Who may woo but cost?
キャラクターノベル(グループ)制作 しらね葵納品 2023年04月29日 22時24分19秒
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月下の春は人も樹も櫻にしづめ、艶なる空には煙筒から吐き出される煙と夢見心地の雲が寛悠と流れていた。風蕭々と花降らし、何處ぞでは鵞鳥が自分を見失わんと哭くばかり。往来の跫音も悉皆止んだ今宵は紅色。真夜のふたりは隣に在る体温を手繰り、掌指を絡め身を寄せ合った。待ち侘びた静謐けさが訪れる迄は焦躁しく、熱病にでも魘される様な心地で、何をするにも上の空であった様に思う。惚れた腫れたの戀患いには残念乍ら付ける藥は無い。灼けて、爛れて、乾涸びて、未だ熱を上げるのだ。
舞い込む花一弁、腕を伸ばし掴もうとすれば不意に軀を抱き竦められ、手中に収める事の叶わなかった其れはひらり、ひらり、躍る様に床へと落ち行く。乙女が殘念がって『嗚呼、』と聲を挙げれば青年は細腰に回した腕にひし、と一層の力を込めた。
「……僕が此の状況下で覚を抜かしたのは認めよう。だけど君、花に嫉妬する者があるかい?」
平時ならば噯気にも出さぬというのに、今は妬いている事なぞ隠しもせずに背に体重を預けて来る。ジュスト・ヴェルジーとはそう言う男だった。
「世に花は咲き誇れど、俺が何寄最も美しいと想うのは今此処に在る一輪の薔薇。ロゼ、君だけだからね」
とん、とん、と首筋を叩く指先は、『もういいかい』だなんて花盗人にしてはいじらしい合図。其れを受けた赫々たる薔薇――ローザリカ・L・ディオールは花瞼から伸びる長い睫毛を顫々と悸わせ、其れからたっぷりの時間を掛けて息を吸って、吐いて、漸く囁く様に密やかにいらえを返す。
「うん」
薔薇はふうわりと己を委、程綻び夜の間に咲く。
「もういいよ」
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接吻は魔藥の其れだ、癖に為ってしまう。世に棲まむ如何なる作文屋が甘美且つ浪漫的に謳い上げて民衆が憧憬れた處で、一度記臆えてしまうと尚一層慾しいと其れ丈が頭を支配する代物だから恐ろしい。最初は、確認する様に喙んで。次に、逃さぬ様に永く深く。脣が触れた先から些少やそっとでは冷め止まぬ体熱を孕み、じわり齲まれ、軈ては軀の隅々に行き渡った。ジュストは良く好んでか首に接吻したがるのだ。脣が離れた一瞬に悉皆と焔照った痕にローザリカが手を遣ると随分と脈が早くて、そして是から問おうとする事に思考を巡らせば糅てて加えてどくり、と強く浪打つのを感想る。軽く微塵動、彼の腕の中で丁度いい位置を模索して、視線が接る場所で静止すると漸心を煩わせていた事について口火を切った。
「……君の其れは、判っててやっているのか」
ぎゅう、と眸を閉じて耐えているだけだったローザリカとは平生と違う感触を得られた『おや』とジュストは瞠目する。
「判ってて、とは?」
「滑稽ないでくれ、判っているんだろう?」
肩を竦めて見せる彼に追討を襲けるも、此の勝負、如何にも旗色が悪い――接吻をする場所に紐付けられた、意味する感情について。識っていたとしても『識らないね』と白を切られたら其処で終いだ。而て、昏がりの中で眸が爛々ともえる蛇は愈々と蜜より甘く笑い、妙に誘惑的な白い八重歯を覗かせた。
「勿論」
心臟が口から転び出そうな程に跳ねた。向けられた笑顔の甘気に酔はふ。そうやって云われてしまうと、其れこそもっとお終いだ。狡黠い、狡黠い。狡黠い男だ。如何して誨えてくれなかったのかと拗ねれば屹度彼は完璧に笑って見せるに違いなかった。口を黙、言辭を継げずにいると『どっ、どっ、どっ、』と耳の中に直接鼓動が響いて五月蝿い。
