱負を口にした薙と、乾杯の音頭を取ったエルドラゴもまとめて抱き着いたピピは、ドリンクを一気に飲み干すと嬉しそうにプールへと走り出した。元気いっぱい楽しむ様子に、周囲の客も微笑ましげだ。
「ボク、泳げるようになったんだ!」
「すごいじゃないか! っと、滑ると危ないからゆっくり行くんだぞ!」
心配げなエルドラゴへ頷いて最後は歩調を落とし、ゆっくり水へ入るとばちゃばちゃと泳ぎだす。見守る他の三名の飲み物はまだ半分は残っていた。
「お、上手くなったじゃん」
「……ね、日が落ちたらちょっと抜けない?」
のんびり眺める若葉へ、薙が小声で囁いた。そんな恋人たちのやり取りが聞こえてか否か、デッキチェアのエルドラゴは泳ぐピピから目を離さない。何かあったらすぐに助けに入ろうと身構えつつ、片手はくつろぐタマさんの背を撫でていた。
「見ててねー!」
「見てるぞ」
「見てる見てるー!」
ときどき足をついてから手を振ると皆から帰る言葉にどや顔を返し、再びピピは水柱を上げ始める。実に楽しそうな様子に、最後まで心配そうだったエルドラゴもほっと力を抜いた。
「この後はビーチボール? バナナボートも楽しそうだし、一通り色々遊ぼうよ」
元気に言う薙に、疲れたら一緒に昼寝も悪くないな、とエルドラゴが返す。わかったような顔で猫がにゃあと鳴いた。
●
「フレンド登録してある俺のパーティ、アメリアのに属性合わせてコンボキメれるようにしといたからよ、周回の足しに使ってくれや」
デイリー消化程度は済ませたいと画面に向かうアメリアへ、ディエゴは当たり前のようにそう告げた。
「あら。いつもありがとうございます。これなら、行動力を使い切るのにもそう時間は掛かりませんね。……電子機器は巧みに使いこなしているのに、不思議なものですわ」
喜ぶアメリアの横顔を、まさか老化の進行を疑われているとは知らぬディエゴは満足そうに見守っている。見守りつつも周囲の確認も行うという器用な事をしていたディエゴは、遠くで【白椿】が乾杯に使っているトロピカルドリンクに目を留めた。
(ノンアルカクテルか。今から注文すりゃあ、ちょうど周回終わったあたりで出来上がる。あとは話題か……。今日だと、撮影の話に興味がありそうかね)
ディアンやハヤトといったアクション俳優に目が行っていたことも気づいている。自身が「白き悪魔」役でこなしたスタントの話題なら、アメリアは喜ぶだろうか? などとあれこれ気を回しているディエゴにアメリアは気がつくことはないまま、快適な一日を過ごすのであった。
●
一方、『AnnihEpica』出演俳優を渡り歩く応介の旅はまだ続く。顔の広い翔狼が声を掛けたのは、アドリブで父の息子のサイズをばらしたコニーとそれ以来、下半身に注目されるようになったルースの親子である。
「ち、父の事は尊敬していますし、役でもオフでもとっても素敵なパパなんですよ」
「それは嬉しいですが、皆様にご迷惑をお掛けした事には関係ありません。本当に、申し訳なく思っております」
下半身丸出し変質者に遭遇したシーンでの「父さんの方が大きい」発言はコニーのアドリブである、と公表されており、それは実際にそうではあるのだが、だとするとそのアドリブは何から出たのか、と言う問題になる。この父さんとは、コニーの父であるルースなのか、コルネリウスの父であるフェアロスなのか。更に言うなら、比較して小さいと言われたのは役柄上のモノなのか、変質者役個人のモノなのか。謎は深まるばかりである。
「……ええと、つまり、実際に変質者役の方よりも……?」
「ノーコメントで……」
応介の確認に困ったように眉を下げるルースだが、コニーと共演できること自体は嬉しいらしい。子が親と同じ仕事を目指してくれるのは嬉しいことですよ、と言われてもインタビュアーの応介も、イリスも翔狼も独身なのでわからない。が、二人の幸せそうな様子は見れば分かった。
「そう言ってくれるお父さんは羨ましいですね、コニーさん」
「でしょう!」
「ところで、このあとあっちのサウナに行かないか? そこの優劣はハッキリさせておきたい」
「ええと、その話題を広げるのは止めておきましょう。誰も幸せになりません」
イリスとコニーが笑顔で言葉を交わす。その脇では、話題的に男のプライドを刺激されたらしい翔狼がルースにやんわりと謝絶されていた。ルースの表情が話題にうんざりした作り笑顔なのか、それとも絶対勝者の余裕の笑みなのかは、応介には分からない。が、別に分かる必要が無いと言えば、それはそう。
●
「やっぱり、演じるって楽しいですよ!」
鳴上 旭は笑顔で言う。もともと声優畑だが、『AnnihEpica』以降少しづつ俳優の仕事も増えているのだという。
「身長柄、どうしてもできる役が少ないんですけれど、いろいろチャレンジしていきたいですね」
「鳴上さん、前向きですごいんなぁ。うちも、何か頑張らんとさぁ」
同じく『AnnihEpica』が俳優デビュー作の春咲 翼が、感心したように頷いている。声の仕事の経験はあった旭と違い、翼は正真正銘のデビュー組。以前はスポーツ選手だったが負傷により引退し、女優に転向したという異色の経歴の持ち主だ。
「まだこっちに仲の良い友達おらんに、また話してくれると嬉しいさ」
「こちらこそ!」
などと言葉を交わしつつ、訪れたのはケーキコーナー。スパ設備に目が行ってしまうが、バイキングコーナーも充実しているのだ。せっかくだからと着飾って参加したものの、知らない人ばかりの空間で疲れた翼が癒しを求めて向った先は和菓子コーナー。さすがにセレブなパーティであり、質もよい。
「ん、これは美味しいさ。見た目も可愛いし、どこのお店か聞いたらお土産にできんね?」
「あ、本当です。スタッフさんに聞いたら教えてくれるでしょうか」
二列向こうで2人の会話を耳にして、波多 光希が口元をほころばせた。劇中の役柄『デゼスポワル』役で一緒にいた子役たちが目敏く見つけて覗き込む。
「ありゃ、光希くんなんか嬉しそうー」
「ちょっと嬉しそう!」
「え、そうかな?」
光希は『デゼスポワル』の中では年長ゆえに、年下の子らに揶揄われる機会はそう多くはない。口角が上がっているといわれて手で触れてみれば、確かにそのようだった。
(実家の話は、口にしない事にしてるけど。でも、美味しいって言われるのは嬉しいかな)
翼が絶賛し旭もうなずいていたのは、実家の老舗和菓子屋の新作である。和の物に縁深い光希の次の目標は東京インソムニアへの出演だとか。万が一スタッフが見つからないようなら、マイルールを破ってこっそり教えるくらいは良いだろうか、などと悩んでいた。
●
日が暮れた波打ち際では、薙と若葉が並んで星空を見上げていた。
「最初の方にも海のシーンがあったね」
「あったね、一緒に貝殻を探して……、懐かしいなぁ」
懐かし気に過去を振り返る。光る貝殻に、あの日も今日のような綺麗な星空だった。思い出話で穏やかな時が過ぎる合間に、「……また海に行きたいね」と、緊張で少し背筋の伸びた薙が口にする。その僅かな堅さに、若葉は気づいたかどうか。
「……うん、2人でまた行こう」
眩しい笑顔でそう返した若葉の手を、薙が嬉しそうに取る。その手を、若葉がそっと握り返した。肩を寄せた恋人達は、寄せては返す波音と降るような星空に包まれている。
ちょうど同じころ、早めに家路につく俳優の中に、ディアンの姿があった。幸福そうな恋人達が見えたわけではないだろうが、遠くの海岸へ愉しそうに目をやるとため息を一つ。
「ああ、本当に……。夢みたいな映画だったぜ」
「お兄ちゃん、遅い。お土産はー?」
再び前を向けば、迎えに来てくれた両親と妹が手を振っていた。
【執筆:紀藤トキ】
●ビーチの片隅にて
実写版ホワイトレターに出演した実力派中学生俳優、瓶子 晶。彼は今、先輩俳優安藤シンの、ある練習に付き合っていた。
「ワシの女になれ」
「……」
シンの言葉に、晶は思わず口を噤む。
「……すまん」
シンが両手で顔を覆って謝った。怖さに定評のある容貌で、以前は特撮の悪役、今は任侠物で活躍するシン。だが今やっているのは、シンのプロポーズの練習だった。
晶はうーんと唸る。憧れの大先輩を手伝えるのはとても嬉しい。だからこそ言わねばならぬこともある。
「組長の口説き、って感じで僕はすごく好きなんですけど、プロポーズとしてはその、ダメですね……」
シンが顔を覆ったまま小さくなる。
「いやうん。わかっとる。今のは冗談じゃ。テンパっとるんじゃ……」
「まずその任侠設定から離れません?」
シンは覆った手の下でもごもごと台詞を確認し、よっし、と顔を上げた。
真剣な眼差しで、想いを込め、言葉を紡ぐ。
どうにか言い終えて、口を閉じた。
「……今の、今のすごく良かったです! 最後ちょっと照れちゃいました」
これがリアルな大人の恋愛かあと笑顔になった晶に、シンも顔を緩め安堵の息。深く吸って、ゆっくり吐いて、シンに言った。
「練習相手ありがとな。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい。頑張って!」
新たな縁を結ぶため、いざ。
***
「急にプロポーズ始まったと思ったら」
「練習でしたねー」
「上手くいくと良いですねぇ」
明本 魅美と定松 督は、いかつい俳優がそわそわしながら出陣したのを微笑ましく見送る。魅美は督に振り返り、話を続ける。
「で、こっちも練習というか相談なんですけど……あ、でも今オフか」
すみません別の日にと言いかけた魅美の言葉を遮る督。
「別に良いですよ。時間あるんですし」
「そう? じゃあお言葉に甘えて。次やるやつ、適当にアドリブ入れろって指示入ってたじゃないですか。みゅみゅあんなら貫君に頭突き一択かなって」
「あーなるほど。それじゃあれだ、頭突き直前に一瞬顔が近づいて、貫が見惚れちゃって、回避とかもできないわけね」
「顔が急接近したら確かにそうなりますよね」
「もう貫は完全に浮かれてる感じだ」
督の言葉にふむふむと頷き、魅美も自分の役の思考を辿った。子役上がりの身、もはや子供の頃から慣れ親しんだ作業である。
「みゅみゅあんのほうはいつも通りを装いつつ、心の中では浮かれる貫君に苛々してる感じで……あ、ちょっと練習しておきます? 頭突きのとこ」
「……練習は……止めとこう……撮影前にこぶできたらほら、怒られるし」
スーツアクター志望だったこともある督。アクションの課題で頭突き込みの流れを一人で練習中、うっかり巨大なたんこぶをこさえた在りし日を思い出し、思わず遠い目をするのだった。
●懇談パーティ会場にて
松川ユウは、事務所の先輩が挨拶回りに行っている間、会場の端をふらりと歩く。
闘病から復帰後のハードな初仕事が響いて体が重い。このパーティーも狩野の誘いでなければ出席しなかっただろう。
会場の片隅で壁へ背を預けて休んでいると、体格の良い赤毛の外国人が来た。実写版ホワイトレターに出演したヴェルディオ・ビーツ。シリアスな戦闘シーンを盛り上げた外国人役者。原作キャラと同姓同名で、顔まで似ていて大人気という話は松川も聞き知っている。
「俺もここでひと休みして良いか?」
流暢な日本語で話しかけてきたヴェルディオに、松川は微笑を返した。
「ええどうぞ。お気遣いなく」
ヴェルディオが会場を眺めていると、向こうの女優が振り向いて満面の笑み。視線の先、親しげに手を振り返したのは隣の役者。なるほど。
「『お似合い』というんだったか、こういうの」
「え?」
「彼女、とても嬉しそうだったから」
「棗さんが僕を、ってことですか? まさか。あの人にはもっといい人がいますよ。頼りになる先輩なんです」
「ああ、可愛がってもらってるってやつか」
「そうそう」
笑い合った後はお互い喋らず、一時の憩いを心地良く共有。シャンパングラスを傾けるヴェルディオは、俳優らが挨拶を交わす眺めにホワイトレターの世界を重ねた。
