追憶のダークエルフ
キャラクターノベル制作 小湊拓也納品 2023年07月13日 15時27分48秒
●
平和になると、落ち着かなくなる。
クリーパーや魔獣と戦っていたい。アンデッドでも良い。メドゥの指先による悪行も、止めなければ。
そういった戦いから解放されている時間が、ライナ・フレイヴァルツは耐えられなかった。
何もせずにいる時間が、耐えられない。
思い出す。苛まれる。
それが、ライナにとっての平和であった。
●
「そうか……里の皆が、行方不明となってしまったのか」
男は、それを心の底から憂えてくれている。
ライナ・フレイヴァルツは、そう感じた。
他者の苦境を、我が事のように感じ、苦しみを共有してくれる。そんな、心優しい人物なのだとも。
だから、道端で倒れていたエルフの少女を、こうして拾ってくれた。
良い宿に泊まらせてくれた。
そこでは身体を綺麗に洗う事も出来たし、美味しい食事を振る舞ってももらえた。
1220年、6月某日。
今日、自分は運命の出会いを果たしたのだ、とライナは思う。
「……大変だったね、ライナ。それで君は、消えてしまった皆の行方を探し求めて一人、こんな所を旅していたと」
「リーンエス王国は……こっちの方向で、合っているよな」
ライナは、涙ぐんでいた。
この男の優しさに、涙腺が蕩けてゆく。
「王国なら、何か情報が得られるんじゃないかって……思って……だけど、焦燥感や疲ればっかりが積み重なって」
「倒れてしまったんだね。たまたま私が通りがかって、本当に良かった。君たちエルフの言う、ハイアルヴの導きだろう」
男が、じっとライナの瞳を見つめてくる。
「里の皆の行方を、私が知っているわけではない……私は君を、ほんの少し、助けてあげられるだけだ」
「ありがとう。貴方には本当に、感謝をしているよ……里の皆は、私が必ず捜し出して助ける。ハイアルヴより賜った、私の試練だから」
「リーンエス王国内では、残念ながらハイアルヴの加護は君に及ばないだろう」
男の言葉から、眼差しから、ライナは逃げられなくなっていた。
「君は自力で、生き抜いていかなければならない」
「覚悟は、している……」
「自分に一体、何が出来るのかを、君は知らなければいけない」
男の瞳に、呆然と蕩けかけたエルフ少女の、間抜けな美貌が映っている。
「私が、それを教えてあげよう」
●
自分に一体、何が出来るのか。
自分が、どの程度のものでしかないのか。
自分が、どれだけ卑しい存在であるのか。
その時ライナは、男によって、徹底的に教え込まれた。
男にとってライナは、人形だった。
玩具であり、愛玩動物であった。
リーンエス王国では、誰もが自分を、そのように扱う。
それを、頭ではなく肉体で納得させられた。
男にとってライナは、人形であり、玩具であり、愛玩動物であり、最終的には商品となった。
ライナは売られ、そして買われた。
リーンエス王国を形成するヒューマンという種族にとっての、自分たちエルフとは一体何か。
生まれてからずっと森の中で過ごしてきたライナが、それを知る事は今まで無かった。
ライナを買った貴族は、それを体現するような男であった。
「あの奴隷商人め。高慢なエルフ族の小娘を、なかなかに仕上げておるではないか? うむうむ、ぐふふふ」
でっぷりと肥え太った、醜悪な男。
その肉体の、最も醜悪な部分をライナに突き付け、おぞましく荒ぶっている。
「だが、まだ足りぬ。良いかエルフの牝よ、そなたらの肉体は我らヒューマンを悦ばせる為だけにある」
(世迷い言を……っ!)
奉仕を強いられながらライナは、心の中で歯を食いしばった。
(私が、こんな事をしているのは……このヒューマンばかりの国で、生き抜くためだ。生き抜いて、情報を集め……皆を、捜し出すためだ……それだけでしかない。誰が、お前などに……ッ!)
