【モブ悲】似て非なる君へ
キャラクターノベル制作 百草納品 2023年06月08日 12時23分07秒
はじめて彼女――エリカ・プレトリウスを目にした時、まずは己の目を疑った。
あの子と同じ顔、同じ髪、同じ声。唯一の違いは、森人であることを象徴する長い耳。ああ、あの子がまだ生きていたのなら、きっと。そう思わずにはいられない、天国から降りてきたのだと言われても信じてしまいそうな、不思議な少女だった。
あの子――シュルトハイス子爵令嬢と実際に会って話したのもずいぶんと昔のことのはずなのに、今でも目を瞑れば鮮明に思い浮かぶ。
幼心に抱いたそれが恋だと知った時にはすでにこの世界から居なくなっていた、僕にとって忘れられない唯一の人。
目の前を歩く彼女があの子とあまりにも瓜二つだったものだから、気付けば次の瞬間には声を掛けていた。
「君、名前を聞いてもいいかな?」
「……? 貴方、は」
困惑する彼女に謝罪を述べてから昔の知人に似ていると話せば、彼女は納得したという顔で応じる。
「エリカ・プレトリウスと、申します」
優雅にお辞儀をするその仕草までもが、記憶の中のあの子と重なる。加えて名前まで一緒となれば、もはやただの偶然だとは思えなかった。
「君も、エリカという名前なんだ?」
確かめるように告げる僕の言葉を耳にした、その時の彼女の表情が何故か引っ掛かって仕方がない。
それが、僕が彼女自身に抱いた第一印象だった。
●
「君を、憎からず思っているよ」
目の前でそう告げる彼を前に、エリカはどこか他人事のように感じていた。
数ヵ月前に名前を尋ねられてからというものの、何かと気に掛けてくださる親切な方。とはいえ。シャーフヴルムにほど近い場所に存在する領を治める伯爵家。そのご子息ともあれば、森人の平民であるエリカが軽々しく話すことが許されるような立場の人間ではなく。
その上。彼はエリカ・シュルトハイスの知人であり、エリカではなくエリカを見ているひとだった。
だから、先ほどの彼の言葉もエリカではなくエリカ宛に告げられたものであると判断した。
「お気持ち、大変嬉しいです。……ですが、私には身の余るお話ですので」
エリカとして答える。
この学園に通っているのはエリカではなくエリカだから。本来であればこの場に立つことも許されない身であることを、学園に入学してからの二年と少しの間で嫌と言うほどに実感していた。
(例え、今のわたしが亡きお嬢様の代わりとして、その人生の続きを生きていたとしても。所詮は偽物でしかない)
目を丸くする彼に、一呼吸分だけ時間をおいてから続ける。
「貴方の知る私――いいえ、エリカ・シュルトハイスは、……とうに散り果ててしまいました」
遠い昔にエリカが彼のことをどう思っていたか。今のエリカには知る術もなく。愛も恋も知らぬ身のエリカがその想いに応えたところで、彼が望む未来にはどうしたって繋がらない。
故に。続く言葉がどんなに無礼なものであろうとも、エリカには断る以外の選択肢は存在しなかった。
「……わたしは、シュルトハイス子爵家の当主夫妻に拾われ、ご子女と同じ名を賜り、彼らのご厚意でこの場にいることを許されています」
そのまま一息に続きを出そうとして、震えそうになる声に気付き思わず呑み込む。
けれど。きちんと伝えなければ。エリカは、どんなに時を重ねてもエリカにはなりえないのだと。
深呼吸。
「貴方の想う私ではなくて、本当にごめんなさい」
●
貴族の一礼をしてからその場を後にする彼女の背を、僕はただ見送る事しかできなかった。
掛けたい言葉がなかった訳ではない。返す言葉が見つからなかった訳でもない。
けれど。彼女を通してあの子を見ていたことを、彼女を前にして否定することが出来なかった。
思えば。
数ヵ月前に彼女に声を掛けてから、否、それよりもずっと前から、彼女はずっとあの子を演じていたのではないか。
去り際に放たれた彼女の言葉は、少しだけ震えていた。いつもの彼女らしからぬ姿ではあったけれど、だからこそ、腑に落ちた。
彼女にはじめて声を掛けた際に覚えた違和感の、答え合わせ。
彼女は、あの子ではない。
そんな当たり前のことを、彼女に言われてはじめて自覚した。
「……はは。これは振られて当然だな」
あまりの情けなさに、思わず自嘲の声が漏れる。
彼女に向けた言葉は本心だった。けれど、未だにこの胸に燻る想いが瞼に焼き付いて離れないあの子に向けてのものなのか、はたまた彼女に向けての感情なのか。
それを断言するには、僕は余りにも彼女自身のことを知らなさ過ぎた。
それでも。
もっと彼女のことを知りたいと、そう願う心が芽生えたことだけは、何にも変えることのできない事実でもあって。
明日また、彼女に話しかけてみよう。
――あの子ではない、彼女自身に。
決意と共に、拳を握り締めた。