(“俺”があの世界にいたとして、何かを成し遂げられたんだろうか)
特務局員のヴェルディオは戦い続け、友らと進み続けた。
(俺には俺の道がある、か。歩いた跡が道になるとも言うしな)
声優に女優にと活動の幅が広い狩野棗は漸く挨拶回りを終え、松川と合流。
「お待たせ。ごめんね、本調子じゃないのに。体大丈夫そ?」
「ええ。ゆっくりさせていただいてるので」
にこりと笑む松川を見て、やたらと心が踊ってしまう。
でも後輩を可愛がる以上のこの想いは、なんとか隠さねばならない。彼はタレント、スキャンダルで彼の道を邪魔してはいけないのだ、絶対に。
自分に釘を刺す。ともすれば笑み崩れそうになる顔を隠すように、松川の横に並んで言った。
「気をつけないとね。今が一番大事な時期なんだから」
健康に仕事にと難しい道を行く彼を、近くで支えたいから。
***
「……ということがありまして」
「へえ。それで?」
クールなモデル刹那にしおしおと弱音を聞いてもらっていた、ハーフの若手俳優山下・エミリア・加恋。
「どうしても思い切れなくひえっ狩野棗さん!」
突然視界に入った声優の顔に思わず名前を口走り、慌てて刹那に向き直る。が。
「狩野棗? 電脳戦潜のファラーシャとかやってる人!?」
刹那のテンションと口数と喋る速さが跳ね上がっていた。加恋は目を丸くして、刹那はしまったという顔をした。互いのアニメ好きを知り、以降のお喋りは遠慮無し。
「狩野さんのラジオご存じですか?」
「知ってる! 先週の聖地巡礼の話は神だったな」
「意気投合ポイントそこなの? ってもう楽しくって」
「あとなんでアルパカの被り物持ってきてたんだスタッフ」
「ほんとに。あ、そういえばこの前……」
加恋がスマホで画像を見せた。
「ゴンドラ? 日本だよな……もしかしてホワレの作画スタッフが取材したってやつ!?」
また早口になった刹那に、加恋が頷いた。
「ロケ先で丁度体験会があって、ロケの後で乗せてもらったんです」
「うわああ良いなあああ!!」
心底から羨ましがっている様子の刹那に思わず笑った加恋だったが、刹那の肩越しに見つけた役者の顔にまた飛び上がった。
「せせ刹那さん、後ろにホワレの実写とアニメ兼任の、あのあの!」
「えっマジ!? 誰!? あっほんとだハブリエルさん!!」
***
今、誰かに呼ばれたような。ハブリエルが振り返る。こちらを見ていた日本人の役者たちに、歌劇団出身の女優らしい完璧な笑顔を披露して手を振り、また歩き出した。
足がドレスの裾に引っかかる。
「おっと」
壮年ディレッタントの役の動きが体から抜けていない。
「ハブさん? ハブさんですよね?」
また呼ばれた。ぱっと振り向くと、よく共演した動物プロダクションの調教師、コピアナの姿があった。
「コピちゃ……いやコピアナさん! ケオケオも!」
こっそり付けていたあだ名でうっかり呼んでしまった。今度は足元に気をつけながら駆け寄り、わーっと声を上げながら腕を広げれば、コピアナも嬉しそうに腕の中へ飛び込んでくる。二人はぎゅっと思い切りハグ。肩にワオキツネザルのケオケオを乗せたまま、コピアナが顔を上げた。
「あの、撮影では本当にお世話になりました。バタバタしてきちんとお礼も言えてなくて」
「こちらこそとても助けられたわ、本当に有難う。勿論ケオケオもね!」
「わ、なんだか役とは全然雰囲気違って驚きました」
「ふふ、確かに」
「でもケオケオは気づいてたみたいです」
「そうなの?」
「ええ。だって撮影の時からずっと、とっても懐いてましたもの」
「そっかぁ」
動物を見るプロの言葉に嬉しくなるハブリエル。
「ケオケオはほんとに賢いなぁ。また遊ぼうね」
肩でご機嫌なポーズになっているケオケオの頭を順に撫でる、ハブリエルとコピアナ。何の因果か、ケオケオだけでなくコピアナまで出演したホワイトレター。貴重な時間をハブリエルと共に過ごせて良かったなと思いながらコピアナはケオケオにおやつを渡していた。
***
バイキングのデザートにチーズケーキが無いとキーキー文句を言う少女が居た。四歳から芸能界で活躍する佐波しとりである。
笑って話を聞いてやっているのは壮年の映画俳優、一 錦。
「そんなに食べたかったんだ、チーズケーキ」
「メニューに載ってたから楽しみにしてたの!」
「ってことは余程人気だったんだな。ウェイター呼んで追加があるか訊いてみるか」
「そこまでしなくていいわよっ! 私が食いしん坊みたいじゃない!」
むきー! と怒るしとりは、どこからどう見てもただの駄々っ子。錦は堪らず、その色香漂う美貌をくしゃりとさせ、ふっふと笑った。
「ん? 君、もしかして『しとりん』か。こんなところで会えるとは」
ファンの間でのあだ名で呼ばれ、しとりが癇癪を引っ込める。やってきたのはホワイトレターで活躍したベテラン、加藤。その穏やかな顔に浮かぶ喜色を見て取り、同じ業界かつ年上のファンは貴重、と、しとりは即座に猫を被った。
「はい、佐波しとりです! 初めましてー!」
「初めまして。スーツアクターの加藤だ。……そちらの方はもしかして、昔バンドマン役で映画出てなかったかな」
その言葉に、懐かしい、と錦が微笑を返す。
「『Rock-On』でしょうか」
「そう、それだ。お会いできて嬉しいよ」
一頻り話をして、しとりと錦は交換する名刺にサインを書いて渡す。初老の紳士は嬉しそうにそれを受け取り、待ち合わせ場所へ向かったのだった。
加藤が会いに向かったのは、ふんわりお嬢様系俳優ディアディア、そして加藤の弟子で爽やか新米スーツアクター&スタントマンの忍足がいるコミュニティ広場。
「やあ、また皆さんと会えて嬉しいねえ」
「今年もまたできるんですよね」
穏やかに言う加藤に、ディアディアがにこにこしてそう言った。頷く加藤。
「彼らの物語はまだまだ続くからね。忍足、本編で掴んだ感覚は残ってるかい」
「勿論です。というか、サザリくんのアクションのお陰で僕自身の動きの幅が広がった気がします!」
「どんどんアクション上手くなってましたものね」
「へへ、有難うございます。お二人のバトルも凄かったなぁ」
ディアディアは普段の物腰柔らかな雰囲気からは想像もつかぬほど運動神経が良く、特務局員ならではの難しいスタントも自らこなしていた。
「加藤さんのお陰です。本当にやりやすかったんですよ」
ディアディアはそう言って加藤に礼を言い、手元のバッグからカードの束を取り出した。その中から二枚を二人に渡す。
「はいこれ、お手紙です」
「おや、どうもありがとう」
「ぼ、ぼくにもですか! 有難うございます!」
「他にもいっぱい、私とスタッフの皆さんで書いたんです」
「お、すごい。渡しきれなかったら霊障が大変なことになりそうな枚数だな」
茶目っ気たっぷりに言う加藤。
ディアディアが笑う。
「きちんと配達するので大丈夫です。よっしゃ、そんじゃこれ届けてくる!」
最後は『リディア』の口調で言って、人の海へと向かっていった。
「この後どうする?」
「特に予定は……あ、加藤さん、あっち盛り上がってますよ! ライブステージですって、ああいうの興味あります?」
「有るとも。さっき、映画のバンドマン役をやっていた俳優に会ってね。懐かしくなってしまった」
「へえ!」
「あとあの子にも会った、佐波しとり」
「『しとりん』!?」
「おや、同胞だったか」
「え、え!? あの、どこに!」
「あはは、懇談会場に居たよ。そっちから行こうか」
「是非!」
この一年で得た経験と人脈がまた広がる気配に、忍足はわくわくしながら頷いたのだった。
【執筆:柊コウタ】
スパリゾート・アルパカの宴会場ではキャスト同士の歓談を目的とした立食パーティーが開かれていた。
中央に数々の料理、端にバーカウンター、料理を取り巻くように円卓がいくつも並び、シャンパンやワイン、ジュースなどをトレイに乗せたウェイターがテーブルを回っている。
メディア立ち入り禁止エリア内のオーシャンビューの宴会場で、キャストたちはまったりとしつつも、セレブリティなパーティーを楽しんでいた。
「すみません、こちらよろしいですか」
ウェイターからシャンパンの入ったフルートグラスを受け取ったランドルフは、大勢で賑わうテーブルに顔を出した。
「ランドルフさんじゃないか、もちろんだとも」
長谷部 勉は吹き替えの仕事で共演したことがあるランドルフを覚えており、にこやかに右へ半歩ずれて、彼の場所を作って招く。
「ありがとうございます」
スマートにテーブルの仲間入りを果たしたランドルフは、同じ卓の面々を見回した。
「皆さん、『東京インソムニア』の共演者か、場違いだったかな」
と頭を掻くランドルフ。彼は『ホワイトレター』の声優としてこの場に招待されているので、出演作品が違うのだ。
「いいえ、とんでもない。歓迎しますよ。ランドルフさん、久しぶりですね」
同じく吹き替えで共演経験のある輪呑 幸が対面で落ち着いた微笑みでフォローする。
「このローストビーフは召し上がりましたか? 逸品ですよ。とても上手に火が通っていて、しっとりとしているし、ソースも美味しいです」
幸が自分の皿に乗るローストビーフを指す。
「幸は役でもプライベートでも料理好きだもんな」
と頷く、子役あがりの暮明 小路(音無 小路)は、他人に興味をひかれる性分のため、幸自身も『料理人の輪呑 幸』役と同じく料理が好きなことを知っている。
「ええ、料理演技指導は、プライベートでも勉強になりました。でも、料理人設定より『乱歩というPNを持つ推理小説同好会の一員』という設定のほうが、俺は気に入ってるんですけどね」
「へえ、そうなのか。当て書きとは聞いていなかったんだが、偶然の一致かな」
脚本家、月森 時雨は目を瞬かせた。彼の書いた脚本を、奇しくもこの卓の全員が演じたことがある。
「当て書きといえば、九十九さんが役でも無口なのも当て書きだったのか? 心情を語るシーンを書く時、口調に悩んだのを思い出した」
と時雨は九十九 一を仰ぎ見た。一のほうが背が高いので、自然とそうなる。
一は、さあ? と言うふうに肩をすくめた。眼差しで感情を読もうにも、彼の瞳は髪で隠れて窺いしれない。
「九十九さんはほんと、ミステリアスッスね。そういや今日、アンタの声、ひとつも聞いていない気がするッス」
呆れて小路は肩をすくめる。
時雨の書いた回で、一が心情を語るシーンは、めったに聞けない一の声が聞けたということで『バズった』くらい、一の発声はレアだ。
「逆に俺がやってる音無 小路はやべぇヤツッスよね~。当て書きとは真逆っての?」
小路が演じているのは『犯罪したい気持ちを報道することで誤魔化す』役だ。
苦笑しつつ小路は、幸おすすめのローストビーフをつまんだ。
「……加里生さん、大丈夫か? 貴方もあまり話せていないだろう?」
勉が右隣の加里生 煙に耳打ちする。共演しつつも犬猿の仲たる妻以外には人当たり穏やかなベテラン俳優こと勉は、周囲への気遣いも完璧だ。
「あ、い、いや、大丈夫だ。楽しんでる」
少し硬い面持ちでシャンパンを傾けていた煙は、慌てて首を横に振る。
煙は、特撮のサブキャラで芸能界デビューし、端役を渡り歩き、ついに『東京インソムニア』で一花咲かせたという経歴を持つ。俳優としてのキャリアはまだまだ短い煙は、並み居るベテランの中で緊張気味なのだ。
「ならいいが、あまり気負わずにな」
と勉は微笑み、軽く煙の背を叩いた。
「ありがとう。……あれ、向こうでなにか始まるのか?」
煙は笑顔で気遣いに礼を言うも、勉の背中越し――会場の中央あたりで撮影機材を持つスタッフが何人か集まりだしたのに気づいた。
「ん? 報道陣か? ここはメディア禁止のはずだが……」
「なんでしょうね」
勉とランドルフも煙の視線を追い、自然、他の面々もそちらを見やった。
カメラの前に笑顔で立つ男は、ハツラツとした声をあげた。
