エリカ・プレトリウスの帰省

キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2023年05月07日 16時44分21秒

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「……ネム。うちのような貴族では、跡継ぎ問題が無い筈がないって、あの部活で聞いたの」

 郷里への帰路の車中。感じている漠然とした不安を打ち消せるように、エリカ・プレトリウスは自分の考えを口に出す(相棒へ語る)。シュルトハイス夫妻が家の中でどれだけエリカを可愛がってくれようとも、対外的にはそうはいかない。エリカは外で夫妻をお父様やお母様と呼ぶことは許されていなかった。昔は漠然と受け入れていたその指示は、学びを経れば当然のことだと思う。リーンエス王国では、異種族の子は正式な子としては認められない。

 エリカ(わたし)には、先祖から貰った伝統など何もない。名前だってエリカ(私)からの借りものだ。だから、王国の伝統と言われても何ら響かないのだが、お世話になっている夫妻の立場が悪くなる事など望まない。彼らに要ると言われるならば娘の振りをどこまでも続けよう。もう要らないと言われればこれまでの謝意を述べてすぐに立ち去ろう。その下に年頃の一人の少女の窒息しそうな感情が存在するとしても、エリカ(私)の代替品としてお世話になって来たという彼女にとっての事実の前には取るに足りない。

 ――だから、久しぶりに帰省してまでその事を聞きたいと思ったのは、エリカが不安だったからではない。偽物であるが故の不安を、エリカ(私)が持つ筈も無い。だから、存在しない乖離への不安をエリカは持つべきではないし、持ってはならないし、だから持たない。

「ネム、もしも私の居場所がなくなっても、一緒に来てくれる?」

 手の中の相棒が返してくれた当然という思念だけが、今日思い描いた沢山の当然の中で一つだけ暖かかった。

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 学園に入学してから、エリカと顔を合わせる機会は減った。最初は休暇の際にはずっと戻ってきていたのが、戻るのが休暇の半ばになり、数日だけになる。学業についていくために必死だったという理由までは夫妻に伝わっていなかった。なので当然ながら、寂しかったシュルトハイス夫妻はエリカの久々の帰郷を歓迎した。正確に言うなら夫妻も含め家中の者が大歓迎した。

(こんなに喜んで貰えるなら、少し課題を持ち帰ってでも、帰省するべきだったかな)

 こんなにもエリカ(私)が歓迎されているのだから。幼かった頃に、メイド達から、エリカが居てくれて良かったとしみじみと言われたことがある。今も当時も、エリカにとってはエリカ(私)の代わりが歓迎されたのだという意味にしか取れなかった。ニコニコと自分を歓迎する笑顔を見れば、そうした悪意のない呪いの言葉が幾つも思い出される。もっとも、それを呪いだと認識している者などエリカも含めて誰もいなかった。ここにあるのは。愛する娘を失い、そっくりの少女に出会ってその娘を代わりに溺愛し、娘もそれに応えたという、とても甘く美しく、薄氷の上に保たれたお話だけだ。その筈だ。

「……ぁの……お父、様。……養子の話などが来ているというのは本当ですか……?」

 夕食後の団欒の一時、近況を尋ねる両親にエリカが答えるという流れが一段落した時に、彼女は勇を鼓して質問を投げた。キョトンとした表情の後で、エッカルト(父)が血相を変える。

「どこの誰が相手か知りませんが、エリカを養女に出しはしません」
「ぇ……、いえ」
「でも、エリカが望むなら……。一介の子爵家では、望めそうもないような縁を見つけたのかしら?」

 何か根本的な誤解がある。一つ確かなのは、シュルトハイス家に養子の話など来ていないか、あるいは来ても全く興味を持っていないのだろう。でなければ、幾らなんでもエリカの話だなどと言う誤解が出てくるはずも無い。とりあえず、誤解を解くべく説明をした。

