【歪三】荊棘に停頓
電脳戦潜アプリェーリ イベントノベル(テーマ)翡翠電脳公社制作 杜ノ門納品 2023年04月13日 23時01分43秒
嫌いだ。忌々しい。何もかも。
愛しているのだ、とても。宝石のような碧に輝く美しい瞳。けれどその瞳が見つめる先は自分を通り越した別のもの。色眼鏡など取り払って自分だけを見つめてほしいのに、この姿から目を逸らせないくせに。手に入らないその瞳が、視線が、嫌いだ。――それを真似た、一心に愛情を訴えてくる同じ色の瞳が、大嫌いだ。
「ああ! ……あああっ!」
「……ッ」
愛しているのだ、とても。その逞しい体躯。名の通りの騎士めいた真摯で優雅な立ち居振舞い。だがそれが好意を以て開かれる対象は自分ではない。冷たい視線と態度で、けれど品位は欠かず、だからこそ深く心を刺す他人行儀が嫌いだ。――馴れ馴れしく接する軽薄が、軽々しく愛を囁く薄い体が、似ているだけの別物である事を強く実感させるから、大嫌いだ。或いは、己も。
「う、あ……どうして、どうして!」
「ッう」
「――! 声を……上げるなッ!」
女性型とはいえデュープ。その力は性差なく常人を遥かに凌駕する剛力だ。寝台の上、目隠しをし、手を戒め、声を出す事を禁じた大嫌いな男に、傷薔薇は一方的な暴行を加えていた。腫れ上がった頬、血の滲む口元、服の裾からは青黒く痣の浮き上がった肌の色が見える。その姿は大層惨めだ。彼女の愛した孤高の騎士とはまるで違う。
「……ああ、スフェーン」
するり、彼女の片膝がシーツに沈み、下肢の肌が触れ合う。肩にゆっくりと手を掛ければ、男は背中から寝台へ沈んでいった。その体に乗り上げ、ぱらりと散った土色を掬う。――くらりと認識が歪む。同じ色。そうだ、愛する彼の騎士が、自分を素気無くあしらうはずがない。だって今、彼はこんなに素直に、自分と睦み合っているではないか。
「スフェーン。……僕の――私の、スフェーン……」
どうしてこんなに傷だらけなのだったか。ああ、傷をつけてやったのだ。こんな事が出来るのは自分だけ。愛する騎士に、私が、この手で、傷をつけてやったのだ。
下腹から溢れた泥のような愛情が、彼のそれと交わって全身を駆け抜ける。甘い感覚が背を抜けて、熱い吐息となって外へ漏れていく。その名を口にする度に、喉が、舌が、唇が、歓喜に震えた。胸が熱くなって、痛みを伴いながら切なく疼く。息が苦しくて思わず乱暴に追い出した呼気が、喉を焼けつかせるような錯覚を起こす。熱い。熱い。どこもかしこも。
「あいしてる」
溢れた愛おしさに思考が焼き切れて、とびきりの睦言をとろりと零して、傷薔薇の意識はそこで途切れた。
ずしりと容赦なく預けられる重みも熱も、この瞬間だけは自分一人だけのものになる。孔雀石は戒められていた手の枷を外し、真っ暗な視界の中で彼女の存在を噛み締めた。柔らかな体、張りのある髪、火照った体温。目隠しを外すと、常の鋭く濁った瞳が瞼で覆い隠された、端麗で安らかな寝顔が目前にあった。その顔が憤怒や哀哭に歪む様も可愛くて大好きだけれど、それが自分に向けられたものでないのなら話は別だ。
「……うちのお姫様の何が気に入らないんだか」
自分にそっくりの、彼女の感情の全てが向けられる唯一の男。孔雀石はその存在そのものを厭うていたが、殊更彼女への態度が許せなかった。彼女の視線を独り占めにしておきながら、その好意に応えないばかりか、まるで汚いものを見るように冷たく視線を刺す。それでいて見る事を止めないのだから性質が悪い。
「……僕にしておけば良いのに」
言った所で届かない。普段の彼女には歯牙にも掛けられず、最中は声を出す事を禁じられ、今の彼女は夢の中だ。それでも、その愛しい体を抱き締められるのは今しかないから、孔雀石は痛む全身を叱咤して彼女の熱を腕の中へ閉じ込める。
「君になら何されたって良いんだ」
どんなに体を苛まれようと、捌け口とされようと、代替とされようと。その心が、決してこちらに傾かないと、知っていたとしても。
「スカーレッド、僕だけの薔薇」
近すぎる距離に彼女の匂いが香る。胸に満たしたそれが、そのまま体内に溶けていってしまえばいいのにと思う。無防備に預けられた重みが、彼女の信頼からきているものであったのならどれほど。だが余韻に浸るばかりではいられない。彼女が不快を感じぬよう、汗ばんだ彼女の体や散らかった部屋を綺麗に整えなければならない。そうして起き出してきた彼女の瞳を一番に見て、彼女の世話を焼くのが孔雀石の至福であり、役割なのだ。その体を押し退けるのは苦渋ではあるが、これも愛しい薔薇の為だと言い聞かせ、孔雀石は彼女の体を仰向けに寝かせ直す。くったりと脱力したその体から目を逸らす事すら痛苦を伴う。
彼女の体を拭い、衣服を整え。壊れた家具や調度品を処分し、新しい物の手配をする。そうして温かい食事を用意して、彼女が起きるのを待っている。おはよう、僕の薔薇、と微笑んで迎えた所で、きっと彼女の瞳は嫌悪に歪められるのだろうけれど。