「どうも! ファンの皆さん、『東京インソムニア』化良・応介役の化良・応介です! 今日は、特別企画ライブ配信として、キャストの皆さんにお話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。そして」
化良・応介に向けられていたレンズが、隣のリリアに向く。
「アシスタントのリリアよ、よろしくね」
クールな表情で、リリアは視聴者へと手を振った。
「俺、出演している『東京インソムニア』はもちろんですけど、『ホワイトレター』も大ファンなので、今日のアシスタントが『ホワイトレター』のリリアさんなのも嬉しいんですよね」
応介はニコニコとリリアに笑いかける。
「なんたって、あの『奇蹟の150人』のひとりですからね、リリアさんは!」
リリアは『ホワイトレター』での役を高く買ってもらって、面映そうであった。
ンンッと咳払いして、照れを払ったリリアはいつも通りのクールな少女に戻り、進行を続けた。
「では、早速インタビューを始めるわ。まずは……アルフラミンゴ君よ」
とリリアが指す方角に、ばたばたと走ってくるアルフラミンゴ君の着ぐるみがいる。
「まだ撮影が残ってるの? やめてくれぇ!」
と大騒ぎで走っているアルフラミンゴ君の中身は、スーツアクターの桃井翼。
別件で着ぐるみを着せられているらしい。
「ようやく撮影が終わったから着ぐるみとおさらばできるぜ! と思ったのによォ!」
「普段のアルフラミンゴ君とは違いますね」
作中の彼しか知らない応介はあっけにとられている。
翼は、応介の横のカメラマンに気づくと近寄ってきた。
「あっ、カメラ! せめて俺の顔出してくれよォ! 俳優だぞこっちは!」
『アルフラミンゴ君に中の人などいません』という視聴者コメントが弾幕のように流れる配信画面を見せたリリアに、翼は悲鳴をあげ、悠々と歩いてくる白いドレスの女性に泣きついた。
「やだーっ! ほのかちゃん! 雨崎ほのかさん!? 助けてくれ~!」
雨崎ほのか(ホノッカ・ピオヴェッロ)は、あらあらと口元に手を当てる。
せっかく翼とお忍びでスパリゾートに来たと言うのに、暫く見失ったと思っている間に、彼はアルフラミンゴ君と化してしまったらしい。
外の報道陣から『桃井さんとの関係は?!』と問い詰められても、うふふと涼しい笑顔で受け流して、
「ケーキバイキングとかあったら行きたいなぁ」
と、立食パーティーにやって来たというのに……せっかくのお忍びスパなのに、これでは大騒ぎのてんやわんやだ。
しかしながら、助けを求める翼を見捨てないのがほのかだ。アルフラミンゴ君を庇うように、カメラと彼の間へとにこやかに割って入ると、ほのかはレンズに向かって笑顔で投げキスした。
突然のたっぷりファンサービスを受け、蜂の巣をつついたような騒ぎになる配信画面を満足気に見て、ほのかは翼の手を引く。
「さ、いきましょー。ケーキバイキングだよー」
「待って!? 着ぐるみ脱がせて?! アルフラミンゴ君、ケーキ食べられないフラよ!」
頑張ればアルフラミンゴ君姿でも食べられるが、こんな場所でくらいは生身で飲食したい翼であった。
時は少し前後して、パーティー会場の外、ほのかにあっさりフラれてしまった報道陣は、メディア立ち入り禁止エリアの境界線ギリギリで、蔵伊戸 獅子夫(レグルス・クライトン)と来栖 瑠那(ルナ・クライスト)のカップルを取り囲んでいた。
「何? 週刊誌!?」
「はい! 馴れ初めなど色々お聞かせください!」
『ホワイトレター』の共演後、電撃交際が発表された二人にぜひともコメントしてもらいたいと、今度ばかりは逃さぬ構えの記者たちに、獅子夫は苦笑して、瑠那を見やる。
デキる女は週刊誌対応もちゃんとする――瑠那はにこやかに、
「実は今作が初の共演ではないのでございます」
と切り出した。
「子役時代に一度だけ、共演しておりまして」
瑠那が報道陣に話しているのを見て、獅子夫も安心して話を継いだ。
「そうなんだ。まさかあの子と十数年経ってからこうして再会するとはな」
「監督、私たちの事知ってたのかしらね?」
「どうだろうな」
と見つめ合い、二人の世界を作ってしまうカップルに、記者もニコニコと、
「おふたり、とってもお似合いです!」
と言いながらボイスレコーダーを向けている。
「ええ、俺たち、いいパートナーになれそうです」
それじゃあ、と切り上げて、獅子夫は瑠那と連れ立って立食パーティー会場へと消えていく。
「ふふ、浮気したら許さないわよ」
という瑠那の声を聞いた記者たちは、アツアツだなぁと微笑ましく彼らを見送るのだった。
獅子夫と瑠那がパーティーを楽しみ始めた頃、特別企画ライブ配信のマイクは、聖愛理(Ary Cantus)に向けられていた。
「Ary Cantus役の聖愛理です! 『ホワイトレター』、無事終わってよかったです! でも沢山言いたいことがあるんですよ! 台本、ちょっとずつしか渡されなくって!」
とカメラに向かって愚痴を言う愛理の隣で、ヤークート・シャマー(ナーディル)は首を傾げた。
「どうして?」
十一歳のヤークートは、同じくらいの年頃の愛理について回っている。
「『生の反応が欲しいんだよね』ですって。なんですか! もう! 私もAryちゃんと一緒にハラハラしちゃいましたよ! あ、ヤークートさんはどうでした?」
愛理はヤークートに話をふった。
「ナーディル? そうだなぁ、基本的にエキストラだと思ってたから、メインシーンがあって驚いた」
朴訥とした片言で話す役を演じているが、ヤークート自身は流暢に話せる。
「ヤークートさんは、母語でも話してたけど、あれは?」
アラブ系イギリス人のヤークートなので、そのどちらかの公用語だろうか。などと配信のコメント欄が喧々諤々となるが、ヤークートの回答は予想外であった。
「両親の出身部族の言葉」
そうなんだ! と愛理と視聴者は初耳情報に驚くのだった。
「わ、こっちくる……かも」
クロエは、徐々に近づいてくる特別企画ライブ配信のスタッフ達にソワソワと周囲を見回す。
役では若いながらもしっかり者を演じるクロエだが、当の本人はあがり症でビビリなのだ。もしかしてインタビューを頼まれるかも……と思うと、クロエは緊張で食べている唐揚げの味もわからなくなる。
うぅ、と小さく呻くクロエに聡く気づき、
「もし来たならせっかくなんだし、インタビューに答えてあげなよ。ん? 何を話せばって? ……そうだなぁ、クロエちゃんはどんな人も演じられるんだし、演技論とかさ」
本業はコメディアンの佐々木 草二郎は、案ずるより産むが易しとクロエを励ました。
「えぇえ……こんな所にいてもいいのかなって不安なのに」
とクロエは絶望的な表情を浮かべる。
「演技論なんて……バステンさんみたいに立派なのは……」
とクロエがこそっと見やる先、ダニエル・ファン・バステンは、演技について熱い想いを懐き、名悪役として数多くの作品に出演してきた実力派俳優だ。
彼と劇団を同じくすることを、クロエは誇りに思っている。
「ん? そんなに気に病むな」
こそっと見やったはずなのに、ダニエルはすぐに視線に気づくと、体ごと彼女の方を向き、演技ではめったに見せることのない笑顔を向けた。
「大丈夫だ、クロエ。演じるときに心がけたことや気をつけていること、役に対する想いを話せば良いんだからよ」
同じ劇団に所属する者として彼女の実力は知っている、とダニエルは深く頷く。
尊敬する先輩に太鼓判を押されたクロエがようやく安堵の表情を浮かべたのを認め、笑みを深くしたダニエルは、今度は草二郎に水を向けた。
「それよりあんた、こんな所に居ていいのか? 大事な家族と来てんだろう?」
家族愛あふれるコメディアンとして有名な草二郎は、このスパリゾートにも家族を招待している。
「ははは、きっと向こうは向こうでエステにスパにと忙しくしているさ。もちろんパーティーがお開きになればそちらに行くよ。でも折角の機会なんだ……今は、二人と楽しみたいんだよねぇ」
草二郎は朗らかにワインを干した。
「見てよ、須藤さん。あっちのテーブルにいるの、安藤聖美とハリエット・クラドックだよ。周囲の大物オーラにあてられちゃうね」
菊水 理斗は、先日自分の担当になった新人マネージャーに話しかけた。
「そうですね。しかし菊水様も今をときめく俳優なのですから、決して負けておりません」
須藤さんこと須藤 メアリは、理斗のために持ってきたカナッペの皿を渡しながら、フォローを慇懃無礼キワキワで放つ。
しかしメアリが言うのも、嘘ではない。理斗とて、邦画やバラエティで売り出し中の俳優だ。
「ふふ、須藤さんの方が堂々としてて貫禄あるよね」
ぱくりとカナッペを一口で食べ、理斗は甘いフェイスであざとく笑った。
「ボクも見習わなくちゃ」
キメ顔だったが、メアリの表情は微動だにしない。
めろめろと担当に夢中にならないプロ意識と、事務所がいま売出し中の俳優を手厚く接待せよという社命を受けている割に媚びもしない凛とした態度に、理斗は内心感心する。
「とんでもございません。菊水様、お飲み物のおかわりはいかがですか」
感心されているとはつゆとも知らぬメアリは、中身が減ってきている理斗のグラスに目ざとく気づき、すかさず尋ねた。
「じゃあ、甘めのカクテルを。……そういう態度、信用してるよ」
バーカウンターへカクテルを取りに行こうとするメアリの背に、理斗はそっと声をかける。彼女に聞こえたのかどうか。
理斗たちの視線に気づかず、安藤聖美(那珂湊・沙夜)とハリエット・クラドック(リタ・ロイ)は優雅にワイングラスを傾けていた。
「……酔ってきちゃったわ」
まだワインは一杯目だし半分も減っていないが、聖美はテーブルにグラスを置くと、通りがかったウェイターのトレイからオレンジジュースを取って飲み始める。
「聖美は下戸が過ぎるわ。酒好き夜遊び大好きの役をやっているのに」
「役と本人は違うのよ」
と反論する聖美。演じる『那珂湊・沙夜』は金持ちだが、本人は一般家庭出身だというところも含めて違う。今でこそ聖美は世界クラスの女優だが、元はと言えば庶民なのだ。
「クラドックさんだって、自分はセレブだけど家賃を気にしてる役じゃない。というか、貴方が大酒飲みすぎるのよ」
「え?」
え? ではない。聖美がようやくグラスの三分の一を飲んだ間に、ハリエットは片手ではきかない数のグラスを明けている。
「外の風でも浴びない? この会場からテラスに出られるわ。海でも見ながら話すのはどう?」
ハリエットは、手に持っていたグラスを空にしてから、聖美を促して共に海に面したテラスへと消えていった。
「む。……美女とご相伴を……と思ったが一歩遅かったか」
ローディー(R・D)はさほど惜しくもなさそうにハリエットたちの背を見送る。
「ん? セレブ女優たちは……。挟まるのは野暮ってか」
ローディーの上司兼相棒役のジャン=D=ジョンソンが、彼の視線を追って納得の表情を浮かべた。
ジャンは役者として『東京インソムニア』に出演しているが、ドラマに出資した社長でもある。社長という身ながら名演をみせたということで、今話題の人物だ。
一方、ローディーは本名を含む全てが謎という役者、役でもデキる男ながら名は偽名で現職以前の経歴は不明という謎ばかりの人物。
「外に週刊誌の記者がいたな。俺もインタビューを受けたが……。君は、謎に包まれたローディーに迫る! なんて感じで追いかけ回されなかったのか?」
ローディーは薄く笑って酒を干す。
「……神秘性も男の魅力ってやつだ」
「はは、うまくやったようだな」
「ジョンソンは?」
「俺か? 作品についてコメントを求められたからな、こう言っておいた。『俺個人としても、この作品には可能性を感じてますよ』とな」
ジャンはそう言うと、ウインクしてみせた。
「はい、二枚目撮るよ~! こっち向いて~」
MOKARA(モカラ・ファミーユ)は陽気な声をあげ、スマホのレンズを共演者たちに向ける。