「……――誰からか聴いたのかい?」
「え? 嗚呼、あの娘に」
「どんな時に、どんな気持ちで聴いていたんだ?」
「何を云っているんだい、……髪を梳いて貰って居た時に、えぇっと」
深更にぬるぬるとした静寂が場を支配する。掌指という掌指は悦びに悸え、幺微かに汗ばんで湿った其れで寝布を握り、月ををかす鴉の群れが東に流れて行く隙間に顔貌を変え終えたジュストがローザリカの結えられていた鬢の乱を掬い指に絡め、吹っ切る様にわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「良かったよ、ロゼ。君が若し俺の素知らぬ場所で其の意味を理解して、羞恥いで頬を染めるなんて所を誰かに見られていたって想像したら――其れこそ嫉妬で気が狂いそうだしね」
「僕の婚約者殿は偶に嘘か真か判りかねる事を飄然と仰られる」
「はは、本音なんだがな」
愛と呼ぶには余りにも熟れ過ぎた果実の様などろり、どろりとした感情は譬れば止めどなく、果てのない湧き上がる海だ。美しく気高い薔薇は未だ識らなかった、彼が何れだけ狂気めいた苦悩と淫慾に染れ苛まれていたかを。けれど薔薇は其の片鱗を識った、丁寧に塗り固められていた笑顔の假面に爪を立てたものだから。
「髪は『思慕』、掌には『懇願』。場所によって接吻の意味は変わるけど、さあ、此処でお浚いだ。首筋への接吻は?」
「『執着』――……」
「大正解」
ひとつ、ひとつに恭しく口付けて行った脣が耳へと移り、唯でさえ鼓膜を劈く心地の其処へと亦、接吻をひとつ受ければ軀中の力が抜けて背中が猫の様に丸まった。彼の腕の中に在るのは変わらず、其れでも尚、却も走りしないのは応えてしまいたいからだろうか。『誘惑』をされては今迄必死に互いで律して来た総てが崩れてしまいそうで、何時からか覚えていた淡い寂寥を埋めてしまいたくなって仕様が無い。簡単な事なのだ、僅ひとつ、引いていた線を越えるだけ。『後ろめたい』だなんて感情、こうして密やかな逢瀬を重ねて、散々接吻を交わしていて『何を今更』な様にも捉えられよう。接吻の意味なんて識らなければ良かったとローザリカが心に苦い悔恨が湧いてくると其の一方で、ずっと前から彼は示してくれていたのだという愛おしさで綯い交ぜになり張り詰める戀情に火の様に熱い泪を湛えている所へ、ジュストは同じ熱に魘された様な吐息を耳元で漏らし『貌を上げてくれるかい?』と乞うた。亂れ心地の眸でよろよろとそうすれば、同じ位切なそうに眉を顰めた貌と合って。
「もし……もし。赦されるなら」
喉元から真っ直ぐに下へと、人差し指が伝い、少し開けだ浴衣の磁器を思わせる白い両の膨らみの間で止まる。
「本当は是処にもしたいんだけど。意味はご存知かな? おっと、睨まないでくれよ」
「……『所有』、其れに、『独占欲』だったか」
眸には泪が一杯に溜まり、其れが月の光をきらきら反射させ乍ら睨みつけてくる光景は筆舌に尽くし難い馳走だ。そんなローザリカを見て『可愛らしい』と口角が寛々上がるのを自覚して、さて我儕は嗜虐性色情狂者だったのかと認識を新たに柔肌に包まれた心臓のある位置を押した。
「……――私は、否、僕は、」
「ロゼ?」
ジュストには覚えがある。彼女が自身を『私』と云うのは『嫋やかな伯爵令嬢』である時か。若しくは『照れ過ぎて容量以上』な時だ。湿りを帯びた頬を拭ってやっていれば、ローザリカはふう、ふう、と呻吟き乍ら其の掌を小さな子供が大切な宝物に触れる様な手付きでそっと握り締める。
「私はとっくの昔に、君の所有物だと思って居た、のだけれどな。でもジュストがしたいなら其れは其れで、嬉し――」
余りの感動に胸を打たれた人間は、其れを矢鱈と語り合う事はしない。言葉にしようとするとすぅっと消えてしまう様な代物を閉じ込めておきたくて性急に為ってした接吻は。