「わかるぞ。そなた、心の中では私を拒んでいるであろう? 拠り所が、あるのだな。ぐふっ、ぐふふふふ……そんなものは、すぐに蕩けて無くなる。私の、この魔力によってな。心身共に、そなたは私を拒絶出来なくなる。奴隷の悦びに、さあ目覚めるが良い」
●
買われて一月を過ぎた頃。
主人である肥った貴族だけでなく、その使用人までもが、ライナを玩具として扱うようになった。
「この牝犬がよぉ、ご主人様に散々しつけられてんだろ? イイ声で鳴いてみろやオラァ」
「や、やめろよ……かわいそうだろ」
使用人が二人いて、片方は消極的ながらライナを助けてくれようとしているのか。
「あ? 何だテメエ、動物愛護でもやってるつもりかぁ? ご立派なこったなオイオイオイ!」
「え、エルフは動物じゃないだろ……」
消極的な事を言いながら、一方的に殴られ、蹴られ、倒れ伏す。
「俺が今から、この牝犬ちゃん可愛がってやっからよォ。テメエはそれ見て一人でやってろ偽善野郎が」
ライナは、牝犬として扱われた。
這いつくばり、犬のように鳴いた。
夜になれば、あの醜く肥え太った貴族が、自分を同じように扱う。否、もっと過激な事をする。
ライナは、牝犬のように鳴く。
里の皆が、行方不明となった。
それすら、もはや思い出す事はなかった。
●
「ひいっ、待って……待ってくれよ、なあ……」
使用人が、命乞いをしている。
「わかった、悪かったよ。偽善野郎とか言って本当にごめん、謝るから」
「そう……僕は、偽善者でも動物愛護者でもない」
かつて殴られ蹴られる暴行を受けていた青年が、剣を振るって使用人を斬殺した。
「あの男と敵対する、某貴族の諜報員さ」
あの男、と呼ばれた人物は先程、官憲に捕縛された。
ライナの主人である、肥え太った貴族。
官憲が動くに足る罪状を調べ暴くのが、この青年の任務であったのだろうが、それは今のライナに理解出来る事ではなかった。
「あなたが……あたらしい、ごしゅじんさま……?」
ライナは、青年に襲いかかった。
悲鳴が、耳に心地良かった。
●
その悲鳴で、ライナは目を覚ました。
「…………夢……」
宿屋の一室。いつの間にか、寝入っていたようである。
平和だからだ。
寝台の上で、ライナは軽く、頭を押さえた。
戦いの日々から、稀に解放されると、あの頃の事を夢に見てしまう。
全て、ほんの三年ほど前、自分ライナ・フレイヴァルツの身に現実に起こった事態である。
あの時、以前の自分と以後の自分は、全くの別人であるとライナは思う。
あの体験は間違いなく、自分が授恵者として覚醒する、きっかけの一つであった。
ライナの飼い主であった、あの肥え太った貴族は、法の裁きを受けて牢獄に入り、そこで死んだ。
今更、憎しみがあるわけではない。
ただ、飼われていた日々を思い出すだけだ。
思い出す度に、身体が疼く。
関係者がこの世から消え失せても、ライナの肉体からは消えてくれないものがある。
軽く頭を振って、ライナは身支度を整えた。
何もしていないから、思い出してしまうのだ。
する事が、無いなら探しに行くしかない。
大量のクリーパーを皆殺しにするような仕事が良い、とライナは思った。
平和になると、落ち着かなくなる。
クリーパーや魔獣と戦っていたい。アンデッドでも良い。メドゥの指先による悪行も、止めなければ。
そういった戦いから解放されている時間が、ライナ・フレイヴァルツは耐えられなかった。
何もせずにいる時間が、耐えられない。
思い出す。苛まれる。
それが、ライナにとっての平和であった。
●
「そうか……里の皆が、行方不明となってしまったのか」
男は、それを心の底から憂えてくれている。
ライナ・フレイヴァルツは、そう感じた。
他者の苦境を、我が事のように感じ、苦しみを共有してくれる。そんな、心優しい人物なのだとも。
だから、道端で倒れていたエルフの少女を、こうして拾ってくれた。
良い宿に泊まらせてくれた。
そこでは身体を綺麗に洗う事も出来たし、美味しい食事を振る舞ってももらえた。
1220年、6月某日。
今日、自分は運命の出会いを果たしたのだ、とライナは思う。
「……大変だったね、ライナ。それで君は、消えてしまった皆の行方を探し求めて一人、こんな所を旅していたと」
「リーンエス王国は……こっちの方向で、合っているよな」
ライナは、涙ぐんでいた。
この男の優しさに、涙腺が蕩けてゆく。
「王国なら、何か情報が得られるんじゃないかって……思って……だけど、焦燥感や疲ればっかりが積み重なって」
「倒れてしまったんだね。たまたま私が通りがかって、本当に良かった。君たちエルフの言う、ハイアルヴの導きだろう」
男が、じっとライナの瞳を見つめてくる。
「里の皆の行方を、私が知っているわけではない……私は君を、ほんの少し、助けてあげられるだけだ」
「ありがとう。貴方には本当に、感謝をしているよ……里の皆は、私が必ず捜し出して助ける。ハイアルヴより賜った、私の試練だから」
「リーンエス王国内では、残念ながらハイアルヴの加護は君に及ばないだろう」
男の言葉から、眼差しから、ライナは逃げられなくなっていた。
「君は自力で、生き抜いていかなければならない」
「覚悟は、している……」
「自分に一体、何が出来るのかを、君は知らなければいけない」
男の瞳に、呆然と蕩けかけたエルフ少女の、間抜けな美貌が映っている。
「私が、それを教えてあげよう」
●
自分に一体、何が出来るのか。
自分が、どの程度のものでしかないのか。
自分が、どれだけ卑しい存在であるのか。
その時ライナは、男によって、徹底的に教え込まれた。
男にとってライナは、人形だった。
玩具であり、愛玩動物であった。
リーンエス王国では、誰もが自分を、そのように扱う。
それを、頭ではなく肉体で納得させられた。
男にとってライナは、人形であり、玩具であり、愛玩動物であり、最終的には商品となった。
ライナは売られ、そして買われた。
リーンエス王国を形成するヒューマンという種族にとっての、自分たちエルフとは一体何か。
生まれてからずっと森の中で過ごしてきたライナが、それを知る事は今まで無かった。
ライナを買った貴族は、それを体現するような男であった。
「あの奴隷商人め。高慢なエルフ族の小娘を、なかなかに仕上げておるではないか? うむうむ、ぐふふふ」
でっぷりと肥え太った、醜悪な男。
その肉体の、最も醜悪な部分をライナに突き付け、おぞましく荒ぶっている。
「だが、まだ足りぬ。良いかエルフの牝よ、そなたらの肉体は我らヒューマンを悦ばせる為だけにある」
(世迷い言を……っ!)