公式用の写真をたくさん撮りたいMOKARA、十七歳の役を演じているが本人はアラフォーだ。
「待ってください。このカクテルと一緒に撮ると映えるのでは?」
杏璃(ソル=アンリ・ファミーユ)はMOKARAをいったん制止し、一同に色とりどりのノンアルコールカクテルを配る。
グラスの縁に飾られたバナナにクローブが差してあり、まるでイルカのように見える可愛らしいドリンクだ。
「はぁ~、なまら垢抜けた飲み物だぁ」
田舎訛りがまだ抜けない似留 守(ニルス・ファミーユ)は、キラキラしたバエバエの飲み物に目を白黒させている。
「会場もキラッキラしてると、飲み物もキラッキラだなやぁ。負けずにキラッキラしねぇと事務所に叱られちまうべ」
顔は傾国と称されるレベルに整っており、最近は漫画・アニメ・ゲームを原作とする舞台で活躍する俳優として人気を博している守。
演技と違って写真は訛りが映らなくて助かる、と守はグラスを持ったまま、改めてMOKARAの向けるスマホレンズに笑顔を向けた。
「もっと寄って寄って~。はい、さーん、にー……」
MOKARAが『いち』と言う前に、わーん! と泣きながらアロエ(アロマ・ファミーユ)が彼らのテーブルに駆け寄ってきて、突っ伏した。
「どこいってたの? あんまりうろうろしてると迷子になるよ! パーティーに浮かれて悪い人に引っかかっちゃ駄目なんだから。……どうしたの」
幼いながらカクテルドレスにサングラスと精一杯の背伸びをしているねあ(ネア・ファミーユ)は、十二歳らしいツンツンしつつも可愛いおしゃまな口調でアロエに尋ねた。
「ねあさん! 聞いてくれます?!」
がばぁっと顔を上げたアロエは、渡りに船とばかりに話し始めた。
「ふふっ、ここはスパリゾートでしょう。急募、夫! いざプールへ! 水着で未来の旦那様を悩殺するのです。来週の芸能誌トップは清純派女優アロエ♡熱愛発覚で決定です! って思って……思って……」
つまりはナンパ全敗ということだった。なお、清純派女優はあくまでアロエの自称だ。
「わーん! ヤケ酒よ!!」
「残念でしたね、アロエ。私もヤケ酒には付き合いますから」
すっと流れるような動作でウェイターから杏璃にリレーされたシャンパンを、アンカーのアロエ選手、見惚れる速度で一気飲み。
この後、ザルのアロエのヤケに付き合った結果、杏璃は見事に酔い潰れるのだが、それはまた別の話。
「ヤケ酒? ジュースでもいいっぺか?」
杏璃がアロエを慰めていると、守もグラス片手に寄ってきた。
「ありがとう~! ファミーユの皆~! 私に手頃な殿方を紹介してぇ! 乾杯~!」
「乾杯~!」
微笑ましい様子をMOKARAは、にこにこと撮影する。
もちろんこれは公式にはアップせず、個人的に保存だ。
「アロエも帰ってきたし、改めて公式アップ用の写真も撮ろうよ!」
MOKARAは今度こそ、とレンズを向ける。
MOKARAを見て、自分もSNS用の写真が欲しくなったねあは、しゅばっと自撮り棒を取り出した。
「ほら、ねあも自撮りあげるんだから皆ももっと寄ってよね!」
「少々お待ちを!」
アロエも女優、さっきまでのグシャグシャな顔をハンカチでひと撫ですれば、皆様御存知の清楚な美女に元通り。
アロエに加え、元モデルの杏璃、顔の整ったニルス、明るく可愛い童顔のMOKARAと綺麗どころが、愛らしいねあの周りに集まって、はいパシャリ。
SNSにあがった『ファミーユ家の写真』はもちろん大バズリしたのだが、端っこにLucille・Rouxらしき人物が見切れていたので別の意味でも話題になった。
Lucilleは『東京インソムニア』で毎話どこかにちらっと映っているという、知る人ぞ知るマニアックな役を演じている。局地的に人気のバイプレイヤーだ。
ドラマ放映後には、SNSで必ずハッシュタグ『今日のルシールを探せ』として、画面キャプチャが盛り上がる。
以上の事情で、ファミーユ家の写真は、『今日のルシールを探せ』番外編だ! と『東京インソムニア』界隈でもバズったのであった。
また、特別企画ライブ配信でもLucilleが要所要所で見切れていたため、配信アーカイブは『今日のルシールを探せ』カルト編としてファンの間で大いに人気を博したという。
【執筆:ほふる、】
スパリゾート・アルパカ、プールサイド。趣向を凝らした大小のプールの傍にはセレモニー用の特設ステージが設けられ、一帯は華やかに着飾った招待客で賑わっている。
「リゾート丸ごと貸切なんて凄いよね!」
同業者達の屯するテーブルに歩み寄り、園田 久実子は言った。役柄も含めてジャージ姿が目印のような久実子だが、今日は水着の上から上着を羽織った祭典仕様の出で立ちだ。お疲れ様です、と冷えた紅茶のグラスを掲げて、三島ブレンが応じた。
「お一人ですか?」
「ううん。夫と一緒に来たんだけど、はぐれてしまって」
「それは、見つかるといいですね……」
同じテーブルの反対側で、田村 花がおずおずと口を挟んだ。プールサイドには飲み物が完備されており、関係者達は思い思いにパーティーを楽しんでいるようだ。
そこへ――撮影機材を担いだスーツ姿の男が一人やってくる。
「ご歓談中失礼します。広報担当の化良・応介といいます。少しお話を聞かせてもらえませんか?」
「あれ? あなた、以前どこかで……」
首を傾げたブレンの表情にはっとして、眼鏡の青年は少しだけ照れ臭そうに頭を掻いた。
「一応、俺も出演してはいるんですけどね。元々は作品や役者の皆さんが大好きで……今日も、皆さんの姿を画面の向こうのファンの人達に届けたくて志願したんです」
それで、とマイクを差し出して、応介は続けた。
「早速ですが、皆さんはどういうきっかけで『インソムニア』に?」
問われればついと手元のグラスを呷って、ブレンは言った。
「こう見えて、元スタントマンでして。階段落ちのプロ、なんて言われて――戦隊モノの撮影で、高い所からプールに落ちたりもしましたね。その辺を買われて、ウルザード役に拾って頂いたんですよ」
最近は他作品のアクション指導なんかもしています、と笑えば、応介は興味深そうに頷いた。それに続けて、久実子が語る。
「僕は『インソムニア』の主題歌を歌ったのがきっかけかな。それからエキストラになって、役をもらって……感慨深いよね。きみは?」
「あ、わ、私はあくまで裏方なんですよ! でも……」
衣装や小道具の制作、手配を担当する花は、その仕事ぶりで評判のスタッフだった。それは今でも変わらないのだが――。
「ハナ役の演者さんがドタキャンしちゃって。代打ってことで私が出たら、なんか受けちゃったんです。私が出た回を録画して親戚中で鑑賞会してて、恥ずかしくて……」
両手で顔を覆いながら、けれども、出演したこと自体は後悔していないと花は続ける。
「衣装の動きやすさとか、丈夫さとか、画面映えとか……現場でしか判らないことも沢山あって、凄く勉強になりましたから」
正に、人に歴史あり。せっせとメモを取りながら、もっと教えて下さいと応介は言った。好きなものに一生懸命なその姿は、まるで少年のように輝いている。
「ところで、乃木平さんは朔真さんを尊敬されているとのことで……」
「! 聞いて頂けますか?」
記者の質問に食い気味に応じて、壇上の娘は満面の笑みを浮かべた。そしてたおやかな口調から一転、興奮気味に語り出す。
「スピンオフ作品の『アポカリプス・ゼロ』はご存知です? 女性役という所ばかり注目されていましたけれど、それより何より朔真さんの惚れ惚れするような身のこなし! あの作品では、それがよく出ていたんです」
乃木平 乙女。『東京インソムニア』で同名の役を演じる演技派女優は、共演のアクション俳優、朔真の身体能力に相当、惚れ込んでいるらしい。実際、スタントを使わない迫力あるアクションで評価を得る朔真もまた注目を集める若手の一人なのだが――真横でこうも褒めそやされるのは、少々むず痒い。
こほんと小さく咳払いして、朔真は言った。
「まあそれはともかく……観る人の思い出に残る作品に一役買えていれば、俺は嬉しいですよ」
続けようと思えばいくらでも続けられるのだが、今日はこの位にしておこう。居並ぶ記者達に視線を合わせ、乙女はにこりと笑って言った。
「インソムニアはまだまだ続きます。これからの二人の関係の変化を、皆さんも楽しんで下さいね」
「そうですね。乙女……乃木平さんの好演と合わせて、期待してて下さい」
そう言って、二人は一礼した。息の合った仕種はまるで、画面の中の二人が外の世界に飛び出してきたかのようだ。
一方その頃、隣接ステージ。
「あの二人、付き合うんだ? って思いましたよ、台本渡された時」
鈴を鳴らすような声色で、八木響子は淡々と記者の質問に応じていた。その隣には、このほど作中で晴れて恋人と相成った相手役、玄野 翔の姿も見える。はははと鷹揚に笑いながら、翔は重ねた。
「だよねえ、オヤジ目線になっちゃうけど、鏡子ちゃんほんとにいいの!? って思わずツッコミ入れたっけ」
見た目こそ二十代と見紛うほどに若々しいが、この男こう見えて子持ち、かつ業界歴四半世紀を超える色々な意味で経験豊富な大御所だ。その彼に相応しい相手役として、この数年で実力派女優として頭角を現し始めた響子が抜擢されたのだが――。
飛び交う質問に記者達の顔を見渡し、片眉をひそめて響子は言った。
「相手の役が実際いたら、ですか? いえ……彼、多方面に危ないお兄さんですので、現実にいたらはちょっと……まあ、顔は好きですけど」
「えっ、褒められちゃった。ホントに好きになっちゃ駄目だよ?」
「ご心配頂かなくても大丈夫です」
すげなく応じれば『だよね』と一頻り笑ってから、翔は記者達へ向き直った。
「俺は……どうだろうねぇ。あの子を満足させてあげられるほど刺激的でもないし」
目の前にしてみないと分からないけど、と含みを持たせて、大御所は悪戯っぽく片目を瞑った。ドラマを彩る俳優達の零れ話は、まるで尽きる気配がない。
「杏子は普段とちょっと毛色の違う役柄でしたね。悪女というよりは色気のある強い女性な感じですから……」
記者達が見守る壇上に三人の俳優達が座っていた。向かって左端には、ドラマ内でIT会社STLNの社長『鴨井 蓮』役を務める俳優の郡上清司。その隣には、蓮の従兄で服飾デザイナーの『嵯峨 鳩羽』役、夜兎。そして今まさに右端で語っているのは、二人の縁戚の伯母で作家の新橋 杏子を演じる柳 律である。
「書く物に関しても、しっかりした基準があるんだろうなぁと。ハッピーエンドの解釈は難しいですけどね」
自分が『良い』と思ったものを譲らずに貫く、そういう強さが『杏子』にはあるのかもしれない――そう言って、律は妖艶に口角を上げた。二人はどうと水を向ければ、夜兎が大きく手を挙げる。
「俺は本業ドラマーなんだけど、面白そうだから引き受けたんだ。そしたらまさかのデザイナー枠で笑ったよな! 鳩羽の我が道を往く感は素の自分にも通じるものがあるから、その『軸』のところ把握したら演技の方はどうにかなったけど――でも、ホラーでビビれ怖がれってのは難しい!」
「夜兎さんはホラーお得意ですからね」
からりと笑って語る同い年の『従兄』に釣られるように口許を和らげつつ、清司は後を次いだ。
「私はこれがデビュー作なので、最初はあまり色々と考える余裕はありませんでした。こんな所に呼ばれる日が来るなんて思ってもみませんでしたし……何しろ本職は、樹木医なもので」
芸能界のような華やかな世界には凡そ縁がないものと思っていたと、人好きのする穏やかな笑みで男は語る。その表情は、役柄で演じる豪快な姿とは対照的だ。ちらりと二人の共演者に視線を送って、清司は続けた。
「蓮は根本的に他者に興味がない人間なんです。でも、親戚はまたちょっと違う位置にいて……そういう自分に懲りずに付き合ってくれたことに関しては、多少は感謝してるんじゃないかな」