「……すまない。私はてっきり学園で良い人を見つけたのだと思ったんだよ」
「王子様に見初められたのかと思っていたの」
「私は……、わたし、だから」

 そんな筈がある訳がないと、耳に触れて見せる。

「そんな事を気にしていたのかい? まあ、確かに貴族の正妻では煩い者もいるだろうが、正式な形でなくとも夫婦にはなれるだろう」

 ようやく理解が追いついた。つまり、エリカが誰かに見初められた+養女に出さねばならない=妾になるにも家柄が必要なやんごとない相手、と。ふわふわしたアンジェリカ(母)の最初の前提がそもそも間違っている。エリカは更に誤解を解くべく奮闘した。夫妻の側にも言い分があったらしい。段々と帰郷が少なくなっていた年頃の娘が、突然帰ってくると聞かされれば、そう言う心配をするものなのだと夫妻が力説するのならば、きっとそういう物なのだろう。なにせ、エリカは他の人の親を知らない。

「わたしは、もしかしたら、おうちに養子のお話が……、跡継ぎの、話があるんじゃないか、って」
「そう言う話はありますが、すべて断っているのでエリカが心配する必要はありません。エリカに会わせずに決める事もしません」
「というよりも、学園で良い人を見つけて来てくれれば良いと、思っていたのよ」
「私は思ってませんよ」

 前のめりのアンジェリカ(母)の横で、にっこりと否定するエッカルト(父)。微妙に路線が分かれる両親だが、それ以前の所でエリカは首を傾げる。跡継ぎの話で、どうして自分の良い人がどうと言う話になるのだろう。仮に、もしも仮にそういう人物が出来たとして、それはエリカ(私)にふさわしい貴族子弟でなければならない。つまりエリカ(わたし)では無理だ。とまで考えた所で、さっき言われたことが思い出された。

「……正式な形、でなくとも」
「そう。あなたが良いと思う人であれば、私達は応援するわ」

 相手がヒューマンであれば、表向きシュルトハイス家の養子として迎え入れ、エリカを内縁の妻とすれば良い。相手が異種族であれば、跡継ぎにする事は出来ないが、それでも身の振り方に困るような事はさせない、というのは夫婦の共通認識で、相手を認めるか否かで若干の温度差があるだけのようだ。エリカはそれでも困惑する。言われてみれば、エリカ(私)であれば、跡継ぎを婿に取るのは当然だった。夫妻が求めているのはそう言う事なのだろうか。そうなのだろう。それがエリカ(私)にとっての当然であれば。

「……ありがとう、ございます。少し疲れたので、部屋に戻ります」

 夫妻の要望は理解できた、と思う。しかし、エリカ(わたし)には難しい。これまでとても良くしてくれた子爵家の家中の皆、領民も他人ではない。彼らを託せるような立派な相手を選び、その人を篭絡してエルフである事を気にさせず、次の子爵となる事を了承してもらわねばならないのだ。

「いっそこの耳を、切ってしまえればいいのかな、ネム」

 そんな事をしても、駄目な事は分かっている。ヒューマンとエルフはやはり違う。耳を切って見た目だけ似せたとしても、不自然さが表に出るだろう。貴族女性には年齢不詳の女性も多いと聞いたから、頑張れば20年か30年は誤魔化せるだろうか。夫妻が亡くなるまで誤魔化せばいいなら、ヒューマンの振りをするのも選択肢に、と思った所でネムが指先をつついた。

「駄目かな?」

 幼い頃に耳を切ると口にしたら、アンジェリカ(母)には泣かれ、エッカルト(父)には家じゅうの刃物を隠され、しばらくは決して一人にならないように誰かがついて回っていた。エリカ(私)にはなくエリカ(わたし)にしかないものなのに、夫妻は無くして欲しくなかったらしい。そう言えば、理由はまだ知らない。学園は知らない事を教えてくれるが、そのせいで分からない事が後から出てくることもあるようだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0