「痛いじゃないか!」
勢い余って歯が打衝かる、今迄で一番下手糞な――初心な少年のする接吻だった。
月下の春は人も樹も櫻にしづめ、艶なる空には煙筒から吐き出される煙と夢見心地の雲が寛悠と流れていた。風蕭々と花降らし、何處ぞでは鵞鳥が自分を見失わんと哭くばかり。往来の跫音も悉皆止んだ今宵は紅色。真夜のふたりは隣に在る体温を手繰り、掌指を絡め身を寄せ合った。待ち侘びた静謐けさが訪れる迄は焦躁しく、熱病にでも魘される様な心地で、何をするにも上の空であった様に思う。惚れた腫れたの戀患いには残念乍ら付ける藥は無い。灼けて、爛れて、乾涸びて、未だ熱を上げるのだ。
舞い込む花一弁、腕を伸ばし掴もうとすれば不意に軀を抱き竦められ、手中に収める事の叶わなかった其れはひらり、ひらり、躍る様に床へと落ち行く。乙女が殘念がって『嗚呼、』と聲を挙げれば青年は細腰に回した腕にひし、と一層の力を込めた。
「……僕が此の状況下で覚を抜かしたのは認めよう。だけど君、花に嫉妬する者があるかい?」
平時ならば噯気にも出さぬというのに、今は妬いている事なぞ隠しもせずに背に体重を預けて来る。ジュスト・ヴェルジーとはそう言う男だった。
「世に花は咲き誇れど、俺が何寄最も美しいと想うのは今此処に在る一輪の薔薇。ロゼ、君だけだからね」
とん、とん、と首筋を叩く指先は、『もういいかい』だなんて花盗人にしてはいじらしい合図。其れを受けた赫々たる薔薇――ローザリカ・L・ディオールは花瞼から伸びる長い睫毛を顫々と悸わせ、其れからたっぷりの時間を掛けて息を吸って、吐いて、漸く囁く様に密やかにいらえを返す。
「うん」
薔薇はふうわりと己を委、程綻び夜の間に咲く。
「もういいよ」
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接吻は魔藥の其れだ、癖に為ってしまう。世に棲まむ如何なる作文屋が甘美且つ浪漫的に謳い上げて民衆が憧憬れた處で、一度記臆えてしまうと尚一層慾しいと其れ丈が頭を支配する代物だから恐ろしい。最初は、確認する様に喙んで。次に、逃さぬ様に永く深く。脣が触れた先から些少やそっとでは冷め止まぬ体熱を孕み、じわり齲まれ、軈ては軀の隅々に行き渡った。ジュストは良く好んでか首に接吻したがるのだ。脣が離れた一瞬に悉皆と焔照った痕にローザリカが手を遣ると随分と脈が早くて、そして是から問おうとする事に思考を巡らせば糅てて加えてどくり、と強く浪打つのを感想る。軽く微塵動、彼の腕の中で丁度いい位置を模索して、視線が接る場所で静止すると漸心を煩わせていた事について口火を切った。
「……君の其れは、判っててやっているのか」
ぎゅう、と眸を閉じて耐えているだけだったローザリカとは平生と違う感触を得られた『おや』とジュストは瞠目する。
「判ってて、とは?」
「滑稽ないでくれ、判っているんだろう?」
肩を竦めて見せる彼に追討を襲けるも、此の勝負、如何にも旗色が悪い――接吻をする場所に紐付けられた、意味する感情について。識っていたとしても『識らないね』と白を切られたら其処で終いだ。而て、昏がりの中で眸が爛々ともえる蛇は愈々と蜜より甘く笑い、妙に誘惑的な白い八重歯を覗かせた。
「勿論」
心臟が口から転び出そうな程に跳ねた。向けられた笑顔の甘気に酔はふ。そうやって云われてしまうと、其れこそもっとお終いだ。狡黠い、狡黠い。狡黠い男だ。如何して誨えてくれなかったのかと拗ねれば屹度彼は完璧に笑って見せるに違いなかった。口を黙、言辭を継げずにいると『どっ、どっ、どっ、』と耳の中に直接鼓動が響いて五月蝿い。
「……――誰からか聴いたのかい?」
「え? 嗚呼、あの娘に」
「どんな時に、どんな気持ちで聴いていたんだ?」