「鳩羽からすりゃ蓮は振り回しても何だかんだ付き合ってくれる相手って認識だな。逆に杏子姉は逆らえない人。気が合う時は爆走すると思う」
「ふふ、振り回してすみませんね。でも、当然の如く二人を巻きこんでくのは、断られないと思ってるからなのかもしれません――断られたら、それはそれで彼女は自分の道を進んでいくと思うんですけれど」
互いに交わす視線には、長らく共演してきた三人の間だけにある信頼や尊敬の念が秘められている。
なるほど、と会話を一度引き取って、一人の記者が質問を重ねた。
「作中では御親戚関係の皆さんですが、プライベートでの交流もあるんでしょうか?」
「プライベート……そうですね」
丸眼鏡の向こう側の深緑の瞳を巡らせて、清司は少し考えてから応じた。
「夜兎さんは付き合いやすいですね。柳さんも、良い人なんですが……たまに心配になります」
「心配、とは」
どういう意味でしょうと首を傾げる律には、心当たりがないらしい。分かる、と笑って、夜兎が重ねた。
「柳さんはうん、演技はすげぇの演技は。憑依型っての? ギャップが凄くて、初めて見た時はびっくりしたわ」
「そういう夜兎君は、こう見えてしっかり者ですよね。色々と、注意もしてくれましたし……」
「ちょっと、あんまキャラじゃないこと言わないでもらえます?」
わざとらしい困り顔で夜兎は笑ったが、律はただ『本当のことなので』と返し、そして続けた。
「郡上くんは、真面目で良い子だなぁと思います。真面目過ぎて時々、それこそ心配になりますが……」
「あー、それな。真面目だからこそ休め? ってなんだよな。休憩時間も資格の勉強してたし……」
ちゃんと寝てる? と尋ねれば、はにかむように眉を下げて清司は黒い髪を掻いた。
「お蔭さまでなんとか。体調を崩すと皆さんにご迷惑をお掛けしてしまうので、そこだけは気をつけるようにしていますね」
「いや、ホントそういうとこだぞ清司君」
ともあれ――誰一人欠けても成り立たないのが、ドラマというものだ。彼ら自身は勿論、裏方のスタッフも、誰もが今日この場に集えたことは純粋に喜ばしい。共演者の二人、そして居合わせたすべての関係者に穏やかな眼差しを送って、律は言った。
「ここにいる皆で、これからも頑張っていきたいですね」
終わらない物語を、これからも皆で。願いを懸けて仰ぐ夏空は、どこまでも澄み渡っている。
移ろうスポットライトに照らされて、役者達が入れ替り立ち代りステージへ登っていく。インタビューに答える知人の姿を壇上に見つける度に、遠野 花音は惜しみない拍手を贈った。無防備な頬に何やら冷たい物が触れたのは、その時のことである。
「楽しんでいるか?」
振り返った女の眼前へハイビスカスの花咲くグラスを差し出して、遠野 北都が尋ねる。声の主が良人と気づくや否や円かな瞳を耀かせ、花音は大きく頷いた。
「うん、とても楽しいわ! 北都さんはどう?」
「俺はまあ、それなりに。元々、こういう場所は得意じゃないんだ……けど、花音が一緒だから」
苦手な人混みも、彼女と一緒ならば悪くない。そう思えてしまうのだから、我ながら単純なものだと北都は苦笑する。
アクション俳優の北都と、平凡だが一生懸命な一般人役の花音。役者としては畑違いでありながらも、『東京インソムニア』の中で夫婦役を演じる内に自然と付き合いは深まり、先日、二人は名実共に夫婦となった。今の彼らがあるのは正に、このドラマのお蔭と言ってもいいだろう。
困ったように微笑う翡翠の瞳を愛おしげに見つめて、花音は受け取ったグラスを手に囁いた。
「ありがとう、北都さん。……これからも、よろしくね?」
ずっと一緒よと穏やかに、告げる目元が花色に咲む。どんな試練も乗り越えて、ドラマの中の二人のように寄り添い支え合って生きていけたなら――それはきっと幸せなことだと思う。
【執筆:月夜野サクラ】
「海だー!」
イタリア生まれ日本育ちの子役キャロライン・ジーン(カジカ)は今、アニメ版『ホワイトレター』のカジカ役としても活躍している。
「この日の為におしゃれな水着を用意したんだ! 泳ぐぞ!」
大人の付き合いから抜けられない両親を置いて、元気波打ち際へ駆けて行く。
だが照明があるとは言え、夜の海はちょっと怖い。
迷っていると、背後でテンションMAXの声が上がった。
「スパリゾートですって!!!」
普段は遊園地のスタッフとして働いているNは、実は伝奇ドラマ『東京インソムニア』の出演者。
その過密スケジュールの故か、近頃のNには中々羽を伸ばす機会がなかった。
「丁度いい機会ですからフィーバーしますよ!!! おっ、其処に見えるはスイカじゃありませんか!!!」
しかもご丁寧に専用の棒と目隠しも添えてある。
「任せてください、Nちゃんが見事に割って魅せますよ!!!」
公式ルールに則り、目隠しをして5回と2/3回転――
「3回転半でも目が回りますね???」
そしてナビが不在の致命傷。
だがその時、天の声が!
「こっちだ!」
見事に破れたスイカを頬張り、キャロラインはNの腕を引いて次の目標へ。
「あっちでなんかステージやってるぞ!」
『東京インソムニアの来期主題歌を担当するアーティストは――』
鳴り響くドラムロール、走るスポットライト。
授賞式後の重大発表に、会場は沸騰する。
そんな喧騒を逃れて漸く今、アイドルグループ「SKY」の4人はリゾート仕様に着替えて、メディア立ち入り禁止エリアに腰を落ち着けていた。
「流石インソムのネームバリューは凄いな」
リーダーの畔上 蒼翔が、ビーチに並んだデッキチェアに身を投げる。
新曲リリースの予告会見であれほどの騒ぎになったのは初めてだ。
「新メンバーの発表も効いてたよな!」
傍らのテーブルに4つのグラスを置きながら、結城・晴天が言う。
「発表って言うか、僕だけシルエットだったけどね」
件の4人目、注目の新メンバーが小さく笑う。
天野川・煌、芸名を「星 あきら」という、訳あって正体を隠し男装で活動する最年少の16歳だ。
彼の顔出しは、ドラマの放送と同時に解禁される予定だ。
「ま、それはそれとして!」
晴天が「いかにも」な感じに南国の花が飾られたグラスを皆に勧める。
「夏だ! バカンスだ! リゾートだ! とりま乾杯しよ、乾杯!」
「わ、おいしそー! 僕もトロピカルドリンク飲むー!」
3人が盛り上がる中、ただ遠野 昴流だけは皆のノリと展開について行けず、いつもの無表情で立ち尽くしていた。
「……何故スパ……?」
「いいなあ、スパとか大好きだぜ!」
「いや蒼兄、スパって温泉……」
「勿論それもあるが、ここは海水浴も乗馬もテニスもスケボーもボルダリングも出来るぞ!」
「蒼兄ほんと身体動かすの好きだよな……」
昴流の困惑などお構いなしに、晴天がグラス片手にポーズを取る。
「そーしさん撮って撮ってー!」
「写真? じゃあみんなそこに並べー! あ! きらは水濡れに気をつけろよ」
「大丈夫、濡れても透けないし!」
でも秘密がバレかねないから温泉は行かない。炎上ダメ絶対。
「……は? 写真?」
昴流は相変わらず流れに乗れていない――と思ったら今度は晴天がステージ発見!
「そんなん行くしかなくね?」
「じゃあひとつ歌うか!」
「……は? ステージ?」
「よし、晴天! 昴流のそっち掴んでくれ!」
「行こうぜすばるん!」
「いや、ちょっと待って、ここでーっああもう!」
蒼翔と晴天にワッショイされて、昴流はステージへ強制連行。
「ほらアレだよ、我らが新メンバーあっきーのお披露目も兼ねて……つかこーゆー場所で一度ライブやってみたかったんだよなー!」
「僕も歌って良いの?」
「まあここなら構わんだろ」
「やったあ!」
「新曲、みんなアカペラでもいけるよな?」
蒼翔の声に、あきらと晴天が「おーっ!」と返す。
「いくぞー!」
昴流は無反応が同意の印、歌が始まってしまえばもう半ばヤケだ。
(晴天も蒼兄もノリが良すぎ……きらもか……皆タフだな……)
などと思いつつ、実は一番ノリノリに見えたかもしれない。
ステージを堪能したキャロラインは、Nと別れて露天風呂へ。
そこには――
インソムニアで同名キャラを演じる八上 ひかりの首から上だけが、タライに入ってぷかぷか浮いていた。
「びゃっ!?」
その叫びに、生首が顔を上げる。
「生首じゃないよ~、デュラハンだよ~」
確かにひかりの夜の姿はデュラハンだ。
だがそれはドラマの話であって、特殊撮影やCGでそう見せているだけ……じゃ、ないの?
もしかして、本物?
「アイルランドから出稼ぎに来てるんだよ♪」
おっと、それ以上近付いちゃいけないよ、呪われるからね?
「なーんて」
タライの上で生首がくすくす笑う。
「もう、ひかりちゃん人が悪いんだから」
黙って成り行きを見守っていたモエカ・カワムラが、少し困ったように苦笑を浮かべた。
「あの子びっくりして逃げちゃったよ?」
「でも子供の夢は守れたでしょ? これからドラマ観るの楽しくなるよ、あれ本物なんだーって」
勿論、ひかりの生首化にはカラクリがある――撮影でも、ここでも。
あまり近寄られると、それがバレてしまうのだ。
「あの子、ホワレに出てるよね」
「アニメ版にね」
因みにモエカも声優として出演している。
「そのうち共演出来るかもね、ひかりちゃんもどう?」
そんなお喋りをしながら夜は更ける。
「いい月夜だね~、モエカちゃん♪」
「ホント、心が落ち着くね~」
でもそろそろのぼせそう。
「お風呂から上がったら、かき氷食べに行かない?」
「賛成♪」
二人は揃って立ち上がる。
湯気がとても良い仕事をしたそうな。
貸切露天風呂では、7人の俳優達が水着姿で話に花を咲かせていた。
黒い海パンで見事に割れた腹筋を際立たせているのは近衛ティム(近衛・巧)。劇場版『電脳戦潜アプリェーリ』でTMSCOAE-2 “タクミ”を、インソムでは巧を演じる日伊ハーフの日本育ちだ。
少し離れて足先だけで湯と戯れているのは、ティムの実妹ブランカ。アプリェとインソムで同名のキャラを演じるイタリア育ち、白い髪と肌に赤いビキニが良く似合うミステリアス美人――と思いきや、素顔は明るいお姉さんだった。
「ねえ、今クチを開くと残念とか思わなかった?」
足先で軽く飛ばした飛沫が、頭に手拭いを乗せた陽気なおじさん、楽一(ダーヴィト・バルシュミーデ)に降りかかる。
「思ってないよ!?」
「知ってる。でもさ、その顔見ると何故か突っかかりたくなるのよね」
「それは、わかります」
「えっ!?」
隣でぽつりと漏らした白人ハーフの若手俳優、真白リオン(ラルス・バルシュミーデ)の一言に、楽は思わず涙目になりかけた。
「リオンくんは真面目で礼儀正しい好青年だと思ってたのに」
「いえ、話しかけやすいって意味です。撮影の時も楽さんが一緒だったから……」
「そうそう、楽さんのおかげですごく楽になって。あ、これダジャレじゃないですよ?」
リオンの背後から顔を出したのは、ゆるふわ愛され系の若手女優、双子の妹真白ルミナ(ホープ・ウィスタリア)だ。
「そう? 僕すごい顔してなかった? 映像作品は初めてだったから緊張しちゃって」
楽は普段、舞台俳優として活躍している。それがアプリェのD3-vit役に抜擢されたのは、ついこの春の事だった。
LA-7-s役のリオンとは何故か馬が合い、撮影中に意気投合。その流れで7-Rays役のルミナともよく話すようになった。
その縁でか、楽はダーヴィト、リオンはその養子ラルス、ルミナは陽気な郵便配達ホープ役として、2.5次元舞台に出演が決まっている。
「有田さんも一緒ですよね!」
ルミナに話を振られ、隅っこで不動の姿勢でお湯に浸かっていた有田 未華子(クレセント・アーシェンティア)は驚いて飛び上がった。
「えっ、あっ、はい!」
彼女は普通のカフェで普通に働いていたら何故か芸能界にスカウトされ、気が付けばホワレのラジオドラマ版でクレセントの中の人になっていたという、異色の経歴の持ち主だ。