奉仕を強いられながらライナは、心の中で歯を食いしばった。
(私が、こんな事をしているのは……このヒューマンばかりの国で、生き抜くためだ。生き抜いて、情報を集め……皆を、捜し出すためだ……それだけでしかない。誰が、お前などに……ッ!)
「わかるぞ。そなた、心の中では私を拒んでいるであろう? 拠り所が、あるのだな。ぐふっ、ぐふふふふ……そんなものは、すぐに蕩けて無くなる。私の、この魔力によってな。心身共に、そなたは私を拒絶出来なくなる。奴隷の悦びに、さあ目覚めるが良い」
●
買われて一月を過ぎた頃。
主人である肥った貴族だけでなく、その使用人までもが、ライナを玩具として扱うようになった。
「この牝犬がよぉ、ご主人様に散々しつけられてんだろ? イイ声で鳴いてみろやオラァ」
「や、やめろよ……かわいそうだろ」
使用人が二人いて、片方は消極的ながらライナを助けてくれようとしているのか。
「あ? 何だテメエ、動物愛護でもやってるつもりかぁ? ご立派なこったなオイオイオイ!」
「え、エルフは動物じゃないだろ……」
消極的な事を言いながら、一方的に殴られ、蹴られ、倒れ伏す。
「俺が今から、この牝犬ちゃん可愛がってやっからよォ。テメエはそれ見て一人でやってろ偽善野郎が」
ライナは、牝犬として扱われた。
這いつくばり、犬のように鳴いた。
夜になれば、あの醜く肥え太った貴族が、自分を同じように扱う。否、もっと過激な事をする。
ライナは、牝犬のように鳴く。
里の皆が、行方不明となった。
それすら、もはや思い出す事はなかった。
●
「ひいっ、待って……待ってくれよ、なあ……」
使用人が、命乞いをしている。
「わかった、悪かったよ。偽善野郎とか言って本当にごめん、謝るから」
「そう……僕は、偽善者でも動物愛護者でもない」
かつて殴られ蹴られる暴行を受けていた青年が、剣を振るって使用人を斬殺した。
「あの男と敵対する、某貴族の諜報員さ」
あの男、と呼ばれた人物は先程、官憲に捕縛された。
ライナの主人である、肥え太った貴族。
官憲が動くに足る罪状を調べ暴くのが、この青年の任務であったのだろうが、それは今のライナに理解出来る事ではなかった。
「あなたが……あたらしい、ごしゅじんさま……?」
ライナは、青年に襲いかかった。
悲鳴が、耳に心地良かった。
●
その悲鳴で、ライナは目を覚ました。
「…………夢……」
宿屋の一室。いつの間にか、寝入っていたようである。
平和だからだ。
寝台の上で、ライナは軽く、頭を押さえた。
戦いの日々から、稀に解放されると、あの頃の事を夢に見てしまう。
全て、ほんの三年ほど前、自分ライナ・フレイヴァルツの身に現実に起こった事態である。
あの時、以前の自分と以後の自分は、全くの別人であるとライナは思う。
あの体験は間違いなく、自分が授恵者として覚醒する、きっかけの一つであった。
ライナの飼い主であった、あの肥え太った貴族は、法の裁きを受けて牢獄に入り、そこで死んだ。
今更、憎しみがあるわけではない。
ただ、飼われていた日々を思い出すだけだ。
思い出す度に、身体が疼く。
関係者がこの世から消え失せても、ライナの肉体からは消えてくれないものがある。
軽く頭を振って、ライナは身支度を整えた。
何もしていないから、思い出してしまうのだ。
する事が、無いなら探しに行くしかない。
大量のクリーパーを皆殺しにするような仕事が良い、とライナは思った。