想い移ろい、祈り送る

キャラクターノベル制作 狐野径納品 2023年07月27日 12時56分52秒

 ライナ・フレイヴァルツは冒険者ギルドで情報収集をしていた。
 目に留まったのは、フレイヴァルツの氏族の里に関する調査報告書。
 フィルエス大森林に帝国過激派が乱入の終息後、1222年の夏から秋にかけて。

(何があった?)

 恐る恐る報告書を手に取る。
 内容を読み進める。手の震えが止まらない。

 内容は次のようなことだった。
 フレイヴァルツの氏族の里の住民が失踪したのは1220年6月。
 理由は不明だった。
 しかし、世界樹が不足した力を補うためにダンジョンを作り始めたころに重なっていた。
 そのために、遺品等が現れた可能性を考え、調査に行った人(エルフ)たちがいた。
 その際に、ダンジョンが生じ、人が消えた。
 ダンジョンができた要因は、霊木がエーテルを集めやすい性質だったことと、世界樹が力を取り戻したことがかかわっていると推測された。

 そのダンジョンを壊すべく向かった冒険者は、中に多くの人がいた痕跡を見た。
 里人はダンジョンと化した異界から抜けられず、死亡したということになる。

(嘘だ。到底信じられない……きっと、皆、生きている、と)
 報告書から一旦顔を上げたが、間違いではないか、と、今一度読む。
(――だが、この、魔物に使われた骨や影は、皆、だ)
 叫びそうになり、唇をかむ。

「大丈夫ですか? 真っ青ですよ」
 ギルドの職員が心配そうに声をかける。
「あ、ああ」
「具合悪いようでしたら、あちらで休んでください。歩けますか?」
 ライナは呆然としたまま、歩き出す、ギルドの外へ。
「え、えと!?」
 ギルドの受付員はライナに付きそうように歩いた。
 宿屋に入るライナを見届けた。

 ライナは宿屋に部屋を取る。
 絶望の色が濃い彼女の顔を見て、宿屋の主人は色々考える。
「医者を呼ぶか? それとも――」
「……放っておいてくれ」
 ライナは部屋に籠ると、布団に突っ伏した。

 ――独りだ。

「うわああああああああ」

 苦鳴が喉を突く。
 口を手でふさぎ、うずくまる。

(この三年間、私は何のために戦ってきたんだ? 何のために自信を喪失し、踏みにじられ、何を奪い返すために力をつけたんだ?)

 拳を固め、枕に叩き込む。
「ああ」

(依頼は一年前に達成された。なぜ、その時に気付けなかった?)
 その時、何をしていたか、自問自答する。
 フレイヴァルツの氏族の里について気を掛けてくれた近隣の里や、付き合いがあった別の氏族の人たちなどは動いていた。
(私は、なんで?)
 自分に対する苛立ち。

(私はもっと前に終わらせることができた。霊木を破壊すれば、皆を自分の手で送る機会はあった。でも、それができなかった。最後のつながりも、希望もすべて無に帰りそうだから)
 涙が伝うが、怒りで消えた。
(その結果、どうなった? 異形となった皆をしっかりと送ってやれなかった)
 自分のふがいなさが膨れ上がっていく。

 思考は巡る。
 同じところをぐるぐると。
 自問自答、自暴自棄な考え、そして、自己嫌悪。
 ぐるぐる、ぐるぐる……。

 朝も夜も眠れない。
 同じことを繰り返す。
 扉の外に、宿の主人の気配がする――が、理解するには余裕はなかった。

 突然、ライナは憑き物が落ちたように考えが浮かんだ。

(遺品や遺骨を受け取ったエルフがいたはずだ)
 引き取れば、まだ、自分で送ることは可能なのだ。
(近隣の里ならば、知っているかもしれない)
 宿を引き払い、交流もあった里に急いだ。