その後アプリェでは三日月役で顔出し出演、そして遂にクレセント役で舞台に立つ事が決まっている。
「いや、なんかすごい先輩方ばっかりで! あたしみたいな運が良いだけのぽっと出がこの場にいて良いんでしょうか!」
「未華子君は謙虚で可愛いわね」
ひっそりと湯に浸かっていた杏樹(アンジュ・レイン・ミラー)が、何か眩しいものを見たように目を細めた。
「運だけで役が取れるほど、この世界は甘くないわよ。実力だけでもどうにもならないけどね」
さすが芸歴◯十年の遅咲き女芸人、言葉の重みが違う。
そんな彼女もインソムのアンジュ役を得て、近頃では俳優としての知名度も上がっている。
「ありがとうございます、杏樹さん!」
水面に顔を打ち付ける勢いで頭を下げた未華子は、顔を上げるや急にふにゃっと背中を丸めた。
「実はアプリェの撮影中、武器を壊しすぎて小道具さんにめっちゃ怒られたんですよね……だから舞台とか無理って、本番で何か壊しちゃったらって」
「ああ……加減がね、難しいんですよね」
しみじみと頷くあたり、ティムも相当にやらかした覚えがあるらしい。
「あと、僕はワイヤーアクションで着地ずれて川に落ちました」
失敗談を笑いで誤魔化してみたが、未華子の表情は晴れなかった。
そこで舞台のベテランに話を振ってみる。
「楽さんは逆パターンですよね」
「うん、僕は慣れもあるだろうけど舞台の方が楽かな。本番で使う道具はそうそう壊れたりしないし」
「ビットを想定した撮影どうでした?」
「あれね……説明されても最初はピンと来なくて大変だったよ。完成した映像見てやっと理解できた。最新技術ってすごいよね」
「そうか、舞台はその場で全て完成ですもんね」
「その緊張感にまず絶えられません……!」
未華子の声が震える。
「何度リテイク出しても怒られるだけで済んだあの頃が懐かしいです!」
それを聞いて、ルミナがちらりとリオンを見る。
交わされた視線に気付いたティムが二人に話を振った。
「突撃配信シーンの掛け合い、息ぴったりで凄かったですよね」
「あ、それ私も見た!」
「近衛さん、ブランカさんも見てくれたんですね。嬉しいけど恥ずかしいなぁ……」
「そう、テンポ良くしたくて二人で猛練習したんです」
「なのに二人とも結構リテイク出したんですよね」
「男女の双子ってそんなに息合わないですよね」
ルミナが諦めたように首を振る。
ただ、二人で「「ねー」」と言う時だけは息ぴったりな不思議。
「そうそう。見てきたものが違ったりするせいか、自然には合いませんよねぇ」
深々と頷きながら、ティムはブランカを見た。
「私もインソムでティムと共演した時は、そりゃもうリテイク量産したわよ」
「間の取り方が致命的に噛み合わなくて」
「そんなシーンに限ってカメラが長回しなのよねっ」
「まあでも、結局は上手く行ったんだから」
まだ不安げな未華子に楽が言った。
「舞台も同じだよ、稽古で失敗すればするほど本番は上手く出来るんじゃないかな」
その言葉に感銘を受けたのは、寧ろ傍で熱心に耳を傾けていたいたリオンだったかもしれない。
「インソムと言えば」
お喋り好きなティムが、今度は杏樹に話を振る。
「天ノ川鉄道の、見ましたよ。あれ演技難しくなかったですか?」
「そうなのよ! まずさ、間が持たないの。一人コントやってるだろって? あれとは別物」
「そうそう。僕も慣れるまで苦労しました」
二人は一人芝居特有の難しさを語り続け、やがて話は脇道に逸れ始める。
「良かったよあれ、猫喫」
「ありがとうございます、見て貰えてたとは……」
「猫派としちゃ外せないでしょ、事務所の後輩も出てたし」
「猫に声当てるの楽しかったです、猫かわいい……」
「同意」
尊みが過ぎる、猫。
「一人芝居といい動物へのアテレコといい、変わった演出が多いのよねインソム」
杏樹が「いい勉強にはなるけど」と言った所で、未華子の叫びが間欠泉の如く噴き出した。
「先輩方助けて下さい! 次の水泳がバラエティで金槌なんです!」
なるほど大体わかった。
「潜るのから苦手ですか?」
「何ですかそれ美味しいんですか!?」
「わかりました」
ティムはにこりと微笑んだ。
「向こうのプールで特訓しましょうか」
コーチが6人もいれば、きっとすぐ泳げるよ!
「わあ! お兄ちゃん! プールだよ! プール!」
「結構広いな、理世滑るなよ?」
夜のプールは暗く静かな大人の時間、ではない。
少なくともその一角は昼間のように明るく照らされ、プールサイドにはカラフルな光が舞い、水中ではイルカやウミガメ、熱帯魚の群れが泳ぎ回っていた。
「えっ、これ本物!?」
白のフリル付きの水着を着た常磐 理世は、プールサイドから水の中を覗き込む。
赤い月が水面に揺れた。
「ホログラムか何かだろ。あんまり乗り出すと落ち――」
ばっしゃーん!
兄の常磐 月渉が言い終わる前に、理世は頭からプールにダイブしていた。
(まあいいか、泳ぎに来たんだし)
微笑をひとつ零す間に、理世は水面から顔を出す。
「お兄ちゃんの言った通りだったよ! すうって通り抜けちゃうの! でも綺麗!」
暫く泳いで水から上がり、理世はサングラスと帽子で顔を隠したお忍びスタイルで見守る兄の隣に腰を下ろした。
「お兄ちゃんは泳がないの?」
「後でな」
水着には着替えたが、今は妙にテンションの高い妹を心配するのが兄の務めだ。
プールサイドで飲食とお喋りを楽しんでいると、海の方からドーンという音が聞こえてきた。
「ん? 花火もあるのか?」
「行こう、お兄ちゃん!」
理世は兄の手を引いて、音に向かって駆け出した。
(思ってたのと違うな)
人気のない場所でのんびり休もうと思ったのに、夜のプールは昼間のように明るく、カラフルな光が踊るパリピ空間だった。
プールサイドに立った明本吏桜(明坂 桜侍)が移動を考え始めた、その時。
「桜侍さん、来てたんだね!」
役名で呼ばれ、吏桜は思わず役に入ろうとする。が、特に素と変わった所はないのだった――職業が俳優兼ユニセックスブランドの専属モデルという点を除けば。
「なんてな、リオもきてたんだな、お疲れさま」
「こんばんは、リオ」
現れたのは、モデルのエルフィー・ルイス(オリヴァー・ウッド)とアイドルのリリィー・ルイス(ソフィア・ウッド)の兄妹。
役としても兄妹を演じているが、素の二人は役の印象とは随分違う。
いや、エルフィーが妹ラブなのは同じか。
「俺もリリィーが来るって言うから心配で……」
「お兄ちゃんついてこなくてもいいんだけど」
リリィーの方は、兄に対して随分な塩対応だ。
「役と同じでしょ、過保護なの」
「……なんだよ、幾つになっても心配だろ」
返事はない。
「今ちょっと反抗期なんだ」
エルフィーは吏桜の耳元でそう囁いたが、それは多分違う。
今のリリィーは吏桜に興味津々、それ以外は眼中にないのだ。
(役として一緒に行動することは多いけど、現場以外で会うこともないし)
それどころか、吏桜とは仕事以外の会話を殆ど話した覚えがなかった。
「これから仲良くできると嬉しいな」
リリィーの言葉に吏桜が反応する前に、空気を読まないエルフィーが言った。
「そうだ、リオも一緒に遊ぼうぜ」
兄を見つめる妹の視線が痛い。
(面白ぇ)
一方通行の二人は新鮮だ。
吏桜がじっと観察していると、どうやら三人で遊ぶことに話は落ち着いたようだ。
「じゃ、遠慮なく」
撮影では死ぬほど遊んだが、台本外ではこれが初めてだ。
吏桜は真っ先にプールに入ると、いつかの撮影と同じように二人に向かって容赦なく水をぶっかけた。
「きゃ、冷たい!」
「リリィー大丈夫か、すぐに上がって身体を温め――」
「冷たくないだろ、温水プールだ」
「気分の問題よ」
リリィーは何故か兄に向かって、盛大な水飛沫を浴びせた。
「大地 奏名は女遊びで有名な、手慣れた頭脳派俳優である。泣かせた女は数しれず、だが実は――」
「嘘ナレーションやめろ腹黒天然役者」
何か余計な事を言いかけた天国 こころの背後から腕を回し、奏名はその首を思い切り締め上げる。
「やめて二人とも、私のために争わないで!」
天国 コハクが無意識に修羅場台詞を放つが、勿論奏名は本気ではない、半分位は。
「ばーか、お前の為じゃねえよ」
「俺は違うけどカナは――」
「なあココ、この頚椎180度捻ったらどうなると思う?」
「ごめんカナちゃん、ギブギブ」
この仲良し二人組とコハクは、共にドラマ出演中の子役出身実力派俳優と頭脳派俳優、そして実力派新人である。
今回は三人で親睦を深めようと、水着でプールに乗り込んできたのだが――
「ならどっちが今夜遊ぶ女を手早く釣れるか勝負といくか、ココ」
気が付けばコハクを置き去りに、何故かそういう話になっていた。
「いいよ、その勝負乗った。負けた方がバーのボトル奢りね」
めっちゃ笑顔で煽るこころがこの勝負で負けることは絶対にない。
中身は腹黒天然なのに見た目は真面目なイケメンで女に困った事がないから?
いいえ、実は奏名がコハク一筋だからです。
(まったく、コハちゃんの想いを知ってて目の前でそういうこと言うんだもんなあ)
悪い男を演じる本人は大人の余裕を気取っていても、双方の想いを知るこころには小学生並としか思えない。
(ま、高みの見物を楽しませて貰うさ)
ここで小学生並その2、恋愛経験ゼロの振り回されウブ少女が、よせばいいのに割って入る。
「カナさんもココさんもまた女遊びして! 弄ばれる女神様が可愛そう……こうなったら」
奏名の相手に立候補してみる?
いいえ、その恋心に自覚はないのです。
「ほう、じゃあお前が今晩俺の部屋にでも来るか」
「~~~っ!!?」
奏名に腰を抱き寄せられ、赤面少女は全力で首を横に振る。
「コハちゃん、そこは他の女に先越されたくないならいい子に首を縦に振らなきゃ、ね」
こころに耳打ちされて、首の往復運動はますます激しさを増した。
「おーおー、役者本人もお子ちゃまなこって」
今後の展開、ドラマと共に見逃せないね!
「スパリゾートなのじゃ~~!」
久遠慈 るるかはプールサイドを激走する。
「るるちゃんはいつでもどこでも天真爛漫ウキウキはっぴーDayなのじゃ!!」
プールサイドで穏やかに見守るエレオノール・リベルテの「転ぶよ?」という簡潔かつ適切だが止める気は多分ない指摘にも耳を貸さず、元気に走る。
「だって水に入ったらせっかくの可愛い水着が見えなくなるのじゃ!」
着てるだけでテンション爆上げだけど、どうせなら皆に見せたいじゃない。
「兎殿も一緒にれっつごーなのじゃ!」
兎の手を取り、また走る。
「プールは走るするとこます? 兎おぼえたです!」
それ違う、覚えたらアカン。
「兎くん、プールは泳いで遊ぶ所だよ。久遠慈くんもね?」
「わかってるのじゃ、これは準備運動なのじゃ!」
プールサイドから声をかけた霞花 菊久郎に対して、るるかはそう言い張った。
「けどもう充分なのじゃ! 兎殿、いざ飛び込むのじゃ!」
「えっ、ひゃわわっ」
どぼーん!
「あっはは、気持ちいいのじゃー!」
水面からざばっと顔を出し、るるかは菊久郎を手招きする、
「そんな気合入った格好しおってからに、霞花殿も泳ぐ気満々じゃろ?」
確かに、水着に浮き輪、ゴーグルにイルカのフロート、ビーチボールまで揃えて泳ぐ気がないとは言わない。
けれど――
「ほら、今だけ代わりに一緒にいてあげるよ、遠慮なく遊んどいで?」
気怠そうに腰を上げたエレオノールが、菊久郎に向かって手を差し出す。
「うん、ありがとう。お留守番よろしくね」
大事な人形をその手に託し、菊久郎はそろりと水に入った。
「あれ、足が着く!」
深そうに見えたが、実際はるるかの胸あたりまでしかない。
「これなら安心だね」
とはいえ、万一に備えて浮き輪は必須のカナヅチくんだった。
「あれ、ところで兎くんは……?」
さっきから声がしないけど大丈夫?
と思ったらうつ伏せでぷかぁしてたよ!
