死線にワルツを

電脳戦潜アプリェーリ イベントノベル(テーマ)翡翠電脳公社制作 煙納品 2023年05月13日 09時33分08秒

 その戦場は、二人のための舞台だ。
 思うさま舞い踊れ、傷薔薇と楔石。
 君達の傷心と哀惜、恋慕と感傷を、
 人々は甘露と食み、熱狂するのだ。


 S.E(シュヴァーン・エレクトロニクス)所属、雷霆の騎士『スフェーン・ケラヴノス(ジュスト・ヴェルジー)』。彼と、対戦相手の『傷薔薇(ローザリカ・L・ディオール)』の間には些か複雑な因縁がある。
 彼女は、深赤の薔薇(スカーレット・ローズ)ではない。原義に忠実に区切るならば、『傷物の薔薇(スカー・レッド・ローズ)』だ。翡翠電脳公社所属。かつてスフェーンの相棒を務めていたデュープと、幾度も戦った事のある女である。
 ――傷薔薇は、いつも悪役(ヒール)だった。
 スフェーンがその手を取り、己が身を尽くす薔薇の姫騎士(スカーレットローズ)は、常に美しく、輝くような気品に満ちた、傷薔薇と同じ髪の色をした女だ。

 高貴にして無垢なる薔薇と、棘まみれの尖り欠けた薔薇。
 その対比は、否応なく人々の歓心を買う。

 姫騎士と傷薔薇は幾度もマッチングされ、常にバトルにおいて比較されてきた。姫騎士は常に堂々と、自信に溢れ、傷薔薇を圧倒してきた。同じ髪の色、瞳の色、よく似た顔形をして、その性能差。
 傷薔薇が勝つことなど一度も無かった。悪役は敗れる定めとばかり、幾度も敗北を舐めてきた。人々は、『やっぱり姫騎士が勝つんだよな』と、その結果を肯定的に受け容れてきた。
 傷薔薇は、どこまでも孤独だった。


 嗚呼、なぜあの女ばかり。
 どうして僕には何もない。
 お前は誰だ。
 どうしてお前だけが。どうして僕だけが?
 そんなにも恵まれて、こんなにも寂しい?


「……ッ!!」
 息を詰めるのはスフェーン。凄まじい速度で、二者は打ち合っている。
 デュープバトルに慣れているはずの観客さえもが呆気にとられ、二人の装備が残す残光を追うので精一杯の有様。実況までもが要領を得ない。
 そこはまさに二人の世界だった。傷付けあい、勝利を求めて斬り結ぶ――どちらかが倒れるまで続く、どうしようもない相互確認。
 ――今まで、いかなるバトルにおいても、スフェーンは傷薔薇を容易くあしらってきた。元よりスフェーンはS.Eの花形にして、高潔たる騎士。女性デュープに対して手加減をすることも珍しくない。
 それが、今回は圧されている。
 鬼気迫る覇気が、傷薔薇の背で燃えるかのようだ。
「ぁぁぁあァッ!!」
 行き場のない想いを血を吐くような叫びに換えて、傷薔薇が踏み込む。彼女の武器は身の丈ほどもある大剣。それをまるで小枝のように振り回し、スフェーンに打ち掛かる。
 スフェーンは左腕(さわん)直結型のブレードで受け流し、或いは弾き、的確な差し返しで傷薔薇のHPを削るが――それでもなお傷薔薇の攻撃の質量、速度、共に凄まじい。元来スロースターターであるはずの彼女が、此度は初手から全力、己を燃やし尽くすかのような勢いでスフェーンを猛撃する。
 切なる表情。増悪と。哀願と。恋慕と、哀切。傷薔薇の表情が悲痛に歪む。
「……彼女と同じ顔で……そんな表情をしないでくれ」
 苦しげに、スフェーンは言った。それが何より残酷なことと知らぬまま。
 アイウェア(ガラス)越しの瞳。傷薔薇が纏う翡翠と同じ色の瞳。

 隠さないで。瞳(あなた)を見せて。
 内心の切なる訴えは、嗚呼、彼には届かない。

「何故……何故、何故、何故なのッ!!」
 なぜあの娘ばかりがこの騎士の愛を忠誠を、一身に受ける権利があるの!
 ――僕だって同じ顔をしているのに!! ……同じいろをしているのに!!
 慟哭を吐き出し、傷薔薇は命を燃やすように加速する。その凄まじい機動に、スフェーンは目を剥いた。
 反応しきれなかったからではない。明らかに命を削っていると、理解してしまったためだ。
「君の実力は認めよう、だが、――勝ちは譲らない! もう止せ、それ以上は本当に壊れるぞ!」
「望む所よ!!」
 ――君に愛されないのなら、こんな躰、燃え尽きてしまえばいい!!
「ッ――君が君を壊してしまう前に……俺が君を倒す!」
「やってみなさい、出来るものならッ!!」
 戸惑い混じり、言葉に詰まりながらも、しかし騎士ははっきりと、君を倒す(きみをすくう)と言う。
 ――それがどれだけ残酷な言葉か、君は知らないんだろう!
 傷薔薇は声もなく、斬り結びながら荊棘の蔓めいた鞭を翻した。大剣による苛烈な近接格闘を演じながら、空いた左手が鞭を手繰る!
「ッ?!」
 今までにない複雑な攻撃パターン。斬撃と同時にしなる鞭がスフェーンの虚を衝き、その身体を絡め取って、引き寄せる。風切音を立てて繰り出される前蹴りが、スフェーンの鳩尾を踏みつけるように蹴り倒した。
「かはッ……?!」
 肺を吐き潰して倒れる男に、傷薔薇は覆い被さる。マウントポジションに似ていたが、そこには、頬に伝うような激情があった。

「僕(わたし)だけを、見て……」

 もう、ガラス(アイウェア)なんていらない。スフェーンの目元から、もぎ取って捨てる。
 露わになった翡翠と、ヘイゼルの視線が、間近で絡んだ。
 豊かな赤髪が、カーテンめいて他全ての視線を遮る。
 檻髪(おりがみ)の中で、二人はいま、裸の瞳で向かい合った。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0