「何を云っているんだい、……髪を梳いて貰って居た時に、えぇっと」
深更にぬるぬるとした静寂が場を支配する。掌指という掌指は悦びに悸え、幺微かに汗ばんで湿った其れで寝布を握り、月ををかす鴉の群れが東に流れて行く隙間に顔貌を変え終えたジュストがローザリカの結えられていた鬢の乱を掬い指に絡め、吹っ切る様にわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「良かったよ、ロゼ。君が若し俺の素知らぬ場所で其の意味を理解して、羞恥いで頬を染めるなんて所を誰かに見られていたって想像したら――其れこそ嫉妬で気が狂いそうだしね」
「僕の婚約者殿は偶に嘘か真か判りかねる事を飄然と仰られる」
「はは、本音なんだがな」
愛と呼ぶには余りにも熟れ過ぎた果実の様などろり、どろりとした感情は譬れば止めどなく、果てのない湧き上がる海だ。美しく気高い薔薇は未だ識らなかった、彼が何れだけ狂気めいた苦悩と淫慾に染れ苛まれていたかを。けれど薔薇は其の片鱗を識った、丁寧に塗り固められていた笑顔の假面に爪を立てたものだから。
「髪は『思慕』、掌には『懇願』。場所によって接吻の意味は変わるけど、さあ、此処でお浚いだ。首筋への接吻は?」
「『執着』――……」
「大正解」
ひとつ、ひとつに恭しく口付けて行った脣が耳へと移り、唯でさえ鼓膜を劈く心地の其処へと亦、接吻をひとつ受ければ軀中の力が抜けて背中が猫の様に丸まった。彼の腕の中に在るのは変わらず、其れでも尚、却も走りしないのは応えてしまいたいからだろうか。『誘惑』をされては今迄必死に互いで律して来た総てが崩れてしまいそうで、何時からか覚えていた淡い寂寥を埋めてしまいたくなって仕様が無い。簡単な事なのだ、僅ひとつ、引いていた線を越えるだけ。『後ろめたい』だなんて感情、こうして密やかな逢瀬を重ねて、散々接吻を交わしていて『何を今更』な様にも捉えられよう。接吻の意味なんて識らなければ良かったとローザリカが心に苦い悔恨が湧いてくると其の一方で、ずっと前から彼は示してくれていたのだという愛おしさで綯い交ぜになり張り詰める戀情に火の様に熱い泪を湛えている所へ、ジュストは同じ熱に魘された様な吐息を耳元で漏らし『貌を上げてくれるかい?』と乞うた。亂れ心地の眸でよろよろとそうすれば、同じ位切なそうに眉を顰めた貌と合って。
「もし……もし。赦されるなら」
喉元から真っ直ぐに下へと、人差し指が伝い、少し開けだ浴衣の磁器を思わせる白い両の膨らみの間で止まる。
「本当は是処にもしたいんだけど。意味はご存知かな? おっと、睨まないでくれよ」
「……『所有』、其れに、『独占欲』だったか」
眸には泪が一杯に溜まり、其れが月の光をきらきら反射させ乍ら睨みつけてくる光景は筆舌に尽くし難い馳走だ。そんなローザリカを見て『可愛らしい』と口角が寛々上がるのを自覚して、さて我儕は嗜虐性色情狂者だったのかと認識を新たに柔肌に包まれた心臓のある位置を押した。
「……――私は、否、僕は、」
「ロゼ?」
ジュストには覚えがある。彼女が自身を『私』と云うのは『嫋やかな伯爵令嬢』である時か。若しくは『照れ過ぎて容量以上』な時だ。湿りを帯びた頬を拭ってやっていれば、ローザリカはふう、ふう、と呻吟き乍ら其の掌を小さな子供が大切な宝物に触れる様な手付きでそっと握り締める。
「私はとっくの昔に、君の所有物だと思って居た、のだけれどな。でもジュストがしたいなら其れは其れで、嬉し――」
余りの感動に胸を打たれた人間は、其れを矢鱈と語り合う事はしない。言葉にしようとするとすぅっと消えてしまう様な代物を閉じ込めておきたくて性急に為ってした接吻は。
「痛いじゃないか!」
勢い余って歯が打衝かる、今迄で一番下手糞な――初心な少年のする接吻だった。