「うわわわ兎殿ぉぉぉ!」
「だ、だいじょぶます……ちょっと水、飲ん……けほっ」
シリアスだったら危なかったけど、コメディだから問題ないな!
兎をフロートに乗せて、ビーチボールできゃっきゃし始めた三人を見守りつつ、エレオノールはブッフェで取ってきたスイーツをつまみながら、デッキチェアでのんびりまったり。
ドレスのような水着は水着の役割を完全に放棄しているが、ドレスなので問題はない。
その目の前に、無言ですっと差し出されるカットフルーツ。
見れば珍しくほろ酔い加減の八重 謳華が、やたらとニコニコしながら「あーん?」と言っていた。
その圧に何故か逆らえず、エレオノールは素直に口を開ける。
なんか悔しいのでケーキであーん返しをしてやったら、ますますニコニコになった。
やがて遊び疲れた三人は、プールサイドの立食パーティに潜り込む。
知らない人沢山のパーティに、兎はドキドキ!
「でもブッフェで好きなもの選んでお持ち帰り出来るのじゃ!」
山盛りトレイを手にエレオノールの所に戻ると、ニコニコでスイーツをつまんでいるダル絡みお兄さんが待ち構えていた。
着物の前を少しはだけた涼し気な装いに、菊久郎は「セクシーお兄さんだ!!」とあわあわドキドキ。
フルーツのあーんは平気だったけど、おでこにちゅうでドキドキメーターが振り切れました。
「ここは何とも面白可笑しい空間ですねぇ。お酒は飲み放題だし、美味しいスイーツもいっぱい、美女にはちゅうし放題ですよぅ」
最後のそれは違うと、エレオノールに容赦なく押し返される謳華。
だが少年少女は優しかった。
「るるちゃん可愛いから、ほっぺでも良いのじゃぞ?」
「兎も! 兎も!」
でもそれ、犯罪なのでは……?
「……俺らキッズって歳じゃないだろ」
「えー? 俺は寧ろ子供に還りたいよ、ねえ春華ちゃん?」
「優斗さん大丈夫よ、ここ年齢制限とかないもの」
「そういう問題じゃ……」
「ねえねえ、すごい大きなウォータースライダーあるよ、ぼくあれやりたいな」
そこはウォーターパークと銘打った、キッズに人気の室内プール。
巨大ドーム内に、スライダーや波のプール、流れるプールに水上アスレチックなど、様々な遊べるプールが詰め込まれている。
しかも今日は、彼等だけの貸切だった。
「それなら優斗も恥ずかしくないよね?」
「べつに、恥ずかしくなんか……」
いつもニコニコ朗らかな志筑 浩紀(一ノ瀬 和真)の言葉に、志筑 優斗(一ノ瀬 和真)はぶっきらぼうに答えてそっぽを向いた。
「ゆーくんってば、ツンデレだねー」
おっとりのんびり、ちょっぴり天然な七瀬 亮(滝原 レオン)が言えば、七瀬 春華(滝原 レオン)も「ねー!」と応える。
ドラマで優斗は和真、兄の浩紀はその夜の姿アインを、亮はレオン、妹の春華はその夜の姿ノワールを演じる四人は、プライベートでも付き合いがある。
特に亮と優斗は『ゆーくん』『亮』と呼び合うほど仲が良く、浩紀も春華を妹のように可愛がり、春華はストレートに「浩紀さん大好き!」だ。
「あはは、おいで春華」
「おにいちゃん待ってよー!」
七瀬兄妹は志筑兄弟を置いてさっさと走り出す。
スライダーの階段を駆け上がり、亮は足から、春華は頭から突っ込む形で滑り降りた。
ぐるぐると螺旋状に流されて、最後は軽くぽいっと空中に投げ出されて着水。
ソフトランディングの概念はない。
「いったぁーい! もう一回!」
「ゆーくんもこっち来なよ、楽しいよ」
水にぷかぁしながら、亮がひらひら手招きする。
だが優斗は返事をしなかった。
「ほら優斗、亮くんが呼んでるよ」
「……俺はいい」
浩紀に言われても、半袖パーカのフードを目深に被ったまま気のない返事。
だが足の指は正直に、今にも走り出しそうにピクピク動いていた。
「じゃあこっち」
いつの間にか背後に忍び寄った亮が、優斗の腕を引っ張った。
「紐なしバンジージャンプ、楽しそうだよ」
「いや待て、それただの高飛び込みだろ!?」
「春華もこれはパスだって」
勢いに押されて台のてっぺんまで上がってしまった優斗は、下を覗き込んで青くなる。
「死ぬだろこれマジで」
大丈夫、安全を考慮した高さです。
「……えいっ!」
「ちょ、亮!」
背中をドンと押されるも、どうにか踏みとどまり――しかし、そこにトドメの一撃が!
「行っておいで」
ちょん。
「兄貴まdぅわあぁぁぁ……っ」
どぼーん。
続いて躊躇なく飛び込む二人、つよい。
「ねーねー浩紀さん、あそぼ!」
水から上がろうとした浩紀に春華が手を差し伸べる。
「ん、じゃあ遊ぼっか春華ちゃん」
アスレチックが良いかな?
「ゆーくん、生きてる?」
大丈夫だね、じゃあ次は激流下りで!
賑やかなバーベキュー会場の一角。
「あの、ちょっと聞いて貰っていいですか」
生肉が身を捩り、ジュウジュウと叫びを上げて焼かれていく様子をじっと見つめながら、新人俳優山城 春(沢田・烈司)が呟いた。
それは殆ど独り言で、本人も反応は半ば期待していなかったのだが。
「山城さん、どうしたんですか?」
有田 奈々(滝原 まどか)が真っ先に気付いて、心配そうに声をかけてくれた。
その途端に周囲からも「なに?」「どうした?」と声がかかり、春は忽ち先輩達に囲まれてしまった。
「いや、あの……」
その顔ぶれに気圧されたのか、春は思わず口ごもる。
だが奈々先輩の心配オーラが却って心配になり、思い切って口を開いた。
「知りませんでした、役作りがあんなに大変だなんて……」
春は元々、ドラマCDで沢田を演じる声優だった。
その縁でドラマでも沢田の昼の姿を演じる事になったのだが、役作りの為の食事制限が死ぬ程辛かったらしい。
「おまけに痩せたら声が変わってしまって、今度はその調整が……」
「山城さん、大変そうでしたもんね」
奈々が眉を思い切りハの字にする。
「私も……10歳以上年上のお姉さんの役なんて初めてだったので……」
3歳から芸能活動をしている子役の奈々は、現在12歳。
歳のわりには控えめで大人しく、年上に見られる事は多いが、19歳男子のお姉ちゃんを演じる苦労は察するに余りある。
「年上の人に『お姉ちゃん』って呼ばれるから、なんだかドキドキしちゃって。でも、これも演技の勉強になるしいいかなって」
「年齢の表現って結構厳しいですよね」
郡上 清司(鴨井 蓮)がしみじみと頷く。
キャラ作りは自分の経験や訓練でカバー出来る部分も多い。
「流石にプログラミングは専門外なので、基礎だけ勉強して後は……という感じですが」
だが年齢は、自分が本当にその歳にならないと実感として理解出来ない部分があると、清司は身を以て実感していた。
「役の方が年上ですし、表情難しいんですよ。元々役者志望でもないですし。従妹に騙されました」
彼も蓮役がデビューだから、俳優歴は春と同じ位か。
「……本業? 庭師ですよ。樹木医資格が漸く取れました」
役と本人のギャップと言えば、この人を抜きには語れないだろう。
「みゅみゅあんは私と違いすぎるから、演じるのにすごくカロリー消費するのよ」
子役上がりの上品な美人女優、明本魅美(明坂 みゅみゅあん)は頬にそっと手を当てて淑やかに微笑んだ。
「声張ったり派手なアクションや顔芸披露したりテンション上げたり……撮影の度にすごく疲れるわ」
無茶な増量とそれ以上に無茶な減量など、本気で命の危険を感じた事もある。
「でも、やりがいはあるわね」
子役から大人の俳優へと飛躍する為には不可欠なステップでもあるしと、魅美は余裕の笑みを見せながら食べ続ける。
主に肉。この辺りは役と通じるものがあるかもしれない。
「食べて動くのが美の秘訣だもの」
「俺もアクション得意だし、名前に忍が入ってるから忍者ッスかイイッスよー! とは言いましたけど」
苦笑を浮かべる爽やか好青年は、特撮俳優の壱忍人(服部・閑蔵)23歳。
戦隊系でレッド役を演じた事もある、ちびっこにもママにも人気の正統派ヒーロー役者だ――いや、だった。
軽く二つ返事で引き受けた閑蔵は、汚い忍者を全身全霊で体現するようなキャラだった。
「良い子の皆はごめんなって」
センシティブの塊のような設定の役柄は面白いが、悩みもある。
演じる事自体には、さほどの苦労も抵抗もないのだが。
「もう二度と正統派ヒーローのオファーが来ないんじゃ……とかね」
そんな不安を押し流すように、酒をグイグイあおる元ヒーロー。
「いや、返り咲きますから!」
「みんな色々苦労してるんだね」
芸歴10年程の俳優、中村 冬哉(奈喜良 待雪)がお肉ばかりバクバク食べながら言った。
その端正な顔立ちと明るく気さくな気性のせいか、これまでは恋愛ものへの出演が多めで、ホラーや伝奇ものとはあまり縁がなかったのだが。
待雪役でオファーが来たのは、やはりその顔立ちが要因だろうか。
「いや、でも人形みたいな美形ってハードル高いなって思ったよ」
黙っていればという条件が付くなら、そう難しくはないのだろうが。
「待雪くんって何ていうか笑顔で無表情なキャラじゃない、あの表情で固定っていうのは中々辛かったかな」
撮影アップ後は毎回、顔が筋肉痛になってマッサージが必要だったとか。
「ねえ、翔は?」
冬哉はひたすら肉や野菜を焼きまくる網奉行と化した藤崎 翔(藤崎 此岸)に話を振った。
「私ですか?」
実家がハワイアンレストランを経営する彼は、答えながらも奉行の勤めは疎かにしないサービスの鬼だ。
「私は歌やダンスのレッスンが大変でした。特にボイトレが意外とハードで」
彼はそれまで、スタント兼俳優として数々の夢魔を演じて来た。
その演技が監督の目に留まり、此岸役に抜擢されたのだが。
「怪人態と人間態は求められる事が違う部分も多くて……あ、冬哉さんと魅美さんは野菜も食べてくださいね。お酒も美味しいですよね、でも忍人さんは程々に」
肉と野菜がバランス良く乗った皿を忍人に手渡し、奈々のコップにはジュースを注ぎながら、翔は話を続ける。
「でも、役作りって楽しいから」
そう、結局はそこなのだ。
「俺、役者舐めてたかも」
それまで「やっとまともな食事ができる~!」と張り切っていた春は結局、何も食べずに聞き入っていた。
「ありがとうございます。こういう話、身内じゃあんまり――」
「ぜーんぶ聞こえてたけどねー?」
「ひぇ!?」
背後から甘い声がかかり、春は思わず飛び上がる。
「春くんなかなかこっち来てくれないから、痺れ切らして迎えに来ちゃったよ」
振り返ればそこに、世話焼き陽キャお兄さん双海 陽(仮名 零音)がニコニコしながら立っていた。
仮名と沢田はどちらも昼夜それぞれに演者がいる。仮名の場合は二卵性双生児の兄・陽が昼の姿、弟の 双海 滉(仮名 零音)が夜の姿を担当していた。
「春くん水臭いなー、そういうのは身内にこそ真っ先に相談するものだよ?」
「いや、でも身内だからこそ甘えては――」
「寧ろ春くんに甘えて貰えなかったら俺、死んじゃうけど?」
「そ、それは困ります!」
そんな話をしながら、二人は自分達の「巣」に帰り着く。
「あ、お帰りなさぁい」
戦隊番組出身の演技派役者なのに、普段は生きる気力が薄い甘え上手の滉が、沢田の夜姿を演じる境 千紘(沢田・烈司)にぺったり張り付いたままふにょふにょと手を振った。
「ごはん来てるよぉー」
そこはデリバリーOKのプライベートスペース。
「僕は人が多い所、苦手でー……千紘さんいてくれて助かりましたぁ」
訳:苦手だが自ら場所を変える気力もなく、ただ水切れを起こした花のように萎れて行く滉を見るに見かねて、千紘がセッティングしました。
「僕、そんな優しい千紘さんが大好きですぅ」
滉から向けられる特大の矢印。
千紘がそれに気付いているのかいないのか、その顔から読み取る事は出来ない。