愛しているのだ、とても。宝石のような碧に輝く美しい瞳。けれどその瞳が見つめる先は自分を通り越した別のもの。色眼鏡など取り払って自分だけを見つめてほしいのに、この姿から目を逸らせないくせに。手に入らないその瞳が、視線が、嫌いだ。――それを真似た、一心に愛情を訴えてくる同じ色の瞳が、大嫌いだ。
「ああ! ……あああっ!」
「……ッ」
愛しているのだ、とても。その逞しい体躯。名の通りの騎士めいた真摯で優雅な立ち居振舞い。だがそれが好意を以て開かれる対象は自分ではない。冷たい視線と態度で、けれど品位は欠かず、だからこそ深く心を刺す他人行儀が嫌いだ。――馴れ馴れしく接する軽薄が、軽々しく愛を囁く薄い体が、似ているだけの別物である事を強く実感させるから、大嫌いだ。或いは、己も。
「う、あ……どうして、どうして!」
「ッう」
「――! 声を……上げるなッ!」
女性型とはいえデュープ。その力は性差なく常人を遥かに凌駕する剛力だ。寝台の上、目隠しをし、手を戒め、声を出す事を禁じた大嫌いな男に、傷薔薇は一方的な暴行を加えていた。腫れ上がった頬、血の滲む口元、服の裾からは青黒く痣の浮き上がった肌の色が見える。その姿は大層惨めだ。彼女の愛した孤高の騎士とはまるで違う。
「……ああ、スフェーン」
するり、彼女の片膝がシーツに沈み、下肢の肌が触れ合う。肩にゆっくりと手を掛ければ、男は背中から寝台へ沈んでいった。その体に乗り上げ、ぱらりと散った土色を掬う。――くらりと認識が歪む。同じ色。そうだ、愛する彼の騎士が、自分を素気無くあしらうはずがない。だって今、彼はこんなに素直に、自分と睦み合っているではないか。
「スフェーン。……僕の――私の、スフェーン……」
どうしてこんなに傷だらけなのだったか。ああ、傷をつけてやったのだ。こんな事が出来るのは自分だけ。愛する騎士に、私が、この手で、傷をつけてやったのだ。
下腹から溢れた泥のような愛情が、彼のそれと交わって全身を駆け抜ける。甘い感覚が背を抜けて、熱い吐息となって外へ漏れていく。その名を口にする度に、喉が、舌が、唇が、歓喜に震えた。胸が熱くなって、痛みを伴いながら切なく疼く。息が苦しくて思わず乱暴に追い出した呼気が、喉を焼けつかせるような錯覚を起こす。熱い。熱い。どこもかしこも。
「あいしてる」
溢れた愛おしさに思考が焼き切れて、とびきりの睦言をとろりと零して、傷薔薇の意識はそこで途切れた。
ずしりと容赦なく預けられる重みも熱も、この瞬間だけは自分一人だけのものになる。孔雀石は戒められていた手の枷を外し、真っ暗な視界の中で彼女の存在を噛み締めた。柔らかな体、張りのある髪、火照った体温。目隠しを外すと、常の鋭く濁った瞳が瞼で覆い隠された、端麗で安らかな寝顔が目前にあった。その顔が憤怒や哀哭に歪む様も可愛くて大好きだけれど、それが自分に向けられたものでないのなら話は別だ。
「……うちのお姫様の何が気に入らないんだか」
自分にそっくりの、彼女の感情の全てが向けられる唯一の男。孔雀石はその存在そのものを厭うていたが、殊更彼女への態度が許せなかった。彼女の視線を独り占めにしておきながら、その好意に応えないばかりか、まるで汚いものを見るように冷たく視線を刺す。それでいて見る事を止めないのだから性質が悪い。
「……僕にしておけば良いのに」
言った所で届かない。普段の彼女には歯牙にも掛けられず、最中は声を出す事を禁じられ、今の彼女は夢の中だ。それでも、その愛しい体を抱き締められるのは今しかないから、孔雀石は痛む全身を叱咤して彼女の熱を腕の中へ閉じ込める。
「君になら何されたって良いんだ」
どんなに体を苛まれようと、捌け口とされようと、代替とされようと。その心が、決してこちらに傾かないと、知っていたとしても。
「スカーレッド、僕だけの薔薇」
近すぎる距離に彼女の匂いが香る。胸に満たしたそれが、そのまま体内に溶けていってしまえばいいのにと思う。無防備に預けられた重みが、彼女の信頼からきているものであったのならどれほど。だが余韻に浸るばかりではいられない。彼女が不快を感じぬよう、汗ばんだ彼女の体や散らかった部屋を綺麗に整えなければならない。そうして起き出してきた彼女の瞳を一番に見て、彼女の世話を焼くのが孔雀石の至福であり、役割なのだ。その体を押し退けるのは苦渋ではあるが、これも愛しい薔薇の為だと言い聞かせ、孔雀石は彼女の体を仰向けに寝かせ直す。くったりと脱力したその体から目を逸らす事すら痛苦を伴う。
彼女の体を拭い、衣服を整え。壊れた家具や調度品を処分し、新しい物の手配をする。そうして温かい食事を用意して、彼女が起きるのを待っている。おはよう、僕の薔薇、と微笑んで迎えた所で、きっと彼女の瞳は嫌悪に歪められるのだろうけれど。