 フィルエス大森林に入ると、目的である里に急いだ。
 懐かしいけれども、どこか遠い気がした。

 里に入ると、見覚えのある女性と目が合った。
 幼いころに会った記憶。
 あの時、一緒にいたのは里人の――記憶は引き出される。

「すまない。フレイヴァルツの遺品や遺骨は……どこにあるか聞きたい」
「それだったら、ここに保管しているわよ。案内するわね」
「ありがとう」
 女性はライナを見る。
「そういえば、あなた小さいころ来たことあるわよね」
 ライナは「覚えてくれた、のか」と笑った。
 女性は目を見開き、悲しそうな微笑み。
 ライナは「近くでもなかなか来る機会はなくて」など笑顔で話しかけたが、不意に「ひどい顔をしているぞ」と、老翁の声がした。
 女性が叱責するように「里長!」と言う。

 ライナは指摘され、自分の顔がどういう状況か考える。
 わからない、見えない……手で触れる――こわばっている――?

 女性はライナを優しく抱きしめる。
「一人でここに来たんだから、仕方がないわ」
「あ、ああ……私は……」
 ライナは女性のぬくもりから、胸の奥にたまっている想いが溢れそうになった。
 それを何とか押しとどめる。
 ここに来たのは、するべきことがあるからだ。

 女性から離れた後、里長に「ご無沙汰しています」と頭を下げる。
「ああ。こっちに来なさい」
 里長は杖を突き、ライナに背を向け歩き出した。
「お元気そうで――」
「我らに気を遣う必要はない」
「しかし、それは」
「失踪後、時折、里に戻って調査していただろう? 今日来たのは例の調査報告を見たからだろう?」
「気づけなくて! 私がいけないんだ」
 ライナが感情を言葉を吐き出す。
 里長は「気づいたから、ここに来たのだろう」とちらりとライナを見た。
 何か言いたげなライナを里長は止めた。
「お前さんの気持ちは後で聞こう。今は、あの者たちに会ってやれ。我らや知らぬ者たちに送られるより、知る者の方がよかろう」
 ライナの足が止まった。
 生きている言葉で現実を突きつけられた。
 衝撃で頭の中が白くなる。

 里長は小屋の前で、ライナを振り返る。
「ここに保管している。氏族にゆかりのあるものが取りに来ることもある。いずれは、墓を作るとしても」
「まだ?」
「氏族の里に作るか? ここでいいのか? ゆかりの者が考えた方がよかろう……そろそろとは思うが……止めている」
 里長の気遣いにライナは静かに頭を下げた。

 遺品や遺骨が保存された建物。中は静寂と乾いた匂いに満ちていた。
 遺骨が入った箱は、厳しい現実を突きつける。
 ライナは手を合わせる。
 言いたいことはたくさんあり、言葉は消えた。

 遺品が並べられている棚を見た。
 丁寧に扱ってくれているのがわかる。

 並んでいる品は見覚えがあるものばかりだ。
 それを持っていた人たちの顔が浮かぶ。
 笑顔の、日常が突然終わるとは思っていなかったころの。

 独特な装飾品に目が留まった。
「師匠……」
 魔術の師であり、族長だった女性のつけていたもの。
 ライナは震える手で触れ、掌で大切に包み込んだ。
「……ああ――」
 祈るように、顔に近づけた。
 教わったこと、言葉一つ一つが脳裏に浮かぶ。
「本当に……もう……」
 嗚咽を漏らした。

 棚に戻し、全体を見て、ライナは気づいた。
 妹の持ち物がないことに。
「あれは……特徴がある杖だからすぐに見つかるはずだ……」
 氏族の巫女が持つ星詠の杖。
 室内を何度か確認したが、それらしいものはない。
 ここの里長にも確認を取る。
「そういったものはなかった」
「そうか……それは……」
 ライナの胸の中に一つの希望がともる。
「まだ、どこかで生きているのだろうか?」
 口をついた言葉に、里長は「お前さんが生きていたことを考えれば、否定はしない」と優しく言う。
「だとしたら、どうか、平穏無事に生きていて欲しい」
 ライナは空を見上げた。
 森の木々の上に見える空は、澄んだ色をしていた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0