(千紘さん全方位からモテモテだもん、きっと経験豊富なんだろうなぁ)
彼はスタント兼スーツアクターで、人付き合いはいい、ガタイもいい。
表情は固く言葉少なだが、頭の中では色々考えている、眼鏡の似合うイケメンだ。
モテない要素が見付からないが、交際関係は伏せているというミステリアスな所もいい。
「さあ、食べよう。折角の料理が冷めてしまう」
「千紘さんが食べさせてくれないと嫌」
「滉くん、人前だよ」
「残念、身内しかいませんでしたぁ」
「おやおや、あっちは難航してるねー」
弟達の方を楽しげに眺めつつ、陽は春と二人だけの空間を作ろうとする。
「春くん今日は沢山食べなー? ほらあーん」
その自然な動作に、春は素直に口を開けた。
「あー……ってすみません! いや、普段“仮名くん”にお世話してもらってる癖が抜けなくて!」
「いいんだよー? 俺がそうしたいんだからさー」
ニコニコ笑いながら、こちらもまた特大の矢印を向けて来る。
「俺、春くんの事大好きだなって。ねぇ、ドキドキした?」
「また揶揄ってるんでしょ。本気にしちゃったら……困りません?」
「なんで困るのー?」
にっこにっこ。
ファッションモデルの全力笑顔は、破壊力絶大だった。
全体的に明るく楽しく賑やかなスパリゾートの中にも、静かに落ち着ける場所はある。
人目につかず、声も漏れにくいそんな場所で、挨拶回りを終えた水鳥川 利弦と橘 冬真が甘い時間を過ごしていた。
利弦も冬真もインソムの登場人物だが、いずれもそれを演じる俳優の本名と同姓同名になっている。
「確かオファーが来た時、役名はまだ決まってなかったんだよな」
利弦(芸名:碧 立樹)が言うと、冬真(芸名:山崎 トーマ)が少し考えて軽く首を傾げた。
「私はオファーが来た時にはまだ本も出来ていなかったと聞いたが」
二人の出演が先に決まり、彼等の素に合わせて脚本家がアテ書きした結果、名前も素のままになったというのが真相だという話もある。
ただ勿論、現実の二人と全てが同じというわけではない。
ドラマでは互いを友達と呼び続けて一部視聴者をもだごろびったんさせているが、現実では――
「何にしろ、この作品に出会えて良かった」
月明かりだけが照らす無人のプールサイドで、利弦が他の誰にも見せない笑顔を冬真に向ける。
だが冬真はその指先で利弦の顎先をくすぐり、息のかかる近さで囁いた。
「違うだろ?」
「……トーマに出会えて、良かった」
「よろしい」
正解のご褒美は、甘くて深いキス。
「トーマは世界一格好良い」
「私のリツは可愛くて美人だ」
二人の影が重なる。
邪魔をする者は、誰もいない。
舞台版ホワレでエルメリンダを演じる俳優、セルピエ(エルメリンダ・メレンデス)は戸惑っていた。
つい先程まで賑やかな人の輪の中にいた筈なのに、気が付けば相方役のグラン(サフィーロ)と二人きりでバーのカウンター席に座っている。
マスターや他の客達の存在感が全く感じられないのは、グランの押せ押せオーラが全てを跳ね返しているせいだろうか。
ちらりと横を見れば、子犬のように真っ直ぐな瞳がセルピエの視線を捉えた。
「あの、グランくんは私といて楽しいのですか?」
思わず問いかけると、輝く笑顔で即答される。
「セルピエさんといれればどこでも楽しいっす!」
「あ、そうなんですね……」
原作では確かに、二人は晴れて恋人同士となった。
けれど現実は違う。
セルピエは元子供番組の歌のお姉さんで、その意味では子供に慕われるのはとても嬉しい。
けれどこの子供は、抜群の運動神経に元気な振舞いで人気な元体操のお兄さんだ。
しかも幼少期にテレビ越しに見たセルピエに初恋、それを美しい思い出にする事を断固拒否し、彼女を追いかけて子供番組から俳優へと転身を重ねて来た猛者である。
セルピエの困惑ぶり、おわかり頂けるだろうか。
「貴方は本物の、サフィみたい」
「……俺がサフィーロなら、“エル師匠”とは一生一緒っすね?」
意中の人を確実に射止める為にグランがせっせと埋める外堀に、自ら大量の土砂を投下するセルピエ。
原作同様、末永くお幸せに?
宮藤 涼(三船 裕司)は、インソムで裕司役を演じた実力派俳優である。
それまでの彼は、演技力には定評があるが話題性には乏しかった。
その理由のひとつに、普段の彼が寡黙で無表情、他に興味を示さない唯我独尊である事が挙げられるだろう。
そこに投げ込まれた「24歳という年齢で見事に17歳の学生を演じきった」という事実が、彼の知名度を一気に押し上げた。
だがそれでも、彼の態度は変わらない。
ただ一人に対する例外を除いて。
安斎 司沙(諏田 洸輝)は今をときめくアイドルだ。
人気もそこそこ出始めた18歳の今、洸輝役に抜擢されて俳優デビュー、順風満帆の芸能人生活をエンジョイしている――と、傍目には思われていた。
しかし。
「司沙さん、俺と食事に行こう」
「え、ええ……この会場内で、なら……」
「いや、プライベートで会いたいんだ」
涼は共演者の司沙に心を惹かれていた。
しかし司沙は仕事では元気キャラで売っているが、素は大人しく控えめな少女だ。
つまり涼の勢いが怖い。
お付き合いは仕事上だけにしてほしい。
「えっと、お誘いは嬉しいですけど……プライベートはちょっと……」
「そうか、いつでもいいから会おう」
涼の耳には都合の良い部分しか聞こえていなかった。
「俺はいつでも大丈夫だ、お前の都合にあわせるぞ」
「ひぃっ……そ、そんなこと言われても困りますよ……」
「誰かが助けを求めています」
夜の散策を楽しんでいたソフィ・リンダール(リディリディ・トゥラ・イェレミース)は、ふとその足を止めた。
「またなの?」
隣を歩いていたロニャ・オルソン(ツィーラ・イェレミース)が振り返り、あからさまに不満げな声を上げる。
好奇心旺盛なせいか、トラブルや厄介事にもすぐにクビを突っ込むこの同郷の俳優が、ロニャはあまり好きではない。
その理由の大部分は、ソフィが自分と違って穏やかで優しく、特にダイエットもしていないのに体重が変わらずスタイルも良いから、という理不尽なものだが、この性格にも一因がある。
「さっきだって勘違いで火に油注いだばっかりでしょ、少しは反省してよね」
「ですが今度は……」
言い終わらないうちに、ソフィは声の方へと駆け出して行く。
「ああ、もう!」
ロニャは渋々その後を追った。
ソフィは24歳、ロニャは20歳、共にスウェーデン人の俳優で、『AnnihEpica』では双子の姉妹を演じている。
ロニャは正直、もうこのコンビを解消したかった。
けれど故郷を出て一年になる今も日本語が殆どわからないロニャには、彼女と離れては生きて行けない自信がある。
なのにソフィはそんな彼女を「いつも努力していてとても良い子」だと過大評価しているようで、それもまたコンプレックスを刺激して来るのだ。
「ねえ、下手に関わると却って拗らせる――」
だが今回は幸いだった。
ソフィの到着を目前にして、トラブルはそれぞれのマネージャーによって解決されたのだ。
とりあえず、今の所は。
「向こうの騒ぎ、どうにか収まったみたいですね」
パーティ会場の喧騒から離れ、静かなプールサイドで休憩していたアンナ・セラーズ(ルアンナ・ミュラー)は、真っ赤なカクテルをそっと口に運ぶ。
姿は見えず、会話の内容も聞き取れなかったが、何か出演者同士のトラブルがあったらしい。
「後腐れがなければ良いのですが」
アンナが呟くと、傍らで控えめな声が答えた。
「大丈夫だと思いますわ。そんな時の為にマネージャーが付いているのですもの」
ジュディ・ライヒアルト(マルグリット・ライヒシュタイン)の口調は、彼女が演じた吸血鬼のお嬢様言葉とよく似ている。だがそこに高圧的な響きはなかった。
ジュディはスポンサー企業の社長令嬢、つまり正真正銘のお嬢様なのだ。
そしてコネで映画デビューを果たした接待枠でもある。
だから最初、誰も彼女の演技には期待していなかった。
ルアンナ役で共演したアンナでさえ、正直地雷だと思っていた位だ。
だが撮影を通じ、彼女の演技力は本物だと知った。
女優に対する思いの強さと、本気で演技の勉強に取り組んでいた事も。
「これ、吸血鬼のキスって言うんですよ」
アンナは赤い液体を掲げて見せる。
「こちらはヴァンパイアですわ」
ジュディが掲げたのは白いカクテルだ。
そのままグラスを合わせ、一気に飲み干す。
「いつかまた、違う作品でも共演してみたいですね」
アンナの言葉に返された笑顔に、演技の影はなかった。
そこには闇と静けさだけがあった。
ただプールの水面に映る月だけが、そこが真の闇ではない事を教えてくれる。
その月が、揺れて千切れて波間に散る。
光は来瞳 諄の濡れた髪に纏い付き、その輪郭を煌めきで彩った。
諄は水から上がり、光を纏ったそのままの姿でプールサイドに歩を進める。
そこで影のように蹲る夫、長谷部 勉の傍らに立った。
「……少し派手すぎやしないか」
夫は妻が選んだ水着に苦言を呈してみるが、言葉は彼女の耳を素通りして消えた。
「たまにはソーダ水のような刺激も必要でしょう?」
そう言って、妻は夫の傍らに置かれた冬色のクリームソーダに手を伸ばす。
そのまま隣に座った諄に、勉は憎々しげな視線を向けた。
二人は犬猿の仲。
けれど別れる選択肢はない。
勉はその身体で妻を隠すように体勢を変えた。
自由な気風を好んで娶りはしたが、阿婆擦れを抱いた思いは無い。
(見世物等にして堪るものか)
周囲には他の誰もいなかった。
だが遠く静かに見守る月さえも、彼女に淫らな視線を送る出歯亀としか思えない。
影になり、髪に纏う光さえ消えた闇。
けれど滴る雫は勉の支配を逃れ、自由に転がり、再びその身に光を宿す。
諄はグラスに浮かぶペーパームーンのように白いアイスを匙で掬い、悪戯げにわらった。
「その水着、素敵だ」
「ありがとう、先輩♪」
ハーフの学生俳優ツバキ・ブラウ(シンディー・ホシカ)は、その均整の取れた肢体を白いビキニに包んで波打ち際を歩いていた。
「こういう所で、水着で男の人と楽しむってこと、やってみたかったの」
傍らを歩く先輩俳優、リューイ=ヴァレンシュタイン(リューイ=ヴァレンゴルト)に笑いかけると、ツインテールにした金髪が揺れてふわりと甘い香りが漂う。
「俺は予行演習の相手ってわけだな」
リューイはそう言うが、そうではない。
「本当にただ、こうしてみたかっただけよ?」
役柄としてはツバキ演じるシンディーの方が先輩だが、実際にはリューイ役の彼に助言を請う立場だ。
だからこうして、まるで普通の友達か恋人のように彼と過ごすこと自体が、ツバキにとっては新鮮で稀有な出来事だったのだ。
「……そうか」
リューイは少し居心地が悪そうに目を逸らす。
自分をその相手に選んでくれ、水着姿を披露してもいい相手と慕ってくれている事が、嬉しくもこそばゆいような心地だった。
さて、ここでツバキさんの脳内ビジョンを覗いてみましょう。
(筋肉☆ 筋肉☆)
ウォーリア役として鍛えたリューイの筋肉をひたすらに鑑賞する、残念な乙女の姿がそこにありました。
(役では半裸で訓練とかあるけど、そういう時ってあんまりじっくり見られないじゃない?)
いつもお世話になっている事に感謝はしているけれど、それはそれ。
暫く歩くと、突然ズシンと腹の底に響くような音が響き渡った。
空に広がる光が大輪の花を咲かせ、二人の顔を照らす。
浜辺はいつの間にか、花火を楽しむ人々で溢れ返っていた。
「すごいね、お兄ちゃん」
「ああ、こんな近くで見るのは久しぶりだ」
月渉と理世が思い出に浸るように夜空を見上げる。
「たーまやー!」
キャロラインの元気な声が、花火と共に空に打ち上がった。
【執筆:STANZA】